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1000通りの計画  作者: Terran
第二章 リンデノートの小公女
8/99

リンデノートの小公女 3


【家庭教師】


[108]

 洗礼の儀は終わり、私は家族の元へと戻った。

 獲得したのは【空間把握】のギフト。

 特別でもなければレアでもない。よくあるギフトの一つにしか過ぎない。もちろん隠し要素もない。

 地味でそこそこ使えるという一般的なものだ。

 審秘官曰く、主に活用している例としては測量士や設計士や探索者らしい。

 職種としてもやはり地味である。


「これは凄いですよ。建物の中でも迷子になりませんから」


 それは凄いのか。

 どちらかというと方向感覚の領分だと思うのだが。

 というかエスメラルダは迷子になりそうになるのか、むしろそっちの方が気になる。


「あら、後ろ向きでも綺麗に字がかけるわよ」


 それは凄いのか。

 いや、凄い…か。


「生活にも魔術にも応用が利くから、地味に見えるけど汎用性の高いスキルだよ」


 エスメラルダと義母と父から励まされる。

 なるほど言われてみれば汎用性は高そうである。

 もっとも、応用すれば役に立つ程度のものではあるが。


「リヴィアも、ちゃんと神さまからもらえたの」


 これがギフト。

 何もないという事態にはならず、さりとて珍しくもなく、目立たず、無くても困らず、それでいて使えるもの。

 何だかんだ言いつつも、私の求めていた条件にピッタリである。


「リヴィアちゃん。うん、良かったわ。良かったわね」

「お嬢様、おめでとうございますぅ」

「よく頑張ったね。さあ、お家へ帰ろうか」


 こうして私は無事に地味で無難なギフトを得ることができたのであった。

 今なら使ったとしても違和感の無いタイミングで、且つ何かあればすぐにフォローしてもらえる。

 使ってみよう。使い方はわからないが、他の者も使えているなら難しいものではないはずだ。


『空間把握』


 なるほど、何かしらの手段で解っている範囲の空間を正確に認識する力か。

 いやしかし、どうなのだろうか。

 私の場合だと前世から空間認識能力は高かったのでこの程度の事なら出来ていたのだが。

 では仮に元々の空間処理に上乗せした場合はどうなるだろうか。


 座標、距離感、障害物、人々の移動、方向感覚。ギフトに頼らずとも似たようなことは修得済である。

 ここへギフトを上乗せするイメージ。

 すると、座標の精度が格段に上昇。距離感はまるで実際に測ったかのように完全に把握。

 障害物の内部構造まで把握。人々の移動速度から算出される予想移動経路まで把握。


 ほう。これは、凄いな。

 これではギフトの有無で人格を否定する者が現れても仕方がない。便利すぎる。

 漠然とした状態より、しっかりとした認識を持って発動すればその分上乗せされるのであれば、鍛えたり熟達した分だけ更に伸びるのだと推測できる。

 一律同じ効果が出るのではないならば、これほど優れたツールは人の手で造るのは容易ではない。

 持って生まれてこなくて正解だった。

 これを当たり前に所持していたら。果たしてギフト無しの状態ほど、あらゆる技術を磨き上げられただろうか。

 これは補助輪でありドーピングだ。

使えば適えられる理想のツール。得られる万能感。


 英雄と呼ばれる者や転生者は数多くのギフトを所持しているのだという。

 戦闘に適したギフト持ちに未所持者が追い付こうとすれば何倍もの努力が必要だろう。

 それを更に複数所持している者がいるのだとしたら。

 才能の一言で済まされない程の絶対的な、決して埋まらない差が生じる。

 これがこの世界のルールならば。ギフトを持たない者は極力戦わない道を選ぶより他無さそうだ。

 当然だが、それは私も例外ではない。

 既に私はギフトを得られた安堵より、ギフトの強みを知り更なる不安感を募らせていた。



[109]

 「ええっと、わたしのギフトですか」


 前から気になってはいたが、私がギフトを獲得してから聞こうと思っていた。


「わたしのはそのぉ、槍が上手に使えるようになるスキルです」


 【槍術】か、まさに家名通りのギフト。

 捻りは無いが、これで剣技のギフトですとか言われても違和感しかないので納得しておく。

 与えられるギフトには家系的に発現しやすいものや、種族差に拠るものもあるのだという。


「リヴィア様、ヒルデが洗礼の儀で授かったのは【神槍】のギフトなんですよ。こう見えて未来の英雄サマ候補なんです」


 エスメラルダが補足してくれる。ん、シンソウ。

 何だか凄そうな響きなのだが。もしやこの世界では槍使い用のギフトは【槍術】ではなく【神槍】と呼ばれているのか。


「曽祖父もこのスキルを持っていたんですよぉ。えへへ」

「ヒルデの曾祖父様は当時の王国でも有数の槍の名手として語られているんです。槍術系のスキルの中でも特に珍しいですからね」


 やはり【槍術】の上位互換なのか。

 これはますます戦闘用のギフト持ち同士でないと話にならんのではないか。荒事はヒルデに任せてしまおうか。


「ヒルデ、すごい」

「えっへへ。このスキルでお嬢様のことをお守りしますよぉ」


 槍を扱うような動きでクルクル回ってみせて誇らしげにしている。

 いざという時は是非そうしていただきたい。


「あっ何の話してるんです。繁華街で美味しい店行きませんか」


 来たなギルバート。

 繁華街は気になるが今はギフトの話をしているのだ。

 出来れば少し後にしてもらいたかった。


「あーギルバート様、今スキルについて話してたんですよ。

リヴィア様、こいつは魔術系のスキル沢山持ってるんです」


 エスメラルダはファナリア家の家臣ではあるが、ギルバートとは同期ということで非常に気さくな間柄だ。


「沢山だなんて大袈裟ですって。火水風の魔術スキルなら持ってますけどね」

「えっと、ギルバート様って【人物鑑定】も持っていらっしゃいますよね?」


 ヒルデの言葉にエスメラルダがギルバートを睨む。


「ギルバート様、それ初耳なんですけど。前に鑑定は【道具鑑定】と【食物鑑定】だけって言ってませんでしたっけ」

「あっいや、どうだったかな。

ヒルデちゃんはどうしてそう思ったんだい」

「ごめんなさいっ。違いましたか。

初めてお会いした時に審秘官様と同じ雰囲気の目で観ていらっしゃったので、てっきり」


 ヒルデは己の失言を咄嗟に謝るが、なかなかに鋭い娘である。

それは勘違いではなく正解だ。ギルバートからは私も鑑定されている。


「つまり私には秘密にしていたと。ほほう、これはどういうことなんですかねギルバートサマァ」


 ギフトを6つも所持しているとなると周りの意外過ぎる高評価やエリートという肩書きも納得である。

 実は凄かったんだなギルバート。


「あれ、言ってなかったかな。言ったと思ってたんだけど。あれれおっかしいなー」

「私が聞いた範囲だと鑑定2つと【魔力回復】と【魔力上昇】と【記憶力】だったはず。

【記憶力】、あるんですよね。忘れてるっておかしくないですか、ねえ?」


 これで9つ。まだ振れば出てきそうなのだが。

 エスメラルダに変なスイッチが入ったのでヒルデと退散することにした。

 隠し事は中途半端が一番危険である。


 成人の平均的なギフト数は3つか4つ。2〜5つ辺りが一般的で、10以上ともなると国の大英雄ランクである。

 となるとギルバートは大英雄の素質があるという事なのだろうか。

 ギルバートが、大英雄…だと…。

 ギフトの数だけで素質を見極める方式には、些か以上に見直しが必要なのでは無かろうか。




[110]

 今日は王都で買い物である。

 リンデノートへ戻る前に必要な物や欲しい物を揃えておくのが半分、観光や息抜きが半分といったところだ。

 祖母プロシアとライドラス、オクタヴィア、セシリア、ミルミアナ、ドルセーラ、ジェイムートと子供達の専属使用人は劇場へ。

 祖父ジェラルドと私、ギルバート、エスメラルダ、ヒルデのリンデノート組は買い物である。

 本来は私も劇場コースだったのだが、買い物に行きたいと主張して班を別けての行動となった。

 父も義母も私と一緒に劇を観るために前々から予約をしていたらしい。


「お嬢様は沢山の本を読んでいらっしゃいます。

きっと知識にある物を実際に見て確かめたいんだと思いますっ」


 とヒルデが熱弁してくれた。

 この援護が決め手であった。

 どうすれば納得してもらえるのかを理解せずとも瞬時に判断して行動できる。この娘は勘が良い。

 それにヒルデの言っていることは正解だ。

 より正確には本だけでなく前世の知識とこの世界の流通物との照らし合わせも含めてである。

 本人の希望と意欲を汲んで買い出し組への参加を許可してもらえた。

 条件として祖父の監視付きになったわけだが。


 おそらく知識云々の部分ではなく、大量の本を読む以外に何の自由も与えていない、という事実に後ろめたさがあっての許可だろう。

 まあ、この際動機は何でも良い。


「欲しい物があれば何でも言いなさい」


 私に過保護かつ激甘な祖父は好好爺モード全開である。

 そんなこんなで今、私は洗礼の儀帰りの親子連れにより賑わう商店街で様々な品に囲まれている。

 私は祖父の腕に抱きかかえられながら道行く人々や商店を次々に観察していた。


 あれこれ感知や探知をしている内に、ついつい力の使い過ぎになりそうなのをぐっと堪えて。

 滅多にないこの機会を逃すまいとペース配分しながら可能な限り調べ尽くしていた。

 目まぐるしく、著しく、慌ただしく、熱暴走しそうな程に脳と思考を高速回転させて。

 知って納得し、識って理解する。

 ずっと我慢していたことを開放する幸福感と快楽と知識欲に溺れる。

 私は意識的に引き起こした思考圧縮時の擬似的なハイ状態とは比べ物にならない、本物の高揚による大量の脳内物質に支配されていた。

 沸騰するような頭の熱に浮かされながら、これは身体に負担が掛かり過ぎていると冷静な自分の発する危険信号に神力を注いで無理やり押し込める。

 今いいところなのだ。

 欲しい物は次々祖父にねだった。

 私のこんな元気にはしゃぐ姿を見たのは初めてだった祖父は大喜びで、それこそ何でも買ってくれた。

 さすがにエスメラルダが止めに入ろうとするが、祖父は意に介さなかった。


「欲しい物があれば何でも買ってやると約束したのだ。お前は言われた通りに後日届けるように手配しなさい」


 祖父はあまり物欲は無かったが、気に入った相手の為にならいくら注ぎ込んでも惜しくないという人だった。

 過度な贅沢もしなければパーティも必要な分しかしない、家族のお祝いもほとんどは身内だけでやりたがる。

 しかし一方で、子供や孫が産まれれば誕生年の酒を買い占めたり。誕生日に身内だけでお祝いしつつ自領民へ買い占めていた記念酒を振る舞ったり。使用人達も一緒に参加させて同じ料理に同じ酒を楽しませる。

 夜会も舞踏会も嫌いだが部下の主催するパーティには自ら出向いたり、忙しい時には家族を出席させて都度贈り物をしたり、時には手助けもする。

 身内や気に入った相手へは労力も出費も苦にならない人なのだ。

 親しい人からは特に好感度の高い人物として認識されているし、部下や同僚達からも真面目で気前の良い上司として信頼されている。

 その評判から祖父に近寄ろうとする者も多いのだが、その反面堅物で気に入った相手以外にはとても頑なで信用しない。

 大変気難しい人物としても有名である。


 妻であるプロシアが領地経営の才があり、ファナリア大公家はかなりの利益を得ていて資産を持て有している。

 祖父も身内のこと以外ではあまり出費しないため、使い道として選んだのが魔術学院の経営だった。

 人材の育成には大量の資金が要る。

 これを賄えてしまったことが以降の学院の質の向上と、優秀な人材の輩出に繋がり、年を重ねるごとに王国の要所にじわじわと学院出身者が増えていった。

 そして呪災後の大幅な政策の転換と大掃除により、繰り上がって出世した者や要職に就いた者に学院出身者が多くなったことで、意図せずにファナリア大公派が王国の権力の大部分を掌握してしまったのだ。

 祖父が最近多忙に多忙を重ねているのもそれが原因の一つである。

 元々の仕事を継続しながら、更に増えた仕事までこなそうとするから無理が出ているのだが。

 能力が高過ぎるが故の弊害だろう。


 そんな日々の合間に訪れた平穏で幸せな家族との時間。

 少々騒ぎになりそうな程の散財でかなり目立つ買い物になってしまったが、エスメラルダも今日ばかりは仕方がないと引き下がったのだった。

 物欲の少ない祖父ではあったが、可愛い孫娘のために散財するのは気分が良かったのか、ストレス解消になったのか。

 終始ご機嫌なままで過ごしていた。

 私は自分のためにあれこれ要求していたのだが、それが仕事漬けの祖父の気分転換になったのであれば結果的にはWin-Winだったと言えよう。


 ともあれ、私は今世で初めてのお買い物を心ゆくまで楽しんだのであった。

 調子に乗り過ぎた気もするが、後で大量に届く荷物についてはヒルデに頑張って貰おう。



[111]

 リンデノートの大公邸では今、増改築工事が行われている。

 あの後、しばらくは王都の邸宅で過ごしたが夏の終わりにリンデノート領へと帰ってきた。

 義母オクタヴィアは最後まで一緒に暮らさないかと引き留めていたが、発展目覚ましい王都の空気が虚弱な私の健康に悪影響が出るかもしれないと判断されて、この田舎領地に引き籠もる生活へと舞い戻ったのだ。


 というのは建前で。

 祖父母の判断で、治安を完全にコントロール出来ている小さな領内なら安心出来るということからなのだろう。

 それにリンデノートの大公邸は常に少なくない私設兵が常駐しており、見る人から見れば要塞化した駐屯地のような防衛力を持っている。

 しかもほぼ全員が聖戦経験者。


 ここは元々母ティアーナの所領で内外にも信奉者が多い。

 隣り合う領主とも仲が良いため、ここを襲撃される心配は万が一にも起こり得ないのである。

 増改築は先日購入した大量の物資や魔導具や謎の素材や書物を保管する場所兼、私がこれから成長して大きくなったことを考慮した設計と、学習のために自由に出来る工房を造るためである。

 あとついでに防衛力が更に強化される見通しだ。

 誰も攻めて来ないのにまだやるのか。


「僕が見るのでお勉強をしましょう」


 増改築中で昼間は邪魔者扱いされているギルバートが暇を持て余してそんなことを宣ってきた。

 仕方がないので為になりそうな本を数冊選んでギルバートに渡した。


「あっ何ですかこの本。

うわ難しいのを読んでいるんですね」


 学院の卒業生とはいえ魔術の勉強を専攻してきたギルバートには馴染みの薄い分野かと思い、農業史や他国の歴史書を選んだのだ。


「ああいや僕こういう分野は専門外なんで、出来ればもう少し別の、って違います違います。

僕が、勉強を教えるんです」


 そう言って魔術に関する書物を見せてきた。

 なるほど、そうとは知らず失礼なことをしてしまった。


「リヴィアも洗礼の儀を迎えてスタートラインに立ったんです。

ここからだと通える初等学校もないので家庭教師が必要でしょう?」


 私に出されていたはずのスコーンを食べながら比較的まともな事を言ってきた。


「なのでリヴィアもいずれ魔術学院に入学するのであれば早くから始めるべきです。

うわこのスコーン美味しい!

心配しないでください。これでも魔術学院を首席入学した実績があるんです」


 そして次席で卒業したのですよね。

 どうして捲くられてしまったんだギルバート。


「では早速、こちらの本を読んでください」


 そこへお使いに出掛けていたヒルデが帰ってきた。


「ただいま戻りましたぁぁ。

あれ、ギルバート様もお嬢様にお勉強見てもらっているんですか?」

「えっえっ、何で。何でそう見えるの?」

「ごめんなさいっ、また早とちりしてしまいました。

その本、前にお嬢様から貸していただいたことがあるのでてっきり」


 そう、ギルバートが持ってきていた魔術に関する本は既に読破済で、教材としてヒルデにも読ませていたものなのである。


「ええ、マジなのリヴィア。もしかして天才なの?」


 飛躍し過ぎである。

 あとマジとか言わない。


「ご本よんだけど、あぶないからやったことはないの」

「そうですよギルバート様。

魔術は素人が使ったら危ないんですっ」

「うううん、大丈夫だよ。

ギルバートお兄さん魔術のプロだから、教えても危なくないんだよ?」


 ヒルデの勢いに圧されるギルバートはしどろもどろになりながら言い聞かせる。


「簡単な魔術からやるからね。

危なくないから、良かったらヒルデも一緒にやるかい」

「やります!」


 被せ気味に即答である。

 積極性も行動力もあって実に逞しい娘だ。

 こうして、私とヒルデはギルバートに師事することになった。



[112]

 天才とはギフトである。

 この世界にもギフトスキルと呼ばれるものはあるが、発生源こそ特殊だが有り様は似ていると思われる。

 当たり前のことだが天才とは知性を指す言葉ではない。

 天から与えられし才能なのだから、腕力が簡単に鍛えられて他者を圧倒するのが容易であれば天才と言える。

 他者より美しい容姿で生まれ、努力せずとも維持できるというのでも紛うことなき天才なのだ。

 美貌を天才と表現することに違和感を感じる者もいるかもしれないが。

 例えば、美しくて聡明な女性に対して天が二物を与えたと形容することがあるが、まさしくこれが2つの才能を天が与えたという表現そのものであり、2つの天才(ギフト)を持つという意味だ。


 さて、それを踏まえて義兄ギルバートを表現するならば。彼は間違いなく天才のそれであった。


「まずは自分の中に魔力があるって思って、それを意識したら表に出すんだ」


 開口一番これである。


「ギルバート先生、魔力ってどんな感じなんですかぁ」


 これが普通の反応である。


「意識すれば大丈夫だから、感じたのを出して」


 説明が足りない。

 というより飛ばし過ぎである。


「ごめんなさぁい。感じるところが出来ないですっ」


 だからこうなる。


「ギルバート。ご本のせつめいして」


 仕方がないのでフォロー。


「えっと、ちゃんと読んだなら出来ると思うから。

もう一回読んでみようか」


 いやだから説明をしようかギルバート。

 読め、解ったな?は授業ではないのだ。


「ううう、ちゃんと読んだと思ったのですが。理解が追いつかないです。

魔力難しいですよぉ」


 ほらこうなった。


「う〜ん。僕の場合、魔力感じるのは最初から出来たから説明が難しいなあ」


 先生が難しいとか言わないの。


「ギルバート。ご本ちゃんとよんで」

「ギルバート先生。私ってちゃんと魔力あるんでしょうか」


 もちろんヒルデには魔力はちゃんとある。

 ギルバートが駄目なのである。


「あっどうしよう。こういう場合を想定してなかった。

魔術は簡単なんですけど魔力教えるのって難しいですね」


 おい、しっかりしろ。

 あとどさくさ紛れに魔術簡単とか言わない。


 そう、ギルバートは紛れもなく天才だったのだ。

 もちろん悪い意味で。

 例にも挙げたような美貌の天才の場合なら。他者より美しく生まれて努力せずとも美しさを維持できてしまうと、どうしたら美しく成れるかなんて分からないし維持する方法も分からないのだ。

 ただ何となく聞いたことのある内容や、その中で自分に当て嵌まってそうなものをピックアップして言える程度のアドバイスしかできない。

 真の天才とは、一般的な努力を知らないので初歩部分に関してはズブの素人なのである。

 それでは人様に教える以前の問題だ。

 今回の場合はギルバートが悪いのではない、ただギルバートでは駄目だったのだ。


ちなみに私は魔力知覚、魔力感知、魔力探索、魔力操作、魔力干渉、魔力変換、魔力回復、魔力抽出、魔力付与、魔力強化、魔力吸収、魔力拡散、魔力充填、魔力複製、魔力再現、魔力造形、魔力相殺、魔力純化、魔力圧縮、魔力合成、魔力同調、魔力誘導、魔力検索、魔力反転、魔力拡充、魔力増幅、までは修得済である。


 もちろん魔力知覚訓練に見せかけて現在進行形で訓練中だ。

 以前にも魔力関連は探っていたが、技術として修得できそうなのは以上だった。

 魔力変異、魔力暴走、魔力枯渇、といったリスクの高そうなものは保留にしている。

 もちろん、披露するつもりは無いので表向きはヒルデのペースに合わせる。

 これだけ魔力制御系はあらかたやり尽くしたものの、魔術に関しては保護者同伴以外では試そうとは考えていない。

 それに魔力制御系が私の修得したものだけとは限らない。

 まだあるのだとして、誰かに教わる必要があるのならそれを修得してからでないと安心できない。

 もちろん私の修得した技術の中には一般的ではないものや、この世界で誰も修得していないものもあるのかも知れないが、今の私にはそれらの区別が付かないのだから下手に披露するわけにも行かないだろう。


 というわけで、ヒルデとギルバートには頑張って貰わないと私が魔術に辿り着くまでにだいぶ時間が掛かってしまう。

 あまり時間が掛かるようなら私が牽引していかなければならないのだろうか。

 私は感覚で語るような天才ではないので教授するのは容易なのだが。


「じゃ、じゃあまた最初からやろうか」


 その最初で躓いているのだが。


「わかりましたぁ」


 自分のペースでやれないのは実にもどかしい。



[113]

 先日王都で購入した物があらかた届いた。

 日々のヒルデ育成とギルバート先生のポンコツ授業の裏で、使用人達に物品の品定めと仕分けをしてもらっている。

 私の生来のものなのかリヴィアとしての性格なのかは判別付かないが、どうやら人を使うことに抵抗が無く自分の為に仕事をさせることを積極的に行えている。

 貴族としては必要な要素なのだが、他の転生者には抵抗感のある者も少なくないだろう。


 さて、既に仕分けが済んでいる物だが、我ながら実に雑多に買い漁ったものである。

 王都の第3区でそれなりの一軒家が買えるのではなかろうか。

 書物類は私の部屋に運ばせる。

 動植物や魔物や幻獣といった図鑑や挿絵、伝説について書かれた物。

 この世界では販売されている書籍は大きく3つに分類される。


 一つは比較的新しい印刷技術による書物。

 安くて大量生産可能で庶民にも購入できるため広く親しまれているが、新聞や娯楽小説や絵本に限定されている。


 一つは魔導書記による書物。

 国の発行物や教科書や記録目録なんかはこれに当て嵌まる。

 魔術や魔導具で記されており、生産力はそこそこで印刷技術が確立する前はほとんどの書物はこの技術で書かれていた。

 値段はほどほど。


 一つは写本技術による書物。

 人の手で書かれる書物で古くは魔導書の写しから、古い伝記や聖典といった書物に採用されている。

 魔力を込める必要があるため生産力は低い。

 当然ながら値段は高い。


 あとはオリジナルの稀覯本や魔導書や研究書なんかはほとんど流通しないため、一般的な書物には含まれない。

 値段は超お高い。


 私は興味のあるジャンルの本なら形式は問わずに購入したが、古本屋からはタイトルではなく染み付いた要素に着目して選んでいた。

 つまりは残留魔力や氣や霊力による判断を優先したのだ。


 感情の染み付いた本。

 強い意志が籠もった本。

 複数の魔力が絡み合った本。

 精霊の匂いのする本。

 異質な雰囲気の本。

 認識操作された本。

 悠久の歳月が重ねられた本。

 特殊な付与や保護をされた本。


 どれも普通の方法では見つけられない変わった本なのだが。もちろん私は学習のために欲したのだ。

 本に書かれた内容だけでなく、付加されたモノも読み解きたい。


 感情は霊力で読める。

 意志は霊力や籠められた強さを氣の跡からでも読める。

 魔力ならば魔力技術でどうとでも紐解けるし理解できよう。

 精霊関連なら霊力や魔力で感じ取れるはず。

 異質な雰囲気は読んでみなくては分からない。

 認識操作は私には通用しない。

 悠久の歳月を重ねる本とは実に興味深い。

 書き手や所有者の経験や感情、記した内容だけでなく文脈から性格をも読める。

 要素を使った読書は前々から非常に興味を持っていたのだ。

 これらは時間をかけてじっくりと読み込んで没頭したい。


 購入したのは本ばかりではない。

 珍しい植物の種や干物、薬の原料や薬そのものも幅広く大量に集めた。

 気候の都合で栽培の難しいものもあるだろうが、そこは図鑑の知識と己の知恵で工夫して対処していきたい。


 どうもこの世界は聖戦が始まって以降は戦闘に使えるギフトばかりが六大神から優先的に授けられてきた影響により、戦闘に関係の無いギフト持ちが少ないのだ。

 おかげで専門家の知恵が必要な生産系の技術は魔術に比べてあまり進んでいないらしい。

 先に来た転生者達が持ち込んだ知識である程度は進んでいるようだが、この世界原産の植物や素材を使った製薬は今ひとつ発展していない。

 逆に転生者でも知っていそうな素材を使った薬類は出回っていて、ひどくバランスが悪い。

 それらマイナーな生産品についての知識を得られる機会はなかなかない。

 この世界の人々が自ら力で手にした特有の知恵や知識は、私にとってさぞかし刺激的で新鮮味のある経験となるだろう。

 あと、成長に必要な栄養素を効率よく摂取するためのサプリなんかも作りたい。

 王都では見付からなかったが、巨獣の肝の油なんかも入手できるなら欲しいのだが。


 そして魔導具。

 これらは仕組みを理解するために分解したかった。

 もちろん事前に空間把握を利用して内部構造を調べた上でだ。

 機構の違う魔導具を解った範囲で購入した。

 予約も入れたので完成次第送られてくるだろう。

 違和感を持たせないために特別でもなんでもない便利グッズも入れておいた。


 あとは魔物素材である。

 素材として武具の製造やアクセサリー類の材料にするのが一般的だが、私としても加工技術を知るのは当然だが。

 何より魔物の生態や性質、食性や耐久力といった知識を取り入れたかった。

 戦う気はさらさら無いのだが、目を逸らせばどうにかなるような問題でもない。

 リスクを最小にするためにも事前情報や対策を予め思考しておく必要がある。

 準備なんていうものは具体性が増してからすれば良い。


 まずは何をおいても思考だ。

 もちろんそれらが実を結ぶことなく、考えるだけ無駄になることも有り得るが、それはそれ。

 ギルバートのポンコツ授業は長引きそうだし、何か身になりそうなことを模索しておきたい。



[114]

 今日は大公邸まで行商人がやってくる日。

 食料品や生活必需品を買い揃えたり、手紙や届け物なんかもまとめて持ってきてくれる。


「うふふ。ここがファナリア家のお姫様のお屋敷ね」


 そこへ降り立つ二人の丸みを帯びた影。


「ようやく御尊顔を拝見できる日が来ましたぞ。

我が永遠の姫様!」


 二人は高笑いをして、即座に現れた駐在衛士達に取り調べを受けたのだった。

 そんなことは露知らず、今日もなかなか身にならないギルバートの青空教室は行き詰まっていた。


「ギルバート先生っ。

何か熱い、熱いですよぉ!」

「ごめんごめん。こういうの全然慣れてなくて。

あれえ、昔先生がやってるの見た通りやってるんだけど。あれえ」


 自分で知覚できないならギルバートが直接魔力を流して魔力感じ取れるように覚醒させよう作戦である。


「一気に流せばそれだけ大量経験値で近道だと思ったんだけどなあ」


 おいギルバート。

 それ危険な考えのやつだぞ。


「ギルバート。ヒルデいやがってるの」

「いやあ、分からないって感覚分からなくって。

自分がしたみたいにすれば大丈夫かなって」


 それで大丈夫ではないのだから改めて欲しい。

 考え方を、根本から。


「ううぅ、まだヒリヒリします。

でも身体に流れてくるって感じはありましたぁ」


 ヒルデも多少のことではめげない。

 分からなくても真っ向からぶつかれるメンタルの強い娘だ。


「今度こそお願いしますっ」

「じゃあ再挑戦。いきますよ」

「ギルバート。やさしくね」

「あ、先生。何か少し感じるかも」

「じゃあもっと流し」

「だめ」

「す、少しずつ流すからね」

「はぁい。たぶん大丈夫です」


 おっかなびっくりなギルバートと、なかなかコツが掴めないヒルデのやり取りに私が調整に入っている。

 これ、傍目からは私が先生でヒルデとギルバートが生徒に観えるのでは。

 違う、そうじゃない。

 ギルバートよ、頼むから何とかしてほしい。


「い、いやあ。どうですか、何か掴めましたか?」

「はい。ようやく魔力が少しわかってきましたっ」


 四苦八苦の末にどうにかヒルデも魔力を知覚するコツを掴んできたようだ。


「じゃあ魔術の練習ですね」

「ギルバートまって。ご本のじゅんばんにして」

「いやあ、感じられればもう出来たも同然ですよ」


 こいつ駄目だ。

 根本的に人に教えることが出来ないタイプの人間だ。


「ちょっと待っててください。

自分で感じれるまで頑張りますからっ」


 ヒルデが頑張ってしまうのが余計にギルバートのやる気を空回りさせている。

 どうしたものかと思案していると。


「リヴィア様、お客様がお見えになりました」


 フランシスカが呼びに現れた。

 良いタイミングなので一旦中断することになった。

 私はもちろん邸宅に近付いて来た時点で把握している。

 隣のディルムン領からの行商人と共に来た三人組の客人。

 二人はおそらく貴族、もう一人は護衛か。

 フランシスカが通したのであれば信用できる者であるということ。

 隣り合ってるとはいえ、あちらは流通の要である重要拠点のある領地。

 祖父母も両親も居ないこんな田舎領地へわざわざ来る理由が思い至らないのだが。


 ともあれ名目上はこのリンデノート領で一番上なのは私である。

 義兄ギルバートには継承権も領地の相続権も無いため、今ここでファナリア大公の代理になれるのは私だけなのだ。

 まあ、エスクラッドとフランシスカが補佐として任されているのでお飾りなのだが。

 応接間に通して面会する。

 ギルバートも一応ファナリア家の者なので同席させた。


 来客を見て最初に感じたのは生命の輝きだ。

 まるまるとしたふくよかな肉付、頑丈そうなエラの張った二重顎。

 肌の色ツヤ、髪の質、はち切れそうな二の腕には豊かな脂肪とその下に確かにあるガッシリとした骨格と筋肉が感じられる。

 体幹のしっかりしたブレない重心、そして大地に根を下ろしたかのような太い脚。

 健康優良貴族。

 私の真に理想とする豊穣たる健康美がそこにあったのだ。



[115]

 言葉が、出なかった。


「…美しい」


 は、と自分が思ったことを漏らしてしまったのかと一瞬どきりとした。


「こ、これは失礼を致しました。

リヴィアゼア姫殿下。ワタクシはアルバート・ディルムンと申します」


 最大級の敬礼を以て床につきそうな程に深々と頭を垂れた。

 それ、国王陛下に謁見した時にやるやつでは無かろうか。


「そしてこちらはワタクシの娘」

「フィアナ・ディルムンで御座いますわ。姫様」


 やはり王族向けのご挨拶である。どういうこと。


「わたし、王さまではないわ」

「お顔をお上げください。

ここは公式の場では御座いませんゆえ。

リヴィアゼア様も困惑していらっしゃいます」


 すかさずエスクラッドが収める。

 私としては誰かに説明を求めたい。

 あと超健康優良貴族のお二人には是非とも健康の秘訣についてお聞きしたい。切実に。


「おおオォォォ、これはこれは気が回りませんでした!

どうかお許し戴きたい。しかしリヴィアゼア姫殿下は今やこの国だけでなく、世界に残された最も尊きお方の一人!

最大級の礼をもってあたらぬは不敬かと思われまして。

それこそ、国王陛下と同等以上の対応は必然かと存じ上げます」


 恭しくお辞儀をする。

 先程注意されて大袈裟過ぎるほどではないが、それにしても対応が慇懃過ぎる。

 逆に国王陛下に対して不敬になっていないか。


「まあ御父様、いけませんわ。

姫様はいと尊きお方ですが、私達にはあくまでも一貴族としての扱いを望まれましてよ」


 いきなり寸劇が始まった。

 いや本気なのは揺らぎを視れば判るのだが。

 そんなことより普段はどんな運動や生活をしているのかが聞きたい。


「(リヴィアゼア様、ディルムン伯爵家はティアーナ様の第一の下僕を自称していたファナリア大公派に籍を置かれる貴族家で御座います)」


 と、フランシスカが耳打ちしてくれる。

 つまり自分の所属派閥のトップの令嬢だから姫と呼ぶわけか。納得した。

 あと下僕を自称って何。


 ちなみにファナリア大公派のNo.2は大叔父クラトスのリットアール侯爵家だったりする。

 派閥内の同じ侯爵家同士でも王族の血を引くリットアール家の方が家格を高位として扱う。

 ジェラルドは親国王派を公言しているのだが、ファナリア大公派が国王派より巨大になってしまい独立派閥として見られている。

 国王派のNo.2は父ライドラスの生家エディンドート侯爵家だったりする。


 そして何より、エストバース王国で唯一の王家の血を引いた神子であるティアーナの地位は王国内でも身分を超えたものであり、六神連盟からすれば天王国の血筋の神子は一国の国王以上の特別な存在だったらしい。

 世界中から神子と親族子女のほとんどが失われた今では、神子の親族と子女の生き残りの存在価値は跳ね上がっている。

 神子の信奉者や教会関係者そして六神連盟の役員からすれば、数多くいる一国の王族程度より上と見るのも必然であった。

 神子欠乏症が引き起こした波及はこんなところにも及んでいたか。

 ともあれ、この状況どうしたものか。



[116]

 主な対応はエスクラッドに任せて、私はお飾りに徹することにした。

 それで丸く収まるなら良きに計らえ。

 あとはち切れんばかりの健康体を物理的に丸く収めているディルムン家の教育方針にはとても興味がある。

 是非とも参考にしたい。


「今後とも我々ディルムン伯爵家一同はティアーナ様に尽くしてきたのと同様に、リヴィアゼア姫殿下にお仕えしたく存じます」


 といった内容を直接伝えるために今日ここに訪問してきたのだという。

 お茶菓子を食べたギルバートは用足しに行ったまま帰ってこない。逃げたな。

 神子亡き後でも揺るぎない臣下としての忠誠と決意表明をわざわざするのだから本物なのだろうが、何というか。

 このアルバートは個人的に神子ティアーナの信者をしていた風な雰囲気なのだ。

 心の絶対神ティアーナを失って信仰の対象を私に切り替えに来た感じがひしひしと伝わってくる。

 そしてギルバートの居ない間に、爆弾が投下されたのだった。


「そこでどうでしょう。

娘フィアナは上級貴族として恥じぬ教育を与えて参りました。

もしご許可戴けるのでしたらリヴィアゼア姫殿下の家庭教師としてお側に置いてくだされば光栄の至り」


 ああなるほど、そういうことね。

 私としては言う通りなのであれば反対する理由が無いのだが。

 フィアナの家庭教師としての能力について父親のアルバートの言しか参考データが無いのは些か心許ない。

 ここは日を置いて下調べが済んでから検討したい所だが。私の口からどう切り出すか。


「ギルバートのせんせいは、おしまいなの?」


 とエスクラッドを見上げる。


「リヴィア様は既に家庭教師候補としてギルバート様が付いていらっしゃいます。

フィアナ様の件は突然の申し出でこちらも即座に返答致しかねますので、後日改めてお返事するという形で宜しいですかな」


 エスクラッドがこちらの意図を読んでスラスラと返答する。

 優秀、なんと頼もしい。


「おや、既に家庭教師がついていらっしゃったのですか。これは出過ぎた真似を。

しかし畏れながらギルバート様は得手不得手がはっきりされているお方と聞き及んでおります。

フィアナであればその不得手を埋めるお役に立つのではないかと。どうかご検討いただけたらと存じ上げます」


 ただでは引き下がらない。

 そして痛いところを突いてくる。

 確かにギルバートは今のところ駄目な部分しか見えていない。

 あれ、もう乗り換えても良いんじゃないかな。


「わたくし演奏や歌唱といった芸術分野やダンスに礼儀作法や多様な雑学には自信が御座いますの。

きっと姫様にもご満足していただけますわ」


 ふっくらした頬を釣り上げてパッチリとまばたきをする。

 なんて説得力のある大きくて立派な顔だろうか。

 思わず信用したくなる。


 ひとまず本日の面通しは済んだとばかりに日が暮れる前に自領へと帰っていった。

 仕事が早くて結構なことである。

 その頃には行商人からの買い出しも済んでいた。

 何でも【洗礼の儀】を終えてから初等学校へ通うつもりのない貴族の子女ならば家庭教師を付けるのが一般的らしい。

 そのタイミングを見計らうべく機会を窺っていたのだろうと推察される。

 同派閥の貴族家から入学を希望する学舎の卒業生の家庭教師を付けるのも一般的らしく、この件に関しては問題は無いそうだ。


 そう言えばギルバートも【洗礼の儀】の後に切り出しているのだから合致する。

 正直なところ、私としては学業や魔術に関してはあまり不安には感じていない。

 だが、一般教養や芸術分野のフォローは実にありがたい申し出だと考えている。

 最終判断は私の一声に委ねられているだろうが、エスクラッドやフランシスカが概ね肯定的であれば受けても良さそうである。

 しかしフィアナ嬢の健康優良令嬢振りには畏れ入った。

 よもやあの様な逸材が居ようとは。

 私としては家庭教師云々よりも健康優良児計画の教鞭を執ってもらいたいくらいだ。


 後日、家庭教師の件の承諾の旨を伝えると二人して超特急で挨拶に来た。

 それと毎回手土産として使用人含めて全員分の菓子よりを持ってくるのだが、これが絶品であるため密かな楽しみになっている。

 こうした部分でも教養学の範囲の広さの一端を垣間見せるとは、実にやり手ではないか。


 あとギルバートは無断で2個食べた罪状でこってりと絞られていた。

 どう見ても数的に2個食べてはならないのは分かりそうなものなのだが。



[117]

 季節は替わり秋。

 私のかつて育ったカルムヴィントならそろそろ収穫祭を祝うシーズン。

 小麦の産地であるカルムヴィントと違い、リンデノートはブドウの産地であるため収穫祭はもう少し後になるらしい。


 どうにか魔力知覚と魔力感知を果たしたヒルデと共に、ギルバートのグダグダ授業は現在も残念な進行速度で行われている。

 ヒルデがどの程度の魔力に対する適正があるのかは不明だが、ギルバートの教え方が下手すぎるせいなのかガッツリ時間を掛けて習得していくペースである。

 これが普通の速度なのかどうかは判断付かないが、一応私もそれに合わせてほんの少しだけヒルデより早いくらいのペースで習得しているように見せかけている。


 その裏でコツコツと魔力操作の範囲の拡大拡張の訓練をしているが、微粒魔力を扱っているからなのかギルバートは全然気付いている様子がない。

 こういう精密かつ微細な魔力技術に関しては、基礎部分がめちゃくちゃで大雑把なギルバートには無縁の領分なのかもしれない。

 まあもっとも、祖母相手でも気付かれなかった程薄く広く設定しており、個人の知覚範囲を上回る超拡大範囲で行っている技術なので専門家でも気付くことは困難だろうと思われる。

 いわば室内競技場から場外の微妙な気圧変化に気付けるかどうか、というレベルの話である。

 そんな細やかな力しか発生させられないことを延々と繰り返す反復練習。

 これが何の役に立つ技術なのかは問題ではない。

 ただひたすらに更に難しい技術を上達させるのが目的の訓練である。基礎訓練とはそういうものだ。

 決してギルバートの授業が暇だからではあるのだ。


 そして月に2日はフィアナ先生の教養学と芸術の授業がある。

 ここリンデノートが小領地で且つディルムンが隣の領ということで距離的に不都合が少ないため、通いで一泊二日の家庭教師という形式になった。

 そして必ず手土産に毎回違うスペシャルな甘味を持参してくる。生菓子ですらもだ。

 この世界で生菓子の鮮度を維持したまま領を跨いで移送するのは大変なコストが掛かるのだが、それを商品ではなく個人的な手土産で実行するのだから凄まじい情熱と拘りを感じさせる。


「あら、一流の授業の後には一流の甘味をいただいてこそ身になりましてよ」


 と厚みのある美しい声で言うのだが。

 それがあの体型を維持することに一役買っているのなら、理屈云々など些末な問題なのだなと納得してしまう。

 さすがはフィアナ先生、ほっぺたから鱗が落ちます。

 こうして収穫祭までの日を指折り数えながら日々を送っていると。

 生きることに精一杯だった赤子の頃からすれば、随分と余裕のある身体になったと感じる。


 そんなある日、それは唐突にやってきた。

 二ヶ月後に異境の出現することを告げる神託があったのだ。







《余録》


主人公は基本的に、食べ物は自分より食べたいと思ってる人が食べてしまう分には特に気にしません。

主人公の座るテーブルには常に焼き菓子は常備されているので、ギルバートは用がなくても食べに来ます。

余るとヒルデや使用人達のおやつになったり、孤児院への差し入れになるので、使用人達によるギルバート監視ネットワークが形成されていたりします。


近年になって砂糖はだいぶ値が落ち着いてきていますが、庶民の食べ物になるにはまだまだで、甘味は高級品というイメージです。


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