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1000通りの計画  作者: Terran
第九章 グランレリアの天子
79/99

祈祷




[383]

 リヴィアゼア・エル・ファナリア。

 普段何気なく使うこの名前は正式なフルネームではない。

 今回はその内のファーストネーム以外の部分についていくつかプロシアから詳細を聞く事となった。


◇◆◇


 ファナリアは言わずもがな、ジェラルドが王国から魔導大公の位を賜ってから名乗っている姓である。

 この時、王国の初代魔導大公であるクリムワイエの姓を名乗らせるか否かで王室でも意見が割れて一悶着あったらしい。

 そのどさくさ紛れにジェラルドは母王妃の元の姓であるレアルファスの名は捨てたくないと駄々をこねて、半ば無理やり通したりしたという。

 その後に「審議が割れるならいっそ天王家に名付けて貰えば文句も出ないだろう」という力技の結論に至って、畏れ多くもプロシア経由で直談判して賜ったのがファナリア姓なのである。

 姓なんかで国のお偉い方々を総動員して税金で審議を重ねて揉めるのはどうなのかと思われるかも知れないが、家名には力や権威なんかが複雑に付随する物なのだ。

 例え本人にその気がなくとも関係ない。


 本来ならば魔導大公=クリムワイエ姓であるべきである。

 王国の長い歴史の中でエストバース大公家とクリムワイエ大公家は婚姻を繰り返す内にある時代で統一されて、それ以降はエストバース大公家が一つの王家として続いて行った。

 がしかし、建国の二大公家を失くすのは何となく気が引けたのか、形だけでもエストバース王家が二つの大公の爵位を維持したままになる。という、聞こえは良いが後年に絶対面倒事になるに決まっている決定をしてしまったのだ。

 ご丁寧に法律までその決定に合わせる形でまとめていたのだから当時の大臣達のお花畑決議には驚くばかりである。


 そして時は流れ、先王時代に歴史的な大英雄となる第二王子のジェラルドが天王家から嫁を貰ってきてしまい。

 であればジェラルドが王位を継ぐしか無さそうな物だが、当のジェラルドは天王家との誓約により以後も聖戦に参戦しなければならない。

 しかし王国の法では現役の国王が聖戦に参戦してはならない、という相反する状況に板挟みとなった。


 それはそうだ。

 現国王が聖戦で討ち死にでもしたら一転して国の危機となる。

 過去にはどこぞの現役の国王が聖戦で亡くなってしまい、それまで上手く行っていた国政がまさかの真っ二つに割れて分裂して内乱に発展した例もあるのだ。


 そこへ持ってきて前述の二大公制度を掘り起こされた訳だ。

 苦し紛れの策ではあったが、状況的にもう消去法でエストバース王家が持ってる大公の爵位をジェラルドに与えるより他に選択肢は無かったのである。

 当然ながら、もっと下げて公爵や侯爵でも何とかならないのか、という意見もあったそうだが。

 そもそもジェラルドの母君はレアルファス公爵家最後の姫。

 つまりジェラルドは公爵の爵位は持っていたので、新たな爵位を与えるとなれば、それ以上となると王爵位くらいしか残って無かったのだ。

 当時は本当に揉めたのだろう。

 最終的に魔導大公の制度を復活させて【レアルファス公爵】兼【新生魔導大公ファナリア】として独立することとなった。


 結果としてクリムワイエ大公の元領地だったクリムワイエ特区の運営権と、レアルファス公王の領地のどちらも継承することとなる。

 斯くしてジェラルドは実質的にエストバース王国のもう一人の国王となったのだ。

 いくらジェラルドが実質的に国王と同等以上であっても、当人が王位に興味がなく兄が次期国王で何の不満も無かったので、ジェラルドも王室も一代限りの裏の最高権力者で終わらせるつもりだった。


 それで終われば良かったのだが、残念ながらそうは問屋が卸さない。


 何と、妻プロシアが天王家の血を引く【神子】を産んでしまったのだ。

 その瞬間、魔導大公ファナリア家の地位は不動の物となり、二大公制を続行して世襲させる事が絶大なる後押しで決定してしまったのだろう。

 もう笑うしかない。

 本当にお疲れ様でした。


 まあその後のファナリア家の躍進についてはまた別の話である。


◇◆◇


 ここで最初の話、姓に関する部分に戻る。

 通常は天空人の王家から別の家へ嫁いでも基本的に王家の家名は継承されない。

 嫁いだ当人だけが一代だけ名乗ることを許される場合もあるが、子の代まで継がれることは無い。


 ところが【神子】となれば話は違う。


 その場合だけ特例が適用されて次代も家名を名乗る許可、という名目で半ば強要される。

 天空人の王家としても所有権を一部有している事を内外に示す必要があり、彼等の許可なく独り占めしたり政治的に利用させない為にも目に見える形で抑止力を持たせる必要がある、というのだ。

 言ってる事には確かに理はあるが、要するに自分達だけ嫁ぎ先に口出しする権利を確保している訳で、これはもう立派な内政干渉ではないか。

 何とも現金な話である。


 これが地上人でありながら神子ティアーナが天王家の家名である『エルヴィアス』の姓をプロシア同様に有した経緯になる。

 このエルヴィアスを短くしたのが間に入った『エル』の正体なのだが、実はここで天王家の懸念した通りの横槍が入ってしまう。


 妖精国が自分達の真の王家のルーツである『タイタニア』の姓を、「そんな特例が適用されるなら当然自分達にも権利がある」と主張してねじ込んできたのだ。

 何という強欲。

 とりあえず乗っかれそうな案件には便乗する妖精国のやり方だが、取り締まるべき当の天空人が特例を認めた以上は法的な問題はクリアされている。


 そう、プロシアの母君は亡き妖精王国最後の女王の一人娘。

 天王家との繫がり強化の為に政略結婚の道具にされて妖精王国の正統なる眷属王家の血を引く邪魔者を、のしを付けて送り込んでおきながら、厚顔無恥にもその娘のプロシアにも、更には孫のティアーナにも妖精王国の血統の証として、名乗らせる権利が自国にもあると主張してきたのだ。

 呆れ果てる所業だが、ゲスである事を除けば主張そのものは法に則っている。

 ルールを重んじる天空人側も我が振りを顧みると強く出られず、結果的に跳ね除ける事が適わず、プロシアもティアーナも決して自ら名乗ることは無かったが『タイタニア』の姓を有している。


 ここまでまとめれば次にどうなるか、お分かり頂けるだろう。


 その神子ティアーナが娘一人遺して若くして退場してしまったからさあ大変。

 何やかんやあって、神子の血統そのものが超激レアとなった為に、神子ティアーナ唯一の娘であるリヴィアもまた特例でエル(エルヴィアス)とティト(タイタニア)の姓をまとめて押し付けられたのだ。

 値崩れ待ったなし、ブランド家名のバーゲンセールである。

 こちとら、ただでさえ勇者との神婚話やら次期魔導大公やら将来に問題を抱えて胸焼け気味だというのに、余計にややこしくなる要因までも相続させようとするとは。

 リヴィアの人生を勝手に権利関係の玩具にしないで頂きたい。


 まあ、話を聞いてしまった以上は仕方がない。

 いずれ正統継承者であるリヴィアを魔導大公とするのも、法的な手続きを円滑にするために形式上はジェラルドとプロシアの養子になるのが無難だろう。

 となればジェラルド側からレア・ファナリアを、プロシア側からはエル・ティトを継承。

 併せると『リヴィアゼア・エルヴィアス・タイタニア・レアルファス・ファナリア』という名になるのだろう。

 今回説明された分だけでこの長さとは、先々が思い遣られるな。

 基本的に姓は権威の象徴であり、直接的な実行力を持つのは『エルヴィアス』だけなので、今後も略式紹介で名乗る際はエル・ファナリアだけで十分か。




[384]

 この旅の目的地は大陸の半分を覆うルオラシア大生林の中心、世界樹を擁する妖精国。


 先日の風精樹の森で世界樹を芽吹かせた折に得た妖精王の王笏から分けた苗の件だろう。

 ただ苗を渡すだけで終わらせるつもりはなく、妖精国の代表と何やら取引する予定らしい。

 詳しい内容までは教えられていないが、私を連れて来たということは最終的に苗を植えさせるつもりなのだと思われる。


「せっかく貴女のおかげで予定より早くここまで来られましたが、一つ大きな懸念点が有ります」

「交渉ですか」

「それは私がどうにかします。問題はそれ以前と言いますか、文化の違いの部分ですね」


 ふむ、確かにここはもう別の神の領域。

 そして主たる種族差によるカルチャーショックも当然起こり得るだろう。


「森人族は基本的に時間にルーズです。これが公式の訪問であれば来賓に合わせることはしますが、今回は非公式かつ予定より早く到着し過ぎました」

「つまり、彼等はまだ応対の準備ができていないのですね」

「はい。おそらくここでどれだけ急かそうと伝達しても、彼等は当初の予定通りの日程にしか間に合わせないでしょう。

天空人や人間族の感覚では考えられないくらい不真面目に感じるかも知れませんが、これが森人族の常識です。むしろ予定日を繰り上げさせる行為は相手を軽んじているとすら思われます」


 ああ、なるほど。

 ゆったりした時の中を過ごす森人族にとっては、急げ早くしろとせっつくのは愚弄と捉えられかねないのか。

 時の価値を安く見積もるとは、実に非生産的な種族である。

 いや、人間の寿命が短すぎるのか。


「もちろん森人族全体がそうである訳ではありませんが、外の世界を知らない閉鎖的な暮らしをしている者達にとっては時の流れも一通りしか無いのです。

このままでは貴女の作ってくれた時間を無駄にしてしまいます」


 文化の違いとは実に厄介極まりない。

 確かにこちらの都合で押し掛けているのには違いないが、火急の案件で且つ彼等妖精国にとっては本来の主である妖精王の血を引く私達が訪れているのだ。

 例えどんな理由があろうとも、王と信仰の対象である世界樹のセットより優先される文化的都合なんて存在するのだろうか。

 いや、表向き私達は訪問していないし、訪問の理由についても伝えていないのだろう。

 だとしたら感情的には納得出来なくとも、それに合わせた手順を踏む必要があるという事だ。

 何とも面倒で馬鹿馬鹿しい話である。


「では二手に別れるしかありませんね」

「はい。本来であれば全員で首都へ向かい、私が交渉を済ませてから世界樹へ向かう予定でした。しかし首都から世界樹までは徒歩で行く必要が有り、数日分の距離があります」

「そこで私が直接世界樹へ先回りすればいいのですね」

「はい。世界樹へは守り人の許可なく立ち入ることは出来ません。貴女には守り人の里へ、私は首都へそれぞれ向かい、交渉を済ませ次第世界樹の下で落ち合いましょう」


 実に合理的な判断である。

 通常なら世界樹の苗を植えるのにも現地で守り人の協力と準備が必要だろうし、そうするのが適切だろう。


「貴女には信用できる護衛と道案内を付けます。

本来ならば貴女を私の側から離すなど選択したくはありませんが、首都へ連れて行くよりある意味では安全だと判断しました」


 どれだけ信用無いんだ妖精国。

 この警戒具合からも酷いのは察するが、逆に興味も湧いてくる。


「ふふ。一ついいかしら」

「帰りも首都へは連れて行きませんよ」


 やれやれ、取り付く島もない。

 今回は大生林と世界樹だけで満足しておこう。


「いいえ。ただお祖母さまの側にハンを連れて行ってほしいの」

「それは構いませんが、当然ですが貴女には使い魔とデルフォスだけでなくウルボラから信用できる案内と護衛は付けさせますよ。監督する者の居ない状態でうろつかせる訳にはいきません」

「ふふふ。それでいいわ」


 その後は大まかな日程の確認と注意事項、緊急事態の際の連絡方法などについて話し合い。

 デルフォスとハンに方針を伝えるべく一度解散した。



◇◆◇



 その後ハンとすぐに会って業務連絡をしながら、裏では念話で打ち合わせをした。


(というわけで、お祖母さまは任せるわ)

(それは構わないが、わざわざ本体で出向いておいて何故転移を使わないんだ。時間を気にするくらいなら行きも帰りもそれで全て解決するだろう)


(物事には手順が必要なのよ)

(は。普段目立たないようにしておきながら廃れた飛竜まで持ち出したり、基準が理解できんな。それに俺は回りくどいのは好かん)


(私達だけなら転移でもいいですが、文明の発展はその世界の人々の手で回すべきなのです。その点からすれば飛竜は元からあったものですから)

(オーバーテクノロジーでの直接的な牽引はなるべく控える方針か。

は。既に転生者の手があちこち入ってる世界で今更という気もするがな。まあ了解した。お前が失敗しない限りは従おう)


 ハンの不遜な態度は自信による部分も多いだろうが自己暗示も多少含まれている。

 何が起こっても乗り越えられる、という強い自己肯定の外殻で己を武装しているのだろう。

 彼ほどの力があればわざわざ臨戦状態を強く意識していなくてもどうとでもなりそうだが、原因はやはり私達なのだろう。

 どれだけ警戒しても意味は無いのだから外向けの意識に集中して貰いたいのだが。



◇◆◇



「七光様でしたね。明日からの案内役を務めるネオンと言います。よろしくお願いします」

「ええネオン。こちらこそよろしく」


 ネオンと名乗ったのは水精族と獣人族の混血らしき年は20に届くかどうかといった褐色肌の少女。

 どの獣人族の部族かは分からなかったが、特徴は水精族寄りだろうか。魔力量や流れから魔術師相当だと思われる。

 おそらくウルボラの弟子の一人なのだろう。


「これ、お一つどうぞ。旅の安全を地神様に祈願するお守りです」

「頂きましょう。これは手作りなのですね」

「ハイ。丁度今のように旅立ちの前日の夜にお祈りをしてから枕元に置くと、旅先の災いを取り除いてくれるんです」


 地元民の護符の類だろう。

 光を纏った木彫りの地神像に簡単なまじないの模様が描かれている。

 日、花、獣、泉、どれも生活に必要な物だ。

 旅というより移住に関する祈祷が意味を変えて伝承されたのかも知れない。


「とても綺麗な術式ですね。巫術でしたか、地神を敬う心が表れているのが感じ取れます」

「え、スゴい。七光様は視えているんですね!」


 ふと、今の自分がヴェールを被っていない事に気が付いた。

 プロシアと部屋に行った際に脱いだままにしていたようだ。

 認識阻害のヴェールを取っていたからネオンに声を掛けられたのか。

 そしてヴェールの下は瞳を封印する目隠しをしている状態である。


「てっきり視えていらっしゃらないのかと、スミマセン」

「ふふ。確かに視え方は少し違うかもしれませんね。

後でお祈りをしてみます。ネオンはいつもどのように祈っているのですか」

「えっと地神様は大地に自然の恵みをお与えてくださいますが、お願い事をする時は人が受け取った恵みの一部をお返しするのが慣わしです。

わたしは果物をお供えすることが多いですね」


 自然と共に生きる地神領域ならではの風習といったところだろう。

 人神への祈りでは主食の加工品や酒をお供えするのが一般的である。

 星神は確か石や砂か硝子製品を、魔神には家畜の血や骨か何なら頭部そのものを、それぞれの神ごとに供えられる物が異なる。


 そう言えば、私はちゃんと祈った経験が無かった。

 完璧な祈りのポーズには自信はあるが、思い返すと心を込めた事は無い。

 いや、神を信じていない訳ではないのだ。

 むしろ実際に接触しているのだから認識という意味では誰よりも信じていると言っても過言ではない。

 ふむ、減るものでもないし良い機会だからちゃんとした祈りの一つくらいしておこうか。




[385]

 祈りや信仰と呪いという要素の大元は同じエネルギーから派生したものであると仮定している。

 そして祈りも信仰も呪いも、魔術のあるこの世界ではどれもデリケートな分野に該当している事から、軽い気持ちで研究するにはリスクが高いと判断していた。

 それ故に、周囲から教えられるまでは本格的には手を付けず後回しにしていたのだ。


 リヴィアなら得意ではないかと早々に気付いていた魔術ですら家庭教師が付けられるまで手を付けなかった忍耐力のある私である。

 当然ながら聖法術に関連するであろう祈りや信仰、邪法術に関連する呪いも手付かずにしていた。

 学院の授業で取り扱うのも二回生になってからなので、その時が来たら取り掛かろうと思い放置していたのだが。

 折角こうして勧められたのだから、これで着手しても常識的で自然な流れと言えるだろう。


 聖属性と邪属性は相反する性質を持った希少属性である。

 希少故に世界的にも使い手は少なく、特に邪属性は魔大陸以外での規制が厳しいことから習得希望者が少ないのも要因となっている。

 邪属性への適性ある者自体は基本属性より少ないもののそこそこ居るので、才能を摘まれている者は珍しくないだろう。


 逆に聖属性は希望者そのものは多い。

 のだが属性に適性ある者が圧倒的に少ない。

 居ても大した力を有していないというのがザラでとにかく希少なのだ。

 そして困ったことに聖属性の需要は非常に高い。

 下級でも聖法術を使えれば職には困らないというほどの待遇が約束されている。

 一定以上の聖法術の使い手になると国を上げて保護する対象となり、地上で特に強い力を持つ者は聖者や聖人と呼ばれる。

 聖者や聖人の認定は天使官が直々に行い、教国のシンボルである教皇や聖女は聖人の中から神託で選ばれるのだという。

 聖属性との相性の良い種族というのが主に天空人に集中しており、相性に個体差の大きい人間族からも稀に生まれるが、必然的に聖人や聖女は天空人の血を引く者から選ばれやすい。


 反対に邪属性は魔族の得意属性であり、忌み嫌われるのも天空人と魔族の確執は勿論なのだが。

 聖人達が地上の人々を病や怪我から救う活動をする中で、邪属性の気色が強い場では相反する聖属性の力が削がれるという理由から、邪法術は魔大陸以外での使用を制限するようにと圧力を掛けられている。

 聖法術デリケートだな。

 魔族関連さえ無ければ天空人は理性的で慈悲深い種族なので、各国も天空人からの恩恵に与るため同調せざるを得ないのだ。


 まあ、人間族の一部国家は魔族との繋がりを否定せずに付き合っているが、ほとんどの国で魔族は嫌われ者である。

 実際、高位の魔族は人類に含む所があるので差別意識を持たれても仕方がないのだが。

 因みに魔族と仲が良いことで有名な国の中で最も国力が強くて密接に繫がっているのがエストバース王国だったりする。

 天使官(天空人か半天空人)を採用せずに審秘官(高位魔族の血筋)を採用したり、強力な魔族の血を引く一族(ヴァンスターク家等)に爵位を与えたり、邪属性の術式である邪法術の一部使用や習得を認めていたりと、他国では天空人に冷遇されるのを恐れて出来ない事を平然とやってのけている。

 お陰様で「邪の気が強い地には派遣出来ない」という理由で聖人がエストバース王国に訪れる事はほとんど無い。

 聖法術デリケート過ぎるだろ。


 そんな理由で、クリムワイエ魔術学院に聖女が入学した事がニュースになるほど、はっきりとイレギュラーな事件だったのである。

 エストバース王国に神子が産まれなかったのも、邪の気により不浄を抱えているからだと主張する派閥まである。

 それでも神子ティアーナが産まれたのは母であるプロシアは天空人の王家の聖なる気が強かったからだとか、そのティアーナの娘が呪われているのは邪の気に当てられたからだとか、割と言いたい放題言われていたりする。

 反論しようにもどちらの根拠もなく証拠も提示できないことから、全くの無関係とも言い切れないので王国側もノーコメントで通しているらしい。


 とは言え、火のないところに煙は立たない。

 事実としてリヴィアの潜在的な邪気は非常に強い。

 生後すぐの判別でも、あまりにも強過ぎる呪い(負の加護)を目の当たりにして不吉な物を感じたり、邪気との関連性を疑ったりしても無理からぬことなのだ。

 それほどまでにセンセーショナルな事件だったのだろう。

 他国より魔族や邪気に理解のあるエストバース王国でなかったらかなり危なかった。


 まあ、王国としては遠くの天神領域より近くの魔神領域の方がずっとお得意様であり、緊張状態を維持したくないので魔族とも上手いこと仲良くするのは必然だったと言えよう。

 何しろ魔大陸はファナリア家の統治する王国西岸の海から最も近い大陸である。

 敵対しても何の得にもならない。

 どころか、規制のだいぶ緩くなった現代ならともかく、偏見の強かった古い時代に下手に聖人が派遣されようものなら、火種となって一気に魔大陸との緊張状態へと発展しかねない。

 戦争ともなれば真っ先に戦場となるのは天神領域ではなくエストバース王国なのだ。

 となれば正直に敵対意思が無いことを魔族側に示す方がよっぽど利口である。


 そうした背景から、王国側の言い分も最もであることから公平性を唱える天空人としてもエストバース王国が魔族の仲良くしていても面と向かって抗議はしづらいのだ。

 せいぜいが連盟への献上金の額を増やされたり、聖人を派遣しないだの、天使官の採用を勧めながらも派遣人数は渋ろうとするなど、細かな嫌がらせ程度の制限しか加えられないのが現実である。

 まあ、どれも致命的ではないので甘んじて受け入れているが、正直言えば王国としても頭を痛める問題だったのだ。


 しかしジェラルドがプロシアとの結婚を機に天王国との国家間のわだかまりは少し薄れ、エストバース王国だけ冷遇気味にせざるを得なかった天空人の側も、血縁関係という口実により制限の緩和が可能となり様々な問題が徐々に解消されつつある。

 献上金は一部免責され、天使官の採用こそ審秘官という役職を追いやる事に繋がるため今更出来ないものの、希望者は他国で天使官の選別を受けられる特別制度が導入されたりと政策が取られる。

 しかし聖人の派遣に関しては建前として掲げた言い訳が邪魔をしており、依然として邪の気が減った訳ではないので未定のままだ。

 天空人は簡単には決定を取り下げたり頭を下げたりしない。

 苦肉の策で聖女を一学生として魔術学院へ入学させるという法の穴を掻い潜る方法で擬似的に派遣をしてみせたのは彼等なりの精一杯なのだろう。

 自分が折れるべきなのに素直に謝れない頑固親父の如く、実に面倒くさい和解の示し方である。


 ともあれ、私としては念には念を入れてデリケートな問題との関係性がある聖邪関連の要素は、極力本国では正式に教授されない限りは手を付けない方針にしていたのだ。

 だが他国で、且つ自然な流れでやり方を教わったのなら話は別である。

 自国の法や政治的判断に縛られない場所で自分ルールにも抵触しない条件ならば何ら問題は無い。

 やろうではないか、聖法術。




[386]

 『八魔術』、『四法術』、『四理術』。

 これらがこの世界において私の知り得る魔力を媒介とした術式の系統。


 聖法術や邪法術は法術の一種であり、通常の元素魔術とは別枠として確立している。

 まあ、まだ私の理論が浸透していないので今回は魔術協会の提唱する学院でも浸透している従来の基準を踏まえて実践しよう。


 一般的には10の属性からなる系統だが、聖と邪の属性術式だけが法術に分類されている。

 最もポピュラーな聖法術は祈り、邪法術なら呪いである。

 そのどちらも魔力を乗せて行うことで指向性を持たせられるのだ。


 いくら魔力を込めて祈ろうとも属性の適性が無ければ実感できるほどの効果は得られず、具体的な指向性を持たせられなければ拡散するだけだ。

 だから初心者はまず条文や祝詞という形で大まかな指向性を持たせて繰り返し訓練する。

 前世風に言えばひたすらお経を唱えたり、聖書を読むような感じだろうか。

 その様子を監督する高位の僧や神官が、どれだけ指向性の操作や力を乗せるのが上手くいっているかを観て修練の具合を確かめるのである。


 とは言え、今の私は完全に素人。

 本来ならば教会でお祈りをする様子から適性の有無を教会関係者に観られながら判断されるのが一般的なのだが。非常に遺憾ながら、私達はまともにお祈りをした経験が無い。

 そんな馬鹿なと思われるかも知れないが、実際ずっと軟禁生活をしていたリヴィアはそもそも教会へ訪れる回数が極めて少ない。

 行ったら行ったで完璧なお祈りのポーズを極める事に集中しながら、裏では常に別の事を同時進行で考えていた。

 特に【洗礼の儀】や【恩寵の儀】では、リヴィアは完璧なお祈りのポーズを周囲に周知させながら、私は神と出会って情報収集していたのだ。

 実質的にどちらもちゃんと祈ってなどいなかった。


 一切の語弊無く「心ここに在らず」。

 そう考えると皮肉な話である。

 熱心に祈る信仰心厚い信徒はそっちのけで、信仰心の欠片も無い形式だけ祈る私だけがあちらこちらの神様の御声を頂戴していたのだから。

 結局、信仰心など己の内にしかなく、余所に求むることなかれ、なのだろう。

 神の声が聴こえたら否応なく大き過ぎる責任を負う羽目になる。

 結構な事ではないか。

 真に信心深い者ならば、聴こえない者が如何に幸せなのか、の意味を噛み締めるべきだ。


 そんな事はつゆ知らず、そのお祈りの様子を密かに見守っていた司祭達の視点からすれば、ウルトラ完璧なお祈りをしているのにも関わらず聖属性パワーがこれっぽっちも溢れてこないリヴィアには聖法術の適性無しと判断していたに違いない。

 今にして思えば、変に勘ぐられるより本人に全く自覚の無い素の状態でやっていた行動から聖法術適性について勝手に誤審して判別してくれていたのなら、こちらとしては大変有り難い限りである。

 ありがとう雑念、ありがとう欠損神。


 大聖堂は荘厳な内装と神秘的な雰囲気で無意識的に信仰心を煽る設計となっており、半ば強制的に祈りの力を引き出させる儀式場でもあったのだ。

 下手に適性を見破られると教会関係者に目を付けられ記録にも残る。

 プロシアの教育の過程でリヴィアがお祈りの勉強をしていた際も、全く心の篭っていない美しさだけを追求したポーズを繰り返しており、天空人の血を引く眼で観てすらも何の変化も無かったのは確認済みだったのだろう。

 だからこそ大聖堂への参列も認められ、その上で万が一があっても即対応できるように必ずプロシアが同伴していた、と考えるのが自然か。


◇◆◇


 ともあれ、意図を理解した所で私がお祈りの素人である事に変わりはない。

 お祈りとはどうやるのだろうか。

 心を込めるとはどういう精神状態を指すのだろうか。

 信仰心とはどのような脳内物質が働きかけて発生する化学変化なのだろうか。

 正直疑問は絶えないが、神が実在していることを既に知っていて接触までしておいて、今更信仰心の有無やお祈りのメカニズムについて何を考察すれば良いのだろうか。


 お祈りお祈りお祈りお祈りお祈りお祈りお祈りお祈り、お祈りお祈りお祈り、おいのりおいのりおいのりおいのり、オイノリとは一体何なのだろうか。

 追い乗りは運動なのだろうか、甥憲は親族なのだろうか、老い海苔は食べても大丈夫なのだろうか。

 こうして『OINORI』とはどんな物なのかを改めて考えると実に意味不明なものである。

 ゲシュタルト崩壊しているので一度落ち着いてから考えよう。


 マテリアル的なものではなくスピリチュアル的なものなのは判るが、では何故お祈りには共通するポーズがあるのだろうか。

 信仰心が芽生えやすい姿勢とか有るのだろうか。

 お祈りと言えば万国それぞれの形式こそあるが子供ですら自然とそれを認識して身に着けるのだから、そこまで難しい概念では無いはずなのだ。

 だがどうだろう。

 いざお祈りの定義を理論的に証明してみせろと言われて咄嗟に解説できる者が世の中にどれだけ存在するのだろうか。

 こうして手作りの地神像を前にして、私はお祈りの何たるかを考え始め、湧き上がる数々の疑問に対して明確な答えを出すことが出来ないでいる。


 解らない。

 正直言ってお祈りが何なのか解らない。

 祈願とは祈り願うことならば、神に呼び掛けて要望を申す行為なのだろうか。

 ならば私は直接神と対面して要望は通している。

 つまりこの仮説における祈願の前提条件を満たし、且つ叶えられている。

 であれば私は祈願を正確に達成していることになる。

 因みに証人は神そのものだ。


◇◆◇


 よし、解らない。

 解らないなら実験するより他あるまい。

 実験結果から再検証して効果の違いを確かめて、お祈りの定義を作用そのものから公式を導き出して近似する解を求めるより無い。

 というわけで、とにかく目の前の地神像へ考え得る方法で神に呼び掛けて要望を伝えることにした。

 やり方は私が思考してリヴィアが実行する。


 『家内安全』、『交通安全』、『商売繁盛』、『厄除け』、『方位除け』、『大願成就』、『無病息災』、『悪霊退散』、『破邪顕正』、『幸運祈願』、『勧善懲悪』、『五体満足』、『焼肉定食』…。


 余計な事も含まれている気がしなくもないが、とりあえず思いつく限りの一般的な祈願やら要望をまとめて魔力を込めてお願いする。

 前に神と邂逅したのは神域で実体を持たない状態だったが、実体がある場合は別のやり方でなければならないという制約があったりするのだろうか。

 もしそうなら検証するにはお祈りの仕方にもバリエーションを持たせなければならない。


 五体投地が必要と言われたら困るな。

 リヴィアは他者に頭を下げたりしない。

 それは例え神相手であっても例外ではないのだ。


 ひとまず試した結果は旅の目的地に着けば自ずと判別できるだろう。

 少々欲張り過ぎたかも知れないが地神のご利益がどれに該当するのかも検証するには数撃つのもやむを得ない。


 さて、冗談はさておき。

 聖法術を学ぶにはやはり実物を観るのが一番なのは間違いない。

 この地神像を使った祈願も巫術を元にした技術である以上、純粋な聖法術には該当しないかも知れないが。

 道中はネオンと行動を共にするのだ。

 機会があれば尋ねてみたり実演して貰うのも良いだろう。


 私達の旅はまだまだこれからだ。






《あとがき》


本編の締め括りが打ち切り漫画風になっていますが、まだ続きます。


お祈りに関しては、大真面目な上に理屈っぽいので大変難儀して深く考え過ぎている模様です。


そして、大聖堂で披露した一切の心の籠もっていないお祈りの姿勢は、さぞ美しかったのでしょう。

プロの魅せる努力と鍛錬の末に身につけた豊かで上質な感情表現は多くの人の胸を打ち感動を与えるものです。

それが例え良く出来た作り物であったとしても、価値が下がる事はありません。


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