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1000通りの計画  作者: Terran
第二章 リンデノートの小公女
7/99

リンデノートの小公女 2



【洗礼の儀】


[099]

 ヒルデの話をしよう。

 ヒルデラーナ・ブリューナクは騎士家の二女である。

 代々王国騎士を拝命してきた由緒正しき家柄ではあるが、先の地神領域の聖戦にて王国騎士団の師団長だった当主が戦死。

 家長となった近衛騎士の父は多忙故に満足に家族に会うことも出来なかった。

 男児がいないことから長女を初等学園へ入学させたのと同時期に、ヒルデも将来嫁ぐことを考えて教養を身に着けさせるために上級貴族家の使用人になる道を選んだという。

 そこで相談を持ち掛けた王宮内の貴族から宮廷魔術師ライドラスの耳に入り、孫娘の身を案じていたジェラルド大公へと面通しとなり目に止まる。

 最愛の娘を失ったばかりのジェラルドは孫娘の身辺に誰の息も掛かっていない下級貴族の子供を従者に付けさせようと考えていた。

 つまりタイミングがとても良かったのだ。

 亡くなった当主とも年代が近く顔見知りで、真面目な仕事振りを知っていたのも後押しした。

 こうしてヒルデは大変な身分違いだが見事、大公令嬢リヴィアゼアの専属使用人として仕えることとなった。

 世界は違えど就活で物を言うのはコネである。


「ヒルデ。きょうもおつかい、して」

「わっかりましたぁぁ〜」


 そして彼女は今、私専属使用人としてお使いという名の修行の日々を送っている。

 朝は早起きして使用人としての通常業務である掃除洗濯。それから私を起こしに来てからの寝室の片付けという書物の整理整頓をさせる。

 もちろん散らばった本や書類は乱雑なように見えて、実は全て私自身が設計したパズルであり、規則性を解かないと時間が掛かるように仕組んである。

 朝食後はテラスのセッティングをさせている。私専用の丈夫で重たい魔導椅子や造りのしっかりしたテーブルを邸内から運ばせる。

 読みたい本をリクエストして書庫へと往復もさせて、お茶や菓子を用意させる。

 もちろん菓子は胃に優しく身体を動かす者に必要な栄養素が豊富なものをトールに作ってもらっているので、それをヒルデに与えながら昨晩貸した本の内容についての話題を振っておく。

 本はその日私が読んだものから選んで渡しているが、当然ジャンルはいつもバラバラで好みに関係なく幅広い教養を身に着けさせる目的がある。

 話題を振るのも傍目からは楽しく談笑しているように見えるだろうが、しっかりと読んでいるかの確認である。


 お昼になれば昼食として、いつも2つのコースを作らせて片方を摂る。残ったもう片方はヒルデに食べさせる。

 これもその日消費する栄養素から逆算して効率よく必要な食事を摂らせるためのメニューである。

 2つのコースにすることで気分で選んでいるかの様に見せ掛けながら。その実、栄養素を見比べて私とヒルデのどちらに割り振るのがベターであるかを選択するためである。

 完全に料理の内容を一つずつ指定すればもっと効率的だが、それはしない。

 何故ならば、そんな幼女は居ないからだ。

 違和感が有り過ぎる。

 よってお嬢様の些細なわがままという程度の認識で済ませられるように、2種類のコースをその都度作らせて片方を選ぶスタイルにしている。

 完璧とはいかないが、料理人のトールもある程度栄養には気を遣った調理をするのだから、私自身は用意された中からベターな選択をするくらいでも問題ないと結論付けた。

 偏り気味で足りない栄養素があれば食べたい料理をリクエストすればいいし、エリックの育てた野菜を指定して使った料理を作らせれば済むことだ。

 積極的に動くのは出だしだけで、あとは自主性を主体にさせてたまに指示を出すだけで良い。

 誰にも違和感を与えることなく、年相応の小さなわがままを使うだけでも能動的に望む結果を甘受し続けられる体制は創れる。


 こうしてヒルデの肉体造りをサポートして、午後は配達やお使いで長距離移動をさせて、夕食前にテラスを片付けさせる。

 夕食後は部屋に書物をまた運搬させて、読み終わった物から選んで渡す。

 そこから先は通常の業務を済ませれば就寝までは自由時間。睡眠時間を削るような真似はさせたくないので本を読む時間には制限を与えている。

 就寝前には私の考案したストレッチを毎日必ず行うように言い含めた。本を読みながらでも出来るように調整したものだ。

 基本的にはこのルーチンで日々のトレーニングとしている。

 年齢的に考えても無理のない範囲で育成しているつもりだ。毎日ぐっすり眠れているのは氣で確認している。

 大変に思えるかもしれないが、忙しさという点では他家の使用人と比べても別段際立っていない。

 ただ、筋力体力面ではややハードかもしれないが許容範囲内だろう。


 ヒルデは騎士家の子女である。

 他の厳しい家ならもっとハードなメニューを課せられている。嫡男だったりすれば更に過酷だろう。

 私の教育などこの世界の水準からしてみればとても優しいのは間違いない。

 スパルタな家なら効果の薄いやり方でスポーツ力学を真っ向から否定するような無意味な訓練を強いて、ひたすら疲弊させることこそが教育だと勘違いしているのだろう。

 いくつか読んだ教範の手引きからはどうもそういう臭いが漂っている。

 そんなやり方で育まれるのは故障しやすい身体作りと歪曲した根性論だけだろう。

 とてもではないが私のヒルデにそんな真似はさせられない。

 美容にも健康にも栄養にも発育にも気を配った安心な教育。

 たまに負傷したり傷めた時はすぐに治療させるし病気のケアも万全。

 コツコツした訓練好きな私としては、もしこんな環境があるのなら是非とも入門させて欲しいと思うことだろう。


 やはり他者を育成する歓びは自分自身とはまた違った愉しさに満ちている。

 そして何より、自分自身へと試す前に年の近い娘で実証データが取れるのは大変ありがたい。

 さあヒルデよ。どんな凡人でも一流のアスリートになれるメニューでこれからもひっそりとしっかりとみっちりと鍛え抜いてあげよう。



[100]

 【洗礼の儀】について話そう。

 この世界に生まれた子供は満5歳になると生まれた月の翌月に最寄りの神託のできる神殿で洗礼の儀を受けることになる。

 基本的には人間族なら人神殿、森人族なら地神殿へ行くことになるが、エストバース王国では必ずしもそうしなければならないという決まりがあるわけではない。

 この世界の神の加護を受けているなら六大神のどの神殿でも洗礼は受けられるのだ。

 とはいえ貴族の子女であればなるべく自領のある大陸に添った神の神殿に行くのが慣例で。特に上級貴族ともなれば六大神全てを奉っている大神殿で【洗礼の儀】を受けるのが半ば義務化している。

 寄附や献金も含めて、国家と教会との良好な関係を築くのも貴族の務めなのだ。


 それはこの私大公令嬢リヴィアゼアも例外ではないらしく、物凄く不機嫌な祖父ジェラルドは兄王から根気強く説得されて渋々ながらも了承したのであった。

 護衛の王国騎士達相手にそうあからさま過ぎる不機嫌顔をするのは大人気無いと思うぞジェラルド。

 私も外に出たいわけではないが、せっかくこうして久々に家族で外出できる喜びを分かち合おうではないか。

 私は祖父がリンデノートまで迎えに来たのと合流して人生二度目の王都へ向かうこととなった。

 一度目は呪災の直後で可能な限り保護という形で、半ば強制連行であり到着後も監禁同然だったので王都の何たるかなどロクに観ることも無かったが。


 今回は少しくらいは観光も出来るのだろうか。

 良い機会なので王都のファナリア邸で家族全員で集まって祝おうという事になっており、呪災以降ずっと暗かった我が大公家を少しでも上向きな気分にさせようと父ライドラスが苦心したようだ。

 最後に会ってからだいぶ経つ。

 姉達はどう成長したのだろうか。正直長女セシリアと二女ミルミアナくらいしか印象に無いがな。

 同行するのは侍女エスメラルダとヒルデとギルバートの三人。


「いやあ、この高級馬車の感じ懐かしいなあ。旅の間はもっぱら乗り合い馬車とかだったんですけど腰が痛くて。あっ干しブドウ食べます?」

「じゃあいただきます。ってちょっと待って下さいよギルバート様。

これトールの所にあったやつですよね。まさか全部持ってきたんですか」

「そそ。トオル君に昨日食べても良いって言われたから」

「いやあり得ないでしょ。

トールだって普通に味見していいって意味で言ったんだと思いますって。何で全部持ってくるんですか、何キロ食べるつもりなんですか」


 ギルバートへのツッコミ役はエスメラルダに任せて良さそうである。


「お嬢様。あっちに羊の群れが見えますよ。可愛いですね〜」


 ヒルデは窓の外を観ながら年相応の可愛らしい反応を示している。

 あとギルバートのことは極力スルーする方針のようだ。賢い娘である。


「ギルバート様、直接大袋から手で食べるのはおやめください。下品ですし不衛生ですので。

小分けするのでまず手を止めてください。明らかに全部食べるペースですからそれ!」

「大丈夫だよ。他にも色々持ってきてるから」

「ギルバート様。一度手に掴んだのを戻そうとしないで下さい。それはこっちに入れて、ほら」


 父もよくこれを養子にしようと決断したものだ。

 他の家族が見たらどんな反応をするのだろうか。

 こんなギルバートでも多数のギフト持ちの超エリートだという。


 これから行う【洗礼の儀】では、5歳になった子供が神より授かったギフトを判別するのだとか。

 この世界の人がギフトを授かる機会は4つあるとされる。

 まずは産まれた時。

 これは先天性のギフトとされ、王国では産後すぐに審秘官により判定されることで発覚する。

 そして5歳10歳15歳になった日にそれぞれギフトを授かるのだという。

 これは後天性のギフトとされ、それぞれ毎月行っている【洗礼の儀】、【恩寵の儀】、【成人の儀】の際に教会で一斉に判定してもらえるのだ。


 ギフトは必ずしも授かれるものではない。

 突然優秀なギフトを授かる者もいれば、家系的に特定のギフトが授かり易かったりするケースもあり、遺伝的なものなのか神の気まぐれなのか判断は難しい。

 私の場合、先天性のギフトは確認できず後天性のギフトを授かる可能性に祈るしかないそうだ。

 最も、私自身はギフトなどという不確かなものを育成計画には盛り込んでいない。

 所持していればその分野に関しては祝福があり、勝手に祝福がサポートするらしく習熟が早くなり上手に出来るようになるのだとか。

 言わばデメリットのない補助輪を着けられるようなものか。

 実に胡散臭い話である。


 そもそも補助輪無しでも大抵のものは努力で上達は可能だし、修得できないわけではないのだ。

 それにギフトは本人の資質と全く関係無さそうなものを授かることも多く、アテにならない。

 ギフトという不確定要素に振り回されるより、地道な努力や向き不向きを把握して習熟に励む方がよっぽど健全である。

 無駄に身分の高さを誇示する者ほどギフトを重要視する傾向にあり、選民的な思想も根強そうである。

 【洗礼の儀】は憂鬱ではあるが、ギフトというものについて研究するにしても手持ちが一つくらいないことには難しい。

 頼るつもりは無いが、多少は何かしら出現することを期待しておくべきか。



[101]

 まるで別世界である。

 いや、転生者である私からすれば異世界なんだから当たり前なのだが、そういうことではない。

 王都の街並の発展具合についてである。

 道行く馬車に整備された車道と歩道、片側二車線のれっきとした道路である。

 それにあのメタリックカラーで無骨なシルエットをした近代的な乗り物は何だ。


「お嬢様、あれ。魔導車ですよぉ」


 『魔導車』、そうきたか。

 おそらく魔力を燃料にして操縦する動く鉄の車なわけか。


「あっ魔導車ですね。僕も見るのは初めてなんですけど。いやあ何だろう。きっと魔力を燃料にしてて、それを乗り込んだ人が操縦するんでしょうねえ」


 ギルバートと同じ感想を持ったことに複雑な気分を抱いたが。あの形状と名前ならそう思って当然ではあるか。


「ギルバート様。窓から頭を出さないで下さい。

魔導車なら後でまた見れますから。ああもうっ、手を振らないで!」


 ファナリア大公家の馬車に乗っている自覚を持つようにエスメラルダに叱られるギルバートを余所に。私は王都の人の数に圧倒されていた。

 以前来たのは緊急時の厳戒態勢下。

 人通りも最低限だったが、今はその逆。

 【洗礼の儀】を受ける子供達が国中からやってきてるのだ。

 その家族も含めてだとかなりの人数が王都入りしていると思われる。

 もちろん王都以外でも【洗礼の儀】は受けられるので地方領や平民の多くはそれぞれの地区で済ませるのだろうが。

 せっかくの一生に3回しかないイベント。

 奮発して思い出作りに王都の大聖堂で、という家族連れも沢山居るのだろう。

 まるでテーマパークのような扱いだ。


 魔導車だけでなく街灯にガラスが使われていることや、商店のショーケースも透明な板ガラス。

 思ったより文明のレベルは高いのかもしれない。

 いや、私が育ったカルムヴィントや今住んでいるリンデノートが田舎なだけなのか。

 商店にも様々なものがある。


色とりどりの服屋、金物屋、魔導具屋、家具屋、レストラン、武具屋、お土産屋、本屋、大浴場、寝具専門店、食堂、靴屋、理髪店、パン屋、剣術道場、花屋、酒屋、骨董品店、果ては何だかよく分からない小物屋やお洒落なカフェまで。


 前世の記憶を呼び起こすような文明的な人の営みがそこにはあった。

 大通りを通っていたので店舗経営の商店ばかりだったが、広場を横切れば屋台や移動商店も沢山あるのだという。

 また貴族街まで行けば客層に合わせて店も変わるようだ。

 出来れば入手機会の少ない植物の種や外国の珍しい果実。

 そして書物を買い漁りたいところだが、滞在中にヒルデやエスメラルダをどこまで酷使できるかが鍵である。

 いや、ヒルデには里帰りさせなければならない。

 生きている母とは会える内は会わせるべきなのだ。

 他でもない私がその機会を奪うなど、決して有ってはならない。

 しかし王都へは次にいつ来られるか分からない。

 多少は積極的に動くべきだろう。

 思う存分文明レベルの調査と集まる噂話から情報を拾いたい。


 今生で初めて本格的に触れた文明に舞い上がっていたが、文明と切っても切れないものが公害である。

 貴族街にあるファナリア大公邸に到着する頃には、私はこの王都に充満する排気魔力にすっかり酔ってしまったのだった。

 人酔いと馬車酔い対策はしていたが、これは想定外である。

 魔力関係は比較的才能があると思っていて油断していた。

 他の分野が壊滅的だったので殊更に。

 しかし、人為的に加工された人工魔力は魔力に対する感覚器が優れた者には三半規管を乱すような状態を引き起こすわけか。

 扱いやすい人工魔力というもの故の弊害だろう。

 人間族や魔力に疎い種族であれば特に問題は無さそうだが、精霊族の様に魔力に敏感な種族にはキツイかもしれない。

 しかしタネが解れば対策も可能だ。

 扱いやすい魔力なら掌握してしまえばいい。


 それにしてもあの魔導車。まず間違いなく転生者が造ったに違いない。

 それにデザイン、車体の形が自動車を少し変えただけなのだ。隠す気がまるで感じられない。

 気にはなるがそういう迂闊な者にはあまり接触したくはないな。



[102]

 久しぶりに再会した家族達。

 私の5歳の誕生日を祝うためにファナリア大公邸でささやかなパーティが行われた。あとついでにギルバート帰郷も兼ねて。


「リヴィア、父さんだよ。よくここまで大きくなってくれたね。こうして顔を合わせるのは久しぶりだから、ちゃんと顔を覚えているかな」


 父ライドラスは久しぶりの再会にややテンションが高い。

 再会の喜びを分かち合うにして、せめて全員が一巡してからにしてもらいたい。


「リヴィアちゃん。審秘官にお会いになる時に領都で会ってるけど、今は具合は大丈夫?まだ気分が良くないなら無理しては駄目よ」


 義母オクタヴィアはあの日以来、祖父母以上に過保護になっている。あと近い。


「やっぱりまだ横になっていたほうが良いんじゃないかしら。食欲はあるの、休まなくて平気?」


 畳み掛けてくる。更に寄ってくる。手を優しく包み込んでくる。とにかく近い。


「お母さんリヴィアも困ってるわよ。ちょっとは落ち着いて」「そうよ、お母さんが取り乱してちゃリヴィアも安心できないわよ」


 長女セシリアと二女ミルミアナは息ピッタリに被せてくる。

 少しは大人になったのかな。


「お医者様は軽い貧血って言ってたわよ」


 三女ドルセーラ。

 まともに接したのはこれが初めてだが。年の割には落ち着いている。


「リビ、リ、リビ…。う、うえぇぇぇん」


 兄ジェイムート。突然の号泣。なぜ。


「ほらほら、皆席についてご飯にしましょうよ。せっかくの料理が冷めてしまいますって」

「そうよね。せっかくの食事ですものね。私ったら本当に駄目ね」


 なんとかオクタヴィアを宥めて席につかせる。

 だがギルバートよ、私は知っているぞ。

 お前は本気で冷めてしまいそうな料理のことを気にして言っているということを。

 騒がしいながらも暖かな食卓。

 家族団らんとはこういうものなのかもしれない。

 この場に居ない祖父母は神殿で打ち合わせのために遅れて参加するとのことだ。

 家族はそれぞれ近況を報告しあった。


 その後、祖父母が帰ってくるなり家族団らんの様子を観て感極まった祖父ジェラルドは私を抱いて泣いてしまい。

 それを観た祖母プロシアも涙ぐんでしまい。続いてオクタヴィアがまた泣いてしまい。その様子に飲まれてジェイムートがまた泣き出した。

 緩む涙腺、繋がる連鎖、誰かが止めなくてはなるまい。

 しかし何と言えば止められる。判らない、解らないが意図せずに身体は勝手に動いた。


「おじいさま、かなしいの?」


 ジェラルドの頬に手を当てる。


「ッ…いや、哀しくない。これは哀しくて流してるのではないんだ…」


 気付かされたかのように。

 ジェラルドは3年ぶりに笑顔を見せた。



[103]

 近況報告の際に聞いたことや祖父母が落ち着いてから話したことや夕食後に大人達だけで話していた内容をまとめると。

 先日の審秘官派遣で見出された才能ある子供達は、それぞれの領が責任をもって私塾や師を斡旋して各学舎への推薦状をしたため、学舎側も国へ奨学金の枠を広げるための援助に関して働きかけをしているようだ。

 ライドラスとプロシアもこれには大きく貢献している。


 しかし、この奨学金枠については賛否両論がある。

 学院の入学金も授業料も平民では手が出ないほど高額で、それを免除するとなると奨学金の額も当然高額だ。

 そんな奨学金をタダで援助してくれるわけではない。

 奨学金制度を受け入れるということは、学院を出てから聖戦への参戦もセットで付いてくるのだ。

 いくら学院の卒業生の未来は明るいとはいえ、聖戦で死んでしまえばそれまで。

 拒否する家庭が出るのも当然だろう。

 特に近年の場合は、神子の参戦しない戦場へ自分の子供達を送り出すなど、望まぬ家庭も増えている。

 入学させるにしても、なるべくなら早期入学をさせずに年齢制限ギリギリまで粘りたいのが本音なのだ。

 貴族の子女の場合は、元より貴族の参戦枠があるので、逆に学院へ入って戦う力を育む方を選択する。

 今回のケースで二の足を踏んでいるのは、主に王都で暮らすような上級市民層らしい。


 また、邪教関連はどうしても時間が掛かるらしく、今も水面下で情報戦と捜査は続いているとのこと。

 ただ、神子の情報はある程度流出したことは仕方がないにしても、その親族や子女の場所まで特定されたことに関しては不可解な点が多く謎に包まれている。

 大きな原因の一つが首謀者達の潜伏していたと思しき神殿跡が完全に消失していること。

 首謀者達が捕まっていないことが捜査の難航している理由だ。


 神子に関しては新たに判別された者を含めても3名しか確認できておらず、いずれも年若いためおそらく次回の聖戦への参戦はさせられないだろう。

 そのことを教会は幾度も神へ報告し、神託が下るのを待っているが未だ進展はないらしい。

 神子不在の聖戦での勝利は絶望的とされ、退役した元軍幹部や英雄達、参戦が免責されていた者への再招集がかかると見られる。

 それはジェラルドやプロシアも参戦させられるかも知れないのだ。

 しかしジェラルドは腹を括ったらしく、参戦することを国王へ上申するつもりのようだ。

 とはいえジェラルドも良い年である。国への貢献を考えれば、例え今回のような場合でも復役を課せられることはない。

 しかし自分が参戦することで子供達を一人戦場へ送らずに済むのなら是非もないと意志は固い。


 おそらく祖父がそう宣言すれば追従する者は次々と現れることだろう。

 未曾有の大厄災を乗り越え、退役していた大英雄であり現王弟のジェラルドが立ち上がり聖戦に挑むとあれば、士気への影響は計り知れない。

 ライドラスやオクタヴィアは当然反対したが、ただでは参戦するつもりが無いことを二人に告げた。

 自分が参戦することでファナリア大公家から他の参戦者を選出しないこと、戦死した際にはその後数度の参戦についても免責とすることを条件にするつもりのようだ。

 若き神子が育つまでの時間稼ぎである。

 例え自分が果てようとも、次代の神子が戦場に立てるまでの免責が得られれば、その後に参戦を余儀なくされようとも生還率に大きな違いが出る。


 この国の上級貴族は、その責務として家系から一人を聖戦へ送り出さなければならない。

 次回はおそらく神子の穴埋めとして、この責務が二人になるのはほぼ確実である。

 今のままでは高確率で大敗となる次回の聖戦には、各国の持ち得る最高の将達を送り出す必要がある。

 要するに祖父は例え自分が死んでも、誰が死んだとしても私を参戦させないつもりなのだ。

 私が成人した後も、自分が死ねば次は父ライドラスに同じことをさせるつもりなのだ。

 だから話した。

 ライドラスが死ねばギルバートが、ギルバートが死ねば姉達が、姉達が死ねば兄が。

 これはもはや愛の範疇に収まらない。

 愛すら超えた妄執、怨念、呪いである。

 ジェラルドにとって娘ティアーナを失った哀しみを繰り返さないためには、自ら地獄へ行って修羅となり、家族の命すら捧げる覚悟なのだ。


 そう、祖父にとって真に守りたい者はもうリヴィアだけなのだ。

 夕食会で見せた祖父の涙は決して雪解けの涙なんかではなかった。

 あの時流していたのは自らの愛の正体を知ってしまい、それを受け入れた心だったのだ。



[104]

 洗礼の儀を迎えた。

 朝早くからおめかしをしてドレスに身を包む私ことリヴィア嬢。

 サラサラと舞う陽光色の髪に、見る者の心を吸い込むかのようなエリュダイトカラーの瞳。

 線は細いのに姿勢の良さと崩れない体幹から来る印象と均整の取れた肢体。

 どこからどう観ても紛うことなき美幼女。

 まだ5歳児なのにこれか。

 祖父でなくとも命を懸ける人が出てきてしまいそうだ。先々が心配である。


 私としてはこの年ならもっと肉付が良くないと健康優良児感が薄くて安心できない。

 食事はある程度計算して摂取しているが、もう少し食べる量を増やすべきか。


「わぁぁ、お嬢様とってもお似合いですぅ」


 ヒルデの濁りのない感想を聞いて問題ないと判断する。

 まあ多少ズレがあったり不備があろうと所作でどうとでも取り繕える。

 最近は自分の姿を鏡で映さずともどうなっているのか把握出来ている。

 所作に関しても同じで、人からどう見えるのかを完璧に心得ている。

 高位の貴族令嬢としては実に良い兆候である。

 自分の向上心と訓練にばかりかまけて世間体を疎かには出来ない。


「あらまあ。とても素敵なレディよ。貴方見て、リヴィアちゃんとっても可愛いの!」


 義母は大はしゃぎである。

 最近思うのだが、義母オクタヴィアはともすれば自分の実の娘に対するより執着めいたものを感じる。あと近い。

 周りの反応から、おそらく母ティアーナに対しても同じだったのだと推察する。

 もしかしたらライドラスと夫婦になることより、母と一緒になりたかったから第二夫人になったのでは無かろうか。


「ああ、本当に。今日は一段と輝いて見えるよ」


 父よ、それではただのホストの口説き文句だ。


「月並な言葉しか言えない方は放っておいて教会へお披露目に行きましょうね」

「奥様、手荷物はこちらでお預かりしますので、どうぞリヴィアお嬢様の御手をお取り下さい」


 【洗礼の儀】には父と義母とエスメラルダが付き添う。

 生まれの月の翌月にまとめて行うので受けに来る人数が多い。

 そのため貴族であろうと両親と使用人を一名くらいの少人数で行くのが通例である。


 ここ王都の貴族街にある大聖堂には午前と午後に分けても数百人の子供達が洗礼の儀を受けに来るのだ。

 教会関係者と衛兵に父兄込みだと千人届く人数になる。

 祖父母は参加したくて堪らない様子だったが、こういう時くらいは父にも華を持たせてやってほしい。

 ただでさえ我がファナリア家では祖父の存在感が強すぎて父の影が薄いのだ。

 儀式そのものは司教の洗礼の祝辞を述べてからは流れ作業である。

 順番待ちをする親子は広間で談笑し、高位の貴族の子女の元には司教が個別に挨拶に回る。

 もちろん現王弟が当主であるファナリア大公家は王家と同レベル。

 いや、祖母の実家の力も加えられてそれ以上の対応をしてくる。

 私を担当する国家審秘官もわざわざ聖堂から出てきて挨拶しに来る始末である。

 笑顔も胡散臭い。


 洗礼の儀そのものは名簿順に5名ずつ聖堂の奥へ呼ばれて入っていく。

 先に終わらせて戻ってきた子女達はギフトについて両親へ報告している。

 実際にはギフトそのものは誕生日を迎えた時点で授かっているのだが、それでいちいち現地へ派遣して審秘眼による判定を一人ずつ行っていたらさすがの審秘官でも過労で倒れてしまう。

 効率良く判別するのが目的だが、祭事として扱うことで形骸化して審秘局と教会が協力しやすくしたのだろう。


 しかし今更だが、私はどんなギフトを貰っているのかさっぱり判っていない。

 いや、そもそも貰っていない可能性もある。

 ギフトは必ずしも授かれるものではなく、5歳で獲得する確率はせいぜい5割。

 私には先天性のギフトはないので、もしここで発現してないと世間的にはちょっと残念な子として見られかねない。

 ギフト等という実力で手にしたわけではない力に頼るつもりはサラサラないが。無いことで逆に目立つのも避けたい。

 欲しくはないが出来ればあってもらいたいのだ。


 ギフトにも大まかな階級があるらしいのだが、何かとんでもないものが出ても目立つし色々と言われそうだ。

 逆に何も出ない場合でも変な気遣いを受けそうである。

 そういう複雑な心境で人目に付かないようにしていたが、ついに私の順番が回ってきた。

 出来れば永遠に来ないで欲しかったが、ここまで来たら仕方がない。

 いざ、【洗礼の儀】へ。



[105]

 私が姿を現すと辺りの空気が変わった。


 あの娘はどこの御令嬢だ。初めて見るお顔だが。あの雰囲気、まさか神子様なのでは。親御様はどちらに、お近付きにならねば。あのお姿、純粋な人間族ではあるまい。やはり神子様では。ぜひ息子の婚約者に。神子様なら御触れがあるはず。なら聖女様なのでは。ぜひ娘の婚約者に。


 言いたい放題である。

 どんな小声でも聞き逃したりしない。

 赤子の頃より噂話から情報収集に明け暮れていた私は、盗み聞きの腕前はプロ級なのだ。

 あとどさくさ紛れに婿ではなく嫁を押し付けようとしてるのが居なかったか。

 なるべく早く聖堂の奥へ向かわねば。

 焦らず、早く、優雅に、忍び足で、慎重に、視線を盗んで、息を呑ませて、声を掛けられないように。

 最適なルートとタイミングで違和感を与えないスピードを意識して洗礼の間へ抜けていく。

 様々な技術を駆使した最高の特殊歩法(ステップ)で。


 赤子の頃より周囲の監視網の虚を突いて気付かれないように秘密訓練をしてきた私は、スニーキングの腕前もプロ級なのだ。カルムヴィントのスニーキングベイビー(自称)の名は伊達ではない。

 無駄に訓練の成果を披露して、私はようやく目的地へと到着した。

 ここに入ってしまえばギャラリーは居ない。

 落ち着いて洗礼を受けられる。

 この際同席する他の子供達の全神経集中させた視線は気にしない。

 あと司祭様もこちらをガン見しないで仕事をしていただきたい。


「偉大なる六大神の御名において、ここに新たに洗礼を受ける神々の子達に祝福をお与え下さい」


 ありきたりな祝詞でありがたみは薄いが、それなりに荘厳な雰囲気の中で執り行われる儀式。

 目を閉じて祈る姿勢をとる。

 私は目を閉じていても自分がどのような状態なのかは手に取る様に解る。

 そしてこの場に満ちている力場についても調べている。

 しかし、やや属性的に偏りのある魔力こそ感じるが、これといって神聖な力らしきものは感じ取れない。

 せいぜいが治療魔術と同質の魔力形質が包んでいる程度か。

 ここは神託を受けることも可能な大聖堂という触れ込みだから、もう少し何かあるのではと勘ぐっていたのだが。

 幸い司祭は祝詞に集中しているし、子供達は目を閉じている。


 少し実験してみよう。

 神力発動。加護に似た形質の力の波動に限定して探ってみる。

 反応在り、地下20メートル程の位置に神力に似た反応有り。

 ここは人神領域のはずだが、どうもおかしい。

 返ってきた反応はおそらく人神とは別の神格。

 これはどういうことだ。

 下手に弄って何かが起こっても困るので今は保留しておこう。



[106]

 神力によるアクセスを解除しようとしたその時、妙な手応えとともに何かが逆流するのを感じ取った。


◇◇◇◇◇◇◆


〘―――〙


 誰かに声を掛けられた感覚。

 辺りを認識すると、そこはおぼろげな記憶にある白い空間。

 転生前に居た場所に雰囲気が似ている。

 身体の感覚が無い。いや、違うな。

 なるほど、リヴィアが居ないのだ。


〘―――〙


 直接語りかけられる感覚。

 神、アセラ、欠片、なるほど。

 文化と芸術の神アセラ、六大神以外の神々の一柱、その欠片が接触してきたという事か。

 しかし私の知る限り、この世界は六大神くらいしかまともに信仰されていない様だが。


〘―――〙


 ふむ。戦争、簒奪、喪失、滅び。

 太古に異界からの侵略があって異神との戦争があったと。

 それを退ける事には成功したが多くの神々が傷付き、眠り、滅び、残った神々の内から力ある六柱が大陸を受け持って今の六大神となった、と。


〘―――〙


 大いなる、創世、大地?神、世界、境界、熱量…か。待て、私の識らない概念が混ざっていて認識変換が難しい。

 解りそうな範囲で少し纏める。

 つまり、この大地…いや、世界はその侵略戦争で傷付いて世界を隔てる境界が脆くなった訳か。

 それからは度々異世界からの熱量の吸い上げを受けて世界を象る為のリソースの様な物が奪われた、という事か。


〘―――〙


 荒廃、哀しみ、怒り、奪還…、神罰?滅亡、か。

 それから…、荒廃の一途をたどる世界の惨状に心を痛めた六大神は、ああ。

 人類の代表と話し合い、奪われた熱量を奪い返す為に異世界への侵略戦争を仕掛ける側になる事を決断したのか。

 なるほど理解した。

 それが、今の境界聖戦の始まりの真実なのか。

 通りで六大神が数年置きに順繰りに異境発生を報せる訳だ。

 だから勝てば豊穣、負ければ荒廃。

 実に分かり易い仕組みだな。


〘―――〙


 創世、千年、娘?子供達、柱、邪なる、転移…。

 ぐ、待て。

 神から未変換のダイレクトな意思を受動するのは中々に負荷が大きいな。

 何せ規格が合わない。

 転生者に接触した邪神は仕様を合わせるだけの力に余裕があったということか。

 だがこれでは伝えたい内容を正しく認識するのに支障を来しているかも知れん。

 何とかならない物か。


〘―――〙


 創世、娘、加護、神?格差?位階、心臓か。

 いや、完全には理解しきれないが、つまりアセラ神の加護を与えるという事か。

 普段ならともかく、今は緊急時だ。

 神の意思との疎通をスムーズにする物ならやってくれて構わない。


〘―――〙


 受領、神膜、経路…。

 ふむ、リヴィアの身体では無いが神力は纏っている状態だったのか。

 いや、無意識に纏わせて自分をここへ送り込んでいたのか。まあいい。

 一度解けば良いのだな。


〘―――〙


っ、ああ…。

なるほど、何かが流れ込んで来る感覚がある。


〘―――〙


 大丈夫だ、不快感は無い。いや、むしろ大変有難い経験をさせてもらった。

 なるほど、自分以外の神力を感じられた事で客観的に捉える感覚を知れた。

 実に素晴らしい。


〘―――〙


 ああ、今度は認識変換の負荷が少ない。

 これなら一度にもう少し多めの情報でも受動出来そうだ。

 話を再開して貰って構わない。


〘―――〙


 ふむ。

 つまり、既に六大神は半暴走状態で異世界との熱量の奪い合いはインフレして来ていると。

 昔より遥かに多い熱量移動が聖戦毎に発生していて、一度の勝敗が世界存続に多大な影響を及ぼすまでに過熱しているのか。

 初期は数度の敗北でも世界存続に影響を与える程でも無かった聖戦が、百年前の海神領域滅亡はたった三度の敗北で起こってしまったと。

 確かに、それは由々しき事態だ。


〘―――〙


 なるほど、それが本当なら現在は一度の敗戦でも国への致命的なダメージになるのか。

 大敗なら大陸全土とは穏やかではない。

 つまり神アセラは私にそれをどうにかして欲しいと。

 ならば具体的にはどうすれば良い。


〘―――〙


 ほう。他にも神アセラと同様に傷付いたかつての神々が各地で眠っているからそれとコンタクトを取って加護を集める訳か。

 場所は、感じ取れる程の力は残っていないと。

 しかし今は神から得られた加護は魔眼や天眼で見抜かれるシステムらしい。

 あまり大っぴらに加護を集めては容易く勘付かれる。

 あれ等では視えない様に対策して貰えると助かる。


〘―――〙


 ああ、なるほど。

 魔眼も天眼も六大神の加護しか視えないのか。

 それは都合の善い事と悪い事を聞いた。

 確認だが、リヴィアの神眼(アイリス)ならば視えるのか。


〘―――〙


 そろそろ時間か、了解した。

 保有神力の上限拡張は有難い。有効活用させて貰おう。

 神アセラの傷付いた神核はエストバースの地下に眠っているのか。

 なるほど、本来はこの地の主神だった訳か。

 少し理解するのに手こずったが、要するにアセラから観てもリヴィアは娘であると。

 勿論、頼まれるまでもなくこれからも面倒を見るつもりだとも。


〘――…〙


◇◇◇◇◇◇◆


 気が付いた時には聖堂で祈りの状態に戻っていた。

 ああ、全く。

 力を使い果たすまでこの地の民の事を気に掛けるとは、とんだ人類贔屓な女神様だ。

 ふむ、リヴィアにとってはこの地由来となる神なのだから、今後はアセラを信仰するべきだろうか。

 大聖堂は六大神を奉っているらしいが、この地で祈るならアセラにもきっと届くだろう。



[107]

 祈りの終わった子供達はいよいよ審秘官による個別査定である。

 その判別式で、会いたくもない顔と再会することになった。


「ククッ。洗礼の儀は如何でしたかな。貴女にはさぞ退屈な時間だったでしょう」


 ディラン国家審秘官。

 王宮での仕事を差し置いてわざわざ城下の洗礼の儀に参加するとは仕事熱心も程々にした方がいい。

 転生者がそう目立つような振る舞いをするのは感心しない。


「せっかくのお父さまと義母さまとすごせるたのしい気ぶんがだいなしなの。

うたがわれるのイヤだからみんなの前でちかづかないで」

「これは手厳しい。

忠告痛み入るが、此度は予め了承を得ていたと記憶している。

個人的な興味で訪れたのは否定しないがね。クククッ」


 こちらも興味を抱くこと自体は否定しないが、転生者同士があからさまに接触するのはリスクしかない。

 ただでさえ私が気に入ったから担当審秘官となったという体裁の上で契約しているのだ。

 人前では仲良しを演じなければならないのは苦痛である。

 それに年甲斐もなくはしゃぐ中年男性など、どこの需要を満たそうというのだろうか。

 要件は早く済ませて貰いたいものだ。私の家族は心配性なんだ。


「勿論手間は取らせないとも。まずはやるべきことを済ませよう」


 ゾワリとした不快感、何度晒されても慣れないものだ。顔に出してはいないつもりだが、如何せん5歳児の感受性は抑え込めるものではない。


「ククク、そう邪険にしないでくれたまえ。

私とて幼い子供に厭な顔をされれば流石に傷付く」


 戯けて見せるな。

 とんでもなく胡散臭い顔をしてるから一度鏡の前でやってみるがいい。


「さて、お待ちかねの査定の結果だが。

ふん、これは肩透かしだったようだ」


 問題がないならそれで構わない。

 元よりギフトの中身には大した興味は無いので、検証に使えるものが得られれば何でも良い。

 むしろ余計な詮索を受けるようなギフトなら神にクーリングオフを頼みたいくらいだ。


「へんなギフトなんていらないわ」

「ククク、安心したまえ。

君の授かったスキルは『空間把握』だ。

特別でもなければ外れでもない。一般的なスキルの一つだとも」


 【空間把握】。

 名称を聞く限りでは基礎的な効果の印象だが、得た者はどう使うのが一般的だろうか。

 何しろ初めてのギフトだ。まだ勝手が解らない。


「一応職務なのでね、退屈かも知れないがスキルの説明をしよう。

【空間把握】は認識処理できる範囲内の空間を感覚的に知ることが可能だ。

情報量が多く、普段は負担をかけないように未発動状態になっている。転生者ならばアクティブスキルだと言えば理解できるかね。

特に活躍するものと言えば、測量士、設計士、探索者。冒険者ならマッパーといった所か」


 あって困るものではないが、地味だな。

 検証には手間が掛かりそうだが、これなら特別視も期待もされず目立たない。概ね結構だ。


「パッとしないけど、いいわ」

「私も大いに不満がある。

貴女ならありきたりなスキルではなく、ユニークスキルや伝説級、最低でもレアスキルだと期待していたのだが。

逆にハズレスキルからの逆転という路線も捨て難い。

貴女が希望するならもう一度よく視て確かめても構わんが、神が気を利かせて追加してくれているかも知れぬと淡い希望に縋ってみるかね」


 余計なお世話である。この分では他には何も特別な物は視えていないのは本当なのだろう。

 有れば嬉々として聞いてもいない事を話しそうな雰囲気だ。


「いらない。それでおわりならあなたをしめいしたイミないの」

「相変わらずつれない。

それでは本題に移るとしよう。

こうして場を設けて貰った手前、私も対価を支払わねばなるまい。

分かっているとも、欲しいのは情報なのだろう。

クククッ。

安心したまえ、まずは信用を勝ち得るために魅力的な情報を提供するつもりだとも」


 どうせなら大変胡散臭い表情で安心や信用を説かれる側の気分も察して欲しい。

 普段から胡散臭いが岩のように厳しい表情で通してるのに、私と二人きりだと嬉しさで表情が崩れて途端に胡散臭さが20割増しされる。

 他の子供が観たらトラウマになりかねない。


「きかせて」


 知りたい事は山程あるが、時間は限られている。

 さて、まずは何から聞き出すべきか。







《余録》


舞台となる世界(エリュダイト)にはギフト(スキル)があります。

周りはスキルと呼んでいるのに頑なにギフト派を貫いていますが、呼び方はどちらでもいいみたいです。

先に来た転生者がスキル呼びしていたので、一般的にはスキルと呼ばれることの方が多そうです。


どうでもいいことですが、主人公のお祈りポーズは無駄にスタイリッシュ度が高いです。

一緒にお祈りしていた子供達は、その日を境にあっさりと感化されて真似っ子していたりします。


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