ある転生者の白昼夢 A
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目標の活動を確認。
これといって大きな変化は無く、まるで普通の学生のように毎日の学業に勤しんでいる。
「ダンジョン開きしたばかりの時期だからな、この辺に生徒が迷い込んだりしないだろ。ざっと地形を観て異常が無いかどうかだけ確認すればそれでいい」
「…ああ、問題ない」
ここは勇者の住んでいる寮から4km以上離れた地点。
当然ながら肉眼で捉えるのは難しい距離だが、それでも俺の転生者としてのスキルとテイマーとしての技術を組み合わせれば目視で確認する事が可能となる。
「まあでも、偶に新入生が許可も取らずに探検に来ることがあるからな。まだ飛行制限期間だし、徒歩の迷子が居たとしても適度に見渡しとけば見落とす事もないぞ」
「…ああ、同調率が高くないと難しいがな」
今、俺の表向きの仕事は冒険者組合からの派遣警備員として魔術学院の敷地内の監視任務を請け負っている所だ。
だが、俺の本来の役割は学院に通う勇者の監視と詳細なデータの収集にある。
そして、可能であれば暗殺するようにと組織から依頼されていた。
「一時間経ったら見張りの交代だ。最初の内は疲れるだろうが、まあ慣れれば楽な仕事だ」
「…様子を見てパターンを読んだら、十日から二週間くらいを目安にしている」
勇者の入学前からクリムワイエ特別区に派遣されていた俺は、内部の協力者の手引でこの監視任務に就く事となった。
昨日前任者から引き継いで今日で二日目。
同僚となる男とこうして物見塔で周辺の警戒に当たっていた。
「ははっ、二週間で慣れるってか。残念だが今を基準にしてると足元をすくわれるぞ。本番は試験前のシーズンだからな」
「…森にある水車小屋の傍に川がある。あそこは人目に付きにくい」
俺は暗殺に使う道具を隠した地点を確認して、成功させられるイメージトレーニングをする。
前世での俺は軍に所属して一通りの訓練を受けていた一兵士だった。
従軍はしていたが戦争に参加した経験は無い。
それでも演習の成績は常に上位10%以内をキープしていた。
「ああ、偶にいるんだよ。流石に今の時期には居ないが、カップルが人目を忍んでいちゃつくために使うスポットでな。しっかり観られてるとも知らねえでいい気なもんだよ。何だ、お前興味あるのか?」
「…心外だな。触れればただでは済まない」
転生して冒険者となり、前世の知識と経験を使い頭角を現し、異境と呼ばれる場所で聖戦の経験を積み、今や組織でも指折りの実力者として重要な任務を任されるまでになった。
そして、組織でも限られた者にしか扱う事が許されない武装の使用を認められるに至り、この任務に就いたのだ。
「まあな、前に酒の席で貴族の隠し事を暴露した馬鹿はそれっきり消えちまったからな。下手に関わると碌な目に合わん。口は災いの元ってな、町中じゃ何処に目や耳があるか分かったもんじゃない」
「…誰に見られてるか分からない。万全を期すにはトラブルの無いように直前まで遠目に監視するだけだ」
持たされたのはライフル弾の形状をした神器。
銃身には希少な素材を使い、数発だけだが神器の発射に耐えられる構造を実現していた。
俺はこの神器を使い、勇者を暗殺する。
「分かってるじゃないか、まあそれが無難だな。問題になった時に監視漏れでしたじゃ済まされない。脅迫か同意かの判断くらいまでは確認しとくべきだが、そっから先は状況次第だ」
「…あ、ああ。了解した」
正直、子供にしか見えない勇者を暗殺することに少し抵抗感がある。
それでも、やらなければならない。
既に身体から心を切り離して、するべきことを実行出来るだけの鍛錬は済ませている。
組織の者に暗示や魔術的な誓約による処置もされている。
今更やめるという選択肢は無い。
「それ以外はこれといって注意しなきゃならないことは滅多に起こらないからな。そういやお前、外に嫁はいるのか?」
「…いや、居ない」
転生して前世と大きく異なるこの世界で一人の人として生きるという選択肢もあったのかも知れない。
だが、俺はそれを選ばなかった。
前世から続くおぼろげな自分として使命に生きる道を選んだのだ。
今世の家族とは連絡を取っていない。
どうしても他人としか思えなかった。
勿論、嫁も居ないし友人も作らなかった。
「ここは給金はいいが、少なくとも二年間は他所には出られないからな。日照りが続くからって、間違っても生徒に手は出すなよ」
「…いや、下手に手を出せば足が付く。俺は余計な真似はしない」
使命に生きるということは、それ以外の全てを捨てるということだ。
俺は自分を強いとは思っていない。
特別だとも思っていない。
だから捨てる必要があった。
「それを聞いて安心したぜ。ま、とりあえずこれから二年間宜しくな!」
「…ああ。期間の延長でもしない限り問題は無い」
どうやら俺の不器用な所は死んでも直らなかったらしい。
この仮初の相棒も気の良いヤツなのかも知れない。
それでも、この世界の全てが俺には偽物に見えてしまうのだ。
きっと使命を忘れて生きる事は出来ない。
かといって前世に未練がある訳でもない。
ただ、終わらなかった前世から醒める為に、この命懸けの任務を言い訳に使っているだけなのかも知れない。
生きている実感の無いこの蛇足の人生で、一度死んだ俺という残滓が亡霊のようにまだ俺を続けている。
ああ、誰でもいい。
早くこの空虚な夢から醒まして欲しい。
《あとがき》
AパートもBパートも同じ話です。




