需要と供給の可逆性 2
[344]
備えるとは有事を先見するという事だ。
いよいよダンジョン開きを目前に控え、入学から半月という時間を有効に使えた者とそうでない者とで明確な差が生じる時分である。
我が姉ドルセーラはまんまと有効な時間のやりくりに意欲を見せず、敢えて漫然と過ごす道を選んでいた。
妹への信頼と言えば聞こえは良いが、つまるところ丸投げである。
学院の北東部に見える小さな山「ルアケル山」。
主に遠征の授業の際に野営やクエストを実地で学ぶのに使われている。
動植物は豊富で魔物は滅多に現れない比較的安全な山だが、ここには初心者向けダンジョン『ルアケル風穴』がある。
学院の私有地には更にもう一つ、一段階難易度の高い下級ダンジョンもあるのだが、そちらは初級ダンジョンの踏破と成績が鉄等級以上である事が条件となっている。
従ってこの時期の一回生が参加できるのはルアケル風穴だけなのだ。
やる気のある生徒や腕に覚えのある生徒はダンジョン開きと共に攻略へ向けて準備を済ませているものだが、混み合うダンジョンと聞いただけでやる気メーターがだだ下がりのドルセーラは当然ながら。
「魔物が減って空いた頃に行けばいいと思うわ」
というスタンスである。
しかしそれはダンジョンだけに絞った場合における一般生徒視点の希望的計画でしかない。
「お姉さま、ガーデン開始までに行っておかないとお休みの日が取れなくなりますよ」
ドルセーラは怠け癖という持病のせいで連続して頑張れるのは三日が限度、定期的に休息日を取らないと何もかも放り投げたくなるのだ。
「うぅ、派閥活動なんて私には無理よ。きっとストレスで死んでしまうわ」
「ご安心ください。半分は私も受け持ちますから」
ドルセーラが積極的に動かないことは解りきっている。
かといって何もさせないのも拙い。
というのもドルセーラの望みから遠ざかるからだ。
「全部リヴィアの好きにしたほうがきっと上手く行くわよ」
「ふふふ。その場合、きっとお祖母さまはお姉さまを生徒会に入れるでしょう。他でもないお姉さまのお望みでしたら、私からお祖母さまに交渉してきましょうか」
生徒会は力ある中立組織。
無所属の高位貴族であれば願ってもない人材である。
「生徒会ってどんな所なの」
「成績優秀、品行方正、学院生の模範となることを旨とする生徒の代表組織ですね。
英雄科が学外向けの花形だとすれば、生徒会は学内向けの顔役でしょう。来賓を迎える行事では異なる役割を与えられるので英雄科との掛け持ちはできない決まりになっています」
「それって英雄科と同じくらい大変ってことよね」
「生徒会の役員に派閥の幹部との掛け持ちはほとんど聞きませんが、英雄科は派閥運営にも積極的な方はいらっしゃるみたいです」
英雄科は学院が公式に最優と認めた生徒達のクラスである。
席次はいくつであろうと英雄科というだけで社会的ステイタスになる。
それは派閥においても影響力のある広告塔となるのだ。
「…それって生徒会のほうが大変ってことよね」
「先日生徒会の方とお話する機会がありましたが、興味あればぜひ参加してほしいと仰られていたので私かお姉さまのどちらかが所属するという道もありますよ」
「待って、駄目よ。どっちが生徒会に入っても私が死んでしまうわ」
私が入れば大公派閥の運営は必然的にドルセーラに集中し、ドルセーラが入れば生徒会の激務から逃れられなくなる。
「ふふふ。ガーデンを半分ずつ運営するのが一番ゆとりある学院生活を送れそうですね」
「うぅ、でもお姉様達の残した派閥の事を考えると王都に帰りたくなってたまらないわ…」
「陽薔薇会ですね。上級生の派閥の中では最大規模だと聞いています」
今の上級生には大国の王族関係者がほとんど居ない。
居ても横紋を持たない下位の王族か、小国の王家の関係者である。
故に派閥も小規模なものばかりとなっている。
「ミストリア様とお姉様達は卒業したのよ。そのまま派閥も解散してくれれば良かったのに」
「では、ドルセーラお姉さまの意を汲んで陽薔薇会はトフィアス様に引き継いでいただいて、私達は新しい派閥のメンバー集めを頑張りましょう」
「う、それはそれで途方もなく大変よね。いっそ極小派閥じゃいけないのかしら」
ドルセーラの言いたい事は解っているが、私達の立場でそれは許されないだろう。
貴族が平民の生活のために務めを果たすように、大貴族は貴族達をまとめる役割やその地位を守る務めを果たさなければならない。
そうなると、実は学院で一番のびのびと過ごせるのは魔導大学志望の生徒だったりする。
「ふふ。私達の思惑はどうあれ勝手に派閥を作られてしまうかもしれませんよ。仮に自分達で選ばなかった方々で勝手に作られた派閥の代表にされては、平穏な学院生活とは無縁の日々を過ごすことになりそうです」
当然ながら主となる大貴族がその責務を放棄すれば下位の貴族は非常に困る。
その宙ぶらりんの状態を脱却するために、動こうとしない主に責務を全うさせようと勝手に外堀を埋めてくるのだ。
「そんな、どうしてよ。私はただ毎日ゴロゴロしながら働かないで平穏無事に生きていたいだけなのに…」
「それにトフィアス様の下にはもう一回生の派閥ができつつあります。そこへ陽薔薇会が合流すればいずれ大きな内部抗争に発展して、結局は分裂した一派が受け皿を求めて私達の下へとやってくるでしょう」
望むと望まざるとに関わらず、子供社会においても私達姉妹は大貴族の責務を負わされる。
やるべきことをやらずに流れに揉まれて最終的に責任を取らされるくらいなら、先手を打ってやるべき最低限を済ませて静観する方が結果的に労力は少なく済む。
「そんな押し付けは勘弁して欲しいわ。仲良く最大派閥でも何でも維持すればいいじゃない」
「トフィアス様に付こうとしてる方々は最初から一枚岩ではありませんし、陽薔薇会の方々も立ち上げ時点から王室派と大公派の系譜で分かれていますから」
「そんな、内部分裂するくらいなら最初から同じ派閥にならなければ良いじゃない」
「例年ならそれでもよさそうですね。でも今年はそうも行かないでしょう」
そう、例年であれば無理に意見や立場の違う者同士で組まないで済む方法も検討出来る。
しかし今年は例年とは何もかもが違う。
それは事前の対策会議に出席したドルセーラも心得ている筈だ。
「あぁ、勇者様と聖女様と魔王…」
「はい。今年の派閥は三大列強の形成は避けられません。エストバース貴族も王室派や貴族派で分けて弱体化するより、一つの王子派として纏まるつもりなのでしょう」
「どうして今年なのよ。三年以前か三年以降じゃいけなかったの…?」
いや本当にその通りなのだが、こればかりは我々では決められない。
だが、間が悪かったとも言い難い。
少なくとも成人していない勇者は私の入学に無理に合わせてきているのは明白で、小魔王は三年周期が被ってしまったのだ。
必然であったと、考えた方が諦めが付くだろう。
[345]
「お姉さま、ご自分の意志ではどうにもならない巡り合わせに心を割いても仕方ありません。ここはもっとポジティブに考えましょう」
「ポジティブなんて苦手よ、どこにも楽観できる要素なんて見当たらないわ」
「いいえ、これはお姉さまにとっては悪い話ではありません。
生徒数に対して例年より列強派閥が多いということはそれだけ派閥一つ辺りの所属人数は少なくなります。
勇者派、聖女派、魔王派、王子派、そして小さな出身地別の派閥まであるのに生徒数は限られているのですから、私達の派閥が更に形成されたところで所属人数はミストリアさまの頃と比べればかなり小規模になるでしょう」
こうして魅力的な派閥が列挙しているのだ。
私達の派閥だけは例年と変わらない人数になる、とは考えにくい。
「少人数を私とリヴィアで更に半分ずつで運営するから、私一人の負担はずっと少なくなるって言いたいのかしら…?」
「ええ、その通りです。ふふふ。
これだけ目立つ派閥同士が互いを牽制している中でなら、小規模派閥の運営になってしまっても卒業したお姉さま達も多くは求めないでしょう」
「うぅん、そうかしら。でもリヴィアはそれでいいの?
トフィアス様とは協力関係にするようにってルビリア様と約束したんでしょ」
ふむ、それはオクタヴィアから聞いていたのだろうか。
リヴィアの心配をしてくれるのは嬉しいが、肝心のトフィアスからこちらへの具体的な協力要請も同盟への誘いもまだ無いのだ。
「ええ、ですから陽薔薇会を纏まりやすいように半分に分けてトフィアス様の派閥へと加わってもらいます。
一枚岩ではない王子派を名乗る一回生の子女には陽薔薇会のミストリア様に付いていた方々に統率を取っていただいて、トフィアス様の陣営を盛り立てさせるのです」
「じゃあ、残りの大公派だった陽薔薇の上級生だけ私達の方に所属してもらうのね」
「いいえ、残りの陽薔薇会にはそのまま一派閥として維持させます。基本的には私達とは同盟関係という形で、助力を請われれば王子派にも支援に向かえる中間の立ち位置を担っていただきましょう」
おそらく身動きを取れないであろうトフィアスに替わって、先手を打ってミストリア達の残した陽薔薇会の問題解決だけしておけば、ひとまずはルビリアへの義理立ても半分は果たした事になるだろう。
「ええと、それってどういう意味があるのよ。
私達の都合ならそれが理想的だけど、大公派の陽薔薇会は私達の所に所属したがるでしょ。中間なんて微妙な立ち位置じゃ納得しないんじゃないかしら」
「ええ、でもそれは今の陽薔薇会が主の居ない名前だけの派閥だと認識されているからです」
「事実そうじゃない。陽薔薇はミストリア様とお姉様達あってこその最大派閥だったのよ。卒業した今の四回生の世代には有力な幹部も居たみたいだけど、他の二回生三回生のメンバーの名前なんて全然知らないわよ?」
ミストリアの世代とその後二年間は目立つ派閥の主足り得る一派の台頭がほとんど無かったのだ。
陽薔薇会を最大派閥として次で北の小魔王派、以下には、星神魔術協会派、諸王連合派、教会派、帝国派、皇国派といったどの世代でも必ず形成される常連くらいしか有力な派閥は見当たらなかった。
「そうですね。私の知る限りでも現在の陽薔薇会の幹部でも有力者とされるのは侯爵家から一人、伯爵家から二人、それ以外では南方公爵家の分家筋くらいでしょうか。
家督を継げる嫡子も少なく、単体の派閥として観れば人数に対して家格や影響力は控え目です」
「自分達もそれは分かってるから庇護下に入りたがってるんでしょ。嫡子が少ないんじゃ有力貴族家の派閥に入ってないと卒業後に困るでしょうし。
ねえ、リヴィア。もしかして…」
「ふふ。さすがはお姉さまです」
察しの良いドルセーラは私の意図に気がついたらしい。
「でも、それはやりすぎじゃないかしら…。言っておくけど私、責任取れないわよ?
それにその方法って、あまりいいイメージ持たれないと思うし、学院って身分や権力を振りかざすのは建前では駄目って言ってるわよ」
「お姉さま。クリムワイエ魔術学院はブランドです。
英雄科所属、生徒会経験、大派閥の幹部、そのどれもが魔術学院の誇るブランドであり将来を約束する肩書きです。
なら、陽薔薇会をブランド化することを魔術学院が否定できるはずがありません。例えそれが個人的な口利きを約束するだけであっても、確実に守られる契約であれば権力を振りかざす横暴ではなく、信用あるブランドと認識されるのです」
「ブランド、そう言われると反論できないわね。私も肩書きで将来安泰を約束してもらうつもりだし。
お祖母様も、きっとリヴィアの言うことなら黙認するわよね…」
現在の陽薔薇会の面々には主が居ない。
主の居ない陽薔薇会が求めるのは統率者であり、何故統率者を必要とするかと言えば、身分や将来を保証をしてくれる存在を欲しているからだ。
ならばその需要を満たしてやれば良い。
中には忠義そのものが目的となっている者もいるだろうが、貴族同士の繋がりなど所詮は持ちつ持たれつの維持を根底とした関係性から発展したものに過ぎない。
「ふふふ。誰も不幸にならず、むしろ幸せになるかたが増えるのですから反対する者さえいなければ手段は問題ではありません」
「そう、なのかしらね。リヴィアが危なくないならそれでいいわ。私からは陽薔薇が自営してくれるなら楽できるし文句は無いから…」
我が姉は実に物分りが良い。
忠義を示したい者なら半端な立場のままでも我々を信用して見せれば良い。
もし出来ないなら忠義心が偽物か不足しているからだという流れにするだけだ。
利が欲しい者なら私達がそれを保証しよう。
卒業後の就職先の斡旋、推薦、口利き、それらを餌に権力を用いて可能な限り実現させようではないか。
欲目や理屈ではなく、誇りや正道を貫きたい理想を胸にした者達であれば、その時ばかりは私も折れよう。
この手段はこちらの都合で押し付けた邪道に他ならない以上、一部の者の需要を満たせないのも私の責任だからだ。
そういった者には別の形で報いるつもりである。
「学外の力関係に関連するしがらみや権利関係に関してはお任せください。ふふふ。
ですから半分です。お姉さまは一学院生として、大公家の子女として果たすべき責務にだけ集中してください」
「うぅ、それはそれで責任重大よね。
いいわよ。リヴィアと一緒に入学するって決まった時から表向きの責任くらいは負う覚悟くらいはしてきたもの。けど、出来ればお手柔らかにお願いしたいわ…」
ドルセーラは頭が良く空気が読める。
皆まで謂わずともすぐに意図を察してしまう。
学院内での大公家の子女としての責務には、すなわち成人していない妹には負わせず自分が被ることも含まれる。
トフィアスと同じ派閥に入らない以上、表向きだけであってもドルセーラが矢面に立たなければならない。
半分とは、表側の代表をドルセーラが、裏側を私が担当する事で大公派を纏め上げるという意味だ。
そしてそのやり方はセシリアとミルミアナが前例として三年間やり通している。
だが陽薔薇会を吸収しないとなれば、上級生の庇護を完全な形では受けられないという事にもなる。
同盟という形で陽薔薇会から最低限の擁護は受けられるが、上級生の派閥を吸収して新装開店する王国派、帝国派、皇国派、教会派の様に規模や代々継承される特権を十全に利用できる権利の大半を放棄するに等しい。
もちろん上級生を加える事にもデメリットはある。
それでもメリットの割合が大きいからこそ、派閥の継承は何処でも当然の権利として受け入れるものなのだ。
今回私がしようとしている事は、上級生側が求める吸収合併によるメリットを一方的に提供して、見返りとなる多大な権利と多少のデメリットは受け取らないというスタンスとなる。
常識的に観れば明らかに採算の合わないおかしな取引である。
例えるなら会議に参加したくないからという理由で多額の上納金を納めるようなものだ。
傍から見れば、そんな額を支払うくらいなら会議くらい出れば良いのにと思われるだろう。
しかし、現実にはそうした事は往々にしてまかり通る。
会議中に行われる賛否の多数決でどちらにも挙手したくない、誰に賛同するかの意見を知られたくないが為だけに欠席するのは、れっきとした作戦であり駆け引きなのだ。
誰にも加担しない。のらりくらりと誰とも敵対しない構えを通すのも政治力である。
リヴィアゼアという存在は、学内だけでなく学外においてもかなり微妙で特異な立場にある。
先々の事まで見通せば、ここでどの派閥とも敵対しない、何処かに大きく力入れしないのは、少々考え過ぎで神経質過ぎる位に思われるかも知れないが、やっておいても大して損には働かない。
勿論、陽薔薇会の面々へのメリットの支払いはそれなりの出費だが、そんなものは世界全体の流れやリヴィアの人生からすれば取るに足らない些細な物である。
私の考える理想的な筋書きでは、裏でどれだけ手を凝らしていようと、表立ってはどの勢力とも敵対せずどの勢力とも適当な距離を保つべきなのだ。
リヴィアの真の価値を知る私だからこそ、この手を打つ事が可能となる。
それはあらゆるコネ、権力、資産、能力、恩寵、運命すらも凌駕する最善の一手であると確信している。
まだ、世界中でその意味を理解しているのは私達だけだろう。
噂話一つですら、一切の汚点は遺さない。
リヴィアは万人から愛されなければならないのだ。
[346]
陽薔薇会のブランド化計画。
発案こそ私による物だが、魔導大公家にとってもエストバース貴族達にとっても渡りに船となる事業だろう。
同じではなくとも似たような計画は既に素案として挙がっていた可能性はある。
エストバース王国の領主には爵位によって規定数までの私兵を持つ事が法律で許可されている。
これは聖戦という世界共通の脅威と戦う為に各大陸の国々から貴族を中心に派兵しなければならないという、貴族の務めの中でも特に重要な義務を全うする上で必要な権利だからだ。
小国であれば国が騎士団を一括管理して派兵するという政策を取っている例もあるが、広大な国土を持つ大国では魔物や迷宮のような危機から領地を守るために中央から一々騎士団を派遣しては時間もコストも掛かり過ぎる。
故に領主がそれぞれ軍を持つのが一般的であり、そのまま聖戦での戦力としても運用されるのだ。
特に建国時に複数の諸王国を合併して誕生したエストバースでは未だに地方諸王家の系譜が力を持っており、それが三方公爵家として公王のような立場を保っている。
法律で一応の制限はされているが、公爵家の持てる軍の規模は侯爵家以下と比べると格段に大きい。
そして、ファナリア大公家はとある特殊な事情により王家と同等以上の規模の軍を持つ権利を有していた。
エストバースは元々二つの大公家が中心となって建国した国である。
歴史の中で一度は王家と合併したが、何やかんやでジェラルドの世代で再びニ大公制を復帰させた。
現在は二つの大公家の身分は同等であり、片方が主に内政を、片方が外敵からの守りを担っている。
一時期は国家間戦争が無くなって聖戦だけに注力すれば良くなり、外敵からの守りの役目を分担する必要が無くなったため、一括して王家が騎士団を統制する方が命令系統の効率化や資金繰りなど色々と都合が良かったのでニ大公制も消えてしまった。
しかし海神領域崩壊から先、西方の守りを担当していたレアルファス公爵家の当主と嫡男が相次いで亡くなり、押し寄せる海魔郡への対抗策として幼いレアルファス公爵家の姫を王家が迎い入れることで、王家が西方へと騎士団を大々的に派兵する大義名分を得て何とか食い止めるという政策を執りこれに対処した。
だがこれが王家にとって大変な負担を強いる事となってしまう。
ダンジョン多発地帯であるハバートート、絶えず海魔の脅威に晒される西方海域、そして聖戦への派兵の全てを一挙に引き受け続けるのは如何に精強なるエストバース王国軍でも許容オーバーだった。
残る三方公爵家や近隣領主に借りを作って駐屯兵を借り受けるのも限度がある。
そこへ現れたのが若かりし大英雄ジェラルドだ。
レアルファス公爵家最後の当主で王太子の側室となった姫と王太子との間に生まれたジェラルドは、正式に西方公爵家の跡取りとしてレアルファス公爵家の所有していた領地を継承し、度重なる偉業から天王国の王女プロシアを正妃として迎い入れ、天王家の後ろ盾を得て西方領地を復興した。
そして王族でも有り、同時に西方公王でもあるジェラルドは新たにファナリア大公家を興す。
大公家は王家に匹敵する身分であり同等の権利を有するので王国軍と同等の軍を持つ権利がある。
また、西方公爵家としての軍も別途有する事を認められ、遂にはダンジョン多発地帯であるハバートートと西方海域の両領地を王国軍の力を借りずとも抑え込んで見せたのだった。
ファナリア大公家が王家以上の兵力を持つに至った大まかな経緯は以上である。
この他にも、ジェラルドは余所者を好かない性格から冒険者をあまり信用しておらず、なるべく冒険者の力を借りたくなかった事から長らく仮の本部しかなかった魔術協会本部をハバートートへと誘致し、ダンジョン探索権の一部与えて魔術協会を贔屓。
自身の騎士団にも魔術師を好待遇で受け入れて大公家と魔術協会でダンジョンを独占。
ダンジョン経営も軌道に乗り、莫大な利益を協会に齎した。
その功績からジェラルドは人神領域魔術協会の理事となり、クリムワイエ魔術学院の理事となり、更に一人娘が神子である事が判明。
世論も味方に付けて魔導大学の理事長までのし上がり、身内の有力者を次々と魔術協会の重役へと抜擢した。
遂には妻プロシアを魔術学院の学院長にまでしてしまう。
個人戦力としては勿論のこと、政治力だけでなく運まで備わっていたジェラルドはエストバース王国の権力の過半数を掌握してしまった。
徐々に魔術学院卒業生が各官僚や領地の経営に携わるようになりつつあり、呪災からの腐敗官僚一掃や無法地帯の撲滅により空いたポストへ息のかかった卒業生達が次々と収まり、もう王国内でジェラルドを止められる者は誰も居なくなったのだ。
呪災で愛する一人娘を喪った慟哭の最中に、王国掌握の手を一切緩めないジェラルドの姿は多くの王国貴族達を戦慄させた。
とはいえジェラルドは兄王に配慮して大公家としての正規軍は王家の軍より規模は一回り小さい状態を維持し、西方公爵騎士団も他の三方公爵家より一回り小さい規模に抑えている。
その王家も三方公爵家も法律上保有できる最大兵力を維持するにはかなりの出費となるのでかなり抑え気味にしているのだが。
対して大公家は法律上保有できる最大兵力を維持しても経営に問題無いだけの収入が有る。
つまり兵力の許容可能規模からするとだいぶ少ない人数しか保有しておらず、卒業後の私の身辺警護の為に私設騎士団が欲しいと言った所でジェラルドは二つ返事で承諾してしまうのだった。
つまり、私達は新たな騎士団の設立と、その幹部候補生を自由采配で募集出来るというジョーカーを持っている。
この事実を少し匂わせるだけでも、家督を継げない子女にとっては最高の撒き餌となるだろう。
何せ、鶴の一声で正規軍の団長クラスの席すら斡旋出来てしまうのだ。
卒業を控えた上級生を思う通りに転がすくらい造作もない。
勇者PTに入りたいと願う者も居るかも知れない。
だがそれがどうしたと言うのだろうか。
名誉だけではお腹は膨れない。
優秀な人材を獲得する最も簡単な方法は、いつの世でも安定した実利をチラつかせる事なのである。
[347]
私は陽薔薇会の卒業生の進路に栄誉重視の私設騎士団を斡旋するつもりだ。
現状、私が公式に聖戦に赴く可能性は限りなくゼロに近く、当然ながら直属騎士団が戦地へと送られる可能性も限りなく低い。
わざわざ超高額な学費と寄付金を払って学院へ子供達を通わせる貴族が、子供達の戦地入りを願う例は少ない。
出来れば安全かつ栄誉ある安定した職に就いて欲しいと考えるものだろう。
実質的に王国で一番の権力を持つファナリア家の次期当主筆頭の私の直属騎士団は、安心安全、高給、栄誉、将来安泰、肩書きとしても他の王侯貴族との繋がりにおいても世界屈指の超優良就職先として脚光を浴びると思われる。
勿論、無能は御免被りたいので陽薔薇会全員を採用とは行かない。
とはいえ採用試験への推薦状を毎年それなりの数を与えると言うだけでも入会希望者は満員御礼となるだろう。
聖戦で貴族の務めを果たすのは栄誉である、と誰しもが言う。
仮に第一子が家督を継いで、第二子が聖戦枠を担当し、第三子が他家へ入り、第四子が騎士団入りするのが一般的な貴族家のモデルケースだとする。
第二子が聖戦で戦死し、第三子が他家の聖戦枠となって戦死し、第四子が騎士団員として聖戦で戦死すると、第一子が聖戦へと出兵せざるを得ない。
聖戦では少なくても二割は帰らぬ人となる。
大敗すれば八割強から、悪ければ全滅すらもあり得る。
子供が四人中三人戦死する事だって当然あり得る話なのだ。
そうして出兵した第一子が亡くなれば、それはもう血筋が断絶する事だって当然起こり得る。
その第一子に子供が居れば、血が絶える事は回避出来ても存続は危ぶまれる。
貴族である事を放棄して平民となれば聖戦への参戦義務からは解放されるのだ。
若かりしアルバートが購入した領地を元々所有していた貴族家がこの例に当て嵌まる。
仮にこの第四子が聖戦へ行かない騎士団へ配属されていたら、第一子まで参戦枠が回る前に家に呼び戻される可能性もあるし、それを拒否しても第一子の遺した幼い次期当主までの繋ぎに第四子が当主となる可能性もある。
勿論、そんな事態に陥らないのが一番だが、もしもの事態がいつ誰に訪れるかなど分からないのだ。
家の存続を願う貴族にとっても、我が子の命を思う親であっても、お飾り栄誉騎士団への入団は需要が高く多くの貴族が希望が殺到するだろう。
どちらにせよ、リヴィアの身分であれば将来必ず専属騎士が付けられるのだから、それを今から利用しても順序が少し前倒しになるだけで結果にそう違いは無いだろう。
むしろこんなに強力なカードを必要経費で使えるのに利用しないなど勿体無い。
それに、正直なところリヴィアの表向きの身辺警護役なんて体裁さえ立派であれば何だって構わないのだ。
騎士に求める質というのは様々である。
戦力的な意味での自由に使える手駒ならば既に揃っている。
ならば足りない要素はその他の部分となるだろう。
であれば極端な話、私の求める騎士の質とは邪魔にさえならなければ他者にウケが良さそうな見た目や性格だけで選んだって問題無いのだ。
そう、実力的にはパッとしないが心根が擦れてない見目の良い陽薔薇会の子女達は、私にとって実に都合が良い人材なのである。
そんな人材を戦地へ送っても他の兵と戦果は大して変わらない。
肩書きは立派なので部隊長や指揮官に抜擢される可能性も十分にあり得るが、それよりもっと有効に活用できる適役が彼等にはある。
だからこその新ブランドとしてのプロデュースをしようと言うのだ。
下地はある程度なら整っている。
来年の新規採用枠からすぐに動き出せるように手を回しておこう。
まずは見た目にも分かり易い成功例をアピールする必要がある。
こちらには直属騎士団以外にも口利きできる斡旋先ならいくらでもある。
ハバートート領都、西方港湾都市、魔導大学といったファナリア大公家の掌握している人気の就職先は勿論のこと。
アルバート商会のような大公派閥傘下のグループへの紹介も可能だろう。
何なら私の別名義で所有する七光工房に携わる関連企業への斡旋も可能だ。
とはいえ本社が物だけあって実体を持たない幽霊工房なので、雇用に関してはあくまでも関連商会や組合に限られる。
他にも優良企業としてなら更なる別名義で所有するアーティア商会もあるにはあるのだが、あそこは裏の手勢の隠れ蓑に使っているので表側の斡旋には使えない。
陽薔薇会の卒業生全員に斡旋するにしてもせいぜいが毎年数十人程度。数名ずつ割り振れば余裕を持って対応できる。
如何に魔術学院卒業生なら引く手数多と言っても就職先にもグレードはある。
嫡子以外の卒業生の就職先で人気があるのは、まず聖戦への参戦義務の無い超エリート職。
宮廷魔術師、魔術協会専属魔導士、近衛騎士団、王宮付き文官。
次に、高級職や官僚、大貴族家の家臣。
結局の所、聖戦で活躍して一発当てる夢を見るより安定した職種が人気なのだ。
護国精神、英雄願望、大いに結構。
好きにすれば良い。
だが、わざわざ魔術学院を卒業した人材を消耗品として使うなど、私としては到底看過できない贅沢である。
黙っていても別の学校の卒業生や平民上がりの騎士志望者は集まるのだから、同じ消費をするならそちらで事足りるだろう。
だから私個人が動くなら、賢く生き残れる将来有望な者を選んで囲い込むに限る。
《あとがき》
作者が自分で設定した敵役に愛を持っていない作品を見るとどうにもアレルギー反応が出てしまって長く読めません。
真の意味で魅力的な敵役の出る作品が読みたいです。




