千年樹の儀式 2
[334]
シルフィード公爵家。
エストバース王国東部に位置する小国に匹敵する広大な土地を支配する東方公爵。
王国の成り立ちは少々特殊で、戦火の時代を乗り越えて中小国家同士が他国に対抗する為に一つに纏まってエストバース王国が建国された。
その際に三つの中規模国家の王族、その内の二大公が協力して、エストバース家とクリムワイエ家として中央を支配。
小規模国家の王族が三公として北方、東方、南方を実質支配統治する事となり、エストバース王国はフラタニアで最も強大な列強国として栄えた。
そんな歴史からエストバース王国では王爵位が無い代わりに、大公と公爵の身分は特別であり、他国と違い王家の力だけでは新たな公爵家を興す事が出来ないように法律で定められている。
エストバースの公爵家の実態は、未だに公王家と呼ぶべき立場にあるのだ。
私の前世の世界の歴史では、もし仮にこのような国家があったとしたら数十年と経たずにあちこちで独立戦争が起こり、あっと言う間に国は空中分解している事だろう。
これで千年以上の歴史ある国家というのだから分からない物だ。
正直エストバース王国は私の目からすれば違和感すら覚える程の謎の結束力を持っている特殊な国家である。
公爵家の支配地域並びに有する力は下手な小国より強く、例え独立したとしても採算が取れるだけの地力が備わっている。
だというのに自治権こそ有しているが属国である公爵家はエストバース王家へ忠誠を誓い、決して約束を違えようとしない。
これには私の読んできた文献に載っていない隠された歴史的背景があるからなのか。それとも異境の聖戦という世界共通の敵の存在による影響なのか。
それは未だ今の私には判断出来ない。
調べようと思えばそう難しくは無いが、王国そのもののプライベートを強引に暴くのはなるべくなら避けたい。
それに、いずれは私の立場なら自然と明かされる日が来るのだろうし、計画の妨げにならなさそうなら放置しておいて良い案件なのだ。
決して気にならない訳では無いが、緊急性や優先順位は低い。
ともあれ、そんな力ある公王家の一つであるシルフィード公爵の領地にファナリア大公家の者が訪問するとなれば、本来ならば宴の二つや三つは催される所を、今回はお忍びという事で遠慮して貰っている。
因みに三つというのは何も大袈裟ではなく、これが正式な訪問なら「歓待の宴」、「儀式成功のお祝い」、「お茶会」、くらいは催されると見て間違いない。
何しろ小国並の領地。
大半が森林とは言え親類縁者を始め、分家や傘下の貴族家も多く、中央から未婚の姫が訪問してきたと知れば接触を試みないという選択肢は無いのだ。
公爵家ともなれば身内に配慮して接触の機会をより多く設けようとするのは当然の事であり、それが当主の責務でもある。
しかしそこはそれ、侯爵家くらいならば断れないだろうが魔導大公ファナリアはエストバース王家そのものと力の上ではほぼ同格であり、それはつまり公爵家よりも力関係が上という事だ。
大貴族の責務を全うさせてやれない事には申し訳ないとは思うが、こちらにも事情が有るので今回は見送って貰いたい。
その為の心付けは奮発しているので嫌とは言わせない。
因みに心付けは何も金銭だけとは限らない。
金銭的に価値がある物、或いは相手の欲している物でも相当する。
今回は訪問に利用する大恐鳥に騎乗する為に用意した【魔法の鞍】を、帰還の際にそのまま公爵家へ寄贈する手筈となっている。
森林地帯を高速で走破する大恐鳥への騎乗は熟練した技能を要する。
子供でも扱えてしまう魔法の鞍は大森林を統治する公爵家としてはまさしく喉から手が出る程欲しい魔法具なのだ。
流石の公爵家でもこれを差し出されては引っ込まざるを得ない。
むしろ訪問の度に貰えるなら何度でもお忍びで来て欲しいとすら思っているだろう。
私もこうして直に触れて使用する事で仕組みは理解した。
何なら改良も量産も可能なので予備にいくつか拵えておこうか。
◇◆◇
風精樹の森には精霊の力の宿った樹齢二千年の大木がそびえ立っている。
「こちらが当家の守護する森の名前の由来となった千年樹。御覧になられたご観想は如何でしょうか、リヴィアゼア姫殿下」
「こちらの風精樹は随分と大事にされておられるのですね。精霊の起こす風の調べでそれが伝わってきますもの」
「嗚呼、その様に仰って戴けるとは感激の至りに御座います。やはりタイタニア王家の尊き血を受け継ぎし御方。精霊の声を正確に感じ取られるのですね」
勿論、精霊は喋ったりしないので風の音を風精の声として勝手に信じられているのだろう。
私は単に霊視した風精樹の生命力から詳細を推察して医学的に診断したに過ぎない。
診断結果として、この樹は栄養状態も良く、健康そのもの、手入れも怠っていなかった。
シルフィード公爵家に縁ある親類縁者はそのほとんどが森人族の血を引いている。
ウェンデールもその一人で、特徴ある長い耳と切れ長の目をした一目で森人族の血縁者だと分かる容姿をしている。
「ウェンデール、儀式の準備は整っていますね?」
「はっ。ご命じ下さればいつでも」
「ではすぐに取り掛かりなさい。儀式に参加するのはリヴィアと従者を含めた三人です」
恭しく深いお辞儀と共にウェンデールとその配下の精霊術師達が祭壇の周りに円陣を組んで儀式の前の清めの準備を始める。
「お嬢様、まるで物語の一場面みたいですよぉ」
「外の見張りの術師より腕は立ちそう」
「そうね。この場にいる術師にご年輩の方が多いのはそれだけ儀式が難しいのかしら」
「うえぇ、エルフの方って皆さんお若く見えるのでお年なんて全然見分けつかないですよぉ」
確かに姿形だけでは森人族の年齢は人間族よりも分かりづらい。
シルフィード家所縁の者ならほとんどが森人系の混血である事からも、血の濃さにより寿命もまちまちで尚更判別は付きにくいだろう。
「儀式自体はそう難しいものでは有りません。ですが儀式の内容を知る者に若い世代が少ないのでしょう。斯くいう私も、リヴィアから言われるまで千年樹は候補にすら入れていませんでしたから。
よくこの様な古の儀式を行おうと考え付きましたね」
「ふふ。前にお祖母さまと行った図書館で読んだ本の内容を思い出しただけです」
現代でも千年樹の儀式を続けているのは地神領域の聖地くらいなものだろう。
ここに居る精霊術師も祖先の故郷である聖地へ巡礼した際に実物を観たことがあるというだけで、実際にこの地での儀式経験は無いのだと思われる。
上手くポーカーチェイスで隠しているつもりのようだが、所々挙動の怪しい部分が見え隠れする。
「準備が整いました。どうぞ皆様、こちらの装束を羽織って祭壇までお越し下さい」
普段は別の儀式で使用する装束なのだろう。
着替えるのではなく羽織るだけなのも、簡易儀式という体裁で済ませるつもりなのだと察せられる。
「いよいよですね。何だか緊張してきましたぁ」
ヒルデは緊張したと言う割に、ニヤける顔を隠せておらず笑みが溢れている。
伝説の一幕のような儀式が余程楽しみなのだろう。
「ここで一番緊張してるのは当主代理。儀式のこと、たぶんよく知らないでやってる」
「あら。それでは少し戸惑わせてしまうかもしれませんね」
対してアルトは全く油断も緊張もない。
冷静に儀式に立ち会う人物の様子を探っている。
「リヴィア。何かするつもりですね?」
「ええ、千年樹の儀式を本来の形で執り行うつもりです。ふふふ。そう心配なさらないで、始まったらお祖母さまも力を貸してください」
「貴方のことですから無茶はしないと信じていますが。くれぐれも危険な真似はせず、公爵家に勘繰られない形で収めなさい」
「はい、それはもう。ご心配なさらずとも、ただ儀式に必要なことを行うだけですから」
これは本心からの言葉。
困らせる事にはなるかも知れないが、迷惑という点ではお門違いだろう。
勘繰られるかどうかも何も、最初から分かり切った結果にしかならない。
ウェンデールは精霊術師達に指示を出し、清めた水を撒き、祈りを捧げさせている。
「後は皆様が順番にお一人ずつ風精樹様へ祈りを捧げて下されば儀式は完了致します。準備は宜しいですか?」
「ええ、ありがとうございます。ウェンデール様はお下がりください。ふふふ。ここから先の儀式の手順は心得ております」
「承知致しました」
ウェンデールが祭壇の外へ出たのを見計らって、本格的に儀式の準備に取り掛かる。
(アルト、精霊を集めなさい)
(もう結構集まってるけど、どれくらい必要?)
(これからこの森だけでなく地域一帯の精霊を集めます。始めればお祖母さまもすぐに気付くでしょうから、後は同じようにすればいいわ)
(了解)
精霊術は私にとっては魔法の下位互換。
正直使う場面など無いものだと思っていたが、精霊を集めるだけならば大した労力にもならない。
周辺地域一帯のマナを掌握。
属性変換の間口である精霊を掴み、祭壇へと連鎖を誘導する。
『かつて、古の千年樹の儀式では…』
周囲の異変は意図的に起こしているという事を周知させる目的で語りを始める。
『数多の長老樹に囲まれた聖地の中心にて、己の波長と合う樹を探し出し、同調させた魔力を捧げることでその返礼として互いの魔力の宿った枝葉を授けられました…』
予め撒いておいたマナを経由して領内全域に支配領域を拡げていく。
『千年樹というのはあくまでも聖地の樹々が重ねた年月の深さを比喩的に表現したに過ぎません。この地では千年樹と言えば風精樹と呼ばれるこの大木のことを指すのでしょう…』
目を閉じ精霊力の飽和した祭壇の中で光に包まれながら、更に精霊を集めていく。
『けれど本当に大事なのは樹齢ではなく、波長の合う樹と出逢うこと。その樹に認められること。かつての儀式においても必ずしも長老樹と契約をしたわけではなく、若木と魔力を交わす者も少なくありませんでした…』
精霊の煌めきに導かれるように、ヒルデやアルトも自らの魔力を放出して、それに呼応する樹々の下へと進んでいく。
ヒルデは宿り木。
アルトは風精樹か。
『そう、私と契約したいのはあなたなのね…』
そして私は祭壇から少し離れた位置にある林檎の樹の前に行く。
霊視の上でも明らかに他とは異なる生命力の色を持ったその樹の正体が何なのか、当然私は把握している。
『いいでしょう。受け取りなさい』
少量なら使う事は有ったが、大掛かりとなると実に十年ぶりに体内魔力を放出して、眼の前の林檎の樹へと注いでいく。
黒墨のような粘り気のある魔力に反応して、林檎の樹は健気にも何とかして吸い上げようと力の限りその身を揺らす。
すると林檎の樹はスルスルと枝葉を伸ばし、まるで時を進ませたかのように無理な生育を始める。
そこには確かな意志が宿っており、言葉は無くとも互いの繋がりを感じ取れる。
ある程度大きくなると煌めきの宿った枝葉を自ら分かち、私の前に差し出してきた。
「あら、随分とがんばったのね。良い子。ふふふ。ありがたく使わせてもらうわ」
絡み合う枝葉が束になり緑の光と共に白みを帯びた美しいセプターの形状を取って佇んでいる。
魔杖なら宝玉が飾られるべき場所には紅く輝く林檎が実っている。
これが私の魔力に呼応した杖となった訳だ。
◇◆◇
儀式は終わり、支配力を解くと祭壇に集まっていた精霊達は辺りへ散っていった。
儀式を遠巻きに見ていたプロシア達の方へと向き直り、私の身の丈より大きなセプターを宙に浮かせたまま微笑んで近付いていく。
その様子を観ていたウェンデールとその部下達は放心したように動けずにいた。
「そん…な…。リヴィア、その樹が何なのか理解していますかっ…!?」
「ええ、本人から直接聴きましたから」
私と接触した林檎の樹は誰の目から観ても明らかな程の急成長をして、今や千年樹である風精樹より立派な大樹となっている。
「ウェンデール。これは事前の情報に有りませんでしたね?理由があるなら説明なさい」
「い、いえ。私も何が何やら。それに、その木はご先祖様が記念に植えられた林檎の苗木だったとしか…」
しどろもどろになるウェンデールをよそに、儀式を終えたヒルデ達が駆け寄ってくる。
「お嬢様、見てください。私の杖です!
とっても可愛くて一目で気に入りましたぁ」
宿り木が変形したワンドを持つヒルデは満面の笑みを浮かべている。
どうやら形状はワンドとブレスレットのどちらにも変換可能らしい。
「ん、ボクのはこれ。杖なんてあっても無くても一緒だと思ってたけど、これは良さそう」
アルトの杖は風精樹がタクトの形状を取っている。
こちらは指輪との形状変換が可能なようだ。
「ふふふ。よく馴染んでいるのがわかります。樹に気に入られましたね」
「わぁあ。お嬢様の杖、とってもお綺麗ですぅ。それにいい香りがしますよぉ」
「ん、リヴィア様ならこれくらい当然」
さて、一先ず当初の計画通り儀式は完了した訳ではあるが、事はそう簡単には終わらない。
何しろ世界樹の新たなる管理者として契約してしまったのだから。
さて、本来地神領域の聖地にのみ存在する筈の世界樹が何故人神領域に在るのか。
シルフィード家の祖先には何やら複雑な理由が有るのは間違い無さそうである。
◇◆◇
[336]
世界樹とは地神の住処だと言われている。
シルヴァンロード領から足早に帰還した私達は学院へと戻る道すがら、馬車でプロシアと二人きりになり今後の方針について話し合う事にした。
「リヴィア。これは世界樹の枝葉、伝説にのみ語られる【妖精王の王笏】でしょう。
まだ世界樹が若木であったことから伝承より小振りですが、感じられる力からして間違いありません。
私には、それが解るのです」
【妖精王の王笏】とは、世界樹の管理者に与えられる鍵のような物。
世界樹の持つ内包エネルギーを活性化するのも非活性化するのも自由自在であり、領域に結界を張ったり、樹々の生育を助長したり、精霊の活動効率を調整する事も可能だ。
「そして【妖精王の王笏】とは、杖であると同時に新たな【世界樹の苗木】でもあります」
そう、そこが今現在問題とされている大きな要因でもある。
むしろ世界樹の株分けされた苗木を妖精王の王笏と人々が勝手に呼称したに過ぎない。
世界樹への命令権が有るのも、つまりは王笏そのものが世界樹であり、その主となった者の意志を直接的に伝達出来るが故なのだ。
「シルフィード公爵家の祖先の冒したのが一体何なのかについては事態の把握のために過去の記録や詳細の報告義務は負わせますが、今回の件の口止めを含めて当家からは追及をしないことになりました」
おそらくシルフィード家の祖先は何らかの理由で当時の王笏を国外へと運び出し、この地へ辿り着いてから新たな森人の国を興す為に世界樹の苗木として植えたのだろう。
「それはどうかしら。ふふ。この王笏を妖精国へお返しすれば、少なくとも事態を丸く収めようと両国が協力して示し合わせるのではないですか」
しかし、王笏への理解が浅かったのか命令権を持つ者が失われたのか定かではないが、苗木は発育不全のまま通常の樹と変わらない程度の大きさで生育を止めてしまった。
「それはなりません!今の妖精国なら貴方を女王として引き取るためなら手段を選ばないでしょう。
もちろんエストバース王国もファナリア家も貴女を手放すつもりはありませんから、世界樹そのものより貴女の存在で諍いに発展しかねません」
憶測ではあるが、おそらく王笏を扱える正統なる管理者か、その後継者が現れなかったのだ。
だから王笏が妖精国から無くなろうとも、名誉の問題こそあっても実質的な被害は関知出来なかったのだろう。
そしてプロシアは妖精国の王家の血を引く直系の王女を母に持つ。
紛れもなく管理者候補の血統を有していると見て間違いない。
そしてその血は母ティアーナに、そしてリヴィアにも同様に脈々と受け継がれているのだ。
「では、人知れず在るべき場所へ返すのはどうでしょう。最初から失われてなどいなかった、と公には妖精国が白を切れば丸く収まりますもの」
「この問題は妖精国にとっては大きな弱味ですが、わざわざ彼の国へ配慮する利点が我々には有りません。
貴女の関与する問題でリスクしか無いことへの協力は出来ませんよ?」
実際に盗まれた物かどうかは定かではないのだが、事件を知る身近な関係者には表向きそう伝えられているのだろう。
しかし私の推測が正しければ、おそらく当時の管理者から直接運び出すようにシルフィードの祖先は指示されたのだと思う。
「あら、世界の為になるのなら損得など些細なことではありませんか」
「いいえ。元はと言えば妖精国の体制に問題があったから世界樹の苗木が失われても大事に出来なかったのです。後ろ暗いからこそ公に出来ない。その様な国に義理立てする理由は無いでしょう」
いつになく感情的で言葉に棘があるプロシアの様子から、その身に流れる妖精国の王家の血筋に関連した確執がある事は容易に想像させられる。
だが、これは私の計画に必要な手順なのだ。
思う所は有るのだろうが、それはそれとして理屈で納得して貰いたい。
「ふふふ。確かに問題のある国なのでしょう。けれども、どれだけ根が腐りかけていても倒れない限りは防波堤代わりにはなります。今地神領域に倒れられては行く行くは我が国が困りますからね」
口車や方便ではなく真実と本心で語る。
プロシアは賢く合理的に物事を捉えられる優秀な人物だ。
それ故に嘘偽りを含んでいない言葉に弱く、感情より意味を考え吟味する事を優先してしまう。
「善意では無い、という事ですか?」
「もちろん純粋な善意では有りませんが、これも世界の為ですよ。善意の向ける先が妖精国や地神領域ではなく、世界だったというだけのことです」
長く生きているがプロシアは割と純粋な所が有り、そうした部分が大英雄であるジェラルドに惹かれているのだろう。
つまりこうしたヒロイックな世界観は好みであり、説かれるとつい揺れてしまう。
どんなに理性的であろうとも、大義名分が後押しすれば脆いものだ。
「…分かりました。全て納得したという訳ではありませんが意図する所は理解出来ましたから。ですが良いのですか、貴方は今回の旅の目的である杖を失う事になるのですよ?」
「そこはご心配には及びません。ふふふ。この杖をよくご覧ください」
私は緑の光と共にセプターの形状を解き、絡み合う枝葉へと分けていく。
それは五本の枝葉で構成されており、その内の一本をプロシアへと差し出す。
「まさか、これは私でも予想外でした…!」
「ご覧の通り、世界樹の苗木は一本では有りませんから。その内の一つ程度ならば手放すことに何ら問題は無いのです。少し尺は短くなりましたが、元が私には大きすぎましたからね」
2m程あったセプターは構成していた一本を抜いて私の身長より大きい程度にまでサイズを落とした。
直接手に持って振るうにはまだ大きいが、新たに開発したハンドに持たせるには丁度良いだろう。
「ふふふ。もしかしたらシルフィードの苗木以外にも、こうして株分けされた苗木が密かに各地へ撒かれている可能性もあるのかもしれませんよ」
「そうですね。これは私にも伝えられていなかった事実です。知る者が居てもごく僅かでしょう」
例えば、かつての地神領域での聖戦の折に大敗を喫してしまい妖精国存続の危機に陥り、万が一の事態を考慮して世界樹の後継を世界へと散らせた。
あくまでも予防措置の一貫であり、それを知るのは当時の妖精王の側近だけ。
後に何とか最悪の事態を回避した妖精国だったが、王笏は動乱の中で失われたとでもしておいた。
という流れも十分に考え得る。
「もっとも、何処からも伝え聞かないのであれば、運良く条件の良い精霊の聖地へと根付けたとしても地神領域の聖地ほどの力が無ければシルフィードの苗木と同じく若木か幼木のままか、そうでなければすでに枯れてしまっているのかも知れません」
「それが事実なら、シルフィードは王笏を盗んだ罪人ではなく、現代まで守り抜いた忠臣の一族となるでしょう。どちらにせよ現段階では憶測ですから箝口令はそのままにして、まずは真実を知る者を直接問い詰めて明らかにしなければなりません」
流石に妖精王を継承した者には真実を伝えているのではないかと思われる。
現にプロシアもそう考えているのだろう。
もしかしたらシルフィード家へ課した調査報告次第では真実へ大きく近付ける物証が出てくる可能性だってある。
「では、返還の方法に関してはお任せしてもよろしいでしょうか」
「はい、それはこちらで何とかしましよう。公式には元から何も問題無かったとするつもりですが、この貸しは出来るだけ高く押し付けておきます」
「ふふふ。さすがはお祖母さまです。頼りにしています」
まあ現状のピースだけでも、ほぼ確実だと思われる事実は繋ぎ合わせられる。
即ち、今の妖精国に王笏は無い。
世界樹は老いたか、或いは動乱で傷付いたのか。
どちらにせよかつての力を持たず、新たな苗木を生み出せない程度には弱まっているのだと予想される。
「私にとっては良い思い出の無い国ですが、今回に限っては忌々しいタイタニア王家の血を目一杯利用する場面でしょう」
妖精国は六神連盟の加盟国の中でも特に歴史ある大国。
表向きの権威こそ誇っているが、プロシアの口振りからして内情はボロボロ。
体裁を保つのが精一杯なのだろう。
「ところでお祖母さま、私はこの機会に妖精王家について聞いておいた方がいいのかしら」
「ふう、そうですね…。
あまり話題にしたい話では有りませんが、いつまでも子供扱いは出来ません。貴女自身にも私と同じタイタニアの血が流れている以上無関係ではありませんから。何も知らないままより聞かせておいた方が良いでしょう」
大方の予想は付いているが、一応はこうして知る機会を設ける必要がある。
無から情報を得ていては要らぬ疑いを持たれる。
有から得た情報を元に知識を構成するプロセスを周囲に認識させておくのは踏破すべき手順だ。
こちらも一朝一夕でリヴィアの頭脳を育んできた訳では無い。
例え真実は異なっていても、被保護者という立場にいる間は表面上だけでも理に収まる普通の天才を超えない様に気を配らねばなるまい。
少なくとも家族はそれを望んでいるのだから。
《あとがき》
ようやく主人公が主役らしい事をしましたね。
予め地理や儀式に使えそうな土地に関しても調査済みで、人知れず調達する事も勿論可能でした。
それでも既知の情報に関連する要素に関しては、表向きの活動でも動く事にした模様です。
表沙汰にするか、表向きで内密にするか、裏から表に干渉するか、裏向きで秘密にするか。
この四つを巧みに使い分ける主人公達のアクションは、内情を知れば物凄く面倒臭い事をわざわざ細かく分けて行っている事が窺えます。




