創世魔宮
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地上のダンジョンは常識的で良心的である。
忘れてはいけないのが現在自動狩りを続けているダンジョン、【世界の淵】である。
世間では地上の【百年迷宮】が超難関ダンジョンとして有名だが、不可侵領域には【千年迷宮】と呼ばれる千年単位で踏破されていないダンジョンもある。
どちらも制覇する事はその国の悲願であり、過去にも多くの英雄達が挑み、ある者は挫折して、ある者は帰らぬ人となった。
特に千年迷宮は千年単位で踏破されていないという事は実質的にクリア不可能であり、これから先また千年単位で未踏破のまま残り続けるのだろう。
百年迷宮は百年以上もの間、誰にも踏破されていないダンジョンであり、いずれ千年迷宮化するダンジョンも有れば、立地の関係で英雄が挑む機会がほとんど無かったので未だに残り続けているだけのダンジョンも有る。
英雄とてそうそう暇ではない。
わざわざ命を落とすかも知れないダンジョンに出向くより、引退した後の事を考えて堅実な稼ぎへとシフトする者も多く、制覇報酬に多額の報奨金を積まれたダンジョンでも無い限りは触らぬ神に祟りなしとばかりに挑戦が見送られるケースも多い。
まあそんな地上のダンジョン事情はさておき、私の挑戦している大海溝の底の更に深くにある【世界の淵】は、おそらく億年でもきかない程の長い長い年月を掛けて、ゆっくりと積み重なる世界に定着しなかったバグリソースや、死した魔物から流れ落ちた異質なリソースなんかが世界の底へ底へと溜まって出来てしまった、この世の負債である。
いずれ飽和すればこの星を飲み込んで崩壊させる切っ掛けともなるだろう。
海神の管理下に無い現状と同じペースで溜まって行けば、私の見立てではあとたったの数万年程で崩壊が始まる。
何億年、下手すれば世界創世からゆっくりと溜まっているこのダンジョンは何と呼べば良いのか。
【世界の淵】というのは名前の無いこの場所に対する呼び名であり、この特異なダンジョン現象そのものに対する名称ではない。
かと言って億年迷宮では味気ない。
創世期から在るのだったら原初迷宮だろうか、いやそのまま創世迷宮か。
いやいや迷宮なんて生温い。謂わば魔宮と呼ぶべき代物である。
ならば【創世魔宮】というのがしっくり来るか。
という訳で私は今、【創世魔宮: 世界の淵】に挑戦している。
良し、これで行こう。
誰に聞かせる訳でも無かったのだが、それでも名が有った方が認識上でも整理しやすい。
依然として未知ではあるが少なくとも未分類では無くなった。
◇◆◇
・[第一層]
出現するかろうじて人型を取っている、黒い靄だか液体だか煤だか定かではない何かの群生体。
「淵ビト」と命名。
動きは遅く身体も脆いが、通常の攻撃手段のほとんどが有効打にならず、避けるのは容易いがもし触れられると体力がごっそりと持っていかれる。
倒そうと大きな衝撃を与えても身体を構成する黒い何かを散らすばかりでダメージにはならない。
魔術や魔力攻撃は若干ながらダメージになっていたが、規模に対してごく僅かな量であり、とてもではないが有効とは言い難い。
後の調査で僅かに効いているのは魔術そのものではなく、消費された排気魔力の魔素化した物が取り込まれて不完全ながら存在を固体化させる助力となり、その過程で半実体化した肉体にダメージを負わせていたのだ。
そして度重なる検証の末に辿り着いた結論として。
最も有効な攻撃手段は、特別に調整した複合魔石を投げ込んで取り込ませる事で、原生生物が魔物化するメカニズムを逆手に取り、淵ビトに魔核を有した魔物化現象を引き起こさせて存在を安定させてから、改めて魔物として討伐する戦法である。
淵ビトは大量に発生するのでおびただしい数の特製複合魔石を用意しなければならず、取り込ませてから安定するまでの待機時間も含めると中々の手間であり、残念ながら高速狩りとは行かない。
しかし撃破後に投げ込んだ魔石より遥かに大きな魔核を獲得出来るのと、単純作業なのでSドールでも十分対処出来る事から主な自動狩りの対象として利用している。
触れれば体力が奪われ疲労感に見舞われる。
万が一捕まれば生命力も根こそぎ失い溶かされる。
有効打も無く捕まれば終わりとあっては、仮に地上の人類が相手をするのは非常に骨が折れるだろう。
・[第二層]
ここでは淵ビトと同様に外界の理による攻撃は有効打とならない黒い何かの群生体で、人間より類人猿に近い形状を取っているモノが出現する。
「虚猿鬼」と命名。
どうやら触れた者は思考力を奪われてしまい状況を上手く把握出来なくなる特性が有る模様。
淵ビトと違い攻撃を避ける動物的な動きが可能で、身体の形状に意味が薄い事から体勢という概念が適用されず、どんな姿勢からでも常に一定の運動性が発揮される。
具体的に言えば、飛び掛かりで着地した腕が次の瞬間には後ろ足となり、頭が引っ込み背中だった場所から生えて間髪入れずに再び飛び掛かる程度の動作は当たり前である。
淵ビトより細かな回避運動の計算が必要で、魔石の投擲には旧式の人形ではグループでなければ対処が困難であった。
後に人形より各種機能向上したSドールの採用によりこの問題を解決。
以降は淵ビト同様に自動狩りの対象として対処させている。
こちらは通常の魔石投擲による削りも効果が薄く、特別に調整した複合魔石が必要となる。その事から地上の人類軍では倒す手段がほぼ無いと思われる。
・[第三層]
小型〜中型サイズでネズミやそれに類する生物のような動きをする、群れで襲いかかる黒い何か。
「穢病鼠」と命名。
触れれば立ちどころに病に蝕まれ、それが全身に拡がっていく。
病で戦闘不能になった個体を解剖した所、生物の持つ常在菌が黒い靄に侵食されて微小な魔物化を引き起こしており、それが暴走して致命的な機能不全や細胞の破壊を齎していた。
核を持たない微小魔物はものの数十秒で活動を停止するが、感染速度が尋常ではなく、病によるダメージそのものよりも爆発的な増殖に体内エネルギーを食い潰され、カロリー不足になって意識を失ったり動けなくなる事が問題である。
初見では人形では歯が立たず人造人間での対処を命じたが、群れで奇襲され三体ほど失う結果となり、狩りの方策が固まるまで三層の調査は保留にしていた。
小型の魔石を大量にバラ撒く方法は命中率や確実性の低さから断念。
魔核としてもあまり大きな物にならないので効率が悪い。
その後、侵食されにくい素材で造った網で捕縛してから大粒の魔石で一網打尽にして、大きな一個体の魔物化させてから撃破する方法を試した。
網に問題が有り、侵食に耐えうる素材は既存の物ではほぼ不可能で、私が自ら創造と合成を手掛けなければ製造出来ず、自動化させるには残念ながら網では捕獲しきれず取り零しが出てしまう。
最終的には限定座標を空間ごと凝縮する次元爆弾を製造し、爆破座標を時間差で射撃する術式で魔石を撃ち込むシステムを構築。
穢病鼠は動きは素早いが体重が軽く耐久性は他よりやや劣るので次元爆弾でも通用した。
虚猿鬼ではこうは行かない。
増殖スピードが早いので、狩りのシステムさえ構築出来ればかなり時間効率の良い狩り場となった。
専用のSドールを製造して対処に当たらせている。
仮に地上に群れで現れれば、あっという間に国が滅亡してしまうだろう。
・[第四層]
まるで黒い波が押し寄せるような、生理的に嫌悪感を抱かせる形状をした小型の黒い蟲の大群。
「魔蝕蟲」と命名。
今まではかろうじて魔術による攻撃で僅かながらダメージを与え散らすなり出来ていたが、魔蝕蟲は魔力や魔素を吸収して即座に自身を複製する特性が有り、魔術を使えば使うほど逆に数が殖える。
当然だが生物に取り付けば魔力を吸って大量増殖を繰り返す巣と化してしまう。
次元爆弾は凝縮と増殖が同時に起こってしまい、魔石を撃ち込んでも増殖した分は溢れて襲い掛かって来るので有効では無かった。
しかし溢れてしまう部分さえどうにか出来れば対処可能と見て、罠の作製に思い至った。
要するに次元爆弾では増殖に空間が追い付かない訳で、かと言って空間を広げ過ぎれば自爆の危険性から使用出来る場所が限定されてしまう。
ならばいっそ広大な空間を自爆の恐れなく丸ごと凝縮してしまえば問題無いのだ。
という訳で、魔法の鞄の要領で魔法爆弾の設置された魔法ハウスを作製。
見た目には1m程のミニチュアハウスだが、中には広大な空間が広がっており、ある程度収容したらハウス内部は爆縮する。
後は魔石を核に融合して一体の魔物化した所をお掃除するだけである。
前世の知識が非常に役立った瞬間である。
やはりホイホイは偉大な発明品であったか。
研究を重ねて魔蝕蟲の好む魔力波をハウス内部から発生させる事で、対処班より優先した標的とさせる事に成功。
より安全に自動狩り効率を上げられた。
仮に地上に出現したら阿鼻叫喚地獄となり、下手に魔術で対処しようとすれば瞬く間に増殖し、魔力を持つ生物を媒介に更に爆発的に増殖する事から、おそらく人類は一年と経たずに滅亡するのだろう。
・[第五層]
ここまで来ると並の百年迷宮より深度がある。
出現するのは頭部が無い代わりに胴体に苦悶や憎しみといった負の感情から来る表情を浮かべたコウモリのような不気味な形状の虚獣。
「妄顔蝙」と命名。
精神や感情を持つ者が触れれば即座に発狂する。
おそらく生物の持つ負の感情が未消化のまま世界の淵に流れ込んで蓄積し発生した虚獣なのだろう。
大きさは大体70〜100cmくらいで、無音かつ気配も無く浮遊して襲い掛かかる。
一匹におよそ数百から千程の負の精神がごちゃ混ぜに含まれており、これが精神異常を引き起こさせるのだろう。
普通の人の2倍タフな精神構造でも焼け石に水。
サイコパスのように特殊な精神構造であれば感情の理解のチャンネルが異なり平気なのではないかとも思ったのだが、強制的に知らない他者の感情で上書きして呑み込むので、むしろ耐性が無い分一般人より脆く簡単に呑み込まれてしまうらしい。
彼等は普通の感覚に対して鈍感だから平気なのであって、逆に強制的に共感させられる攻撃は弱点以外の何物でも無いという結果となった。
全てを赦せる聖人君子の精神性でもないと耐えられないという事なのだろう。
虚獣なので外の理では防ぐ手段も無いので、音も気配も無く襲われれば一発アウトである。
しかしSドールにはそもそも脳が無く感情を再現する器官が存在しないので精神攻撃そのものは何ら問題無いのだが、如何せん捕捉方法が限られてしまい対処は厳しい。
逆に妄顔蝙からはダンジョン内の床や壁や天井、空気の振動からすらも獲物を捕捉して襲い掛かって来るので対応が難しい。
それも聴力で感じている訳では無いらしく、音による攻撃も全く意に介さなかった。
生物らしき形状がそのまま弱点に直結しないのは虚獣の厄介な部分だ。
まあ、穢病鼠に殺鼠剤が効かず、魔蝕蟲に殺虫剤が効かないのも形状だけ似通っているだけの別物なのだから当然か。
しかし精神の有無に関わらず攻撃してくるという事は、反射的行動で動いているのであって思考力が乏しい事を意味している。
つまり、こちらからは捕捉出来ずとも向こうからは正確に捕捉して寄ってくるのだから、勝手に襲わせて反撃で狩れば良いのだ。
となれば話は早い。
反撃専門のSドールを製造してダンジョン内に等間隔に配置すれば良いだろう。
後は自動的に対処させれば実に単純に解決する。
損壊したSドールの修理や補充の手間こそあるが、生産力で上回り物量で押し潰せれば問題無い。
こちらは太陽光さえあれば無からでも有を生み出せるのだ。
アーティマトンのように生物由来の素材を要する手駒は補充も限られるが、Sドールならばいくらでも生産可能である。
やり方が不格好でスマートさの欠片も無いが創世魔宮では四の五の言っていられない。
リスクを減らし効率を上げられるのならば多少のロスもやむを得まい。
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第六層以降は、Sドール生産力の都合で調査だけに留めておく。
暫くは現状維持させ、近い内に第五層を中心に効率化案を出すか手駒を改良するなりして余裕を作らなければならない。
集めた魔核は神氣の性能向上に大半を費やし、残りは素材として保管しておく。
ここで採れる魔核は外の物と比べると明らかに情報密度と濃度が違う。
最早別物と言っていいレベルの質の違いが有るので、区別して『虚獣核』とでも言い直そうか。
正確には虚獣の核では無いのだが。
そもそも創世魔宮とは世界の果てであり、様々な理由で世界に馴染めなかった、もしくは拒絶されたり弾かれたりして何処にも行き場が無くなった世界を象る筈だったバグリソースの吹き溜まり。
虚獣もまた創世魔宮の構成要素の一部であり、生物らしき動きをしているが、実際には生物を構成していた要素が吹き溜まりで固まって出来ているというだけの無生物である。
魔物なら力や生態を維持させる為に当然持っている筈の魔核を有しておらず、虚ろに構成要素の記録を頼りにただそれらしい動きを続ける、自然界では有り得ない矛盾した存在なのだ。
ダメージを与えて散らしても、それはボールを上へ放るのと同じ。
構成要素にとっての終着駅である創世魔宮ではいくら散らしても行き場がここだけなので再び虚獣としての形を取り戻してしまう。
それはつまり、世界の正常な法則でいくら対処しようにも、相手は不死身で無敵で理論上対処不可能という意味である。
現状有効な対策としては二つの方法が有る。
一つは神氣による接触で強制的に矛盾の結び目を解き解消して情報熱量として直接取り込む事。
これは虚獣核からでも同じように取り込んで、神氣の力へと熱量を変換してより強固に、より高密度に進化させられる。
二つ目は、存在の不安定な虚獣に相性の良い波長の魔石を合成して核石代わりに埋め込む事で、強制的に存在を安定させて個体として確立した魔物へと変異させてから討伐する方法。
理屈の上では魔物の発生要因と似たようなプロセスを経させて誕生しているので、変異に多少時間は取られるがかなり正攻法の対処方法である。
こちらなら神氣を扱える私が直接出向かずとも効率化する事で自動的に対処させられる。
神氣は勝手に神氣と呼んでいるだけで、神力を用いた裏技により理論を逆引きで無理矢理実現させた未知のエネルギーである。
それ故に実のところどういった経緯で発生する仕組みのエネルギーなのか今ひとつ解っていない。
もし仕組みが判明したならばもっと適切な名称を付けたい所だ。
これは神力を直接加工して発生させる必要がある事から私以外に使える者が居ない。
そのため二つ目の方法である魔石を使った変異魔物狩りが主流となっており、それはつまり消費狩りと呼ばれる手法で、資材の持ち込みが前提となっている。
今後も消費狩りを続けていくのならば、流石に場所が場所だけに補給問題と行き来に時間が掛かるので何かしら対策が必要である。
どうも世界の淵は第五層でもまだまだ序の口のようなのだ。
既に地上の百年迷宮より深いというのに、先が思い遣られる。
仕方が無いので何とか補給問題を解消するべく対策を講じる。
随分前に考えていたダンジョン攻略用の案が思い浮かぶ。
突拍子もない案だが、もしも実現すれば諸々の問題が解決するかも知れない。
私は早速、前に造るだけ造って仕舞い込んでいた人工魔物をベースに新しい造魔を生み出す事にした。
ゼニスの一件で確立した新しい技法を取り入れて、何なら異境そのものをダンジョン化させた魔物を創ってみようではないか。
前にダンジョンを超巨大生物型の魔物として試作した事があるのでノウハウは有る。
放し飼いにしているので今も何処かを彷徨って穢れや歪みをリソースとして回収しているだろう。
ともあれ、創世魔宮内に魔物型のダンジョンを移動式の前線基地として配置すれば、補給問題は一気に解消されるだろう。
その為には私程ではなくとも、神氣を纏える個体を開発する必要があるのだ。
素材として確保した分の虚獣核を大量に用いれば、自力で発生させられずとも私が直接触れて充填させれられる神氣用の電池くらいなら開発出来るのでは無かろうか。
『転写魔法』と『次元魔法』を組み合わせて高次元連結させた使い捨ての術式交換で賄えば、如何に神氣がイレギュラーな要素でも事故なく運用する目処は立ちそうである。
しかしその為には試作用にそれこそ膨大な量の虚獣核とダンジョンコアが必要であり、世界中に在る未発見の百年迷宮を探してこっそり制覇する必要が有りそうだ。
百年迷宮は再誕人にパーティを組ませて攻略させるとして、問題はやはり虚獣核の生産か。
私自身の神氣を成長させた方が充填にも転写にも余裕が出るので、実験用と成長用の比率は変えられない以上、短期間でも良いので分母の数を増やす方法を探さなければ。
ならば前線指揮が執れる者を配置するのが望ましいだろう。
自動狩りは無人でも可能だが、効率の面でも損傷の程度においても、臨機応変に指示を出した方が高いパフォーマンスを発揮出来る。
しかしゼニスを前線指揮に置くのはまだ早過ぎるだろうし、Sドール以外の手数を増やすにしてもアーティマトンはあまり消耗して数を減らしたくない。
例え英雄級の力があろうとも、生身の身体のまま無傷で狩れるほど創世魔宮は甘くないのだ。
となれば仕方が無い。
本来ならばこんな危険な場所に晒したくはないのだが、私の半身を前線に駆り出させよう。
「『ゾアン。暫くの間、創世魔宮の指揮を担当しなさい』」
今ある分の虚獣核とダンジョンコアを使って試作型の神氣電池(仮)を創造して持たせる。
なるべく重心に近く、それでいて身体から離れない物となると、ベルト型が最も適当か。
転写した神氣がどの程度役立つのか、その試験を含めて様子を見よう。
《あとがき》
さて、長々と続いた研究開発及び裏の活動ターンはこれにて終了します。
次回からは表の活動の話を再開予定です。
設定そのものが目的の物語ですが、登場人物同士のやり取りがある表の活動編も楽しんで貰えたら幸いです。




