人工精霊
[326]
◇◆◇
良いサンプルが手に入った。
転生者の魂は邪神の手によって加工された魂だ。
そしてワイスマンという転生者と同じようにあの百年迷宮で朽ちた魂のリソースの内、再誕人に出来そうな者は他に居なかったのは遺体の損壊状況に大きな違いがあったのだろう。
おそらく結社の幹部であった当時の彼は。
どうしてこう小人族の名前は一々可愛らしいのだろうか。
いや、Dr.レグルスはリーダーを失った結社の幹部の生き残りとして重要な人物だったのだろう。
彼は致命傷を負っていたが息のある内に階層間へと辿り着き、仲間達から必死の治療行為を受けて肉体の損壊のほとんどは治されていた。
死因はおそらく大量失血に因るものだったと思われる。
前世の記憶を持つ転生者達の組織というだけあり、救命治療についても知識を有していた彼等は、心肺停止後も蘇生措置を試みるべく保存状態を良好に保っていたと見るべきか。
魔術で保存された肉体は魔力が切れてから緩やかに腐敗していく。
大地に還るにしても閉ざされた階層間ではサイクルも内部だけで完結しており、構成していたリソースが分散して何処か別の場所へ流出しないのだ。
成長中のダンジョンならともかく、百年迷宮ともなるとダンジョン変動も起こらない。
つまり保存の術式で使われた魔力の名残りも留まり続ける事になる。
尤も、魔素化した魔力を正確に分析して把握出来るのは魔法使いに限られる。
つまりは階層間での保存とは腐敗後にも多少影響を及ぼし、かなりの長期間の継続が可能である事を知る者は他に居なかったのだろう。
こうして構成要素のサルベージを実行出来るのも必然的に私に限られ、構成要素の拡散がほとんど起こっていなかったDr.レグルスは偶然を味方に付けて再誕しワイスマンとして新たな人生を得たのだ。
他の転生者の構成要素と思しきリソースも回収出来たが、残念ながら再誕人として再利用出来る状態ではなかった。
死霊術を応用すれば不完全ながら再構成は可能だろうが、それならアーティマトンとして割り切って運用する方が機能的にも有益である。
しかし今優先すべきは手駒としての有用性よりも転生者の魂が邪神の手によって如何にして加工されたのか、現地人との比較や機能面での相違点について検証する事。
その技術を解明し利用方法を検討する事にこそ価値がある。
かつて邪教と呼ばれた機構は様々な人体実験を繰り返し、神子の力の解明や人為的な生産方法を確立しようと非人道的な研究の数々を行っていたというではないか。
しかしながら、長い人類史の中で神子の研究が行われたのはそれが初めてという訳では無い。
転生者の研究者だけを、邪教の使徒だけを絶対悪として扱っているのは、血塗られた己の先祖の罪業から目を背けたい、自分達はもう違うのだから未だにやろうとする奴らが赦せない、と思いたいという浅ましい感情から来る反発心による同族嫌悪だ。
この世界の現地人が過去に行った非人道的な人体実験の歴史上の回数から見れば、転生者の機構が行った人体実験の回数など取るに足らない誤差だというのに。
公平性の観点から言わせてもらえば、自分達は過ちを悔い改めやり直すチャンスを多く貰っておきながら、初めて行った転生者に悔い改めるチャンスを与えないのは明らかに過剰反応だろう。
凶悪な連続殺人犯が恩赦で釈放されてから、似た事件を起こした初犯の殺人犯を極悪人と決めつけて死刑にしろと求刑している構図だ。
実に滑稽極まりない。
赦せとまでは言わないが、もっと理性的に解決する建設的な意見や方法を論じるべきでは無かろうか。
しかも邪教の人体実験のデータはそのほとんどが廃棄され燃やされてしまったのだという。
邪教殲滅という名目で全て無かった事にするなど、それこそ狩猟で獲った害獣を廃棄して有効活用するのを全否定する行いと同じである。
人体実験された被害者達もそれでは浮かばれないだろう。
しっかりと骨の髄まで実証データを取り切って未来の役に立たせないでどうすると言うのだろうか。
それではまた知りたくなった者達が現れた際にはデータを一から作らざるを得ず、再び凄惨な人体実験を繰り返さなければならない。
同じ過ちを何度も繰り返す、それこそが真に愚かしい忌避すべき行為である。
ましてや転生者には二つの異なる世界の知識や技術が有り、そこから導き出された仮説や考察から画期的な検証試験を行っていた可能性が高い。
私が識りたいのはまさしくそれだ。
誰も試していない方法で新しいアプローチを試みて新発見をしたり、技術を確立する切り口を見つける事こそ研究者のあるべき姿であり役割なのだ。
データを破棄し燃やしてしまうなど、それこそ世界を立ち止まらせる妨害に他ならない。
罪人の命を奪うのは良い。それこそ被害者家族や友人が勝手にすればいい。
だが、蓄積された知識や情報、技術を失わせるのは違う。
例え被害者家族や友人であろうとそんな真似をする権利は無い。
やるならそれに見合う世界への貢献と引き換えにして貰いたい。
それなら取引として認めてやっても良い。
例えば、世界に誰よりも貢献し進ませている私ならば、いくら感情に振り回されて加害者を問答無用で消そうが、使われた施設や得られた成果を抹消しようが勝手に利用しようが赦されて当然である。
だが世界への貢献も無く、ましてや停滞しかさせない凡人が世界を進ませる画期的な発明や発見、臨床データを抹消するなど全く釣り合わない。
自分へのマイナスをやられたから、更なる世界へのマイナスをすることで気分を晴らすなど、そんな事を繰り返されたら世界はマイナスだらけになってしまうではないか。
どうにかして世界のプラスを得なくては文明もいずれ行き詰まって崩壊する。
プラスだらけの私のような者であれば今更マイナスをいくら齎しても赦されて当然だが、釣り合いの取れない過剰なマイナス主義者は世界には不要だ。
全員纏めて命も魂も存在ごとリソースへ変換して多少のプラスへと転じさせて埋め合わせをしなくては、世界の帳尻が合わない。
ああ、頭が酷く痛む。
いや、リソース変換はやり過ぎだろう。
愚かさは寛容さで包み込んでやらなければ。
人は弱い生き物なのだから。
せめて、マイナスしか産めない欠陥品は、生きながら再誕でもさせてプラスを産める人類へと改良するべきではなかろうか。
そうすれば多少は世界も優しくなれるだろう。
+[327]
世界と感情とを天秤にかけて感情を取るのは人類の悪癖である。
特に、取るに足らない者に限ってその傾向が強く、世界を停滞させる病原菌と化す。
正常な判断が出来ない、感情の抑制が利かない欠陥品ならば、せめて正しい判断の出来る者に帰依して思考放棄して貰いたいものだ。
少なくとも私ならば感情で生きる者にも優しく思考停止させてやれる。
世界が緩やかな停滞を望むのならば、そういった者達も必要だろう。
だが今のこの世界は足踏みをすればするほど、背後から、または隣から、崩壊の手が差し迫っている。
この状況では停滞より進ませる力が必要なのだ。
出遅れた私には圧倒的に情報が足りていない。
必要な情報の内、かつての転生者達の組織した機構の積み上げたデータはほとんど失われてしまった。
だからこそ、当時の転生者達の魂のリソースや記憶のリソースを何とか掻き集めて、彼等の研究内容のピースを繫ぎ合わせてデータを再現したい。
ワイスマンは元研究員の幹部だったそうだが、彼の能力面は正直言って大したことはないので研究の手伝いをさせるにも雑用が精々といった所だろう。
私が彼に期待している仕事とは、その記憶を活かして知っている情報から当時の拠点に使っていた場所や、データが残っていそうな場所のピックアップをして貰うことである。
直接的な資料やデータが無くとも、そこで活動していた者の遺体やリソースが見付かれば新たな情報源として利用する事も可能なのだ。
私はとても優しく良識ある人として在る。
無闇に人の命は奪わないし、罪人であっても人罰の範囲内なら裁く事も無い。
死体は物として扱うが再誕人は人として扱う。
人として扱う以上は当人の意志は尊重するし、見合うだけの希望も叶える。
使う手段はこの世界の理になるべく収まるように配慮して選び、それだけの勝手が赦されるに値するだけの貢献もしている。
転生者としての責務も、大貴族としての責務も十二分に果たしており、客観的に観てもおよそ人類としてはトップに数えられる上等な類だろう。
それとは別に、私をこの世界における有益さを価値として測るならば、間違いなく他の追随を許さぬ程に桁違いの価値を備えている。
選民意識は持っているが、割り切って公平に振る舞っている。
仮に割り切らずに選民意識を全面的に押し出せば、私の命の価値は全人類の割合から観てどの程度の量があるかを割り出し、価値基準で発言力を比例して持っている物として仮定し、見合った分だけ世界を改編するだろう。
つまり今の私は自らの価値と頭脳からしてみれば、謙遜なんてレベルで推し量れないほどに自らを制限して振る舞っており、配慮も優しさもおよそ人類の範疇に無いほどの高位に振り切れていて、実に手緩く甘い対応で世界と向き合い包んでいるのだ。
正直これ以上を望まれても困る。
そんなギリギリのラインまで甘い採点と態度で人類と接している。
本来ならば寛容さなど持つ必要が無い私が、誰よりも大きな寛容さを持っている事は奇跡である。
それは寛容さを持つ必要のある者が持つ寛容さとは比率の面では比較にならない。
100の寛容さを課せられた者が120持てば、それは1.2倍の寛容さを有している、実に寛容な態度だ。
仮に私の価値から逆算した寛容さの義務から0.1を課せられた者であるならば、その上で1000の寛容さを持っているのだから、それは比率としては10000.0倍の寛容さを有しているという事になる。
これを神の精神性と言わずして何と言えようか。
◇◆◇
話を戻そう。
集めた転生者の記憶のリソースからサルベージした情報から、機構に関するおおよその必要な知識の回収は済ませられた。
分霊を使い、手付かずの廃棄拠点を回らせて、欲しいデータや研究成果を確保する為に更なる改良を施す予定だ。
それらを円滑に行う為に、これから新たに生み出す人工精霊を分霊や憑依霊体の司令塔として配置する事にした。
邪神が手を加えた転生者の魂を解析し、邪神の権能の痕跡から使われた力や技術の解体と再現を図り、神力を型に嵌めて機能を創り、そこから分解して力の方向性と性質を理解し、今度は型を使わずに機能だけを直接再現する。
それを繰り返し、魂への理解を深めた加工作業を通じて技術力を高める。
再誕人への祝福とギフトの付与を通じて加護の扱いには慣れてきている。
魂の加工と併せれば疑似精霊を創り出すのもそう難しくない。
疑似精霊は存在が安定せず創造してもすぐに消えてしまうのだが、何度も創り出し改良を重ねて、天然の精霊がそうするように魔素と魔力とを与え続ける事で存在の維持が可能となった。
精霊に関しては以前から何度か研究と実験をした経験がある。
精霊親和のギフトを持たない私には本来精霊と交信する術を持たないが、霊視によりその輪郭を視ることは可能で、宙空の魔力を支配掌握する事で間接的に操作や誘導が出来る。
アイリスを使えばそのよう面倒な手順を踏まずに一足飛びに自在に操れるのだろうがそこはそれ、無くても努力と研究や工夫で代用出来る物があるならそちらを優先したい。
努力、研究、閃き、工夫は人の持つ最大の武器だ。
私は自分の知恵と可能性を信じている。
精霊の性質や働きは幼少期より地道に調べてきた様々なデータから、星の血中細胞のような働きがある事を突き止めている。
生物の吐き出した排気魔力や不純魔素を取り込んで分解や合成をして自然界の魔力へと変換する。
精霊にも働きの違いが有り、特に各属性魔力への変換は精霊術師には馴染み深い。
その為、精霊は高次生命であり精霊が気に入った相手に力を貸す事で精霊術が発動するのだと信じられている。
だが実際には触れず目に見えないだけで精霊は自然物とそう変わらない。
精霊親和があれば何となく何処に集まっているのかを感じ取れ、そこへ魔力を放出する事で精霊が属性変換する事で精霊術を行使出来るというだけで、一連のプロセスは精霊と名付けられた機能を有した自然現象を利用しているだけに過ぎない。
この世界の精霊には特定の姿形も無ければ人格も無い。
故に精霊術師の適性とは精霊に気に入られるかどうかではなく、単純に扱いが上手いか下手かそれだけなのだ。
ただの自然物を利用した自然現象を扱う。そのカラクリが解ってしまえば後は科学である。
要するに人が体内魔力を属性変換間口を通して属性魔力を吐き出して魔術を使うように、星の持つ属性変換間口である精霊へ魔力を流して属性魔力へと変換させて精霊術を使う。
ならばエーテルや霊体から分霊を錬成するように、理論上はエーテルや魔力を使って精霊と合成して都合の良い属性変換間口を錬成すれば人工精霊の出来上がりとなるはずだ。
まずは手近な所から各種属性精霊を合成して人工精霊を錬成する。
仕組みを理解して慣れてきたら、次は人工精霊と人工魂魄を用いて簡単な命令を実行出来る半自律型の人工精霊を錬成してみる。
微調整を重ねて安定させられたら次の段階。
半自律型の精霊に分霊や魂のリソースを錬成して混ぜ合わせる事で、人格を持った人工精霊を試作する。
この時点では分霊としての機能の拡張版のような区分だが、不都合な部分を修正して最終段階に入る前にある程度の完成の目安を整えていく。
試作大精霊との意思伝達や魔力や魔素の変換機能に問題が無い事を確認したら遂に最終段階。
『次元魔法』と『創造魔法』でエーテルと世界リソースを少量加えた物から器を創り出す。
次に『生命魔法』と邪神の技術から転用した転生処置とを組み合わせて、試作大精霊をベースにして大精霊の核と人格を誕生させる。
後は器に含まれる世界リソースを小異境化して核と人格を取り込ませ、神力を素材にして足りない要素や接合部を引っくるめて『創造魔法』で錬成。
こうして人々が思い描くような、ヒトの様な外見と高次元に半ば存在率を置いた状態の、誰が見ても立派な大精霊が誕生する。
芸術の神であるアセラの祝福をフル動員して象った外観は、女神の眷属と呼ぶに相応しい美しさを持たせている。
前世の記憶にある大精霊のイメージに近い姿を持たせているが、人の姿をしている方が今後お披露目してもすんなりと受け入れられやすいだろう。
一応全属性の大型変換間口を有しており、宙空の魔力粒子、即ちマナを吸引してあらゆる属性魔力へと変換して自在に操れるので、理論的には魔法使いと似たような事が可能である。
流石に私固有の特性である消えない支配性魔力を有していないので、逐一マナを吸ったり吐いたりする必要はあるがそれでも十分な性能だと思われる。
何せ魔法使いは魔力を無尽蔵且つ、術式の数にも制限無く、魔力干渉の影響も受けない。
属性精霊以外にも魔素の浄化精霊の機能も持たせているので、魔素溜まりから自然魔力を生成したりと便利機能も有している。
一国に一台欲しい優れものである。
再誕人を生み出す際には禁じ手としていた人工魂魄を正式採用した完成モデル一号。
アーティマトンを製造した際に、生前の人格の再現に使えなかった無地の魂リソースが大量に余っていたのを再利用して錬成したので、今はまだまっさらな産まれたての人格である。
『転写魔法』で最低限一通りの常識や言語能力は植え付けているが、その他は手順を踏んで一つずつ学んで成長させていく必要があるだろう。
暫くは私の分体と行動を共にさせて、ある程度の期間が過ぎたら分霊の司令塔として各地で情報の収集と並行して学習させ、いずれは自発的に行動出来る個体として育て上げたい。
一応思考を走らせてみると、一年も有れば使い物になるレベルまで育つだろうと予測結果が出た。
ああ、大事なことを忘れていた。
名前はそうだな、この世界で唯一の頂点たる大精霊なのだ。
バーテックスでは響きが女性名らしくないので『ゼニス』とでもしておこうか。
扱いとしては専属精霊兼使い魔という事になるのだろうか。
これからは人工魂魄のプロトタイプとしてサンプルデータをしっかりと取って行きたい。
《あとがき》
・倫理観が窮まった悪役が発想しそうな理論を振りかざして無茶苦茶な事を言っていますね。
人の価値を数値で表して、その比率で発言権を持たせるべきというディストピア思想です。
しかし、現代地球で暮らす我々にはそれを非難することは難しいというのが現実です。
能力然り、資本然り、資源然り、どれも具体的な数字を比べたりやり取りをすることで成り立っています。
もし仮に世界崩壊が迫っていれば、価値のある者を優先するのは当然になります。
それは未来ある子供を生かそうとしたり、人類の積み重ねてきた知識や文化を何とか後世へ遺そうとしたり。
その際に老いた者は自らを犠牲にしたり、後世に遺せる物に限りがあれば価値の低い物は棄てられます。
こうした価値観は小説や漫画などの題材にもよく使われています。
この物語の語り部が言うディストピア思想は極端な言い草ですが、全人類共通の価値観を極端にすれば、そういう解釈に陥るのも無理からぬ事でしょう。
何せ世界救済の最前線に立っているという自覚を人一倍強く持っていますからね。
強迫観念とも言える程のその強過ぎる世界救済の意志は一体何処から来たものなのか、についてはいずれ明らかになっていきます。




