間章 研究開発 4
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手持ちの労働力について確認しよう。
・カラクリ仕掛けの人形、Sドール。
元々は魔力で操作する人形から派生進化させて分霊用の器として確立したソレは、改良を重ねた結果、分霊単体でも複数体を霊的パスを通じて同時に操作可能な高性能ドローンのような物となった。
形状は基本的に人間タイプが主だが、四足獣タイプや飛行タイプも用途に応じてデザインしている。
単純作業や多少の自己強化による戦闘も可能だが、自己判断能力は有していない大量生産可能な替えの利く手足だ。
製品としての正式名はセパライトドール。
分霊を[セパレート]+[スプライト]を合わせた[セパライト]と名称を定めて、その手足となって動かす人形なのでSドールである。
直訳すれば味も素っ気もなく分霊人形という意味になるのだが、販売目的の無い量産物の名称など機能が判ればそれで良い。
分霊は物や動物に憑依して自己改造させれば、石像だろうが武具だろうがお構いなく自在に操作可能なので人形に拘る必要は無いのだが、使い勝手と性能面を考慮すれば現地で都度調達より特定の形代が有った方が何かと都合が良い。
Sドールシリーズは用途別に応じて十種類ほど開発してあるが、例えば戦闘用の素体であれば完全武装の王国騎士より頑丈で、単純強度では鉱物系のゴーレムには劣るが、自己強化まで含めれば上位ゴーレムにも匹敵するだけの強度と人間並の機動力を両立する程度の性能は有している。
錬金術で合成した複合魔核を動力源としており、分霊も憑依状態なら摩耗せずに存在を保てる。
複合魔核は一般市場で取引されるランクの魔石と同程度の魔核同士を錬成した物であり、技術的にも特別な方法は使っていないので希少価値は無い。
まず有り得ないと思われるが、万が一にも魔術師に回収されたとしても技術や機密の漏洩はほとんど起こらない程度に抑えている。
素体も一般市場に出回る素材を加工して合成した物を使っている。
のだが、こちらは技術力という意味では完全にオーバーテクノロジー気味で、まず有り得ないと思うが回収されて強力なギフト持ちに解析されてしまうと、これが既存の技術では再現不可能である事がバレてしまう。
足は付かないだろうし、再現も出来ないだろうし、理解されないだろうし、悪用もされないだろうし、そもそも人類圏で使用しないので遭遇すらしないだろうし、戦ったとしても倒される心配はほぼ皆無なのだが、それでもセキュリティは施してある。
百万単位で造る物なのだから、億が一くらいまでは起こり得るものとして備えておくべきだろう。
現状は1体の分霊で約20体のSドールの同時操作が可能で、現在分霊なら5000体は同時展開出来るので単純計算10万体のSドールならば同時操作可能だ。
年々加速度的に扱える分霊数が増えているので、その内Sドール100万体や1000万体同時操作を実現する日が来るかも知れない。
高いスペックのSドールを製造すれば操作難易度から規模は1/10程度まで減少するだろうし、リヴィアの身体の成長が止まれば同時操作数の増加も止まるかも知れないので、あくまでも仮の数字だ。
・人型ことアーティマトン。
『創造魔法』と錬金術と生体工学とを融合させて造り上げた疑似人類。
人の遺体と合成有機物を掛け合わせて、限りなく人に近い人造人間として生み出した特別な自動人形である。
[アーティフィシャルヒューマンタイプオートマタ]を言いやすくして『アーティマトン』。
アーティーな人形とは実に芸術家かぶれのクリエイターらしいネーミングである。
半分ジョークで半分自嘲だ。
開発当初はレブナントを高品質にしただけのスペックしか無かったが、実用化モデルは見た目も動作も完全に人のソレであり、街に紛れ込ませても動作からは人造人間である事を誰も気付かないレベルに仕上がっていた。
更に改良を重ね、現在では魂こそ無いが人と変わらない思考と感情表現が可能となり、自己判断で最適な行動を取れる。
生命魔法を取り入れてからは更に進化して、疑似魂を形成させて自我を芽生えさせる事すら可能となった。
最早人と何も変わらないクオリティである。
だが魂持ちにしたのは再誕人への転生が可能な個体に限らせ、他は従来通りにアーティマトンとしての範疇を出ない様にしている。
神話に出てくる神々が地上の人々を導く為に天空人を創造したとあるが、案外この技術と通じる物なのかも知れない。
仮にそうだとすれば再誕人はこの世界に産まれた新たな種族という事になる。
まあ創れそうだったから創った訳だが。
魂創造に関してはもう暫くは再誕人の様子を観た上で判断という事で、要検証案件として保留する。
アーティマトンのスペックは元となった遺体の人物の性能に大きく影響される。
保存状態の良い遺体からはギフトをそのままアーティマトンへ移植しても使用出来るので、人と同じ事ならば大抵の事はさせられるのである。
それとは別に、本人のポテンシャル次第では新たにギフトを転写したり授ける事も可能なので、生前より強力な個体に改造する事も容易である。
問題が有るとすれば、魂が無いので精神的な成長が起こらない事や、肉体の改造は出来ても自力の成長は見込めない点である。
成長不可能なのではなく、厳密には人で無くなったが故にリミッターが働かないのか、無理に成長させようとすると成長の方向性が歪になってしまう傾向があり、癌細胞的に無秩序な成長作用を起こしやすい。
人という枠組みに視点を置いた主観からだと歪に見えているだけで、人造生物の成長や進化とはこういう物なのだろう。
魂の替わりに魔核の亜種である命核を埋め込んでいる点から、進化の方向性は人より魔物寄りなのかも知れない。
完全な再誕人にしてしまう事が最も安定するのは検証済。
アーティマトンの状態では生命体としては不完全なのだと思われる。
再誕人は解答の一つなのだろう。
アーティマトンの可能性については更なる研究をして別の解答が無い物か、今後も探っていく予定だ。
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再誕人は人である。
誕生のメカニズムとしてはアーティマトンと基礎部分の技術は同じだが、特定の条件を満たしている個体であれば生前に限りなく近い個性と思考力を持った人として再度誕生させられる。
勘違いしやすいがこれは蘇生では無い。
この世界に蘇生魔法が存在するのかどうかは未だ判らないが、仮に存在するとして『蘇生魔法』と『生命魔法』とでは特性もメカニズムもまるで別物であると思われる。
というのも、私も最初は『生命魔法』ならば蘇生も可能ではないかと検証してみたのだが、すぐにそれは間違いであると理解した。
『蘇生魔法』はおそらく復活の力だ。
魂の損傷を癒やし肉体の損傷も癒やす奇跡。
この世界の治療術師は複合的な技術を扱っており、治癒も治療も回復も纏めて扱われているが、実のところ様々な属性魔術を用いている。
なので『蘇生魔法』と『生命魔法』は完全に別々の系統術式の上位互換であり、治療術師という特殊過ぎる存在が現代医療のデフォルトであるが故に誤解が生じてしまう。
『生命魔法』は活力の力。
この世界では正しく認識されていない命属性魔術の上位互換であり、認識されず誤解されたまま使用されている命属性魔術は治療術の一種とされている。
全ての治療術を見れば効能別に[火/水/土/雷/光/闇/聖/命]属性を組み合わせて編まれた術式で構成されており、ぶっちゃけ治療術式で『生命魔法』を語る事は困難である。
命魔術に限れば、例えば増血を促したり、失ったスタミナを回復させたり、自然治癒力を増加する魔術行使の際に消費されるエネルギーを補填する側の術式だったり、主役ではない働きが主である。
『生命魔法』は新たな命を生み出したり、老化を抑制したり、失った寿命を回復させたり、生命エネルギーそのものを注入する効果がある。
使い方志次第では、即死しない限り不死身にもなれるし理論的には不老不死も自由自在である。
何なら千切れた手足をいつまでも生かしてもおける。が、千切れて死んでからでは一度途切れる。
千切れるより前から、死ぬ前から持続して使っておけば壊死も起こらず生き続けられるだろう。
死んでから復活したいのであれば、それは『生命魔法』ではなく『蘇生魔法』の領分である。
人の思い描く不老不死は『生命魔法』、死からの復活は『蘇生魔法』であり、一緒くたに考えるのは完全な間違いだ。
メカニズムも技術体系そのものも根本からして別物なので片方をマスターしてももう片方への応用は不可能である。
そもそも生命も蘇生も別々の神の権能だろうから、その神の力を得ない事には扱えない。
残念ながら夢想で知識や技術は補えない。
従って再誕人は蘇生されていない。
つまり新しい生物である。
なので、どれだけ生前と全く同じ容姿、全く同じ記憶、全く同じ性格、何から何まで全て生前と同じであったとしても厳密には別人である。
これは再誕人にもしっかりと教えているつもりなのだが、誰一人として納得しておらず素材となった遺体の持ち主の生前と同じ人物として振る舞おうとするのである。
対して蘇生ならば本人である。
言葉を尽くしても心が理解する事を拒むのだろう。
再誕人は人生をやり直す転生の機会を得たのだと思うようにしており、再誕させた私を【神】として崇めているらしい。
私もなるべく生前と同じ人物として生きようとする彼等の意志を尊重するつもりなのだが、どうにも自由に生き直すより役に立ちたいと言い出すので仕事を与えておいた。
私のスタンスとしてはこちらの都合で再誕させた彼等にはなるべく便宜を図るつもりである。
私の為に働きたいと言う者にだけ雑用や潜入調査、諜報活動等に従事して貰っている。
因みに相応の給金もちゃんと出している。
正直に言えば再誕人の協力は有り難い。
私は立場上、人類社会を自由に歩き回る事は出来ない。
その点、既に故人であり新たな人生を歩める再誕人は、何処で何をしようと自由。
国にも組織にも人にも束縛されない稀有な存在なのだ。
しがらみが無いからこそ逆に事情を知る者との接点というしがらみを殊更大事にしようとする傾向にあるらしく、再誕人同士の親交や連帯感は深い。
こればかりは再誕人同士にしか真に理解し合えない独特の感覚なのだろう。
私には解らないが転生者同士の仲間意識とも何だか種類が違う気がするという事だけは感じ取れる。
そんな再誕人達は生きた世代こそ違うが、元はこの世界に生きた人生を持っていた記憶が在るが故に、現地人との円滑なコミュニケーション能力であったり、歴史の違いや流れに敏感だったりと、それぞれの視点で観て触れて感じた情報は大変貴重なサンプルデータの宝庫となる。
再誕人には協力の有無とは別にして本人の希望の年齢まで若返らせたり、一つ希望するギフトを与えたりと便宜を図っている。
どちらも夢物語に出てくるような願いと同等の奇跡に見えるらしく、すっかり私を女神として崇め奉ってしまっている。
確かに、前世の知識においても転生や若返りや特殊技能の付与は、空想上の神の権能の中でも代表的な奇跡として扱われていた気がする。
彼等の協力を得てからは世界情勢に関しては生の情報が次々に入ってくるようになり、わざわざリスクを冒してまで海外へ飛んでいく必要性も薄くなった。
これにより本体で割くべき予定も大幅に削減されたのだ。
再誕人を生み出す過程で、私は一つこの世界の仕組みに仮説を持った。
この世界で産まれた命は基本的にその創造主に逆らう事が出来ない。
つまり再誕人の場合なら創造主である私の存在は絶対であり、害意を抱くことすら出来ないのだ。
この現象は再誕人に限らず、人間族なら人神に対して、森人族なら地神に対してこの現象が起こる。
混血の場合は血の割合がそのまま適用されるらしく強制力も分散される。
もっとも、現地人への神々からの強制力は、私から再誕人への影響力ほどは働かないというのは検証データからも明らかで、仮に再誕人に子供が産まれた場合、その子供へ私からの強制力は親世代程の強さにはならないと思われる。
これは直接創造したか自然発生したかによる差であり、自然発生した者には直接創造された者ほどの大きな影響までは与えられないのだろう。
再誕人には漏れなく私の加護を与えているのでそれが起因している可能性は高い。
そしてこの強制力は他の神々より私の方が明らかに強い。
何となく予想はしていたが、それでも洗脳より強力な絶対性のようなものを感じる。
それにもう一つ、私が神々の力を受け継いで行く過程で、その神々の眷属にもまた支配権を掌握していっていると感じられる。
再誕人への強制力と比べればかなり弱いとはいえ、意図せず支配権を有してしまうというのも厄介である。
命令でもしない限りは大袈裟な影響は与えないだろうし日常生活に支障は無いだろうが、今の中途半端に神々と引き継ぎしている段階では種族別に温度差が生じる可能性があるため常に気に留めて置かなければならない。
何にしても決して裏切らない手勢として、Sドールとアーティマトンと再誕人という私兵を持つに至った訳だが、仕事の範疇に収まる程度の働き以上を求めなくても済むのならそれに越したことは無い。
私は世界を救うつもりはあるが、世界を征服したい訳では無いのだ。
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活動範囲が拡がり支配領域が増えるという事は、それだけ多くの素体の獲得が容易になるという事を意味している。
積極的に回収する為に動くつもりは無いのだが、物のついでに回収出来てしまうのならば無駄にしない方向で増産するのも必然。
再誕人に出来る素体は滅多に手に入らないが、アーティマトンは確実に増えている。
再誕人を生み出すにはまず最低限アーティマトン化出来る程度の素体である事。
当人から発生した魂のリソースをある程度確保出来る事。
生前に与えられていた加護が消失していない事。
が必要最低条件となる。
この中で最も厳しい条件が魂のリソースの確保であり、基準を満たせる者はほんの一握りである。
というのも、魂なんて物は放置すれば霧散するなり浄化するなり淀むなり堕ちるなり溶け合うなりしてしまうので品質を保てないからだ。
眼前で死んだというのであれば確保は容易だが、年月を経た遺体に回収可能な魂のリソースが遺っているなんて都合の良い状況はまず無い。
かなり限定的で特殊な環境下でのみ、条件を満たす素体を確保出来る大変貴重な存在なのである。
例えば海神領域の王家の子女達は、海王国滅亡の際に【神遺物トクトラの鍵】を使い隔絶された空間に退避したが、出口となる鍵そのものが深海へと沈んでしまった為に外への脱出が不可解となり、結果的に内部で全滅した。
彼等の遺体も魂のリソースも、全てが霧散することなく固定空間内に閉じ込められていた事により、特に例外的に全員を完全な状態で再誕が可能であった。
ここまで条件の良い例は奇跡的であり、我ながらほぼ完璧な蘇生と言っても差し支えが無いレベルの出来栄えであった。
海王国が滅んでしまったのは残念だが。
彼等を救った『生命魔法』も元はと言えば海神の権能であり、海神の導きがあったのだと信じたくなる奇跡である。
流石に生前と寸分違わない構成の彼等は、その貴重な血統も含めて他の再誕人とは扱いが異なる。
特別扱いして大事にはするが、私の計画には一口以上乗って貰うつもりだ。
そんな特殊な例以外で再誕人を調達出来る条件の整った環境として最も多いのはダンジョンである。
ダンジョンは通常、中で死亡した者の遺体や捨てられた物は時間が経てば構成要素が分解吸収されてしまい、いつまでも遺らない。
コアを切除されたダンジョンでも、暫くは活動を続けるので完全に停止したダンジョンでもなければ人為的な処置でもしない限り吸収を止める手立ては無いのだ。
しかしそんなダンジョン内にも例外的な場所が存在する。
それは安全地帯。
魔物が出現する事なく、寄ってくる事も無い。
ダンジョン内に在りながらダンジョンの理とは隔絶された特異点。
その中でも今回の条件に合うのは階層間にある安全地帯である。
階層間とは環境のガラリと変わる階層同士の連結部分であり、上の階層と下の環境では別世界と言える程の違いがある事も珍しくない。
一般には違いの大きい階層間は魔物が生活するには不安定な環境であり、本能的に避ける場所で縄張りの線引も強固になっているのだと言う。
それとは別に階層間の手前には階層主という強力な魔物の縄張りとなっている事から通常の魔物は近付かないようにしている。
といった説も濃厚だ。
が、私はどちらも違う事を識っている。
階層間とは連結部分である事は間違いないが、そこを魔物が横断しないのは単純な話。
別々の魔物であるダンジョン同士が互いの縄張りを侵さないだけなのである。
階層主は元はダンジョンマスターであり、連結したからこそより深い階層の側が総合ダンジョンマスターとなったに過ぎない。
それこそ氾濫でも起こさない限りは階層を跨いだ移動をする事も無く、基本的に別個の魔物としてダンジョンは独立自治をしている。
では階層間とは一体何なのか。
そこは厳密にはダンジョン内ではない。
共生している「ダンジョンという魔物」の表皮同士が接している面に過ぎず、ダンジョン内の理から外れているのも当然なのだ。
よって遺体は徴収される事も無く自然に朽ち、異界とも言えるダンジョン体同士で密閉された階層間は必然的に魂の自然拡散も制限されてしまい、形こそ崩れているが構成リソース自体は留まっている。
階層主との戦いで致命傷を負いつつも階層間へと辿り着き、そのまま息を引き取る者も少なくない。
ダンジョン深くからの帰還ともなると遺体を担ぎながらというのは現実的では無いのでその場で弔い、遺品だけを持ち帰るのが一般的だ。
むしろ治療の為に階層間まで仲間の身体を運ぶ例は多く、ダンジョン内部に置き去りというのは余程のアクシデントでも無い限りは起こらない。
前世の漫画や小説で語られるダンジョン内部に遺体放置からの吸収例は実際には大変少なく、帰還が難しい場合はほとんどが階層間で弔われるのが実態である。
即死であっても死亡確認は病院で行うように、ダンジョンの場合は最寄りの安全地帯、即ち階層間へ駆け込むのが常識なのだ。
もし仮に自分が冒険者だったとして、一緒に旅した仲間の遺体を魔物に食わせたりダンジョンに吸収させたい者などそうそう居ないのでは無かろうか。
度重なる事故に見舞われれば、と有りもしない戯言を抜かす者も居るかも知れないが、起こり得るアクシデント程度で瓦解するような実力で実際にダンジョンへ挑む者はどれだけ居るのだろうか。
答えは否。
そんな者はまず存在しない。
居ても極々僅かだ。
故に、事故死でもダンジョン内部放置はほぼ無い。
浅い階層ならば遺体を持ち帰るし、無理なら階層間で埋葬する。
少なくともこの世界の人々は知性体らしい感情と思慮を持ち合わせているので、例え冒険者であっても大半の人々は命を賭ける程の無理はしないし、人道に外れた行為への忌避感が備わっている。
という訳で、階層間には実に様々な戦士達の遺体のリソースと魂のリソースが溢れており、私にとってはダンジョンで手に入る宝以上に価値のある財宝部屋という認識なのだ。
正直な所、金で解決出来るなら人喰いと恐れられる難関ダンジョンを根こそぎ買い漁りたい程に。
◇◆◇
ダンジョンは人材の宝庫である。
ダンジョン階層間に埋葬された人々は命を賭ける事が出来た者達だ。
勿論誰もこんな結果を望んでいた訳では無いだろうが、それでも他者より一歩踏み出せる者が多いのは事実だろう。
蛮勇、英雄願望、大いに結構。
『生命魔法』を持つ私にとっては、もう一歩を踏み出せない者より余程扱い易い。
彼等は歴史的に見れば敗者であり、志半ばで倒れた英雄になり切れなかった者が大多数だ。
つまり歴史に名を残す英雄より一回り格落ちしたスペックの者ばかりで、質の面で比べてしまうとどうしても見劣りしてしまう。
しかしダンジョンの難易度次第では、制覇者には及ばずとも十分英雄足り得る実力者も存在しており、名が知られていないという事は身元が割れる心配が薄いという利点もある。
例え元は二軍級であろうとも、相性の良いギフトを見繕って与えれば一軍級に匹敵する力を得るのも容易い。
更に私手ずから加護やギフトを授ければ大英雄級を作り上げるのもそう難しくない。
勿論強制はしない。
彼等が望むなら新たな人生を歩むのも自由だ。
私にとって再誕とは生産活動と研究や実験の手段であり、人材の勧誘はついででしかないからだ。
意のままに動く兵隊ならSドールやアーティマトンだけでも十分なのだ。
どうせ加えるなら自由意志のある手駒であった方が足りない部分を補える。
とはいえ、今まで誰一人として自由を選択した者は居ない。
世界救済計画の一貫として再誕させたと説明すると「どうせ一度は喪った命、自分にも手伝わせて欲しい」と懇願するのだ。
私には一度死んだことのある者の考え方は全く理解出来ないので好きにさせている。
とはいえ、計画に加担するか自由を選択するか、自由を選んだとしても金も職も住まいも面倒を見ると言っても手伝う選択をするのだから断る理由は無いだろう。
再誕人の生産は近年になって始めたばかりの個人事業である。
それ故歴史は浅く、まだ世界への浸透は進んでいない。
目に見える結果が出るにはもう暫く時間が必要となるだろう。
しかしながら、既に計画に対する姿勢には多少の方向転換とピッチを早める事を決定している。
以前なら慎重に慎重を重ねて保留にする案件でも、現在は支障が無ければ決断を先延ばしにしない方向で進める様に気を付けている。
少なくとも二年の内に成果を出す。
そこからは時間との勝負である。
世界崩壊へのカウントダウンと、他の転生者達による世界救済計画の数々。
そして私の計画の実現。
正直な所、完全予測により既に私の計画は間に合わないだろう事は試算が終わっている。
純粋に産まれた時期が遅過ぎたのだ。
だからといって止めるつもりはない。
世界崩壊が始まったからといって即座に全てが終わるとも思えない。
他の転生者の計画が始動したからといって必ずしも成功するとは限らない。
私は自分の順番が回ってきた時に計画が成就出来ればそれでいい。
例え一番槍は無理でも、いざ順番が回ってきた時に間に合っていないという状況を回避する為に計画を早めているに過ぎない。
それに私は自分の事を主役と思ったことは無い。
そんなものは真っ当な感情と感性を持った者にでも任せておけば良いと、心底思っているからだ。
《あとがき》
表舞台に出てない頃なら実生活と研究開発の同時進行は本人がそのまま行えていたのですが、学院生活との両立は分体との分業となり同じ時間軸でもストーリーが二重になり、何ともややこしい事になってしまいました。
分体アーティア、分体アイダ、その他の分体のストーリーも色々あるのですが、これ以上ややこしくしても読者置いてけぼり展開になりそうなので自重。
次回は加入した再誕人のストーリーを予定。




