学院オリエンテーション 2
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学舎の敷地内で一番遠い施設は、ゴミ処理場である。
「魔導車とは本当に素晴らしい乗り物ですね。
私、馬でも駕籠でもすぐに酔ってしまうのですが、魔導車はほとんど揺れないので感激致しました」
「カゴ?はよく分からないけど、王都だと魔導車も揺れるのよ。魔導バスが特別なのかしら?」
「特別なのは学院です。王都の道路と違ってすべての工程に魔術を使っているので、歪みの少ない綺麗な道になっていますね」
グループごとに巡回するバスに乗りそれぞれの目的とする地点で降車する中、私達はまだ他の新入生が誰も来ていないゴミ処理場に到着した。
レンガ造りの塀に囲まれた処理場は警備員が常駐しており、運ばれたゴミの分類ごとに内容をざっと検めてから別々の棟へと送られていく。
「まあ、こんなに沢山の物が棄てられているなんて、勿体ないわ」
「この学院、貴族多いものね。それでも想像以上の量だわ」
「あの椅子も脚を一本直せばまだ使えそうなのに、本当に勿体ないわ…」
この世界は科学文明こそ発達していないが、ここエストバース王国では基本的なライフラインはもちろん、上下水道、街道整備や街頭街路樹に至るまで、しっかりと整備されている。
生活水準は正直言って、かなり高い。
「ここではただ処分するだけでなく、修繕できるものは再利用して販売しているみたいですね」
「お下がりを買おうと思う貴族は少ないだろうし、平民層向けでしょうね」
「私、是非とも見学していきたいです!」
ゴミ処理場で再生可能資源の分別と活用までしているのだから、前世の世界と比べても大きく見劣りしない水準と言えるだろう。
とはいえ、流石にこれだけ高水準なのは王都と第二首都であるハバートート領都、そしてこのクリムワイエ魔術学院くらいで、他の領や人神領域の国々ではまだまだ途上にあるようだ。
「おや、新入生かい。学内見学の話は聞いてたけど随分早く来たんだね。中古屋を見に来た、ようには見えないけど。君達は制服着てても他の生徒さんとはオーラが違うよ」
「いえ、中古屋、とても興味有ります!」
「そ、そうかい。その髪と瞳の色、お嬢さんは留学生かな」
「はい。お恥ずかしながら、荷解きを終えたばかりでまだ家具も揃っておりません」
魔術学院のゴミ処理場が充実していて厳重なのは、使い方次第では危険な魔導具や薬品、魔物の素材や魔鉱石を多く取り扱っている為なのだが。
当然だが壊れた魔導具なんかは暴走する危険もある上に、学院生の作った半端な失敗作なんかは扱いも慎重にならざるを得ないだろう。
「ふふ。私とお姉さまは施設内を周ってくるので、セイはその間にお店を覗いてきてはいかがですか」
「お気遣いありがとうございます。ご見学が終わりましたらすぐに合流致しますので、暫くお時間戴くことをお許し下さい」
「おお、そうしたらいい。他の生徒さんが来る前に掘り出し物を探しときな。卒業生が残してった物の修繕とか終わったのが結構出てるからよ」
ここゴミ処理場には強力な結界が張られており、出入りも厳しくチェックされる。
生徒にとって手続きはいちいち面倒に感じるだろうが、安全面を考慮すれば致し方無いだろう。
それでもオリエンテーションに処理場の見学コースを入れている辺り、衛生面にも危機管理にも配慮した意識の高い教育を心掛けている事が見て取れる。
それが生徒全員に伝わっているかどうかは定かではないが、貴族や平民といった身分に関係なく学ばせようとする姿勢は好感が持てる。
「セイも結構苦労してるのね」
「海外からの留学生は船を利用しますから。自家用の船舶を有していないと手荷物くらいしか持って来れません」
「貴族科に入るくらいだから、てっきりそういう苦労とは無縁だと思ってたわ。反省ね」
私がここの世話になる事は考えにくいが、逆に言えば何度も立ち入る機会の無い場所だ。
万が一にも感知される事の無いように、堂々と結界内に侵入した今の内に分霊を何体か放っておこう。
コアを起動すればそんな手間など不要だが、些末事に一々起動する訳には行かないのだ。
曲がりなりにも国内最高峰の術師の張った結界に、裏技で侵入して努力を無駄にさせるのは敬意が足らない。
せめて必要外の処置に関しては誠意を持って対応しておきたい。
「ねえリヴィア。セイに必要な家具とか買ってあげた方がいいのかしら?」
「それには及びません。きっとセイは足りない物を自分で探して揃えていくことに楽しみを見出すでしょう」
「私、物に興味ないからよく分からないわ…」
「ふふふ。でしたら後でセイの購入した家具の搬入に従者達の手を貸して差し上げましょう。今後も友人として付き合うなら紹介しておくいい機会になりますよ」
「そうね、やっぱり持つべきは頼りになる妹だわ」
怠惰でやる気の無い残念な姉だが、何だかんだで育ちが良く心根が善良である。
苦労していても貴族科Aクラスに入るセイは、おそらく海外の良家出身で才能も自立心もある。
やや心に傷や陰を潜ませているものの、こうした有望な人材は中々に得難い。
ドルセーラが孤立してコミュ障にならないようにする為にも、一つでも多くまともな交友関係を構築させなければ。
交友関係の無い私にはかなりの高難易度だが、これも学院で学ぶべき物だと割り切るしかあるまい。
[291]
◇◆◇
ゴミ処理場の見学を終えて、次に向かったのは戦闘魔術訓練場である。
これも安全面を考慮して他の施設から遠く離れた場所に設けられており、だだっ広い敷地を区画分けして様々な条件を想定した地形が造られている。
実技の試験会場として使われていた区画である。
「魔術学院って本当に広いわよね。今日で卒業できないかしら」
「お姉さま、このまま卒業したら婚約破棄されて就職しなければならなくなりますよ」
「傷心を理由にして引き籠もれるのは何年くらいまでかしら」
「リミットはセシリアお姉さまとミルミアナお姉さまのご結婚まででしょうね」
「なら、もしかしたら一生安泰もあるじゃない」
「お兄さまのご結婚でもリミットになりますよ」
「…あまり猶予は無いわね」
教官や教員達、ならびに許可された一部生徒を除いて、指定外の場所への立ち入りに制限があり、事故が起こらないように細心の注意が為されている。
常時警備員が見回りし、協会魔術師と教員が交代で魔導具の探査術式を展開していた。
ここでは屋外でしか出来ない大規模戦闘魔術を訓練する場として、主に二回生以上が自主練習を申し込んで利用する。
「リヴィア様、ドルセーラ様、見てください。上級魔術を使っている先輩方もいらっしゃいますよ」
「あんなの撃ってよく魔力切れしないわね。あ、倒れてる」
今は新一回生へのアピールが優先なのか、訓練場に近付くに連れてこちらへ向けられる視線が増え、それぞれの杖を振るって派手な術式を披露する生徒が多く見受けられた。
燥いで、あるいは調子に乗って連発しているのは二回生だろうか。術式の展開も制御も甘い。
確かにあれだけ雑な制御では、狭い訓練場で使わせるのは危険だろう。
「二回生になれば私も使えるようになれるのでしょうか。少し自信が有りません」
「一足飛びにして基礎をおろそかにしては結局は後で伸び悩みます。魔術は焦らず地道にが一番確実ですよ」
上級生の訓練の様子を観ていると教官の一人が近付いてくる。
「お、良いこと言うじゃん新入生。見学だろうけどここに来るの早いね。危ないから近寄るのは席の手前までにしておくれよ」
おそらく二回生以上はオリエンテーション中は、新一回生へ声を掛けるのは禁止されているのだろう。
教職員は声を掛けてくるが、生徒達はこちらを覗いつつも遠巻きに様子を見ている。
「こーら集中。余所見する余裕があったら自分の術式にもっと気を張りなさーい」
教官の言葉に生徒はこちらを気にしながらも自分達の訓練の方に態勢を戻す。
「魔術訓練って結構体育会系よね」
「そう言われるとそうですね。基礎練習と反復練習に魔力と体力の限界までひたすら訓練だと、武術との両立が難しいのも納得します」
「訓練場は広いからね、こっから向こうの次のバス停まで歩いて見学するのをお勧めするよ。
ほーら手が止まってるぞー、魔力尽きたやつは座り込まないでさっさと下がりなさーい」
十代の若者とはいえ名門校の生徒。
言われてすぐに切り替える者、気にしつつも精度を落とさない者、そもそもこちらに見向きもしない者、反応は概ねこの三者に分かれる。
注意された上で尚集中力を欠いているのは数名程度だろうか。
「では次のバス停まで参りましょうか」
「結構歩くわよね。汗をかくのは極力避けたいのだけど」
「ふふふ。制服の付与術式に魔力を上手く通せばより快適な状態を維持できますよ。魔力の制御訓練にもなりますから試しながら行きましょう」
「そんな素晴らしい術式が編み込まれているのですか。この制服だけでも我が国の魔導技術では再現不可能ですね…」
「リヴィアって本当に何でも知ってるわよね」
全体としては教官の言葉に対する感情の揺らぎはほとんど無かったが、意外にも比較的まともに術式を制御出来ている生徒の中に明らかに動揺している者も居る。
集中力が切れてしまったのだろうか、却って気を取られてしまいこちらと目が合ったまま動けなくなってしまっている。
あまり不安定な状態を続けさせるのも違和感を持たせ兼ねないので、貴賓客の如く柔らかく微笑んで他の生徒達にゆっくりと視線を流しながら小さく手を振る。
「そういうことを自然と出来るのは感心するわ」
「頑張っている方を応援したくなるのは自然なことでしょう」
「私もリヴィア様に御賢覧賜りながら訓練したいです」
これも国の姫としてのサービスだが、思ったより効果があったのか皆して張り切っている。
あの様子では暫くは訓練にならないかも知れない。
「凄い人気ね。もう次の王様はリヴィアでいいんじゃないかしら」
「ふふ。エストバース女王になるくらいなら、クリムワイエ特別区とハバートートを合併して独立させる方がきっとやり甲斐がありますよ。お姉さまはどの大臣職をご希望ですか」
「私が悪かったわ。西方が一斉に独立宣言したら洒落にならないわね…。
声の調子を変えないまま当たり前みたいに返されると本当に怖いんだけど」
ここでは屋内で使うには危険であったり、広い空間を必要とする魔術の訓練が主だが、中には固有魔術の開発の為に他者の目から保護された区画を使用する生徒も居るようだ。
その生徒にとっては残念かも知れないが、魔術で保護された空間程度では私の感覚を遮断する事は不可能である。
「独立はいつ頃の予定になりますか?」
「セイは何で話を進めようとするのよ。やめて、私は働きたくないの」
「では、ほとんど働かなくてもいい新しい官職を作りましょうか」
「…前向きに検討させて戴くわ」
一般的な魔術師の卵がどうやって固有魔術の開発を行うのか、参考データ収集の為にここにも分霊を設置しておこう。
勿論、わざわざこうして出向いて、足を踏み入れてから設置するのは私なりの誠意である。
「固有魔術。私も何とかしないといけないのよね」
「ドルセーラ様はご家族や国の英雄の術式を継承したりはなさらないのでしょうか」
「それは勘弁して欲しいわね。うちでそれをやろうとするとハードルが南方山脈並に高くなるのよ」
「あ、魔導大公の…。申し訳ありません、気軽に話題にして良いものではありませんでした」
「いいのよ、セイがそこまで気にしなくても。一応家庭の事情もあるから修得はするつもりだけど、適度に恥にならない程度の術式で十分だし、いざとなったらリヴィアに作って貰うわ」
クリムワイエ特別区一帯は既に私の支配領域だが、一生徒として在席している間はなるべく諜報も掌握も行動範囲内に限定して行っていく方針だ。
出来る事を自分で決めたルールの中でのみ実行するのは、万知万能である私の成長に必要な枷である。
何でも出来る様になったから努力を止める、という選択肢は成長の余地がある限り無い。
「ふふふ。ええ、喜んで任されます」
「ごめん待ってリヴィア。何かとんでもないものを作られそうで恐いんだけど…」
「きっとご期待に沿えられる素晴らしい術式をご用意いたしましょう」
「ドルセーラ様、羨ましいです!」
「うぅ、余計なこと言うんじゃ無かったわ…」
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屋内訓練場はドーム型と砦型と洞窟型の三つの施設に、それぞれテーマの異なる区画や部屋割がされている。
「訓練場が敷地の端の方にあるのって不便だと思うのよ。バスの乗り降りが面倒だわ」
「中小規模の訓練場なら校舎の傍やガーデンにも併設されているみたいです。早朝訓練では校舎側を利用しましょう」
「戦闘魔術を専攻しなければここへ来る必要も無くならないかしら」
エントランスでは予約の受付やスケジュールの表示がされて、売店や休憩所も設置されており、全体的にこの世界における近未来的なデザインが意識されているようだ。
床はうっすらと光り、魔力光での誘導と矢印が投影され、壁には夏に開かれる魔闘大会への参加者募集中のポスターや、新発売の水薬のポスター等も貼られている。
こちらに気が付いた責任者と思しき眼鏡の男が声を掛けてきた。
「オリエンテーションの生徒さん方ですか。おや、これはこれは、もしやリヴィアゼア姫様にドルセーラ様では御座いませんか。ようこそ当訓練場へお越し下さいました。
さあさどうぞこちらへ、ご案内致しましょう」
訓練場内の各エリアは内側からは見えないが外側からなら透けて見える壁で覆われ、さながらマジックミラーの様相だ。
ドーム型の訓練場は、普段はそこまで利用者は多くないが、悪天候時に屋外訓練場の代わりに利用される事が多いらしい。
「ここドーム訓練場ではご要望に合わせて時間、天気、気温、湿度、風向きといった各種設定をすることが可能です」
「リヴィア様、ここは屋内のはずですよね。空が観えるだなんて、これは幻術なのでしょうか?」
「投影魔術のようですね。よく見れば天井の継ぎ目が確認できますよ」
「おや、よくお気付きになられましたね。さすがで御座います。環境は勿論ですが、御覧のように空模様もかなり細かく設定することが出来ます」
「本当だわ。でも継ぎ目が見えると途端に天井が低く感じるから不思議よね」
やや近眼のドルセーラは例の眼鏡で視力補正がかかっていて遠くの物もよく見えている。
「私には全然見えないです。これだけ精巧では本物だと言われても簡単に信じてしまいそうです」
「ははは、そう言ってもらえると頑張って作った甲斐がありますね。ご利用する際には訓練に支障のない範囲でなら、例えば雲の形を好きに決めて申請するくらいは大目に見ていますよ」
砦型の訓練場は、様々なシチュエーションやテーマを凝らした造りとなっており、普段から利用者が多くて人気があるという。
「ここでは建物の中での訓練を想定した設定ができます。建物の材質や照明、風の通りや簡単な仕掛け罠、更に大まかな年代設定なんかも可能です」
「抵抗勢力の隠れ家に襲撃をかけるシチュエーションにも使えそうですね」
「なるほど、参考に致しましょう」
「リヴィア待って、何でそんなにピンポイントな設定なのよ」
「抵抗虚しく次々に粛清される浪人達。それを嗤う腐敗同心。捕縛された頭目とその縁者達は後日見せしめとして町民の前で打ち首。大通りに晒し首とさせられるだなんて、あんまりです…」
「何と、それは許せませんね。それも参考に致しましょう!」
「セイも何で追従するの、内容がちょっと分からない所もあるけど過激そうで怖いわよ。
ちょっとリヴィア、何とかして」
セイや責任者が意外とノリノリなので少しサービスしよう。
学生になった以上、ノリに合わせるのは大切なコミュニケーションである。
「嗚呼、恨めしや口惜しや、この辱め決して忘れぬ。
例えこの身朽ち果てようとも、我等が呪いは必ずや怨敵を追い詰め、黄泉比良坂へと誘いましょう。
我等を手に掛けた狼藉者を呪い殺した後はその両親を、一族を、子々孫々に至るまで、苦痛と後悔に満ちた生涯を送らせましょう。
千の供養、万の赦しを乞おうとも、この怨念尽きる事能わぬと知りなさい。
我等の心を慰めるのは辱めし者とその血族の苦悶と絶望の嘆願のみ。
我等の怨念を洗い流すのは貶めし者と加担せし者の流血と…」
良い所で眼鏡がパリンと割れる。
場が凍り付きしんと静まり返っている。
ふむ、少々サービスが過ぎただろうか。
すぐに替えの眼鏡へと掛け直す。
「と、魔力波による擬似的な威圧効果も加えてみるのもいいかもしれませんね」
「……っ!リヴィア様、素敵です!
これだけ迫真では本心だと言われても簡単に信じてしまいそうです。心臓を鷲掴みですね!」
「……あ、あぁ、なるほどなるほど、演出に魔力を加えることでより臨場感のある設定が可能、となるわけですか。ホラー要素の設定もいいですね!」
「ホラー設定なんて実装したら私、絶対にここを利用しないわよ…!」
◇◆◇
[293]
洞窟型の訓練場は、ダンジョン実習のフォーメーション確認等に利用されており、その性質上細かな部屋割が出来ない代わりに地下に深く広い地形が形成されている。
「洞窟って暗くてジメジメしてるイメージだけど、そんなことないのね」
「そうした設定はもちろん出来ますが、皆様はゲスト登録ですので環境設定の体感はカットされております。今回は第一層だけですが自由に見て頂いて結構ですよ」
「ふうん、私は三年間ゲスト登録でいいわ」
これらは全て魔術協会に在席する専門家達の監修の下で建造されており、修繕や改築工事の為に現在も教職員として学院に勤めている。
名のある占星術師、天候予報士、極限環境研究家、建築家、異境研究家、探検家、ダンジョン研究家が担当しており、互いに情報交換しながら学院側の掲げる生徒の教育方針から訓練場の模様替え、仕様変更を繰り返している。
「洞窟と言えば探検と財宝ですよね。私、冒険とか憧れがありまして。その、宝箱とか置いて有るのでしょうか」
「セイって結構アクティブよね。でもさすがに宝箱は無いでしょ」
「ええ、有りますよ。柄や形状は気まぐれでランダムとなっております」
「え、有るの…。ここ訓練場よね?」
渡航や遠征にはどうしても多大な時間を要してしまう為に、特殊な地形や環境については知識でしか教えられなかったが、出来得る限り生徒達には多くを学ばせたいという難題を解決する目的で、学院改革後に建築された屋内訓練場。
魔術で豪雪地帯から、熱帯、砂漠、火山地帯に至るまで様々な環境を疑似体験出来る、最先端の魔導技術の粋を集めた施設である。
本物さながら、というより制覇した本物のダンジョン壁材を剥がして再利用しているというのだから本気の度合いが覗える。
「ふふ。きっと宝箱の鍵の解錠やギミック対策の訓練にも使われるのでしょう」
「ああ、そういう感じなのね。てっきり中身まで用意されてるのかと思い込んでしまったわ」
「ええ、有りますよ。設置場所や中身は気まぐれでランダムとなっております」
「え、有るの…。何でよ、ここ訓練場よね?」
当然だが、採算度外視で途方も無い程の莫大な資材が投じられており、とてもではないが他国でこれと同じ物を造るのは現実的な計画とは言えない。
例え借金をして造れたとしても維持費を支払える筈も無く、運営する為には優れた魔術師複数人をこれの従事の為に雇い続ける必要があるのだ。
「宝箱には訓練場で使えるポイントカードが入っている事が有ります。集めれば物販コーナーでポーション等のお役立ちアイテムと交換出来ますよ」
「流石は魔術学院です。どうしましょう、はしたないと思われてしまいそうですが私、入り浸ってしまうかも知れません」
「はしたないだなんてとんでもないわ。むしろそこまでして訓練意欲を湧かせようとする学院の策謀に素直に感心したところよ…」
資本や魔術師の数ならば星神領域の宝国でも同じ事は可能かも知れないが、地質の都合で建築は適わないだろう。
魔力干渉を抑えるには大地そのものを他所から運んでくる必要があり、それでは長期間の質の維持と短時間の修繕の両立は困難である。
毎年入れ替わる生徒達の育成を目的とした訓練場として両立は不可欠。
故に不可能とは言わないが、現実的な計画では無いのだ。
「当訓練場では利用者様方の自由設定以外にも、学院側の設定した特別訓練コースが有ります。タイムアタックの射的やギミック回廊の突破、制限時間付きの脱出といった様々なコースが用意されております。
先ほどの宝箱は迷宮コースで高難易度ほど出現しやすくなっておりますよ」
「そんなに色々できたらダンジョン要らずね」
訓練場の生徒達は腕試しとして対人試合を希望する者は多い。
半ば喧嘩の延長の様な私闘に近い試合をする者もおり、鬱憤を晴らすかの如く遠慮なく地形を破壊していくものだから魔術工員達の仕事は毎日ある。
そして学院内アルバイトとして訓練場の修繕の手伝いは年中ある安定した仕事として認識されている。
魔術で戦えば土地は荒れる。
そんな当たり前の事ではあるが、将来冒険者になるにしろ、領地を経営するにしろ、訓練やアルバイトを通して実体験として学ぶべき問題の一つだろう。
「ダンジョン。私とても興味あります。授業で潜ることがあるとお伺いしておりますが」
「そうみたいね。特別区にもダンジョンがあるって聞いているけど、生きてるダンジョンを教材にするなんて危なくないのかしら」
「ご心配には及びません。クリムワイエの所有するダンジョンは低級と下級、それも定期的に魔物の間引きもされている安全仕様ですから。
それに当訓練場でしっかり事前学習しておけば万が一なんてことも御座いません」
訓練場の修繕の手伝いは、確かにアルバイトではあるのだが、土地の整地や修復の技術を修得するのに適した時間外授業としての側面もある。
ここまで至れり尽くせりの学院だからこそ、海外からの留学希望者も後を絶たず、国内外の評価も抜きん出て高いのだろう。
「お姉さま、ダンジョンは地域によっては貴重な資源庫です。将来領地経営をする方のために活動しているままのダンジョンの活用を学ばせる、という意味もあるのだと思いますわ」
「あら、そうなの。てっきりダンジョンなんていくらでも生えてくるものだと思っていたけど」
「ははは、おっとこれは失礼致しました。お二方の姉君、セシリア様とミルミアナ様も同じ事を仰っしゃられておりましたので。ハバートート領ではダンジョンなどさして珍しくも有りませんからね」
魔術師の質と数は国力を大きく左右する要素の最たる物の一つだ。
国土、人口、気候、生産力、流通、学力、技術力。
そういった国を豊かにする要素は数あれど、土地を切り拓くにも、人命を脅かす原因を排するにも、雨や寒暖を操作するのも、穀物の品種改良も、移動せず伝達するのも、幅広い知識も、それを実行出来るだけの力も、全て魔術師が得意とする領分である。
「これで一通り施設内の案内が済みましたね。後はご自由に見学なさって戴いて構いません。私はフロントに居りますので何かあればお申し付け下さい」
およそ国力の指針となるほとんどの分野において、魔術師の価値は非常に高く評価される。
故に金を払えば魔術師を購入出来るというのであれば、どの国もこぞって競売に参加するだろう。
だからこそ多くの優秀な魔術師を輩出してきた歴史と実績あるクリムワイエ魔術学院には、国を越えて多大な寄付金が集まる。
「ドルセーラ様、ダンジョンが珍しくないというのは、どういうことなのでしょうか?」
「私の家の事は知ってるかしら。ここから王国の西方一帯をファナリア家が統治してるんだけど。
隣のハバートート領には毎年ダンジョンが複数生えてくるのよ、だいたい3つくらいだけど、多い年だと5つくらいかしら?」
「毎年…!?え、3つ…5つ!?…あの、その、危なくないのでしょうか…?」
「危なくないわよ。お祖父様と領都の騎士団が定期的に片付けてるもの」
「その、ダンジョン制覇とはそんなに簡単に出来るものなのでしょうか…?」
「よく知らないわ。でも毎年やってるのだから、そんなに難しくはないのかも」
或いは国家単位、或いは個人単位、名のある魔術師の年俸は個人としてなら他の職種の比では無い。
世界に散っていった多くの卒業生達からも寄付金が送られ続ける学院は、国の予算の様な額を動かせるだけの莫大な資本と、圧倒的な権力を有する。
「私の国では十年に1つ発生するかしないかの頻度なのですが、それでもダンジョン制覇は軍事費を捻出するのも困難として、民間に調査を任せている状態なのですが…」
「ふふふ。セイの認識で間違いはないわ。この国と特にハバートートだけが特別なのよ」
「そうなのですね。やはりエストバース王国の国力は本当に桁違いなのですね」
「そうなのね。ダンジョンなんて雑草みたいなものだと思っていたわ」
「お姉さまはもう少し実家の家業について知っておくべきですね」
そしてこの屋内訓練場の様な新たな施設を造り、更に優秀な人材の育成へと着手して行くのだ。
勿論、ここまで肥大化した要因は単に魔術師の価値が高いからというだけではないのだが、結果として正のスパイラルが完成しているのは紛れもない事実である。
「でしたら、ドルセーラ様がいらっしゃればダンジョン実習も怖くなさそうですね」
「う、それはどうかしら」
「ですが、ドルセーラ様は慣れていらっしゃるのではありませんか?」
「そんなことないわよ。私、ダンジョンなんて観たことも無いもの」
まあ、その肥大化の他の要因というのが、おそらくファナリア家のせいなのだが。
当然だが私もそれに一枚、いや、少なくとも四枚は噛んでいる。
「では、リヴィア様は…」
「リヴィアはもっと無いわよ」
「ふふ。私の所領にも近隣にもダンジョンはありませんので」
「というわけだから、ダンジョン実習はセイに期待しているわ」
「私もダンジョン経験は無いのですが、誠心誠意頑張らせて戴きます」
◇◆◇
屋内訓練場見学を終えた私達は、次の地点へと向かうバスへ乗り込んだ。
「お姉さま、冗談でセイを困らせてはいけません。それよりハバートート出身のお姉さまがダンジョンに詳しくないことをお祖母さまに知られたら、大変なことになってしまいますよ」
「う、それは困るわ。ダンジョン実習を自主休講しては駄目かしら」
「ダンジョン実習も単位が大きいみたいです」
「なら要点だけリヴィアに教えてもらえばどうにかならないかしら」
「ふふふ。お祖母さまを騙せる自信があるのでしたら止めはいたしませんよ」
「…無理ね。ダンジョンの勉強は避けられそうにないわ。仕方ないわね、後で良さそうな資料があったら貸して頂戴」
実のところドルセーラはかなり要領は良い。
それに素質は一流なので少しの努力でも結果に結び付くので、上手く誘導すれば一流の魔術師に育てられるかも知れない。
「うぅ、早く卒業したいわ…」
「お姉さま、入学してまだ二日目ですよ」
《余録》
エストバース王国は世界一多くのダンジョンのある国です。
そしてその過半数は王国中央より西方、第二首都のあるハバートートの領内に発生しています。
ここは巨大なダンジョンベルトが地下を流れており、いくら制覇しても毎年いくつも発生する危険地帯を有しています。
通常なら、国土にもよりますがダンジョンの発生自体が数年から十数年に一つというのが一般的で、国を挙げて攻略に乗り出すか、報奨金を設定して民間の冒険者を呼び込みます。
危険度が低ければ資源ダンジョンとして活用。高ければ付近一帯を封鎖か、可能なら制覇してしまいます。
但し、ハバートートだけは違います。
難易度が高かろうと低かろうと、余程の資産価値が無ければ刈り尽くします。
この時、冒険者は全面的に立入禁止です。
全てジェラルド配下の騎士団だけで素早く攻略します。
黙っていても次々発生するので、ダンジョン資源は生かさず殺さず採り続ける必要がありません。
訓練場の壁材や制御用の迷宮核もハバートートで採れた物を直送しているので、他国よりコストはずっと安いです。
ダンジョン=雑草、又は雑草刈りというのは専属の迷宮騎士団の軽口から来ています。
彼等は一年の大半をダンジョン内で過ごし、喜んでジェラルドに絶対服従しているかなりヤバい殉教者達なので、見かけても迂闊な発言は控えなければなりません。




