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1000通りの計画  作者: Terran
第七章 太陽の神子
44/99

学院オリエンテーション 1




[287]


「直接の面識はありませんが、自己紹介は必要なさそうですね。まずはあなたについてから、順番にお話しください」


 とりあえず落ち着いている様子を見せながら、順を追って話すように促す。

 私自身も何の事だか分からず少々等困惑気味なのだが、そういう素振りや隙を見せるべきではない。


「これは大変失礼致しました。私は北のエルドグレイス領を統治するエルドフラーマ公爵家のアルセリオ・ノイ・エルドフラーマです」


 国内の王侯貴族の中でも特に強い力を持った大貴族としてマークしていた三大公爵家の一つ、北方のエルドフラーマ。

 エストバース王国は王国と名乗っているが、遡れば皇国や帝国と同じく複数の小国家を統合して生まれた大国である。


「はいアルセリオさま、それでは謝罪の経緯をお聞かせください」


 建国時の詳細を記した文献は王室以外では閲覧規制があるので詳しい事は不明だが、人神領域内の大きな大戦期を経て、二つの王家が協力して周辺の小国を平定してエストバース王国が建国された。

 その際に併合された小国の王家が現在の公爵家として北方の大平原、東方の森林地帯、南方の山岳地帯、西方の迷宮地帯をそれぞれ統治している。

 つまり公爵家の領地はエストバース王国でありながらほぼ他国と言って差し支えない自治領なのだ。


「様だなんてとんでもないッ!

どうかアルスでもセリオでも豚でも、お好きなようにお呼びになって下さい」


 エストバース王国にとって公爵家は特別な意味を持つ為、他国と違い新たな公爵位を叙爵させよう物なら力関係を大きく掻き乱し、内乱の火種にすら為りかねない。

 その為、エストバース王家が新たに爵位を与えられるのは侯爵位までとなっている。

 他国では王弟が公爵家となる所を、エストバース王国では先王弟がエディンドート侯爵家、現王弟クラトスがリットアール侯爵家と、一段階下の爵位に収まっているのはそんな理由からだ。


「コホン、経緯でしたね。それではまず私の身の上から…」


 唯一の例外が建国時の二大公制度で、建国時の二大公はその後統合されたが、法律上は大公家だけは王家以外に一つだけ株分けする形で叙爵する権限を有している。


「ではアルセリオ、あまり時間は割けませんので、要点だけ簡単にお願いします」


 王家はかつて統合した際に大公の爵位を二つ有しており、その片方を先王が第二王子のジェラルドに継がせたのがファナリア大公家の起こりなのだ。

 統合以来、一度も使われなかった制度だが、現在のファナリア家の力を見れば納得の理由である。


「あ、はい。私には弟と妹がおりまして、いずれエルドフラーマの家督を継ぐのは弟なのですが、領地の問題で留守にする事が多いのです」


 建国時の二大公とは、政治を司るエストバース大公家と魔導を司るクリムワイエ大公家の二つ。

 ジェラルドは新たなる魔導大公の座に着き、同時に長らく権威の失われていた人神領域魔術協会のトップとなり、本部をハバートート領内に誘致した。

 裁量権を支部に分散していたからこそのバランスだった協会の影響力は権限を集中させた事で、もはや一国家では口を挟めない程の権力を有してしまう。


「言い訳になってしまいますが緊急の公務が重なりまして、それで昨年のリヴィア姫様と姉君であるドルセーラ様のパーティーへの参加に間に合わす事が出来なかったのです」


 因みに、中央部と巨大穀倉地帯はエストバース王家が、西方の港湾都市から長く広がるダンジョン多発地帯はファナリア大公家が統治している。

 西方を除いた北東南の三方は陸続きの他国の国境に面しており、有事の際には国の守りとして率先して応戦する義務がある。

 とはいえ国家間の戦争はもう過去の話で、現在は国境の魔物退治や不法入国対応が主となる。


「そのことでしたら気にしていませんわ。エルドグレイスから王都への道程が険しいことは姉も私も承知していますし、報せは届いておりましたから」


 戦争が無いなら楽な仕事かと言われれば否だ。

 魔物退治はまだいい、だがネットも長距離通信も無い世界で出入国審査やら、不法入国に対する隣国への交渉を担当する事は非常に大きな負担である。

 結果として三方の要である公爵家は戦争が無かろうとも中央王都へは年に一二回程度しか訪れる事は出来ず、逆に隣国への対応は公務としてなるべく伺わなければならない。


「いえ、それでもです。

聞けば他の東と南の公爵家からも誰一人参加していなかったと言うではありませんか、これは由々しき事態です。その様なことになるなら何をおいても、せめて我がエルドフラーマから弟が無理なら代わりに私が参じるべきだったのです。現にルビリア様とトフィアス様は旅先からどうにか都合を付けて参られたというではありませんか」


 移動問題は世界の進歩を停滞させている要因の一つである。

 高位の貴族家なら魔導具と強化により通常の馬車の三倍速で移動できる早馬車や走竜車を使うが、残念ながら電車や自動車のような速度は出せない。

 広大な王国の国土を考えれば国の端にある公爵領からだと事故が無くても通常の移動手段では月単位、高級移動手段でも十日はかかる。

 出来れば転移魔法を付加した門でも各地に設置してやりたいが、それはまだ手順を踏まなければこの世界には早過ぎると判断している。

 もう少し世界を加速させたいのだが、思うように進まず梃子摺っているのだ。


「ルビリアさまのは真似できるものではありませんから、比べてしまうのは酷というものでしょう」


 なお、西方海域は崩壊した海神領域から溢れた魔物の脅威がある事から、王国最大戦力である魔導騎士団とファナリア大公家が防衛を任されている。

 それ程までに元海神領域に棲まう巨大な海獣や海洋魔物群は脅威なのだ。


「いいえ、これは心持ちの問題です。王家の方々に足労させておいて我々がそれに続けないというのはあまりにも不義理というもの。出来る出来ないではなく、馳せ参じられなかった全ての公爵家に代わって謝罪する事をどうかお赦し戴けないでしょうか」


 ジェラルドと年に数回しか会えないのも、公務以外に年の半分を西方公爵領の滞在期間に充てなければならないのが大きな理由である。

 人神領域で最も海神領域に近い絶対防衛海岸線を張っているレアルヴィスタと隣接ハバートート領に魔術協会本部があるのも、魔導大公の権限が大きいのも、人類圏を守る盾であればこそだ。


「分かりました。ですが謝罪は受け入れません」


 しかし、何時までこのやり取りは続くのだろうか。

 正直な話、お披露目会を公爵家が誰も来れないタイミングで開いたのはジェラルドの画策である事を私は知っている。

 確かにドルセーラの誕生日に合わせて開いたお披露目会ではあるのだが、天空人関連の公務と時期を被らせたりせず、日程をずらす事は出来た筈なのだ。

 謝罪される必要は無いというより、これでファナリア家から謝罪を要求したり難癖を付けたらただの言い掛かりになる。


「…ッ、当然ですよね。家督を継がぬ私ごときの謝罪で赦して戴けるとは虫の良い話だとは重々理解しております。王位継承権を持つお方のお披露目会に公爵家の者が誰一人参加しないなど、不敬以外の何物でもありません…ッ」


 それに開催の三週間前に招待状を出したとして、到着まで数日、それで移動込みで間に合わせて参加出来るのは近隣に暮らす貴族家が精々。

 距離や地形まで考慮すれば受け取った即日に出発してもギリギリ。ましてや当主は別の公務で出張中とあれば連絡を取り合う時間すら取れない。

 無茶振りも甚だしい。


「いいえ、本来ならば成人の儀を迎えてからするはずの催しを入学年齢の都合で勝手に前倒しにしたのはこちらです。参加できなくても何も責任を感じる必要などありませんわ。

それでもどうしてもと仰るのでしたら、改めて成人の儀を終えてから別の形でパーティーを開きますので、どうかその際には参加して戴けることをお約束ください。私にはそのほうが謝罪より嬉しいですもの」


 断っても食い下がりそうな手合いには目先を変えさせるに限る。

 汚名を気にするなら、逆に名誉挽回の機会を与えれば良い。

 立場は異なるが同世代の公爵家同士、仲良くするのもやぶさかではない。


「ああぁ、そうですね、その通りです。押し付けがましい真似をして申し訳ありません。その際には必ずや参じる事を今ここで誓わせて戴きます!」


 今度は祈りの姿勢になっている。

 真面目なのは結構だが、何だか面倒くさい性格である。

 ま、いっか。


「セイもゼオナも、もし都合が宜しければぜひご参加ください」


 アルセリオの勢いに押されて置いてけぼりの二人にもフォローを入れておく。

 在学中に成人を迎えるのだから再度お披露目会らしきものを開いて同級生を招待するのは問題あるまい。


「はい、リヴィア様。光栄です」

「有難う御座います。その、リヴィア様は未だ成人の儀の前だったのですね」


 ああ、そうか。

 そう言えば年齢については一切触れていなかった。

 魔術学院は普通は15歳以上で入学するものだ。人前に出なかった私は名前こそ知られていても細かな年齢までは認識されていないのだろう。

 貴族の子女はただでさえ数が多い、全員の把握は大変な労力である。

 学院へ入る前に彼等がチェックしていたのは親戚を除けば同い年±1くらいまでだと見る。


「はい。成人の儀は二年後の夏になるので、まだまだ先の話ですね」


 その言葉にその場に居た三人と、新たに教室に入って来ていた生徒が絶句していた。

 これは、私が老けて見えていたという事だろうか、それとも純粋に最低年齢で入学した事に対する驚きという事だろうか。

 全員からの食い入る様な視線を感じる。

 そんなに意外なのだろうか。

 逆に小柄だから年齢がもっと下に見られていたという可能性も有るのか。座ってると更にコンパクトに観えるとか。

 いやいや、12歳からしか入学は出来ないのだからそれは無いな。それに確かに成長は著しく遅いが身長は年齢相応である。

 となると最低年齢入学が非常に珍しいのだろう。

 実際ここ数年の新入生で私とアルト以外に12歳の者は居なかった。

 何にしても、とりあえず全員と自己紹介をしておかなくては。




[288]

 流石は貴族科Aクラスである。

 前日の入学式後ある程度クラス内での顔合わせは済んでいたのだろう。

 早朝に顔合わせを済ませた三人以降は、早めに登校した者の中で序列の高い子女を優先して挨拶の順番を回している。

 勿論全員という訳では無いが、厳しい貴族教育で振る舞い方を学んでいたようだ。


「ヘクトール・フォン・オルトバランと申します。リヴィアゼア姫、かの【剣の女神】様のご息女と同じクラスになれたことを光栄に思います」


 大柄で肩幅が広くガタイの良い帝国貴族。

 外見は15歳に見えないが霊魂は嘘を付けない。間違いなく齢15である。

 武人然とした姿に反して礼儀作法は堂に入ったものを感じさせる、おそらくかなり高位の貴族なのだろう。


「ヘクトル、いつまでそこに立ってますの!

私こそは帝国でその名を轟かすラインシュヴェルト工房のアリーゼ・フォン・ラインシュヴェルトその人ですわー!

さあリヴィアゼア、私と同じクラスになれた幸福を噛み締めて頂いて結構ですのよ!」


 ゴージャスな髪飾りを着けた絵に描いた様な金髪縦ロールが現れた。

 ラインシュヴェルト工房の名前は知っている。

 確かにその名はエストバース王国にも轟いているので誇張ではない。

 確か優秀な土精族(ドワーフ)の職人を多く雇っているベルノス帝国きっての鍛冶工房の名前である。

 同時に大富豪の大子爵家としても有名だ。


 結局、あの後からホームルームが始まるまでに挨拶出来たのは帝国のアクの強い二人組だけだった。

 ほぼ同時に登校してきた二人だが、同郷同士でヘクトルが先に挨拶して来たという事は、おそらく序列はヘクトルの方が上位なのだろう。

 アリーゼは典型的なお嬢様な雰囲気だが、悪意も警戒心もこれっぽっちも感じない。

 素直なのだろうと推察する。

 あと制服姿でも隠しきれない程のゴージャスなボディラインをしている。どうやら帝国勢は発育が良いらしい。


 威厳を示すには見目の立派さは有利に働く。

 その点この二人は実に帝国貴族ウケの良い押し出しだ。


 室内授業についてのガイダンスを受けながら、他国の生徒との交流について考える。



◇◆◇



 エストバース王国人は、美や教養や魔力、見た目の綺麗さや神秘的な美しさを重視する。

 アルセンダルク皇国人は、清廉さや肩書き、見た目の主張の抑えめで型に嵌まった調和を重視する。

 ベルノス帝国人は、精力さや価値、見た目の大きさに立派さやインパクトを重視する。


 国柄によって何処を注視するのか、それに合わせて見栄の張り方も変わってくる。

 その辺りは私も学院へ入学する前から勉強していたので身分に相応しい装いとなる様に気を配っている部分でもある。

 王国の身分の高い娘ならば美しいという賛辞は単純に美を讃えるだけの言葉に非ず、王国の貴婦人に相応しい姿だ、という意味を含んでいる。

 つまり私が誰にでも美しいと称賛されるのは、概ねファナリア家の威光とそれ相応の装いをしていて、ちゃんと大貴族の娘として見えていますよ、という確認に近い形式的な言葉なのだ。

 美しさと教養の混在を尊重するエストバース王国ならではの挨拶の一種であり、美人だと思われているなどと安易に受け取ってはならない。


 【洗礼の儀】や【恩寵の儀】といった王都へ行く用事がある度に美しさを讃えられている内に、そういう事なのだと否が応にも気付かされた。

 エストバース人は人種として人間族の価値観でいう美男美女ばかりなので、王国の女性なら誰でも言われている事であり挨拶みたいなものなのだ。

 そうした国柄を心得ている者ならば問題ないのだが、旅行者が文化の違いを知らぬまま盛大な勘違いをして、大いに拗れて果ては刃傷沙汰にまで発展する事件もあるので注意が必要である。


 確かに私ことリヴィアは見目は大変整っているとは思うが、どんなに綺麗だろうと大公家という身分を超える物ではないだろう。

 ましてや神子の娘という肩書きは輪を掛けて称賛の言葉を無理くり引き出すのに一役買っている。

 故にどんなに称賛されようと世辞や挨拶であると捉えられるだけの耐性はしっかりと付いている。

 むしろ言われなくなった時にこそ危機感を感じるべき案件なのだ。

 それは王国女性として恥ずべき行いをしていたり、相応しくない装いをしているという警告であるからだ。

 一人の王国女性として、美しいと言われる事は平常運転であり、言われなくなる事は危険信号なのだと留意しておかねばならない。


 そもそもリヴィアは綺麗だが、私の基準で言えば真の美しさにおいてはフィアナ先生には遠く及ばないのである。

 やはり生物として人が美しさを感じるのはもっと原始的で根源的な美、すなわち健康美や土台となる骨格の美しさに他ならない。

 例えば私のこの色味を抜いた肌は美白と言えば聞こえは良いが、それは女性の幻想が生み出した健康とは無縁の綺麗さであり、汚れ無き象徴を偶像化し過ぎた洗練された偏見であり、実用性を欠いており、真の美とは別次元の概念なのだ。

 見方を変えれば病的な程の白さは不健康そうで不気味なもやし肌である。

 そう感じられない者は周囲の価値観による暗示や長年の洗脳により原始的で本能的な感性を殺されていると言えよう。

 生物としての根底にある正しさを、正しいと認識出来ない歪み切った異常な感性へと改造されているのだ。


 しかしその反面、ある種の洗練された価値感とも言えるだろう。

 無価値な物に価値を見出すのは、文化水準の高い証明でもあるからだ。

 それがまかり通るのだからエストバース王国の文化水準は他国と比べても高いのだろう。

 流石は文化と芸術の神アセラの加護を受けた民族である。

 まあ、その事実を知る者は王国でどれ程残っているのかは定かではないが。


 何にしても他の誰でもない、私自身が自分のこの白い肌を気持ちが悪いと思っている。

 エストバース王国の姫として理想的な美姫のイメージを損なわない様にと我慢しているが、時折無性に掻き毟りたくなる衝動に駆られる。

 私ではなくリヴィアがそう感じているのだろう。

 本当の私の肌はこんな色ではない、不自然でとても気持ちが悪い、と。リヴィアもお年頃なのかも知れない。

 いずれ爆発してしまうのではないかと、年々増加する本来のリヴィアの心と身体の解離性を危惧するばかりである。


 みしりと音を立てて、眼鏡にヒビが入る。


 すぐに別の眼鏡を魔導椅子の手すりから取り出して取り替える。

 感情が昂ぶるとすぐに割れてしまう。まだまだ改良の余地がありそうだ。

 おそらく念力の暴走辺りか、感情担当のリヴィアを私が宥めて制御する。

 扱いの面では非効率的だが、これでいい。




[289]

 午後からは学院案内を兼ねたオリエンテーションである。

 昨日は入学式の後は学院のシステムについての講義があったそうだが、私は既に熟知しているので休んでいても問題は無い。

 オリエンテーションでは敷地内を実際に移動し各施設を巡って上級生の授業の様子を見て回る。

 椅子のまま他の生徒達と敷地内を移動するというこれからの生活を考えれば、なるべく早い内に他の生徒に周知して貰う意味でも踏んでおくべき行程である。

 同じクラスの面々の反応は、私が椅子のまま移動するのを見て大変驚いていたが。

 まあ、暫くすれば慣れるだろう。

 人は慣れる動物だ。



◇◆◇



 校舎の外。オリエンテーション開始前。


 ドルセーラは近寄るな話し掛けるなオーラを出しつつ、注目を自分から逸らす為に澄まし顔で私の傍に陣取っている。

 確かに注目は私へ流れるが、三年間気配を殺しながら学院生活を送るつもりなのだろうか。

 実に心配である。


「皆さんいいですか。オリエンテーションはグループ単位で周っていきますので、これから3人から5人一組のグループを作って下さい」


 貴族科一回生Aクラスを引率する教師サリアの指示でオリエンテーションを共に巡るグループを作る事となった。

 即座にドルセーラから目配せ。


〈マカセル〉


 いや、入学式にすら参加していない私にメンバー集めが可能だと本気で思っているのだろうか。

 私こそ任せたいのだが。


〈ムリデス〉


 アイコンタクトで返す。

 因みにこれは唇と目の動きを使う無音会話術で、ファナリア家の子女と専属従者は必修である。

 元は王国の暗部で使っていた技術らしい。


〈リヴィア ナラ ダイジョウブ〉


 もう普通に喋れば良くないかなこれ。


「リヴィア様、ドルセーラ様。私もご一緒しても宜しいでしょうか」


 なんとセイが軽く会釈して、仲間になりたそうにこちらを見ている。

 先ほどまで周りには誰も居なかった筈だが、いつの間にかすぐ傍まで来ていた。


〈ホラ〉


 ほら、じゃないぞドルセーラよ。

 そちらからも一人くらい何とかして欲しい。


「ええ、歓迎します。ドルセーラお姉さま、こちらはセイ。今朝一番に友人になりました」

「セイ・コリューです。ドルセーラ様、どうぞ宜しくお願い致します」


 貴族科Aクラスは20名、均等に4人ずつなら5グループになる訳だが、本日は19名しか居ないので3人グループが一つ出来る。


「ドルセーラ・リ・ファナリアよ。とても綺麗な黒髪ね、エストバースでは珍しいから気になっていたのよ」


 面倒がる割に話が振られるとスッと淑女の仮面を被って対応出来るから侮れない。

 私とドルセーラとセイ、最低人数だがひとまず良しとしておこう。

 しかし本来なら入学式に出なかった私に、ドルセーラから級友を紹介されるべき場面である。

 多くを求めたりはしないので、せめて始まって間もない内はもう少しクラスに溶け込む努力をするようにと促したい。


「時間は今から五時間、配った地図に書かれた印の場所を全て周ったら再びここへ集合して下さい。途中で食事等は摂ってもらっていいですが、くれぐれも地図の枠線から外に出ない様に」


 グループ分けは私達を除くと男女混合が一つに、男子のみ二つ、女子のみが一つ。

 まだ仲の良いグループが作られる前だからか、同性同士で組もうとするのは自然な流れなのだろう。

 他にもこちらを意識している雰囲気や視線は感じたものの、率先して話し掛けるのはハードルが高かった模様。

 私が少々特殊なのは承知しているが、ドルセーラが話し掛けられやすい状態を作ろうとしないのも問題である。


「3人で別々の印の地点を周ったらすぐに終わらせられないかしら」

「お姉さま、それではグループを作った意味がなくなってしまうわ」


 あまりドルセーラとべったりだとセシリアとミルミアナのように完結した空気が完成してしまい、他者の入り込む余地を失いかねない。

 私が何とかしなければならないのだろうか。

 だが他者の感情を情報や知識としてしか認識していない私は大人相手ならともかく、挨拶以外での年相応なコミュニケーションは大変苦手である。

 普段から人々の営みを遠隔で観察はしているが、それは自分自身の生の経験ではないのだ。

 それではドラマやアニメで観て学んだ知識で生の交流が出来ると勘違いするのと何ら変わらない。

 おそらく、セイとの出会いのシーンではそれをやらかしているが、あれは他に誰もいないシチュエーションだから成功したに過ぎない。


「時間まで待ってから、戻ってきたグループに3人が別々に入れてもらったら達成にならないかしら」

「お姉さま、三年間活動しない言い訳を考え続けるのは大変ですよ」


 残念ながらリヴィアは私よりもっと酷い。

 ジェラルドと同じく家族と知り合いの間が無いタイプで、愛情を注ぐ対象かそうでないかのほぼ二択なのだ。

 野良の情に流されないので責任ある仕事を任せる上では優秀なのだが、心を開かず相手に踏み込ませない取っ付きにくく気難しい性格である。

 つまり、友人を作るのは大変な難易度となる。


「リヴィア様、ドルセーラ様。もし人混みが苦手なのでしたら一番遠い地点から周るのはいかがでしょうか。近いところを最後にすれば人も少なくなっているはずです」

「セイ、それはいい案ですね。お姉さま、人混みを避ければ案外早く終わるかもしれませんよ」


 セイにしても厳密には友人というよりほぼシンパである。

 私に友人作りは難しい。

 友人を作る具体的な方法を提示して貰えれば完璧にやり遂げる道筋を導き出す事も可能だろうが、ハウツー本にしてもそもそも心の機微や寄り添うという感情が知識オンリーであり、共感を抱けず感じ取れないのだからどうしようもない。

 まあ、解らないなら解らないなりの対応方法もあるのだが、ある程度データを集めてパターン化するまで待って欲しい。


「それでいいわ。私も浮遊魔術覚えようかしら」

「浮遊魔術を維持するには魔力だけでなく高い集中力も要すると聞いております。リヴィア様は素晴らしい魔力制御技術をお持ちなのですね」

「ふふ。これは椅子の浮遊術式を使っているので、私が操作しているのは移動だけなのですよ」


 完璧な選択肢を選ぶのが友情なのだとしたら、悪意を持って人類を騙すプログラムをされたロボットこそが友情に最も親しい存在となるだろう。

 それこそが最も正しい友情の在り方だと断言して貰えるのならば、私も自信を持っていくらでも友情を謳って見せよう。

 だが、現実はそんなに簡単ではないらしいのだ。


「うわ、それって魔導具の術式に干渉しないように操作してるってことよね。それ一回生のやれる技術じゃないわよ。やっぱり浮遊は諦めるわ」

「あら、お姉さまならその気になればひと月もかからずに習得できますよ」

「…なら無理ね。その気にならないもの」


 共感し心を通じ合わせるのが友情の第一段階だと言うのなら、私には(リヴィア)としか友情は育めないという事になる。

 こうして直に心を直結させられなければ実感が得られないのだから、他者と心を通じ合わせるのなんて到底不可能だろう。


「リヴィア様、私でも浮遊魔術を覚えられるでしょうか」

「ええ、風と無の初級魔術が扱えるなら、魔導具で補助をつけて練習すればできるようになりますよ」


 私にとって心のリンクとは100か0かの二択。

 もっと言えば1か0の二極。オンかオフしか無いのだ。

 リヴィアはオン、他はオフである。

 そう考えると必然的に逆の説が生まれてくる。


「でしたらどうか浮遊魔術の手ほどきをお願いできないでしょうか。

私、昔から空を飛ぶのが夢で、その、いずれ授業で習うかもしれませんが、早くから習って上達したいのです」


 私とリヴィアは一体化しており心がリンクしているのは前提として、他の者は果たして本当に心はリンクしあっているのだろうか。

 そもそも、共感の本当の意味を現実に経験しているのが私達だけなのだとしたら、他の者はリンクが常にオフなのでは無かろうか。


「セイって思ってたより積極的なのね」

「お姉さまも一緒に習得してはいかがでしょうか。遠征の授業もありますし、泥や川を越えられるのはきっと重宝しますよ」


 そもそもオンとオフに間なんて無いのだ。繋がっているか繋がっていないか、だけだ。

 だとすれば私達だけがリンクしており、他の者はリンクしていないという事になる。

 リンク出来ないから共感等という曖昧な表現を使わざるを得ず、他者の心が理解出来ないからこそ友情等という抽象的で不確かな感覚を、さも有るかの様に語っているだけなのでは無かろうか。


「う、泥とか川を歩いて渡るのは嫌ね。遠征休もうかしら…」

「お姉さま、遠征の評価は大きいので、取らないなら他の授業を多く頑張る必要が出てきますよ」


 例えば、全知全能な者は空想をしない。

 無知だからこそ空想という能力を伸ばすのだ。

 私とリヴィアは完全にリンクしているからこそ中途半端かつ抽象的で曖昧な友情関係を理解する必要性が無かった。

 極端かも知れないが、それは全知全能の者が空想をしないのと同じ理屈であり、その機能を育む必要性が無かったのだ。


「分かったわ、私の負けよ。でもやるからにはひと月きっかりでお願いするわ。これでもリヴィアが浮遊で学院生活するって聞いてた時から有用性は考えていたのよ。それに浮遊で出来ることを他の術式で補おうとしたらずっと面倒そうだものね」

「ドルセーラ様、一緒に頑張りましょう。リヴィア様、感謝致します。どうぞご指南お願いします」

「ふふふ。お姉さまをその気にさせるきっかけをいただいて、私こそ感謝いたします」


 逆に心が理解出来ない者達は空想により、あたかもそこに友情という概念が有るかの如く振る舞い、不完全な機能を補完しているのだろう。

 この仮定は的を射ている気がする。

 つまり私に他者との共感や友情を育むのはおそらく大変に非合理なのだ。


「ではリヴィア様、訓練はいつ頃致しましょうか」

「それだけどリヴィア、私休日返上は絶対嫌よ、夜遅くなるのも困るわ」


 それこそ私とリヴィアが分かれでもしない限りは、オンとオフのブランクを空想する余地が生まれる事が無いのだから。

 ならば逆に、世界中の全人類の精神を混ぜ合わせて一つの存在に成れば、きっと私達の様にオンかオフしか無いのだという事を理解出来るのでは無かろうか。


「リヴィア様は早朝と放課後でしたら、どちらがご都合宜しいでしょうか?」

「私はどちらでも大丈夫ですので、平日の早朝に一時間ずつの訓練にしましょう」


 この事実を一々説明して回るより、何だかその方が手っ取り早い気がした。

 所謂、個を失えば争いが無くなる理論と同じ極論である。

 個が無ければ友情も必要あるまい。

 時間が有る時に世界中の人々を全にして一の存在にする魔法の理論でも構築してみようか。

 それはそれで興味深い。


「リヴィア、それって毎日やるのかしら」

「ええ、短期集中を希望されたのはお姉さまです。ひと月で習得するなら毎日、魔力に余裕のある早朝に訓練するのが一番でしょう」

「うう、やっぱりやめておけば良かったわ…」






《余録》


エストバース人は美しい外見の人が多いです。

それはミックスに美男美女が多い理論が関係しています。


この世界での前提として、神子は混血からしか産まれないという条件から異なる血を入れる切っ掛けとなり、他国でも貴族家の子女はミックスがちらほらと見られ、整った容姿の子供を産まれやすくしている要因となっています。


他の世界(地球含む)では王侯貴族は同族同士の近親婚が多くなり、他所から血を入れないと容姿は美から離れていくのが自然です。

少なくとも、エリュダイトにおいては根拠があって王侯貴族に美男美女が多い設定となっています。


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