貴族科Aクラス
[284]
前世の自分の顔も名前も思い出せないが、普段はほとんどが白衣姿だった事は憶えている。
白金寮第六邸ことファナリア寮の自室へ戻った私は大鏡の前で白衣姿を確認していた。
残念ながら成人男性用のサイズしか無いらしくブカブカだが、そんな事は些細な問題である。
これを着ないだなんてとんでもない。
髪を結い上げて、眼鏡をかけて、白衣を羽織る。
前を閉じるとお腹や腰がいかにもがらんどうで収まりが悪いので、ボタンは留めず大きく開けておく。
ふむ、何だか思ってたより不格好、明らかにサイズが合っていない。
このままではただ白いだけの野暮ったい外套みたいではないか。
研究会のメンバーはお世辞を言っていたが当てにならない。私としてはもっとこう、シュッとした感じに馴染ませたいのだ。
後で使用人に言って主に腹回りを上手いこと詰めて貰わなくてはなるまい。
リヴィアは細っこいので肩袖腰回りは変でない程度に調整して貰う。成長すれば多少はマシになる、予定だ。
学院の制服は全校生徒共通でデザインの変更は認められていないが、研究会に所属する生徒はそれと判る様に統一した小物を身に着ける事を許可されている。
例えばある研究会では、ロゴの入った帽子であったり、スカーフ、手袋、リボン、肩掛けチェーン、ワッペン、バックル、指輪、外套、剣帯、腕章、と実に様々である。
中には小物のデザインで注目を集めて会員を増やす手段に用いる研究会もあるくらいだ。
これらの小物は登録制となっており、他の研究会で登録済の小物と似たデザインでは登録出来ない仕組みとなっている。
そして新能研がこの無地の白衣。
つまり白衣を着れる研究会は新能研だけという事になるのだ。
一回生の内は色々な研究会の同行を探りつつ、出欠席の緩い所をいくつかキープして、その中から最終的に決めようかとも考えていたのだが、白衣が着れない研究会になど価…、未練は無い。
主な勧誘のターゲットは二回生、五月末までは猶予があるとは言え、どの研究会も質の向上や存続の為に熾烈な勧誘と引き抜き合戦をしているのだろう。
ここで評価を得られれば、学院生なら成績に反映され、顧問も魔術協会から実績として認められる。
四月中は一回生に対する研究会への勧誘活動は禁じられており、入学式を終えた一回生達は各々のクラスで初顔合わせをしている。
本来ならば私もその輪に入らなければならないのだが、今日の主役は他の者に譲るつもりである。
私は出遅れるくらいで丁度いい。
それに、頼れないとあればドルセーラも多少は自力でも動こうとするだろう。
今頃は学院の授業システムやカリキュラム、履修方法や必修科目等についてレクチャーされている筈である。
オリエンテーションは明日らしいが、クラス内での序列決めといった揉め事は本日中にでもある程度は済ませておいて貰いたい。
貴族科に入る生徒達は皆貴族の子女であり、漏れ無く身分という物が付いて回る。
揉め事と表現したが、貴族のそれは身分差の確認による牽制合戦であり、顔合わせの時点で序列を明確にする事を第一に考える様に教育されている。
他の科には平民の生徒も混じっているが、こと貴族科に関して言えば貴族率100%である。
つまり貴族科だけは平民に配慮する必要もなく、社交も牽制も政治も当たり前にまかり通る。
勿論、学院内では身分を笠に着た悪質な恣意的行為を禁止しているし、外の上下関係を持ち出すのも加減を誤れば罰則も有り得る。
が、それは学院内だけのローカルルールであり、卒業後には身分社会で生きていかなければならない。
表向きのルールは尊重されるべきではあるが、貴族の子女としての自覚や駆け引きの経験というものは求められているのだ。
つまり校則は校則、貴族の作法は作法、校則に違反しなければ罰せられる事は無いが、作法に則れない者は周りから軽く見られてしまう。
要するに、他の科なら校則重視でも構わないだろうが、貴族科と従士科だけは一部外のルールは適用されるのである。
これを理解していない子女は残念ながら浮いた存在となるだろう。
それが厭だと言うのならば貴族科になど入らずに学術、武術、魔術科に入れば良い。
貴族の子女として貴族科に入った以上は、外のルールと学院のルールの両立は当然の義務であり、領民の血税で学院へ入学した者として拒否は赦されない。
あくまでも一部外のルールが適用されるだけで公的な社交場の様な厳格さは求められている訳では無いのだ。
例えば身分の下の者から上の者を呼び止めてはならない、という貴族ルールは現在では割と古臭い風習として多少の家格違いなら外でもあまり厳格に守られていないが、学院内でも当然だが適用外である。
そんなルールを適用したら授業どころでは無くなるからだ。
斯くいう私は、本当に最低限の貴族社会のルールしか教わらずに田舎領で監禁同然の生活を送っていた訳だが、領民の血税で育てられたという自覚は持っているつもりだ。
我がリンデノート領内で少なくとも過去十年の間、魔物は一体も発見されていないのは私の努力による成果である。
人知れずだが、一人分以上の貴族の務めと義務は十分果たしている。
貴族科のクラスはA.B.C.Dの4つ、入学時の成績順で分けられている。
他の科と比べると貴族科の総合成績の平均値は低いが、Aクラスだけは他の科のトップクラスと遜色ない成績でB以下とは別格の扱いである。
彼等は実力的にも他の科で上位に入る素質はあるものの、将来的に家督を継ぐなり領地を経営する必要がある為に貴族科を選んだ者達だ。
婚活やコネや顔繋ぎだけを目的とした者も居るには居るが少なく、全体としては下位クラスの子女とは目的意識に明確な違いがある。
中には家の方針として無理矢理入れられた者も居るが、それでAクラスに入れるならモチベーションは低かろうと才能発掘を目的とした学院側の理念には反しない。
主に我が姉ドルセーラの事だが。
あのやる気の無さに反して、おそらく姉兄の中で最も優秀な人物である。
当然ながら学院長である祖母監修の下で受験させられた事で手を抜けず、まんまと貴族科Aクラスへと入れられた。
私の見立てでは、才能だけなら次期宮廷魔術師長になる父ライドラスと同レベルである。
のだが、研鑽を積んでいないので才能は開花していない。
卒業後は王都から遠くにあるそこそこ繁盛している婚約者の領地へと嫁いで、さっさと人生の和了を決め込むつもりらしい。
才能もギフトも知性も魔力すらも持ち合わせているドルセーラが魔導大公の座を引き継ぐのが最も国益に繋がるとは思うのだが、本人は才能を溝に捨てて長い余生をスローライフで過ごす事を望んでいる。
私としては、もしもの時の為にある程度の研鑽は積ませておいて、必要とならなければ希望通りに、万が一の場合は国の為に力を尽くして貰える様に下拵えだけはしておきたい。
おそらく本気になれば賢者の座だって狙えるだろう。
おっとイカンな、才能を溝に捨てる権利を有しているのは本人だけだ。
何者にも、向いているからと言って本人が望まない事を強要させる権利は無い。
それにドルセーラのやろうとしている事も少し勿体ないというだけで損益ではない。
王家の権威が届き難い遠方の有力貴族家へ王族の縁者が嫁ぐ事も、十分に貴族の義務を果たしていると言えよう。
しかし、大公家と王国の益を優先した考え方をしてしまうとは、これではルビリアの事をとやかく言えないではないか。
損得勘定に関しては私の思想の影響が大きいだろう。
何だかんだ言いながら十年以上も続けていれば多少は貴族らしくもなってくるものだな。
[285]
翌日、朝早くに私は登校した。
昨日の内に早朝の練習場の使用許可を取っておいたので一緒に登校したヒルデとアルトにはそこを使って貰っている。
ヒルデは英雄科入りの実感と共にやる気が漲っていたし、アルトは人目の無い時間帯でないと思い切り力を出す事が出来ない事から、早朝訓練は都合が良いのだ。
私はと言うと、朝一番に貴族科Aクラスの教室へ向かい、まだ誰も居ない広々とした室内を浮遊した魔導椅子のまま移動して、窓の一つをスペルカードで開け放ち、教室の外を眺める。
そのままただ静かに窓際で風に撫でられ、朝の陽射しに目を細めて、ゆったりとした時を過ごしていた。
そう、太陽光からの神力充填中である。
なるべく自然に、人目を引かない様に補給するには窓際で静かにしているのが良いだろう。
まさかに屋上やテラスで昼寝をする訳にも行かないので、多少効率は落ちようとも窓から差し込む陽射しを浴びる程度ならば、令嬢のイメージを傷付ける事なく選択可能な太陽光発電として許容出来る最大限の努力では無かろうか。
深夜の秘密訓練の為にも、毎日の神力補充は欠かす事の出来ない作業なのだ。
ならば外出の多い研究会に所属すれば良いという考え方もあるかも知れないが、そういうアクティブな研究会は私のイメージとはそぐわないし、いくら日光を浴びても一向に日焼けしない真っ白な肌の違和感も残るだろう。
まあ、肌の白さは神力補充に太陽光を浴びなければならない事を知ってから、日焼け対策に魔力と氣を混合で纏って有害な光線を弾いているからで、生まれながらの本来の色素としてはむしろ色味はやや強かった筈である。
人間族の貴族の女性にとって肌の白さはステイタスらしいので、地の色味が無くなる程に白い肌となっても誰も変に思わないのは私にとっては好都合であった。
この生っ白さのお陰で病弱のイメージからは脱却出来ないが、そんな事は些細な問題だ。
実際には病気とは無縁なのだが、一度付いたイメージという物は中々に手強い。
今更健康的な日焼けをする気も無いので周囲には好きに思わせておこう。
何ならこのUVカット術式(仮)も協会に登録してみようか、いや日焼け止め魔術具辺りが妥当だろうか。
こういった物は商品化されているだろうが、既製品より効果の高い高級品を存在だけさせておけば、それを使っているという言い訳に使えそうだ。
よし、早速開発するとしよう。
「失礼致します」
どうやら早起きな生徒が登校してきたようだ。
教室の扉を開ける前に一言入れてからとは、この国では従者でもない高貴な身分の者がする事ではない。
となると異国の子女か。
「……っ。お初にお目に掛かります。セイ・コリューと申します」
入ってきた女生徒は一瞬驚いていた様だが、すぐに目を伏せて近付き挨拶をしてきた。
黒髪黒目、切り揃えられた髪、落ち着いた口調、柔らかな物腰、ブレない背筋、丁寧なお辞儀。
何だか懐かしさを感じる。
「こちらこそ初めましてセイさま。リヴィアゼア・エル・ファナリアです。
ふふ。丁寧なご挨拶、痛み入りますわ」
黒髪清楚撫子オーラに対抗して、朝の陽射しとそよ風でブーストした深窓の令嬢オーラで迎え撃つ。
こちとら年中無休で360°全角度に対応した完璧な仕草と姿勢を意識し続けているのだ。
礼節の国の姫相手でも負ける道理は、無い。
「は、はい…っ。
リヴィアゼア姫様、その、昨日はお見えになりませんでしたが、体調はもう宜しいのでしょうか」
発汗、動悸、脈拍、瞳孔、霊魂の揺らぎからも目に見えて動揺している。
確かに令嬢オーラは出していたが、そこに具体的な圧力は無い。
ということは気付かない内に何かしてしまったのだろうか。
体内魔力はそもそも私は使わないので感知にすら引っ掛からないし、大気中の魔力制御はずっと掌握したままで、ここひと月の間は切れ目すら無い。
つまり魔力関係で違和感を持たれる可能性は皆無。
他の要素となると、氣は落ち着いて波紋一つ立てていない水面のように静か。
霊力は分霊を各所に憑依配置しているがほぼ監視カメラ扱いでずっと動きは無く、念力の類は現在は完全にオフにしているし、神氣はそもそも私でも素で見分けるのが困難な要素。
あと領域展開はまだ開発中で今は行っていない。
となると別の要因だろうか、魔導椅子に座っているがそれは遠目からでも確認していた筈で、服装は制服なのだからおかしな所は無い。
白衣も研究会以外ではまだ着るつもりもない。おっと眼鏡は掛け忘れていたので一応掛けておこう。
プロシアとの約束で学院内では魔眼や精神魔術や呪術対策に普段から掛けておく様に言われている。
「お気遣いありがとうございます。お恥ずかしい話なのですが人混みに慣れていなくて、セイさまや学友となる皆さまにもご心配をおかけしてしまい申し訳ありませんわ」
余計な心配を掛けたことには多少の負い目こそあるものの、入学式を勝手な都合で休んだ事そのものについては全く悪いとは思っていない者の模範解答。
人混みに慣れていないのは本当なので嘘は言っていない。
「そんな、姫殿下が私などにそんなに畏まらないで下さい。それに私のことはセイと呼び捨てで構いませんわ」
この娘は名簿では地神領域から来たとあるが、観た所人間族である。
纏っている要素から観ても、やんごとない産まれなのは間違いないが、この腰の低さは異国だからという以上に本人の気質による物だと感じさせる。
文献で見た事も人伝に聞いた事も無い様なマイナー国からわざわざこの魔術学院へ留学ことからも、何か訳アリなのは推察出来る。
故郷ではどうかは分からないが少なくともこの地ではまだ誰の手にも染まっていないフリーな立場なのかも知れない、ならば唾くらいは付けておくべきか。
「ふふふ。セイは優しいのですね、私のこともぜひリヴィアと呼んでください」
基本的にリヴィアは家族以外の親しくない間柄の者に馴れ馴れしくされる事を嫌う。
それは例えどんな生物であっても例外は無い。
そして自分から許可した者以外からは恭しく接される事を当然として受け入れている。
呼び方に拘りは無いので、姫だろうと殿下だろうと、敬愛や畏敬から来る呼び方であれば何でも構わない。
だが、家族として認めた相手以外に砕けた口調を赦した事は無い。人類に畏敬の心は必要だ。
世の中にはそうして緩く接する貴族も居るらしいのだが、それは身分の低い下級貴族や自覚の足りない二流貴族に限った話だろう。
神子の家系で、特別な血統であるリヴィアの扱いは決して【人】であってはならないのだ。
信仰の対象くらいで丁度良い。
有り難い事にリヴィアは信仰の対象とされる事も、象徴とされる事にも、距離を置かれて恭しく接されるのも、全く窮屈には感じない。
まさに人ならざる神の子たる精神性だろう。
「は、はいリヴィア様。…あの、リヴィア様は太陽の神子様なのでしょうか…?」
おや、我が神力の源である太陽と来ましたか。
そこに気が付くとは中々良い眼をお持ちのようだ。
「ふふ。この国で神子と呼ばれていたのはお母さまだけよ。
でも、セイがそう思うのなら私は否定しないわ。王族も神子も英雄も、人々からそう望まれて初めて成り立つものですもの」
嘘は一つも入っていない。
象徴や偶像である事を望むのはいつだって自分ではなく周りである。
長い歴史の中で神子の基準は時代によって何度も変わっているのだ。歴代の神子の中には現代の基準では当て嵌まらない者も居ただろう。
だが、新たに基準を変えたので過去にまで遡及して誰々は神子ではありませんでした、とわざわざ発表されることは無い。
その時代において、その時代を生きる人々にとって彼等は間違いなく神子だったのだから。
であれば、呪災後の神子不足になった現在。
連盟と教会の規定する神子の基準を少し甘くして、新たに誕生する神子の数を水増ししたとしても不思議ではない。
もし仮に水増し改定をした場合、私が再検査されれば新たな基準では神子として判別される可能性もゼロではなくなるだろう。
何しろ掠ってさえいれば神子判別したいから改定するのだ。可能性は高い。
まあ、実際にやるとしても無用な混乱を避けるために対象は新生児に限定されるだろうと思われるが。
そんな大人の都合や思惑から無理くり当て嵌められようと、それだって間違いなく「人々に望まれた神子」の一つの形である。
規模は違っても、セイに望まれたからという理由で神子であることを否定しないのと、根本的には何も変わらない。
「申し訳ございません。突然こんなことを言ってしまって。
ただ私の国では太陽の神子様の伝説があって、リヴィア様を見ていたら、まるで太陽の輝きを纏っている様に窺えたので…」
「まあ、他国の神子様のお話はとても興味が惹かれます。ぜひ聞いてみたいわ」
ほとんどが亡くなったとは言え、神子の情報は各国のトップシークレットだった。
文献で調べるのも限度がある分野なのだ。
ただでさえ絶対数が少なく比較も難しい故、知れる機会があるのなら是非ともご教授願いたい所である。
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「お早う御座います。あら、そちらの方は」
背の高い栗毛の女生徒が入ってきた。
洗練された貴族の雰囲気は無いが、随分と体幹のしっかりした歩き方である。
武術科の生徒ではないかと思ったが、貴族らしさを意識的に出そうと試みているフシが感じられる。
「初めまして。サイフォート王国から来ましたゼオナ・シュレール・キライアスと申します」
まるで紳士の様な仕草で挨拶をする。
サイフォート王国と言えば人神領域内にある諸王国の一つで、エストバース王国とも隣接している近隣国でもある。
近隣国家の様子を探る為に何度か分霊を飛ばした事もあるが、大きな特徴の無い良くも悪くも中の中くらいの中立国家で、四方を大国に囲まれた微妙な立ち位置にある特殊な国だ。
「こちらこそ初めましてゼオナさま、リヴィアゼア・エル・ファナリアです」
内陸の海無し国家である事からも、これといった強みが無い反面、外交に力を注ぎ陸路での交易を盛んに行う事で国力を維持している。
大国同士の交易を第三国による中継都市として結んで機能させているのだ。
大陸の中央部ということで、かつては人神領域魔術協会の本部が置かれていた。
「するとあなたが学院長様の、いえ失礼しました。私めはしがない小国の一貴族、敬称など不要です」
産業は少ないが関税を下げて物流を促進させ、主な収入源は多数の商会からの税で賄っており、それ故に貴族と商家の力の均衡がやや商家に傾きつつある危うさを抱えている。
「わかりましたゼオナ。これから学友となる者同士、どうぞ私のこともリヴィアとお呼びください」
サイフォート王国からすれば近隣の四大国の貴族家は自国の命運を握る太客に他ならない。
サイフォート王国に限らず諸王国のほとんどは、人神領域内において同じ家格を有していても少なくとも大国より爵位一つ分は格が落ちる。
キライアスは確か歴史ある侯爵家、それでもエストバース王国においての家格は伯爵家相当となる。
「セイさんもお早う御座います。会話の途中に割って入る形となってしまい申し訳ありません」
序列換算すれば歴史的に浅いアルバートのディルムン伯爵家より上だが、大商会ということもあり同じ催し物に出席するならキライアス侯側がディルムン伯を更に持ち上げる事になるだろう。
つまりディルムン伯とキライアス侯が対面した場合、互いに相手側がやや上の序列として持ち上げて接する、のが正解となる。
ただし公の場においては名簿の序列ではきちんとキライアス侯爵家を上にする必要がある。
と、他国とのやり取りでは額面通りに行かない微妙な力関係が存在していて実に複雑である。
「お気になさらないで下さい。そろそろクラスの皆様も登校する頃ですから」
その点、我がファナリア大公家の家格は明確で、貴族間の家格査定では異国であってもまず迷われる事が無い。
ファナリア家の位置は六神連盟加盟国の指定する六大神眷属王家の直系が上、それ以外は下である。
具体的に言うと、魔王家と各領域で王紋が表れる王家だけが上となる。
相手側からすれば自分の家に王紋が無ければとりあえず敬っておけば良いのだから実に分かり易い。
「皆さんお早いですね。一番乗りかと思っていたのですが」
「噂をすれば、ですね」
教室へ入って来たのは灰色の髪をした男子生徒、そして眼鏡姿である。
同志であったか、いや私は伊達眼鏡だが。
「ッッ!!」
私の姿を見るや否や血相を変えて足早に向かって来るではないか。
初めて見る顔だが、鋭い目つきと眼鏡が絶妙にマッチしている美形を強張らせながら、ずんずんと近付いてくる様はなかなかの迫力があり周りの二人も少したじろいでいる。
「リヴィアゼア姫様、どうか平にご容赦を!」
前方三メートル程まで近付いたと思ったら、突然片手と片膝をついて謝罪をしてきた。
どこかで遭っただろうかとも思ったが、やはり初めて見る顔である。
見に覚えの無い者からの、見に覚えの無い謝罪。
どうしろと。
《余録》
主人公が神子であるか否か、については作中で語られる通り時代ごとの基準や解釈次第であり微妙です。
少なくとも、呪災以前の基準では生後すぐの判別で否定されているので教会の定める神子の条件には当て嵌まらなかったようです。
ですが、主人公にしてみれば神子であるかどうかに大して意味を見出していないので特に気にしていません。
祖父母にしても神子判別をされると却って都合が悪いので、例え改定されたとしても再検査はしないでしょう。
語られている憶測。
神子の基準の改定とはすなわち合格ラインの引き下げであり、これで増やされた神子は下限ギリギリの能力しかない成り損ないレベルなので、準神子になると予想されます。
異世界モノのセオリーなら、特別な生まれの主人公がここで神子判別されたりする流れなのかも知れませんが、彼等は賢いのでそんなリスクはガン無視します。
こっそり調べたりもしません。検査さえしなければ確実にシロです。世の中そんなものです。




