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1000通りの計画  作者: Terran
第七章 太陽の神子
39/99

寮から始める学院生活 1





[275]

 季節は春、私は魔術学院生になった。

 今年の新入生は過去最多の418名、その内訳は。


[従士科]: 70名・4クラス

[貴族科]: 80名・4クラス

[学術科]: 80名・4クラス

[武術科]: 80名・4クラス

[魔術科]: 100名・4クラス

[英雄科]: 8名・1クラス


 つい数年前までは300名程だった事から考えると、急激な人数増加で学院がしっかりと機能するのか不安になる所だが、その心配には及ばない。

 十年前の呪災から先、次代を担う人材の育成を予期して施設の大幅な増改築と教師の増員を推進しており、改革は新体制で進行していた。

 とはいえ旧体制を維持しようとする派閥の妨害や遅延行為により一部の進みは思うようには行かず、思い切った改革へと踏み切るのに数年を要したりと問題はあったが、そんな状況の中に何者かが横槍を入れた。

 私である。

 突如として画期的な新技術を加えた改革派は強硬策を取るに足るだけの好機を得て、こうして新体制への移行は見事に成し遂げられたのである。


 魔術協会を大々的に動かす為の切り札が欲しいタイミングを見計らって提案を挟み込んだのは正解であった。

 人神領域の魔術協会はかつてのミラーレイクの惨劇より先、慎重策寄りになっていたので中々重い腰を上げられなかったのだ。

 今や中枢となった学院の管理システムは他の国々も大いに興味を持ち、この技術の提供を催促しているという。

 国外からの受験生が年々増え続けているのも、一部は探りを入れたり繋がりを作りたい国家間での思惑も絡んでいるのだろう。

 おそらく再現を試した者も居るのだろうが、他の誰にも実現出来ないオーバーテクノロジーなのだから仕方がない。


 理由や思惑は何であれ、こうして世界中から優秀な子女が集まってきたのは実に重畳。

 大改革初年度だった三年前、その新生第一世代が卒業した翌年である本年度は、世界の注目を集めるには十分過ぎるキャストが揃っている。


 人神領域アルセンダルク皇国の皇子にして二代続けての神子である。

「勇者イクスヴェイク」


 魔神領域、東の魔王国より次期魔王の最有力候補との呼び声高い。

「小魔王ルヴォルゼファー」


 天神領域六神教会の総本山より、歴代でも屈指の潜在能力があると噂される。

「聖女リリアーナ」


 この三名からすれば、身分の上では対等でもエストバース王太子息であるトフィアスすら霞んでしまうだろう。

 帝国からも王太子息が来ているらしいが、私より目立つ存在がこんなに居てくれるとは実に有り難い。

 もっと目立って貰っても構わんのだよ。



◇◆◇



 入学式を来週に控えて、まずは白金寮と黄金寮の入寮が始まっていた。

 というのも、どちらの寮も家具を入れたり使用人や業者の出入りが多くなり、他の生徒達と一斉では搬入の動線を確保するのにいざこざが起きやすい。

 昔はそんなくだらない事で入学初日から決闘沙汰も多かったのだとか。

 おそらく魔術学院に鳴り物入りした血気盛んな新入生が一日でも早く自分の実力を喧伝したくて、手当たり次第に勝負を挑めそうなイベントに飢えての行動だったのだろう。

 元気があって大変結構ではないか。


 道幅を広くしたり、寮同士の間隔を空けたり区分けしたりと手を尽くしたが、後付的な対処では問題はなかなか減らず、遂に当時の上級貴族に怪我人が出た事からようやく具体的な対策を講じる口実が出来て、寮のグレードに合わせて日にちをずらす案が通ったのだという。

 更には他の寮とは全く別のルートの先に王族や大貴族用に白金寮というスペシャルVIP寮まで建築した。


 おそらく当事は貴族と平民の扱いの格差が今よりも差別的であり、問題の解決云々など問題にせず、ただ単に平民のせいで動線が狭くなる、平民のせいで日にちをずらされる、という事に腹を立てられて対策を実行に移せなかったのだろう。

 愚かを通り越して滑稽である。

 まあ、そのおかげで今日の私は自由の多い白金寮へ入寮出来たのだから、学院の黒歴史から得られる恩恵もあったという事だ。


 かなり歴史のある学院故に、時代と共により遠くから優秀な人材が集まりやすくなり、それにより入学する生徒数が増えて行き、最初は問題無かった道でもだんだんと幅が足りなくなり、問題が起こった箇所から対策していった。

 動線に限らず他の諸々の問題に関しても様々な失敗と対策を積み重ねていったのだろう。

 今は引っ越しの運搬も魔導具のおかげで随分と楽になっており、商会の下請け業者に頼めば滅多な事では問題も起こらない。

 つまり設置場所の指示だけ出せば後は監督する使用人だけ置いておけば自動的に終わるのだから、入寮する生徒自身は暇を持て余している。


 今頃は他の白金寮や黄金寮へ入寮する大貴族達が悠々と学院内の施設を観て回っているのだろう。

 そこには新たな発見が有り、新たな出会いもある。

 そんな青春の一頁が今から始まる、のは他の生徒に限られる話で、私とドルセーラは白金寮の自室でそれぞれ引き篭もっている。

 というのも、受験の際に泊まり込みを経験済で、今更目新しい物も無いのと、今外を出歩いているのは黄金寮や白金寮へ住めるような大貴族や大商会の跡取りとか王族だけなのだ。

 私はなるべくギリギリまで姿を見せないようにプロシアからも言われており、ドルセーラは面倒事を嫌い、特に理由が無いのに自ら進んで外出する様な真似はしなかった。


 となればそれぞれ自分の作業に集中し、現在の学院内で繰り広げられている出会いイベントは全てスルーして、入学式までの自由活動時間の選択肢は自室一択縛りである。

 先日正式に許可された【スペルカード】の量産でもしておこうか。

 登記してから二日も経たない内に少数ながら生産のオファーが来ていた。

 これが広まっても上位の魔術師にとっては恩恵は少ないが、中小魔術師にとっては大きな助けとなるのは間違いない。いずれは生産も追い付かなくなる可能性もある以上、作り置きも悪くなかろう。

 その間に学院内の生徒達の動きを把握し、考えるべきを考え、対策案もまとめておける。

 生産中の頭は基本的に暇になる。

 適度に作業への集中力がある分、余計な事を考えず不安や欲目に囚われない良案が浮かんだりするものだ。




[276]

 スペルカードの量産は改造魔核を心臓とした人型に任せている。

 分霊を憑依させれば簡単な魔導具程度なら私と同じように造り続けられる。

 勿論、複数体同時に操作するには私自身のマルチタスクでの並列処理は必須で、その間はあまり処理の負担になる行動は取り難い。

 慣れない内に下手に過負荷を掛け続ければ脳が発熱して昏倒してしまうかも知れない。

 神氣を纏っている限り百度やそこらでは問題無いだろうが、だからと言って無茶をして良い理由にはならないだろう。

 あくまでも日常生活を送る間は、なるべく人間のスペックで出来る範囲内の最高点までを上限として活動する必要がある。

 分霊の大量操作だけならともかく、神氣を纏ったまま生活するのはいただけない。


 あれから神氣の鍛錬を続けて、神眼(アイリス)を以ってしても見分けられないように無駄な力のブレが出ない技術を磨いていった。

 元より扱いの難しい氣のコントロールや超能力の効率化をしてきた前例がある私にとって、神氣も最初こそ粗は多かったが、二週間も使い続ければコツを掴むのに十分である。

 体感では超能力より精神的な負担は軽くて、得手不得手で言えば得意な方であり、苦手な氣よりずっと扱いは容易だ。


 適性としては「魔力>神氣>霊力>>超能力>>>氣」の順番だろうか。

 霊力から超能力とそこから更に氣までの狭間に大きな隔たりがあるものの、概ねこんな所である。



◇◆◇



 【世界の淵】へ転移した私は第一層で虚獣を狩り続ける分霊を憑依させた魔導人形達の様子を確認して、虚獣を利用して養殖生産された魔核を回収し、代わりに仕入れてきた核石用の無属性魔核を亜空間から直接支配領域内の全ての人形達に転送する。


 神氣を使うようになってから環境は一変した。

 身体能力や強度の向上は勿論、知覚や五感から各種要素の精度も強制力も飛躍的に上昇し、矛盾して不安定な揺らぎ空間である淵の内部でも純粋に高められた演算能力で転移が可能となった。


 せめて双子には神氣の修得が出来ないものかとあれこれ試してはいるのだが、神性力を持っている事と扱える事が必須条件であった。

 そこで代替案として考案したのが直接パスを繋げた有線式による擬似遠隔且つ複数体への神氣付与である。

 大量の神力を消費し続ける事になるが、今は神力補充用の固有魔術『陽光炉』によって擬似太陽を持ち歩いていられるので、多少の燃費の悪さは許容出来る。


 これは太陽に見えるが太陽では無い。

 神力を蓄えておく力場であり、最も変換効率の高い太陽を模してミニチュアサイズで創った疑似太陽。

 陽光を神力へ変換して回復させた後で、更に再変換して陽光に似た形質の神力を塊にした私専用の神力貯蔵庫だ。

 火属性の術式を触媒にして顕現させるているだけなので、炉は固有魔術で生み出している訳では無い。

 つまり、いくら術式を鑑定しようがじっくり解析しようが術式そのものには意味が無いので、他の者が同じ術式を発動しようとしても高熱の火球が出るだけで神力貯蔵庫にはならない。

 私の企画した固有魔術14種は全てキーとなるコマンド以上の効果の無いブラフである。

 人前で使うつもりは無いが、仮に同格以上の存在相手に使用したとしても技術を盗まれる心配は無い。


 例えるなら、保存食に湯を注ぐのが私のブラフ固有魔術であり、断じて保存食を造る術式ではないのだ。

 保存食は別売り、予め準備済の物を別の技術で用意しているに過ぎない。


 ともあれ、第二層以降の探索は神氣付与により大幅に強化した人型を使って進めている。

 神氣は非常に強力だが、こうして現地へ赴いて直接パスを繋がなくては使用出来ないというデメリットがある為、今の所は空き時間を作ってはコツコツ進めるより選択肢が無いのだ。

 現場へ出向く以上はリスクは冒せない。

 神氣があれば余裕を持って探索出来るとはいえ、扱い方の訓練を優先して慎重に進めている。



 第二層の虚獣は猿人型、一層より素早く小回りが利くので核石を投げ込む自動狩りには適さない。

 罠による核石の取り込ませは有効なものの、時間効率や指令の複雑化により一層と比べると旨味は薄いので一旦保留とする。


 第三層の虚獣は中小の獣型、動きこそ直線的だが二層より更に素早く的を絞り難い。

 小型にも関わらず異様な程に力が強く、神氣を纏わない人形による戦闘では歯が立たない。

 地上の魔獣でここまで小さく敏捷で力強い個体は居ないだろう。

 時速240km前後で突撃して厚さ3cmの鋼鉄製の大盾を食い千切るのだから完全に化け物である。

 特に中型種に稀に居る六脚タイプは突進中の方向転換も容易で、神氣を纏った人型でも被弾する程の脅威がある。


 第四層はまだ偵察程度しかしていないが、現れる虚獣は体長30cm程の昆虫型で跳躍力と索敵能力に優れている。

 何より注意すべき点は群れて集団で襲ってくる所だ。

 個体の強さも三層より強力で、偵察していた人型三体が犠牲となった。


 四層にて淵の探索を開始して初の犠牲を出した事により、三層までの範囲で魔核収集に努め、神氣の強化を図る事にした。

 一層や二層は浅く広さも無いが、層を跨ぐ度にどんどん深さや広さが増している事から、現在深度が氷山の一角に過ぎないのは明らかで、今後もこのペースで虚獣が凶悪になっていくのだとしたら、正直な感想としては神氣の強化だけではいずれ行き詰まるのは明白なのだ。

 いくらでも量産出来る人形と違い、人型は造るのに色々と面倒や制限も有る。


 安全圏から有線で神氣を纏わせるにしても、元々の素体が神力を維持しておけないので私自身と比べると非常に貧弱な神氣しか纏えず、頭打ちは目に見えている。

 有線ならではの弱点として、更に深く潜れば層が広くなり続け、いずれパスの限界距離に引っ掛かり範囲外の探索が出来なくなる。

 如何に神氣が比較的扱い易いとはいえ、強力な力の維持には神経も体力も消耗する。

 何かしら対策を立て、諸問題を解決する糸口を発見しなければならない。

 となれば、やはり領域の研究を急ぐ必要があるだろう。


 第二層の虚獣から強化魔核を養殖する方法の確立をして、しばらくは神氣の強化に充てながら、領域についての研究を形にする。

 当面はこの方針で行こうと思う。


 明後日には入学式を迎える。

 プロシアは私が転移で抜け出して何かをしている事に勘付いているのだろうが、特に口出しはされていない。

 が、それは信用あっての事である。

 誰かの訪問があれば咄嗟に帰還出来るようにしてあるが、明日は一日寮内で大人しく過ごすとしよう。


 必要になる時は前もって準備しておき、出来れば緊急帰還は使わずに、最初から想定外の事態が起こる事を含めて対応する準備をしておくのが更なる想定外を生み出さない方法だ。

 私が上手くやる限り、他の者へ想定外を押し付ける事態にはならないのだから。



◇◆◇




[277]

 入学式の前日、ジェラルドとプロシアが第六邸へ訪問した。

 白金寮第六邸にはドルセーラと私の2人。

 共に学院へ通うシドとヒルデとアルトの3人の従者。

 住み込み使用人達の代表として家令代理の戦闘侍女エスメラルダと、護衛料理人トールと、魔導庭師シムの3人を加えて、+12名の使用人や護衛騎士で計20名が暮らす予定になっている。

 使用人とは言っているが、全員が厳しい選抜を超えた精鋭達である。


 部屋数にはまだかなりの余裕があるので必要に応じてその都度同居人や使用人を増やせば良い、という理由で最初から大人数は入れていない。

 防犯対策としては王都のファナリア邸の先代守備を担当していた魔導師にして庭師のシム老が警護主任をするので問題は無い。

 シム老は三年前にセシリアとミルミアナが学院へ入学する際に弟子へ引き継ぎを済ませて、この白金寮警護を引き受けた。

 おそらくドルセーラと私の卒業後も引き続き、入れ違いで入学するジェイムートの警護を担当するのだろう。

 もうかなりの高齢なのだが。


「お陰様で先日孫が嫁を貰いまして、弟子も皆一人前に育ちました。儂は随分前に妻も見送ってますし、大した趣味もありません。引退してもどうせ土いじりくらいしか出来ませんので、せめて坊っちゃんの卒業まではお傍に置いて下さい」


 と、深々と頭を下げて現役を続ける旨を申し出た。

 そんなシム老の造る庭は堅牢な魔術の防護要塞となり、正規の手順を踏まずに侵入すれば手痛い歓迎を受ける事になる。

 リンデノート領の庭師エリックもシム老の弟子の一人で、造園魔術とも呼ばれる特殊な土系統の魔術を伝授されている。

 私も興味があったのでいくつかエリックから教えて貰っていたが、これほど良く出来た術式でありながら普及していないのは、おそらく一門の伝承魔術に分類されるものだからだろう。

 気になったので聞いてみた所、何でも遠い祖先が魔女から直接教えを受けたのだとか。

 なるほど、納得した。


 エスメラルダもどうやら学院の教師以上の実力があり、昼の王都を出歩く際の護衛にしても基本的には彼女一人居れば大丈夫だと判断されている。

 エスメラルダの最大の武器はその拳。強力な身体強化と体術で、武器の持ち歩きの必要が無いというのが強味である。

 とはいえ他の白金寮より少人数の護衛でも許可されたのはシム老に対する信頼の大きさ故か。

 ジェラルドも大人数を傍に置きたがらない性格であることから量より質を取り、人数で囲むより信頼出来る精鋭の方が好みなのだろう。


「ドルセーラ、リヴィア。二人共変わりはありませんか」

「ええ、明日からの学院生活のための準備をしていたら時間なんてあっと言う間に過ぎてしまったわ」


 ドルセーラが堂々と嘘をついた。

 それプロシアにはバレてるからね。


「ふふ。私もお姉さまもご覧の通り元気にやっています。それよりお祖父さまもお祖母さまはお変わりないですか。少しは休まないとダメよ」


 私の言葉にジェラルドが顔を綻ばせる。


「心配無い、こうして孫の顔を見ながら一緒に過ごせれば活力などいくらでも湧いてくるものだ。

リヴィアがこうして、無事に魔術学院に入学までして、もうそれだけで…っ…」


 そして顔を赤くして泣き始めてしまった。

 最近のジェラルドは歳を追う毎に涙腺が緩くなっている。

 歳なんだな。


「あなたもお止しなさい、二人が見ていますよ」

「うむ、うむ、そうだな。

リヴィア、ドルセーラもよくやった。暫くは寮生活で家族にもなかなか会えないが、ここから王都まで一日で来れる距離だ。いざとなればいつでも会いに行けると思えば心配せずとも大丈夫だろう」


 ああ、これはジェラルドが寂しがっているパターンだな。

 今言ってる事もプロシアかライドラスに事前に言われた内容なのでは、と推察する。


「ところでリヴィア。眼鏡はどうしましたか、掛ける様にと言ったはずですよ」

「それならこちらに用意しています。でもせめて家族の前でくらい、素顔でいたいもの」


 これは紛れもない本心。リヴィアのストレスを貯めない為に必要な適度の真実。


「いいじゃない。リヴィアなら公私を上手く使い分けられるわよ」

「分かりました。準備と心構えが出来ていれば十分としましょう。ですが機能確認は必要です。この場で一度掛けて見せなさい」


 そう言われて用意していた一抱え程ある大きめの箱をエスメラルダに持ってこさせる。


「はーい、こちらですね」

「ふむ、随分多く用意したのだな」


 箱を開けると大量の眼鏡が出てくる。


「用意する様にとは言いましたが、毎日掛ける眼鏡を替えるつもりなのですか?」

「ふふふ。それもいいですが、せっかくなので全員分を用意しました。お祖父さまもお祖母さまも選んで掛けてみてください。もちろんお姉さまの分もありますよ」

「工房で何してるかと思ってたら、これを作ってたのね…」


 と、思って貰う為に大量に用意しておいた。


「はい、皆で似合う眼鏡を見せ合いましょう。さあお祖父さまも、お祖母さまに似合いそうなのを選んで差しあげてください」

「む、いやしかし、こういうのを選ぶのはあまり得意ではないのだが…」


 広げられた大量の眼鏡は、フレームの形、配色や質感に様々なバリエーションを持たせている。


「眼鏡キャラを増やすのも有りね…」

「あなた、これなんてどうですか」


 プロシアが意外と積極的である。実はこういうのは結構好きだったりするのか。

 それとドルセーラは資料として興味を持ったらしい。


「む、これは。近くの物もよく視えるではないか」


 やはりジェラルドは老眼であったか。

 この世界にも老眼鏡はあるが、私の自作した物は少し違う。


「あら、遠くの物もよく視えるわね」


 ドルセーラは近眼であったか。

 そうではないかと思っていたが。


「私は普段通りですね。つまりリヴィア、これは普通の眼鏡ではありませんね」


 プロシアは裸眼の視力がかなり良い模様。

 そしてご明察の通り、これは凸凹のどちらのレンズでも無い魔導眼鏡である。


「焦点補正機能と若干の視力調整機能を付与した遠近両用眼鏡です。度は入っていないので眼の良い人が掛けても無害ですよ」


 ちなみに無属性魔導具なので誰にでも使える。

 使い方は簡単で、掛ける際に弦に指を当てて少量の魔力を流せば良い。

 消耗はごく少量で、掛ける際に流した魔力と同じ波長の魔力であれば体外へ漏れる余剰魔力だけで維持は可能である。


 使用人達も呼んでお互いに似合いそうな眼鏡を選んで予備を含めてプレゼントする事にした。

 年齢に関係なく楽しめる内容だったのだろう、あれこれ言いながらあっと言う間に時間は過ぎた。


「これは良い発明品ですね、すぐにでも協会へ登記しましょう。仕様書も有りますし、許可までさほど時間は掛かりません」

「プロシア様は似合い過ぎてて今まで無かったのが不思議なくらいですよー。あ、次これなんかどうですか?」

「いやこれは良い。細工師に造らせてもいつの間にか見えにくくなる上に、合わん物を使うと眼や肩に疲れが溜まり易くなってイカン」

「ジェラルド様もプロシア様も素敵ですぅ」


 この世界の腕の良い眼鏡技師とはガラス職人の業務の延長であり、大抵の場合は本業のガラス職人としての仕事がぎっしり詰められている。

 そこへ来て他の業務の合間にオーダーメイドの眼鏡用レンズを加工するのは技術、精神、肉体、時間の全てにかなりの負担を強いられていると思われる。

 量産された眼鏡も有るには有るが、当然ながら個人に合わせた物ではないので使い心地は今ひとつ。

 だがこの魔導眼鏡ならレンズの度は入っていないので全て同一規格で良くなり、どの視力帯の者にも対応するので、普及すれば職人にも使い手側にも手間が掛からないのだ。


「表面にこそ加工はありませんが内部に魔眼対策を施していますね。これならリヴィアも安全面に問題は無いでしょう」


 魔眼とは上級魔族の血を引く者にだけ使える特異な眼力。

 特に有名なのは審秘眼だが、他にも様々な種類が有るもののほとんどは秘匿されており、中には有害な物も何例か確認されている。

 そして魔眼に対抗するには、心に関する効果には強い魔力や精神力、身体へ影響を与える効果には生命力や耐久力といった具体的な強さが必要になる。

 当然だが許可無く人に向けて使うのは禁じられているものの、使ったかどうかは効果によっては実証出来ない物もある。

 その為、自衛として魔眼に対する抵抗力を高める護符を持ったり、魔眼持ちに封印処置を施す事で対策している。


「仕様書の眼鏡には魔眼対策はありません。ここで配った物にだけ付与しています」

「良い判断ですが、魔眼に対抗出来る魔導具は特殊な技術を使わなければ簡単には量産出来ません。無闇に広めない様に気を付けなさい」


 私の場合は肉体的な強さに難があるので、二重の意味で目立つ瞳を隠すのと魔眼防止の両方の効果を期待して、プロシアの案により特殊な付与をした眼鏡で対策する事にした。

 確かに大変珍しいエリュダイトカラーの瞳は目立つのだろう。

 魔眼に関しては使い手が限られる以上、リスクを冒してまで無駄に掛けようとしてくるとは到底思えないのだがそこはそれ、見た目で分かり易い対応策を講じている様子を周囲に見せる事や、目眩ましの意味でも小さな振りの積み重ねは大切である。


 本来の弱者は対策を見える牽制として使う物だ。

 知恵の回る強者の仕掛ける対策は、なるべく見えない部分でしたがる傾向にある。

 だから私は弱者の地位を固める為にも見える対策を疎かにしない。

 一応、国家審秘官の魔眼程度なら弾ける強度は持たせているが、純血種の上級魔族の魔眼やアイリスを持って来られれば完全に防ぐのは困難なので、その時はその時だ。

 そこまで思い切ったリスクを負う覚悟で使うというのなら、甘んじて受けても良い。

 というくらいの案配に調整してあり、これぞ牽制と呼ぶに相応しい効果が期待出来る。


 かなりの高品質なのは察して貰えるだろう。

 それこそ国家錬金術師にでも頼んだら造って貰える程度の出来映えに調整してある。

 我ながら配慮に富んだ設計だと言えよう。


「ドルセーラ様は眼鏡によって印象だいぶ変わりますね」

「そう、なるべく地味なのがいいわ」

「ええぇ、もったいないですよぉ」

「私もいいけどシドにも選んであげて、たぶん自分じゃ選べないから」

「おお、プロシア。お前の知的な魅力を更に引き立たせてしまうとは、これは魔性の道具だな。どうして今まで眼鏡を贈ろうとしなかったのだろうか」


 眼鏡のプロシアは似合い過ぎててジェラルドが興奮してしまった様子。


「あなた、そんな孫達の前で止めて下さい。

リヴィア、余った眼鏡は私が責任を持ってオクタヴィア達にも選ばせますが、それで良いですね」

「ふふふ。義母さま達に選んでいただいた残りは、お祖父さまとお祖母さまでお好きなようにお使いください」


 元よりそのつもりだったので後で好きなだけ物色して貰って結構である。


「プロシア、これも掛けて見せてくれないか」

「あなた、いつまで燥いでいるのですか」


 祖父母は今なお熱々振りを継続している。

 ジェラルドがプロシアの事を好き過ぎるのはよく伝わった。

 確かにプロシアの眼鏡姿はお堅そうな雰囲気と理知的な眼差しによくマッチしている。

 祖母ではあるがプロシアの外見年齢は種族的に観るならば人間族換算で20代前半、私と並べばやや歳の離れた姉と思われてもおかしくない。


 私の入学までにやるべき問題に追われていて、最近はずっと気が張っていたプロシアには良い気晴らしになったかも知れない。




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