魔術学院入学試験 2
[257]
◇◆◇
どっと沸き立つ歓声。
「ヒルデラーナ・ブリューナク、あのブリューナクの妹か!
身体能力も中々の物だったが戦技の冴えも良い。よく鍛えられているな」
採点をする試験官も感嘆の声を上げる。
武術試験でヒルデが見せた戦技のキレはおよそ受験生の出せる代物ではない。
王国正規軍の騎士であれば複数の戦技は当然使いこなせるが、学生で一人前と言える習熟度まで身に着ける者は少ない。
ヒルデの得意とする戦技である『旋牙』『流水』『空破』の三つは武術指導を担当していたエスクラッドからも既に卒業生相当だと評価されている完成度だ。
「姉妹揃って英雄科も有り得るかもしれんな」
「確かに年齢の割にしっかりした動きでしたが、姉の方は受験生時点で奥義を二つも披露したと聞いてますけど」
武術試験では基本的な身体能力の測定と、身に着けた武術を披露して評価され、最後に模擬戦で資質を見極められる。
身体能力に関しては基本的に15歳以上が受験する中で14歳のヒルデはやや不利だが、そこは私の英才教育の成果で何とか合格基準は満たした。
勿論まだまだ発展途上な為、今はまだ同年代の子女と比べてやや高い程度だが、本人の生まれ持った運動センスが他種族にも見劣りしないだけの伸びしろを感じさせる。
武術に関しては採点の対象となるのは主に戦技と武技となるが、中には奥義まで披露する者も居る。
とはいえ武術はよくよく使い込まれてこそ完成されるものだ。
半端な奥義で評価を狙おうものなら、逆に完成度の低さで減点すら有り得る。
前の受験生もその前の受験生も例に漏れず半端な奥義を披露した後での、ヒルデの使う戦技は地味に映るかも知れないが、見る者が見ればその完成度を理解できたことだろう。
「姉は天才と呼ぶに相応しいが、ここまでの戦技の完成度では無かった。
妹は基礎を確実に物にしている、それぞれタイプの異なる個性を持っているのだろう」
戦技も一応は武術に分類分けされるが、正確には基礎技術的な物だ。
戦技は一人前の戦士であれば戦いの中で当たり前に織り込む物で、一般に武術と言えば武技や奥義をイメージする。
受験生の多くも武技の数や奥義を披露する事をメインとしており、戦技は添え物である。
中には戦技をしっかり見せる者も居るが、それでもメインは奥義。
これが王立学園ならば基礎となる戦技の重要性を説くのだろうが、地味な上に積み重ねる年月まで考えると、魔術を一つでも多く習得した方が良い。
それが魔術師の強味だからだ。
そんな理由から、総じて魔術学院では戦技は評価されにくいが、武技や奥義は体力の消耗こそ激しいが効果も大きく成果を出しやすいので、技術は半端であっても魔術と併用すれば魔力体力の燃費問題が分散されてデメリットが少ないと見られている。
実に理屈っぽい魔術師ならではの戦術評価である。
私もその理論には概ね同意している。
こうして、完成度で多少見劣りしようとも戦技より武技、武技より奥義の方が評価は高くなるのだが、それはあくまでも多少の範囲であるならばの話だ。
同じ付け焼き刃を振るうなら、下地の完成度が高い方が良いに決まっているではないか。
「教官は随分と買っていますが、今年は他にもとんでもないのが居るみたいですよ」
「さっき騒ぎになってたケミスベルトから来たアイツの事か。
確かに身体能力は図抜けていた、それに技も本格的に習ったんだろうな。ありゃ既に並の傭兵じゃ歯が立たんだろう」
魔術学院で最も重要視されるのはやはり魔術の腕前で、武術は魔術を活かす為に身に着ける物というイメージが強い。
武術科だから魔術は苦手で良いという物ではなく、接近戦でも遅れを取らない魔術師へと育成するのが目的で、いくら武術の才があっても魔術がからきしでは総合評価は上がらない。
元々試験官として配置されていた教員や技術教官と違い、増員された試験補佐達では武術試験ならば純粋に武術や身体能力を以て評価しがちだが、実際にはそれだけでは不足なのだ。
「だがな、あれは騎士団でなら通用するがここじゃ高評価にはならんよ」
「え、騎士団で通用するならもう学生レベルじゃないじゃないですか。聖戦の英雄育成機関を謳ってて強さが評価にならないなんて事になってていいんですかね?」
「お前な、よく見とけ。
あの娘はな、さっきの組み手の間に最低でもニ回は合間に魔術が使えるだけの隙を作れる闘い方をしてたんだぞ。
最初から武術で圧倒する必要なんて無いんだ。接近戦しながら他の敵を一掃出来る魔術を使ったらその時点で魔術師としても戦術的にも勝利なんだからな」
「ああ、すみません。そうでした、あれだけ武術の腕があっても、ここに居る受験生達は魔術師志望ですからね。
なるほど、だから魔術を使わない前提の闘い方では高評価はあげられないんですね」
ケミスベルト預かりの推薦組と言えば、おそらく模擬試験に来ていたリックスの事だろう。
身体能力だけなら間違いなくトップクラスなのは当時の強さからも良く解ったが、支援魔術だけ掛けての戦闘スタイルは魔術師の役割ではない。
それなら武術だけを磨いた騎士に支援魔術を掛けてやれば済む話であり、わざわざ魔術学院に入る必要は無いのだ。
王立学園でも出来る芸当であればそちらで構わないというのが王国と学院の考え方である。
従ってただ強いだけより、魔術師で無ければ出来ない芸当を伸ばせる資質があるかどうかが、武術科志望の受験生に問われる一段階上の要素となる。
とはいえ、リックスくらい実力があれば合格はするだろう。
魔術師で無ければ出来ない芸当云々はあくまでも理想の話で、それは誰にでも出来る類のものでは無い。
今は聖戦での神子不在の穴を埋められる実力者なら何処だって欲しいのが本音である。
「じゃあ教官から観るとあの娘の評価は一体どうなるんですか」
私のヒルデには試験で高得点が取れる鍛錬をさせている。
おそらくかなりの評価になるだろう。
「当然、100点だ」
いやいや、さすがにドヤ顔で100点は言い過ぎだろう。
ちゃんと観ているのかね。さっきの戦技にしたって他の受験生より遥かに技術は上だが、普段から観ている私からすれば正直言ってまだまだ改善くべき点が多い出来映えだ。
さてはこの教官、持論を少し持ち上げているな。
評価基準としての考え方は間違っていないが、この後も受験生は来るのだから100点はなるべく残しておくべきでは無かろうか。
この先が実に不安ではあるのだが、私のヒルデが評価されるのは悪くない気分である。
[258]
試験は目指す科によって受ける順番が違う。
壁で仕切られて他の受験生の様子が観れないようになっている広い野外試験会場にて。
「ヒルデラーナ行っきまぁす!」
ヒルデの次の試験は魔術。
審査されるのは魔力知覚、感知、操作といった基礎部分の確認と、初級魔術や下級魔術の出来を採点される。
「あら、今度の子は随分と素直な術式を使いますわね」
「ですねえ、今年は中級を披露する受験生も結構見ますよ」
自信があるなら申告すればそれ以上の中級魔術を審査して貰う事も可能だが、下級魔術とは難易度が大きく異なるので例年なら披露する者は少ない。
それでも見栄なのか記念なのか家の方針なのか宗教上の理由なのか、中級魔術を審査して貰おうと意気込んだは良いが緊張で失敗して落ちる受験生は一定数居る。
「魔力の知覚や感知はよく訓練していますわね。
操作はまだ拙い部分は見えますが、受験生としては十分でしょう」
ヒルデはお世辞にも魔術の素質があるとは言えないが、何事も真剣に取り組む姿勢から習得した下級魔術の出来映えは良い。
中級魔術も勉強しているが、やはり完成度の高さを重視してなるべく初級と下級魔術だけで受験する様に言ってある。
「ヒルデラーナさんは初級なら危なげなく多数の属性行けるみたいですよ」
「あら、基礎を疎かにしないのは良い心掛けね」
魔術には属性が有り、属性系統別に術式が纏められている。
種族によって属性相性は異なるが、人間族の場合は個々の性質によって相性の良い属性に偏りが有り、当然だが複数の敵性を持っている方が魔術師としては有利となる。
「下級は[火/水/風/光/治療]の五系統、優秀ですわね。
魔力量はそこそこといった所だけど、それでもあんなに綺麗に扱えるのだから、きっと師匠の教え方が良かったのね」
「まっすぐで丁寧な術式ですけど、特化型ではなさそうですねえ」
純血種の人間族であれば得手不得手はあっても誰もが初級魔術なら学べば使えるが、魔術の等級が上がる程、相性による習得難易度が変わってくる。
中には満遍なくどの属性でも扱える者も居るには居るが、属性に偏りが無いという事は高位の等級魔術を限られた期間で習得するには不向きだ。
「あらやだ!師匠の欄がギルバートってなってるんだけど、嘘よね?
あのデリカシーのない男がちゃんとした弟子を育成するなんて考えられないわ。マイナーなダンジョンで野垂れ死ねばいいのに!」
「先生落ち着いてください。何のことだか分かりませんがギルバートなんて名前なら何処にでもいますって」
「そ、それもそうね。いけないわ私ったら、オホホホ。この子の師匠はきっと良いギルバートなのね、悪いギルバートではないのだとしたら、それはとても良いことだわ」
この試験官は教師の一人なのだろう、そして年齢的におそらく我等が師匠である悪いギルバートと同期の可能性が高い。
それはそうと一つ訂正したいのだが、ヒルデにちゃんとした術式行使を教えたのは私である。
断じて悪いギルバートの手柄ではない。
「ところで先生、ヒルデラーナさんは何点を付けておきましょうか」
「そうだわ採点の途中でしたわね。
初級は減点する様な所はないけど、下級は発動までの時間差や魔力の流し方にまだ少しぎこちなさが見られるますが、変な癖は付いていませんから学院で指導すれば良い術師になりそうですわね。
特に評価出来るのは術式の構成に無駄が少ないこと、それにより燃費が良くなり総魔力量に対して魔術の使用可能回数がかなり多い所です。つまり伸びしろは十分、総評としては88点としておきますわ」
ほう、思ったよりずっと正確な目利きが出来るらしい。
やはり世界に名を轟かせる魔術学院の教師を任されるだけあり、悪いギルバートとは教師としての質は段違いなのかも知れない。
「さすがは先生、この短い時間でそんな細かい所まで見抜けるだなんて感服です」
「当然のことですわ。それにあの綺麗な術式から観るに、師は私と同じ【術式鑑定】のスキル持ちね。おそらく術式を展開する際に美しい陣を画くようにと何度も反復して練習させたのでしょう。
術式展開の効率化と優美さを両立するエレガントでスタイリッシュな指導のできる人物が師なのは明白ですし、【術式鑑定】を持たない力任せで大雑把で意地汚い悪いギルバートとは真逆の芸当ということですわ!」
ギフトまでバレている。
エレガントでスタイリッシュかどうかは受け取り手次第だが、効率的で洗練された術式に重きを置いたのは間違いない。
というのもギルバートの魔術行使は私から見ても悪い意味での天才のそれで、とてもではないが真似してどうにかなる類ではない為、やむを得ずヒルデに適した術式の扱い方を一緒に考えながら何年も掛けて構築したのだ。
美しい術式に観えたのだとしたら、そうした地道な試行錯誤と努力の賜物だろう。
「ということは、良いギルバートさんは素晴らしい魔術師なのですね」
「ええ、間違いありませんわ。
それに引き替え、あの悪いギルバートが弟子なんて取ることなんて考えられませんが、それでももし万が一、いえ億が一でも弟子が受験する様なことが起こったならば、この私自ら厳しく採点してふるい落として差し上げますわぁ!オホホホホ!」
ギルバートよ、学生時代に何をやらかしたらここまで嫌われるのだ。
[259]
ヒルデとは対照的に、アルトには手抜きをさせている。
この方針はプロシアにも予め告げてある。
理由は大きく分けて四つ。
・一つ目は、常に私の側に置くため。
ヒルデには自由に学院生活を送らせる代わりに、アルトには専属使用人枠で従士科へ入って貰う。
従士科は他の科と少し違い、基本的に授業のコマはやや少なめで、貴族科と合同の授業も多い。
それも偏に仕えるべき主の側に置く時間を増やす為であり、護衛の役割も兼ねているからだ。
アルトもその例に漏れず貴族科へ入る私の護衛としてなるべく側に控えさせる事になっている。
・二つ目は、英雄科へ入れないため。
私の見立てではアルトは英雄科に入れるだけの才能がある。
英雄科はその名の通り、聖戦で活躍する次代の英雄を育成する為のクラスであり、授業料も宿舎代も食堂も全て無料。つまりは特待生扱いとなるのだが、それは義務では無いにしろいずれは聖戦への参加を期待される事となる。
勿論断る事も可能だが、仮に首席や次席で合格ともなれば顔や名が知られてしまうので、なるべくそれは避けたい。
・三つ目、実力を隠蔽するため。
神子の不在を穴埋めする為に優秀な人材に飢えている軍部に目を付けられない様にするには、悪目立ちさせずに無難に過ごさせなければならない。
アルトは私の専属使用人枠となるが、元は移民の浮浪児であり身元も少々説明しづらい微妙な立場である。
そのため有事の際は聖戦への参加も断り難く、ファナリア大公家は既にギルバートを養子として聖戦枠採用している関係で、これ以上の代行枠の使用は控えなければならず、正式な召喚状を出されれば拒否は難しい。
そうした理由から国に勝手に取り上げられない為には、実力を隠すのが妥当なのだ。
・四つ目、実験のため。
これは完全に個人的な都合だが、実力を隠したまま学院生活を送らせるというシチュエーションの実験をする為である。
どういった事がバレる原因となるのか、危険な行為や注意点を識るには身近な実力者を使って試すのが一番解り易い。
それで得られたデータを私の立ち回りに活かそうという試みである。
以上の理由の他にも要素は有るが、概ねこんな所だろうか。
アルトに思い切りやらせられないのは少々ストレスを掛ける事となるが、使用人枠を使う以上は仕事と割り切って貰うつもりだ。
まあ、いざとなればアルトの実力がバレることすら私から目を逸らさせるという意味で織り込み済みなのだ。
ヒルデも含めて最初から三段構えの防衛線を張っている。
元々アルトは不要な競争を好まない性格である事もこの人選の理由の一つなのだが、年齢的な不利もある中でとなれば手加減も上手く調整出来なければ、モノによっては不足する事も有り得る。
大まかな配分として8割程度を基準として、必要に応じて上下する様に言い含めているが、今年は例年より受験生の質が高いという噂をそこかしこから聞いている。
油断はならない。
それに、どうやらキナ臭いモノも混じっているらしい。
あんなものまで受験させてしまうとは、管理体制に穴があるとしか思えんが、警備している騎士や傭兵では気付かないのも無理からぬことか。
まあいい、私の身の回りに実害が及ばないなら、貴重なサンプルケースとして泳がせて経過を観察するとしよう。
◇◆◇
アルトは言われた通りに適度に手抜きをしながら無難に試験を突破している。
「落ち着いているな。
どの戦技もそれなりだが、大きなミスもなく無難に使い分けている。大したバランス感覚だ」
少し心配していたが、当人は全く気負いする様子も無くサクサク済ませている。
私ならば思考加速を併用すれば完全なコントロールをしながらの手加減で任意の成果を一部のブレ無く出すのは可能だが、アルトは感覚と咄嗟の判断だけで近い芸当をしているのだから素晴らしい。
解ってはいたが、才能という面では私より上と認めざるを得ないだろう。
「あの受験生は、ありました。ファナリア大公家の専属枠みたいですね」
「ほう、ファナリアの、流石だな。
才能は感じさせるが、熱が入っていない様に見えるな。仕事と割り切るにしても子供らしさを全く出さないとは、どんな厳しい教育をされて来たんだろうか」
才能は素晴らしい、いや素晴らし過ぎて私の育成論では才能の引き出しに不足がないかが逆に心配になるレベルだ。
かといって私より上手く育成出来る者が居るとも考え難い以上、私自身がアルトに合わせて頑張るより他あるまい。
だが魔術の指導なら問題無いだろうが、武術はそうも行かない。
何しろ実演してやれない。
私には常に監視が付いていて、刃物を持たせて貰えないのだから実演以前の問題である。
まあ、私も武器を持つ日が来ないことを望んでいるので納得しているのだが。
「可愛げがないという意味なら、特待生の侯爵家のご子息が凄かったみたいですよ」
「ああ、ヴァンスターク家の跡取りか、ありゃ化け物だったと担当してた奴から聞いたな。今年の武術科首席候補だという話で持ち切りだ」
どうやらシャリオンは特待生枠で私と同じく別途試験を受けているらしい。
となるとレラジェもアルトと同じ従士科の筈だが、どうやら別の組で試験を受けているようだ。
「従士科受験生のアルト、随分小柄だがよく動けている。武技もいくつか使えて、スタミナも瞬発力も十分、オマケに美少年と来たもんだ」
「ですよね、俺なんて最初男装した女の子かと思いましたよ」
バレているではないか。
そうか、レラジェと鉢合わせないのもアルトが執事として試験に臨んでいるからだった訳だ。
よく考えるまでもなく当たり前の話ではないか。
「バカ野郎、こんなに可愛い子が女の子な訳がないだろう、大概にしろ!?」
「すみません教官」
大概にするのはお前だ教官。
そんなに熱っぽい視線を私のアルトに向けないで貰いたい。
「お前に分かるか、あの子供のようにツルリとした健康的な皮下には筋張らず靭やかに躍動する無駄のない筋肉が隠されていることを!」
「いえ分かりません」
ほう、私の育成した成長を妨げない柔らかな質の良い筋肉に気が付くとは、さすがは教官だな。
目が少し偏執的だが知識は本物のようだ。
「お前に見えるか、あの気迫の薄い表情の下で、いかに効率的に動くか、ペース配分を完全にコントロールしながら適度に手を抜いている様が!」
「いえ分かりません」
そこにも気付いているのか、いくらアルトが歳の割に技量があろうと実戦経験の豊富な者から観れば手を抜いているかどうかは一目瞭然という事か。
目が少し変態的だが実力は本物のようだ。
「お前に感じられるか、自らの主に恥をかかせないために敢えて本来の実力は隠しつつ、それでも合格するには十分な成績だけは出しておこうという、あの配慮に満ちた敬愛の心を!」
「いえ分かりません」
それは少々酔った見方だと思うが、実力を隠して合格しようとしている部分に関しては間違いない。
配慮という意味では、主ではなくヒルデより良い成績を出さない為の調整である。
「ふっ、お前ももう少し歳を取れば少年の良さが分かる様になるだろう」
「いえ分かりません」
この教官本当に大丈夫なのだろうか。
「さてと、ではそろそろ俺が直接手合わせして実力を見定めてやるか。
足を使わせるように誘導して疲れさせれば否が応にも観せてくれるだろう」
「なるほど手札を引き出させるんですね」
「荒い息と迸る汗を、な」
「教官、採点に集中してください」
この教官本当に大丈夫なんだろうな。
「バカ野郎、汗でしっとり衣服が貼り付けば男女の見分けが付くだろうが、そんなことも分からないからお前は半人前なんだッ!」
「教官、仕事してください!」
この教官本当に大丈夫じゃないぞ。
補佐役も早く通報するんだ、アルトの変装がバレそうで危ないではないか。
学院生活を送る上で、私とヒルデとアルトの三人とも女子では、男子側の内偵をするには他人を仲介しなければならなくなる。
だからこそ男子としてアルトを潜り込ませる事にしたというのに、受験当日にバレてしまったら折角の計画がご破算。
それだけは避けたい。
(アルト、模擬戦は短時間で終わらせなさい)
(ん、わかった)
少し手札を見せる事になるが、長時間粘られるよりマシだろう。
「アルト君、遠慮は要らない。全力で掛かってきなさい」
アルトが教官に無造作に近付いてから一瞬で姿を消して見せた。
フランシスカ直伝の呼吸の虚を突いた歩法。
「…っ、そこか」
わざと視界の端に影を見せて、からの気配と殺気に緩急をつけた変則バックスタブ。
「む、グッ」
に気を取られた隙に振り向かせる動作を誘って、本命の超低姿勢からの足払いで転ばせ…
「おおっ…!?」
受け身を取ろうとした手首を空中で掴んで捻り上げていた。
無様に背中をしたたか打ち付ける教官。
「がッ!?」
「そこまで!」
模擬戦である以上、どちらかが地に腹か背中を付けたら終わりなのだ。
(良くやったわね)
(ん、なんか視線がずっと気持ち悪かったから思ったより力入ったかも)
完全に予想外だったのか、教官は受け身も取れず無理な姿勢で出したもう片方の腕を傷めた様だが、あの程度なら治療術で治るだろう。
アルトは性別や年齢的にも筋力は大人には遠く及ばない。
背後からの不意打ちではおそらく倒せないと考え、あの大柄な教官を転倒させる為に最大の攻撃そのものを囮にして、転ばせやすい重心と態勢を相手に作らせたのだ。
相手が油断していたとはいえ、実にクレバーな戦法である。
それはそうと、魔術学院は学生だけでなく教員や教官までアクが強いのか。
これは先々が思いやられるな。
《余録》
何の参考にもならない受験生のパラメータ比較。
[一般受験生]
【筋力】: 29
【耐久】: 29
【技量】: 29
【敏捷】: 29
【精神】: 23
【生命】: 290
【魔力】: 290
【体力】: 290
↑は人間族15歳の平均値です。
↓は主人公とその従者二人の試験当日の値。
[リヴィアゼア]
【筋力】: 10
【耐久】: 15
【技量】: 31
【敏捷】: 21
【精神】: 28
【生命】: 120
【魔力】: 635
【体力】: 114
[ヒルデラーナ]
【筋力】: 33
【耐久】: 34
【技量】: 35
【敏捷】: 37
【精神】: 31
【生命】: 372
【魔力】: 280
【体力】: 374
[アルト]
【筋力】: 33
【耐久】: 30
【技量】: 39
【敏捷】: 55
【精神】: 30
【生命】: 329
【魔力】: 607
【体力】: 296
ヒルデは【生命力上昇】込みですが、素の体力がそれ以上というタフネスモンスター。
足を止めての真正面からの打ち合いでは両者の実力は拮抗している模様。
ちなみにアルトは主人公と同い年ですが遅生まれです。




