新時代の英傑王 7
【異境: 人神領域】
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人神領域、エストバース王国の中央。
異境の門が出現したのは王家直轄領内にあるサラサレス地方のハルボークス大平原。
他国から続々と集結する軍隊の収容の為に大平原には大規模な野営地が設営され、その設営の為に王国軍は交代で連日の作業に追われており、特に魔術師団は大規模な整地に駆り出されていた。
門の出現国へは世界中から支援物資や援助金が送られるが、一気に十万人以上ともなると負担も相当に大きく、聖戦終了までは大抵の場合は配給制度となるのだが、今回は事情が少し異なる。
参戦の年齢制限や、渡航者へのチェックが厳しく、兵站も十二分に用意されており、例年と比べると混雑も少なく、あまりの手際の良さに各国の軍隊は呆気に取られていた。
普段からある程度の蓄えや、異境出現を予測して準備はする物だが。無かった場合の損失を考えると大袈裟な事前準備はせずに、対策を講じて負担を近隣国と分散して、いざその時になればすぐに一部だけ動かせる準備に留めるのが一般的な対応なのだ。
それがどうだろう。
迅速な対応、あっと言う間に整備された前線野営地、全軍を収容して尚、国民は普段通りの生活を続けている。
一大陸のみで対応する魔神領域ですら、聖戦の準備をするには諸問題が多く、慣れていてもここまでの手際で行う事は出来なかった。
この事は以後、エストバース王国は神子不在という歴史的一大事に、あらゆる努力を惜しまず国民が一丸となって取り組んだモデルケースとして称賛を浴びることになる。
もちろん称賛の声だけではなかった。
戦力不足が懸念される中での参戦年齢問題は特に傭兵や冒険者からの反発の声が異様な程大きく、それを傭兵斡旋業を営む商会が広め、圧力を掛けてきた。
だが王国内で起きたとある事件の犯人が当該商会と深く関わっていたという事実が発表され、逆に疑いの目を向けられて次第に鎮静化していった。
商会の代表は王国にある支部への調査を受け入れ、事件に関わっていたと思しき職員並びに以前より素行に問題のあった傭兵達を解雇。支部は期間を定めて営業を自粛し、代表自ら王国へと正式に謝罪したという。
まるで前世における不祥事を起こした会社の謝罪会見までの流れを見ている様だ。
今回は人神領域の異境である。
必然的に人間族や小人族に集中して印は発生するため、他の大陸での聖戦より遥かに多くの人員を必要とする。
当然、貴族家に掛かる責務の重さも大きく、上級貴族は元より下級貴族に至るまでほとんどの貴族家から参戦者が殺到した。
「姫様にお見送り戴ける栄誉を賜れて、わたくしは幸せものですわ」
「フィアナ先生、決して無理はしないでくださいね」
「ええ、姫様から戴いたスキルリングも在りますからね。必ず無事に帰ると約束致しますわ」
ディルムン伯爵家も例外ではなく、今回はフィアナ先生に印が現れ初陣という事になった。
本当は聖戦になど行って欲しくはないのだが。この国の貴族に生まれ育ち若く元気な内に国内に現れた異境とあっては、参戦しない理由は無いという本人の主張である。
王国が万全な体制の下で臨めるこの機会を逃せば他の聖戦はもっと条件の悪い中で参戦しなければならないかも知れないという懸念もあった。
大変結構な意気込みだが心配は心配である。
私が貴族家の一子女として、先生の生徒としてやれる事は少ない。
そこでせめて御守くらいならばと、手ずからギフトの付与された指輪をプレゼントしたのだ。
これは『スキルリング』と呼ばれる主にダンジョンで見つかる大変貴重な品で、発見されても基本的には仲間内で使う為に滅多に出回る事が無い。
例外としては冒険者組合が取り仕切る競売へと引退した冒険者が出品した物を競り落とすか、流れ物を買い取るしかないのだが、とにかく効果が破格である事からとんでもなく高額になる。
スキルリングはその名の通り、装着者に付与されたギフトが効果する。
但し効果を発揮するにはリングと専属契約をしなければならず、契約を重ねるとリングが壊れてしまう。つまり回数制限があるのだ。
その特性上、気軽に使い回す事も出来ない。
せいぜいが二代か三代までで、それがまた希少さと出回らない理由になっている。
私はフィアナ先生が身に着けているのを確認してからそっと囁いた。
「ふふふ。実はフィアナ先生の填めたリングは流れ物ではなく一代目なのです」
それにはさすがのフィアナ先生も慌てた様子であったが、その意味に気が付いて涙ぐんで笑顔になる。
「きっとフィアナ先生の孫の代まで守ってくださるわ。だから絶対に大丈夫よ」
「姫様…。では先行投資をされた商人としてはきっちり見合った成果を挙げないとなりませんわね!」
このスキルリングと呼ばれる物には一つ厄介な特徴がある。
それは鑑定が難しいという事で、ギフトを観れる人物鑑定と物の効果を観れる道具鑑定の両方が必要になるのだ。
鑑定は一般ギフトではあるが、両方を同時に持つ者は大変珍しく、それこそ大国であるエストバース王国ですら百人も居ないくらいの確率となる。
フィアナ先生には鑑定出来ないこのリングに付加されたギフトの効果は【幸運上昇】である。
これなら聖戦後の生活を送る上でも効果し続けるだろう。
聖戦へ行くからと言って必ずしも戦闘系ギフトが役立つとは限らない。
結局の所、万事を尽くしてもどうなるか分からなくなったら最後に物を言うのは幸運なのだ。
私はそんな安定性の無い要素に頼る気は起こらないが、私以外の者には時に縋り、必要になる要素である事は認めている。
ちなみに幸運のスキルリングは歴史上発見された例は無いので値段は査定不能だったりするが、そんなことを知っているのは魔導書館の館長である賢者テストラや、魔導天城の元老院達と関係者くらいなものだろう。
「ねえねえ、リヴィア。僕にも何か無いかな?」
ギルバートよ、お前は双翼の総大将なんだからこんな所で油売ってたら駄目だろう。
「ギルバートにはトール特製のカレエ粉末が有りますよ」
「うわやったこれは嬉しい。カレー粉とか神なのかな、さすがはトオル君」
ギルバートは安上がりだな。
一応魔力の回復効率が向上するハーブも混ぜてあるが、一流の装備品が揃っているギルバートには今更付け加える物も無いだろうし、消耗品の方が良いだろうという配慮だ。
結果的にそうなっただけで決して待遇に差を付けたのではない、筈だ。
◇◆◇
[248]
聖戦の準備期間中は自宅謹慎を言い渡された。
理由は当然、国外から王国へ大量の外国人が入ってくるので防犯のためである。
ジェラルドやプロシアは勿論のこと、ライドラスやオクタヴィアも大変忙しくなり、邸内で約二ヶ月間の監禁生活を余儀なくされた。
とは言え、私にとっては何ら不都合は無い。
リンデノート領の大公邸で人の出入りのほとんど無い監視下での生活など、今までとほとんど変わらない。
むしろ、祖父母の突然の訪問が無いという状況は、引き籠もり生活としては理想的な環境である。
プロシアからも、いくらなんでも不自由過ぎると思われたのか、後で報告するのであれば工房内でなら自由に創作活動に勤しんでも良いとお達しが来た。
つまり、生存確認さえ毎日欠かさなければ、保護者公認でいくらでも工房に籠もっていられるのだ。
実に素晴らしい。
勿論、創作活動はする。するのだが。
異境の門が国内という近場であり、生の聖戦の準備から突入までの様子を分霊を使って逐一様子を見れるというのが何よりの収穫であろう。
噂話も、他国の世情も、軍の機密も、各国要人のチェックも、何もかもやり放題なのだから。
こういう特別な日は、やはり御香のドーピングで強制覚醒に限る。
あらゆるチャンネルを開放して情報を集める事に集中しよう。
全てを観よう。
全てを聴こう。
全てを感じよう。
全てを識ろう。
破裂しそうなくらい沸騰した脳内でシナプスがチカチカと弾ける様だ。
王国、帝国、皇国、共和国、宝国、玉国、晶国、星霊国、聖樹国、妖精国、地帝国、獣王国、妖魔王軍、天魔王軍、悪魔王軍、業魔王軍、海神連合、聖教国、神聖国、法王国、聖国、……。
人間族、小人族、精霊族、巨人族、森人族、地精族、獣人族、妖魔族、天魔族、悪魔族、業魔族、亜人族、水精族、竜人族、天空人、有翼人、混成種…。
徐々に集まり、やがて総勢二十万を超えるエリュダイト人類軍。
参戦するのは二十万弱。
残りは万が一の場合の氾濫に備えた後詰めの軍や、参戦せず帰還を待つ関係者達だろう。
商人達もここぞとばかりに兵相手に商売をしている。
彼等も多少の食糧は持参してきているが、滞在期間中の食事に関してはホスト国であるエストバースと周辺国から提供される。
この時の代金は全て帳簿に記載され、後日各国へ請求することになる。
いつもなら領域中から物資を運搬して賄うが、今回は予めエストバース王国が貯蔵していた分で事足りた。
それもこれも、何者かの事前情報の提供によりある程度の支度が済んでいたのが大きい。
どうやら不確定情報でありながら、それを信じて準備をしていたらしい。
エストバース王国は大半の物資を自国で用意していたことで、いつもなら不手際やら遅延やらで揉めるはずの待機軍同士のいざこざを最小限に抑え、スムーズに聖戦の日を迎えるに至る。
各国に競り落とされた『魔法の鞄』の製造法と共に提供されたサンプル用の鞄も、物資の運送に一役買っていた。
これが後に、エストバース王国は異境対策が世界一進んだ国家として噂される事になるが。
その裏で多くの王国臣民の努力と、王国上層部内でまことしやかに囁かれる『預言者』の存在や、多数の危険分子の排除が行われていた事を知る者は少ない。
そして、壮大なるスケールで行われた計画を横取りする者が居たことに、気が付いた者は果たしてどれだけ居ただろうか。
――――――――――
[249]
誰が予想しただろうか。
俺達が相手にしていたのは、魔物でもなく、異界人でもなく、もっと異質な…。
「ダメよ。おイタをしちゃ」
何が起こったのか、混乱している頭では理解不能だった。
身体が動かない。
さっきまで草原いた筈で、飯食って、作戦会議して、それから…。
「〜〜〜ッ!〜〜〜〜ッ〜〜!!」
俺は今、何か得体の知れない力で拘束され、全身の関節を固定されたまま空中に吊るされている。
手も駄目、足も、肩も、腰も、全部動かせない。
見えない力でガッチリ固められている。魔力は感じない。
「しーっ。ふふふ。口を塞いでも騒げるだなんて、器用なことをするのね」
何も出来ない事実を拒絶したくて、とにかく喉を震わせて言葉にならない呻き声をあげる。
よく見えない、何処だ、誰がこんなことを。
「「〜〜ッ!!〜〜〜〜ッ!!」」
自分以外の呻き声だ!自分の他にも誰かが居る!
隣だ。
でも首を動かそうにも固定されて動かせない。
ここに俺が居る!隣に誰か居るならとにかく返事をくれ!
「〜〜ッッ!「〜〜!〜〜ッ!」」
意味の無い呻きのコンタクト。
ただ自分が今ここに居るという証明を共有する。
それでも、混乱した頭が同類の存在を認め欲する。
「私は『しーっ』と言ったのよ」
次の瞬間。喉が消えた。
「――――――」
違う。喉が消えたんじゃない。
声が、音が、震わせられなくなった。
あの正体不明の声が囁いた瞬間消えてしまった。
ああ、隣の誰かの呻き声が聴こえない。
誰か、誰でもいいから、返事を!
「やっと大人しくなったわ。ふふふ」
そうだ。コイツは誰だ!?
俺に何をしたんだ?
俺の喉はどうなったんだ。
見えない、感じない、解らない!
「全員に聞いていくわ。あなた達のことを教えてもらえるかしら」
何を言ってる!それよりも俺は今どうなっなっなっななな…、お、お、おれれれ…!!?
お、俺達『レッドウルフ傭兵団』はラディス帝国の皇太子直属軍の一翼として招集され、正規の手続きで、人神領域内に発生した異境討伐を掲げて入国した。
「それでいいわ。続けなさい」
なに!?なになになになに!?
あたまに、なんかはいってるうううう??あ?
入国の方法は『結社』の指示で班別に変えてあるが、何処かから情報が漏れていつくかの班は捕まった。
年齢制限もあって実際に現場に入れたのは全体の四割にも満たなかったが、計画の変更は無かった。
俺達は実行部隊だ。
サポート部隊が潰されたのは痛手だが、計画実行は可能だという判断がされた。
「いい子、いい子ね。ふふふ。まだ大丈夫そうね」
え、え、何が大丈夫だって?痛い痛いっ!
頭ん中いじられてえええ!全然大丈夫じゃないだろろろろ!お、おお??
ある程度の潜入失敗は想定の範囲内だった。計画の肝になる班は確実性の高い方法を使っていたからだ。
捕まったのはほとんどが陽動と撹乱部隊。
実行部隊もいくつか捕まったみたいだが想定の範囲内。
神子の居ない現地人共を相手にするだけなら十分過ぎる人数を送り込んでいた。
「あら、あなたはもうおしまいなのね。いいわ、おやすみなさい。
ふふふ。さあ、あなたはまだ頑張れるわね」
痛い痛い痛い痛い、痛覚ないけど痛いイィ!!
があ!今回の目的は国を疲弊させること。
大敗させられれば大成功だが、条件が厳しいからプランBを優先。若い将校を中心になるべく多く始末するのが目的だ。
次の優先順位はラディス帝国の戦果を上げさせて、疲弊させた大国に取って代わって発言権を獲得させることっ、オッ、オッ!
「痛みなんてないわ。続けて」
みんな、はぁ、どど、うなった?
いたいいたいいたいいたいぃ!
つ、次…の!聖戦、まっマッでに?イイィ!NO!
NO!NO!ノー!!ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙!!
「あらあら。ふふふ。いいわ」
――――――、――――――。
「頑張ったものね。ふふふ。
治療してもう一度穿るのは簡単だけど、その頑張りに免じてこれ以上は聞かないでいてあげるわ」
――――――。
「でもごめんなさい。あなた達の計画は、私の勝手な都合で延期させてもらうことになるの」
―――――。
「その変わりに、とっても素敵なものをプレゼントしてあげる。全員にね。ふふふふふ」
――――。
「ギフトをいくつかサービスするわ。
聖戦、頑張っていらっしゃい。でも、皆を裏切るのも傷つけるのも禁止よ」
―――。
「さあ、おやすみなさい。次に起きたら、あなた達は英雄になっているわ」
――…。
◇◆◇
「…ぉ!隊長ぉ!」
剣戟の音、木々の合間を光弾が抜けていく。
「え、あれ…。何だっけ…」
「隊長ぉッ!危ないですって!」
俺は、立ってる。
ここは、戦場か…?そうだ、異境だ。
何だっけ、変だな。
「隊長、伏せてッ!!」
迫りくる質量を持った殺意をかろうじて躱して地面に倒れ伏す。
自重と身に着けた装備の重さに現実感のある衝撃を受けて、急速に今の自分に置かれた状況を認識する。
「…ッ!アルダー!状況はッ!?」
そうだ。今は聖戦の真っ只中。
俺達レッドウルフ傭兵団はラディス帝国軍の精鋭部隊として最前線で敵性ゲートの探索任務を請け負って。
「ダメです隊長ぉ!ここの守り硬すぎて突破出来そうもないですッ!
もういい加減前線任務の方はいい頃合いじゃないんですか!?」
ああ、そうだ。
隙を見て王国軍の双翼将軍を…、いや。
敵性ゲートを一時的ニ奪取して混乱させた所で退却しなくテは、まずは信用ヲ勝ち取る所からダ。
「コ、この状況で退却したんじゃ任務の成功率は上がらない!
カ、確実な戦果を上げないことには近付くのは無理だ!」
冷静になって分析しろ。
裏をかいたつもりが思ったより防衛線が厚かったのは確かに計算外だが。想定外と言うほどではない。
アルダー達は反撃の激しさで冷静さを失っているが、敵性部隊も突然の奇襲で冷静さを欠いて後先考えずにバカスカ撃ってるだけだ。
ス、少し前ノ俺達には荷が重い任務ダったろウが、イ、今の俺達ハ英雄の力ヲ授けらレているかラ安心ダ!キ、きっト大丈夫ダ!セ、成功率は200%ダ!!
「隊長、退却しましょうって!」
「ダ、大丈夫だ。問題なイ!」
「た、隊長…!?」
おいおい、こいつまだ思い出してないのかよ。
全ク世話の焼けるやつダ。
「イ、いいかアルダー!思い出せ!大丈夫なンだ!」
「あ、ああぁ…」
「オ、俺達は無敵ナんだよッ!だから、ひひひひひ!」
「ア、アアアァ…」
「オ、俺達には女神様カら授けられた力があルから全然平気だってコとだ!!サ、最強なんだぜ!?!」
俺の説得を受けてアルダーの目が次第に焦点を失いながら裏返っていく。
おいおい大丈夫かコイツ。目を覚まさないなんてことはないよな?
「ア、ああ!ソうだった、そうだっタぜ隊長ぉォ!俺達は無敵だっタんだった!!
おい、レゴル!そうだヨなあ!?」
「え、ええ!?何言って、え、え…?」
正気を取り戻したアルダーはすぐに起き上がると近くに居た別のメンバーへと声を掛けた。
心のモヤが晴れて爽快な顔をしている。良かった。
「しっかリしろ、冷静になっテ思い出セ!」
「エ、ええっと…、ああっ!思い出シた!そうだよ、何でモっと早く思い出させてくれなかったんダよ!
俺達本当にバカだなあ本当に!!ケケケケケ!」
「そうそう、ははははは!」
レゴルはアルダーよりずっと早く立ち直った。
きっと俺と同じで異境に入ってからずっと違和感を感じていたんだろう。
「オいお前ら、じゃれてないでサっさと他の連中の目も覚ましてこいヨ。ひひひひひ!」
「了解ー。そウだよなあ、俺ってもろチょん無敵じゃンかよぉ!ケケケケケ!」
それから俺達は次々と傭兵団のメンバーを正常な状態に戻していった。
これでもう大丈夫。俺達は一丸となってゲート攻略に乗り出すことにした。
結果は最初から決まっているのだ。
俺は既にこの聖戦の大勝利を確信していた。
「行け行ケぇー!勝利は目の前だァ!ひひひひひ!!」
そうだ。ゲートを奪って、聖戦に勝ったら…、
勝ったら、何だっけ。
「隊長ぉ!お先イイィ!ははははは!!」
「ケケケケケ!」
「ひひひひひ!」
ま、いっか!
――――――――――
[250]
新しい年の始まりから少し。
人神領域に現れた異境は閉じられた。
氾濫は起こらず、大勢の人々が無事な姿を見せ凱旋した。
氾濫に備えて門の周囲を包囲していた軍隊から歓声が上がり、聖戦の勝利を分かち合い、参戦していた者達は互いの健闘を称え合う。
エストバース王国。アルセンダルク皇国。ベルノス帝国。ポワモー共和国。サイフォート王国。タークリント王国。
といった、人神領域を代表する国々が、参戦した各大陸の英雄達を自国に招いて盛大な宴を催した。
勝利した大陸は暫くの年月、豊穣の祝福が与えられる為、大地は潤い豊作に恵まれ、聖戦によってもたらされる好景気に湧く。
英雄達が宴の豪華な食事に飽きた頃から徐々に、それぞれの大陸へ、それぞれの国へ、それぞれの故郷へと帰還する。
そして家族や親しい人、友人達と生還を喜び合うのだろう。
もちろん犠牲となり帰れなかった者達もいるだろうが、聖戦は前世の世界で言う戦争とは違う。
恨むべき敵は隣人でも無ければ他国の者でも無く、勝利していれば既に仇討ちは済んでいるし、敗戦しても対象は次に異境が開かれない限りは何処にも居ないのだ。
だからこの世界の人々は勝利した場合は亡くなった者の為の恨みよりも生き残れた幸運を尊ぶ。敗北しても次の聖戦への意気込みが高まる。
たまに行き場の無くなった怒りに身を任せて破滅的な行為を働く者も居ないことも無いが、とても少ないと言える数である。
これは前世の記憶のある私からすれば常識や認識の違いを感じる部分であり、むしろこの世界の方が健全に思える部分でもある。
その事に少しばかり言い知れぬ様な、何だかもやっとした感情を覚えて、それで自分が転生者である事を再認識させるのだ。
異境の中で何があったのかは大変気になる所だが、生還したギルバートとフィアナ先生から直接聞こうという気にはなれなかった。
知る伝手なら他にも有るだろうし、今はただ二人との再会を喜ぶ勝利国の一人として振る舞おう。
リヴィアもそれを望んでいる。
今はしばしの間、犠牲となった英霊の魂の冥福を祈ろうと思う。
聖戦にそぐわない危険思想を持った部隊を複数幽閉して、実験ついでに情報収集と処置を施していったが、決して亡くなって欲しかったわけではない。
中でも、レッドウルフ傭兵団。
赤毛の狼人族を筆頭とした多種族混成の凄腕の傭兵達。
彼等がしようとしていた事はともかく、心を入れ替えて為した功績は語り継ぐに値するものだ。
リヴィアが少し手を加えて、裏切りや他者を貶めようとする発想を巡らせると、聖戦中はエリュダイトの為に働く意識に変換されるように弄ったようだが、よもや死兵となるほど思い詰めるとは想定外だった。
残念ながら率いていたどこかの小国の皇太子共々、全員が戦死してしまったらしいが。死を恐れぬ勇猛果敢な戦士達だったと、帰還した兵達は口々にそう讃えていた。
リヴィアのやった事は、危うい思想を意欲へと転じさせただけである。
結果論だが、誰にとっても悪い結果にはならなかったのは良かったと思っておこう。
彼等の貢献は忘れない。
お陰でどこまでならギフトの付加に耐えられるものなのか、施術のメリットとデメリットから技術的な問題などのノウハウや、種族差や個人差についてまで幅広く知ることが出来たのだ。
それに何より、リヴィアの得た満足感が私にも大きく反映されている。
今回の聖戦で得た物はかなり多い。
暫くはその整理と、後回しにしていた案件に集中するとしよう。
《余録》
レッドウルフ傭兵団のメンバーは、全員が高ランク(B〜S)の戦闘型の冒険者でもあります。
特にS級のリーダーであるグレゴは大国の正規軍の騎士達と互角に渡り合えるくらい強い大剣使いです。
ラディス帝国は名前こそ帝国ですが、少数民族の国(というより州)が集まっただけの小国なので軍の規模も小さく、騎士達の実力もそれ相応です。
リーダーは転生者なので転生特典パワーと前世の知識を駆使して皇太子に取り入って、仮に聖戦を生きて帰れば将来が約束されていました。
主人公にさえ出逢わなければ、最終決戦に登場するはずでした。
比較的、転生者の中では上手くやっていた方なので勿体ないですね。




