新時代の英傑王 2
過去の話を遡るのに不都合が多かったので、これからは短めに区切って掲載していこうと思います。
[233]
今回王都へ来たもう一つの用事を済ませる為に、私はフィンツ子爵邸を訪れていた。
「まことに申し訳御座いません。姫様が来られる事は何度も言い聞かせておりましたが、息子は昨夜から自室に籠もりきりでして…」
「お顔をお上げになってくださいフィンツ子爵さま。
私の事はどうかお気になさらず。オリナウトには彼なりのペースがあるのです」
私はフィンツ子爵領のオリナウトを王都へ呼び出していた。
オリナウトの父アルフレッド・フィンツ子爵の様子から、噂通り幼少期から奇異な目に晒され続けていた息子を所領で周囲から隔絶した生活をさせていた事が窺える。
「は、はあ。姫様がそう仰られるなら…」
「それに私の到着を既にお報せになられたのでしたら、そう時間は掛かりません」
「あ、え、それはどういう」
ガターンと応接間の扉が勢いよく開かれて噂のオリナウトが現れる。
「こ、コラ。扉を乱暴に開けてはならんといつも言ってあるだろう、それを姫様の前で…」
「ンッフフフフ、リヴィア様。これ、あげます」
手渡されたのは人形。
「まあ、魔導人形ですね。
仕掛けはこうかしら。『挨拶なさい』」
術式鑑定でコマンドキーを割り出して人形へ命じると、人形はその場でお辞儀をした。
「凄いです。まだ何も言ってないのに!
あ、それと『踊れ』、これも出来るんです。ムフフフフフッ」
その場でクルクルと踊り始める人形。
魔導人形は庶民には馴染は薄いが魔術師界隈では珍しい物ではない。
王都なら探せば取り扱っている店はすぐに見つかる。
「ふふ。王都の魔導具店を観るのは初めてだったのですね」
「ハイ、楽しかったです」
普段オリナウトは領地で飼い殺しにされており、王都には滅多に訪れない。
おそらく私が呼び出して久しぶりに来訪した王都の中、興味を持った魔導具店で初めて魔導人形を目にしたのだろう。
そして面白いから造ったのだ。
誰に教わるでもなく、観たその日から自分の手で。
「私からもお礼をしないといけませんね。エスメラルダ」
「はいリヴィア様。ではアルフレッド様、オリナウト様、こちらをどうぞ」
「ア、ハイ。ありがとございまーす」
手渡したのは赤い封筒に入った招待状。
王都の有名な劇場の一つで公演されている演劇のものである。
「あのう、姫様…これは」
「王都には魔導具以外にも面白いものは沢山あるのです。これはオリナウトも気に入るはずよ」
「行きます!」
即答。
床に座り込んでチケットを食い入るように見ている。
「ええと、その、ご招待は嬉しく思うのですが、何故オリナウトを?」
「いつ観れますか!」
「今すぐ観に行けますよ」
「行きましょう。イッヒヒヒヒッ」
フィンツ子爵は目を丸くしてやり取りの早さに唖然としている。
「エスメラルダ、馬車の準備をしてください」
「はーい、お任せあれ」
「ではオリナウト。すぐに着替えて出発しましょう」
「ア、ハイ」
そう言って立ち上がるや否や、チケットだけを見ながら器用に自室へと走って行った。
そしてそれを追いかけるフィンツ家の使用人達。エスメラルダは素早く玄関へと直行。
残ったフィンツ子爵は困惑している。
「姫様。その、オリナウトは大変世話の掛かる息子ですが、決して頭の悪い子ではありません。
ですが決まり事や周囲に合わせるのが昔から苦手でして、劇場になど同行させてはきっと姫様にご迷惑をお掛けする事になります」
「安心してください、劇場は貸し切りです。他の者の目など気にしなくて良いのですよ」
オリナウトが時間通りに行動しない事は最初から理解していた。
その為、本日の劇場は貸し切り状態にしてあり、公演も私達が到着し次第という手筈になっている。
「そんな、私にはそこまでして戴く理由が…、心当たりがありませぬ。
失礼を承知で申し上げます。何故オリナウトなのでしょうか…?」
意図が見えず不安に思っているようだ。
確かに周囲の目から隠す様に育ててきたのは間違いないが、それも全て息子への愛情からなのだろう。
周囲から奇異な目で見られ、おかしな言動や行動から誤解を招き、悪意に晒される事を懸念して所領で不自由でも幸せに生きる道を用意したのだ。
それは大変よく解る。
「フィンツ子爵さま。私の噂についてはどれだけご存知ですか」
「それは、その、大変失礼だと思いますが、世間で言われている様な一般的な事くらいしか耳にしておらず…」
意図的にジェラルド達が隠してきたのだから、それこそ世間には真実はほとんど伝わらず、画一的な公式の公開内容しか聞かされていない筈だ。
それ以外だと面白おかしく話す者達、噂好きや陰謀論者が流す様なものしか聞き及んでいないのだろう。
「ふふふ。私もオリナウトと同じなのです。
憶測や噂の渦中に置かせたくないと考えたお祖父さまの計らいで、田舎の小領地へ人目から隠れる様にして育てられてきました」
「そんな、姫様が息子と同じだなんて、そんな畏れ多い…」
「いいえ、これは事実です。
フィンツ子爵さまはオリナウトをこれから先どう育てるおつもりなのですか」
私は解っている。
アルフレッドの考えていた事なら把握している、それを解った上で聞く。
「それは、精神の幼い息子は確かに他の子女の方々と比べれば遅れていますが、長い目で見ればいずれはそれなりに生きる術を学ぶものと、そう信じております。
あの子は決して他者より劣る子ではありません。それは誰よりも分かっているつもりです。
ただ少し、成長するのが遅いだけなのです…」
「ええ、存じておりますわ。
子爵さま、奥さまの事は聞き及んでおります。聡明な方だったそうですが、もう亡くなられているのだとか。お悔やみ申し上げます」
その言葉に沈んだ表情を見せるアルフレッド。
「いえ、そんな…。もう五年以上も前の事ですから。
ですが、ええ、仰られる通り妻は息子が十歳になる前に、病に冒されそのまま…」
「奥さまはオリナウトの本当の理解者であったのではありませんか」
「はい、はいその通りです!
生前の妻は常に息子を気にかけており、息子の知りたがった事に何でも答えておりました。
妻は私には勿体無いくらいに聡明で賢く博識で、オリナウトはそんな妻にいつも甘えておりました」
涙をホロホロと零しながらアルフレッドは答える。
オリナウトは母の明晰な頭脳と、一種の自閉症とを同時に持って生まれたのだ。
私の前世の記憶によるなら、特化型の天才と呼ばれる者にありがちなパターンである。
だが、この世界ではそういった者に対する正確な知識が浸透していない。
おそらくは知的障害と同じ扱いをされているのだろう。
「フィンツ子爵さま。オリナウトに必要なのは自分を理解してくれる存在です。
理解者が居て初めて、オリナウトはその天から授かった才能を、奥さまから受け継いだ知性を育むことができるのです」
「はい、あの子には理解者が必要なのは分かっております。
ですが、私には息子を完全に理解してやれない。
妻の様に何でも答えてやれるだけの知識もありません。
私では世間から引き離して守ってやる事くらいしか…」
「だからです」
アルフレッドが顔を上げるのを待ってから言葉を続ける。
「私が、オリナウトの理解者になると提案しているのです」
その言葉がすぐには理解出来ないという表情をしている。
「アルフレッドさま。オリナウトを私に預けてみませんか」
「そ、それはどういう事でしょうか…」
どうやら興味は持って貰えそうだ。
「期限は三年間。私が魔術学院に在学中、オリナウトを側近として側に置きましょう」
「で、ですが息子の素行ではとてもではありませんが学院への入学など無理でしょう。
クリムワイエ魔術学院は貴族の学舎。格式と伝統を重んじる世界でも一二を争う名門中の名門。
もちろん私も息子にせめて学びの機会をと学院卒業生の家庭教師は付けておりますが、その教師でも作法の試験は絶望的だと言うのです…」
「準備できました、エヘヘへ」
ガターンと音を立てて扉が勢いよく開かれる。
それに対して頭を抱えるアルフレッド。
「ふふふ。続きは演劇鑑賞の後にしましょう」
不安そうなアルフレッドと、ウキウキしているオリナウトを連れて、エスメラルダの待つ馬車へと向かう。
少し待たせてしまったが、劇場で待つ劇団には十分な量の報酬を渡してある。
到着し次第、すぐにでも公演を開始してくれるだろう。
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劇場の演目はオーソドックスな神話をモチーフにした王族と臣下の貴族が聖戦へ挑む物語。
王宮でのドラマ有り、決闘有り、踊り有り、魔術有り、恋愛有り、神々有り、歌唱有りの見せ場の多い人気の演劇である。
王都に住んでいる貴族ならば誰もが知っている内容だが、所領に引き籠もっていたオリナウトにはとても新鮮に映っただろう。
片時も目を逸らさず、目で、耳で、全身で吸収しているのが見て取れる。
まるで呼吸すら忘れてしまっているのではないかと思えるほどの並外れた集中力。
おそらく脳も目まぐるしく回転して発熱している事だろう。
決闘になれば腕を振りながら立ち上がり、踊りになればリズムに乗って足を踏み鳴らし、謁見のシーンは身振り手振りを真似している。
それを横目で観察するアルフレッドは心から楽しみ嬉しそうなオリナウトの様子に何度も涙を流し、一緒になって演し物を楽しんでいた。
演目が終われば自分達以外誰も居ない会場でオリナウトは一人スタンディングオベーション。
奇声を上げて拍手喝采をし続ける。
◇◆◇
「姫様、此の度は本当にありがとうございます!
何と感謝すれば良いのか分かりません…」
アルフレッドの言葉を手で制して、オリナウトを呼ぶ。
「オリナウト。ふふふ。その様子なら演劇は楽しめたようですね」
「ア、ハイ。ありがとございまーす。キヒヒヒヒヒヒッ。
もう、もう全部すごいですっ!イヒヒヒッ。
リヴィア様の言うことは本当でした。これ面白いですっ!ムッフフフフ」
「エスメラルダ、あれを渡してあげてください」
「了解です。はい、オリナウト様。こちらをどうぞ」
「ア、ハイ。ありがとございまーす」
アルフレッドはこれから何が起こるのかとやり取りの意図が見えず、しきりに私とオリナウトを目で追っている。
エスメラルダに手渡させたのは紙とペンだ。
受け取ったオリナウトはどうして良いのか私を見て待っている。
意図は掴めずとも、飼い犬の様に私の指示を待っているのだ。
「オリナウト。演劇の脚本を書いてみたくありませんか」
「ハイ、やります!」
返事をするや否や、うんうん唸りながら猛烈なスピードで紙にペンを走らせる。
「姫様。その、これはいったい…」
「オリナウト、半年です。
もし半年以内に脚本を書き上げられたら、あなたの作品をこの劇場で公演すると約束しましょう」
「やりますやります!」
そしてアルフレッドへ向き直り、言葉を掛ける。
「オリナウトは賢い子です。きっとすぐに気が付いて欲しがりますよ」
「そ、それはどういう事でしょうか…」
「エスメラルダ、馬車を用意してください」
「はーい、承りました」
アルフレッドの疑問には答えずにオリナウトへ視線を向ける。
唸りながらひたすら書き続けるオリナウト。
困惑するアルフレッド。
後はもう時間の問題なのだ。
「ではフィンツ子爵さま。お返事は半年後にお伺いします。それまでオリナウトは王都に滞在させてあげてください。
必要な物があればアルバート商会の支店へ言っていただければすぐに用意させます」
「申し訳有りません、私には何の事やらさっぱり分からないのですが…」
「ふふふ。今はそれでも構いません。
ただ、オリナウトの希望はできる限り叶えてあげてくださいね。それさえしていただけるなら後はお任せします」
「は、はあ。姫様がそう仰られるなら…」
◇◆◇
こうして、フィンツ子爵家との面談は終わった。
オリナウトは屋敷に帰る間も馬車内でひたすら書いては唸って、唸っては書いていた。
別れる前にアルバート商会向けの書状を持たせて、半年後にまた会う約束を取り付けた。
オリナウトの知能は平凡な天才のそれとは一線を画すものだろう。
ならば彼は必ずそれに気付き、必ず実行するのだ。
初めて魔導人形を観たその日から一日でこの人形を造るなど、前世の記憶を持つ転生者で無かったならば、おそらく私にも不可能だったろう。
彼は間違いなく、世界最高の頭脳を持っている。
これは断じて親切心や同情心だけで手を差し伸べたのではない。
彼をフリーにして他の転生者に利用させるのはあまりにも危険過ぎる。
私の想定を超える可能性があるのだ。
ならば手元に置くより他あるまい。
目の届かない所で下手な考えを持つ者の思想に利用されないように、私がコントロールする必要がある。
今ならまだ間に合うだろう。
他に理解者が現れるのであれば仕方が無いと思うが、理解者を名乗るだけの詐欺師に遭ってからでは遅い。
私の計画に組み込むかどうかはまだ定かではないが、少なくとも悪意ある第三者から身を守るには私の下に居るのがお互いの為にもなるだろう。
ファナリア家の力を使ってオリナウトに理解を示せる者を探して、何ならアルフレッドの後妻として見繕うのも有りか。




