新時代の英傑王 1
【入学前年】
[229]
季節は春となり、進学まで残り一年を切った。
「ギルバート。学院のことを教えてください」
いつものギルバートの授業ではあったが、最近は少しまともになって来ていた。
ヒルデは初級と下級魔術は一通り使える様になり、中級魔術にも着手し始めている。
アルトは中級魔術ならあらかた使えるので精霊術の勉強をしている。
そして一年後には学院生となる予定の私達は、合格基準も満たした区切りとして、卒業生であるギルバートに学院の事を教わることにしたのだ。
「あっ学院のこと話してませんでしたっけ。
いやあ食堂があまり美味しくないんですよね」
「その話なら前に聞いたわ」
「そうですよぉ、ギルバート先生は先生をしている間は食べ物の話禁止です」
ヒルデよ、それを禁止したらギルバートは何も会話が出来なくなってしまうではないか。
「ええ、じゃあ何を話せばいいんですかっ」
おいギルバート、本当に話す事無くなるとか本気で言ってるのか。
「ギルバートは派閥とかには入ってなかったのかしら?」
「あっ派閥ですか。もちろん入ってないですね」
まあ、そんな物に興味は無さそうな気はしていた。
ギルバートは平民出身だから、ほとんど縁が無かったのだろう。
「ギルバートは英雄科に入っていたのかしら?」
「あっ英雄科ですか。もちろん入ってないですね」
入って無かったのか。
首席合格で入らないなんて事が有るのか。
「どうして首席合格なのに入らなかったの?」
「いや、だって魔術科で英雄科の連中を倒した方が格好いいじゃないですか」
心底どうでもいい理由だった。
「絶対英雄科の方がかっこいいですよぉ」
「いやいや、下に見られてる側が強そうな英雄科を倒すから燃えるんじゃないですか。ね、アルト君は分かるよね」
「ん、興味ない」
ギルバートは少年漫画展開を望んでいたのか。
「ギルバートは魔闘大会には出なかったの?」
「あっ大会ですか。もちろん出てないですよ」
じゃあ何をやっていたんだギルバート。
魔術の天才とまで言われて何故出なかった。
「ええぇ、それこそ出たらかっこいいじゃないですかぁ」
ヒルデは英雄に憧れているフシがある。
「いやいやいや、それが出ようと思ったんですけどね。予選で融通の利かない審判に当たって反則負けにされちゃったんですよ」
おい何をやったんだギルバート。
「反則はバレない様にやらないと駄目。ギルバートは反則が下手だったから負けた」
アルトはよく解っている。
実にクールな解答だ。
「反則なんて駄目に決まってますよ。何でちゃんと戦わなかったんですかぁ」
「いやそれがさ、普段から本当に腹の立つ相手だったから。つい、やっちゃったんだよね」
てへ、みたいな顔しても駄目である。
ギルバートには魔術しか無いのだからそこで活躍しないでどうする。
「それは敵の戦略的勝利」
アルトが正しい。
「ギルバート。その時はどんな事をされてたの?」
「えっその時ですか。
特に何もされてませんでしたけど。普段の態度がとにかく嫌なやつだったんですよね」
おい、顔見てたらムシャクシャしたから反則したとか何処のガキ大将だ。
これでは駄目だ、大会の話を掘り下げようにもギルバートの悪い部分しか出てこないではないか。
「でも反則は駄目です。正々堂々倒してこそ本当の勝利ですよぉ」
ヒルデの言う事ももっともである。
おそらくギルバートは才能のある平民だったが故に貴族達から良く思われていなかったのだろう。
「ギルバートは貴族にいじめられていたの?」
「えっ貴族にですか。二回生になってからは特に無かったですね。全部仕返ししてましたし」
おいギルバート、本当に何やってんだ。どれだけ問題児だったんだお前は。
「そんな、毎回仕返しなんてもっと駄目ですよぉぉ」
「うん、同意。仕返しは一度で済む様にしてないギルバートは脇が甘い」
アルトよ、ヒルデはそういう意味で言ったのでは無いと思うぞ。
そろそろギルバートからまともな学院生活の話の一つでも聞きたいのだが。
「ギルバートは学院で友人は作れたの?」
「あっ友達ですか。それなら沢山居ましたよ。懐かしいなあ」
よし、ようやくまともな話題にヒットしたぞ。
私はともかく、ヒルデやアルトに友人は必要だろう。
ここで私の使用人として生活しているだけでは視野が狭くなる。
何とか学院で交友関係を育んで貰いたいものだ。
「放課後に用務員さんの所でこっそりお酒呑んだり、五回生の先輩と一緒に敷地内から抜け出して魔物退治に行ったりしてたなあ。
どれも今となってはいい思い出ですねえ」
おいギルバート、同級生はどうした。
「あっ他にも何か聞きたい事は有りますか。僕の昔話で良ければ今なら何でも答えますよ」
ギルバートよ、お前の学院生活が灰色だった事は十分伝わった。
「ギルバート。中級魔術の続きを教えてください」
「あっもう学院の事はいいんですか。丁度ノッてきた所だったんだけどなあ」
「もう十分休憩した」
「ギルバート先生みたいにならない様に頑張りまぁす」
こうしてギルバートの魔術授業は再開した。
聞く相手はちゃんと選ばないと駄目だな。という事が良く解った授業だった。
[230]
フィアナ先生の教養の授業も今年で終わる。
礼儀作法や言葉遣い、貴族としての常識や国ごとの決まり事を学ぶ授業。
そしてダンスや美術、声楽や演奏といった芸術全般も指導する。
フィアナ先生の授業は貴族にとっては学問や武術や魔術以上に重要な内容である。
騎士家生まれのヒルデより、ストリートチルドレンだったアルトの方が卒なくこなすのだから分からないものだ。
「お姉ちゃんも苦手だって聞いてます!」
だからといってヒルデも苦手で良い訳では無い。
「決まった通りするだけ、一人だけおかしな事をするんじゃないし空気で察すればいい」
アルトは何をやらせてもすぐに人並み以上に出来てしまう。
誰を観れば良いのか、誰の言う事を聞けば良いのか、誰から観られているのか、誰が何を気にしているのか。
そういった事を敏感に察して、いつでも対応出来る様に身構えている。
執事としての教育と武術の鍛錬を施したエスクラッドも他に類を見ない程に優秀な弟子として認めている。
「お二人とも最初の頃から比べれば、立派な淑女として見られる様になりましてよ。
姫様に至っては、わたくしのお教え出来る事はもうほとんどありませんわね」
「フィアナ先生の授業のおかげです。こんなに充実した授業が受けられて私は幸せ者です」
実際、フィアナ先生の授業の質は良いのだ。
それは授業内容だけではない。
「本日のドレスもフィアナ先生にとてもよくお似合いです。
東のセレーラ国の方で染められた生地かしら。
お土産のスパイスの効いたビスケットもその地方の特産なのですね。
御茶もそれに合わせて発酵させたハーブを使ったものではないでしょうか」
「ええぇ、お嬢様そんなことまで分かるんですかぁ。凄いです!」
「ん〜まっ、よくお勉強されておりますわね。どれも完璧です」
「ヒルデもよく観察するといいわ。
フィアナ先生は身に着ける物からお土産に至るまで、全て授業の教材にしていらっしゃるのよ」
毎月の授業毎に必ず各地方の名産品や文化衣装を用意して、目で見て、舌で感じて学べる様にと工夫を凝らしている。
直に経験し感じる事で教養は身に付き、育まれるのだ。
「ふあぁ、勉強になりますぅ」
「このスパイスは独特だけど嫌な感じがしない。甘さも控え目で結構好きかも」
アルトは獣人族の血が濃いため臭いや刺激の強いスパイスが苦手である。
おそらく獣人族の口にも合う物を選んできたのだろう。
フィアナ先生の商人としての経験が活かされている。
教養というものは、こういう細々した所でも少しずつ他と差が付いていくものなのだ。
「姫様もセレーラの染め物でお召し物をお仕立て致しましょうか。
最近商会で扱う事になったばかりの新商品ですのよ」
しっかりと新商品をアピールするのも忘れない。
こんな素敵なコーディネートを見せられて勧められては断りづらいというものだ。
「それなら何着かいただこうかしら。もちろんヒルデとアルトの分も含めてね。
それと義母さまにも似合いそうなのを見繕っていただけますか」
当然購入。
良い物なら躊躇する理由は無い。
「わぁぁ、いいんですか。嬉しいですぅ」
「ボクは、できたら男物がいい…」
「ふふふ。これも他国の事を知る授業の一貫ですから、遠慮せず色も希望があれば今の内にフィアナ先生に伝えましょう」
日頃から頑張る二人にはご褒美を下賜するのも忘れない。
もちろん金額は気にしない。
「フィアナ先生。いつも通り商会へ預けている口座から必要な額を引いてください」
「ありがとうございます。必ずや姫様のお気に召す物を選んで参りますわ」
生涯、金銭など持つ事は無いものだと思っていたが、とある事情で今の私は自分の裁量で自由になる資産を有している。
そしてその一部をアルバートへ預けて口座を開設して貰った。
エストバース王国にも銀行はある。
当然そちらにも口座はあるが、商会への投資と個人口座を作る事は法でも認められている。
もちろん国の認める一定以上の資本を持つ大商会に限られる話だが、ディルムン伯爵家の直轄で経営するアルバート商会はその条件を満たしているのだ。
ちなみに魔術協会や特定の冒険者組合にも預金のシステムがあり、私の個人資産の大半は魔術協会預かりとなっている。
魔術協会も冒険者組合も世界中に支部がある為、海外へ渡航する職種の者ならどちらかを利用する者が多いのだが、利息は付かない。
更に口座を開設した国以外での引き出しには一定の手数料も掛かる。
商会への預かり金の場合、直営店舗であればどこでもわざわざ引き出す必要も無く預金から引いて貰えば良いので大変便利である。
商会毎に違いはあるが利息も付く。
但し、商会が倒産すれば預金が返ってこないリスクがある為、余程の信用か担保が無い限りは高額の預金をする者は居ない。
その点、国営の銀行は倒産のリスクがほぼ無く、手数料もほとんど掛からず、信用度は一番高い。
但しこの世界の銀行は全て地方銀行であり、利息も付かない。
他国では預金を引き出す事が出来ないので外国へ往来する者には大変不便なのだ。
しかし貴族であれば所属する国の銀行へ資産の預け入れをするのは暗黙の義務であり、例え外国への出張が多かろうと例外は無い。
勿論個人的に商会へ預金する事は可能なので、出張先の国で商会の口座を利用するのは常識となっている。
私の場合は贔屓にしているアルバート商会で大口の口座を持ち、必要な物があれば都度届けて貰えるので利用させて貰っている。
同時に大口の投資もしているので、いわゆるお得意様なのだ。
「もう大陸の東まで支部を増やしているだなんて、商会の方は順調の様ですね」
「ええ、それはもう。船旅を安全にする魔導具が最近開発されまして、そのおかげで海運の貿易業への注目が高まっておりますの。
近々空前の好景気になるのではと投資をする方も増えているのですわ」
アルバートの商会が大きくなれば、それだけ支部も増えて口座の使える地方も増える。
フィアナ先生の家庭教師は今年で終わるが、これからも末永くお付き合いをしていきたいものである。
[231]
兄の話をしよう。
ファナリア大公家の唯一の男児ジェイムート・リ・ファナリアは私と同年に産まれた年子の兄である。
父はライドラス、母はオクタヴィア、家系図的には私とは腹違いの兄という事になる。
アクの強い姉二人、セシリアとミルミアナに可愛がるという名のパワハラで弄られ、もう一人の姉ドルセーラからは人付き合いの風除けに使われて育った為か、やや女性に対して苦手意識を持っているフシがある。
それ故か他者に強く出る事が出来ず、一歩ひいた奥ゆかしく大人しい子に育ってしまった。
更に運の悪いことに、ジェイムートは美男子に生まれてしまったのだ。
まだ子供なので美少年と言ったほうが正しいか。
それもただの美男子に非ず、何と緋色の髪に緑味の強い碧眼という、王家の特徴を有しているというのだから一層際立つ。
家柄良し、血統良し、容姿良し、資産良し、人柄良し、英雄一族の嫡男であるジェイムートは幼少期より多方面から縁談話に事欠かず。何処へ行っても女子に囲まれて更に女性への苦手意識を強めている。
ルビリアは娘のミストリアの婿候補として外国の第三王子辺りを狙っているのだろうが、国内から調達しようと思えばジェイムートは筆頭だろう。
実際に縁談を持ち掛けられた事もあるという。
滅多に王都へ出向かない私とはほとんど接点は無いのだが、その生い立ちには同情を禁じえない。
知らない者からすれば、何でも持っている様に見えるだろうが、これらの条件の何処にもジェイムート本人の実力に関するものが無いのだ。
つまり、世間はジェイムート本人を見ていない。
ジェイムートにまつわる付加価値にだけ関心を向けられているということだ。
そんな不遇な兄ジェイムートの十二歳の誕生日会に私は参加する事にした。
というのも、本来ならば同い年の私はジェイムートと魔術学院へ通う筈だったが、諸事情により最小年齢での入学をする事となる。
それは私の学院での三年間と、入れ替わりで入学するジェイムートの三年間の合計六年間はほとんど顔を合わせる機会が無くなるという意味である。
流石に六年は長過ぎる。
その間にお互いに成人も迎えるし、それぞれの道へと行く為の諸々により更に疎遠になる可能性がある。
そんな事情により、私が入学する前の今年くらいしかまともに時間を取る事も難しいと考えて、今回の参加への運びとなったのだ。
そこで、誕生日プレゼントを用意しなくてはならないのだが。
何を渡せば良いのかさっぱり分からないのだ。
さすがは付加価値だけの男、他の情報が何も入ってこない。
ここまで来るとある意味完璧な情報操作では無かろうか。
いや、他人事の様に言っているが私自身に関しても似たようなものだろう。
実態が外に漏れていないという意味では同じ。
しかもこちらはジェイムートより更に付加価値が高く、その分隠蔽工作も露骨に徹底しているのだ。
これは酷い。
どちらも本人よりも条件や境遇に価値を見出されている。
なるほどある意味似た者同士という訳だ。
ならば与えられて嬉しい物も似たような概念に類する物だろう。
私ならば自分を高められる物が有り難い。
読んだことの無い本や訓練の役に立ちそうな物だ。
勿論、衣類や装飾品も悪くはない。
別に欲しくはないが、物の価値が明らかなので扱いが楽な所が良い。
暇を潰せて、尚且つ自分を高められる物が良さそうか。
となると簡単な楽器や画材か、工具という手もあるが、大公家の嫡男に工具は有りなのか疑問だ。
画材も本人に絵心があるかどうかも不明だ。
となれば簡単な楽器辺りが最も無難か。
貴族の子女なら自前の楽器くらい持っていて当然だが、メジャーではない笛や弦楽器なんかも嗜みとして悪くはないだろう。
という訳で、工具も画材も楽器も贈る事にした。
どれかが当たれば良い。
何なら専属使用人と分け合って使って貰って結構、という旨を添えておこう。
模擬試験に参加していたソラは正式に採用されたらしいので、そのお祝いも兼ねているという建前なら問題あるまい。
一通りアルバート商会で買い揃えてから、工具と楽器は作り直す。
扱い易い様に手に馴染む形に整形、強度を上げる術式を付与。
画材の道具は作り直し、絵の具は市販の物のままで良い。
消耗品は本人に補充が可能であるべきだろう。
整形した物は長時間使っていてもストレスにならない手触り重視、芸術を愛し生み出す者にとって触覚は重要な要素なのだ。
こればかりは譲れない。
義務でも勉強でもなく、趣味でやるのなら素材となった木の香りも必要な要素だ。
現実から創作の時間へと切り替えるのに嗅覚による刺激は欠かせない。
強調し過ぎない程度にしつつ、独特の木の香りはしっかり感じられる。
そんな丁度良い按配に整える。
さて、工具、弦楽器、筆、絵の具、と一通り取り揃えたが本当に気に入って貰えるかは実際の所は分からない。
ただ、娯楽の少ないこの世界では、周りの都合に振り回されない時間を使った気分転換はどうしても必要になると考えたのだが、あくまでも個人的な憶測と想像に過ぎない。
実は狩りが好きだったり、乗馬が好きだったりするのなら無用の長物ともなり得る。
無難な物でも構わないとも思うが、仮にまだ趣味と言える物が見つかっていないのであれば、そのきっかけになるかも知れない。
何せまだ十二歳だ。
その可能性は十分に考えられる。
何にしても最大の問題は片付いたのだ。
これで心置きなく誕生日を祝ってやれるというものだろう。
[232]
私は王都へ来た。
よく思い返せば自身のイベント以外に来るのは初めてである。
私もすっかりこの世界に馴染んだのだと自覚した瞬間だった。
馴染むつもりは無かったが、馴染んでしまったものは仕方がない。
一緒に来ていたヒルデには王都の親元へ里帰りをさせている。
本当にたまにしか来れないので、王都へ来る用事がある際には必ず実家へ寄らせている。
今回はジェラルドの専属従者である老騎士ベルギオンがヒルデに同行して、魔術学院への入学に関する要項と詳細を両親へ報せるのだという。
ヒルデの姉が今年学院へと入学したばかりなのに二つ違いの妹が勝手な都合で翌年に入学するなど、寝耳に水も良い所だ。
流石に一言も無しに決めるのは失礼に当たるので、しっかりと筋は通す。
姉も含めて他言無用である旨はよく念を押すが、学費は全額ファナリア大公家持ちである。
何も知らない者から見ればこの待遇は特待生そのものに映るかも知れない。
ちなみにヒルデ以外の今回の王都行きの同行者はギルバートとエスメラルダである。
一応はギルバートもファナリア大公家の一員。
本人は家庭教師の授業がお休みとあってブラブラしたがっていたが、たまの家族の集まりには参加させておく必要がある。
ジェイムートの誕生日会が終わったらヒルデ同様に王都で羽根を伸ばす分には良い事になっているし、暫くは付き合って貰いたい。
王都の城下町は前に来た時より更に賑わっている様に見受けられた。
前には見なかった遠方の食材を使った料理や衣類も多く目にする。
このまま行けば流通は加速し、この国は今より更に発展するだろう。
そうすれば国は富み、余力が出来て力を着け、その恩恵に与ろうとして人が集まる。
同時にそれを快く思わない者も集まる。
発展は危うさと紙一重。せめて私の準備が整うまでは動き出すのを牽制したい所だ。
◇◆◇
我がファナリア大公家の王都邸は大貴族だけが住まう第一区画に居を構えている。
敷地は広大、だが邸宅そのものは大貴族としては並程度。使用人の数も多くない。
というのも、ジェラルドがあまり客を呼びたがらない為に大きな邸宅は不要と考えているからだ。
使用人の数を増やさないのも身内以外に身辺を彷徨かれるのを好まないからで、最低限の人付き合い以外はしたくないのだ。
新規採用は初等学校に通う前の小さい子供か、縁故採用か、所領の民からの徴用のみである。
一声掛ければ国の何処からでも候補者が募りそうな立場にありながら、決して広く呼びかけたりせず、一部地域限定と、やたらに門戸が狭い。
国の大英雄で現王弟という立場でありながら他人と一定の距離を置こうとする。
信の置ける人物以外との交流を嫌う反面。身内至上主義で目を掛ける相手にはとことん尽くそうとする。
大公という立場でありながら催し物も最低限で、この間のお披露目の様に広い会場が必要になれば、自宅では無く劇場やセレモニーホールを貸し切りにして済ませてしまう。
幼い頃からその気質は変わっておらず、必要な祭典には参加するが、それ以外にはほとんど姿を見せない。
しかし一度参加すれば誰もが思い描く王族の姿や救国の大英雄の姿を見せるし、公務に関しても完璧にこなす。
やるべき事は高水準に済ませるので、いつしか誰も文句を言う者は居なくなったのである。
己の意に沿わない意見を実力で黙らせるとは、実に素晴らしい。
やるではないかジェラルド。
そして、今回のジェイムートの誕生日会も勿論身内のみで執り行う。
ジェラルドとライドラスとオクタヴィア。
ドルセーラにジェイムートに私。
そしてクラトスとギルバート。
時期的にプロシアとセシリアとミルミアナは学院行事で忙しくて来られないが、他は全員揃っている。
「よく集まってくれた、我が家族達よ。
学院の事もあり全員とは行かないが、こうして家族の元気な顔を見れる事を神に感謝せねばなるまい」
プロシアが居る時は仕切りは概ね任せ切りで、うんうん頷きながら口数少なく家族団らんを満喫するジェラルドだが。今日はしっかりと自分から会を盛り上げるつもりの様だ。
「クラトスもよく来てくれた。
今日は家族だけの会だ。寛いで楽しんでいって貰いたい」
叔父クラトスはジェラルドの弟。つまり現王弟でもあり、義母オクタヴィアの父親でもある。
公務の関係上あまり頻繁に顔見せ出来ないが、れっきとした家族の一員だ。
「たまたま王都に戻れる時期を調整出来そうだったのでね。
私としても可愛い孫の顔を観れるとあれば多少の無茶くらいはするさ」
クラトスは大使としてベルノス帝国内の大使館で仕事をしている。
ベルノス程の大国相手では、一介の貴族では大使は務まらない。
どうしても王家に連なる者から選出する事となる。
その関係で普段から王国を留守にしがちで帝国の式典への参加を優先せざるを得ないのだ。
「ジェイも随分と大きくなったね。それにライドラス君に似てとてもハンサムになって。
これでは貴族の娘さん方が黙っていないのではないかね?」
上機嫌に笑うクラトス。
確かにジェイムートは何処へ出しても恥ずかしくない程の眉目秀麗な貴公子だが、おそらく本人にとってはコンプレックスになりつつある。
実際ジェイムートはどう反応をて良いのか分返しからず微笑むばかりで萎縮気味だ。
「もうお父様ったら。
ジェイ君への縁談話を断るのがどれだけ大変か分かっていらっしゃらないからそんな事が言えるんです。
一度断ったくらいじゃ安心できないのよ。
この間もちゃんとお断りした相手から再度持ち掛けられたんですから」
それは大変そうだ。
同じ相手から縁談を持ち掛けられるのでは永遠に終わらないではないか。それこそ誰かに決めない限りは。
「それなら王室の縁者から誰か募れば良かろう。
王太子の娘はセシリアやミルミアナとも仲が良いという話ではないか」
「ミストリア姫様は駄目です。ルビリア様にジェイ君を取られちゃうもの!
義父様も滅多なことを言うものではないわ」
ルビリア警戒されてるな。わかる。
「ふむ、王室からと言うのなら第三王女辺りも独身と聞いていますがね」
「あら、第三王女様ってまだ独身だったの。
…ちょっとお名前がすぐに出てこないけど、少し歳が離れてないかしら」
影薄いな第三王女。
「確かに王室とは言ったが、さすがに歳の差があっては賛同しかねる。
…えっと名前はなんといったか、確かベネディアだったか」
それは第二王女である。
「それならやっぱりリヴィアちゃんと婚姻させましょうよ。それがいいわ!」
オクタヴィアよ、どうして兄妹でくっつけたがるのだ。
満面の笑顔で振る内容でも無かろうに。
「ならん!ならんぞそれは!」
「どうしてですか!ジェイ君と釣り合う娘なんて他にこの国の何処を探しても居ないわ!
ねえ、ジェイ君もそう思うわよね?」
「とにかく駄目だ!それは許さんぞ!」
だいぶ場が混沌としてきた。
そろそろ助け船を出すべきか。ライドラスはどこかできっかけを待っている様だ。
「義母さま、お兄さまを困らせてはいけないわ。
今日はお兄さまが主役なのよ、大人同士でばかり話していては退屈してしまうわ」
ちなみにギルバートはさっきから黙々と食事をしている。
戦力外も甚だしい。
「リヴィアの言う通りですよ。
主役のジェイムートを退屈させたとあっては、今日参加出来なかったセシリアとミルミアナに後で叱られてしまいます」
「ふはははっ、そうであったな。あの二人に叱られては敵わん」
流石はライドラス。父と娘の華麗なるコンビネーションで上手くジェラルドを引き込めたようだ。
「やっぱりジェイ君の気持ちを解ってあげられるのはリヴィアちゃんだけね。
そうそう、ジェイ君もちゃんとお礼言わなきゃ駄目よ。贈り物とっても喜んでいたじゃない」
ほう、数撃てば当たる作戦は上手く行ったのか。
「う、うん…。
リヴィア、ありがとう。大切に使うね」
何とも可愛らしい反応。
これでは確かに女子どころか婦人達も瞬殺だろう。
ふと、縁談はむしろ奥様方からの後押しが強烈なのでは無かろうかと思った。
「おや、いったい何を貰ったんだい。気になるね」
クラトスも食い付いてきた。
いや、工具とか贈りましたとか言って良いものなのだろうか。
よく考えれば貴公子に工具とか必要無いだろうに、楽しい暇潰しの事ばかり考えていて失念していた。
「うん、小物とか作る道具とか。作った小物に好きな色を着ける染料とか。すごく楽しくて…」
やはり男子なら物作りが楽しくない筈がないと思っていたが、当たりだった様子。
創作を楽しめるのは実に素晴らしい。
「むう、それは庶民のする事ではないのか」
「いえいえ兄上。最近は自ら芸術を嗜む子女もだいぶ増えているのですよ。
帝国では貴族であろうと自社の事業を知る為に、跡取りには職人の元で何年か修業させる話もよく耳にしますからね」
帝国は技術大国らしいが、前世の一流企業の様な事までしているとは。
実に先進的ではないか。
「一昨日も遅くまで起きて使用人の子と一緒になって工房に籠もってたんですよ。
とても楽しそうだから止めるのも気が引けちゃって、でも他の事もちゃんとするって約束したものね?」
「ふむう。そういう事なら、学業に支障をきたさぬ範囲内でなら良かろう」
「あら義父様からも公認を戴けたわ、ジェイ君良かったわね〜」
「うん、勉強も頑張るから…」
使用人と一緒にという事は、ソラとも上手くやれているのだろう。
ここはもう少しだけサービスしておこうか。
「ふふふ。でしたら次の私の誕生日にはお兄さまの作った物が欲しいわ。私の贈った道具で作った物を貰えたら二度嬉しいもの」
「う、うん。頑張るから、楽しみに待ってて…」
「まあ素敵ね!
ほらジェイ君、リヴィアちゃんもこう言ってるし、頑張ってお揃いの指輪を作りましょう!」
おいオクタヴィア、何をさせようとしてるんだ。
「あっせっかくですから、料理とかも作ってみたらどうですか。僕も料理本とかプレゼントしますよ」
「あらギルバート、お皿が空ではありませんか。さあさあ、こちらも食べてなさい」
「あっ、それいただきます」
黙らされるギルバート。
それを見て笑いを堪えるライドラス。
なるほど、どうやらライドラスはギルバートがツボらしい。
そうして家族団らんの時間は過ぎていった。




