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1000通りの計画  作者: Terran
第四章 星の精霊王
21/99

星の精霊王 4




[211]

 魔術学院の改革から世界が動いた。

 あれからもうすぐ一年。私は徽章と制服のレシピこそ提供したが、中枢のシステムはプロシアに厳命されて非公開としている。

 そもそも公開した所で誰にも創れないのだが。創れるという事実と情報が問題なのだ。


 学院改革は理事会の予想を超える反響があり、プロシアの所属する世界十二賢者の面々も視察に来たという。

 ちなみにライドラスは近年中に王国宮廷魔術師長の座を引き継ぎ次第、世界賢者の座を拝命する手筈になっている。

 本来ならば今年にも拝命の予定ではあったが、ジェラルドの引退により様々な負担を強いられる状況を慮って、現在の宮廷魔術師長であるエルドロア卿がもう少しだけ現役を続行してくれる事になったという。

 ジェラルドより一世代分も高齢の老賢者だが、先王時代から王国に遣える忠臣で、老いてなお実に矍鑠とした人物らしい。

 何ならあと十年は現役を続けても良いと冗談めかして答えたそうだ。


 魔術学院へ視察に訪れた賢者達からの評価は賛否両論だった。

 次代の英雄を育成する学舎としてはほぼ満場一致で評価された。

 例年より更に活気が有り、ギラギラした向上心をそこかしこから感じたのだとか。

 魔術開発においても高評価で、固有魔術を身に着けようとする生徒の数は倍増。

 実際に修得した者も五割増しという快挙を成した。

 その反面、並以下の生徒からの不満は大きく、特に貴族のおちゃらけた子女からはやや否定的な評価が目立つという。


 それもそのはず。

 実力を曖昧にしたプライドと箔を付ける目的でネームバリュー欲しさに入学する面々である。

 相応に向上心も低い。

 また、実力のある平民出身者が幅を利かせて学院の品位を落としているという噂や、その影響からか一部の貴族の子女も粗暴になったという話もよく聞いたそうだ。

 私からすればそれが本来の姿であり、かなり無理して隠していた前のやり方に問題があったと言わざるを得ない。


 やはり教員からも反発があったらしく、特に中間世代のなあなあ貴族出身組の教師は、やれ品位がどうの教師を敬わないどうのと喚き散らしている。

 おそらく実力が足りない事が露呈した教師陣だろう。

 残念ながら品位で英雄が育つほど今の世の中には余裕がない。

 これを期に、時代が悪かったと思って退任して頂こう。

 当人が前へ進まないのは自由だが、それを周りへ伝播させるのは話が違う。

 そんな輩は淘汰されて然るべきだろう。


 神子が健在の時代ならばお飾りや見栄えと品位に溢れた側近達を育成するのは、大きな効果のある広告塔となった事だろう。

 しかし今や神子は絶滅危惧種なのだ。

 見栄え云々にかまけるのは生き残れる土台を築いてからである。

 ならば新たな英雄を市井から掘り出すより他に選択肢は無い。

 新しい時代を迎えたのだから、新しい時代に対応出来る人材を、新しい体制で教育するのは当然だろう。

 もちろんこれは私にとっても大きな問題点がある。


・[第一の懸念点]

 過度に実力主義を推進すれば自分の実力を隠すのも難しくなる。

 公平性を期するなら私だけを特別扱いする訳には行かない。

 私はなるべくならば目的の為の計画すらも準備だけで終わることを望む。

 実際に行動を起こすのは、出来れば実行したい者に任せたい。

 私は他の者が出来なかった場合の最後の札であるべきだ。

 であれば普段から手の内はひけらかす訳には行かない。

 どの世界でも偉業とはやれる証明をした者がやる流れなのだ。

 なので実力の証明はなるべくギリギリまで出し惜しみ、早期露呈は避けたい。

 遅らせることにより生じるデメリットにどう対処するかが課題である。


・[第二の懸念点]

 転生者が集まる。

 まず間違いなく市井の英雄候補とは転生者が過分に含まれる可能性が高い。

 彼等は一様に英雄足り得る組み合わせのギフトを選択して所持していると見ておかなければならないのだ。

 そもそも自然発生の現地人とは前提からして違う。

 つまり、普通に強いのだ。

 平民出身の他者より遥かに強い子供ならば学院へ推薦されない訳がない。

 王国では成人後の審秘眼による判別から逃れながら生活するのは困難なのだ。

 転生者が多ければそれだけ私が勘付かれるリスクが高くなる。

 それは非常に都合が悪い。


・[第三の懸念点]

 技術の出処を探られる。

 私の創った学院システムの中核は明らかなオーバーテクノロジーである。

 前世の世界でも実現出来なかった超技術の賜物と言える。

 となれば仮に本当の価値を知られれば実態を知った各大陸諸国が黙っていられる筈が無いのだ。

 現時点で悪用された場合の不都合はパッと思い付く限りでも危険なのは軽く十通り以上は有りそうである。


 以上、大きな問題は三つ。

 そして、これらは私自身で対策を講じなければならない。

 リスクを承知で推進したのだ。今更手を引く事は出来ないだろう。

 実力に関しては最初から穴を作ってある。

 相応の努力こそ必要だがまず問題は無いだろう。

 転生者に関しては万全のシミュレートはしているが、割と出たとこ勝負かも知れない。

 それに彼等にもリスクはあるのだ。

 同胞だからこそ解るリスク回避の方法は読み易いし、私の想像通りならば対処も容易いと観ている。


 そもそも転生者でわざわざ魔術学院へ通おうとする者は、自分を除いて間違いなく転生者組織に所属している。

 彼等の目的は視察と確認だ。

 謂わば聖戦の予行演習。

 であれば一塊になって動く。

 例え所属をバラバラにしても司令塔が必ず居るだろう。

 そのパイプを切断せずに活動しようとするならば、必ず行動に独特の流れが出来てしまう。

 それを見抜くのは簡単だ。

 私ならばその気になれば力など使わずとも観察力だけでも対処可能。

 力は使う為にあるんじゃない、選択肢を得る為に用意するものだ。

 例え私と同格の存在が居たとしても、組織に所属しているならどうとでもなる。


 一番恐れるべきは、この状況でも組織に目を付けられる事もなく単身でリスクの高い学院へと潜入する様な異質な転生者が居た場合だ。

 つまり私と同じ事をする者が居た想定。

 これだけが懸念事項である。

 まず間違いなく居ない。だが100%ではない。

 万が一なら有り得るのだ。

 目的は想像も付かないが、仮に居た場合は行動が読めない。

 捜し出すには力を使わざるを得ない。

 それは避けたいがやむを得ないだろう。


 三つ目の技術に関してはシラを切る。

 発覚しない様にするが、もし露呈したとしても発掘された旧遺物を復元したとでも言えば良いのだ。

 何なら間接的に一部の技術提供そのものはしても良い。

 もちろんブラックボックスのままでだが。例え知った所で誰にも創れないのだから、ブラックボックスのままでも問題は無かろう。

 世間的には問題大有りだが、私には不都合は無いのだ。

 どれだけ六神連盟に迷惑を掛けようが知らぬ存ぜぬである。

 それが厭なら手元には転がり込まないのだし、従わざるを得ないだろう。

 足元はこれでもかというくらい見させて貰う。

 諸問題に関しては解決こそしていないが、ひとまずはこの方針で行こうと思う。



[212]

 魔術学院の躍進は思わぬ反響を呼んだ。

 魔術協会の三大学府である。

 人神領域のクリムワイエ魔術学院の親組織たる魔導大学。

 天神領域の魔導天城の附属である天宙学塔群。

 そして星神領域の魔導書館の運営するスタラエリ大叡館。

 それぞれが後押しして大規模な合同演習を開催する運びとなった。


 毎年とは行かないが、二年に一度、二回生と三回生が参加するという。

 その第一回を来年執り行うとして既に動き出している。

 改革の成果を世界に認めさせるには目に見える形で示すのが最も効果的と考えたのだろう。魔術協会の本気度を窺わせる。

 今頃は改革前の世代である現三回生の大半の生徒はほっと胸を撫で下ろしていると思われる。

 とすれば、セシリアとミルミアナ、そしてミストリアの三人が主役の場となるのか。

 学院最大派閥を率いてるという話だし、あのイケイケ打線の三人の事だ。大いに盛り上げてくれると期待出来る。


 このイベントの内容如何によっては他の魔術協会管轄学府でも導入が検討される事だろう。

 技術に関しては特級極秘機密として魔導大学で独占している、という事になっている。

 もちろん名義上の技術登録こそしているが、その詳細に関して中身は空っぽ。

 つまりは空登記。実体の無い架空名義である。

 教えられる技術など端から無いのだ。

 だからこそ導入も簡単である。技術を確立する必要もなく、物を置けば完了するのだから。

 そういう風に創った。

 だからこそ成功させて導入まで踏み切らせてから、後出しで現物を渡して終わらせる。


 アーティファクトの扱いは所有する各国家に一任されており、他国の意図や干渉を受けない決まりがある。

 何とも都合が良い。まさに法の抜け道。

 実際に分類は神遺物なのだからその解釈に齟齬は無い。

 前の世界での巧妙な詐欺の手口を見破る捜査能力は、この世界に無いのは確認済だ。

 それに実際に現物も有り、実現もするのだから詐欺には当たらない。

 詐欺に近い手口を使って理想を実現させているだけで、世の中を良くする助力としているのだから非難される謂れはない。


 結局の所、使わないのかと問えば、喜んで使うのだから言及されるだけ労力の無駄だ。

 ならば無駄な正義を振りかざす手間も省かせて実現出来る用に手を回す事に、何ら罪の意識など芽生えようも無い。

 悪は誰も不幸にしない事に使ってこそ価値がある。

 それを可能とするのも真に実力ある者の特権というものだろう。

 故に悪いのは必ずしも騙す者ではない。

 騙されなければ世の中を悪くしてしまう者こそが真に害悪なのだ。

 これは断言しても良い。


 とは言え、実態が世間に露見する可能性はほぼ無いと断定している。

 仮に見抜ける者が居たとして、これを仕組んだ者と敵対するより協力関係を築く方がずっとメリットがあると考えるのが自然だからだ。

 それだけの分別の付かない者では勘繰ることすら不可能であり、敵対した場合のデメリットを想定すれば仲良くして探る方を選ぶのは必然である。


 むしろ見抜ける者の登場を、私個人は望んでいる。

 そんな対象が居るとわかれば基準点となるからだ。

 残念ながら、私は未だに自分が他の転生者達と比べてどの程度なのか、把握していない。

 協力関係を築くにしても、敵対するにしても、無視しようにも、自分がどの位置なのかを知らないことには下手に動けなくて困る。


 つまり、この件に関してはどんな結果になろうとも、私にとっては得る物がある。

 それに本番は私の入学後なのだ。

 仮に妨害で上手く行かなかった場合を想定しても、敵対者が今回のデモンストレーションの段階で尻尾を出すようなら大変与し易くて結構ではないか。

 受ける不都合より、被るはずだった未来の損害に対策出来るようになれるのだから、有り難いことこの上ない。

 そんな親切な敵対者であれば、何の気構えの心配も無い。

 存分に踊ってくれたまえよ。



[213]

 学院への入学前にやらなくてはならない事項の半分は終わっている。


 学院改革、派閥の形成準備、技能の習熟、試験内容の予習、手勢の教育、海神領域の制覇、転生者組織の調査、旧神の調査、魔法開発、神遺物創造、自己強化。


: 学院改革の達成率は順調。

 来年度には完成予定である。

 前世の知識から人の欲するものにはいくつか心当たりがあった。

 それを学院のシステムに組み込んだ。

 転生者諸君もきっとお気に召す事だろう。


: 派閥に必要な最低限の人材は確保してある。

 勿論これは随時増やさなければならないが、選り好みはさせて貰う。

 従者のヒルデとアルトは当然として、問題は姉ドルセーラ。

 派閥形成に必要な人材が足りなければお披露目会で見かけた三名をドルセーラ派に入れる。

 あの姉の事だ。どうせ自分は派閥など積極的に作らず私と共同で良いとか考えているに違いない。

 共同は共同でも、形の上でも連合という形式は必要だろう。

 ならば人材はより多く見積もらないとならない。

 ここをしくじると不都合が大きいのだ。

 私直轄のグループにはオリナウトを入れる予定だ。

 彼は他の転生者の手に渡ると非常に拙い。

 トフィアス派は同盟となるだろう。

 あちらにも立場があるだろうから、連合ではなく他派閥として独立勢力を形式しつつ、裏では手を結んでいるのが望ましい。

 ルビリアを通せばトフィアスに拒否権は無かろう。


: 技能の習熟状況。

 魔力関係はもはや基礎技術は私の識る限りは全て達成済。

 技術体系としてまだ未確立な分野も数多く修めている。

 おそらく問題は無い。

 魔術に関してはギルバート頼りにしている。

 一通り中級術式までは入学前には終わるだろう。

 上級は学院で教われば良い。

 実際には使えない術式はもう無いのだ。

 教わる内容がどんな順番であろうと最早誤差なのである。


 氣は達人のトレースの蓄積データ不足だが、積極的に動くつもりはない。

 武術にはまるで興味がない少女としてこれまで生きてきた。

 それはこれからも同様のスタンスだ。

 視れば使える様になるのは時間の問題なのだから、急ぐ必要はない。

 日々の鍛錬さえ怠らなければ問題は無かろう。


 氣探知、氣転写、呼氣、氣功、練氣、操氣、氣流、氣脈、氣放、氣圧、闘氣、見氣、までは修得済。魔闘氣や霊闘氣は開発中。氣吸収は擬似的に達成。


 氣関連は集中訓練したので随分と可能な事が増えたが、そもそも氣は高めて積み上げる事が基礎であり最大の課題でもある。

 扱い方そのものの理論を構築するのは難しく無かった。


 霊力関連は今ひとつ進んでいない。

 何かまだ足りていない様な気がする。

 幽体や分霊は今のままでも圧倒的な利便性はあるのだが。

 王紋が霊的な視覚で視えたり、鑑定を受けると霊体に響いたりと、どうもこの世界には霊力関連の技術が元々あるのではないかと思われる。


 超能力は単体で使うのは何ら問題無いが、複合で使うのはまだまだ訓練が必要である。

 特に魔力との複合はその機能的な性質上、非常に難しい。

 新しい要素は探しているが、なかなかこれと言える物は見つかっていない。


 技術的なものでは医術の実践が出来ない事が不満ではある。


: 試験内容の予習については、およそ七割。

 外での学習には限界があるので、入学後に大図書館を利用させて貰って完了させる。

 もしくは海外の図書館で閲覧するという手段も考えている。


: 手勢の教育。

 ヒルデは幼少期からの英才教育で、脳も神経系の発育も十分。

 基礎的な身体能力も同年代の者と比べてもずっと高いのだろう。

 模擬試験に参加させなかったのは、同年代の注目株より高い成績を出させない為である。

 それは入学後まで隠すつもりだ。


 アルトはヒルデよりだいぶ遅れての訓練だが、素体としては最高品質。

 途中まではヒルデと同様の教育を施していたが、方向転換せざるを得なかった。

 正直甘く見積もっていた。

 ヒルデの半分程の成果を出した時点で、別メニューへと変更している。

 あのままではいくつかの要素は確実にヒルデを抜いていた。それ程までに強い。

 アルトは従順で聞き分けが良く、とても教育も楽なのだが。おそらく自分が異常である事に無自覚なのだ。


 ヒルデはいずれ独立しても良いとは思うが、アルトは拙い。

 神子ではないが、並の神子よりポテンシャルは高いだろう。

 素質も実力も露見すれば聖戦で使い潰される可能性が高い。私同様に能力は隠す必要がある。

 多少の違和感や不都合は生じるだろうが仕方がない。

 例外措置を使えるのは私一人までなのだ。


: 海神領域の制覇状況は、3200m級ダンジョンを一つ踏破。

 現在は新たに二つのダンジョンを調査中。

 他に三つのダンジョンを発見済。

 時間のある時は私同様に転移魔法の使える双子に攻略をさせている。

 流石に双子の能力の前には余程の怪物でも無い限り敵は無さそうだが、分霊を用いて慎重に探索を進めている。

 海底を調査中に都市の跡地を発見したが、あれがかつての海神領域の王国だったのだろう。

 書物によれば少なくとも国は二つは滅んでいる。

 残るもう一つの国の跡地も早急に発見したい。


: 転生者組織の調査は、王国内にある組織については概ね把握した。

 予想通り、学院へ入学させている英雄班が本命の様だが。

 どうも異神の介入や彼等が切り札と呼ぶ物の準備をしているらしい。

 あまり無茶はしないで頂きたいが。


: 旧神の調査。

 天神領域と星神領域は別大陸である為、調査は容易ではない。

 人の目もあるので、海神領域の調査が一段落してから双子を向かわせる予定だ。

 その為にも海神領域の神殿と、その地下に眠るであろう神核の欠片の発見を優先したい。


: 魔法の開発は空間転移は元より前世の知識があるからこそ比較的コツを掴みやすく実現したが、他の魔法の手掛かりを掴むのは難しい。


: 神遺物の創造は、どうやら接触した神と連動していると観て間違いなさそうである。

 正確には獲得した神性と同系の神遺物の創造が容易になり、完成度も高まる。

 つまり接触する神を増やせばそれだけ打てる手段も増えると言う事。

 神核の眠る地の神殿で神力共鳴する必要がある為、いくら神核を見付けても神殿へ行く用事がある時にしか行えない。

 強引に神殿へと通う習慣を持つという方法は勿論取ることは出来たが、強引なのは私のやり方ではない。

 あくまでも、ついでにしてもおかしくない状況でだけ行いたい。

 任意に行うには海神領域の海底くらいしか候補地が無いのだが、それは最後から三番目の手段である。

 急ぎでも無い限りは順当にこなして行くしかあるまい。


: 自己強化はタイミングが肝心である。

 相応しい時期は必ずある筈で、今はまだその時ではない。

 まずは下準備から整え、学院入学後から本格的に乗り出そう。


 こんな所か。

 調べて行く内に浮き彫りになった事実がある。

 どうやら私は転生者の中でもかなりの後発組の様だ。

 適した転生体であるリヴィアが産まれたのが他の転生者達より遅かったのだ。

 もしかしたら私より後には転生者は居ない可能性もある。

 あまり悠長に構えていられないかも知れないが、かといって下手に急いでボロを出す訳にも行かない。

 遅いというのはそれだけ時間が無い。

 時間が無いというのはそれだけ難易度が高い。


 ましてや私は他者より成長が遅いのだ。

 タイトなスケジュール管理をして無駄なく確実に計画を進められる様に立ち回らないと、手詰まりになる可能性も十分に有り得る。

 今ならまだギリギリ間に合うかも知れない。

 転生者の英雄班が学院にまだ在籍しているのなら、彼等が動き出すのは卒業を待ってからの筈。

 私が前倒しで三年分早く入学して追い付けるのかは不明だが、影を踏める距離までは差を縮めたい所だ。



[214]

 学院改革を決めた日から、プロシアは私が魔導具を造る上での条件と取り決めをいくつか作ってた。


1. 新魔導具は必ず最初にプロシアへ見せること。

2. 【神遺物】【旧遺物】【魔法具】【魔導具】【魔術具】の判別によって扱い方を定め、これを遵守すること。

3. 旧遺物や魔法具の増産には必ず許可を取ること。

4. 神遺物は決して人目に触れさせないこと。

5. 神遺物や旧遺物についての見識を深めて、その価値を知ること。(参考文献は貸与)

6. 以上に違反があれば創造に厳しい制限を設ける事とする。


 神遺物と旧遺物はどちらもアーティファクトと呼ばれているが、私が創れてしまう為にその境界を明確に別けることにした。


 【神遺物(ゴッズレガリア)】は実際に旧暦においては神の権能を宿らせた神器とされていた。

 各大陸の眷属王家で厳重に保管されていたり、完全に失われていたりと国によって違いがあるが。

 仮に失われた神遺物を創造でもしてしまったら、最悪の場合は国家間戦争の引き金にすらなりかねない。


 【旧遺物(ロストレリック)】は理で説明するのが難しい超常的アイテム。異法則の顕現。

 古の時代に創造されたとも、異界から流れ着いたとも言われているオーパーツ。

 価値も機能も様々で、極稀に古代に栄えた都市のあった場所を呑み込んだダンジョンから、当時の遺物が機能を持った状態で発掘されることがある。


 【魔法具(ミスティックガジェット)】は、理法を高度な技術と儀式によって再現した至高のアイテム。

 神暦になってから造られたのは僅かだが、旧時代では多種族の協力でいくつも造られていたという。

 製造コストが非常に高く、安価で量産が可能な魔導具が出回ってから徐々に廃れていった。


 【魔導具(マジックアイテム)】は、現代で最も盛んに研究されている便利道具の大半がこれ。

 高度な物なら魔導車、簡単な物なら街灯といった生活に密着したアイテムの大部分が該当する。

 魔導具の発明で一攫千金の夢がある為、魔導具技師は職種としても大変人気がある。

 量産可能な魔導具を普及させたことにより、一般の文明水準はかなり引き上げられた。


 【魔術具(インスタントアイテム)】は魔導具とまでは行かない簡易魔術の発動媒体。

 特に有名なのは水薬(ポーション)魔晶石(マジックジェム)

 他に、札や蝋やインクといった魔力を込めた小物の総称。

 紙に描かれた術式陣もこれに含まれる。

 一昔前までは簡易魔導具という扱いにされていたが、魔術協会が魔導具の権利登録を強化した際に正式に分類分けされる事になった。

 今でも長命種の年配者は簡易魔導具と呼んでいるとか。


 プロシアとの間に設けた六ヶ条に関しては、交渉の末に勝ち取った権利の保証でもある。

 読み方を変えれば、取り決めを守りさえすれば何を創っても良いのだ。

 それに人目に付かない様にする為の支援もして貰えるのだから願ったりだ。


 リンデノートの工房への許可無き立ち入りは魔術的に出来なくなり、堅牢強固なシェルターと化している。

 緊急の場合に限り、エスクラッドとフランシスカとギルバートにそれぞれ渡した合計三つの鍵を使う事で入れる様になっている。

 これは私の提案である。

 この鍵は信用の証であり、もしもの事態に備える目的でもあり、この三人ですら容易に入れなくする制限でもある。

 これで忍び込むことは容易ではなくなった。

 技術の問題ではなく、信用という名の枷として機能する。


 工房は遮音性や頑丈さだけでなく、壁には魔力を通さない遮魔の加工が為されている。

 とはいえ、転移魔法なら出入りに制限はない。

 工房の内側そのものは魔力を遮らないのだから、直接内部へ転移する分には何ら問題にならないのだ。

 魔力を飛ばしているのでも、物理的な出入りをしているのでもない。

 私の転移は厳密には移動ではないのだから。


 ちなみに防魔でも耐魔でも対魔でも無く、遮魔加工した壁材は魔法具、もしくは品質次第では旧遺物に該当するらしい。

 改築用の建材として何気なく用意したがこれもアウトだったそうだ。難しいな。


 今は学院で使う徽章や制服のレシピも既に渡しているので魔導大学の所属工房で増産している模様。

 一応形の上でも魔導具デザイナーとしての名義が必要だったので『七光(セブンルクス)』としておいた。

 これは私が神子の子供という肩書きや大公家の公女だったり王国の王位継承権持ちの姫とか、ひたすらに自分の力ではない大き過ぎる影響と恩恵を受けている親の七光と、リヴィアの神眼と、セブンルックスとを掛けたジョークである。

 もちろん意味の説明は行っていない。

 ここから私を特定出来る者が居るのなら、別にそれでも構わない。

 これはそういう類のものだ。


 徽章と制服のみの名義というのも不自然なので、他にも他愛のない魔術具や魔導具の登録はしておいた。

 痕跡を残さず消えるインク、特定の場所を指し示す磁石、特定の酵素だけ着色する水薬、鑑定を受けると反応する護符。

 半自動的に適切な強さで締まる紐、半自動的に皺の取れる布地、半自動的に適切な大きさに変形する帽子や衣類、勝手に乱れない肌着類、汚れの簡単に落ちる布地。

 どれも敢えて登録されて無かった様な、あまり注目されないが在るのなら欲しいかも、程度の些細な道具である。

 小物と衣類関係に強い魔導具デザイナーのイメージを持たせて、徽章や制服の開発依頼が出された風に纏めてみた。

 登録日の工作はして貰ったし、これなら違和感も無いだろう。

 全部を一日で適当に考えたでっち上げの魔術具や魔導具なので、いい加減な雰囲気があるのは否めないが、大ウケを狙ったのではなく、それっぽさが出ていれば良いのだ。

 金銭も要らないし。


 個人的には鑑定を受けると反応する護符は広まって欲しいと少し思っている。

 鑑定を受ける際にゾワゾワするあの不快感を私しか感じないのは、前々から納得いかなかった。

 あの不快感、気持ち悪さは、何というか言葉では言い得ない。



[215]

 魔法の鞄は大中小と造ってみた。

 それと言うのも、魔法の鞄は魔術協会のお偉方のウケがとても良いからだ。

 分類上は私が試作してプロシアへ譲渡したのは旧遺物級、増産したのは魔法具級。

 これらを別けているのは容量や機能面に理由がある。


 旧遺物級の鞄はソート機能と詳細な記録にピックアップ機能まである。

 つまり整理整頓が簡単で、取り出す物も検索して呼び出すだけで可能なのだ。

 探知対策も万全である。

 製造出来る容量に理論上の限界は無いが、譲渡した物は一辺の長さが30mの立方体サイズまで詰め込める。

 見た目にはその1/100スケールで30cm程度の大きさの鞄である。


 魔法具級の鞄には便利なソート機能は無いが、内容物の記録機能は付けている。

 あくまでも記録止まりなので取り出すのは自力という仕様。

 探知対策はしてないので外から内容物を調べる事は可能。

 容量は大で8mの立方体分で50cmの鞄。

 中で4.8mの立方体分で30cmの鞄。

 小は3.2mの立方体で20cmの鞄となっている。

 これは同じ製法で機能をわざと落としたのでは断じてない。

 製法そのものを見直して、自分以外の者にも造れる方法を確立したからである。

 魔法でちょちょいと創りました、では意味が無いからだ。


 魔法で創った旧遺物級の鞄なら、鞄の中に鞄を入れる事も可能なのだが。魔法具級は製法も原理も異なる為そうも行かない。

 魔法錬成なら素材も不要で実に簡単なのだが、付与魔術で造るとなると途端に難しくなる。

 まず核となる魔石の用意と、精密な陣の書き込み、安定した空間の形成と維持、何重にも術式の施された局地空間内で恒常的な重力制御。

 どれを取っても現代の魔術で安価に実現するには技術的な不足が目立つ。

 基礎理論を一から構築しないとならない分野がいくつもあるのだ。


 例えるなら戦国時代に画一的なデザインの自然に還元出来る素材で出来たエコビニール袋を量産する様な偉業だ。

 素材集めから加工から、技術も一つ一つ確立して行かないと辿り着けない。

 他の技術が未熟過ぎて結局全部を自分一人で開発しないとならないのだ。非常に面倒である。

 まあ、造りましたが。


 今回必要なのは実現可能である証明であって、実在する魔導具技師に一から教授して生産させる必要はない。

 最初から完成された完璧な理論を構築しておいて、後は皆さんの努力次第。

 時間をかければいずれは生産可能である、という明確な根拠を示せればそれで良いのである。

 つまり、技術の発展は待たなくて良いのだ。

 素材も加工技術もすっ飛ばして既に出来上がった物を創造、パーツを組み立てるだけの作業とした。

 3分クッキングでは何時間も食材を目の前で煮込む必要など無い。

 実現可能なレシピと手順を確認出来ればそれで良いのだから。


 サンプルや試供品は私が造ったが、量産したいのであれば後は自分達でやって貰いたい。

 これは固有魔術と同じく秘匿技術扱いで登録。

 限定開示要項としてギアススクロールを用いて誓約を守る事を条件に世界単位のプロジェクトとして技術の確立を目指すのは良しとした。

 個人単位での開示も、独占を誘発しかねない特権も認めない。

 完成品のサンプルはプロジェクトへの投資の一環として、然るべき額を支払った国家にだけ寄贈する。

 増産分の大半はそれに使われる予定だ。金儲けの為になど使うつもりはない。

 世界規模で技術開発に取り組ませる為の撒き餌として、最大限の効果を発揮して貰いたい。

 だって欲しいでしょう。魔法の鞄。

 だったら頑張って貰わなくては。


 勿論狙いは別にある。

 これは単純な話。ある分野の技術が確立すれば、また別の分野の技術の足掛かりとなる。

 魔法の鞄が撒き餌というのはそういう意味なのだ。

 今回は分かり易いご褒美で、技術の連鎖による革新の下地作りを仕掛けさせて貰った。

 いつだって進歩の原動力となるのは夢や理想と経済の力によるものだ。


 それは生存本能と欲望を持った人が居る世界なら、どの世界であっても変わらないだろう。

 そして進歩を悪い方向へ進ませない為には協力して成功させた実績が必要である。

 足の引っ張り合いより遥かに効率が良いという事を知れば、自ずと仲良くした方が得だと理解する。

 これに関しては共通の脅威があるこの世界では比較的容易だろう。

 世界を救うならただ武器を振るうだけでは駄目だ。

 他の転生者の誰もやらないなら私が少し手を加えるのも致し方なし。


 転生者組織を調査して確信した事がある。

 権力者として産まれた転生者がほぼ居ないという事実だ。

 だがそれも当然である。

 貴族一人当たりに平民が何人居るかを考えれば、都合良く貴族に集中して転生者が生を受ける訳が無い。

 神様が都合付けて貴族生まれにしてくれる、等というのは夢物語。

 そんなご都合主義は無い。

 つまりは私の様に然るべき公平な手段で必然的に生まれるより他に、そんな物件を故意に引くことは不可能なのだ。

 後は確率通りにしか起こらない。


 ならば私がやるより他あるまい。

 それが役割という物だろう。

 だが、私に役割を一任するなら私のやり方でやらせて貰おう。

 あくまでもきっかけと下地を与えるまでだ。

 世界が努力してより良くしようとしないのであれば、それまでの事。

 向上心を煽り、実現可能な道を優しく示すまでが私のやり方である。

 最後まで傍で寄り添うほど甘くするつもりはサラサラ無い。

 まあ、悪意ある第三者の介入があればその限りではないがね。



[216]

 あれからしばらくして。

 海神領域の調査は順調に進んでいた。

 滅んで海底に消えたかつての王国を二つ発見して、それぞれの跡地で旧神の神殿に辿り着いたが、どちらも抜け殻であった。

 ベルンの言う様に自力で意識にリンク出来る神核はあと二つか三つくらいなのだろうか。

 それとは別件だが、海神の居場所を見付けた。

 この世界を支えるべき六大神と言われているが、海溝の底に居た海神は完全に正気を失っていた。


 そして見覚えのある力場異常。

 やはり居るのか邪神。


 ようやく尻尾を掴んだが、さてどうしたものかと思案していると、海神の力が思ったより圧を感じない事に気が付いた。

 これは相当に弱っているのだろうか。

 私は本体で接触する必要があると判断して、何かしらの手段を講じる事にした。

 さすがに深海で活動出来る様な術式は構築出来そうに無い。

 単純に出力や質量的な都合で。


 つまり手詰まりだ。

 潜水艇を造るという手段も無い事もないのだが。

 領域内の生物に攻撃されて無事で済む様な物は無理だろう。

 工夫して憑依生物の体内からコンタクトを取る方法も考えたが、さすがに海溝の底まで行ける生物は居ないのだ。

 という訳で他の方法を何とかして見付けるしかあるまい。


 出来ないなら仕方がない。

 次は星神領域と天神領域のどちらかの調査が必要となる。

 どちらも魔術協会の影響の大きい土地。

 それも旧神の存在が関わっているのだろうか。

 であれば、世界最大の図書館があるとされる星神領域を優先したい。

 私は早速プロシアへ連絡を取り、魔法の鞄のサンプルの配達ついでに同伴して星神領域の図書館を利用したい旨を伝えた。


「リヴィア。貴女を海外へ連れて行くのには反対です。

本であればこれまで同様に私が用意します」


 そう言われる事は予想していた。


「お祖母さま、これは必要なことなのです」


 だから交渉材料は用意してある。


「いけません。まずは魔術学院でしっかり学び、望むのであれば魔導大学へ進学しても良いでしょう。

ですが海外への渡航は許可できません」


 絶対に断れない材料があるのだ。


「もし私を星神領域へ連れて行けたら、きっと次の異境の出現場所を特定できるわ」


 これは本当である。


「リヴィア、貴女は…。いえ、それは統計から判断するという事ですか」

「いいえ、これはベルン様のお告げです」

「失われし神がお告げを下したというのですか」

「ええ、きっと私はベルン様の加護を受けているのよ。

だからベルンの瞳も造れたのね」


 私はベルンと接触し、実際に恩寵を受けている。

 星神領域に力を遺した神が居ることも実際に聞いている。


「嘘は言っていない様ですね。

にわかには信じられませんが、神遺物を創れた理由としては他に考えられないのも事実です。しかし…」


 プロシアは長考した。

 天空人の王族であるプロシアは他者の嘘を見抜く力を行使出来る。

 これは王家の秘伝であり、門外不出の技術らしい。

 その血を引く私も成人すれば習得条件は満たせる様だ。

 失われし神は神格こそ六大神に劣るが、そのお告げとあれば無視できない。

 それが真実であれば決して反する行動は取れないのだ。


「はぁ…、分かりました。詳しく話しなさい。

内容によっては検討しましょう」


 私は本当の事を話した。

 ベルンは遺る力を使い私と接触し、知恵と技術の力を与えた事。

 お告げにより失われし神の中にはまだ少しだけ力を遺す神が居るという事。

 その一柱が星神領域に居るという事。

 その神と接触する事が出来れば、次の異境の出現場所を知る手掛かりを得られるかも知れない事。

 これらは全て本当の事である。

 故にプロシアに嘘を見破って貰う事で、全て真実となる。


「何ということでしょう…。貴女を連れて行く事が神の導きということならば、従わざるを得ません。

…ですが、必ず私の言う事は守りなさい。良いですね」

「はい、お祖母さま」

「他に、ベルン神からの神託はありませんでしたか?」

「いいえ、あの一回きりで眠りについてしまわれたの」


 ベルンからの神託ということであれば、以上である。

 こうして私の星神領域行きは決まった。

 これで次の段階へと進められる。



[217]


 「ところでリヴィア。もう一つお話があります」


 おや、これで終わりではなかった様だ。

 他に何かあっただろうか。


「貴女にはあまり興味のない話だとは思いますが、こういった事も学んでいく必要がありますからね。

リヴィア、いえ魔導具技師『七光』としてこれを受領しなさい」


 そう言って差し出された手紙。

 ふむ、手渡しでないとならない様な書類なのだろうか。

 ひとまず中を確かめる。


「貴女にはほとほと驚かされます。

中に書かれている事はこちらでも検分しましたので、内容に誤りが無いことは保証します」


 ふむ。どうやらデザイナーとしての収入明細らしいのだが、正直私にはこの世界の金銭感覚が無い。

 何しろ今生では一度たりとも金銭を持ち歩いた経験が無いのである。

 なのでこの額が高いのか安いのかの判断も付かない。

 プロシアの言う通り特に興味を抱いたことも無いからだ。


「まあ、数字がいっぱいですね。ふふふ」

「ええ、良い機会ですから金銭についてもしっかり勉強しなさい。

貴女は些か浮世離れし過ぎていますから。

学院へ行くなら最低限身に付けなければならない常識的な感覚というものもあるのですよ」


 そうは言うが私は前世の頃から数字には強いのだ。

 教われば金銭程度の数学ならばすぐに身に付く自信がある。

 だからこの明細に書かれている額に関しても大まかな目算は付いている。


『約13億4千万Bt』

 これは一財産築いている。

 豪邸くらい建ちそうな額ではないか。

 とはいえ私の今まで消費した雑貨の額と同程度ではないだろうか。

 いや、値段はよく知らないが、それでも水準としては妥当な所だろう。

 そう考えると今までどれだけ甘やかされて来たのかを覗わせる。

 やはり魔法の鞄の技術提供マージンが特別高額だったのだろうか。

 大商会を率いるアルバートならば大きな商談ならばこれくらいの額は動かしているだろうし、確かに高額だとは思うが特別目立つ程の額でも無いだろう。


「リヴィア。確認ですが、平民の成人男性一人の平均月収がいくらになるか分かりますか」


 はて、職種によっても前後するだろうが、平均だと下働きくらいの労働だろうか。

 いや冒険者というピンキリな職種もあるから難しい。


「10万から15万Btくらいかしら」


 前世の基準を持ち出すのもどうかと思うが、この世界の文明の程度も考慮して20という事は無いだろう。


「5千Btです」


 おや、桁が違うぞ。

 そうか、なるほど。すると私の感覚とは少なくとも20倍は離れているという認識で良いのか。

 ふむ、ではあの明細の額も認知の修正が必要だな。


「では、ここリンデノート領の国への納税前の年間税収がいくらになるか分かりますか」


 領の税収。

 となるとここの様な小領地だと税金を払うのが2万人くらいとして、各年収6万なら3割くらいが様々な税で差し引かれると。


「3から4億Btくらいかしら」


 ここから国へ納税すると手元には2億残れば良い方なのでは無かろうか。

 となると私の稼いだ額はとんでもないのだな。


「1億8千万Btです」


 あれれ、おっかしいな。

 計算が合わないぞ。


「大部分は収穫物で補うので、金銭の純収益は大きくなりません」


 ああ、なるほど。

 ここリンデノートだと農耕、特にブドウの産地であり、酒造りが主要な産業となる。

 そして収穫物や生産品は高品質の物であれば税金の代わりに納品を受け付けているという。

 つまり酒造メーカーの従業員分は納品で賄っているのだろうか、金銭での納税はその他の職種に限られるという事だろうか。


「不作の年はどうしているのかしら」


 現物納税だと不作の影響が特に大きく、現金収入の少ないリンデノートの財政は破綻しそうである。


「聖戦や西海岸への徴兵権で税を免除する仕組みがあります。

一人の徴兵で家族単位の免税が認められるので、不作で働き口に不自由した場合はそれを行使する事になるのです」


 徴兵制度は貴族の義務ではあるが、エストバース王国においては基本的には領民への強制義務は無い。

 それは主に騎士や魔術師の領分であり、一般兵も主に冒険者や傭兵が請け負う。

 つまり徴兵制度こそあれど、実態はほぼ傭兵契約に近い形である。


 他国では、例えば帝国では民にも徴兵義務があり、成人すれば必ず一度は参戦する必要がある。

 皇国では税と同じで参戦人数が領の規模毎に決まっていて、それを義務としている。

 他の周辺諸国も似たような制度だと言う。


 エストバースは納税義務の免除として徴兵権の委譲が有り、この行使権を領主へ納品する事が可能なのだ。

 それで財政は回るのかと言うと、これがしっかり回るのである。

 一般の徴兵には国から援助金が出るのだ。

 冒険者や傭兵を数多く雇えるのもそれが理由で、金銭で兵を揃えられるからこそ強い。

 更に他国には無い強みとして、貴族の子女の大半が魔術師である事も大きな要因である。


「リヴィア。では改めて明細を確認なさい」


 だとしたら桁の数え間違いだったに違いない。

 うむ、きっとそうだ。


「1億3千4百万Bt…?」

「そちらは13億4千万Btです」


 Oh、桁は間違っていなかった様だ。

 これだけあれば数年は領民から税収をしなくても安泰ではないか。

 凄いな魔導具技師。…ん、そちらとは。


「しっかりと他にも目を通しなさい」


 おやおや、手紙には二枚目が御座いましてよ。

 どうやらこっちも別の明細。

 ハハッ、今度は桁を間違えない様に気を付けなければ。


「11億8千万Btかしら」

「いいえ、118億Btです」



[218]

 そんな馬鹿な。

 というか、魔法の鞄を含めた魔導具デザイナーとしての明細が先程の明細だとしたら、こっちの明細には身に覚えがないのだが。


「魔法の鞄より高い物なんてあったかしら」

「何を言っているのですか。

最初の明細は雑貨の特許に関する明細、二枚目は学院に卸した徽章や制服を含めた衣類関係の明細ですよ」


 Oh、魔導具発明ドリームここに極まれり。

 凄いな魔導具技師。


 ん、鞄は何処行った。


「こんなに高額で取引されるなんて、商人の方々の資産は凄いのですね」

「これは勘違いしていますね。

貴女の登録した技術は世界中の全ての大陸、全ての国家で使用料が支払われているのですよ。

世界にはいったいいくつの国家と、そこには何人の商人が居るのかを考えれば、これくらいの額にもなります」

「でも収益には税を課せられるのでしょう」

「ですから、税金を差し引いた額がそこの明細の金額なのです」


 なんてこったい。

 あんな建前の為だけに一日ででっち上げた発明品にこんな額を支払うとは、物好きな連中も居たものだ。


「今や世界中の衣類関連の企業で革命が起きています。

この発明の素晴らしい点は、一つ一つの技術は方法さえ解れば作成に掛かる魔力量が大きくない事です。

つまりある程度の魔術的素養があれば誰でも、一般の平民でも習得が可能なのです。

従って衣類メーカーは新たな人員を雇わずとも、今までの人員を再教育さえすれば、この革新的な衣類の生産が出来るという事です。

これに飛びつかないメーカーは有りませんでしたよ」


 術式の最適化は得意分野だったが、最初からでっち上げのつもりで確立させたものなので複雑にはしなかっただけだ。

 狙っていた訳では無い。


「ふふふ。便利な道具は誰でも使えてこそです」

「そのおかげで世界の衣類事情は貴女の発明がスタンダードになります。

結果として商人は在庫を一斉処分。

古着もまともに買えなかった貧困層にまで衣類が行き渡り、経済の循環は大幅に改善。

来年度からの景気にも大きく影響を出しそうですね」


 流石にそれは言い過ぎである。

 素材そのものの量には限りがあるのだ、加工技術だけで経済効果まで期待するのは違うだろう。


「それで、最後の明細が魔法の鞄に関する技術使用量とサンプル提供代金になります」

「まあ、三枚も入っていたのね」


 と、取り出して。

 目を疑った。


「お祖母さま。これ、桁が」

「合っていますよ」

「でもおかしいわ。こんな額を使える人なんて居ないと思うの」

「旧時代の魔法具を再現出来るとあれば、いくら出した所で惜しくは無いのです。

それに同じ魔法具でも魔法の鞄だけは特別です。

海神領域の渡航の出来ない現在、荷を別大陸へと運ぶ事の需要を満たすのは国家事業としても急務。

金銭で解決出来るというのであれば、それがいくらであろうと惜しむ国はありません」


 なるほど。

 ただの便利道具の範疇を超えた需要があったという事か。

 確かに渡航するにも時期や一度に出せる船の数にも限りがある。

 つまり今より多く運ぶ手段が無かったのだ。


「ふふふ。ルビリア様のトランスポーターと魔法の鞄があれば、世界の流通は渡航が自由だった頃より発展しそうですね」

「まさか貴女はそれを解っていて今回の事を企てていたのですか」


 いえいえ、偶然です。

 というか孫に企てるとか表現を使うのはどうかと思いますよ。


「ふふふ。ただの偶然ですわ。

たまたまルビリア様の外交カードと時期が被ってしまい、王国が更に発展する事になっても、それは全て偶然なのです」


 こうして別の要因が現れても追い風にしかならないルビリアの手腕の方がよっぽど恐ろしい。


「リヴィア。貴女は世界を征服するつもりなのですか…?」


 いや、無いですねそれ。

 征服ではなく救済するつもりです。

 転生者ですし。


「鞄の製法一つで世界が救われるなら、素晴らしい事ではありませんか」


 ここは笑顔で答える。

 変に誤解されても困る。

 おっと、ちゃんと明細は確認しておかなくては。


「2億4百万Bt…?」

「2兆4百億Btです」


 Oh、何だこの額は。

 世界でも征服するつもりなのかな。


「税金は」

「無税です」


 凄いな魔導具技師。兆億万長者じゃないか。


「どうして税金が掛からないのですか」

「前にも話しましたね。

固有魔術に関しては完全に個人の資産として扱われます。

そして魔法具の製造技術も同様なのです。

本来ならば国が他国相手に交渉するような類の案件ですので税金の掛けようがありませんので。

どちらも特例として、技術提供自体に税は課せられません」


 いや確かに全大陸の国家が全て事業に乗り出すにしても、プロジェクトの為の資金も確保しなければならない。

 それだけでは流石に兆という桁にはならないと思うのだが。


「今回の提供に関する特許料に拍車を掛けたのは、実現可能だという確たる証拠。

つまり既製品の寄贈が付属していた事が一番の原因でしょう。

従来の魔法具事業はどれも造れる保証が無かったのです。

それでも莫大な費用を掛けて国家プロジェクトとしてきた歴史の上で、幾度も失敗と挫折を繰り返して来ました。

ですが今回は違います。

必ず成功する保証をされた魔法具事業など、この規模では歴史上他に類を見ません。

しかもよりによってそれが魔法の鞄です。

魔法具の中でもおそらく最も価値の高い夢の一品。

それを自分の王政の時代で実現出来るとあれば、国庫を惜しむ王はどこにも居ません」


 なるほどそう聞くと納得である。

 魔法具事業は基本的に実らないのだ。

 理論はあっても実現には凄まじい努力と労力と才能を集結させて、それでも当初考えられていなかった要素一つで断念、挫折することも珍しくない。


 前世でも衛星への探査船プロジェクトには莫大な費用を掛けて、それでも得られた物は費用対効果が最悪な夢の残骸だけである。

 事業を進める為に手を出した技術の発展こそあったが、あまりにも途方も無い額が消えた事だろう。

 それが、確実に成功する事が保証された技術を提供されたのであれば、ブレーキを踏む必要すらない。

 投資したら必ず返ってくるのだ。

 成功するかも分からない事業への投資なら躊躇もするだろう。

 だが、必ず成功するなら話は違ってくるのだ。


「貴女の手法の巧みな所は、特定の国家にだけ提供するのではなく、条件を満たした全ての国家に等しく提供するという要項を設けたこと。

これなら参加しない国家だけが不利を被ることになります。

つまり全国家が事業に参加せざるを得なくなった。

そして高額投資の後押しをした最大の仕掛けが、完成品の寄贈に差を付けたことです。

これは事業投資であると同時に競売でもありました。

どの国もこぞって投資額を上乗せし、結果として神暦に入ってからの歴史上最高額の事業となりました」


 そして私は参加する全ての国の国庫から出た投資額の割合でマージンを得ることになり、それはつまり大陸一つを運営してもお釣りが出る程の額を無税で得たというカラクリになる訳だ。

 そして、魔法の鞄を売ったのであれば課税対象だが、技術提供のサンプルとして寄贈した。という点も大きかった。


 いや確かに多く投資した国には報いようとサンプル提供に差を付けたが、どうやら効き目が有り過ぎたらしい。

 とはいえ、大きさの違うだけの鞄だ。

 提供する技術自体に違いは無いし、生産可能になれば差など無くなるのだが。

 流石にこの反応は異常である。

 どうやら魔法具事業には、どの国も今まで散々煮え湯を飲まされてきたと見える。

 プロシアの言う通り在任中に歴史的な成果を出したいと考える王や要職の面々も確かに居そうだ。


 いや、もしかしたら。

 それこそ先程述べたルビリアのトランスポーターのお披露目と被ったのが大きかったのかも知れない。

 あ、これ併せたら流通の新時代来るのでは、と目端の利く者が飛び付いたのだろうか。


「でも、良いことなのでしょう」

「そうですね。良いことではあります」

「なら喜びましょう。国に活気があれば民もきっと笑顔になります」


 そう言って綺麗に終わらせようとするが、プロシアの顔は曇っている。


「リヴィア。私は心配なのです。

貴女は確かに神子とは認められませんでしたが、それでも。

かつてこれほどの規模で世界を動かした者など、神暦になってからでは数人しか居ない大偉業です。

この影響力はもう並の神子の成し得る貢献を超えています」


 神子がどれだけ優れていても、強力な個に過ぎない。

 それは聖戦を通して私も実感した事だ。

 確かに神子が居ればそれだけ多くの兵を失わずに済むが、それは群れの単位である。

 魔法の鞄の量産に成功すれば、聖戦の質そのものが変化する。

 戦略そのものに大きな影響を与えて、神子単体が結果的に救う命の数より、遥かに膨大な人命を失わずに済む作戦を立案する事すら可能となるだろう。


「貴女は既に世界にとって神子以上に価値のある存在になってしまった。

それが、それが私には怖くて仕方がないのです。

貴女を守り通せるのか、私にはその力があるのか、とても不安なのです」


 プロシアの心配はもっともだ。

 もしこのまま私が次々と革新的な発明を続ければ、おそらく個の戦力的な価値は相対的にかなり低くなる。

 つまり私さえ居れば神子が要らなくなる可能性すらあるのだ。

 それは実に素晴らしい。

 だが、祖母に心配を掛けさせない方法で実現出来れば、尚良い。

 少し考え方ややり方を見直す必要があるのかも知れない。


 私には実力がある。

 ならば実力に見合うやり方を検討する価値は十分にあると考えられる。

 これは愛すべき無駄な考え。

 なるほど、悪くないかも知れない。


「それは違います。

私は守られるのではないの。私が世界を守るのよ。

だからお祖母さまも私に力を貸して欲しいわ」


 これは真実だ。

 片方が一方的に守られる関係は対等な関係に非ず。


「それに、守られ続けられるだけの子供のままの私では、きっといつまでもお祖母さまの心配も不安も良くはならないと思うの」

「まったく貴女という子は。

ええ、その通りでしょう。年端も行かない孫に説教をされてしまうとは、私もまだまだ未熟者ですね」


 ようやく少し表情に柔らかさが戻ってきた。


「しかし世界を守るですか、まるで若い頃のジェラルドのみたいなことを言うのですね。

理屈っぽさは私に、お節介な所はジェラルドに、優しい所はティアーナに似たのかしらね」


 良い感じ風に纏めていらっしゃいますけど、ライドラス成分が抜けていますよ。

 ここでハブるのは宜しくないのでは。


「きっと勤勉な所はお父さま譲りです。ふふふ」

「うふふふ。そうね、貴女の父親はとても真面目な子でしたね」


 良かったセーフ。

 ライドラス滑り込ませセーフ。

 私が勤勉なのは前世からだが、そこはそれ。

 良い感じなまとめの中で父親だけハブられた家庭とか、闇が深過ぎだろう。


「それと、これも貴女には興味のないことでしょうけれど、伝えておかなければなりません」


 はて、何の話だろうか。


「今回の偉業を受けて正体不明の謎の魔導具技師『七光(セブンルクス)』はそのまま称号となりました。

つまり貴女です。

称号は六神連盟より正式に拝命したことになります。

おめでとうと言って良いのか不思議な感じですが。これで貴女は世界的に最も有名な史上最年少の称号持ちです」


 世界的に認められた親の七光り、これは酷い。

 ジョークではなくもう少しちゃんと考えて名付ければ良かった。


「今からでも名義の変更は」

「出来ませんよ」


 Oh、これは完全に想定外であった。

 






《余録》


チラッと出ましたお金の単位について解説。


【エストバース王国】

Bt(バーツ)=約20円程度

・人神大陸西部の国々で一般的に使われる通貨。

西海岸に面したエストバース王国は、魔大陸や地神領域との窓口となる関係で、他大陸との貿易が盛んに行われている事から、昔から使われてきた歴史があり通貨の信用度が高い。


【ベルノス帝国】

Gr(ギラ)=約24円程度

・人神大陸最大シェアの通貨。

帝国は鉱山をいくつも所有していて混ぜ物がやや少ないことや、技術大国だけあって流通量の多く、特に大陸東側の国では最も広範囲で使われている関係で、他国の通貨より価値が少しだけ高い。


【アルセンダルク皇国】

Lm(リム)=約15円程度

・西のBt、東のGrに挟まれて割りを食ってるLm。

大陸中央では流通しているものの、東側ではほとんど使われていない事からシェアが狭く、近隣国以外の国々ではあまり歓迎されない。



【一般通貨】

銅貨 : 1bt(20円)

大銅貨: 10Bt(200円)

銀貨 : 100Bt(2000円)

大銀貨: 1000Bt(20000円)


鉄貨 : 0.1Bt(特定領内限定通貨)


【貴族通貨】

金貨 : 1万Bt(20万円)

大金貨: 10万Bt(200万円)

白金貨: 100万Bt(2000万円)


【六神通貨】

〜国〜神晶貨: 1億Bt(20億円)

〜国〜神玉貨: 100億Bt(2000億円)

〜国〜神宝貨: 1兆Bt(20兆円)


・他国も貨幣の桁自体は共通ですが、両替屋ではレートが変わってきます。


・【鉄貨】は国の公式な通貨ではなく、ローカルな地方通貨として利用されています。

本来は通貨の鋳造は固く禁じられているのですが、生活の中で自然と生まれてしまった物で、価値もそのまま使われている素材の値段ということから、『通貨ではない』という名目でグレーながら黙認されています。

公式通貨を許可なく鋳造したらアウトです。首が飛びます。


・【六神通貨】は主に国家間での大物取引に使われる特別な通貨です。

『エストバース王国人神晶貨』の様な名称になります。


・【六神通貨】の発行にはその都度、六神連盟の許可を得なくてはならず、自国の判断だけでは増産出来ません。

今回の『魔法の鞄』の技術提供では、連盟からお達しがあって臨時発行の許可が出ています。

つまりリヴィアは世界中の六神通貨を獲得したことになりますね。

手に入れたくても流通しておらず、個人では入手方法が無いので、コレクター垂涎の一品だったりします。


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