星の精霊王 3
【ディルムン領】
[201]
お披露目会からしばらくして私は11歳になっていた。そして超能力者になっていた。
冗談ではなく超能力である。
前々から在る前提で立てていた仮説が実を結んで、実験の末に遂に実証されたのだ。
残念ながらこの世界で超能力者が自然発生する事はまず無いだろうが、今のところ広めるつもりも無いので特に問題はない。
自分自身への施術はなかなか苦労した。
目が充血したり鼻血が滲んだりもしたが、これでも随分マシである。
新たに出来るようになったのは、
[透視/千里眼/読心/思念感知/念写/念動力/念力/念話/精神防護/精神操作/精神攻撃]といった所。
前世の記憶にある時間移動や未来視のような能力には目覚めなかった。
何か別の要因があるのか、単純に向き不向きによるものなのか、そもそもそんなもの無いのかは不明だが。
透視や千里眼は神眼があれば不要だが、将来的にはアイリス無しの代替能力のみで何でも出来るようになりたい。
あれに代償が無いなんてことはどう考えても有り得ない。
読心はESPとかテレパスのようなものだが、私には不向きらしく幽体になったり薬を服用しないとまだ不安定である。
思念感知の使い方の一つは残留思念を読み取って未解決事件を捜査したり犯人を追跡する類のあれである。
こちらも残念な性能で断片が観えるだけだが便利そうな印象なので何とかしたい。
これも薬に頼るしかないのか。
念写はこの世界に現像技術が無いので魔晶石で代用してみた。
映像を焼き付けられる媒体が他に無いので仕方ない。
もちろん構造は解るが、カメラを自作するつもりは無いのでどうせなら誰か別な者に発明して貰いたいものだ。
念動力はPK。
物を捩じ切ったり潰したり衝撃でふっ飛ばしたり破裂させたり引き裂いたり出来る。
これはリヴィアがかなり得意だったのだが、出力が高過ぎてこのままでは使えない。
念力はそのままテレキネシス。
物を移動させたり浮かせたりといった事に使えて、自分の身体を浮かせたりも出来る。
これも得意な方だった。
同じ事は魔力操作でなんとか出来るのだが、念力ならば魔力の痕跡が残らない。
念話は対象と心の中で会話が出来る。
魔力通信の使い勝手が悪いのでこれは助かるのだが、誰にこれを教えて会話するのかと言われると困る。
精神操作、マインドコントロール。
洗脳や暗示に代表される能力である。
得意という程でも無いがそれなりに使える。
アイリスを使った暗示はもちろんあるが、多用したくないので代替能力は嬉しい。
精神攻撃は相手の心や自我に直接ダメージを与える力。
相手を精神的に追い詰めたり心の耐久力を削ったり汚染するのに使える。
あまり試せないがリヴィアはこれも得意そうだった。
以上。
超能力は魔力の痕跡を残さないため、この世界の人からすれば完全に未知の能力である。
研究したところ、素のスペックとしてはこの世界の住人でも使える器官はあるのだが、魔力が日常的にあるのが障害となる。
魔力神経が育つと、超能力の発現に必要な器官が圧迫されて萎縮する。
その器官も魔力を使う世代を経て退化しているらしいのだ。つまり単純に機能的な都合で両立が難しい。
無理に開発しようとすれば脳の血管が圧迫されて破裂するだろう。
それは施術をした私が断言する。
超能力開発に適しているとされる思春期未満の子供ですら細心の注意を払って施術しなければショック死しかねない。
故にこの世界で普及させるのは困難だと言わざるを得ない。
ましてや心霊手術の知識と技術を持たない彼等では、いったいどれだけの死体を積み重ねなければ安全性を高められる方法を編み出せないか。
そのリスクが高過ぎる。
しかも魔術や魔道具があれば概ね代用効果は再現可能である。それを考慮すれば広める利点はほぼ無いし、逆に欠点は数え切れない程ある。
だが私に限って言えば黙ってこっそり使う分には何ら問題はない。
ギルバートのポンコツ授業という暇な時間を有効活用した裏番組で、密かに超能力の訓練でもすれは良い。
傍から見れば真剣にギルバートの講習を受けていながら、実は人目に付かない程の遠隔で超能力修業をしている少女。それが今の私である。
私見としては超能力の制御は魔力の訓練より遥かに難しい。
慣れてないというのもあるだろうが、それ以上に物理的な消耗が大きい。
どうも超能力は脳内の超能力器官(仮)で特殊な酵素を生成分泌して、それを消費しているらしい。
魔術なら魔力を消費するが、魔力は時間で回復するし保有量によってはほとんど疲労にすらならない。
しかしこの酵素を生成するには材料も熱量も必要とする。
脳が短時間に大量の糖を燃焼するのも疲労の一因になっている。
思考加速や完全予測と併用した場合は一気に血中糖度が減少して低血糖で発作を起こす危険性もある。
何とか消耗問題を解決するか、でなければ多用しないように自重するかを決めないとならない。
思っていたような便利な能力ではなく、しっかりと都合の悪い代償や制限の多い要素であった。
いや、魔力があまりにも便利で都合が良すぎて感覚が麻痺していたのだ。更に神力に至っては今のところ目につくデメリットが皆無である。
魔力に関してはマルチタスクで今後も鍛錬は続けるが、何だかもう地道な魔力の筋トレくらいのノリで他に出来る要素も見当たらなくなっている。
せいぜいが今まで開発してきた術式の改良くらいか。
氣は最初から地道な鍛錬しか無いし、霊力は分霊を泳がせてたり遠方で狩りをさせるだけでも鍛錬になっている。
しばらくは超能力重視の訓練で良いだろう。
実用的かどうかは然程問題ではない。
赤子の頃より休む事なく訓練し続けた私は既に学習ジャンキーなのだ。
何でも良いから成長してないと落ち着かない。
そんな偏執性を育んでしまっている。
よく理解出来ない者からすれば頑張ってるとか、努力家とか、自分に厳しいとか、飽くなき向上心とか思われるかも知れない。
だが私は気付いてしまった。
これは最早そんな生易しい次元の問題ではない。ただの習慣病なのだと。
善玉菌や発酵が良いイメージなのと同じで、本質的には菌は菌だし腐ってるのだ。
そうか、これが達人と呼ばれるものなのだなと、ふと悟ったのである。
齢十一にして達人の境地。
少々やり過ぎたかとも思うのだが…。
それで止まれないから達人なのだろう。
さあ今日も鍛錬だ鍛錬。
[202]
この世界に通販が実装された。
「おおオオオオォ!
我が永遠の姫殿下。この画期的な新しい商法にご興味を戴けるとは光栄の至り。
是非とも、是非ともご利用下さいませ」
アルバートが宣伝に来て慇懃かつ大袈裟にお勧めしてきた。
「あっこれ通販ですか。
やっぱりカタログとかあるんですかね」
「ツーハン?とは他国での呼び名でしょうか。
ああカタログはこちらで御座います」
ギルバートよ。そこはもう少し初めて使う感とかもっと配慮して貰いたい。
確かに通販だけど。
「通信販売っていう商法なんですけどね。あっこれ欲しいなあ」
「ギルバート。ちゃんと説明して」
「あっええと。いやこないだ誰かが言ってたのを聞いた気がしただけ、なので。
ええと、どこで聞いたんだったかなあ」
誤魔化すの下手か。
通販とは言っても魔力通信技術の都合上、どうしてもタイムラグ無しの超長距離の連絡は取れない。
そこで開発されたのが魔導運搬砲である。
従来の遠距離間での手紙のやり取りは主に伝書鳩。
物品の発注と受け渡しには行商人が主流。
馬車便での行き来である為、どうしても時間を要する。
ここからでは王都の魔導具工房へ発注して完成してから納品物が届くまで製造期間を抜いても一ヶ月は見ておくべきで、製造期間や運搬難易度も考慮すれば二ヶ月くらいは平然と掛かるのだ。
それなら王都へ出掛けたり、逆に王都からの来客が来る際についでに購入して運搬して貰う方がよっぽど良い。
それを解決したのが魔導運搬砲。
通称トランスポーターである。
名前でお分かりの通り、これはルビリアの二つ名の由来となった固有魔術の術式を提供して貰い開発されたものである。
大陸間弾道ミサイルとまでは行かないが、その1/20程度の飛距離であっても流通の歴史を変える大発明となった。
設置には広大な敷地面積と、発動には膨大な魔力を必要とするのでお手軽とは言えないが。
それでも運搬に掛かる時間の大幅な短縮に成功。緊急を要する搬送にも使えるとあれば期待も大きい。
一昨年から試験的な運用をしていたが、今年になってようやく新たに二門を稼働。
そこそこの運送料さえ支払えば国民にも利用出来るようになったのだ。
理論そのものは随分昔からあったらしいのだが、やはり決め手はルビリアの術式である。
再現するのに十年を費やしたとの話だから、提供そのものはルビリアが王家へ嫁いだ辺りに行われていたと考えるのが妥当だろう。
何ともスケールのデカい嫁入り道具である。
ルビリアが常用しているのだから術式の理論としては安全に人間も運べるのだろう。
だが、まだ人を運送するのには利用されていないという。
もう暫くは物品の運送だけに留めてデータを取り様子を見て、安全性に問題無い事を十分に検証してから人を乗せての運送サービスも実装予定なのだとか。
機械文明も無く、航空機も無しにいきなり超長距離砲から開発されるとは。何とも奇妙な話に聞こえるが、これが魔術のある世界の文明の進み方なのだろうか。
それとも転生者の誰かが裏で開発協力をしていたりするのだろうか。
ともあれ、まず王国は名のある国内の大商会相手に使用権を競売にかけたらしく。アルバートの商会はその権利を見事競り落としたのだ。
いくら注ぎ込んだのか分からないが、このホクホク顔を観れば元を採れる算段は付いているのだろう。
頬をつつきたい。
勝算があるのなら、わざわざ私から知恵を提供する必要も無い。
どこで誰に観られているか分からないのだ。
王国も外交カードとして最高の手札を手に入れたことになる。
ん、なるほどそういう事か。
ルビリアは元々外交官だ。
そしてこの術式の発案者でもある。
つまり、王国に提供した上で自分が王家の一員として外交の手札にして利用する気満々だったわけだ。
彼女の野心と戦略がこんな所でも垣間見える。
こうなってくるとルビリアは学院生時代から将来的に価値を持つことも、それを最大限利用することも見越した上でこの術式を固有魔術として開発したのでは無かろうか。
海神領域を渡航できないこの世界で、いずれ大陸間トランスポーターの開発に成功すれば世界を牛耳ることすら可能になると考えてるかも知れない。
その為のデータ収集目的で大商会の資金力を利用して更なる開発を進めようとしているとか、競売で国庫を潤わせつつ他人の金で競争させて改良を重ねさせようとか考えているかも知れない。
ふむ、転生者なんかより余程手強いではないか。
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夏の終わり。
兼ねてからのアルバートの熱望に応えて遊びに行くこととなっていたディルムン領。
先日の通販で頼んでいた荷物もついでに受け取りに訪れていた。
さすがは王国が誇る物流の街、水の都オルマー。
国内で三番目に大きな港があり、行き交う人々も多様な人種が見て取れる。
人間族ばかりのリンデノートやカルムヴィントとは大違いである。
「わぁ、お嬢様観てください。海ですよ海。キラキラしてますぅ」
「海岸線なんて遠目でしか観たことなかったから新鮮だわ。もっと近付けないかしら」
私が今生で視た海岸線は全て超長距離である。
正確には幽体や分霊越しなのだが、自宅から覗き視ているのだから遠目と言えよう。
「ここでは人目があります。
姫様には是非ともわたくしの所有するプライベートビーチで最高の眺めをご覧になって戴きたいですの」
今回の案内はフィアナ先生である。
いつ見ても惚れ惚れするような健康優良令嬢である。
ふくよかな女性は見るが、フィアナ先生と違って肥満の印象が強い。
フィアナ先生のこのエラの張った二重顎や、ぱっつんぱっつんの二の腕の健康的な色艶を見倣うべきである。
美しく肥ること、それでこそ豊穣の体現。
それこそが栄養状態の良さと健康の真のコラボレーションなのだ。
「どうかなさいましたか姫様」
おっと見惚れてしまっていた。
「フィアナ先生のお顔の色が今日は一段と美しく映えていらっしゃるので。
何か特別なことでもあったのかしら」
年中顔色は良いが、今日の色艶は一段と美しい。
輝いている様だ。
「まあ分かってしまわれるのですね。
いつも通りのつもりでしたのに、お恥ずかしいですわ」
そう言ってはにかむフィアナ先生。
おやおや、そんな秘訣があるのなら是非ともご教授頂きたい。
「先日、婚約が決まりましたの」
なん、だと…。
「わあぁ、おめでとうございますぅぅ」
え、フィアナ先生が結婚。
相手は何処の誰さんで御座いますかね。
年齢は、婚歴は、職業は、年収は、家族構成は、評判は、趣味は、身長は、体重は、靴のサイズは…。
いやそうじゃない。
まずは祝辞の一つでも述べた方が良いのか、それから話を合わせながら探りを入れるのも忘れないで、それから
「フィアナ先生、家庭教師やめるの?」
ふとリヴィアの口をついで出た言葉はこれだった。
「いえいえ、そんな滅相もないですわ。
まだ婚約というだけで結婚なんて先の話ですし。
少なくとも姫様がご入学なさるまではお互いお付き合いも控えますもの」
私がどうこう考えてる事より、リヴィアの方がよっぽど正しい。
そしてフィアナ先生はそんなリヴィアの事を本当に心配している。
「安心しましたぁ。良かったですねお嬢様。
それでフィアナ先生、お相手はどんな方なのですか」
リヴィアの感情に強く引っ張られる感覚。
最近の私は計画に囚われすぎてリヴィアにも強要していたのかも知れない。
今日くらいは気分転換を優先しても良いか。
「もう、私からフィアナ先生を奪おうとするだなんて。
どんな素敵な方なのかぜひお聞きしたいわ」
そうだとも。
私達は今日、遊びに来ているのだ。
私達の乗る馬車は、海岸線の観える通りを抜けてディルムン伯爵邸へと向かう。
さて、アルバートにはどう声を掛けるべきだろうか。
[204]
相手を知ろうとする者から観れば一言一句、一挙一動の全てが情報となる。
ディルムン伯爵邸はそれはそれは立派なものだった。
一言で言えば豪華絢爛なのだが、センスの良さが随所で見られるため厭な雰囲気にはならず一つの空間として成り立っている。
要するに金の掛け方が上手い。
大商会の主の邸宅ともなれば繁盛している様子を見せるのは大切な要素である。
見かけの立派さや羽振りの良さは、富を生む才を持っているということを如実に表す一種の宣伝だ。
これとは逆に質素でいて高品質、強調せずに奥深い高貴さを醸し出すやり方はもちろん或る。
が、それには年輪という土台あっての話である。
何代にも渡って高貴さと権力を握る者である、という重ねてきた信用と実績があればこそ豪華さで着飾らず敢えて質素であっても、相手はそこに意味が在ると見出そうとするだろう。
が、年輪を刻まずぽっと出の成金が質素な暮らしをしていたら。それは金の使い方を知らない、着飾り方を知らない、宣伝という大切な要素を知らないのではないか。と疑われる。
もしかしたら質素にする意味もあるのかもと信用してくれるかも知れないが、それよりも疑念の方が勝る可能性が高い。
アルバートは新貴族だ。
商売人としては三代以上続いているが、貴族となり名を上げたのはアルバートが初代である。
まあ、一代目はどこぞの貴族家出身の三男坊だったらしいので根っからの平民とも言い難いが。
近隣の昔馴染みならアルバートのする事が何であれそこに意味を見出すだろう。
そこには育んできた信用があるからだ。
だが、馴染みのない他国や遠方の領との取引ではそうは行かない。
ぽっと出の成金貴族と思われている以上、そのイメージの通りの成金貴族として最大限の価値を見出して貰うことが、余計な手間を掛けず最短で円滑な取引を成立させるのに役立つ。
誰もが自分に興味があると思い込むのはこの業界ではご法度である。
表面上の情報や損得しか考えない者はごまんといる。
相手の興味が何処にあるのかを見極めてからが交渉の本番なのだから。
であれば信用を得るまではイメージ通りという仮面を着けて席に座る事から始めなければ円滑に事は運ばない。
飛び道具や騙し討ち、意外性や意表を突くのは切り札であり、ともすれば下品な策となる。
それらの札を最初に切らないとならないのは弱い立場の者のする事だ。
弱いから相手の裏をかく必要に迫られている。
余裕の無い弱者の発想、つまり底が浅くて舐められる。
逆に強ければ真正面からやり合わないとならない。
弱者の戦法とは即ち卑怯で姑息な手段。
初手から意表を突いたり意外性で先入観を壊して無理やり対等な関係を構築し直してから交渉に乗り出す様な真似をして良いのは弱者だけの特権なのだ。
故に強者としての信用を得たいのであれば意外性よりもメジャーなやり方を選ぶべきであり、アルバートが豪華さで相手の印象値を上げる試みは至極真っ当かつ正道な手法である。
真っ当なやり方で信用を得る。
これこそシンプルかつ最も分かりやすい。
交渉相手も余計に身構えず変に疲れなくて良い配慮ある姿勢だ。
まあ、前世が平凡かつこの世界で余所者である大半の転生者には馴染みの薄い感覚だろう。
成金趣味を彷彿させるような装飾によく分からない先入観でアレルギー反応を示したりする者も少なくない。
世界を変える使命を帯びた者がくだらない先入観に踊らされるのは、実に嘆かわしいが。
アルバートは己の立ち位置をよく理解している。
センスの良さはとりわけ評価が高くなるだろう。
本人の価値観かは定かでは無くとも、例え別の者のセンスであっても、それを起用して装飾させているのだとすれば人の才能を見抜く目があるという印象に変わるだけのこと。
どちらにしても確かな評価だ。
自身に物の価値の判る目があるか、人の価値を見る目があるか。少なくとも良い商売人に必要などちらかが確実に在ると解るのだから。
強者なら基本的にはセンスのある者に装飾を任せて、その上で自分の色なり痕跡を加えたり減したりして改良する。
自身の人を見る目と付加価値の両方をさりげなく配置する。
そして興味を持たれない限りは主張せずそのままにする。
相手に見る目があれば必ず話題にあげると信じて待つのだ。
そうして今回の取引相手の実力を測ると共に、どこに目を付けたかで興味あるものの判断基準にする。
交渉は応接間で始まるものではない。
招待状を送った時点から始まるものだ。
[205]
「おおおオォォ、お待ちしておりました我が親愛なるリヴィアゼア姫殿下。
ようこそ、ようこそおいで下さいました。ささ、どうぞこちらへ」
相変わらずのオーバーリアクション。
「本日はお招き頂きありがとうございます。ふふ。アルバートは元気そうね」
「ええ、ええ。
姫殿下にこうしてお越し戴ける栄誉を賜り至極光栄に存じ上げます。
このアルバート、この様な日が訪れるのをどれほど待ち焦がれてきたことか!」
そして大袈裟なくらい慇懃な態度。
本当に元気そうで何よりである。
到着したのが正午過ぎ、この後は食事をしてからディルムン伯爵家の敷地内でゆっくりと過ごす予定である。
私の注文していた魔導具がトランスポーターで送られて来るのが明日の早朝らしい。
それまでは特にすることも無いので、アルバートから話を聞き出したりヒルデとアルトを連れてビーチへ行ったりするつもりだ。
「いやはや、良い話というものは重なるものです。
先日遂に天神領域で新たな聖女様が認定されたのだとか。
同時期に神子様までお生まれになったのだと言うのですから。
先々月の地神領域に続いて年内に神子様がお二人もだなんてっ!」
その話は私も日々の分霊を使った諜報活動で把握している。
聖女が現れたのは実に有り難い。
それに公式な世界の神子の人数は四人となった。
育つまで今しばらく時間は掛かるだろうが次世代への不安は少しだけ和らぐだろう。
「神子さまはどのようにして判別されるのかしら」
既に知っているが、聞いても不自然でないタイミングで知った事にするのは大切な手順である。
「おや。失礼ながら姫殿下はジェラルド様やプロシア様からはお聞きになられては御座いませんでしたか」
「ええ、お恥ずかしい限りなのですが。
お祖父さまもお祖母さまもあの事件から家族の前では神子さまの話は避けてしまわれるのです」
前に王都で私の誕生会をした際に、うっかりオクタヴィアが口を滑らせてしまった事がある。
すると目に見えてジェラルドの機嫌が悪くなり、それから数日間はピリピリした空気になってしまった。
せっかくの誕生会も台無しである。
以来、ファナリア大公家ではジェラルドの前ではなるべく神子の具体的な話題を出さないのが暗黙のルールとなっている。
お陰様で神子の子という立場に在りながら、全く神子に関する事柄だけは教育されていないという異常事態となった訳だ。
前に神子に関する書物を要望に潜り込ませた事があったのだが、その時は他の書物だけが要望以上に贈られて来たのを見て、これは重症だと思って諦めた。
あれでは国の偉い方々もうっかり地雷を踏まないか冷や汗ものだろう。
「あああアァァ。それはそれは仕方のない事なのです!
どうかジェラルド様を誤解なさらないで下さいませ。
わたくしとて女神ティアーナ様を失った悲しみはッッ!!」
そこで区切ったかと思えば、突然自らの顔を引っ掻き出す。
え、あれ。
「悲しみはッッアァァ!癒えませんンンンッ!!」
充血した眼。
鼻息荒く、顔を赤面させた苦悶の表情。
ああ、これ本気なやつか。
「あアッ!失礼致しました。
そのような事情でしたら、わたくしの知る限りの神子様に関する知識をお教え致しましょう」
本気で引っ掻いたのだろうミミズ腫れしそうな顔の傷を使用人が治療術で癒やす。
アルバートはこの狂信的な部分以外はまともなのだが。
ともあれ、こうして私は神子について知る機会を得た、という事実を得たのであった。
私は表向き「知らない筈の事を知っている」という矛盾は決して冒さない。
公に口にするのは全て、リヴィアとして認知可能な事象から得られた知識に限られる。
それは話であったり書物であったり、確認された事柄から構成されてなければならない。
私が明かさない限りは、リヴィアゼア・エル・ファナリアはごく自然な現地人であり続けるのだ。
[206]
神子とは特定の種族や選定者ではない。
純粋に掛け合わせによる優良混血児の事を指す。
この世界の人種は概ね各神々の領域毎に二種族か三種族が主要種族として存在している。
古来よりそれらの種族は互いに交流し、時に血を交わらせてきた。
各種族にはそれぞれ種族因子と呼ばれる特徴や特性を決定づける要素を持っている。
その要素は各種族毎に固定化されており、同族間の交配では全く変わることは無い。
だが混血は違う。
異人種間の交配では両親から半分ずつの種族因子を引き継ぐ為、時に純血種では考えられない様な因子の組み合わせを持って産まれる個体がいる。
戦闘に有利な特徴を引き継ぐ者。
生きるのが困難になる特徴を引き継ぐ者。
互いの長所を打ち消す様な特徴を引き継ぐ者。
その組み合わせは無数に存在しているとされ、その無数の確率から極稀に極端に優秀な組み合わせを持って産まれる者が居た。
それが後の世に神子と呼ばれる者である。
神の気まぐれとも言える確率の上で誕生する奇跡の子供。
混血からしか産まれない特別な存在。
神子と呼ばれる様になったのは時代を経てからだが、大昔から信仰の対象として特別視されてきた。
一方で、あまりにも優秀であるため人為的に誕生させられないかという研究も各国で競うように行われ、その発生のメカニズムが解明されるまで様々な歴史を歩んできたという。
ある時代の権力者は自らの子供に神子を生み出させる為に有能な異人種を大量に奴隷として囲い込み。
またある時代の将軍は人体実験を繰り返し、時に神子から次の代の神子を量産させようと非人道的な扱いをしてきたという。
そうした暗い時代を経て、ついに神子誕生の条件の絞り込みと、その管理体制が出来ていった。
神子判別の方法に関してはギフト判別の可能な上級魔族の魔眼や天使官の天眼を応用した方法を使い、大まかにではあるが基準を設けることで可能とした。
神子とは、たまたま優良因子となる組み合わせを引き継いだ者を人々の都合で勝手に定めたものだ。
そこに神の関与はない。
つまり神子を判別する基準を作ったのは人自身なのである。
それ故、大昔に神子と呼ばれた者だからといって今の時代における神子の基準を満たしているとは限らないし、逆に今の基準で神子だからといって大昔の基準で神子としては認められない場合もある。
各国の神子に関する研究機関により世界基準として現在定められているのが、今の神子の判別基準というだけである。
時代によってまちまちなのだ。
最も、現在の判別基準は過去の判別基準と比べるとかなり厳しいものである。
おそらく現代の神子は過去基準においても、ほとんどの時代で神子判定されていただろう。
何でも大昔の神子競争激化時代では各国で毎年一人は必ず神子判定されていた事もあるらしい。
まあ数こそインフレしているが、実力はむしろデフレしていたのは容易に想像がつく。
神子の誕生条件の絞り込みが出来てきたのなら、むしろ以前より数は多くなるのではないかとも思えるが、ここに大きな落とし穴がある。
どの時代でも量産案は出せれ、様々な試みはされてきたのだが。いくつか確実に神子が産まれない条件が判ったのである。
代表的なのは雑種である。
雑種とは神子や混血と同じく特定の人種を指すものではなく、混血を重ね過ぎた血統を表す俗称だ。
因子とは有限であり、それはどの種族でも平等に同じだけの枠しかない。
つまり、種族の優良因子を引き継ぐためには一定以上の血の濃さが必要になるということ。
となれば、多くの異人種の血を取り込み過ぎると一種族辺りの血は薄まり、十分な枠を確保出来ない状態では少し優良な因子程度にしか成らず、神子足り得なくなってしまうのだ。
確率的にはほぼ起こり得ないが、仮に各種族の優良因子をほんの僅かずつ受け継いだとしても、各種族よりだいぶ劣るが様々な事が少しずつ可能という器用貧乏な者が完成するだろう。
これでは単体の能力としては正直物足りない。わざわざ天文学的な確率を引いて器用貧乏を作るより、各種族の優秀な者を集めた軍隊を作った方がコストも労力も運用も断然お得になる。
神子はあくまでも両親の種族の利点を都合良く併せ持った存在でなければならない。
もちろん、それは種族特性に限った場合の話だ。
いくら因子が優秀でも肝心の本人がボンクラでは話にならない。
そうした事情から、各国は王族や優秀な既得階級の純血種を存続させ、その中から優秀な跡取り以外の子弟から混血家系を作ることにした。
これなら確実に優秀な血統から神子が産まれる仕組みとなり、産まれた神子を王家が管理しやすくなる。
従って近年の神子はほとんどが王族の血を持ったブルーブラッド。
安心安全の優良血統種である。
産まれた神子も次代は濃い因子の継承がしやすい純血種の優秀な者と婚姻するか、別の神子との婚姻が推奨されている。
私の実母ティアーナの場合は、超優秀な人間族の純血統の王弟ジェラルドと、天空人の純血統の王族と森人族の純血統の王族の間に産まれたプロシアとの混血によって神子として誕生した。
もちろん因子が優良なのは当然として、本体スペックも最高品質。まさに理想通りの完璧な神子が完成したのだ。
そして次代の為に夫として選ばれたのは王国で最高の魔術師と謳われる、先王弟の血筋で王族の血を引いた純血統のライドラス。
更なる神子への継承を期待された訳である。
ここまで大掛かりな世代を越えた国家プロジェクトによって誕生した私には、神子の判定こそ無かったが優良因子を受け継いでいる可能性が高い。
優秀な純血統の夫との間になら再び神子が誕生する期待値も当然高くなる。
そうでなかったとしても、おそらく私の子供と異人種の間になら可能性が生まれるとも見られる。
神子の産まれた血統というのはそれだけ特別視されており、事実として神子を再び輩出する例は世界中で報告されている。
加えて現在はあの呪災で世界中の神子が失われた後なのだ。
神子の血統への期待はかつてない規模となるのも仕方がない。
種族因子に優良因子、それに混血。
この世界の遺伝学がどの程度のレベルなのかは分からないが、少なくとも因子に関する研究は血塗られた歴史を経てきたというのだから、それなりに進んでいると観ても良さそうである。
折を見て考察してみるのも良いかも知れない。
十分な設備さえあれば自身の手で解明することも可能だろうと思う。
とはいえ私がいくら個人的に研究データが欲しいと主張しても共有して貰えないだろう。
その手の分野に強い転生者辺りが研究して発表してくれれば話も早いのだが。
トフィアスやアディマートも混血嫁を貰って新たな神子の血統作りの為に使われる可能性も考えられる。
いや、考えるまでもなく私に押し付けようとしてる時点でその気満々ではないか。
昔より人道的になったとは言っても、依然として業の深い人的産業であることに変わりはないな。
[207]
ビーチである。
私は日焼け止めを塗ってもらって見学。
付いてきた使用人達にも護衛は時間割制にして残りの者には楽しんできて良いと告げてある。
最近私達に対する監視の目は少しだけ緩くなったのだ。
ヒルデはしっかり楽しむ気満々で水着姿で大はしゃぎだが、アルトは恥ずかしがって護衛に徹するという。
もちろん私は強要しない。
楽しみたければ楽しめば良いし、楽しみ方もそれぞれだろう。
代わりにアルトには私特製のスペシャルトレーニングをして貰おうか。
体幹を鍛えるのに砂浜は実に都合が良い。
アルトへは基礎以外はヒルデとは違ったメニューを普段から与えている。
氣功もアルトにだけ訓練を積ませているが、なかなか呑み込みが早くて少々驚く。
私より才能があるのは間違いない。
ひとまず私は日陰でアルバートから渡された商品カタログや梱包に使われていた外国の古新聞なんかもチェックしておく。
分霊で散々海に繰り出していた私には特に新鮮味は無いのだが。一応はちょくちょく使用人達に他愛のない内容の声を掛けたり遊ぶ様子を観察する。
「お嬢様ぁ、綺麗な貝殻を見つけましたよぉ」
ほう、貝殻か。
やはり自然が生み出す造形は美しいな。
機能を模索して進化した結果として、独特の美しさへ至るのは実に素晴らしい。
「ふふふ。せっかくですし、記念に少し探してみるのもよさそうですね」
機能美というものはどの分野であっても尊い。
自然物だけでなく、それが剣や銃という人殺しの道具であっても、突き詰められた機能美には惹きつけられるものがある。
いや、命が掛かっているのだ。
必死になって武器や防具の機能性を重視して進化させた造形は極められた一種の芸術と言えよう。
そして生存競争の果てに進化した生物の姿もまたそれぞれの分野において究極とも言える造形なのだ。
武具と生物には共通点も多い。
今度魔物の素材で何か拵えてみようか。
きっと美しい作品が創造されるはずだ。
ああ、こうして自然の美の中で過ごすというのもたまには良いものだな。
私は今間違いなくリフレッシュしている。
取りとめない考察に頭を働かせながら自然に身を委ねる。
実に開放的で心が洗われる様ではないか。
そしてヒルデを観る。
なかなか良い作品に仕上がってきている。身長は同年代の同性より少し高い。
筋肉は付けすぎず女性らしいフォルムを決して崩すことなく調和を取らせている。
まだ若いのだ、筋肉で成長を阻害させる訳には行かない。
今は柔軟で伸び伸び靭やかな筋肉だけを重視して、硬さは持たせない。
それは後からでも足せる様に下地だけに留めれば良い。
関節の可動域を広く取り、掛けられた負荷を身体全体に分散するような設計。
血流は体勢に関わらず常に滞ることなく全身へと行き渡らせられるパスを形成。
疲労の溜まりにくい筋肉と回復が早い心肺機能の両立。
バランス感覚と反応速度と動体視力。
反射行動と判断力と身体操作の独立思考。
我ながら理想的なアスリートとしての出来と、戦士としての開発をしたものだ。
まだ未完成とはいえ、これもまた機能美。
何に使わせるかはまだ決めていないが。
この世界には魔術の他にも武術という戦闘技術がある。
武術には主に戦技、武技、奥義という三つの技術段階がある。
魔術の下級中級上級の様なものかと思ったのだが少し違うらしい。
徐々にヒルデやアルトにも修得させることになるだろう。
ある程度は書物で学んでいるし、私なりの考察も続けている。
もう少し身体が出来てきたら本格的に訓練させても良い。
私が思うに、武術は特定の偏った筋肉を何度も反復して使って会得するものだ。
これは身体造りの終わってない段階では避けたい。
偏った筋肉ばかり発達した肉体にしたらせっかくの教育による成長の方向が歪になる。
というわけで二人には極力他の子女より遅く身に付けて貰おう。
それこそ学院へ入学するまでほとんど基礎だけでも良いだろう。
その代わり、並の同世代なら戦技や武技に頼らずとも一蹴出来るだけの身体能力に仕上げることを保証しよう。
あまり身体の負担にならない歩法や体捌きくらいなら今から仕込んでおいても良さそうか。
「お、お嬢様。凄いですぅぅ」
ん、何をそんなに驚いて。
「ん、リヴィア様。凄すぎ」
って、いつの間にか砂でディルムン伯爵邸のジオラマを造っていた。
あまりにも思考に没頭し過ぎて手元に全く注意を向けていなかった。
資料も新聞も全て読み終えて手持ち無沙汰になったのが原因か。
本当に常に何かをしていないと居られない身体になってしまった様だ。まるで回遊魚ではないか。
そういえば最近はフォーカスせずに何でもかんでもマルチタスクで済ませている。
フォーカスに頼らずとも十二分に訓練も生活も出来てしまうからついつい便利に使ってしまうのだ。
こうなれば意識的にフォーカスの時間を作らなければならないな。
さすがにこんなに精巧なジオラマを残しす訳には行かないので貝殻を隠す宝探し遊びに使って崩すことにした。
精巧な地図や建物の図面というものは悪用されると大変な事になりかねない。
こんな物を残されてはアルバートも困るだろう。と思っていたのだが、後で砂のジオラマの話題を夕食時に出された際に一目見たかったと泣かれた。
いや、まずは外部から来た私に完全に立地や邸内の細部まで把握されている事実に危機感を持って欲しいのだが。
次に造ったら何が何でも残して欲しいと言われた。
誰かに悪用される以外の使い道が無さそうなので止めた方が良いと思う。
[208]
翌日、午前中はのんびりとディルムン伯爵邸で外国の書物を読ませて貰う。
アルバートの趣味と実益を兼ねた珍しい動植物や工芸品の図鑑。
伝記や神話の書籍も取り揃えられている。
六大神信仰が大々的になる前の旧時代の地方神についての内容は興味深かった。
今の王国が出来る前にあった国で信仰されていたアセラ神や、帝国方面で今でも信仰の残るベルン神、皇国側のウルセン神。別大陸にも様々な神々が居たようだ。
◇◆◇
午後になって今回の小旅行における目的の一つ、午前中にトランスポーターから発射されて港で回収されたはずの魔導具を受け取りに向かった。
港には荷物の受け取り待ちの観光客や使用人が並び順番に受け取っている。
トランスポーターの着弾地点は海上。
保護結界の張られた水域に向けて飛来した後に上空で弾丸型の風魔術が飛散して推進力を減衰。
落下傘の様に下降して着水する。
細かに計算された精緻な術式なのだろう。
発射側にも受け取り側にも魔術師が常駐して注意を払っている。
魔力や魔術師の運用コストはあるが、前世の運送トラックや貨物列車より速いのだ。
これは確かに世界を縮める技術と言える。
荷物はヒルデに受け取りに行かせて、私は海上で展開されるトランスポーターの運送ショーを他の観光客と共に見ていた。
「リヴィア様。何かうるさいけど、観てくる?」
アルトは荷物の受け取り口で何やら揉めている人集りに注意を払う。
「ヒルデに任せましょう」
そう言うとアルトはすっと気配を消して周囲の警戒に戻る。
教育の成果が出てきているようで何より。
「まあ、姫様。何やらあちらが騒がしいですわね。
少し離れておきましょう。さあ、こちらへ」
フィアナも騒ぎに気付いて少し離れた場所へと誘導する。
「ええ、フィアナ先生。ヒルデは大丈夫かしら」
もちろん心配はしていない。
むしろ先程からこちらをチラチラ様子を覗う観光客に扮した物盗りらしき男が気になる。
このまま何もしなければ約12秒後にフィアナ先生の鞄を盗るだろう。
変装して護衛をしている使用人達もその様子に気が付いていて、すぐにでも捕縛できる体制を取っているが、私はそれを目で制する。
ここはアルトの護衛としての能力を確かめるのに使おう。
意図を察して警戒体制で待機したようだ。
さて、アルトはどのタイミングで気付いて捕縛出来るだろうか。
騒ぎの方は野次馬が集まっている。
遠目から観ても明らかな不審者が警備兵に捕まっていた。
身なりや仕草を見る限り貴族では無かろうか。
隣では物取りがフィアナ先生の鞄を掴むと同時に後ろでアルトが動いた。
この反応速度からして最初から怪しいと踏んでいたか。
野次馬の中に居る物取りの仲間と思われる男を派手に転ばせて、物取りが空中に放った鞄をキャッチしている。
お見事。
暗部出身のフランシスカ仕込みの技術が冴えている。
「フィアナ先生。お怪我はありませんか」
最優先は危険に晒してしまったフィアナ先生。
「え、ええ。アルトのおかげで何ともありませんわ。
それより姫様は何ともありませんの」
「私は平気よ。いきなりのことで驚いてしまいましたけれど、それだけです」
すぐに警備兵がやってきて現行犯逮捕。
視る限りは一般人の物盗り。
反応から間者や刺客という訳でも無さそうである。
まあ、例えそれが誰かの指示だろうが、私達にとって危険性が無いなら良し。
億が一という事もあるので私が直接解決したりはしない。
その為の使用人達で、アルトが付いているのだ。
「アルト。お手柄ですね」
「ん、リヴィア様が無事ならいい。腕くらい折った方がよかったかな」
「ふふ。駄目よアルト。これ以上警備の方々の仕事を奪ってはいけないわ」
しかしよりによってフィアナ先生とは。
狙うならこの中で一番弱そうな私であるべきだろうに。荷物は持っていないが。
確かにフィアナ先生はとても魅力的な女性だし、お近付きになりたい気持ちは理解出来るがね。
「お嬢様ぁ。お待たせしましたぁ」
ヒルデが戻ってきた。
自分の身長程ある大荷物を抱えている。
その後ろでは騒動の原因となった怪しい人物がしょっ引かれている。
「あらやだわ。フィンツ様ではありませんか」
フィアナ先生の顔見知りらしい。
「どういった方なのですか」
「それはですね。姫様にはどう説明したら良いものでしょう。困りましたわ…」
説明が難しいではなく困るのか。
「さあ、お嬢様。ここでの用事も済みましたし、観光に行きましょう」
「ああっ、待って、待って下さい。誤解、誤解なんですよ。ムフフフフフッ」
確かに、困りそうな人物らしい。
その後、フィアナ先生が警備兵から話を聞くと、なんとこの男はこっそりと荷物に紛れてトランスポーターへ乗り込んでいたらしい。
命知らずか。
「安全性には問題無いのに人を乗せないなんて。
それを危険だからだと矛盾した事を言われたら、逆に気になっちゃうじゃないですか。イヒヒヒッ」
しかも身分証も何も持たずに乗り込んだものだから身元照会もままならず、尚且つ一緒に運ばれた荷物にあった魔導具の包を開けて中を調べ始めたのだという。
何かもうめちゃくちゃするなこの人。
「エヘヘヘ。いやだって実際に飛ばされている間って外の様子も観れませんし。ね」
ね、じゃないよ。
しかし何だろう。この倫理観や常識が蒸発している感じ、嫌ではない。
「その、悪い方では無いのですが。悪いとされている事も平気でされてしまう方なのです」
フィアナ先生。その説明では警備兵から見れば十分に悪い人である。
「ムフッフフフッ。何とか、何とかなりませんかねえ」
結局、何とかしてあげる事にした。
[209]
彼の名前はオリナウト・フィンツ。
あの後オリナウトの身柄を引き取り、ディルムン邸へと戻った私達は互いに自己紹介を済ませて向かい合っていた。
知的眼鏡とスラリとした長身に肩まで伸びた長髪の身なりの良い若い男。
黙っていればそれなりにウケそうな容姿をしている。
「エヘヘヘヘ。先程は助かりました。
いやああの魔導具の持ち主だったなんて奇遇ですね。僕も欲しかったんですよアレ。イヒッ」
黙っていれば。
だがそれは難しそうだ。
座った椅子を前後にカッタンカッタンさせながら上機嫌に話す姿は完全に子供のそれである。
「凄いですよね。そっちの子、あっという間に窃盗犯を捕まえちゃって。武術かな、スキルかな、びっくりしちゃいました。ウフフッ」
口元に手をやり、しきりに唇を指先で触れながらキョロキョロと周りを窺いつつ話題を飛ばしてペラペラと話す。
明らかに高機能自閉症の気があるな。
誰も話に乗らないから即座に別の興味があった事へと切り替えたのだろう。
「フィンツ様、遣いの方がお見えになるまで当家でご用意したお部屋の方でお過ごし下さい」
「ハイ、ありがとございまーす」
フィアナ先生の申し出に即答。
このオリナウトという若者はフィンツ子爵家の嫡子でれっきとした貴族令息。
歳はまだ14で学舎への入学前なのだという。
「ふふ。オリナウトは魔導具が好きなのね」
「ハイ。エヘヘヘヘ、魔導具は観るのも使うのも造るのも好きです」
前のめりになって机に上半身を預けながら器用に下半身だけでカッタンカッタンを続ける。
オリナウトのお行儀の悪さにフィアナ先生もちょっと渋い表情をしている。
私の居る手前、あまりそういう事はして欲しくないのだろう。
「せっかくですし、私の購入した魔導具について教えていただけるかしら」
「ハイ。それはもちろん。ムフフフフフフッ。
あの、これ、魔導椅子の最新版で、凄いんですよ機能が。でも大きさにも理由があって、ここの、それで新しく付けられたのが、なので、こうして、まだ出来る事があってですね。イヒヒヒヒヒッ」
次々に説明していくオリナウトの内容から、興味のある機能とそうでない機能とがはっきりと伝わってくる。
私の購入したのは新型魔導椅子。
何を隠そう私は魔導椅子の愛好家、隠れファンと言っても良い。
前世のマッサージチェアやリクライニングチェアの様な機能的かつ快適な椅子と違い。この魔導椅子シリーズの造りは少々奇天烈で、欲しいんだか欲しくないんだか絶妙な機能が満載である。
それはバージョンが進む毎に前あった機能が削られて、新しく微妙な機能が多数追加されるという、何とも不細工な進化を辿っている。
だがそこが良い。
椅子の固定観念に囚われず常に新しい可能性を模索し、その新しい発想を早く追加したくなったので、仕方なく邪魔になりそうな前の機能を取り外すという製作者の知的好奇心の悪い部分が有り有りと見て取れる作品なのだ。
この進化の過程で、使ってみると意外と便利だった機能がいくつも廃版となっている。
実に残念ではあるが、追加された新しい機能にはそれを超える意外性との出会いがあるかも知れない期待感と、期待を裏切られるがっかり感が詰まっているのだ。
そしてその微妙な機能を体験する度に、自分ならこうする、ここはもっとこうした方が、もっと改良すれば、といったクリエイティブなインスピレーションが刺激される。
いつしか私は魔導椅子シリーズの持つ癖のある魅力にすっかりハマってしまっていたのだ。
このオリナウトもどうやら魔導椅子のその良さが解るらしい。
「キヒヒヒヒヒヒッ。リヴィア様、僕もう新しい魔導具が造りたいです。我慢出来ないです。何とか、何とかなりませんかっ」
少々感性を刺激し過ぎたかも知れない。心を開いてくれるのは嬉しいが、周りがドン引きである。
フィアナ先生の顔が酸っぱい物食べたみたいになっている。何とかしないと。
「それでは、明日の市で魔導具用の素材探しを手伝ってはいただけませんか。オリナウトさまの欲しい素材がありましたら、お礼にお分けしますよ」
「ハイ、ありがとございまーす。ムフフフフッ、ぜひぜひお供させて戴きますっ」
オリナウトは身体を左右に揺らしながらウキウキ声で答える。
こうしてオリナウトを引き連れての港の交易所巡りをする事となったのだが。
テンションの上がったままのオリナウトは食事もろくに摂らず、用意された部屋にも向かわず、使用許可を取ったアトリエで夜通し黙々と作業をしていた。
この手のタイプは前世でも交流があったので解ってしまう。
彼は創作活動で発散しているのだ。
湧き上がって有り余るインスピレーションをとにかくぶつける事で解消している。
[210]
翌朝、ディルムン家の使用人がオリナウトを起こしに行ったのだが。彼が朝食に現れることは無かった。
「姫殿下は交易所は初めてでいらっしゃいましたね。わたくしめがご案」
「ご案内差し上げますわ。姫様の事はどうぞお任せ下さい御父様」
フィアナ先生がすかさずアルバートを遮る。
「いやしかし、姫殿下のお供をするのは臣下としての責務。こればかりはこの手で、いやこの身で行うべき使命ッ」
退かないアルバート。
「御父様は交易所でのご挨拶と商品の搬入チェックが御座います。
ご案内の件はどうぞワタクシめにお任せになって。御父様はここで姫様に辣腕を奮う大商人の姿をお見せになられるべきですわ」
更に押し込むフィアナ先生。
「うううむ、そういう事なら。あいやしかし…」
「おはようございまーす」
バンと扉が開いてオリナウトが入室する。
「ねっねっねっねっ、これ観てくださいよ」
そして私の前に絵画を広げて観せる。
あぁ、なるほど。そうかあ、オリナウト君は普通じゃない天才でしたか。
「まあ。オリナウトさまは今日がとても楽しみだったのですね。ふふふ」
「ア、ハイ。なのでこれリヴィア様にあげます」
私はオリナウト君の描いた魔導椅子に座る私の写実絵を貰った。
モデルも無しにここまでの再現度のものを描けるのか。
だが、無垢そうな笑顔に反してこんなに見透かす様な高圧的な眼差しはしていないと思うのだが。
これは過分な創作による湾曲ではなかろうか。
「す」
いや、こんな眼差ししてないよね。
この絵を観た者はこの通りのイメージで定着してしまうのでは無いだろうか。
オリナウトの画力も相まってフィクションが真実を捻じ曲げてしまう危険性がある。
「すばらッしいいいぃぃぃッ!イイィィィッ!」
おっとアルバートが壊れた。
一度言った後で裏声で奇声あげてるし。
「フィンツ様。これを一晩で描かれたのですか」
「ア、ハイ」
フィアナ先生も目を丸くしている。
そうか一晩で描くこと自体もおかしい。
「そのッ、オリナウト殿。わたくしにその絵画を譲っては頂けませぬか、言い値で買い取りますぞッ」
「ア、ごめんなさい。もうあげちゃったので」
即答。
「あああ"ア"ア"ァァァ!」
即壊。
「ねっ早く、市場。交易所行きましょう。ムフフフッ」
足踏みしながら私の手を取って落ち着きなく催促する。
もう我慢の限界といった様子だ。
「ふふふ。オリナウト様、寝間着のままでは行けませんよ」
「エヘヘヘ。そうでした着替えてきますっ」
驚きとぽんぽん進む展開についていけないフィアナ先生と、壊れたアルバートを置いてオリナウト君は着替えに戻って行った。
帰ってきたら食事も摂らせないと忘れてそのまま行きかねないな。
おそらくもう興味は移ってるだろうし、買い出しが終わったら絵はアルバートに譲ってあげよう。
それとは別に、私はもうオリナウト君を学院に誘う事が確定事項となっていた。
彼の成長には理解者が必要だろう。
あの才能にあの知能だ。
私が干渉せずともいずれ周りが折れて芽吹くだろうが、それまでかなりの窮屈と遠回りをする事になるかも知れない。
それは明らかな損失だ。
子爵家の嫡子という話だし、学生の間だけ側近という形にするのが収まりが良いだろうか。
肩書きがあれば要らぬ風評からも多少は守りやすくなる。
となればプロシアに相談してフィンツ子爵にも話を通さなければなるまい。
この出会いは幸運であったと思うより他あるまい。
《余談》
リヴィアは何処へ行くにも使用人達が付いて回ります。
使っている馬車の馬も、魔獣との交配種で特別製の魔導具まで装着しています。
御者も補助術式を行使するので、走行速度は一般的な馬車とは比較になりません。
魔導車に乗らないのも、魔導車が遅いからです。




