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1000通りの計画  作者: Terran
第一章 はじまりの虹
2/99

はじまりの虹 2



【一歳児】


[038]

 季節は巡り初夏になっても、私は相変わらず訓練の日々だ。

 よく考える必要もなく、赤ん坊にはそもそもすることなんてない。強いて言えば生きること、それ自体が最大の仕事なのだ。

 いや、生きることは生涯付き合わなければならない一大プロジェクトとも言える。

 ならば人生という壮大なプロジェクトを始動するにあたり下準備を入念に行う私はかなりの働き者ではなかろうか。

 そんな世界観に浸りながらマルチタスクで周辺の監視をしている私の警戒網に、複数の馬車と来客の気配が引っ掛かった。

 感度良好、働き者の自宅警備員の実力をもってすればそれが誰なのか特定も難しくない。

 あれはおそらく祖父ジェラルドと父ライドラス、それに護衛のベルギオン。

 続いて長女セシリアに二女ミルミアナ。相変わらず二人はいつも一緒だ。

 そして新顔も居るようだ。赤ん坊を抱えた夫人、あれが噂の第二夫人のオクタヴィアと我が兄ジェイムートだろうか。

 今朝は早くからやけに騒がしいと思ったが、当主を始めとして家族が一斉に現れるとあれば使用人達も気合いが入るのも当然だろう。

 この大公家の邸宅で暮らす使用人達はおそらく世間一般的から見れば高給、かつ仕事の量は他の貴族の家と比べてもさほど多くない。というより少ないかもしれない。

 ここは小領地にある邸宅であり、大領地の本邸ほどの来客もない上に王都からも離れている。

 それでも十分過ぎるほどの使用人がいるのはひとえに虚弱な私を世話するためである。

 祖父母が過保護なのはここ一年で理解したが、それとは別に実母は神子でありその子供である私の扱いもまた特別なのだろう。

 その実母の姿は見えないが、やはり産後の消耗が激しく体調が思わしくないとして静養中なのだろう。

 転生者である私には事情を察することはできるが、実母に会えない一人の娘としては物悲しく感じる。

 ともあれ、あれだけオールスターで押しかけて来てくれる家族がいることには感謝せねばなるまい。

 特に私と年の変わらぬ赤子の兄を連れて長距離を移動してくるのはなかなか思い切ったことをする。

 ジェイムートは春の生まれだから既に一歳になっているはず。

 ん、そう言えばそろそろ私も誕生日か?


 ああ、そういうことか。



[039]

 最初の誕生日が訪れた。

 私生誕一周年記念式典へようこそ。今日はごゆるりと宴の席を楽しんでいただきたい。


 一族の大半を集めたパーティーということで、大公邸は私の知る限り最大の賑わいを見せている。

 最初の祖父達の帰宅から数日、ひっきりなしに次々と馬車が到着して当主ジェラルドへ挨拶を済ませて街へと向かう。

 身分の高い賓客はそのまま邸宅の一室をあてがわれる。

 これは私も覚悟を決めなければ、と思っていたのだが式典までの間は騒がしい姉達の相手をするでもなく、祖父母と父と夫人が顔を見に来ただけであれこれされることはなかった。

 式典当日に体調不良にならないようにと気遣ってのことかもしれない。


 誕生日の式典会場には大量の人、私は自室からほとんど出たことがないので気配だけでもその様子に圧倒された。

 当主の挨拶や祝辞なんかの形式を終えて、ついに私お披露目。

 本来貴族のお披露目会は教会で洗礼なり恩寵なり成人なりの儀を終えてからするものだが、祖父は私の体調改善がよほど嬉しかったのかフライングし過ぎである。

 名目としては誕生日なのと私の回復記念ということらしい。虚弱体質なのは元からなので回復と言っていいものかとも思うが、集まった皆が喜んでるならそれでいい。

 一通り紹介も済んで、いざ兄ジェイムートと私を主だった面々に顔合わせする段階。さて、いい機会だから少しサービスしてあげよう。

 私が転生者であり前世の記憶を持ち、かつ予め感知していてもリヴィアゼアとしての人生では初めての経験だ。

 驚きもするし一瞬息をするのも忘れる光景だった。


 そう、私は頑なに閉ざし続けていた瞼を開けたのである。

 これが全員、私のために集まった人なのだ。

 祖父が号泣し、会場は歓声に包まれた。



[040]

 あのあとしばらくして私は寝てしまったようだ。

 人酔いとか疲れとか言われているが、一番の原因は目で観た光景から得られる情報過多によるものだと分析している。

 今は閉じているが、瞼の裏には感極まって泣きながら笑う祖父の姿が印象的で余韻が残っている。

 調子に乗ってサービスし過ぎたかもしれない。

 現在は少し暗くしたいつもの部屋でベッドに寝かされている。

 いつものように体内調整で自己診断をしてから外の様子を覗うことにした。


 範囲の広い魔力感知を使って街の方まで網を広げると、どうやらそちらもお祭りのようだ。

 残念ながら私の技術では音までは拾うことはできないが、観ているだけでも街が人々の声や音で満たされていることがわかる。

 邸宅では収容しきれなかった来賓のお付きの使用人達や騎士の多くも街のお祭りに参加しているようだった。ジェラルドよ、さすがに集め過ぎではなかろうか。

 街へは大公から去年別領地で造られた大量の酒(私の生誕年)が贈られており、無料で振る舞われているらしい。太っ腹である。

 ファナリア大公家唯一の男児ジェイムートの生誕年でもあるから特別な意味がある酒なのだろう。

 おそらく市場に出さずジェラルドが全て買い上げている物に違いない。

 こうして領民にも還元しているのだから咎めるようなことでもないが。

 祭りは夜遅くまで続いた。



[041]

 翌日。

 私の前には我が大公家の救世主にして期待の星ジェイムートが居た。

 うむ、昨日はお疲れ。

 無垢な瞳に無垢な表情、というより無表情。

 初めて見る私の魅力に驚きメロメロになってしまったのかもしれない。

 ええ、そうでしょうとも。何といってもあのお祖母様の孫ですからね。


 という冗談はさておき、私を抱く夫人とジェイムートを抱く祖母が談笑するという構図。なぜ逆になった。

 昨日はじっくり観察できなかったので、改めて兄の顔は瞼を開けて観てみる。

 瞼を開けるだけで夫人も祖母も声を上げて喜んでくれるのだからぼろい商売である。

 大丈夫だ、アイリスはデフォルトでオフのままである。

 アイリスの使い方は本能的に理解してても現象としては解っていないことが多すぎるので、ある程度判断つけられるようになるまでは隠す方針だ。

 まあ、わざわざ隠さなくても良い可能性もあるのだが、色々と抱えている身の上である。

 面倒事の可能性を考慮すればコレについては慎重になっておいたほうが良いと判断した。


 ちなみにジェイムートは、霊視してもアイリスは感じられなかった。が、なんだこれ。

 首に巻いたチョーカーの下に何かのアザがある。汗疹だろうか。

 赤ちゃんはとにかく汗をかく。汗疹とは切っても切れない間柄なのだ。さすがに大きなイベントでお披露目するにあたり、汗疹のまま出すのは良くないと思ったのだろう。

 しかしチョーカーで隠しているのだろうが、逆に汗疹が酷くならないか心配である。

 私の場合は部屋から外に出ることは稀だったし普段から細心の注意を払われているので汗疹とは無縁だった。

 大公家の力で取り寄せているベビーパウダーも良質なものなのだろう。

 ジェイムートも同様のベビーパウダーを使っているはずだが、今回は長旅だったし赤ん坊にとっては大きなストレスもあっただろう。

 主催側としては頭の下がる思いだ。うちの祖父が本当に申し分ない。


 談笑は続いていたが、どうやらジェイムートはおネムのようだ。

 私は睡眠調整により任意のタイミングで小休止のお昼寝を挟んでいるので問題ないし、二人の談笑の中から必要な情報を拾うことも忘れていない。

 しかしまあ、傍から見たら姑と嫁には見えない。

 オクタヴィア夫人は人間族のようだし、ともすれば祖母プロシアの方が若く見えるのだから種族差は大きいのだなと思った。


 庭ではセシリアとミルミアナの二人が遊んでいる。どうやらこのあと街まで買い物に行くらしい。

 さて、談笑もだいぶ脱線しているようだし、私も天使の寝顔の兄を見習って寝ることにしよう。

 いや、天空人の血を引く私の寝顔こそが天使の寝顔なのでは無かろうか。

 そんなどうでも良いことを考えながら、私の意識は微睡みの中へと落ちた。



[042]

 夜、ふと目が覚めると隣のベッドのジェイムートが夜泣きしていた。

 これはあれだ、まだボリュームは低い状態。夜泣きを始めてすぐなのだろう。

 このあと徐々にボリュームが上がるのは明白、早くなんとかしないと。

 ここで私に取れる選択肢は…。


1.自分も唱和してアンネを起こす。

2.何とかして泣き止ませる。

3.寝る。

4.精神統一して訓練に充てる。

5.回想に入る。


 第一案。私も兄に乗じて貰い夜泣きを始めればアンネのことだ、すぐに起きて対応してくれるだろう。

 その点に関しては全く疑う余地がないほど信頼している。


 第二案だが、泣き止ませようにも起き上がることすら困難、私も赤ん坊なのだよ。隣のベッドまで行って何とかしてやれるようなことは出来ない。


 第三案は実に明快。私の関知するところではありません、のスタンス。

 誰かが何とかしてくれるのに任せることほど楽なことはない。


 第四案については実に私らしい。

私は転生者というイレギュラーな赤ん坊というケースしか体験しておらず、同年代の他の赤ん坊との差異を調べるのにこれほど都合が良い状況もないだろう。


 第五案、これは前世の記憶を辿りこういう状況に則した解決案を探るというものだ。

決して謎のモノローグが始まるわけでも、新キャラや新技説明のために後付け設定を盛り込むわけでもない。


 さて、そろそろアンネが起きてしまう。

ならば私は特別訓練を実施するとしよう。

 答えは「4」だ。


 ジェイムートを三要素でスキャン。夜泣きの原因を探る。

霊視。

例の汗疹発見。精神が不安定だが他は異常無し。酷くなってる様子もないし痒みの可能性は低いと見る。


氣。

多少乱れている。肉体的には覚醒状態。異常性は見受けられないが元気いっぱい泣いている。


魔力。

非活性状態。まだ目覚めていない模様。ならば原因ではないだろう。


どういうことだ、何の大きな異常も検知できなかった。

三要素で見つからないのであれば第四の要素が必要ということなのか。

こうなったらアイリスを使ってでも原因の特定をしなくてはならないのではないか。

 くっ、いつアンネが起きるかわからないこの状況でアイリスを使用しても良いのか。


 ん、何だこの臭いは。

 あ、アンネが起きた。なるほどおしめね。

第六感も七感も八感も要らないね、五感でいいやつだこれ。

 よし寝よう。

 答えは「3」だ。



[043]

 来賓来客は帰途につき、ようやく家族だけで過ごす時間となった。

 つまりそれは姉二人との触れ合いを意味する。

 今日も元気いっぱいの長女セシリアは剣の稽古をして汗をかいたまま上がり込もうとして夫人に捕まっていた。

 二女ミルミアナもそれに同行してひとっ風呂浴びに行ったようだ。

一番風呂とは羨ましい。


 兄ジェイムートはアンネにすっかり慣れた様子で甘えている。アンネの母性パワーは今日も健在だ。

 三女の姿はまだ一度も見ていないが、どうやら出発前に熱を出したらしく連れてこれなかったようだ。

 本来はもう少し滞在する予定だったが、三女のこともあるので祖父を残して午後には領へと出発するらしい。

 朝風呂を堪能した姉二人は部屋に入るなりジェイムートに群がる。

 本人達は可愛がってるつもりなのだろうが、私の視点からはどう見ても嫌がっているように映る。

 父と夫人は私の顔を窺い、私も瞼を開いて意味を為さない声で応対する。

 めちゃくちゃ喜ぶ二人、家族サービスは大事である。


 私は転生者なのでその気になれば意味のある言葉だって話すことは可能かもしれないが、そんな不気味なことはしない方針だ。そういうのは別の転生者がやればいい。

 しかし姉二人は私に対しては遠慮がちというか、ジェイムートへのパワハラ対応が鳴りを潜めている。

 夫人はそっと二人に耳打ちしているようだが「そっと、そっとよ」と念押ししまくってる。

 壊れ物扱いである。

 言われた通りにそっと触ってくる。くすぐったい。

 めっちゃ触りたそうに何度もそっと触れてくる。じれったい。

 ついには直接触らずに表面を手のひらで触るジェスチャーに切り替えた。何なんだ。


 触りたいのに触れないことに焦れたのか我慢できなくなったのか、ジェイムートへと向き直って弄りはじめる。二人一緒に。

 なんとも憐れなジェイムート。

 そんな目で見ないで欲しい。

 結局祖父と夫人以外とはろくに触れ合うこともなく解散となった。

 まあ、楽しくなかったわけではない。

 次はいつ来られるのだろうか。



[044]

 魔法の話の前に魔術の話をしよう。

 この世界において魔術とは魔力を行使する技術や起こす現象を指すものである。

 なので火を起こすことも水気を集めるのも魔術で、視力の調整や身体能力の補助も魔術である。

 対して魔法とは上のステージの法則を用いて現象を起こすことを指すのである。

 この世界の物理現象や自然現象を魔力を用いて引き起こす技術を扱う体系を修めた者は魔術師と分類される。

 魔力を持つ子女が高等学校で学ぶのも魔術であり、魔法ではない。


 では魔法使いとは何なのか。

 使っているものは魔力である必要はない。

 上のステージの法則を引き出すのに最も都合が良かったのが魔力なのだ。

 上のステージの法則、異法則とでも言うべきそれは物理現象や科学現象や自然現象では説明も証明も式として成立しない完全に別の法則である。

 運動エネルギー、熱量、質量保存則を無視し、世界の基準となる法則性を乱す力。

 時間や空間を操作掌握する力。

 無から有を生み出す力。

 そういった有り得ない力を行使する者を魔法使いと呼ぶのだそうだ。


 さて、何故突然こんな話をしたのかと言うと。

 アンネが体調を崩してしまい、珍しくプロシアが夜に私のために本を読んでくれた。

 その時に聞かせてくれたのが魔法使いの話だったのだ。

 お酒が入っていたのか機嫌良く色んなことを語ったが、祖母の亡くなったお祖母様が魔法使いだったそうだ。

 父方か母方かはわからないが身内にそういう存在がいたというのは興味深い。

 しかし興味を持っていたのは私だけではなかったようだ。

 0歳児で魔力に目覚めた私を見て祖母は「私の孫は天才かも知れない病」を発症したのだ。

 虚弱体質故に学校に入れなかったとしても、手ずから魔術を教えますからねと言い聞かせてきた。

 それも悪くない。

 魔術に魔法。いつかは自分でも調べてみようと思った。



[045]

 気になったので街の感知を細かくやってみることにした。

 大公邸内では基本的に祖母以外に本格的な魔術を行使する人はいない。

 あったとしても小さな火を灯したり水質のチェックをしたりと、生活する上でのほんの僅かな部分にしか使われていない。

 それと簡単な家具の魔導具類。

 これだけで魔術を知るにはおそらく感知だけでは不足。実際に触れないと難しい。


 ならば街である。

 街ならば様々な人が居る。中には魔術師だっているだろう。

 訓練がてら人々の生活の様子を探ろうというわけだ。

 遠くなればなるほど精度の維持は難しく細かな動きはわからない。

 生活様式を正確に把握するには技量不足は否めないが、これも訓練である。

 分からなければ分かるようになるまでひたすら鍛錬あるのみ。と思っていたのだが、これが想像以上に難しい。

 前世の記憶にある漫画やアニメ表現の感知系はカメラアングルが優秀だったのだな、と感心する。

 遠方に人々の魔力っぽい群れがあるのは何となく分かる、が何をしてるかなんて分からない。

 そもそも近くの人の魔力反応とかも感じるのに、いつから遠くの人の細かな違いとかが分かると思い込んでいたのだろう。

 近くの反応を無視して、特定の地域だけをズームアップして感じるための方法から探さなければならない。

 そんな都合の良い方法なんてあるのか。

 魔力探知は範囲こそ広いが大雑把過ぎるし、思ったより夢のある仕様ではないようだ。


 では氣ならどうだろうか。

 しばらく唸りながら頑張ってみたが範囲に問題がある。

 ここから感知範囲が街に届くまでどれだけの功夫を積まなければならないのだろう。

 いや、精度自体は悪くないし修行した分だけ伸びる氣は、いずれ条件を満たしそうな気はするものの魔術行使の見分けがつくのかは怪しい。


 最後に霊視。

 最も範囲が狭い、無理。

 あと氣と違って気合いや根性で伸びたりもしない。

 ただ近くであれば魔術の行使の見分けはつくと思われる。

 痕跡も視えるし優秀である。

 あと気配を薄めた精霊も視える。


 これら三要素の遠方感知についてはアプローチの仕方について再検討の後に可能性を探るとする。

 魔術についての学習はたまに祖母が使うところを見逃さない方向でいこうと思います。

 ああ、早く魔術の訓練に入りたい。



[046]

 盲目に慣れすぎた。

 一周年記念で瞼を開けて、ついに開眼した私。これからは光ある世界で生きていこうと新たなスタートを切った。

 ここに至るまでの自身の教育方針。視覚情報の処理で大半のリソースが割かれるから眼に頼らない知覚を高めよう、の試みは確かに成功した。

 ところが生後すぐから一年の期間をかけて鍛え上げた感知能力は既に目で観ることより優れてしまっていて、逆に目が疲れるからとどうしても瞼を閉じて生活したくなってしまったのだ。


 そもそも赤ん坊の視力は未熟で弱い。強い光を痛みとして捉えてしまうこともある。

 それを生後すぐから一年間ろくに使わなかったのなら、光に弱いままでチカチカしてしまうのは当然である。正直言ってツラい。

 しかし開眼デビューをした以上、これからは光ある世界とも共存していかなければならない。

 おのれ光の世界め、忌々しい。

今なら闇の眷族達の鬱屈した想いにも少しだけ共感が出来そうだ。


 眼を労りながら光に馴れさせるために思いついたのは眼に氣を集めることだ。

 なんだか前世の記憶にそういうことをしてる話があった気がする。用途はだいぶ違うが。

 氣の流れの細かな所までよく視えた。

 あと視えすぎて痛い。そうじゃない。

 氣を集めるべきは眼の表面ではなく内部や視神経だと思い至った。

 実際にやってみる。


 眼に集中したらアイリスが発動した。イカン。

 なるほど発動に足るエネルギーを送ったのだから当然だ。

 耐久性を上げたりダメージを軽減したいのだが、不器用な赤ん坊にそんな細やかな操作はまだ早かったようだ。

 何でも力に頼ろうとするのは良くないな、うん。

 そもそも赤ん坊の機能として徐々に慣れていくものなのだ。

 諦めて普通に慣れさせよう。



[047]

 実母の容態が上向きになったらしい。

 まだ長旅はさせられないが、このまま順調に回復していけば対面できる日が来るだろう。

 生後間もない私がなぜ母と別々にされているのかはずっと謎だったが。どうやら私を出産する際に私に掛かっていた呪いの負荷を無意識に肩代わりして大きなダメージを受けたらしい。

 一時は命も危ういほど悪かったようで、大本となる呪いに当てられないようにとやむ無く距離を取ることにしたのだと、客の誰かに話しているのを聞いたことがある。

 本当かどうかはわからない。

 母は医療体制の整った領都へ搬送され、私は呪いを和らげるために所領の清浄な地で育てられることとなったのだ。

 長らく疑問に思っていた謎がようやく解けた。


 本当は呪いではないのだが、自分に加護を与えていない神々の重苦を肩代わりとはかなりの無茶をしたものだ。

 出産という命の危険を伴う中を多大なデバフを受けながらやり遂げるのは生半可なことではないだろう。母は強し。

 一生頭が上がらないかもしれない。

 元気になったら実母の言うことはしっかり聞こう。


 母は神子(イノセンティア)である。

 神子というのは極稀に混血から生まれる存在で、本来負うべき混血のデメリットのほとんどが無く、特別な力を持っているのだという。

 転生時にも選択項目に無かったくらいだからおそらくは偶然でしか生まれない特別な存在なのだろう。

 神子はどの大陸においても特別な扱いで、国によっては神聖視されることもあるらしい。

 そんな神子が強力な呪いに打ち克ち、生還して出産を成功させたという話は娯楽に飢えた民衆にも国のお偉いさんにも支持され、国をあげて回復のために尽力をしたのだろう。

 おかげで国内外から最高の治療術師やら医療スタッフが集められて万全の態勢で治療を受けられたのだから、こうしてなかなか面会できなくても文句は言いにくい。

 それで私の生誕一周年はあんなに大盛りあがりだったのか。と納得した。

 それだけ神々と神子への支持と邪神達への敵対心は大きいのだ。

 これはこれからの私の将来もハードになりそうだ。



[048]

 才能とは伸ばすより先に育むものである。

 目を慣らすことと日課の訓練をしながら、私はふと思った。

 そろそろ新しい育成計画を開拓してみてはどうだろうか、と。

 赤ん坊でありながら前世の記憶や知識を常にフル動員して、合理性ばかりを追求したガチガチの英才教育をするつもりはない。が、ある程度の育成の方向性を自らに誘致して伸び伸びと健やかに育むのが私のスタイルである。

 そのためには、いざ挑戦しようと思った時にすぐに実行できるだけの下準備が必要である。

 魔力も氣も霊視も視力も健康も、全ての訓練はやりたいことが出来た時に前提部分からスタートでは手間暇が掛かり過ぎるため、それらを端折って実践から始められるように鍛えている。

 技術的なことはある程度成長してからでも習熟は可能である。

 そのため赤ん坊でないと出来ない下準備を優先して行いたい。


 今でないと出来ないこと。それは成長余地を拡張すること。

 具体的に言えば脳開発と神経発達と肉体の発育である。

 もちろん私が知らないこの世界独自の要素がまだあるのかも知れないが、自由に調べ物ができない現状では把握することは難しい。

 未知の要素は発見してから対応するつもりだ。今できることを後回しにするメリットが果たしてどの程度あるのかすらも判断が付かない。

 ならばせめて今わかるデメリットは避けておくに限る。

 脳開発や神経発達や肉体の発育は、幼児期を過ぎれば成長余地を大きく拡張することが適わなくなるのだから。

 才能は拡張が終わってから本格的に開花させる。

 今はまだどれにも特化させず、白紙の巨大な可能性だけを拡げる。

 目下、現在手を付けるべき最優先は神経発達と肉体の発育。

 ストレッチを中心にやっていこうと思う。



[049]

 指の発達は脳の発育と密接である。

 肉体の中でも特に神経が多く集まっている箇所の代表として指が挙げられる。

 赤ん坊の神経はまだ増えている。

 つまりここで神経の発育を促す運動をすれば将来的に思うがままに動く肉体を手に入れることも可能である。

 ならば今からこのぽってりした赤ちゃんのお手手で指の体操をする。

 身体の柔軟体操も同時に行おう。


 赤ちゃんの身体はとても柔らかい。

 これを維持していきたい。

 何となく氣を廻らせながらだと効果が高いのではないかと思ったので試してみる。

 指の体操はこれがびっくりするくらい上手くできなかった。

 よもやここまでとは、赤ちゃんの不器用さを舐めていた。

 驚くほど不器用ということは、今はまだ神経自体が足りないのだ。

 上手くできないのも当然である。


 ならば増やそう、使いまくろう。今出来ないことでも根気よく続ければ何事でも出来るようになるのが幼児の強み。

 ぶきっちょ赤ちゃんでも発育中なら潜在的には将来国宝級の匠にだって成れるのです。

 おっと、足の指の体操もしておこう。まずは一本ずつ順番に。

 慣れてきたら二本ずつ組み合わせを換えながら、更に慣れたら三本ずつ交互に。その次は、任意の二本や一本だけ残して動かすのは難しそうだが何事もチャレンジである。

 もしかしたら潜在的には足で神業の職人にだってなれるかも知れない。

 というのはいくらなんでも期待を盛り過ぎているかな。

 腕の関節、首の関節、股関節、まだまだ試したい箇所は沢山ある。

 これは忙しくなりそうだ。



[050]

 太陽について話そう。

 それは前世の記憶では有害さと有益さの論争に決着はついていなかった。

 私は今生で初めての日光浴をしている。

 紫外線の概念がこの世界にあるのかは不明だが。夏の日差しがやわらいだ季節の替わり目、過ごしやすい陽気の昼下り。心地よさは今最高潮である。

 最近の体調の良さが評価され、祖母の計らいで短時間ながらついにシャバに出ることを赦された。


 エリュダイトと呼ばれるこの星にも太陽の恵みは降り注いでいる。

 一つの太陽に二つの月。

 祖母は周囲に日焼け対策の魔術具を使っているらしく日に当たることを気にした様子はない。

 日光に対する知識や研究がどの程度のものなのかは分からないが、あまり有害とは捉えられていないようにも見受けられる。

 私はというと、最近は視覚を慣らしてきてはいるものの、さすがに日差しの下では眩し過ぎて目を開けていられず目を閉じて半昼寝状態である。

 シャバの太陽、シャバの空気、シャバの匂い、シャバの音に感動している。

 紫外線がどうとか何とかかんとか、そんな小さなことはどうでも良くなるくらい気分が良い。

 光の世界の素晴らしさにうち震えるばかりである。


 断言しよう。人は太陽なくしては生きられないのだよ。

 もちろん祖母の魔術とは別に出来そうな対策はしている。

 次はいつ日光浴ができるかわからない。

 今はなるべく太陽エネルギーを充填しておかなくては。

 さあ陽射しよ来るがよい。

 全身全霊でその力、体の隅々まで行き渡らせて染み込ませよう。

 余すところなく全てのエネルギーを吸い上げてみせよう。

なんだかだんだん眠くなってきた。

 でも仕方がない、だって赤ん坊ですから。

 この陽気には抗いがたい。

 ああ、微睡みの海に沈み込みながら太陽光発電。

 陽の光が必要な栄養素だってあるのだ。

 今まで合成できなかった栄養素を今こそ大量変換する時ぞ。

 これほど心地よいものが有害な訳がない。

 染み入る陽射しの優しい熱を身体の芯まで行き渡らせて、私は穏やかな微睡みを満喫するのだった。




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