星の精霊王 2
【ある転生者の受難】
[194]
お披露目会が終わり、参加していた貴族の子女達はそれぞれ帰途に着いていく。
ここからは二次会、子供達を帰らせた大人同士で楽しく歓談する場である。
王都は治安も良いため、大きなパーティーの後では遅くまで二次会をするのが嗜みとして受け入れられている。
こういう文化はどの時代どの世界であっても大して変わらないのだろう。
我がファナリア大公家の一同も、父ライドラスを除いて王都にある大公邸へと帰ることとなっている。
「『ゾレン、ニエス。馬車を用意して』」
私は双子を喚び出して遠くから判る大公家の家紋の入った馬車を支度させる。
「リヴィアちゃん。馬車はいっぱいあるけど迷わないでね。
ご挨拶してからすぐに向かうから、ちゃんと中で良い子にしててね」
オクタヴィアは会場で話せなかった顔見知りの夫人に挨拶をしに行った。
「お嬢様、今日は楽しかったですねぇ」
ヒルデは次々に言い寄る子弟達と疲れ知らずに散々踊り明かしたが、こうしてケロッとしている。
日頃の鍛錬の成果が出ているようで何より。
「ヒルデ、馬車までエスコートお願いね」
「はぁい仰せのままに〜」
それからオクタヴィアを待ってから馬車で出発する。
これだけ大きな会場の前にいくつも停まる馬車の並ぶ夜の街道では、馬車に乗る人物が誰なのかは家紋で見分けるしか無い。
似たような図柄にならない様に新貴族が家紋を作るのは容易なことでは無さそうだ。
その場合の発注先は芸術家なのか製図屋なのか、それとも自分でデザインするのか。
そういった仕事を専門に請け負うデザイナーも職業としてあるのだろうか。
そう言えば紋章官とかいう役職があったが。
しかしあれは紋章の鑑定士みたいなものでデザイナーではない。
となると紋章官がデザイナーを雇うのだろうか。
因みに我がファナリア家の家紋は剣と杖と雷と王冠に雲や木まで入っている複雑な図柄である。
どうしてこうなったのかを述べると長くなる。
簡単に言うと、古式ゆかしい伝統に則って全部入れてたらごちゃごちゃしたらしい。
イカンな、暇になるとすぐに目に付いた物について思考を巡らせてしまう。前世から続く癖だ。
今日は濃い一日だったからか妙に目が冴えてしまっている。
いや、緊張感がそうさせたのだろうか。
だとしたら育成は上々。必要な時に必要に応じて必要な機能が冴え渡るのは実に良い反応だろう。
「うぅ、お披露目会は二度と御免だわ」
「もうドルセーラちゃんはいつもそう言うんだから。でも楽しかったでしょう」
「私は楽しかったですよぉ。ドルセーラお嬢様もダンス素敵でした」
「素敵だったのはリヴィアの演奏よ。あれじゃ宮廷楽士も路頭に迷うでしょ」
「ふふ。フィアナ先生との授業の賜物です」
外はすっかり暗くなっている。
街灯があるとはいえこの時間では暗い場所も多く、大通り以外は人通りも少ない。
「王都の夜ってリンデノートとは全然違いますよねぇ」
「『ゾレン、スイッチ。誘導しなさい』」
「いくら王都は安全だからって知らない所に行っちゃ駄目よ」
「私知りたくない所ばかりだから明日は外に出ない方向で」
「もう、ドルセーラちゃんに言ったんじゃありません」
馬車は何事もなく貴族街へと抜けていく。
今日も我が王都は平和でなくてはならない。
「『ニエス、補足開始。追い込みなさい』」
「リヴィアちゃん、トフィアス様はどうだったかしら」
「トフィアスさまは、少しアディマートさまに雰囲気が似ていますね。
でもルビリアさまの印象が強くて。ふふふ」
「そうよね、ルビリアが突然来られたのには驚いたわ。トフィアス様も運ばれてきちゃったのかしら」
「もう、トフィアス様の話はよしてよ。あの時は笑うのを堪えるの大変だったんだから」
あの時にドルセーラが俯き気味だったのはダンスで疲れていた以上に笑いを堪えていたからなのか。
「トフィアス様もアディマート様も王太子殿下に似ていらっしゃるのでしょうかぁ」
「きっと王室で一番強いのはルビリアさまなのね」
「もう、リヴィアちゃんったら本当のこと言っちゃ駄目よ〜」
◇◆◇
そうこうしている内に大公邸に到着する。
後は各自就寝準備をして一日が終了するのだが。
「おかえり、リヴィア様」
アルトが出迎える。
まだ執事見習いとしてパーティー会場に同行出来るまでの教育が終わっていないため今回は留守番であった。
「アルト、変わりはなかったかしら」
「ん、こっちは大丈夫」
「『ニエス、視界を回して。そちらに行くまで待機しなさい』」
「リヴィア様、今魔法使ってる」
「ええ、ちゃんと聴こえているのね」
私のこの魔法に反応出来るのは現在アルトだけである。
どうすれば異法を認識出来るのか、その被験者になって貰った。
どうやら異法はそれを認識出来ない者の前ではどれだけ使おうと認識される事が無い。
理法を用いた魔法と異法を用いた魔法とでは根本的な成り立ちからして違うのだ。
つまり、この世界の人々が夢物語として語る魔法とはすなわち理法である。
魔術も氣功も霊障も理法によって成り立ち、私が人として鍛錬を積んできた全てはこの世の理に則するものなのだ。
誰にも観測する事が出来ないのであれば、それは証明出来ないのと同じ事。
悪魔の存在証明をするには自分以外の別の観測者が必要となる。
私はこれで前世における、悪魔の存在証明とラプラスの悪魔とシュレディンガーの猫という夢の三大妄想実験を技術として修得してしまった。
言うなれば『ラプラスの猫悪魔の存在証明』である。
よし、とても解りにくくなったのでこの呼び方は止めておこうと思う。
アルトには私が魔法使いであることを教えてある。
万が一それが他の者に知られたら中々に面倒な事になるかも知れない。
もしそうなれば転生者から優先的に誘拐のターゲットにされるか、さもなければ命を狙われるかである。
仮に誘拐されそうになるのだとしたら、それは他の転生者に魔法使いが居ない事を指す。
使えるならわざわざ誘拐する必要は薄いので容赦なく命を狙われるだろう。
彼等に取れる手段は大掛かりな博打か騙し討ちしかないのだから、条件が揃わない限り動くことは無い。
そしてその条件足り得るのは使命に関連する事柄だけなのだ。
まあもっとも、転生者を知る私には他の転生者が取れる手段など予測は付く。
タネは筒抜けなのだから面倒なだけで対応は難しくない。
むしろ他国に知られて圧力をかけられる方が大きな問題になるかも知れない。
魔法使いであろうと無かろうと、神子亡き今の私の価値は既に神子と同等かそれ以上。魔法使いの価値が世界基準では如何ほどかは不明だが、仮に神子と同格ならば結果的に今とそう変わらない。
問題はそれ以上の場合か。
とはいえ、私やファナリア家の不利益はジェラルドやプロシアの手に掛かれば大抵は揉み消せる。
もちろん前提が仮定の話ではあるが、私とて簡単に身バレするような真似はしていない。
それにアルトの口から私が魔法使いであることを話す様な事態にはならないだろうし、今となってはアルトが狙われても誰にも知られることなく守ることは容易い。
むしろこのままアルトを鍛えていけば大抵の相手なら返り討ちにできるだろう。
認めてもいい、この子の潜在能力は完全に常識外の領域にある。
私は聖戦の大英雄クラスの逸材を一から育てられる機会に恵まれているのだ。
このまま手ずから育成すれば、それこそ神子でも相手にしない限り敗北は無くなるだろう。
「リヴィア様、ボク見張るから」
「ふふ。良い子ねアルト。しばらくの間よろしくね」
よく懐きよく躾けられている。
見張る必要などないが役目を与えるのは大切な事である。
豹人族ではあるが、よく懐いた猫の様に時折甘えてくる。
主として甘やかし過ぎない範囲で可愛がるように心掛ける。
―――――――――
[195]
特別な人間など居ない。
この世界では転生者と言っても現地人と力は変わらない。
転生ボーナスを受けた時には確かに凄い力が手に入るのではないかと期待したが、実際に蓋を開けてみれば自分が平凡であることを思い知らされただけだった。
いいや、この世界に来て間違いなく俺は凄い人間になっていた。
前世では考えられない戦闘センス、鑑定や魔力といった特殊な能力まで。他の転生者達にも話を聞いてきたが、バグやチートみたいな能力こそ存在していないようだが、明らかに常人以上の力が俺達には備わっていた。
それでもこの世界は転生者が簡単にどうにか出来るほど甘くなかった。
あれだけの先天性のスキルを積んですら、俺達がここで頂点に登り詰めるのは現実的じゃあなかったのだ。
敏捷上昇があれば確かに速く動けるが、それは運動法則を無視するものではない。
鍛えて筋力が増えて握力が10kg上がったりするのと同じで、目にも止まらぬスピードになるのではなく、ただ速く動きやすくなるだけだ。
もちろん不思議なパワーで守られたりもしないから無理に速く動けば筋肉は悲鳴を上げる。
物にぶつかれば負傷もする。
運動量に見合った疲労をするし、故障もしやがる。
都合良い事は起こったりしない。
何かの不思議パワーは無い。
前世と同じ、これが普通なんだ。
普通に起こるべくして起こる不都合はそのまま今現在進行形で俺の淡い夢を完全に打ち砕いている。
魔術を使いたければ勉強するしかない。
魔術書を読めば自動で修得出来たりもしない。
書物から勉強して理解するのも自力だし、地道に練習して使えるようになるまでひたすら反復することでようやく使えるようになる。
それでも全然足りない。
我流は所詮我流。その道でしっかり学んだ者より上手く扱える訳がない。
転生で使命を受けてこの世界に降り立ったが、使命を全う出来る様になるための力なんざ貰えない。
そんなイージーモードで凡人だろうが誰でも同じものを貰えば達成できるくらいの特典など何処にもありはしない。
なら最初から自力で金持ちにでもメダリストにでもなれる奴を転生させろってんだ。
そいつらならこの世界でも金持ちにでも一流のアスリートにだって成れるだろうよ。
つまりそういうことだった。
この世界で何かを為せる奴ってのは、異世界に憧れる類の普通の人間ではない特別な奴に限られる。
難易度は前世から変わっていない。
むしろ特典貰ってすらも前よりハードと来たもんだ。
「はははっ、バカバカしい」
「おい、声を出すな。気付かれんだろ」
この任務も転生者の使命の為にやらされている。
相棒はクソがつく程の真面目野郎。
何が悲しくて野郎と二人でこんな狭くて暗くて汚れた場所で見張りなんかしなきゃならんのだ。
答えは簡単。俺が凡人だからだ。
転生特典を上手く振り分けられなかった屑は当然屑だが。
それなりに考えて取った所で、それを活かして努力してモノに出来るかどうかは結局自分の頑張り次第。
自分自身で英雄たる行動を逐一取れるようでないと英雄になんざ成れない。
この世界に主人公補正なんざないからだ。
この真面目な相棒も同類だ。凡人だから雑用をしている。
この世界は実に不平等だが、前世も大概不平等だった。
なぜ転生してまでこんなクソみたいな理不尽の中で生きていかなきゃならないのか、どっちの神も凡人に優しいご都合主義を学んでもらいたい。
それでご都合主義の何たるかを教授した俺にそれを提供すればいい。
普通の俺に課せられる難易度なんざそれくらいで丁度良い。
だからバカバカしい。
こんなことなら転生者になんざならずに記憶を消して生まれ変わっていた方がマシだった。
下手に知識があるせいで現実とのギャップで夢すら見れやしない。
「ガイルは上手くやったよなあ」
「ったく、小声にしとけよ」
「なあ、お前も英雄サマに憧れたりしたクチなんだろ」
俺の話題にいちいち神経質そうな態度で顔をしかめやがる。ムカつく野郎だ。
「英雄になんざ成れる訳ないだろ。いい加減現実見ろ」
ああ、やっぱコイツも夢破れた類だな。
転生乙、ザマァ。
「なあ、何でアイツらあんなに頑張れるんだ」
「アイツらって誰のことだよ。現地人か、それとも英雄組の連中か」
英雄組ってのは転生者の中でも頑張ってる連中だ。
ちょっとだけ普通じゃない連中。
けど少しマシなだけで超人じゃあない。
俺がアンコモンなら奴らはちょっとデキるだけのレア。
超レア以上から観れば等しくゴミ。
「両方だな。まず現地人頑張り過ぎだろ。英雄ってやつはマジモンのチートだ」
この世界で生まれてこの世界の法則を当たり前として生きる連中。
だからこの世界にもすぐ馴染んで夢に向かえる幸せな連中。
「そりゃ偏見だろ。頑張ったから強いんであって、それはチートとは呼ばない」
コイツの真面目な返答は本当につまらねえな。
「英雄組も何だあれはよ。無双も出来ねえのによく命張ってやれるよな」
死ねば終わり。
蘇生なんざこの世界にはない。
前世と同じでそこで人生終了。
そんな状況で命張れるなんざ正気じゃあねえよ。
「誰もが闘える人間じゃないんだ。
それが分かってるから立ち上がれる奴が頑張ってんだろ。
おかしなことはない」
「それがおかしいんだろうが。
使命なんて押し付けられて、その為に生きて死ぬ人生なんざクソだろ」
この世界のこの時代に送り込まれた転生者達は一様に同じ使命を負わされてる。
重すぎる。
けど無視をする決断にも勇気が要る。
「誰かがやらないと終わらないだろ」
「だからクソなんだよ。嫌だからってやめられねえとか、どんだけ足元見てんだよ」
「だったら愚痴ってないでやめりゃいいだろ。使命は義務だが強制じゃないんだし罰則も無いだろ」
それが出来たら苦労はしてねえ。
罰則といったら既に生まれる前から負わされてんだろ。
「お前はやめようとか思わねえのかよ。こんなクソ下らねえ殺し合い」
さすがに相棒も黙ってしまう。
まあ、考えない奴なんざいねえわな。
「やめちまえばそれなりにいい暮らし出来んだろ。
なんたって俺達は転生者サマだ。
常人よかスキルも多けりゃ前世の知識もあるんだぜ」
「思ったことくらいはある。けどやめるわけには行かないだろ」
「アイツら観てみろよ。
今日も可愛い娘のためだけにあんな豪華なパーティー開いてよ。旨いもん食って散財して人も大量に集めて、美女の多いエストバース人の嫁も選び放題なんだぞ」
「知ってるよ。けど俺たちに貴族なんてできるわけないだろ」
「そうでもねえよ。この国が高尚すぎんだ。
もっと低レベルな国に行けば金で爵位買って好き勝手できるって話だぜ」
実際にそうしてる転生者の話も聞いた。
見た目の良い奴隷を何人も買って悠々自適に転生ライフを満喫してるって話だ。
転生者の使命に浮かれてこんな組織入らずに、そういう生き方すりゃ良かったと思う。
「けどそいつ他の転生者に狩られたんだろ。俺は狩られるのはゴメンだね」
「派手にやらなきゃ平気だろ。粛清組も暇じゃねえし最終的には聖戦なんだからよ」
粛清組は汚点になる人間をわざわざ殺して回るイカれた連中だ。
目を付けられれば現地人だろうが転生者だろうがお構いなし。
英雄組や他の組から聖戦にも力を注げと警告されてるが聞きやしない。
正義を謳ってるが殺しに飢えたサイコ野郎共だ。
「それでも俺はパス。
奴隷とかムリ。やるなら一人でやれよ」
コイツは何でこんなにクソ真面目なんだ。
生きてて楽しいのか。
何でコイツはクソなんだ。
「俺達が何人かやめたくらいで戦況なんざ変わらねえだろ」
「そう言って次々やめたら戦況に影響出るだろ」
やめたい奴はやめさせりゃいいだろうが。
それに英雄組はちゃんと成果出してんだし。
今更俺達が関わって何も変わらねえだろ。
そう言いたいが、やめた。
「誰か貴族になってさあ、そいつの家臣になるってのはどうよ」
「誰かって誰だよ。英雄組は成れるかもしれないけど、お前のやりたい家臣にはしてくれないぞ」
「マジでクソだな英雄組」
結局普通じゃない本当の人間力のある実力者が物事を決めていく、それが普通のことだ。
どこまで行っても普通普通。
で、実力ある転生者はなんだかやれる気になっちまって使命感も強い。
「なあ、だったらどっかの商人に雇われるのはどうなんだ。
いい暮らし出来んじゃねえの」
「それならやってる奴もいるだろ。そいつに聞けよ」
「そいつって誰だよ」
「アダンとか確かでかい商会で専属の傭兵してたろ。あとモリスは支店長やってたな」
「支店長ってなんの店だよ」
そこで雇ってもらえば金には困らないんじゃないか。
転生者同士都合してもらってよ、それなりにいい暮らしできてよ。
「魚市場」
「駄目じゃねえかよ、重労働だろそれ」
「じゃあどこが希望なんだよ」
何だかんだで真面目に答えようとする。
口調は素っ気ない割には律儀な野郎だ。
「ああ、何だ。とにかく楽に金が入るとこだよ。
ほら、あれだ金山とか」
そうだ、金山の元締めの下で指示だけ出すとか。
たまに現れた魔物退治するとか。そういうやつでいい。
「転生者が鉱山なんて持ってるわけないだろ。楽に金になるもの持ってるのは国か貴族だけに決まってんだよ」
呆れ返られた。ムカつく野郎だ。
否定すんだったら代案くらい出せってんだ。
「お前に聞いた俺が馬鹿だったよ」
「だったら無駄口叩かないで仕事しろよ」
いちいち癪に障る野郎だなコイツは。
お前も大概クソだな。
パーティーが終わったのかそれぞれの馬車が貴族共を詰め込んで動き出す。
クソ、馬まで何だか偉そうだなオイ。
「何だってあんなドレスやら宝石やらジャラジャラ着けてんだ貴族ってのは」
「着けてないと舐められるからだろ。貴族なんて見栄を張るのが仕事の半分なんだから」
「そんくらいなら俺でも出来そうじゃねえか。やっぱ楽だろ貴族」
「そんなことより監視対象見失うなよ」
いちいち小うるさいやつだ。
今回の監視対象は神子のガキ。
虚弱体質で今日の今日までほとんど公の場に出てこなかったとかいう箱入りだ。
何でもエルフの女王サマと天空の王サマとこの国の王族の血を引いてて、この国の王家と同格の大公爵の姫なんだとか。
で、ガイルの神器でも殺しそこねたとかいう運の強いガキだ。
「どんだけ高貴な血を詰め込んだらあんなガキが生まれんだよ。俺らとは生きてる世界が違いすぎてこれっぽっちも共感できねえな」
「平民と貴族の比率を考えればわかるだろ。
転生者には一人二人でも下級貴族出身者が居れば確率的には多いくらいなんだから」
こいつの言う事はド正論過ぎて面白くもねえ。
そうさ、転生者が貴族に生まれるなんざフィクションでしかありえなかった。
単純に数字だ。
確率的に平等に振り分けられたら平民以下で生まれるに決まってんだ。
で、転生者の数の都合上貴族枠は確率的にゼロか一人しかなかったが、まんまと貴族生まれを引いた奴が二人もいやがった。
運の良い奴もいたもんだ。
そうさ運だ、親ガチャだけは運で決まる。
だから生まれた時点で勝ち負けがはっきりしてんだ。
貴族に生まれなかったらもう負け。
だから転生者は二人除いて全員負け。敗者。
平民以下で一山いくらのモブ。
それこそ全く同じ土俵で同じ能力の同じ条件でやらされても勝ち上がれるようなめちゃくちゃ素の実力のある人間でも無い限りはもう終わり。
平凡で平民じゃもう何やっても無駄な人生。
「貴族に生まれなかった時点で俺はもう詰んでんだよなあ。
せめて親ガチャくらいリセマラさせろよなあ」
「生まれのせいにすんなよ。実力だろ」
いや、生まれのせいだろ。馬鹿なのか。
前世の生まれがショボかったから転生してもショボかったんだ。これは変えられねえ事実だろうが。
「お前はわかってねえな。
前世が普通の奴が記憶持ったまま転生したって普通にしかなれねえだろうが。
所詮は生まれなんだよ生まれ、はい論破」
さすがにこれにはぐうの音も出ねえだろ。
「じゃあ」
「あ?」
「じゃあお前は次に転生して記憶持ち越したら逆転出来る様な努力してんのかよ!」
突然声を荒らげて睨みつけてきやがった。
「何マジになってキレてんだよ」
「いい加減にしろよさっきから女の腐ったみたいにぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ文句ばっか垂れやがって!!
てめえがボンクラなのは全部てめえの生き方のせいだろうが!てめえと比べたら大罪人だろうが現地人の方がよっぽどマシだろッッ!!」
一気にまくし立ててきたかと思えば言いたい放題言いやがった。
あんだけ静かにしろとか言っててお前の方が何十倍もうるせえだろうがクソが。
「そういうお前もボンクラじゃねえかよ」
そう言ったら、もう目も合わせず黙っちまいやがった。
結局こいつも同類。
いんや、言われなきゃ本音すら出せねえんだから俺以下だな。
だから嫌なんだよ転生者同士ってのは。
否が応にも自分達がごく平凡な普通のクズだって思い知らされる。
帰途に着く貴族共と別れの挨拶をしていた監視対象とその家族だったが、大方の挨拶が済んだのか自分達の馬車を呼んで帰り支度を始めていた。
「監視対象が動いたぞ、どうすんだよ」
「・・・・・」
空気悪っ。
仕方ねえ、しばらく間を置けば頭も冷えんだろ。
「俺は追跡してくるぞ」
「・・・・・」
結局会話も無いまま別れて対象を追跡することにした。
仕事する分には文句もねえだろ。
何が悲しくてガキのケツ追いかけなきゃならねえんだか。
華奢な割に一部はかなり育ってるが、どんなに美しかろうとガキは守備範囲外だ。
けどまあ、もうあと5.6年もすりゃ相当ないい女になるんだろうな。
「ああいうガキが特別な人間ってやつなんだろうな」
死んで転生するようなことになったとしても来世でも躊躇なく貴族になることを選んだり出来るんだろうよ。
羨ましいこった。
[196]
違和感を感じたのは他の馬車を見なくなってからだった。
何かおかしい。
街灯の消えている箇所のある通りは明暗の差で目標を見失いやすい。
慎重に近付いて行くが、どういうことだおい。
家紋が見当たらない。
間違いなく大公家の家紋の付いた馬車を追っかけてたはずだぞ。
他に馬車も見当たらなかったってのに、俺が見間違えたりするか。
「いんや、ありえねえ…」
こちとら転生者サマだ。
そこらの冒険者と一緒にされちゃあ困るってもんだ。
英雄とは行かずとも、一般的な冒険者如きでは転生者にゃ敵わないってのがルールってやつだ。
仲間内でも一般冒険者に負けたりしたら笑い者になる。
まあ、そういう場合はその冒険者が実はやべえ奴ってパターンもあるにはあるんだがな。
しかし今回のはどういうこった。
もう少し近付いて確認するか。
後ろからでは家紋は確認出来そうにない。
となりゃあ先回りして目視するっきゃねえ。
この区画の地図なら頭に入っている。
貴族街へ渡るための橋がもうすぐある筈だが、そこなら通りの街灯も明るいし逆にこっちにゃ隠れる所にも事欠かない。
確認には丁度いいだろう。
そうと決まれば自慢の脚を発揮するところだろうがよ。
これでもスキルを活かすために足腰は鍛えてんだ。
街中の馬車より速く走るくらい造作もねえってな。
この脚があるからこそ俺でも英雄組から仕事を回される。
聖戦でやり合う度胸はねえがな。
水路の脇に出た。
このまま馬車が通る前に渡り切る。
裏路地程度なら速力を落とさない走り方は心得てんだ。
俺より敏捷値の高い奴なら探せば見つかるだろうが、街中限定で競争するんなら負ける気はしねえ。
さすがに自国ほどのタイムレコードは出ねえが、それでも今の俺に追い付ける奴が居るならお目にかかりたいもんだぜ。
とてもじゃねえがこれを超えるには人間辞めるしかねえからなっ。
俺のビルドはスピード準特化に【敏捷上昇】と【軽業】、更に【悪路踏破】っつう地味なレアスキルもある。
がコイツが案外使い勝手がいい。
何せ泥やぬかるみ、砂利や魔術の爆心地跡だろうがお構いなしだ。
特に逃走時はこれの有無がでかいからな。
わざと足場の悪い道を選んで逃げれば追手なんざ簡単に撒けるってもんだ。
重要なのは速く戦場に到着することよりか速く戦場から撤退する方だろ。
到着はミスっても死にやしねえが、撤退はミスりゃ死ぬ。
下手にスピード特化するよか準特化してスキル追加した方がよっぽど利口ってもんだ。
もちろんコイツがありゃこうして追跡すんのも楽になる。
普通は選ばねえようなショートカットが可能になるからだ。
当然そういうルートは相手に見つかりにくいしな。
さぁて拝ませて貰おうか。消えた家紋の謎をなァ。
「こんばんは。冒険者さん」
「ッッ!?!?」
ギョッとした。
何故って、そりゃあ観察対象の乗った馬車の確認のために先回りした水路の先の路地裏に。
その観察対象が微笑んで立ってたら、驚きもするだろ。
「あら。違ったかしら」
何でテメエがここに居る。
おかしいだろ、時系列的によ。
そもそも何で外に出て…
「ふふふ。きっと混乱しているのね」
「…お嬢ちゃん。こんな時間にこんな所にいたら危ない目にあっちまうぞ」
おいおいコイツは何処から来た。
何で一人なんだ。
何故俺に声をかけるんだ。
「気にかけていただけるだなんて。ふふ。
人を追いかけ回すご趣味の割に意外と紳士なのですね」
おかしい。
おかしいおかしい。
何だか分からねえがとにかくおかしい。
分からねえ時は逃げる。
俺のスキルはその為にあるんだからよォッ!!
即座に煙幕を撒いて反転。
一旦水路の縁に降りてから走る。
ひたすら走る。
漫画とかなら逃げたフリして隠れたりするんだろうがな、ありゃあ下策だ。
怪我でも負ってない限りは下手に隠れるより走った方が良いに決まってんだろうがよォ!
距離だ。
逃げる時に必要なのはとどの詰まりはそれしかねえ。
距離は時間だ。
時間は逃走の成功率を格段に上げられる。
三十六計逃げるに如かず。
走れ、あんのガキぜってえおかしい。
なに断りもなく突然湧いてんだよ、ホラー映画かってんだ。
ガキの脚なら追って来れねえ筈だが、厭な予感がすんだよ。
今にも目の前に現れんじゃないかって。
クソがっ、なんだよホラー映画ってよ、変な連想してんじゃねえよッ!
「どちらへ行かれるのですか」
「あァァ!?ゲホッゲホッ」
やっぱ出んじゃねえかよ!
「ひ、人違いですッ!」
跳躍からのダッシュ。
直線的な逃走でルート上に現れんなら次はジグザグだ。
ああもうわけわかんねえがそれしかねえ!
路地裏に入ってデタラメにルートを変えながらひた走る。
もう自分がどこ走ってるかなんて分からねえよ!
【悪路踏破】だ。
少なくとも悪路を俺より速く走れる奴はいねえからな。
とにかく足場の悪いルートを選んで走れ!
クッソ。
こんなことなら【体力上昇】も取っときゃ良かった。
息が上がってそろそろやべえ。
あんな十やそこらのガキが走って来てるとは到底思えねえ。
つうことは何だ、上か?
まさか空でも飛んでんのかよ。
いんや、飛んでるんじゃねえのアイツ?
確かあれだ、そうだ、読んだぞ前に。
この国の神子の何とかってやつは女神だなんだと呼ばれてて、確かそうだ。
聖戦で飛翔しながら敵を無数の剣で無限に切り刻む戦い方をするとか。
史上最凶のチート級の化け物だったとか。
そんでアイツはその神子のガキだったはずだ。
だったらオイ、同じ飛翔の魔術が使えたっておかしくねえだろうがよ!
クッソかよ!
ちょっとは考えろよ俺。
逃げんなら飛んで来れねえルートだろ。
それしかねえッ!
何だよ何だよなんなんだよ。
話がちげえよ。
あのガキは神子じゃねえって話だろうがよォ!
ふっざけんなよ情報部ゥ!
屋根のある所だ。
通り抜けられる建物を選んで通ればいい。
クソがッ!
「どちらまで行かれるのですか」
「!??」
うっそだろ。何なんだよ!
今居たよな?
今通り過ぎた道の曲がった先に。
何で俺はアイツの待ってた道を通り過ぎるルートを走ってんだよ。
おっかしいだろうがよォ!
いやだいやだいやだ。
なんだよこれ誰得なんだよこんなの。
そもそもアイツ本当に飛んで来てんのかよ。
てか飛翔ってどんくらいの速力出るんだよ。
ガキにそんな真似本当にできんのか。
駄目だダメだだめだだめだめだ。
頭ン中ぐちゃぐちゃでわけわかんねえし、走る意味って本当にあんのかよ。
逃げても意味あんのかよ…。
「ゼハッ、ヒゥッ、ハァ…ハァ…ヒゥッ…ハァ…ハァ…ヒゥッ…」
横隔膜が痙攣してやがる。
完全に息が上がってる。
少しだけ立ち止まろう。
こういう時はまずは冷静になるとこからだろ。
しっかりしろクソ。
「そろそろ良いかしら」
だから何でいるんだよォォ…。
「俺のヒゥッ…負けだ…。ヒゥッ」
無理だな…。
コイツを撒くことは出来ねえ。
「まずは話し合おう…ヒゥッ」
「ええ。そのつもりでしたのに。走って行ってしまわれたので」
ざけんな、逃げるなと言われても無理があるだろ。
つうか本当にどうやって追ってきたんだよコイツは。
全く息が上がった様子もねえじゃあねえか。
「お前、何者だよ…」
「あら。失礼しました。
私はファナリア大公家が四女、リヴィアゼア・エル・ファナリアと申します。
貴方のお名前を伺ってもよろしいですか」
どこからどう見ても完璧な貴族のガキなんだが。
とにかく得体が知れねえし笑顔の下で何考えてるのかさっぱり分からねえ。
とりあえず今は息を整える時間を稼げ。
「俺は…。俺はビルクス。
ただのビルクスだ。冒険者をやってる」
偽名を名乗ろうかと思ったが、下手なことしてボロを出して機嫌を損ねる方が怖い。
表向きはこの国には冒険者として来てるしな。
どうせ調べられれば分かることだ。こうなったら下手なことはしねえで乗り切る。
「ではビルクスさま。私の質問に答えていただけますか」
「様なんざ要らねえよ気持ちわりい。負けを認めたからには答えられる事なら答えるぜ」
観念した俺は両手を挙げて降参のポーズをとる。
普段から人通りの無さそうな、周りに気配の無い路地の外れで尋問を受け入れた。
「ふふ。ようやく素直になっていただけましたね」
笑顔も仕草も違和感がねえ。
違和感がねえ事が違和感しかねえのが恐ろしいと感じた。
ああ、俺も何思ってるのか自分でもワケが分からねえ。
だってそうだろ。
今のこの状況はどう見ても異常事態だってのに、ごく普通に会話するみたいに取り繕った様子もなく接してきやがるんだ。
「アンタ本当に何者だよ」
「あら、質問をするのは私のはずですよ」
「そうだった、悪かったよ」
コイツにはたぶん、逆らえない。
得体が知れなさすぎるんだ。
仕方ねえだろ。この整った顔も笑顔も綺麗な瞳も、全部が怖えんだよ…。
何を聞いてくるのかで逆に探ってやるしかねえ。
「貴方はギフトについてどこまでご存知ですか」
「は…?」
ギフト。スキルの事か?
何でそういう話になる。
それが聞きたいことなのか。何でだ?どうして?
ああクソ、やめてくれよ、慈しむかの様な笑顔が怖えんだよ。
安堵しそうになるのが洗脳みたいに…。
「あ、いや悪かった。質問の意味が一瞬理解出来なかった」
冗談を言っているような感じでは無さそうだが。
どういう意図があるってんだ。
まあいい。ここは素直に応じて様子を見る。
とにかく落ち着いて状況を把握できるまでは逆らわず気を損なわせねえように慎重にだ。
「スキルってあれだろ。生まれ持った才能とか神からの賜りもんで、5歳と10歳と15歳になると更に貰えるってやつで」
「ええ、そのギフトについての貴方なりの研究成果を識りたいのです」
研究…成果。
成人してねえガキがスキルに憧れるのは分かるが、コイツのは何だかそういう雰囲気じゃ無えよな絶対。
「アンタ、もしかして転生者…か」
「テンセイシャとはギフトに関係あるものなのでしょうか。
私の知らない事を識っていらっしゃるね。
ふふふ。それについても詳しくお聞かせください」
しらばっくれてる、って感じじゃあねえな。
俺だってスカウトとして修羅場くぐってきたんだ。
演技や隠し事に関してはある程度鼻が利く。
こいつの転生者の発音からは本当に初めて口にしたってのを感じる。
何度か口にした言葉ってのはどんなに上手く取り繕っても発音のどっかに初めてではないクセが残るもんだ。
生の空気を味わってねぇと分からねえ程度の微妙な違和感ってやつで、注視しなきゃ違いが聞き取れねえようなほんの些細な違和感。
ま、そこばかり気にして生きてきた俺じゃなきゃ聴き分けらんないだろうがな。
てことはマジで興味があって聞いてるってことか。
今ここで、何で?
いんや、変に勘ぐる素振りは見せるな。
今は余計なこと考えてる余裕なんかねえだろうがよ。
「あー、これはスキルに詳しい知り合いの言ってた話なんだがな…」
◇◆◇
[197]
「それで、他にはどういった事をお調べになられているんですか」
答えなきゃ。
ちゃんと。
「英雄の血を引く連中ダ。
ち、力を幾分かでも引き継いでたら面倒になるからナ」
「この国の英雄の血統については何処までご存知なのでしょう」
答えなきゃ。
余計なことは考えずに。
「あらかた終わってル。
称号持ちなら念のため過去三代まで遡って調べ上げたぜ。
へへへ。二つ名持ちは二代までだがナ」
「まだ他にもお調べになられたことはありますか」
答えなきゃ。
言われたとおりに。
「い、一応それなりに名のある冒険者にも探りは入れてるが、めぼしい奴らはだいたい魔術学院か王立学園の卒業名簿に載ってる連中だからナ。
そ、そっちは別担当がやってるし、どっちにも入れなかった余りもんにゃロクなのが残っちゃいねえヨ」
「そうですか。他にも何かありませんか」
答えなきゃ。
答えなきゃ。
「えっへへへへへ。他ぁ、なんかあったっけなぁ」
答えなきゃ。
何でもいいから転生者に有用な情報を。
「そろそろ限界ですね。では言葉以外の方でも聞いておきましょう」
言葉以外って何だ。
このガキはなんで手を伸ばして、何だ。
お、俺の頭でも撫でてくれるのか。
ご褒美かな。
へへへ。俺ちゃんと全部答えたもんなぁ。
ほら、やっぱりそうだ頭に手を伸ばして…ッ
「あ…アァ…あああアアアァァアァァアアァァ!?アァアあぁ!!?」
「しーっ」
「ァ、〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ〜〜〜ッ!!」
手ぇぇ、入ってる手ェ。
おれノ頭ニィ。
はいっテルよぉぉォォォ?
ナぁにこレえぇ。
けーれんしてる、おれのから、だ。
のー、みそっォ!
い、じッてエっ、るー?
「〜〜ッ!〜〜〜〜〜…っ〜ッッ!……ッ〜〜!!」
「はい。もう結構ですよ」
「〜〜〜〜〜?〜〜??〜〜………」
「ふふふ。大袈裟ですね。痛くはしないように気を付けたのですが」
…な、え…れ…、は、ど…た。
おれ、は。
どう…なった。
「ありがとうございます。
可愛いですね。あともう一つだけよろしいですか」
「待っ、てくれ。まだ、あたま…おれヘンだから」
「安心してください。先ほどのやり方で後遺症はありませんから」
安心、って。
何に、どのへんを?
「まだ、なに…か。するの、か」
「ええ。情報はあまり時間を掛けずに調べられるのですが、こちらはそうも行かないので」
もう、変にされるのは嫌だ。
やだやだ変になりたくない。
「おれ、ヘンじゃない?おかしく…なってないか」
「ふふふ。平常時の事をおかしくない、と定義するなら。
そうね。もしもおかしくなってもちゃんと元に戻すので大丈夫ですよ」
それ、大丈夫じゃないことされるやつじゃん。
「やだやだやだやだやだやだやァ!
「しーっ」
「ッ〜〜ッ〜〜ッ〜〜ッ〜〜!」
何するんだよやめろよひどいことすんなよおれがなにしたってんだよこれからなにするきなんだよおまえおまえいかれてるだろおれはいかれるのはいやだへんになるのもいやだやめてくれないといやだごめんなさいごめんなさいあやまるからゆるしてもうおいかけたりしないからわるいことしないからてんせいしゃなんてもういやだどうしてこんなめにあうんだよてんせいなんてもうしないからかみさまたすけてあだまいじあないえくるうのやらからなんえやえないお
「良い子良い子。ふふふふ。可愛いわね。
悪いことなんてしないわ。英雄になりたかったのかしら。
可愛そうね。ふふふふふふ。私が貴方の夢を叶えてあげる。
ええ、ふふふふふふふふ。貴方を英雄にしてあげる」
ア…え、なんあか…とっても気分がいい。
とても落ち着く。
頭にまた手を突っ込まれてる。
すごく苦しい。
どうして頭に手を入れても血とか出ないんだろう。
きっとこの娘が優しいからだな。
痛くなくて傷もなくて、気分も良くて。
鼻血が出て。
でも本当に女神みたいに美しい娘だな。
悪意もこれっぽっちも感じない。
優しい目。
俺のことちゃんと気遣って頭の中弄ってくれてる。
嬉しいな。
涙が溢れる。
特別な人間。
選ばれた人間。
この娘はきっとそうなんだ。
だから今してることも特別な良い事なんだ。
喉が焼ける。
俺叫んでるんだ。
全身で。
この娘が透けて路地の向こうが視える。
周りの端材が何かよく解らない力で破裂する。
どんどん壊れていく。
俺の鼓膜も破裂する。
きっと叫んでる声が強すぎるんだ。
この娘に頭の中弄ってもらうととても気持ちがいい。
もっと変になりたいって思える。
視界が赤く染まった。
凄い凄い。
辺りの石畳が捲れ上がる。
何も聴こえない。
何も視えない。
重量も無くなってまるで俺がここに居ないみたい。
でも気分はとても良いし、全能感みたいなのを感じる。
凄い。
俺の呼吸が止まってる。
もう何でもいいや。
俺は英雄になりたかった。
本当は英雄組に入りたかったんだ。
それで世界を救って使命を果たして。
とても静かに。
それから俺。
幸せな結婚するんだ。
それでうんと幸せに暮らしてさ。
俺が作り変えられてる。
頭の中も、その奥も、もっと深いところまで。
ぜんぶぜーんぶ。
あ、心臓が止まっちゃった。
あと…なんだっけ。
もう考え…るのも、でき…な……
◇◆◇
[198]
「『ゾレン、薬を追加して』」
転生者の生の情報と脳内を調べて得られた情報は後で元データとビルクスの主観を交えた情報を比べてからその差異を検証して纏めるとして。
次にやるべきは新しい能力の開花実験である。
どうにもリヴィアが自分でやりたいみたいなので自由にやらせることにした。
「やだやだやだやだやだやだやァ!
「しーっ」
「ッ〜〜ッ〜〜ッ〜〜ッ〜〜!」
これは安全面に問題がある為、今まで保留にせざるを得なかったのだが。
こうして転生者の生きた脳を使って実験出来る機会を得たのだ。
なるべく有効活用しなければ。
さすがに適当に見繕った人を実験台になんて出来ない。
私とて好きこのんで犯罪を冒そうとは思わないし、リヴィアに罪を背負わせたくないのだ。
しかしビルクスなら問題にはならない。
彼は流れ者の冒険者で、当然だが転生者云々に関しては世間的には隠し通してきたのだろう。
私との繋がりも彼自身が痕跡を消しているし、転生者側には無事に帰らせた上で不都合無いように報告させれば良いだけだ。
「良い子良い子。ふふふふ。可愛いわね。
悪いことなんてしないわ。英雄になりたかったのかしら。
可愛そうね。ふふふふふふ。私が貴方の夢を叶えてあげる。
ええ、ふふふふふふふふ。貴方を英雄にしてあげる」
リヴィアも久々に気分が良さそうだ。
試したいのはギフトの人為的な付加実験と、未だに実証出来ていない新たな要素の開発である。
ギフトというものが付加可能であることは転生特典から仮説として有り、神々との接触を経て確信に変わっている。
問題は付加するギフトそのものをどう創るかなのだが。
これは有り合わせを使う事にしている。
つまりは別の個体からの移植である。
先日、ゾレンとニエスを創造した際に素材となった者のギフトがそのまま使える事が判明した。
比較的新鮮であったり保存状態の良い遺骸にはまだギフトが残っているのだ。
そのことはその後の実験と調査で確認をしている。
双子を創造する前の実験体で使っていた素材はギフトが残っている程の上質な物では無かったので、これらの確認が後になったのは仕方がなかった。
それからはギフトの残った遺骸同士間での移植実験を試みたのだが、どうにも上手く行かなかった。
様々な仮説を立てて繰り返し実験していった結果。
同族間で且つ被移植側が生者である必要があることと。
神力を大きく消費して施術しないと移植しても定着しきれずに時間で失われる事が明らかとなったのだ。
力の大半を失い欠片となった神では複数のギフトを構築して後付け的に付加することが出来なかった理由としても辻褄が合う。
消費できる神力に余裕が無かったのでは仕方がない。
以上の理由から、私は生きた人間の被検体を必要としていたのだが、今回こうしてその機会に恵まれた訳である。
実に幸運なことだ。
移植するモノとしては、いきなり魔術の才能が開花しても不自然なため、ここは無難に身体能力系のギフトを選んで付加することにした。
素材の調達には多少苦労するかと思ったのだが、双子のお陰で短期間に集めることに成功している。
次にいつ実験出来る機会を得られるか分からない以上、被験者には可能な限り負担をかけない様に配慮しつつ、やれる限りの施術を試みたい。
しかしこの被験者は貴重な転生者でもある。
新たな要素開拓を優先するべきなのかも知れない。
転生者である私の宿ったリヴィアとこの世界の人とでは脳の構造が違う可能性があるからだ。
交配可能な同じ人類である以上、そこまで大きな違いが出るとは思えないがそれでも確証は無い。
ならば私と近い条件である転生者の脳を使ってこそ信用に足るデータを得られる公算が高いのである。
よし、となれば順番を変更して新要素開発から始めてみよう。
どちらが先でも問題は無いのだが、どうせなら替えが利かない方を優先したい。
「『ニエス、結界の範囲を拡げて』」
音、臭い、衝撃、その他諸々を遮断している結界の範囲を拡張させた。
周辺の感知から安全である事は分かっているし、元より人通りの無い場所まで誘導してはいるが念には念を入れる。
新要素開発の為に考えていたのは休眠状態の脳領域の活性化と、既存の感覚に類しない未確認の法則を認識する能力の開花である。
要するに超能力者を作ろうと思ったのだ。
転生者ビルクスの脳へアクセス。
私は現在幽体であるため物理的な干渉をするには霊力を使う。
これは一種の霊障の様なものだが、生きた人間に作用させるには相手の精神のバランスを揺るがして弱らせる必要がある。
それくらい生きている者は強いのだ。
健全な状態の者には霊如きがどうこうなど出来ない。
散々驚かせる様な真似をしたのも、心を折ることで干渉を強固にする為である。
もちろん力量差からも生霊である私なら相手の抵抗力などものともせず実行するのは可能なのだが。
そこはそれデリケートな作業をするのだ。
折角の被検体を壊さない様に力業は避けたい。
早速一つ目のスイッチが入った。
「『ゾレン、薬を投与。覚醒状態にして』」
ビルクスの身体が跳ねる。
意識へ干渉して状態を確認する。
どうやら成功した様だ。
彼は今透視能力を得ている。
これは良い。
多少毛細血管が破裂している様だが許容範囲内。
全行程を終えるまでの時間を考慮すれば長く続けると負担が大きい。
次へ移るとしよう。
第二のスイッチを入れた。
「『ニエス、結界範囲内の物質固定化の干渉レベルを下げなさい』」
ビルクスが大量の汗をかいて頭部の血管が膨張して浮き出る。
すると周囲に破壊が起こった。
放置され朽ちた端材がメキメキと音を立てて、爆ぜる。
間違いなく念動力だ。
何だ、あるじゃないか超能力。
前世の知識が大いに役立っている。
本当に脳の未使用領域にヒントがあったのだ。
もちろん予め存在する前提で仮説は立てていたが、実際に目の当たりにすると達成感がある。
次々に破壊の範囲を広げていく。
おっとイカン。
ビルクスの身体の心配もしてやらねば。
それでは第三のスイッチだ。
「『ニエス、結界を上空にまで範囲を拡げて』」
さあビルクス。大丈夫、君ならやれる。
君は自由を手にするんだ。
操作はこちらで行う。
ビルクス自体は意識が半分トんでいるので実際の発動手順や命令権はリヴィアが握る。
ゆっくりと持ち上がるビルクス。
これは馴れるのに少し掛かりそうだが、成功だろう。
空中浮遊である。
魔力を使わずに宙に浮かんでいるのだ。
この認識と法則の関係性については魔術師では全く説明がつけられないだろう。
この世界に超能力が現れない理由もよく分かった。
これは魔力のパスとの相性が悪過ぎる。
過度な肥満体が進むと脚を閉じられなくなる様に。
魔力のパスが成長すると超能力を発動させるために欲しい領域を圧迫するのだ。
ただでさえ超能力を発現出来る素質のある者は少ないのに、この世界には魔力が浸透し過ぎている。
これでは誰も発現出来ないだろうし、しようとすら思うまい。
可能なのは今の様に施術で無理やり押し広げて開花させるか、元より脳の演算領域が非常に広大な者でないと難しい。
概ね超能力について必要な情報は揃った。
ビルクスよ、君は偉大なる一歩を踏んだ英雄だ。
意識無いけど実に立派だった。
おっとイカン。
よく観察すれば呼吸も心音も停止してしまっているではないか。
脳の事にばかりかまけていてボディがお留守だったらしい。
すぐに何とかしなければ。
「『ゾレン、蘇生処置始めて』」
さてリヴィアよ、その間に移植の方を進めるんだ。
こちらはあくまでも確認の為の実験。
神力の配分さえ間違わなければ失敗する事も無い。
ビルクス。君は生まれ変わるんだ。
完全に定着するまでに時間は多少掛かるだろうが、それが済めば間違いなく英雄足る力を備えているだろう。
後は君自身の頑張り次第だ。
英雄になりたかったのだろう。やってみるが良い。
君は今日から紛れもなく常識外の存在になるのだから。
◇◆◇
[199]
気が付くと俺は路地裏で一夜を明かしていた。
ええと、何してたんだったか。
そうだ、張り込みして監視対象の情報収集やら護衛や警備の状況やらを調査して報告すんだったな。
クソ面白くもねえ仕事だが、この国の重要人物をマークすんのは必要なことらしい。
そいや昨日は言い合ったんだったか。
あのクソ真面目な相棒に差し入れの一つでも買って帰らにゃ機嫌も治らねえだろうな。
なんだって俺がそんなことしなきゃなんねえんだか。
ヘタレのクセに妙に頑固でプライドが高いんだよなアイツ。
足元がフラつくし目眩もする。
変な格好で寝ちまったのが原因か。
クッソ気分悪ィなオイ。
途中で早朝から出ている屋台で肉串を何本か買って、ついでに薄めたブドウ酒も補充する。
何とか監視ポイントまで戻るが、体の節々が痛んで仕方がない。
無茶な追跡がだいぶ響いてやがる。
「おい、帰ったぞ」
返事はない。
まだ機嫌直ってねえのかよホント面倒くせえ野郎だ。
「朝飯買ってきてやったぞ。食わねえのか」
無言で物だけ受け取る。
マジでクソだよなコイツの性格。
この国の飯は美味いと思う。
俺のいた魔大陸はロクに食うもんも無く、腹さえ膨れりゃ何だって食うしかなかった。
「この国は恵まれてんよなあ」
小銭で飯が食えるし仕事だって探せばある。
流れ者だろうと雇い入れられるだけの余裕があんだから、よほど上に立ってる奴がちゃんとしてんだろ。
こんなのうのうと暮らしてる奴らが重要人物って言われた所で、なんら危険性を感じねえ。
昨日のガキにしてもそうだ。
あんな年端も行かねえガキが危険な筈がねえんだ。
確率としては0%だ。
あれが俺達にとって危険なんだとしたら俺達は野良犬にすら怯えて暮らさなきゃならねえ。
どうせ調査すんなら実際に戦える力を持ってる連中に絞った方がマシってもんだろ。
上の連中はなんだってこんな無意味な事をさせたがるんだ。
「こんな任務意味ねえだろ。あの監視対象のガキは脅威度の欠片もありゃしねえよ」
そうだ。アイツに危険性は皆無だ。
だから早々に手を引かせて無意味な監視を止めさせないとならない。
絶対にダ!
「上の連中は何の基準で選んでんだ。ダーツでも投げてんのかよ」
「知らないよ。上の考える事なんて」
ようやく口を開いたと思ったらいきなり否定から入りやがる。
どうしてこうお前はそうなんだ。
「やっぱ異動申請するっきゃねえな。クソつまらねえ仕事にはウンザリだわ」
組織は現地人を含めてそれなりの大きさがある。
部署も様々で俺の様な末端では全容を掴めねえが、転生者は比較的自由に活動することが許されている。
世間では邪教だなんて呼ばれてるが組織は組織だ。
「なら英雄組にでもなればいい。俺はここでいい」
よくもまあこんな所で燻ることを選択できるもんだ。
コイツも大概よく分からねえな。
「そうしてみっかあ、案外上手くいくかもしれねえしな。
そしたら俺も英雄サマってわけだ」
見向きもしねえで聞き流しやがる。
どうせ出来ねえと思ってんだろうなコイツは。
クソ頭が痛え。
何なんださっきから。
酒を飲み過ぎたみてえにガンガン響きやがる。
「俺寝るわ。頭痛えし」
「なに勝手なこと言ってんだ」
うるせえこっちはナンカ頭が痛えんだよ。
「静かにしてやるって言ってんだ。文句言うな」
ああ何だかダルい。
急に眠気が襲ってきやがった。
俺の頭どうなってんだこれェ?
だめだ、目眩が、ひどい。
そして俺は泥のように眠りに落ちた。
《余録》
主人公がノリノリで野良の転生者を使って魔改造実験しました。
[ビルクス]
:【剣術/敏捷上昇/回避上昇/軽業/悪路踏破/体力回復】、
【夜目】、【直感】、【道具鑑定】
+【気配察知/筋力上昇/生命力上昇/耐久力上昇/身体強化/耐物理/耐魔力】New!!
【筋力】: 43 → 53
【耐久】: 43 → 53
【技量】: 33 → 36
【敏捷】: 51 → 54
【精神】: 36 → 39
【生命】: 416 → 512
【魔力】: 390 → 420
【体力】: 364 → 392
さすがは転生者。スキルが多いですね。
筋力や耐久は王国騎士の基礎パラメータがおよそ35〜40前後なので元の値でもそれなりに強いです。
あくまでも基礎値なので、同じ値でも鍛錬の度合いによって実際の戦闘力は大きく違います。
それにしても50台は盛りすぎですね。




