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1000通りの計画  作者: Terran
第四章 星の精霊王
18/99

星の精霊王 1



【お披露目会】


[186]

 季節は変わって春先。

 王国中で、ある一大ニュースが駆け巡っていた。

現王弟にして大将軍。ファナリア大公家現当主、【雷神ジェラルド】の引退表明である。

 家督は我が父にして王国最高の魔導師、宮廷魔術師でもある【星印ライドラス】が継ぐこととなった。


 ジェラルドは王都で盛大な引退式典を行い、国民に惜しまれながらも今後は後進の育成に尽力すると宣言。

 魔術協会と学院の更なる発展と飛躍のために革新的な方針を打ち立てることを約束した。


 なるほど、そういう筋書きか。

 ギルバートやエスクラッドもこの式典に参列するため王都に滞在している。

 ジェラルドも65を過ぎ、高齢により最前線から身を引くには良い頃合いだろう。

 そして来年度から魔術学院の運営方針に大きくテコ入れをする大義名分を掲げた。

 同時に魔導大学でも改革を推し進めるのだろうか。

 間違いなくエストバース王国の歴史が動いた瞬間である。


 これを期にしてジェラルドの持つ王位継承権第二位の地位も返上するのだが、ここで繰り上がりやら何やらの手続きを終えると。


 王太子息女ミストリアが第二位。

 その弟トフィアスが第三位。

 更にその弟アディマートが第四位。

 第三王子ユリウスが第五位。

 第二王女ベネディアが第六位。

 王太子妃ルビリアが第七位。

 そして第八位がリヴィアゼアとなったのである。


 ふむ、明らかにおかしい。

 王国の法に反していないだろうか。

 何せ国王になれるのは純血の人間族かつ王紋を持つ王族でなければならないはずなのだ。

 リヴィアは混血な上に、王紋の報告も上がっていないはずなのだ。

 となると裏の事情の一部は知っているが、国民にはどう説明するのだろうか。

 ジェラルドの継承権をティアーナが継ぐはずが、そのまま唯一の直系ということで回ってきたとか、そういう内容だろうか。

 それとも上に七人も居ればまず回ってくることも無いだろうし、お飾りでも一応籍を入れておくことに象徴的な意味を持たせたかったとでも納得して貰おうというのだろうか。

 いやもしかしたら神子の喪失を受けて体制が変わった際に大々的な法改正が行われて王位継承権についても条件が変わったとか。

 だがしかし八位というのも半端である。

 ただ単に王族の血筋というなら第一王女はどうなのだろうか。

 第二王子は既に亡くなっているが、第一王女には子供も居たはず。

 王紋が関係しないのであれば、そこに継承権が発生しない理由がまた混乱を大きくする部分だ。

 ルビリアに関しては元々彼女は先王弟の家系であり、産まれてすぐ王紋を確認したため下位だが王位継承権は発生していた。

 確かに王位継承権については国ごとに特色や法則があるものだが、王紋という特殊な事情を除けば、リヴィア以外の継承権に関しては概ね前世の記憶にあるものと大差ない。

 するとリヴィアだけが特例という見方をする方が辻褄は合わせやすいが、やはり判断材料が不足している状態では考察が纏まらない。

 同じ王弟であるクラトスに継承権が無い理由は本人が放棄したからだという話だった。

 逆に王位継承権の発生には条件を満たした者なら宣言があれば主張出来る仕組みで、まず親が産まれた子供に権利を宣言して、それを当人が放棄しない限りは継承権が発生した状態になるとしたらどうだろうか。

 それならば元々リヴィアは条件を満たしていて、産まれた直後ではなくジェラルドが退任した際に孫の継承権を主張して発生したという解釈も出来なくはない。

 いや無理があるか。

 そんな事が可能だと頻繁に王位継承権の後出しが出来ることになって王室は混乱しまくる。

 事実として、リヴィアと違い目に見えて王紋があることが確認されているにも拘らず、未だに王位継承権を主張していない例もあるのだ。


 なるほど解らん、解らんぞ。

 それとも隣国の神子との縁談は既に国民の知る所なのだろうか、だとすればすんなり受け入れた理由の説明になるということか。

 いや、もしかして相手も王族なのか…?

 そしてそれは国民にも周知されているのだろうか。

 神子で王族だとしたら、それは母ティアーナとほぼ同格の身分という事になる。

 ふむ、プロシアから詳細を聞いておくべきだったか。


 まあ、分かったことは一つ。

 リヴィアは名実ともにこの国の姫として周知されるに至り、とても面倒な立場になったということだ。

 まあ成ってしまったものは仕方がない。

 動きづらくならないように何かしら手を打つ必要も出てくるかも知れない。


 案なら考えればいくらでも出てくるが、まずは様子見に徹しよう。

 いくつか素案だけ出しておけば、後は焦らずとも事態を見極めてからでもどうとでもなる。

 政など所詮は人の考えた仕組みである。

 余程歪な悪法でもない限りは人がどうにか出来ない道理はないのだ。



[187]

 春になり魔術学院は新年度を迎えた。

 新学院長となったプロシアは次々に改革を行い、理事はその全てを承認した。

 それもそのはず。現在のクリムワイエ魔術学院の常任の理事会メンバーは8人。


【理事長】: オルマジール・ルグ・エディンドート

【学院長】: プロシア・エル・ファナリア

【魔導大学理事長】: ジェラルド・レア・ファナリア

【宮廷魔術師】: ライドラス・エド・ファナリア

【父兄会会長】: ガナード・ゼービス

【監査局局長】: クラトス・ヴォル・リットアール

【開発部室長】: ザラ・コルトニー

【衛生局支部長】: トリス・キンバー


 ファナリア家から3名。

 理事長のオルマジールはライドラスの叔父。

 クラトスはジェラルドの弟。

 ザラは魔導大学の職員。

 と、実質的に6/8票を握ってしまい。余程の内容でも無い限りは提案は承認されるのだ。


 とはいえ提案自体、悪いものではないため特に問題はない。

 せいぜいが実力の無い下級貴族家とその子女から愚痴程度の不満が出るくらいである。

 何を言おうが蚊ほども効かない。


 ちなみに王立学園は王室が3/10の票を握っているらしい。

 邪教撲滅運動の際に一斉入れ替えをして、他の貴族家を蹴散らして身内で固めた魔術学院と比べたら実に健全である。


 聖堂院は派閥がいくつもあり会議で何かを決めるのに面倒な根回しが必要でズグズグなのだとか。

 平民の味方のはずの聖堂院が一番泥沼運営なのは仕方がないと思う反面、だから学園や学院に差をつけられるのだと納得した。


 やはり一番の問題は金策なのだ。

 聖堂院は教会運営であるため寄付金や基金が元手であり、事業としては規模の割には実入りが少ない。

 王立学園は王国がバックにあり、国庫から運営資金が出るため基本的に事業とは関係が薄い。

 魔術学院は様々な利権を所有しており、貴族家からの寄付金も断トツで高い。

 莫大な資金力があり、魔導具を始めとした事業の市場規模は最大手である。


 しかし寄付金だけでは限度がある。

 魔術関連の様々な利権や特許を独占している魔導大学は魔術協会としての側面も持っており、国境を越えて各国並びに各大陸とも深い繋がりを持つ。

 その収益の詳細は不明だが、一説には国をまるまる運営出来るほどあるとか。


 魔術協会は人神領域に魔導大学として以外にも。

 天神領域の天空人(セレスティア)の国には魔導天城。

 星神領域の精霊族(スピリティア)の国には魔導書館。

 それぞれに本部を構え、魔術の発展と人材育成に尽力している。

 世界十二賢者が治める魔術協会は魔術分野だけでなく聖戦においても多大な貢献を果たしてきた。

 どれだけ強大な力を持った武人でも、聖戦で敵性体を倒せる数は強力な魔術と比べれば劣るのだ。


 王立学園や聖堂院が如何にエストバース王国の代表とする学舎とあっても、世界規模の魔術学院と比べれば格落ちしてしまう。

 そんな魔術学院を一族で掌握しているというのは、内部が腐敗していた場合は最悪なのだが。

 そうでなかった場合は逆にどんな偉業でも為せる土台が出来ているということ。

 私がプロシアに渡した技術と、それを使った改革はどれほどの危険を孕んでいるか理解は出来ていたとしても。それに手を伸ばす大義名分と、それを為せる土壌が備わってしまっている。


 確かに平時ならこの魔性の魅惑の危険性に二の足を踏むだろう。

 だが、もう時間が無いのだ。

 もうじき異境が開く、と誰もが心の中でそれを呟く。

 前回の異境の詳細を知らない者達は皆、近日来る異境こそ絶望的な戦いになるのだと覚悟している。

 魔神領域の聖戦から今年で6年目と考える民達は、神子を欠いたまま迎える聖戦にどれだけの犠牲を強いることになるのかを、聖戦の大敗でどれだけの土地が失われるのかを。

 考えるだけで不安に駆られ、ただただ恐れることしか出来ない。


 だが、プロシアは知ってしまった。

 それを何とか出来るかも知れない手段を目の前をチラつかされた。

 自分の肩書きと権力を使えば可能かも知れないと考えてしまった。

 何とかならないかと現状を憂い導く立場にあり。神子と共に死戦をくぐり抜け、国と民を幾度も救ってきた実績のある者だ。

 ならば尚更。

 人々と兵達の命を左右できるかも知れない希望を見出したなら。

 手を伸ばさない事など、出来ようはずもなかったのだ。

 それが禁断の果実だと解っていても。



[188]

 唐突だが、私は姉ドルセーラのお披露目会に参加することになった。

 理由としては、私が条件ギリギリいっぱいの下限で魔術学院へ行くとなると、ドルセーラとは同級生になるからである。

 それともう一つは、準備期間の短い中で顔合わせをして学院生活をする上での顔見知りを作るためでもある。


 いくら改革をしようとも貴族の子女が多く通う学院に入学する以上、そうしたしがらみは何処までも付いて回る。

 ならば一番効果的なタイミングで最大効率を考えて行動するべきと考えたら、姉との合同お披露目会という形式が最善策だろうとなったのである。

 バラ売りよりセット売りの方が幅広い層をターゲットに出来るものである。

 そして何より、コスパが良い。

 セシリアとミルミアナもセット売りしていたそうだが、一度に済ませれば二度もお披露目会を開く必要が無いし挨拶回りもいっぺんに片付く。


 そんなこんなで超豪華で盛大なパーティを開いているのだ。

 安上がりにするつもりは無いのは見て取れるが、参加貴族にとっても挨拶回りの手間が省けるのは有り難いだろう。たぶん。

 貴族の子女はとにかく人数が多い。

 関係する貴族家全員の子女のお披露目会になど逐一参加していたら、それだけで年間の予定はいっぱいになってしまうだろう。

 かといって意味もなく圧縮してセット売りしては足元を見られる。

 今回の場合は双方が同時に魔術学院へ入学するつもりなので特別だ。

 私が二年後にお披露目会では入学時期との間が無さすぎて遅い。

 とはいえ、このお披露目会自体はドルセーラを主役として前々から予定されていた為、参加予定者に関してはある程度把握していた。

 私も同時に参加することは土壇場でねじ込んだため、身内以外への通達は直前と言って良いほど猶予は短かった。

 せいぜいが10日程か。


 これでは遠方の貴族を招待する気ゼロなのは明白だ。

 まあ、あまり身分の高い貴族を招待してしまうと、お返しに相手側の招待にも応じなくてはならなくなるため、その辺りの兼ね合いなのだろう。

 今回はジェラルドとプロシアも天空人関連の別件で出張している。

 侯爵家以上のお偉いさんもほとんどがそちらへ出向いていて出席しないらしい。

 ジェラルド当人も已む無く出席できなかった、ということであれば出席できなかった者達の面目も一応立つ。

 なるほどジェラルドめ、謀ったな。


 ということで、このお披露目会は異例と言うほどの期間限定版である。

 そのことに関して、一番割りを食っているドルセーラには悪いことをしたと思っていたのだが。


「良いじゃない。出来るだけ少ない労力で最大限の効果を上げるにはこれが一番だもの。

リヴィアのお披露目会と私のお披露目会とで比較して出席に差をつける貴族なんてこっちから願い下げでしょ」


 と、実にドライである。

 私よりずっと労働のコスパ重視のようだ。

 この姉は良く言えば賢くて力の使い所を心得ているのだが、悪く言えば怠惰で無駄なことをするのが心底嫌なのである。

 目立つ姉二人と、特殊な妹との間で適当に最低限やるべきことだけやって手を抜いて生きているのだ。

 努力とは即ち、やり遂げなければならない目標に実力が伴わない者や、己を高める事に達成感を求める者の使う手段である。

 これと言って高望みせず、少しの労力で目的を達成出来るだけの才覚があれば、使うことなく生きていくことも可能なのだ。

 結局の所、才能を活かすのも溝に捨てるのも持っている本人にだけ許された特権である。

 使わない事を他者がどうこう言うのは筋違いというものだろう。


 それはともかく、こうしてお披露目会を開く運びとなったのだが。集まった貴族の方々とその子女の数は私の想像を遥かに超えるほど膨大であった。

 お偉いさんの顔色を窺わずにファナリア家のパーティーに出席できるのだから、王都とその周辺に居を構える領地を持たない中小貴族はこぞって参加しに来たのだろう。

 実に現金なものだ。

 膨大な数になる事はある程度予想されていたので会場は大公邸ではなく、王都にある劇場をまるまる貸し切っての主催となっていた。


 待機室の小窓からこっそり会場の様子を見下ろす。

 これ全員と挨拶するのだろうか。

 と思っていたら、隣のドルセーラはげんなりした渋い表情をしていた。物凄く嫌そう。


「ねえリヴィア。二人で半分こしない」


 それが出来たら苦労はしない。


「では私がご当主様方のお相手をして、お姉さまがその子女のお相手をするのはいかがでしょう」

「う…。私、子供は苦手なのよ」

「では逆にしましょうか?」

「うう…。大人はもっと苦手なのよ」


 全員苦手なんじゃないですか。


「じゃあ私がお辞儀をするから、リヴィアが受け答えを担当するのはどうかしら」


 おかしいな。

 それでは1対9で半分こになってないじゃないか。


「ふふふ。ドルセーラ姉さまが身体を動かす係で、私が頭と手を動かす係ですね。

それならもっと良い方法がありますよ」


 このお披露目会を仕切るのは父ライドラス。

 義母オクタヴィアはるんるん気分で私達のドレス選びを堪能していた。


「まあまあ二人共まるでお人形さんね。今日こそリヴィアちゃんには必殺のドレスを着てもらうわ」


 ドレスルームで丁寧な下処理をされた私達は、並べられて為すがままに加工されていく。

 何だろうその物騒な表現のドレスは。あと近い。


「シド、ブローチを持ってきて。

お母様、今日はあの用意したブローチは着けさせて」


 ドルセーラは自分の専属使用人を呼んで仔猫の描かれたブローチを持ってこさせる。


「あら可愛いわね。けどこのドレスと合うのかしら」

「良いのよ、合うかどうかはこの際。どうしても着けたいだけだから」

「せっかくの晴れ舞台なのよ。やっぱり完璧に仕上げたいわ」

「ふふふ。良いではありませんか、義母さま。私も今日はあの髪飾りを着けたいもの」


 そう言って私もヒルデに小箱を持ってこさせる。


「はーい、こちらですね。どちらにしますかぁ」


 小箱の中には月の髪飾りと鳥の髪飾り。


「今日はそうね。こっちにしましょう」


 そう言って月の髪飾りを指定する。


「ああっ、これはティアーナお姉様の!

そうね、そうよね。うんうん今日はこれを着けないとね」


 口元を押さえながら涙ぐむオクタヴィア。

 そう、この髪飾りは母ティアーナの形見である。


「いいわ。二人共着けたいものを着けて行きましょう。あなた達が今日の主役なんですもの」


 こうして仕立てられた特注のドレスに身を包み、思い思いの装飾品を身に着けた姉妹の準備は整えられていった。

 大公令嬢ドルセーラとリヴィアゼアのお披露目会の開演である。



[189]

 ドルセーラの話をしよう。

 我が姉にしてファナリア大公家の三女ドルセーラ・リ・ファナリアはライドラスとオクタヴィアの子供である。

 生まれた年度で言えば私より3つ上であるため、通常15歳で入学する魔術学院へは12歳で入学する予定の私と同回生になる。


 ドルセーラは良くも悪くも頭が良い。

 必要以上の労働はしない主義で、常に余裕ある暮らしを心掛けている。

 長女セシリアと次女ミルミアナは年子なせいか、いつも一緒に居るのに対して。ドルセーラはいつも一人で居ることを好んだ。

姉二人は問題を起こしたり、周りを巻き込んでやんちゃをしたり開放的で行動力があるため、どうしても手の掛かる印象がある。

 対してドルセーラは基本的に問題になる様な事はしない。

 我儘も言うし、言う事を聞かないことも人並みにあるのだが。

 強烈な姉二人と比べられるとどれも些細なものであり、あまり手の掛からない印象を持たれている。


 下二人も、それぞれ唯一の男児であるジェイムートと、この国で唯一の神子の子であるリヴィアゼアという特別扱い。

 ドルセーラはよっぽどの事がない限りは注目を受けることの無い立ち位置に居るのであった。

 しかしそんな彼女も肩書きだけは近隣国含めて一番の大公家令嬢。

 何不自由ない暮らしが約束されている。

 多少努力しても注目度の上下など姉弟妹に比べれば誤差程度のことで無いも同然。

 賢い彼女は幼い時分から己に注目が無いことに気が付き、それ以来必要最小限の努力で生きることを選んだのであった。

 変に頑張って巻き返そうなどという無駄な努力は、超えるべきハードルがあまりにも高い上に超えても実入りが少ない時点で愚かな選択であると。

 それに気付いて受け容れてしまえば後は楽である。


 だから彼女は考えた。

 どうすれば一日でも長く、この楽な生活を続けられるのだろうかと。


「ファナリア大公家新当主にしてエストバース王国宮廷魔術師。

次期十二賢者筆頭候補であり、クリムワイエ魔術学院理事を兼任する我等が王国最高の魔導師。

【星印ライドラス】様の主催する此の度の会にお集まり頂いた皆様。大変長らくお待たせしました!」


 肩書きがやたらと長い。

 司会の声にライドラスが手を挙げて軽く挨拶する。


「本日の主役。ファナリア大公家第三令嬢ドルセーラ・リ・ファナリア様並びに、ファナリア大公家第四令嬢にして、王国の至宝たる神子であらせられた剣の女神ティアーナ様のご息女。

王位継承権を持つ奇跡の子、リヴィアゼア・エル・ファナリア姫殿下のご入場です。

皆様盛大な拍手でお出迎え下さい!!」


 割れんばかりに沸き起こる拍手。

 そういえば私の肩書きも長かった。

 湧き上がる歓声、鳴り止まぬ喝采。

 司会の人はもう少しドルセーラに配慮して貰いたい。


 そんな中、今がチャンスと言わんばかりに隣のドルセーラの気配がすうっと消えていくのですが。

 駄目だ、誰からも気にも留められていない。

 その後、案内されて席に着くがそこからが長かった。

 席の前に立つ長蛇の列。

 これが全て貴族とその子女である。

 何か個数限定で会場のみの限定グッズでも発売されるのだろうか。


「最後尾はこちらになりますぅ」


 ヒルデが旗を持って整列に協力している。

 なるほど握手会の方でしたか。

 次々に繰り出される貴族家の皆様の名前と顔と名前と顔と名前と顔と名前と顔と名前と顔と名前と顔と名前と…。

 ナマエ、カオ、ナマエ、カオ…、うごごごごご…。


 直前の通知にも関わらず、凄まじい数の来訪者である。

 王都とその近隣に居る全貴族が来たのでは無かろうか。

 もし十分な期間を設けて事前通知していたらもっと大量に来ていたのだろうか。

 流れ作業で横にずれてドルセーラにも挨拶をしていく。

 ドルセーラの目が完全に死んでおられるが耐えるんだ。

 これもつつがない学院生活と将来のためである。

 私は身体を気遣われて席に座った状態で対応しているが、ドルセーラは立ったままなのだ。

 外出もしたがらない身にはなかなかの重労働だろう。


 そんな中でドルセーラはある貴族の奥方の身に着けた装飾品に目をやって話を弾ませた。

 ドルセーラの着けている仔猫のブローチと同型の物だ。

 そして近くにあったグラスを空にして倒れた。


「ドルセーラさまっ」


 突然の事に辺りは騒然。

 パニックになりかけるが、どうやら誤ってお酒の入ったグラスを飲んでしまった様だ。

 オクタヴィアがやって来て近くに居た使用人と共に休憩室へと搬送する。

 一時騒然となったが、すぐに大した事はないと報せが入り収束した。


 が、これは仕込みである。

 予め辛くなったら近くに置いておいたお酒を飲んで退室する作戦を二人で立てておいたのだ。

 ただ口頭で気分が悪いからと途中退室するのは適切なタイミング取りのテクニックが必要なので避けたかった。

 もし大袈裟に体調不良を訴えれば会そのものが中断か中止になりかねない。

 それでは後日改めるか、お詫びをしなければならなくなる。

 それでは駄目だ。

 私が残っているので中止にはならなくとも、ドルセーラの晴れの舞台に傷を残す。

 その点、酒なら抜ければ復帰することも容易いので休憩に使うには都合が良かったのだ。



[190]

 私は一人残され、挨拶を手早く済ませるように尽力した。

 ようやく残り僅かとなった所で、新たに来場者が増えた。

 お代わりがあるとは聞いていない。

 しかし、その来場者を無下に扱うことは不可能である。


「はぁい、リヴィアちゃんこんばんは。今日は一段と綺麗ね」


 鮮やかな赤髪にエメラルドの瞳。

 三児の母とは思えない抜群のプロポーションをした貴婦人。


「これはこれはルビリア様。

本日はようこそ我が娘達の晴れの席へ。いらっしゃると分かっていればもてなしの準備をさせたのですが」

「挨拶はいいわ。今日こそはキチンと息子を紹介したかったのよ」


 王太子妃ルビリア。

 現在は外交で帝国に出向いていたはずである。

 ちなみに王太子の方はジェラルド達と同じ用事である。


「もう、よりにもよって私の出張中にお披露目会だなんて。

まあいいわ、観光に割り振ってた期間を使って飛んできたから」


 この王国で最高の長距離高速移動術式の使い手であるルビリアにとっては、弾丸特急で飛ばせば短期間で国家間移動すら可能なのだろう。

 だからこそ王族の一員として外交の仕事に引っ張りだこにもなる訳だが。


「紹介するわね。トフィアスいらっしゃい」


 そう呼ばれて現れたのは、ルビリアと同じ赤髪に緑の瞳の少年。

 アディマートより少し大人びているが、大人しそうな印象である。あと魔力が高い。


「初めましてリヴィアゼア様。

僕はトフィアス・ファル・エストバース。

気軽にトフィアスとお呼びください」


 確か王位継承権第三位の紛うことなきこの国の王子様である。

 【恩寵の儀】の時のアディマート少年の兄にあたる人物だ。


「初めましてトフィアスさま。

リヴィアゼア・エル・ファナリアです。

どうぞ私のこともリヴィアとお呼び下さい。

席を外していますが、姉ドルセーラ共々よろしくお願いいたします」


 本来ならばドルセーラが主役のはずなのだが。

 さすがにそろそろ戻ってきた方が良いのではないでしょうか。


「あら、ドルセーラちゃんどうしたのよ。

何か悪いものでも食べたのかしら」


 悪巧みなら飲みましたけどね。


「ふふ。誤ってお酒を呷ってしまわれて。今はちょっと休憩中です」

「ですって。ほらトフィアスしゃんとしなさい。

リヴィアちゃんあなたより年下なのに、こんなにしっかりしてるのよ」

「よ、よろしければ僕と一曲踊りませんか」


 はい来ましたこの流れ。

 お披露目会、貴族方への面通し、そしてダンスのバリューセット。

 どう考えても年功序列的にはドルセーラが先に誘われないとならない。

 だが居ない。何と間の悪い、一番肝心な場面でしょうに。


「ええ、お姉さまがお戻り次第。

ふふ。ルビリアさまもトフィアスさまも到着されたばかりでまだ何もお口にしていらっしゃらないご様子。

まずはお飲み物でもいかがですか」


 時間稼ぎが必要だ。ここは譲れない。


「ん〜そうね、喉も乾いてるし挨拶しときたい人も居るし。お言葉に甘えさせてもらうわ」


 ルビリアはニコリと笑って手を引いた。

 そうして未だに待たせている残る下位貴族の方々との挨拶を済ませてから。

 一度ライドラスへと声掛けを頼んだ。


「うん、挨拶は終わったみたいだね。

一人で任せてしまってすまないね。

ルビリア様も来られるとは想定外だったけど、リヴィアも身体の方は大丈夫かい」

「ふふふ。楽しくお話させていただいたわ。けど少し眠くなってきてしまったの」

「ああ、それはいけないね。後はダンスだけだから少しの間、風に当たってきたらどうかな」

「ええ、しばらくそうします」


 そう言って会場から離れる。

 もちろん氣功の使える私の身体はこの程度で疲れてなどいないが。

 上位の貴族家ならいざ知らず、中位や下位の貴族家全員との挨拶までは本来やり切る様なものではない。

 もちろん表向きは全員と挨拶するのが建前ではあるが、実際にそれを実行していたら普通は身が持たない。

 私が敢えてゲシュタルト崩壊しそうになるまで全員と挨拶することを選んだのは、それが今回の目的の一つであったからである。

 特に最初からドルセーラのお披露目会に参加する予定だった貴族家は例え下位であっても見逃せない。


 彼等の多くは子女がドルセーラと同回生になる者ばかりだからだ。

 今の内から大公家の令嬢と顔繋ぎしておいて、学院でも目を掛けて貰いたいと願う者達である。

 つまり彼等は私とも同回生になる者ということ。

 ここで顔と名前を予め把握しておくことは学院生活を送る上でメリットとなる可能性が高い。

 この後で飛び入り参加のトフィアスと友好的に接することも大きい。

 おそらくルビリアも私と同じ考えなのだ。

 彼女はこの会場で唯一、身内以外で私が最低年齢で入学する事を見抜いている。

 だからこそ、遠方の帝国からスケジュールの合間を縫ってまで駆けつけたのだろう。

 私がそう確信したのもルビリアが息子を連れ立って現れたのを見てからなのだが。

 デキる女はやはり違うと再認識した。


 ルビリアは私のことを他の者達の様に神子の子としてではなく、既に一人の貴族として実力を認めている節がある。

 女の勘というやつだろうか。

 直感的にそう思ったからこそ、この時期に突然姉ドルセーラとセットでお披露目会をした理由にいち早く気が付いた。

 最初から実力があると踏んでいたからこそ、行動に意味があるとすればそれしかないと確信出来たのだろう。

 ただの神子の子としてしか見ていない者達ではまさかと思ってもすぐに否定してしまい辿り着けない答えである。

 トフィアスの実力は不明だが、あのルビリアが付いているのだから味方にするに越したことはない。

 私にそう思わせるために、アディマートの時も敢えて夫である王太子に付き添わせるのではなく自らが動いたのだろう。


『あなたの味方になってあげるからこの子を宜しく』


 あの挨拶の下で暗にそう言っていたのだ。

 ダンスの誘いを息子にさせたのも、手を組むかどうかの確認である。

 しかし私はそこで『ドルセーラの味方もしてくれないと交渉には乗れない』と返した。

 あの場ですぐに手を取っていれば、ドルセーラ抜きでの同盟である。

 そもそも姉を差し置いてダンスの誘いに乗るなど、軽く見ていると言っているようなものだ。

 そうした暗喩で会話してそれを承諾させた形なのであの場では私に譲歩してくれたと言えるだろう。

 十歳の子供相手に政治的な駆け引きをしようとするとは、ルビリアの学院生時代がどんなだったか想像に難くない。


 思えばかつてミストリアを収穫祭に紛れ込ませたのも、セシリアとミルミアナとの同盟締結の為だったのだろう。

 当の姉達は気付きもしないで少年漫画みたいなノリで付いて行ってしまったが。

 次期も自分の息子と私に手を組ませて学院のヒエラルキーを掌握させるつもりなのだ。

 外国勢も多い学院で君臨するのは容易ではない。

 知性も美貌も実力も家柄も野心も全て高レベルで併せ持つルビリアがどれだけ有能なのかを考えれば、誰だって敵には回したくないだろう。

 確かな実力を持ちながらも細やかな根回しも怠らない。

 王太子妃があれなら王国は次世代も安泰だな。



[191]

 夜風に当たりながら会場の周辺を探っていると、こちらを覗うような視線を感じた。

 このお披露目会は元々はドルセーラのものである。

 直前になってから私も一緒に参加する事になったため、王都在住の貴族でもない限りは私目当ての者達が準備も無しに参加出来るようなものではない。

 ましてや仕事で留守にしていれば参加はほぼ不可能だろう。

 ルビリアの様な例は特別だが。


 今回懇意にしているディルムン伯爵家は海外の大商会との交渉があるらしく、そちらを延期してでも参加を表明していたが。私としてはアルバートの商会には更なる発展をしてもらう方が都合が良い。

 交渉を必ず成功させるようにと厳命した。

 もし交渉を有利に締結させられたら、折を見てディルムン領へ遊びに行くと伝えてある。

 比較的海上が穏やかなこの時期は、海外との行き来に最適なのだそうだ。


 海神領域の壊滅からおよそ百年。

 今や海は魔物の領域である。各大陸の神の領域から近い航路を使っての渡航はかろうじて維持しているが、それでも安全に目的地へ辿り着ける保証は無い。

 当然、海外の物資や資源の価値は高くなり、それらを扱える大商会は莫大な富と利権を手にできる。

 アルバートには是非とも海外の物資を確保出来る伝手を拡げて貰いたい。

 その為になら密かに安全な航路を確保する程度の助力なら惜しまない。


 しばらくバルコニーで過ごしていると、会場からこちらへ近づく話し声が聞こえてきた。

 どうやら大人同士の会話に飽きた子女達が暇を持て余して抜け出して来たようだ。


「それでね、うちのレノが花壇まで入って行っちゃって…。

…えぇ!?」


 どうやらこちらに気が付いた様だ。


「リヴィアゼアさまっ」

「リヴィアゼア姫様」

「姫さま」


 カドラット子爵家のエスター、トーラス男爵家のビオラ、コーヅキ男爵家のユート。

 先程の挨拶でも参列していた貴族の子女で間違い無さそうだ。

 何やらペットの話をしていたみたいだが、この位の年頃だとそういう話題で盛り上がるのか。


「ふふ。エスターにビオラにユートでしたね。

いらっしゃい。夜風が心地良いですよ」


 月夜を背景に柔らかに微笑む。

 常に360°どこからでも観られる事を意識し続けた私の計算された立ち振る舞いは、立ち姿、歩き姿、座り姿一つ取っても完璧である。


「!!」

「綺麗…」

「……っ」


 反応は上々である。

 自由に立って歩けるようになってから常に意識し続けて、今や意識せずとも自然に全ての仕草を完璧に実行出来る。

 これぞ理想的な貴人の姿ではあるが、実現できる者は現実にはそうそう居ないものだ。

 が、敢えて私はそうする。

 この国の象徴的存在であるリヴィアには、完璧くらいで丁度良い。


「あ、あの…。名前憶えていて下さって、とても光栄です」

「あっずるい。わたしも同じこと思ってました。リヴィアゼア姫様、すっごく綺麗で。あの、とてもすごいです!」

「姫さま…」


 うん、ちょっと言葉が乱れているね。

 これでは楽しい会話まで発展させられないかもしれない。

 少々やり過ぎたか。


「あら。憶えているも何も、先ほど自己紹介しあったばかりではありませんか。

カドラット子爵様は湖の美しい領地にお住まいで。

トーラス男爵様は趣味で薔薇園をお造りになられて。

コーヅキ男爵様は剣術の道場を開いていらっしゃるのですよね」


 この三人はわざわざ遠くの領地から来ている。

 つまりドルセーラの学友になる為に遠方から顔見せに来ていた元々の参加予定組だ。


「そんなところまで。その、父も喜びます…!」


 うむ、感動と魂の震えが伝わる。


「わたしなんて、言われるまでカドラット様の領地の特徴わすれてましたのに…」


 いやいや、それ本人の前で言っちゃ駄目でしょ。


「道場でいつも鍛えてます。あの僕、姫さまを守りたいです」


 おっと段階を踏み越えていきなり直球ですか。

 他の子女ならいきなりそれはどうかと失笑されるかも知れないが。話の早い者は好感が持てる。


「ふふふ。私、大人同士のお話に退屈していましたの。

ドルセーラお姉さまがお戻りになるまでの間、ここでお話し相手になってもらえますか」


 そう言って再度微笑みかける。


「こ、光栄ですっ。ぜひお供させていただきます」

「わたしも、わたしも一緒に居たいです」

「僕も、ずっと一緒にいたいです」


 目に見えて好感度爆上がり中である。

 何か一人凄い事言ってる気もしないでもないが、子供の言う事だ。きっと深い意味は無いだろう。

 それからドルセーラが戻るまで暫しの間、三人と他愛の無い話をした。

 ほんの少しの時間ではあったが彼等にとっては印象に残る時を過ごせた事だろう。

 それは霊魂の揺らぎから観ても明らかである。


 私の参加を知って後になってからこの会へ来る様な貴族は、後回しにしても利さえあればいつでも寄ってくる。

 今ここで優先しておくべきは利害だけではない関係性である。

 もちろん、私にとっての利になる話であれば乗るのもやぶさかではないが。

 ファナリア大公家にとっての利と、私にとっての利では少し違う。

 この会場に転がる当家の利に関してはライドラスに任せておけば良い。

 今の私は、己の目的や都合だけに専念していれば良いだろう。



[192]

 ドルセーラが復帰した。

 見事なまでに張り付かせた笑顔が、心底戻ってきたく無かった心情を感じ取らせる。

 主役の帰還と共に始まるであろうダンスの時間。

 三人と別れた後で、私はドルセーラに注目が集まっている隙を付いて先手を打ってオクタヴィアとライドラスに提案を持ち掛ける。

 せっかくのお披露目会なのに存在感の薄くなってしまったドルセーラのために、場を盛り上げる演出である。

 ルビリアとトフィアスが動き出す前に私はライドラスと舞台の奥へと進む。

 オクタヴィアがルビリアに声を掛けている間にこちらは準備を整えた。


「ご歓談中の皆様。これよりリヴィアゼア様の演奏とドルセーラ様のダンスのご披露となります。

どなたかお相手となられる方はいらっしゃいませんか」


 悪いがルビリア、何事にも手順が大事なのだ。

 この場の主役が王子では無い以上、選ぶ権利はこちらにある。

 だから順番だけは、お行儀よく守ってもらおうか。


「僕がお相手致しましょう」


 ルビリアも観念したのか、このパーティーで一番の見せ場とあっては仕方ないと踏んだのか、トフィアスを前に出した。

 オクタヴィアは小さくガッツポーズをしている。

 そう、それでいい。


「トフィアス様。よろしくお願いします」


 貼り付けたままの笑顔でドルセーラは応える。

 そんなに嫌がらなくても。

 ここさえ抜ければ自由の身なのだ。もう少し辛抱して欲しい。

 そうしてダンスは始まった。

 私はここぞとばかりにフィアナ先生と培ってきた演奏の腕を披露する。


 時に優しく、時に激しく。

 この舞踏の主導権を握る様に。

 他の演奏者を巻き込む様に弾き込み。

 踊る者達の次のステップを自然に引き込み。

 聴く者達の心を惹き込む様に。


 つい指が乗って三曲も弾いてしまった。

 何だか踊っていた子女達も心なしか疲れていらっしゃる様な、やり切って満足感を得たような表情をしている。

 あとドルセーラがジト目でこちらを見ている。

 いやいや、これでもう途中抜けしていた事に対する印象は払拭されただろうし結果オーライということで、ね。

 ついでに他の演奏者達の心をがっつり掴んでしまったようだ。

 うむ、即興で合わせられる君達の腕もなかなかのものだった。

 向こうではルビリアが拗ねた顔でこちらを見ている。

 はいはい分かってるから、少し落ち着こうか。


「トフィアスさま。私とも一曲よろしいですか」


 周りが息を整えている間にトフィアスに声を掛ける。

 これで約束は果たしたぞルビリア。


「ハァ…ハァ…、うん。

ハァ…ハァ…こちらこそ…ハァ…よろしく…」


 どんだけ息上がってるんですか。

 王子もうちょっと普段から体力付けようよ。

 ルビリアが頭を抱えている。

 いやいやこれは私のせいだけではないはず。

 ほらそこ顔背けない。


 曲が始まり緩やかな出だし。

 汗だくで息も絶え絶えなトフィアスだが、さすが王子ともなれば上手いことリードしている。

 かの様に見せかけてステップを踏ませる。


 人の氣の流れを長年観察し熟知した私ならば、相手の動きを意のままに誘導することくらいは容易い。

 氣功でトフィアスの身体の淀みを所々で正すことで疲労感も軽減させるフォローもしておく。

 これで少なくとも私とのダンス中に倒れることはない。

 何とか最後まで無様な姿を晒させない様に気遣いながら踊り切らせることに成功した。


「トフィアスさま、ありがとうございます。

少し喉が乾いてしまったので一緒に何かいただきに参りませんか」

「ハァ…ハァ…はい。

あり…、がとう、ございます……」


 何に対してお礼言ってるのかな。

 そんなに切羽詰まっていたのだろうか。

 功夫が足りんな。

 ひとまず飲み物を貰ってからトフィアスをルビリアの元へと届ける。


「あーもう、うちのトフィアスじゃ役不足だったかしら。

もっと体力付けさせないとダメね」

「うっ…」


 その言葉にトドメを刺されて蹌踉めくトフィアス。

 ご愁傷さまです。


「あんなに張り切って踊っていただけるだなんて。

演奏を気に入って貰えたようで嬉しかったです」


 自分はトフィアスの反応に満足している風な言い回しでフォローはしておく。あくまで風だが。


「トフィアスもアディマートもダメだなんて、我が子ながら情けないわね。

そんなんじゃ他所の国の王子に獲られてしまうわ!」


 ルビリアの眼鏡に適うようになるには相当な修練が必要だろう。

 トフィアスよ、強く生きろ。


 とりあえずはこれで今回の会で最低限やらなければならない項目は片付いた。

 ドルセーラの方は、まだ踊っている。

 やるべき時はやるらしい。

 見渡すとヒルデも誘われて踊っている。

 一応は騎士爵の娘として仕立ての良いドレスを着せていたが、効果はあった様だ。

 この子女ひしめき合う会場内でも、見目の良さならヒルデは五指に入るだろう。

 もし彼女に気に入った者ができたなら口利きをするのも良いが。

 私は他の者に声を掛けられる前にオクタヴィアの元へ行き、他愛のない会話をすることにした。



[193]

 それに気が付いたのは私だけだった。

 あまりにも静かで、空気に溶け込むかの様に自然な魔力と氣を纏っていた。

 おそらくこの二人は氣の扱いを心得ている。

 変に思われない様にこちらも氣を整えて周りに合わせる。

 霊視しても感情の起伏が感じられない。

 恐ろしく洗練された足並み。暗殺者か何かだろうか。

 何が起こるのかは不明だが、ひとまずは様子見である。


「これはこれはライドラス様。ご挨拶遅れてしまい大変申し訳ない」


 普通に入ってきて普通に声を掛けてきた。

 どうやら貴族の様だが、その気配と隠しきれない身のこなしで只者でないことは、少なくとも私にはバレバレである。

 ふむ、普段からそういう人物として全員に周知されているのだろうか。

 あの蓋が閉じられきっていない内功では漏れ出て纏う空気からして違うだろうに。


「おや、これはゼライド殿ではありませんか。よくおいでくださいました」


 突然の来訪者にも朗らかに挨拶するライドラス。

立派に魔導大公家新当主をしておられる。頑張れ。


「仕事が思ったより長引きましてな。

何とか到着出来たのですが、今からでも息子を紹介させては戴けませんか」

「ええ、それはもちろん」


 そう言ってドルセーラを紹介する。

 私は来るのが分かった時点で距離を取っている。

 出方を窺ってからでも即座に対応出来るだけの十分な距離だ。

 しかしあの眼、おそらく魔眼だろう。

 それも両眼とはなかなか無茶をする。

 息子の方は片眼だけだが。


 審秘眼は距離がある対象には使えない。

 私なら拒絶することも可能だが、前に審秘官相手に少し警戒心を抱いていたらごっそり魔力を消費させてしまった経験がある。

 視られた際のあの触られる様な不快感には慣れないが、変に気を張るのも得策ではあるまい。

 少しの抵抗であの消費量だったのだ。

 審秘眼は思っている以上にデリケートなのだろう。

 まあ、父と面識のある有力な貴族に魔力切れで倒れられでもして面倒事になられても困る。

 ここは素直に受け入れるとしようか。


「お父さま、こちらの方は」

「ああリヴィア。良いところに来たね。

紹介しよう、こちらヴァンスターク侯爵家の」

「ゼライド・ヴィ・ヴァンスタークと申します。

以後お見知りおきを」

「シャリオン・セオ・ヴァンスタークと申します。

お会い出来て光栄です姫様」


 うやうやしく頭を垂れる二人。

 実に様になっている。普段からやり慣れているな。


「リヴィアゼア・エル・ファナリアです。

姉と私のお披露目会へようこそお越し下さいました。

ゼライドさま、シャリオンさま。心より歓迎致します」


 本来ならば国王陛下以外にここまで慇懃な態度を取るような立場ではないであろう二人。そう推察するが。

 正体はともかく、いきなり鑑定や魔眼を使うような無礼者ではないようだ。


「お噂に違わぬ美しさ。いえそれ以上ですな。

姫様の母君ティアーナ様の面影を感じます」

「ええ。リヴィアは母親似で、どうやら私にはあまり似なかったみたいですが。

見た目だけでなく、妻の聡明さも引き継いだらしくて、自慢の娘ですよ」


 改めてそう言われると、確かにライドラス成分は負けているらしい。

 父としては少し複雑な気持ちもあるだろうが、神子ティアーナ似の容姿は周りには大好評である。

 いや、ライドラスも十分イケているとは思いますがね。

 あの天使の様なジェイムートにはしっかり反映されているのだから自信を持って良い。


 おっと、この感触。

 霊体の方ではない。氣の方、だと。

 それもシャリオンの方からか。

 霊体ではないとなると鑑定や審秘眼ではない。

 さてはもう一つの未知の魔眼の効果か。


「シャリオンさま。どうかなさいましたか」

「申し訳ありません。息子が不躾な真似を。

どうやら姫様のことが気になっている様ですな」


 早いな、すぐに何をしたのか察したか。

 シャリオンの方は少し顔に出ている。

 まだ修業が足らないようだ。


「姫様。どうか一曲ご教授願えませんでしょうか」


 ご教授って。

 歳下相手にそんなダンスの誘い方ってどうなの。

 シャリオン少年は見た所3つか4つ上といった所なのだが。


「ええ、喜んで。ふふ。でも私に務まるかしら」

「ははは。息子なら問題ないでしょう」


 と言いつつお前も結局視るのか両方の魔眼で。

 いや視られて困るものも無いのだが。

 氣の方は二人が来る前に隠したし。

 おそらく私の方が感知範囲も精度も上だろうから問題はない、はずだ。

 いや、落ち着き過ぎていて疲労度は見破られていると見て良い。

 今更息を切らし始めてもおかしいだろう。

 さすがにトフィアスみたいに思われるのは遠慮したい。


◇◆◇


 踊り始めると周りが身を引いて邪魔にならないように空間を作っていく。

 どうやらかなりの注目を集めている様だ。

 聞き耳を立てながらダンスにも集中する。

 氣の鍛錬をした者と会うのはセドリック以来である。

 それほど珍しい。

 もしかしたら彼等自身も氣を氣としては捉えておらず、武術から派生したローカルな技術の一つ程度の認識なのかも知れない。


 踊りながら周囲の視線を分析すると、どうやらシャリオンの容姿は婦女子ウケが良いらしい。

 年の割に背が高く、やや浅黒い肌に鍛えられて引き締まった身体。

 黒髪と目鼻立ちの整った顔に、金色と青色のオッドアイ。

 なるほど確かによく見れば男前である。

 無駄の無い筋肉や力強い氣の流れや静かな魔力にばかり目が行っていたが、かなりの上物だったようだ。

 しかしこの素体、どこまでの事が可能なのだろうか。

 科学を知らないこの世界の人間が作り上げた優れた肉体というのもなかなかに興味深い。

 何かの参考になるかも知れないし。折角の機会なので少し調べて見るとしよう。


 一曲という限られた時間内で調べ上げるのは難易度の高い試みだが。魔力の流れは魔力操作の恒常化によるもの。

 これがセドリックやゼライドなら気付かれずに行うのは難しかっただろう。

 魔力の上限としては他の子女達より明らかに高いが未だに成長途上。

 今相手にしているシャリオンはおそらく未だ修業中の身。

 呼氣はそれなりに整えられているが外部からの誘引ですぐに乱れる。

 今の私の技術では造作もないとは言わないが、やれないこともないだろう。

 氣脈に関しては太さはまだまだで体内循環が自然に身に付いた程度。

 こうして一族相伝であろう技術が剥ぎ取られているとは遠目に観る父と談話中のゼライドは知る由もないだろう。

 何度も関節が外された跡があり細かな肌艶や産毛の様子を観るに普段から毒物も服用していると思われる。

 汗ばんで息が少し乱れてくるシャリオン。

 皮膚の下には無数の治療痕がある。


 そろそろ未熟な彼でも違和感を感じてくるかも知れない。

 成長が早められており歳不相応の体格もその影響と思われる。

 まだ少し時間はあるが探るのはここで止めておこう。

 実年齢は13歳で魔族との混血。

 年齢差も体格差もあり華奢に観える私がシャリオンにリードされて踊り終える。

 傍から見ればさぞや絵になっていた事だろう。

 踊り終えた周りの反応からも実に満足行く演し物として受け入れられている様子。


 さて、彼等の正体も大体解った所で。

 そろそろ私もフェードアウトするとしようか。

 王国の暗部の元締めとも顔合わせさせられるとは。

 全く、情報量の多い一日であった。






《余録》


主人公の容赦のない演奏に限界まで踊らされる貴族の子女達。

アディマートだけでなくトフィアスまでもが、ルビリアとリヴィアの間に挟まれて被害者となりました。


やや女性上位気味のエストバース王国。

母親があれでは、俺様系王子や我儘王子に育つ土壌ではありませんね。


替わりにセシリアがオラオラ系令嬢に、ミルミアナは子悪魔系令嬢に育っています。

その代償としてドルセーラが陰キャ体質になりつつあるようです。


トフィアスもドルセーラも、姉達が徒党を組んで学院でやりたい放題している噂を聞いていて、自分達の世代に一抹の不安を抱えているようです。

どちらも姉のことは嫌いではありませんが、『早く旦那を見つけて落ち着いて欲しい』と切実に思っています。


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