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1000通りの計画  作者: Terran
間章 海神領域 2
17/99

間章 海神迷宮



【海神迷宮】


[178]

 これから暫くの間、表向きはアルトの育成に力を注がなければならない。

 そうなれば私は自分の訓練こそ遠方で出来ても、自由な時間を持つのが少々難しくなる。

 そこで、前々から試したかった実験を進めておくことにした。


 プロシアを通じて魔術学院改革のための魔導具は造っていたが、それとは別に異境対策や魔物対策もしておきたい。

 限られた時間で成果を出すにはどれも同時進行しなければなるまい。

 約一年半前の海神領域でのリモート聖戦の経験は私にとって大きな糧となった。

 結果は大敗ではあったが、いくつかの要素や課題は今後使えそうなヒントとなった。

 それらを精査していった結果、新たな技術への発展の足掛かりを掴むことに成功したのだ。


 分霊と支配。

 当時散々使っておいて何だが、よく思い返すと何故切り離した霊体の状態であそこまで正確な意思の並列化や操作と憑依が可能だったのか、その詳細を説明出来るほど理解は及んでいなかった。

 あの頃は毎晩オリジナルブレンドのお香を焚いてウルトラハイになりながら訓練していたので出来そうな気がしたからやったのだが、研究の進んだ今の私からすればはっきり言って無茶も甚だしい。

 いくら聖戦開始までの期限に追われていたとはいえ仮説につぐ仮説で塗り固められた未完成の理論を信頼し過ぎではなかろうか。

 慎重さは何処へ置き忘れていたのだろう。

 聖戦の結果とその後の反省点を振り返り、理論を一から再検証していった結果。いくつかの発見と成功の理由も一部解明されていった。


 分霊との遠隔操作に関しては、リヴィアの血液を媒介にして魔核を錬成して行使していたのが良かったらしく、その後も実験を重ねて正式に血液を使った分霊術式は改良を経て確立された。

 よくよく考えるまでもなくあの海の主たる超巨大な海魔獣カリュブディスが相手だ。

 いくらリヴィアが特別とは言え魔術を習い始めて数年程度の子供が、半自動操作であっても明らかな格上存在を支配するなど有り得ない。

 まあ、確かに神力やアイリスという裏技こそ駆使したが、それだけで可能だと思い込むのは少々傲りが過ぎるというものではなかろうか。


 分霊だけで制御は可能か。答えは否だろう。

 おそらく私達は当時まだ解明されていなかったもっと別の要因を駆使して支配していたのだと考えられる。

 そうした推察から私はリヴィアの血液を使った実験を繰り返し行った。

 ある時は小動物に、ある時は昆虫に、ある時は魔物に、ある時はゴーストに。そしてある時は動物の死骸に。


 まあ採血にもかなり難儀した。

 まずリヴィアは凶器類から遠ざけられ触れる機会のない生活をしているのだ。

 刺繍針ですら監督下でしか使わせて貰えない様な超箱入り令嬢である。

 使用後の針の本数も毎回チェックされる徹底ぶり。

 色々と特殊な事情により、前提として刃物では出血させられないので歯で切るしか無かったり、リヴィアも自分の血の不味さにげんなりしたり。

 実験に必要とはいえあまり不快な思いはさせたくないが、よもやこんな部分で躓きそうになろうとは。


 話を戻そう。

 結果として、直接血液を与えただけでは小動物も昆虫も支配出来なかった。

 しかしゴーストや死骸は違ったのだ。

 ゴーストは錯乱状態になり狂乱して暴れまくり、次第に力を使い果たして消滅した。

 死骸は僅かだが白く濁った目を動かしたり、痙攣させることが出来た。

 なるほど、こうして観ると明らかに異常である。

 これではやりようによってはリアルゾンビ映画だって作れてしまう。

 しかも制作費がほとんど掛からないのだ。

 ゾンビ映画界の巨匠も夢ではない。


 飛沫ほどの量では反応が観られる程度しか影響力は無かったが、一滴分の血液を与えると全身を動かす事に成功した。

 とはいえフラフラで激しい動きは出来ない。

 あの時のカリュブDEATHの様な動きの再現は出来なかった。

 更に二滴三滴と与える血液を増やしても結果は同じ。

 となると新たな仮説が生まれる。

 血液媒介の影響力は生身の肉体よりも霊魂の方が向いているのではないかと。

 確かに血液量を増やすと稼働領域こそ広げられるが、血液を筋力の代わりとして動かしている訳ではなかったのだ。


 運動エネルギーに関してはおそらく血中に含まれていたエネルギーを消費している。

 これは動かなくなるまで反応を観察した死骸に、与えていた血液へ直接魔力を補充してみたら再稼働が上手く行ったため判明した。

 しかしこの反応はあくまでもエネルギー供給の問題であり、遠隔操作が可能となるメカニズムとは直接的な関係にはない模様。

 となると考え得るのは、血液で霊魂を縛って魔力を消費して運動エネルギーに変換している、という説である。

 試しに新鮮な死骸を使って再度検証してみた所、時間の経った死骸より動きも良く、意思の反映もより伝達が早く正確だった。


 そして決定的だったのが、脳の喪失である。

 血液媒介で霊魂を縛った状態で脳を切除した所、スムーズに動かすのは容易ではなくなったが、操作権そのものは継続していた。

 同じ事を魔物の死骸で行ったところ、こちらは途中まで上手く行かなかったが。

 与える箇所を肉体ではなく魔核へと変更するといとも容易く再現できた。

 その後も検証を繰り返して行く内に法則とメカニズムを理解出来てきた。



[179]

 リヴィアの血液を媒介して行う支配は物質的作用は微弱であり本質的には霊魂を縛り付けて意のままに操る力がある。

 霊魂を縛り付けるには制御中枢や核となる物があると容易であり、それを喪失すると霊魂が不安定になり拡散が始まってしまい操作がおぼつかなくなる。

 霊魂は本人のもので無くても良い。具体的には私が創った己の分霊を介する事でも可能。

 だが、対象に霊魂が残っていたり魔核が残っている状態で分霊を配しても支配権の喧嘩になり、影響力が十全には行き渡らず思うように動かせない。

 対象の脳が無事なら魔術や武技といった本人の修得した技術を扱うことも出来るが、当然ながら私自身の理解しているものでないと上手に発動出来ない。おそらく一般的な技能も同じであろう。

 逆に本人の修得していない技術を私の知識を使って無理やり再現しようとしても、身体がついてこられず大変ぎこちなくなってしまう。

 再現不可能とまでは言わないが素体の改造は必須だ。


 また、支配して扱うのは自分とかけ離れたものより近しいものが相応しい。

 要するに虫や軟体生物より爬虫類や哺乳類の方がより快適に支配し操るのに適している。

 こうなると試したくなるのは一つ。

 人の屍体の操作である。

 これらの理屈なら自身の近類種である人の死骸なら操るのに最も適していると考えるのが自然だろう。

 だから死霊魔術は強力な魔物や竜の死骸を支配するのは難易度もエネルギーも桁違いに必要で、ゾンビやスケルトンやゴーストを支配して操るのは簡単な訳だったのか。

 と前世の記憶に出てくるフィクション知識に納得した。


 私は簡単に新鮮な人の屍体が手に入らないものかと探してみたが、その辺で売っているものでもないし誰かに調達を頼む訳にも行かない。

 せっかく研究が軌道に乗ってきたというのに、実に残念である。

 仕方がないので新鮮ではないが遠方の国の墓地にある屍体で試してみることにした。

 確かに私の倫理観はやや薄いが近場では行わないだけの分別はある。

 それに分霊ならば大陸の端から端まで移動させられるだけの制御能力は身についている。

 ひと月しか訓練出来なかった海神領域の聖戦の頃より技量は遥かに上達し磨かれているのだ。

 人目や時間帯を気にしたり掘り返す器具の調達に多少手間取ったが、頑張って掘り起こした白骨同士でダンスをさせられるくらいには操作性は抜群であった。


 結果は上々。

 合流させた分霊達も使って墓場で舞踏会や運動会をさせてみた所、リヴィアも大興奮で愉しんでいたようだ。

 そう言えばお人形遊びをする相手も居なかったのだな、と少し考えさせられた。

 白骨は脳や核を持たないので細かな作業精度は落ちるが操作そのものは容易であり、複数体を並列支配しても負担が無い。

 なるほど、これが死霊魔術師(ネクロマンサー)の使う『アニメイトスケルトン』と呼ばれる技術か。


 こうした邪法術に分類される禁忌魔術の存在そのものは物語に登場する敵役によく使われるが、肝心の術式に関する内容は何処にも載っていなかったので気になっていたのだ。

 まあ私達のこれは術式ではなく憑依支配なので正確には魔術ではないのだが、傍目から観ればほぼ同じである。

 違いがあるとすれば、邪法術ではないので聖法術によって打ち消されたり祓われないという点だろう。

 しかし海神領域での聖戦で使われた、外部からの異物の干渉を洗い落とす異界の浄化儀式には分霊達は追い出されてしまっていた。

 この世界に無いあの浄化技術は実に素晴らしい。

 いずれ聖法術は勉強するので現時点では大して興味は無いが、異界の浄化技術は何とか原理を解明して会得したいものだ。


 ともあれ、明確な弱点こそあれど禁止されている邪法術には邪法術にしかない利点も多い。

 こんなに便利では死霊術が禁止されるのも頷けるというものである。

 死霊術の有用性を考えれば、公式に容認されたらそこかしこが屍体だらけとなるだろう。

 素晴らしい技術を修得したのだが、おいそれとは使えない。

 ならばここから更に発展させてこそ新技術として活用出来る道もあるはずである。



[180]

 私には魔法がある。

 ならば出来るのではないだろうか。

 屍体ではなく、限りなく人間に近い人型(ヒトガタ)を造ることも。

 となれば前世の知識を使ってでも案を探るより他あるまい。

 いや、実はもう考えてある。

 ただこれをしても良いのかという問題があるのだ。

 まさに禁断の扉を開ける行為。

 即ち人造人間の創造である。


 材料はここにある。リヴィアの細胞だ。

 これを素材にして人造人間を創造すれば、おそらく理論的には私の分霊との相性は実現し得る中では最高だろう。

 そしてそれを上回る素体は、実現性皆無のものを除けばごく限られる。

 とりあえず、細胞の培養やクローン技術に関する知識は前世で物理学や生物学や化学に精通していた私にはさほど苦労はしないだろうが、実現にはそれなりの研究施設を必要とする。

 とはいえ、さすがにリンデノート領内にSFチックな研究所を建設する訳には行かない。


 問題点は他にも有る。

 そうした諸問題の解決の目処が立つまでは、まずは他の技術の確立を優先させようと思う。

 まあ、SF領域の分野もいずれ準備が整ったら手を付けよう。


 というわけで、別の方法でアプローチをしてみるつもりだ。

 まずは保存状態の良い屍体を使う方法から手を付けたい訳だが、これは倫理的な観点としては完全にアウトの領分である。

 慎重にならなければ。

 あまりリスクは冒せないので使える手立ては限られる。

 暫くの間は実験に使えそうな素体の調査と調達方法を検討しつつ、まずは邸宅内でできそうな分野からやってみよう。


 新技術を確立する上で次に必要になるのは人型の操作に適した新型の分霊造りである。

 私自身の霊体から切り離して神力で補えば仮の霊体そのものはすぐに作れるのだが、従来の仕様では長時間の運用や、実体を持つボディを動かすための燃費問題も抱えている。

 憑依体の複雑な操作を可能とする制御系統の中枢も実装しなければならない。

 霊体では不安定な性質から現在の技術力では複雑な機能をそれ単体で持たせるのは難しい。

 ならば魂に当たる部分の質を上げるしかないだろう。

 だが自分の魂の構成リソースを消費する訳には行かないので代替品が必要となる。

 かといって生きている他者から抜き取る訳にも行かない。

 となると魂の代替品として選択可能な案としては霊体用に調整した専用魔核を自作する方法しかないのだ。

 とはいえ魔核は魔物の体内で育つもの。

 強力な魔物の魔核を育ててそれを取り出して使えばいいというほど簡単な話なら良いのだが。


 まずは実験である。

 魔物を育てれば魔核も育つのか、については今まで雑多に読んできた様々な文献の中にそれらしい著書があった。

 だがこの際回りくどいのは無しだ、はっきり言おう。

 そんな時間は待ってられない。

 例えば伝説に出てくる竜の魔核。

 竜核やら竜宝珠やら様々な呼び方をされてきたソレは、長い年月を生きた個体ほど大きくなっていく。

 百年や二百年、時には千年という長い時間の中で徐々に大きくなるというのだが、一年やそこらで最大サイズ更新とは行かない。


 他の方法としては、魔物が別の魔物の魔核を取り込むことで強制的に魔核を巨大化させるという成長方法もあるそうだが、実はこれにも落とし穴があった。

 脱皮や変体の様に、魔物そのものの中身が成長しないと取り込める魔核の限度が増えないのだ。

 いわゆる魔物の進化現象のことだが、何事も地道な努力と成長あってこそ結果も付いてくる。

 それは魔物であっても変わらないらしい。

 一足飛びに大きな変化を及ぼすのは相当な無理をしない限り実現性は薄い。

 仮にやったとしても無理が過ぎれば耐えられず、必ずどこかに歪みが出るものである。

 それでも無理して肥大化に成功しても欠陥品では使い物にならない。


 前世の記憶にある転生者の物語には、その一足飛びに大きな変化や矛盾を全て無視して手軽にパワーの増大や進化現象を起こしていたが、あれらはご都合法則に基づく空想や妄想であり、理論にすらなっていない。

 少なくとも前世と同難易度のこの世界ではそんなことは起こらないだろう。

 他の世界ならばそれでも通用していた可能性もあったのかも知れないが、少なくともこの世界ではご都合法則は見込めなさそうである。


 呆れるくらい物理法則の壁は厚い。

 熱量は常に等価であり、無から有は生まれない。

 当然ながら私はその前提で動いているし、リヴィアも私の知識とこの世界で検証した実験データからそれを学んでいる。

 例外があるとすれば、私が神力と呼んでいる謎エネルギーと神々の権能くらいだろうか。

 それだって解明されていないというだけで、識ればグウの音も出ないほどキッチリした法則とその答えが有るのかも知れない。

 まあ、答えのある物ならいずれ私達がそれを解明してみせよう。

 所詮私は前世の業から逃れられないくらいの根っからの研究者。

 世界を一つ渡った程度ではその気質は変わらないらしい。


 だが、大変有難いことに今世では生まれた時から最高の理解者と共生している。

 しかも私では遥かに及びも付かない程の知能を有しているのだ。

 これほど心強いパートナーは他には居ない。

 少々性悪志向に偏っているがそんなものは些細な問題である。

 リヴィアは私にとっては我が子も同然なのだ。

 そして未だ成長途中であり可能性は未知数。

 今の技術力を来年には超えているだろうし、再来年には更にその先まで発展しているだろう。

 これから仮説と検証を繰り返し、新技術を確立させてもすぐにまた新しい技法や発展へと繋がると考えるだけで胸が高鳴るというものだ。



[181]

 さて、今可能な手段だけを用いてこの難題をクリアするにはやはり使わなければならないだろう。

 神より与えられしギフトの力を。

 このギフトに相応しい能力として、それ以上でもそれ以下でもない当たり前の性能を行使する。

 それで足りない部分は知恵で補う。

 私は魔物や魔核が何であるのか、それを聖戦の経験を通して推測している。


[魔物とは何か]

・異境での戦いが終わった後に、その異境に居た原生生物が維持できなくなった異境から押し出され、世界へと溢れたものが変質した存在だ。


[変質とは何か]

・異境の生物とは異境で繋がった互いの世界の要素が混じり合った結果として誕生した、言わば概念的には異世界混血であり異境でこそ安定した状態の矛盾した生物。

 それが片方の世界へと押し出されて、世界に適合する際に異界の法則部分の矛盾を許容しようと強制的に進化が起こる現象のことである。


[その力は何処から来るのか]

・異境が崩壊して空気を抜かれる様に萎む際に排出された、相手世界と混じりあった「世界を象るエネルギー」が行き場を無くして雪崩れ込む。

 それには世界に完全に定着するまでの若干のタイムラグがあり、不定形の状態の世界を象るエネルギーが大地に還元される様に、押し出された原生生物にも吸収される。

 その原生生物が押し出された先の世界への適合進化の際に大量のエネルギーを必要とする過程において、まだ形の定まってない不明確なエネルギーの方向性に作用が働いて明確な指向性として使用されるのだろう。

 不安定な世界を象るエネルギーである以上、不安定な生物であってもその対象足り得るのだ。


[魔核は何故生まれるのか]

・魔物はその特殊な発生の過程でエネルギーを取り込むことで誕生したため、エネルギーを取り込む性質を持って定着している。

 これは異世界の概念を発生原因とした要素を、この世界へと還元するために矛盾を許容する修正力や蓋然力が働く現象により、まだ不確定で曖昧な段階であった。から、実際にそうである。

 として逆説的に法則が確定したからだろう。

 これによりエネルギーを取り込む性質を現実に獲得した魔物は、実際にエネルギーを取り込んでも問題ない身体へと変貌した。

 その際に必要器官として誕生したのが魔核であると推察する。

 どうしてそう言い切れるのか。

 根拠としてはやはり異境内の原生生物に魔核が無かった事実が上げられる。

 世界に押し出されて適合進化することで獲得したとすれば、そういう器官として生み出されて矛盾を許容したと考えるのが妥当である。

 不安定な物は安定した状態へと成ろうとする性質がある。これは前世の世界でも共通の法則であり、その際に辻褄を合わせるかの様に熱量の等量交換現象を逆算的に引き起こして、最も適当な状態の変化を必要量だけ発生させるのだ。

 前世の世界での法則の中でも特に分かり易い辻褄合わせと言える現象だろう。

 それが世界同士の境界崩壊の余波で起こっていたとしても、少なくとも私はそれを不自然とは思わない。


[魔核はどうやって作られるのか]

・異境のあった場所には異界の法則や概念が溜まったまま消化不良を起こすことがある。

 還元し切れなかった異界エネルギー溜まり。それが大地を変容させたもの、つまりはダンジョンが発生する。

 このダンジョンは不安定ながらもその状態で一定の法則を維持したまま現界し続ける。

 このダンジョンからは定期的に魔物が発生するだけでなく、異界の資源の採掘も出来る。

 中には時折、聖戦で戦っていた敵性体の使っていた武具や道具が見つかることもあるそうだ。

 これらは聖戦の間にいくら回収しようとしても聖戦が終わると手元から消えていることから、矛盾の許容フィルターを介さずに直接異世界へと持ち込めない様に神々が調整しているのかも知れない。

 おそらく異世界の概念はそのままで世界を跨いで持ち込めないのだ。

 魔物がそうである様に、一度世界間の中間存在へと変換されてからダンジョン化を通じてこの世界へと馴染ませて行く。

 やがてこの世界に法則パラメータが適合、安定してからそれがダンジョン内で独立した存在として発見されるのだ。

 それは魔物の誕生メカニズムと共通する部分が多く、つまりはダンジョンこそが魔物を生み出す土壌であり魔核の生産工場でもある。

 ならばダンジョンの仕組みを解明できれば自ずと魔核の作り方も解るのであろう。


[魔核を養殖するには]

・ダンジョンを攻略すれば良い。

 攻略してダンジョンを形成する中核、つまりダンジョンコアを獲得してそれを解析すれば魔物や魔核を生み出す手段として利用できる筈なのだ。


[どうすれば誰にも知られずにダンジョンを攻略できるのか]

・あるではないか、誰も近付けない未踏のダンジョンが。海神領域に。

 そこを聖戦の時の要領で攻略すれば良い。どうせ誰も来ない。

 いや、来れないのだから気兼ねする必要も無いだろう。


 方針は決まった。

 これからは海神ダンジョン(仮)を攻略しようではないか。

 仮に魔核の養殖が出来ずとも、迷宮攻略のついでに魔核は集まるのだから無駄にはなるまい。



[182]

 あれから学院改革案を画策する裏で、私は海神迷宮(仮)の探索を進めていた。

 とは言っても実はさほど苦労はしていない。

 というのも、改良した分霊による憑依と探索を繰り返すだけ。

 補充用の純粋魔力を持ち運べる様にと新元素としてエーテルを創り出して採用した所から大きな進展を見せるようになった。

 エーテルは気体のような液体のような、不定形で揮発性の高い不安定な物質とエネルギーの中間の存在である。

 前世の記憶から性質が魔力に近い物を片っ端から挙げてみて辿り着いたのがエーテルだった。


 何を原料にすれば良いのか解らなかったが、創造魔法で創り出せないか試してみたら簡単に出来上がってしまった。

 どこにでも在るという仮定で試してその日の内に実現させられたのは僥倖だろう。

 宇宙を満たしているという話は本当だったということか。

 問題はむしろ創ってからで、エーテルの揮発性が高過ぎて保存が出来なかった事が問題となった。

 様々な物質を使って実験を繰り返した結果判明したのは、どの物質を用いても基本的に一箇所に留めておけず保存には適さないということ。

 ガラスで覆っても金属でも包んでも透過して霧散してしまう。


 ならば発想の転換で直接的な物質ではないモノならどうかと試してみた所、魔法の鞄による概念的な収納は効果があった。

 魔法の鞄は引っくり返しても中に入れた物が勝手に外に出ない。

 概念的に矛盾を許容しているこの魔導具は見えない力が常に働いている。

 それが上手いこと作用してエーテルを中に入れても勝手に外に出ないのである。

 細かく説明すると長くなるので省略するが、その性質が偏在元素にも適用されるのはエーテル自体に最も小さな単位の熱量媒体としての側面がある事の証明にも繋がった。

 なのでエーテルの持つ圧縮空間内における膨張圧力係数以上の強制力を有した魔法の鞄の効果を持った風船を創り出し、簡易魔力補給基地として海上まで飛ばして配置したのだ。


 エーテルに魔力はよく溶け込んでよく馴染む。

 魔力を含んだエーテルを取り込んでしまえば、後は自然に発散したエーテルが含んでいた魔力だけがそこに残る。

 この性質は霊体に限らず魔力補給にはうってつけなのだ。

 その後は改良を重ねて十全に魔力を含んだエーテルを内包した中継基地の設営に成功。

 後はひたすら探索と補給の繰り返しである。

 こうして追加で分霊を派遣すればするほど効率が上がるので大して苦労することなく攻略が進んでいくのだ。

 もちろん手動操作なので運用には神経を使う為か、その過程で夜中に何度か鼻血を出した。

 どうやら分霊の増員と長時間に及ぶ脳の活性化は思っていたより負担が掛かっているらしい。

 海神領域の聖戦では一切の反動も無かったので油断していたが、これが本来の負荷なのだとしたら当時との違いはアレしかない。


 もちろん安全面は考慮している。

 この鼻血もただ単に脳への酸素や糖の供給を高めるために増血剤を服用したのが原因だろう。

 子供の鼻の粘膜と毛細血管は薄くて弱い。

 その後は分量を調整して突然鼻血の出る様な事の無いように配分した。

 探索で大量に獲得出来る魔核は回収用の憑依魔獣に運ばせて海上基地に貯め込んでいる。

 一応はどうやって取りに行くかは既に算段を付けているものの、積み上がった袋の量が量だけに前世で言うところの領海のために嵩増しされた半人工島の様相となってしまった。


◇◆◇


 かれこれもう一ヶ月以上も探索しているが、一向にダンジョンの最深部が見えてこない。

 どこまでもどこまでも続いている。

 どうやらこの領域一帯が長期間放置され過ぎて深度が大変な事になっていると思われる。

 私の知る限りでは地神領域の千年迷宮の一つである大空洞ダンジョンが現在確認されている中では最も深いダンジョンで、最深部は地下1400mだと言われている。

 対して海神ダンジョンは海底から始まるので地下という表現は正しくないかも知れないが、ここは海底からの深さとして既に深度1100m地点までは探索が進んでいる。


 深度約220mと800m付近に魔物の発生しない地点を見つけたため、そこに第2第3中継地点と定めて新たに基地を設営した。

 持ち込んだエーテルタンクに余裕はあるが、何が起こっても対処出来る様にと一週間分の予備魔力を常備している。

 発見当初に思っていたよりずっと深そうなので探索の方は一旦スピードダウンさせて、当面の移動と補給問題解決のために新たな術式開発を急ぐことにした。


 理論自体は既に完成しているが、果たしてダンジョンでも可能なのかはまだ解らない。

 それにこれはリヴィア自身でしか行使出来ないのだ。安全確認はしつこいくらい徹底して行わなければならない。

 だがやらないという選択肢を取れるほどの余裕が無いのも事実。

 私は最後にもう一押しするために神眼(アイリス)を開いた。

 全てを見通す全能の眼ならば万が一にも狂いは起こらない。

 エーテルを創造魔法で精製して自身に纏わせる。

 度重なる研究と検証により地上での実験では100%成功している。

 矛盾術式の構築と神力の行使。

 完全予測による必要パラメータの再演算。…魔核から世界を象るエネルギーを抽出してブースト、予想される蓋然性を必然値にまで高める。


 何度も繰り返し確認した。

 理論上は確実に成功する。後は実行だけである。

 相対位相座標との誤差修正。さあ行こうか。


「『空間転移』」



[183]

 術式が成功しているならば、ここは私手ずから施術した巨大蛇型魔獣の体内である。

 人工培養した細胞を移植した擬似的な同じ情報を持った巨大な臓器、相対座標間同士に紐付けした術式を刻んだ転移器官である。

 まあ、術式自体は何てことのない内容だ。

 世界原則に抵触しない境界概念に基づいて理法を魔術的理論にまで落とし込んだ公式に過ぎない。

 つまりは答えから逆算して構築した術式。


 そもそもこの世界で定期的に開く異境の門こそが転移の上位法則で運用されていると思われる。

 世界の境界すら超えない物質的な転移ならば前世でも理論的には実証済みなのだ。

 懸念点があるとすれば、相対座標を特定する方法と、誤差を極力減らして安定化させる指数の割り出し、この世界ならではの法則の揺らぎによるランダムパラメータの予測演算の確実性を保証する理論構築とその確認だけだった。

 本来ならば宙空の魔力による干渉があるため複雑な術式による転移では近場同士での入れ替えがせいぜいである。

 魔力通信も情報量を絞って圧縮することでようやく無線通信がやっとという程には宙空に遍在する魔力の影響は大きい。

 今回の私の場合は遠距離であっても分霊と常にパスが繋がっている。

 そこへエーテルを駆使した両座標パラメータの保存と一時的な固定化をすることで相対座標間に起こる揺らぎを抑え、距離の制約を打ち破ったのだ。

 こういう時に魔力は実に便利だ。電力で行おうとすれば大きなダムくらいでは賄えない。


 エーテルは物質で遮れない性質がある。

 つまり外的要因による変数の影響をほとんど受けないのだ。

 この性質を用いればランダムパラメータの大部分の予測が容易になり、存在確率のほぼ完全な掌握と保証値を大幅に上昇させられる。

 まあ、簡単に言えば不確実性を全部排除することで結果的に確定した成功だけを引けるのだ。


 当たりくじが必ず入っているくじ引きで、予め当たりくじの手触りや質感といった事前情報を全て知り尽くして、ほぼ確実に当たりくじを選別できる訓練をしておく。

 しかし念には念を入れて更に事故の可能性を減らす為にハズレくじ自体をほとんど取り除いてからくじ引きをした、という事だ。

 99.99%成功すると解っていても、万が一のリスクを考慮すれば100%まで確率を引き上げる努力は当然である。

 私は確実に勝てるギャンブル以外はしない。


 更に私はそれだけでは不安だったので、別口で元の場所へと在るべき存在を引っ張る保険用の転移魔法理論も用意していた。

 こちらも異境の発生と崩壊現象の理論としては同じ、矛盾の発生と許容の法則を理法を用いて強制排出させるのだ。

 海神領域での一件以来。異境の性質への理解を深める毎に、これらが不可能ではない事の確信へと変わっていった。

 この世界は聖戦を繰り返す事で綻んでいる。

 勝敗に因らず聖戦の度に矛盾を抱えて行き。その果てにダンジョンという空間の捻じれが起こり、ここも一種の異境と化したのだ。

 それ故に多少の矛盾なら許容できる土壌へと改変されており、そこに目を付けた私は異境の法則を逆利用出来る可能性に思い至ったわけだ。


 私は今回、科学と魔術と理法と魔法を用いてこの転移に挑んでいた。

 そして用意していた全ての要素で正解を導き出せた。実験は成功である。

 とはいえ、此等はあくまでも真っ当な方法での実験結果。

 異法を利用した魔法にアイリスを直接的に使えば検証すら不要だったろう。

 だが転移の度にアイリスを発動させる方法を採用するつもりはなかったので、最終点検に限定してアイリスを行使するに留めたのだ。

 しかし、下準備に時間の掛かり過ぎる魔術はそのままでは実用的ではない。

 メインに据えていたエーテルを使った理法こそ諸条件が最も緩く普段使いに適していると言えるだろう。

 こうして検証を重ねるのも他の者でも再現可能な方法を試したいと考えたからだ。

 仮に私以外に転移を成功させた者が現れた際に、それがどの理論で実現したものなのか、目視でも痕跡からでも即座に判別可能にするという保険的な意味もある。


 ともあれ、これでダンジョン探索も収集品の回収も問題無くなった。後は攻略するのみである。

 理法は実に私好みだが、改めて考えるとやはりこの方法を扱える者は居ないのかも知れない。

 元々ギフトなど無くとも知識と知恵だけで術式鑑定すら不要なほど正確な判別が可能だったリヴィアが更にギフト効果を上乗せして使用する術式鑑定は、もはや内部パラメータ解析と言える領域にまで踏み込んでいる。

 これを完全予測能力と思考加速、持ち前の空間認識能力に空間把握のギフトを乗せて解析パラメータを多元的に処理。

 術式による作用を正確な量として捉えて、後は適当に少しいじって確認してみれば任意の組み替えも自在となる。

 まとめると作用によって起こる現象を理解して必然性を操作する。それが理法だ。


 まあ魔術的な理論と根源的な理念はそう違わない。

 理法はあくまでもルール内の性質を利用した正規の方法であって異法とは違う。

 この転移の安定した発動にはどうしても一時的なパラメータの固定化に高濃度のエーテルが必要不可欠ではあるが、残りは思考力と純粋魔力のみで行使が可能であるため大変燃費が良い。

 それにリヴィアならば複雑なプロセスをほぼノンタイムで処理出来るので発動に時間を取られない。

 他の者であっても例のベルンの瞳を使いながら一度でも成功させられれば次回からはエーテルと少量の魔力のみで、登録した座標への転移が可能となるのだから実に楽な話である。

 何なら私の分霊を憑依させて無理矢理にでも一度成功させれば、後は魔核を加工したエーテル結晶でも消費させれば即座に実現可能だ。

 転移先を自力で処理出来ないのなら、いくつかの転移先を全てベルンの瞳に術式ごと書き込めば良い。

 後は行きたい場所のコマンドキーと魔力を流せば完了する。


 ふむ、これならアセラの譜面とベルンの瞳の中継サーバーとしてポータルポイントを各大陸に設置してエーテルを供給出来る機関を併設すれば、理論上は誰でも大陸間転移が可能になるのではなかろうか。

 そうなってしまえば転移の日常化も一気に進むだろう。便利なものの浸透は驚くほど早い。

 まあ、それを実現させるには手順としてまずは魔術学院の改革を成功させるのが第一歩か。

 その前に、まずは海神ダンジョンを踏破してしまおう。

 ここは立地としても大変都合が良く、私が直接出向いても他の誰かに出くわす可能性が無い。

 心置きなく好きな時間に転移できる環境にするにも実体の身代わり、つまりは分体の研究も進めておかなければならない。

 魔核を育てるのも試してみたかったが、ダンジョンへ自由に出入りできるなら大変捗りそうである。

 後日改めて本格的に実験してみようではないか。



[184]

 この世界に経験階級、所謂位階とかレベルと呼ばれる概念があるのかは不明だが、

 あるのだとしたら着脱可能なものなのだろうか。

 興味があるので実験してみたい。

 仮にあるとすれば魔物にとっての階級は魔核の大きさと連動していると考えるのが妥当だろうか。

 考え方は様々だが、完全一致でなくとも近いものであると捉えるのが妥当である。


 転移が可能になってから探索の効率は格段に改善した。

 倉庫にも収まりきらない大量の魔核、この世界では魔核をそのままでは使わず、研磨精製を経て魔石と呼ばれる物へと加工して取引するのが一般的らしいが。

 私の立場では冒険者にもなれないため気軽に売却処分は出来ない。

 貯まる一方だが、金銭も必要無いので現物のまま海神領域内の孤島にでも保管しておく事にした。

 魔法の鞄の理論で造ったシェルターにでも入れておけば保存は大丈夫だろう。


 魔核は魔物にとっても栄養価の高いエネルギー資源である。

 ひとまず魔物に襲われても平気なくらいシェルターは特別頑丈にしておいた。

 継ぎ目も入口も無いので私以外に中身は取り出せないはずだ。

 魔石の使い道と言えば、魔導具の作成にはよく魔鉱石が使われるが、理想で言えば相性の良い属性魔石を利用するのが一番だ。

 そのため市場の魔石は重量単価としては非常に高価である。

 最も象徴的な魔石を用いられた魔導具は魔術師の使う魔術の発動体や触媒であろう。

 これらも使用者と相性の良い属性の魔石を用いる事で、魔鉱石より燃費改善、変換速度向上、威力上昇して術式を効率よく発動しやすくなる。


 但し、魔核は動植物ではなく魔物の体内からしか得られないため、どうしても需要に対して供給が追いつかない。

 効率は大幅に下がるが採掘できる魔鉱石に頼るのが価格も抑えられ量産可能なのだ。

 とはいえ魔鉱石は内包魔力を使い切れば終わりの使い捨ての消耗品だが、魔石は魔力を呑ませることで力に変換する触媒でもあるため耐用期間に雲泥の差がある。

 従って魔力を惜しみなく使える魔術師にとっては魔石は例え高価であっても、長い目で効能の差まで考慮した場合、決して高い買い物とは言えないのである。


 魔石の元となる魔核は強力な魔物ほど大きくなる。

 魔鉱石は掘り出された大きさと純度によって価格はまちまち。

 とはいえ命懸けのリスクまで考えると安定供給の魔鉱石が主流になるのは当然。

 一般的には魔鉱石が使われ、魔石は魔術師や貴族が使う物というのがこの世界の常識だ。

 常識的な観点からすれば本来ならば、ここまで深度のある手付かずのダンジョンに現れる強力な魔物から魔核が大量に穫れる筈がない。

 よって私の回収してきた山のように積み上がった魔核は、仮に市場価格で売り捌けば一財産どころか国の年間予算に匹敵する資産になるかも知れない。


 逆に見れば、国家予算程用意しないことには獲得出来ない量の実験素材を無料で、誰にも知られることなく確保出来たのだ。実に素晴らしい。

 売る気などさらさらない。

 そもそも私は金銭を持つ必要がないのだから。

 普段から市場に出回っている欲しい物なら何でも手に入れて貰える。

 私にとって価値があるのは金銭では買えない、または出回らない物だけなのだ。


◇◆◇


 今現在、おおよその探索深度は1700mまで進んでいる。

ようやく新たな安全エリアを確保したのだが、この時点で地上で確認された最高深度のダンジョンを超えてしまっている。

 いやはや、転移が使えないままでは攻略に年単位を要していただろう。

 単純に縦穴を降りるのではなく幾重にも重なった迷宮を探索しながら下へ降りられる場所を見つけなければならないのだ。

 地上の横幅の広いダンジョンでは魔物と戦闘を繰り返しながらでは、一階降りるのに数週間かかることもあるらしい。


 私の探索速度はおそらく常識外の速度だと思われる。

 本体はリンデノートの邸内に留めたまま、分霊のみを派遣して休み無く遠隔で攻略させているのだ。

 食事も睡眠も不要。

 戦闘にしても、現れた魔物を分霊で憑依支配して掃除して進むだけなのだから、ほとんど足を止めない。

 肉体的な労働部分としては定期的に転移で安全エリアへの補給を行うだけの簡単な仕事である。

 対して頭脳労働に関しては完全にブラックだが。


 稀に現れる霊体系の魔物から得られる非実体の魔核は、霊体を直接掴み保存する方法を持たない者では決して獲得出来ない。

 そもそも知らなければ目視すら出来ないだろう。

 せいぜいが魔力視で撃破時にエネルギーが霧散する様を観察するだけ。

 それが魔核であるという仮説が出ても獲得方法や保存方法が無ければ、仮説を証明出来ずに終わってしまう。

 魔術界隈の歴史の中では何とか実証しようとした魔術師も居たかも知れないが、一般に出回る学術書をあらかた読んでも関連した資料が見つからないので成功例はほぼ無いと見るべきだろう。


 そんな非実体魔核は、私の分霊にとっては新たな核となる重要なパーツである。

 獲得次第持ち帰り、新たな複合核として錬成して更に強力な分霊を戦線に加える。

 こうして新たに増えた強力な核を備えた分霊は、それだけ強力な魔物へと憑依して支配するだけの力がある。

 進めば進むほど対応した力が手に入るのなら実にシンプルでやりやすい。

 こう思う通りに事が運んでいると、ここが人跡未踏の難関ダンジョンだという認識が薄れてしまいそうである。

 何だかダンジョンが魔核を栽培する畑に見えてきそうだ。



[185]

 表層や上層は通常の海とベースが変わらない魚介類の魔物ばかりだったが、中層を越えた辺りから深海魚に近い形状の魔物が増えた。

 魔術協会から取り寄せた論文を読み漁っていた私にはダンジョンのおおよその階層の割り出しを横幅の広さの推移から計算して導き出せる。

 まあ千差万別のダンジョンに絶対は無いので正確ではないが、おそらく今は下層。

 安全エリアと呼ばれる箇所が稀にあるが、中でも別階層に区切られている場所は広めの安全エリアになると考えられている。


 何故ダンジョンに安全エリアがあるのか。

 これについてももちろん考察した。

 この世界でのダンジョンの組成は、ダンジョンそのものの発生原因の異質さが反映されており、崩壊した異境から排出された両世界の概念や性質が土地に染み込んで拡がるはずが、滞って溜まってしまい行き場を無くしたエネルギーとなり局地的に土地を変質させて半異境化したものである。

 見方によっては土地が魔物化したとも言えるだろう。

 ではダンジョンは単体の魔物なのか。おそらくそうではない。


 ダンジョンとして一箇所に固まっているため一見すると一つのダンジョンとして捉えられがちだが、これらは複数の土地の層毎に半異境化、即ち魔物化している。

 つまり表層と上層とでは別の魔物なのだ。

 だからその境目は魔物の表皮同士が接している様なもので、厳密にはダンジョンに目と鼻の先ほど近いだけの虚となった空間であると考えられる。

 そう考えると層毎の最も底辺に強力な魔物が出現するのも頷ける。

 そこが表層ダンジョンという半異境の終点なのだ。

また、同じ場所に出現したダンジョン同士は共生関係にあるものと推察される。


 基本的にダンジョンはコアを失えば崩壊する。

 これは魔物と魔核の関係と同じであり、異境が聖戦終了後に崩壊する理論とも矛盾しない。

 これらが全て大元では同類であるという仮説の証明でもある。

 しかし表層が踏破されてもコアは無い、上層にもコアは無い。それは何故か。

 複数の層を持たないダンジョンとは、エネルギーがそこで留まりコアを形成したもの。

 では複数の層を持つダンジョンとはどういうものか。それはエネルギーが留まることなく更に下へと進み、別の新たなるダンジョンを形成したものである。


 推測だが、聖戦の勝利側には異境から滞りにくい世界に浸透しやすい良性のリソースが大量に送られて、敗北側には滞りやすい世界に浸透しにくい悪性のリソースが吐き出されるシステムなのだろう。

 謂わば不要リソースのゴミ捨て場である。

 それ故に敗北側には危険なダンジョンが形成されやすく、それに応じた危険な魔物が多く生まれてしまう。

 つまり土地を豊かにするリソースではなく、澱ませて滞りやすい異境溜まりを形成しやすく、それ故に幾層にも連なる深くて危険なダンジョンが生まれるということ。

 そして表層、上層、中層、下層、深層と連なったこの海神ダンジョンは最も深い深層にコアが形成されているのであろう。

 そして共生関係にあるダンジョン同士はより深い層からエネルギーを供給されている。

 深層のエネルギーの一部を下層が吸って維持、下層のエネルギーの一部を中層が吸って維持、中層のエネルギーの一部を上層が吸って維持、上層のエネルギーの一部を表層が吸って維持。

 というサイクルとなり、コアを持たずとも各層の維持が可能となっているのである。


 そしてそれは、深層の内包エネルギーがとてつもなく大きい事を意味している。

 ダンジョンは深く潜れば潜るほど難易度が高くなる理由がそれなのだ。

 ざっと計算したところ、このダンジョンの全長はおよそ深度3000m超なのだろう。

 海底からでこの深さでは、地上戦力での派兵並びに踏破は不可能と言っても良い。

 海神領域そのものに人が住めない現状では、ここを攻略するどころか訪れることすら出来まい。

 ましてや1400m程度のダンジョンで苦戦する様な者達では仮に海底というハンデを無しにしても攻略は無理だろう。

 海神領域が無事であればそもそも形成されることの無かったダンジョンではあるが、海神領域の戦力が健在であっても攻略出来るとは考えにくい。

 大陸で攻略された最高深度の倍以上。

 いやはや、俄然ここのコアがどれ程の力を秘めているのか興味が唆られるではないか。


 創造する人造人間の素体の目安は付いているのだ。コアを獲得し次第、創造に取り掛かりたい。

 コンセプトは存在しない駒だ。

 便利に使うのであれば出来れば二体で一対が望ましいか。

 名前も決めておくべきだろう。

 存在しないモノなら『ゾレン』辺りか、悪くない。





《余録》


作中で語られる1400mのダンジョンは公式に深度を計測されたダンジョンの記録です。

実際に攻略された中にはもっと深いダンジョンもあります。


興味を持つ人は居ても、わざわざ深度を計測しに潜るなんて面倒で命知らずなことをしたがるのは、魔術協会の研究者や主人公くらいなもので、記録があるのは低深度ダンジョンばかりです。

現代の地球のような機器があるわけでもない上に、魔物の彷徨くダンジョンの調査をするのは至難の業でしょう。


1000mを超えるダンジョンともなると、期間もかかる人件費も膨大で現実的ではありません。

記録にある1400mのダンジョンは『資源ダンジョン』として活用されていたので正確に計測できた、とのことです。



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