七光の魔女 5
[172]
広場に集められた候補生一同は成績と今後の課題や注意点について説明を受けている。
偽ランディもといアルトには解散したらここへ戻って来るように言い含めてある。
アルトはこのディルムン領と交易のある別の港町で孤児として暮らしていた。
早くに両親を魔物の被害で失っており、育ての親だった冒険者の養父は地神領域の戦いで命を落としたという。
孤児となったアルトはしかし孤児院に入ることを選ばなかった。
元々仕事で各地を転々としていた養父からは生きるための知恵と技能を仕込まれ、アルト本人も強力なギフト持ちだったことが幸いしてか災いしてか、他人に頼らずに一人で生きていく事を可能にしてしまったのだ。
港町で単純労働の仕事を受けたり、時には旅行客相手の案内から嫌な客にはスリや置き引き、余所者の馬車の荷台からの盗み等で生計を立てていた。
地元民に手を出していない辺り、暗黙のルールを心得ている。
アルトの隠していたギフトは【隠蔽】だけではなかった。
【遠見/(精霊親和)/剣術/免疫力/(消音/隠蔽/危険感知/変装/人物鑑定)】など、当時の時点で希少級を含めた圧倒的な数のギフトである。
獣人族のアルトは強力なギフトの数々の上に人間族を上回る身体能力を持っており、隠形に特化した能力も併せて衛士だけでなくゴロツキからも捕まることなく逃げおおせられていた。
さぞや盗みも繁盛していたのだろう。
いつしかアルトは港町の裏街道における半グレや不法孤児達のリーダー格になっていった。
縄張りは侵さず余計な事をせず捕まりもしない。
そのまま順調に大人になれば、ほぼ間違いなく裏街道の顔役になれるだけの才能が備わっていたと思われる。
しかし転機が訪れた。
ある日、候補生として選ばれた本物のランディ少年はディルムン領へ来る前に立ち寄ったアルトの住む町で問題を起こした。
それを偶然目撃していたアルトは、揉め事に気を向けていたランディ少年の隙をみて気取られることなく荷物を盗んだのだ。
見習いとは言え弟子入りしている魔術士の荷物を盗むのは容易なことではない。
師の手によって盗難防止のトラップが仕掛けられているのは当然で、そのリスクから下手な者なら狙わない。
だがアルトには魔術師としての生まれついての素養があった。
魔力だけでなく精霊を感じ取れたのだ。
おそらくアルトには精霊使いの血が流れているのだろう。
精霊親和のギフトは森人族や精霊族の血統によく現れる特徴だ。
精霊の力を借りて解錠に成功したアルトは荷物の中から今回の試験の事を知り、これに合格出来れば魔術師になれると思ったらしい。
実際には模擬試験なのだが、模擬試験自体が初めての試みなのだ。
周知されておらず、ましてや孤児のアルトにはそんなことなど知る由もない。
しかし、偶然を味方につけたアルトではあったが一つ大きな問題があった。
本物のランディは精霊術が使えない。
招待状に同封されていたチケットで乗り込んだ船内でそのことを察したアルトは、慌ててランディの荷物にあった魔術書を読んで付け焼き刃で魔術の勉強を開始したという。
つまり魔術試験で見せた2つだけの残念な初級魔術は、試験会場に到着するまでの一週間あまりの時間だけで身に着けたというのだ。
それで曲がりなりにも形になるだけの術式を行使していたのだから、残念どころかとんでもない才能である。
魔術の基礎は精霊術師でも同じである。
知覚や感知に自信があったのも我流とはいえ精霊術師としての下地があったからだろう。
動きが妙に様になっていたのも精霊術の応用なら説明もつく。
アルトから事情を聞き出した私はプロシアと相談して身柄を預かることにした。
変装の効果を解いたアルトは豹人族の特徴を持った黒髪に群青の瞳の中性的な姿をしていた。
本当の年齢は10歳。リヴィアと同い年。
通りで成人の儀まで待てない訳だ。
私は一目視た時からこの少女をもう一人の従者にするつもりだった。
何しろ潜在的な霊魂の輝きの強さがジェラルドやルビリア並なのだ。
紛れもなく英雄の器というやつである。
私が望むならばとプロシアは許可を出した。
イレギュラーではあるが、私もアルトも望む結果を得られたのだ。
紆余曲折はあったものの本人の希望通りギルバートの三人目の弟子となれたのである。
残念ながら授業はポンコツだが、そこは私が何とかしよう。
実に良い収穫だった。
この類稀な素体を育てるのはなかなか楽しそうである。
[173]
模擬試験の結果から得た反省点や改善点。
早速プロシアは内容を詰めて魔術学院の理事会にかけるつもりの様だ。
礼儀作法や芸術の実技試験は従士科と貴族科は従来通りに。
その他の科の希望者は一般受験組は従来通りだが、推薦組に限り定期講習を受講して評価を付けて合格基準を満たした者は当日試験は一部免除とする予定だ。
この受講者免除を受けて居ない場合は他の者と同様に試験を受ける。
撤廃や基準を下げることは歴史ある魔術学院の伝統を軽んじているとして受け容れられない可能性は高いが、一部免除程度ならば通すのもそう難しいものではないだろう。
神子の穴埋めとして聖戦の戦力を大幅増員したい現状としては、市井からの推薦組の発掘と入学支援は急務。
礼儀作法がなってないからと言う理由でそれを切り捨てるのであればもはや悪習である。
しかし貴族の学院という側面から多大な寄付金を集める魔術学院としては、品格を低下させる原因となり得る提案は当然受け容れに難色を示す。
だが平民や農民出の者にいきなり貴族と同程度の教養と作法を身に着けろ、出来ないのは努力不足だ、学院に相応しくない。というのは酷である。
そこで落とし所として定期講習会の受講と軽いテストで、ある程度の評価が得られたら当日試験を一部免除とする措置である。
年3回程の講習会を予定しており、そのいずれかで基準を満たせば免除対象となる。
ちなみに複数回受講も可能である。
さすがに人も雇うため無償とは行かないが、あまり負担にならない額にする予定だ。平民から貴族家の嫁に入った卒業生の御婦人に声を掛ければ、後進のためにと請け負って貰えそうである。
また筆記試験の過剰点方式は、より特異な才能を引き出せる手法として採用する方針らしい。
実技に関しては、私からプロシアへある物の採用を検討して貰うつもりだ。
とても複雑な表情をされたが、これを利用する価値も意味も理解してくれることだろう。
今回参加した候補生達にはそれぞれに特典を与えられることとなる。
本物のランディは厳重注意処分となったが。
アルトはリンデノートにある大公邸が身柄を預かり、使用人としての教育と正式にギルバートへの弟子入り。
リヴィア専属になるための修業が課せられる。
リックスはルドルフに気に入られてケミスベルト子爵領へ招待され、魔術以外の科目の面倒を見ることになったという。
貴族からのお墨付きでの英才教育である。
クライドはハバートートにある大図書館の利用者登録をして貰えた。
これで少額の入館料さえ払えば好きな時に大図書館を利用できる。これを貰えたクライドは感激のあまりその場で膝を折って神に感謝を捧げた。
ヴァーノンはセドリックから知り合いの武術家を紹介されて弟子入りするという。
短気で喧嘩っ早いが実力も技術も全て高水準で確かな彼ならば、精神面さえ育てば本試験も余裕で通過するだろう。
素の力がナチュラルに強いリックスとは違った形で成長して貰いたい。
ソラは年齢の割にかなり落ち着きがあり、どの科目もそれなりにこなせる器用さを見込まれて、まだ専属の居ないジェイムート付きにならないかと勧誘した。
ソラは二つ返事で承諾。
まあ平民が大貴族の子女の使用人になれるチャンスを得られたら飛びつくものだ。
実際に専属になれるかどうかはソラの頑張り次第である。
ピリッコはアルバートから熱心に勧誘されて師と共にディルムン領へ移転して住み込みで働くことになったようだ。
大商会への正式な就職となれば将来安泰である。
本人的には魔術師への道は諦めるつもりはない様だが、入学前から卒業後の内定があるとは世間から見れば羨ましい限りだろう。
土木に強い師匠も商会の契約魔術師にどうかと交渉中らしい。
ハンナは貧弱過ぎる体力と人付合いに難はあるが、他の分野は既に学院一回生と大差ない。
魔術師としての実力もさることながら珍しい闇魔術の使い手である。
特に問題なく合格させて貰えるだろう。
ある意味一番テコ入れの必要性が少ないため、闇魔術と組み合わせるのに適した武術指南書と魔術書が与えられた。
高価な指南書や魔術書は平民にはなかなか手が出せないため非常に喜んでいた。
周囲がドン引きするくらい凄惨な笑顔だったという。
そんなこんなで、七人はそれぞれの道で学院入学を目指していくこととなる。
これらの特別待遇は口止め料込みのようなものだ。
元々全員見込みのある優秀な者達であることは当人達には黙っていたが、あれが一般的な受験者の実力だと勘違いしてもらっていた方がより向上心を煽られることだろう。
[174]
アルトは私の専属となるべく、あれこれと忙しい毎日を送っている。
ヒルデには遠くの町までお使いを、アルトには近くの町までお使いをさせている。
もちろん食育やその他ヒルデにしていたものと同じ基礎訓練も詰め込んで。
始めた時期がヒルデよりだいぶ遅いのだ。毎日ヘトヘトになるまで頑張って貰っている。
もちろん身体を壊すことはさせず修練効率は考えた上である。
ヒルデでたっぷりと実証データは揃っているのだ。
多少早足ではあるがどこまでなら問題無い範囲かは熟知している。
ただしギルバートの魔術授業に関しては、少し事情が違っていた。
「うんじゃあね、今回はこの術式を試します」
毎度の事ながら唐突である。
「私この間の術式まだ自信ないんですけどぉ」
「分かった、やる」
さすがにヒルデも何年も積み上げてきた実績からか、最近では初めての術式でも全く発動しないということは無くなった。
「難しい」
「ふっふっふー。お嬢様見て下さい。今回は初回から煙が出ましたよぉ」
もちろん煙を出す術式ではない。
「うーん、練り込みが甘いかなあ。もっとこう完成形をイメージしてやってみて」
「ギルバート先生、私これの完成形知りませんよぉ」
「あっそうだった。ちょっとやって見せるから」
「ん、ギルバート先生。光が出た」
ギルバートが実演する前にアルトがコツを掴み始めた。
「ええええぇぇ、何で出せちゃうんですかぁぁ」
「ああそれ、もうちょい芯を通すような感じで。あとはイメージですね。イメージ」
いつもの通り適当言ってる様にしか聞こえないポンコツ授業である。
「ギルバート。ちゃんと一から説明して」
「ん、難しい」
「ギルバート先生実演ですよ、完成形見せてくださいよぉ」
そんな感じで魔術の授業は進んでいる。
ヒルデと比べて明らかにアルトの呑み込みは早い。
敢えてアルトには精霊術の修練は積ませずに、魔術の訓練を重視させている。
というのも、精霊術は術式が少し甘くても精霊との魔力のやり取りが上手く行けばある程度の効果が出せる為、才能で乗り切れてしまうと詳細な理解度を深める訓練には不向きなのだ。
そうした理由から魔術の勉強で術式の正確さや理解度を深めてから精霊術を訓練する方が、後々のことを考えればより効率良く伸ばしていけると予測したのである。
何事も基礎を疎かにしてはならない。
魔術訓練はギルバートのペースに任せてはいるが、基礎魔力訓練は私が見ている。
アルトは日々文句を言うことなく言われた事を何とかして達成しようとしている。
港町に置いてきた同胞に関しては、あまり心配していないとのこと。
出発前に意地を張らずに孤児院暮らしも考えるように言ったらしい。
「そもそもボクに食べさせてもらってる時点であいつらは負け組。孤児院に入ったら負けとか変なプライドは自分で食い扶持確保できてから言えばいい」
実にクールである。
その孤児達からリーダー扱いされるのも納得がいく。
アルトを側に置く上でこの間の模擬試験のことについてヒルデに説明した時。
「魔術学院の模擬試験だなんて、私も受けたかったですよぉ」
と言っていたが。
「今の13歳くらいの推薦組を集めて模擬試験ってことは。
あ、お嬢様は最低基準の12歳で受験なさるってことですね。さすがお嬢様ですぅ」
合っているがその話はした覚えはない。
というより箝口令を敷いているはずだ。
「あれ、また私勘違いしてしまいましたか。
ごめんなさい。てっきりお嬢様が12歳の時に15歳になる同級生の実力を見るためだと思って」
ヒルデは時々鋭い。
これが直感のギフトの効果なのか単に勘が良いだけなのかは分からないが。
もちろん詳細は異なるが、完全に違うとも言い切れない。正答に掠っている。
新しく専属使用人にする者選びであるため、私の受験時に15歳になる者であることが望ましかっただけなのだが。
それはつまり選ばれなかった候補生も同期になる可能性が高いのだ。
推理としてはあながち的外れではない。
ヒルデ、侮りがたし。
そんなヒルデは新たなライバル登場で、元から元気だが最近は3割増しに張り切っている。
アルトは最初ヒルデを苦労を知らない騎士爵の娘と思っていた様だが武術訓練であっさり負かされ、家事もハードなお使いもケロッとして達成する姿に一日で考えを改めたようだ。
私に対しては最初の印象のせいか、完全に自分のボスとして認めている。
外から見る分には違和感はないが、内側で生活すると解る要塞化した大公邸の異様な雰囲気や、働く使用人が全員強者であることを肌でピリピリ感じているらしくかなり緊張していたが。
次第に慣れ始めると随分と大人しく従順になっていった。
おそらく地頭が良いのだろう。
教えた事は何でも努力すれば出来るようになる。
元々ストリートチルドレンをしていて危ない目にも合わずに生きてこれたのは、何もギフトが優秀だからというだけではないのだろう。
ランディの件でもそうだ。
普通の孤児ならまず魔術学院への入学の可能性という発想になる者は少ない。
なまじ魔力が使えるギフトがあっても、奪った荷物から魔術書を見つけたとしても、余程の無計画な者でもなければ潜入などというリスクあることはしない。
書を参考に勉強しようとする者なら居るだろうが、大抵は売ることを考える。
それでも敢えていずれバレる成りすましを手段として正門から門を叩き、己の持ちうる才能を取引材料として弟子入りを懇願する。
無学でありながらそこまでの計算が出来るだけの知性があるのだ。
勝負をかけるタイミングだけではない。
勝算まで計算できる知能と身を投じる度胸がある。
確かに窃盗は犯罪だが、誰にも傷を負わせず誰にも捕まることなく目的を達成するのは運だけでどうにかなるものではない。
不可能に近い芸当だろう。
本物のランディも到着前に問題を起こしていたのだから、明るみになれば模擬試験は受けられなかったに違いない。
この世界では旅先で身分証となる物も含めて盗難されれば照会には時間が掛かる。
そのタイムラグの間隙を縫って、身元不詳の少年が拘留されている間に成り済ましたことで、不祥事が明るみになる前に事を済ませられたのだ。
狙っていなかったとしても、荷物一式全て盗難したことが成功へと導いたと言える。
下手に欲目を出さずに、敢えて得意な精霊術を使わずに付け焼き刃の魔術で挑んだ決断力も素晴らしい。
確かに成績は振るわなかったが、あの場面で精霊術を使っていればすぐにバレていただろう。
そして極めつけは武術の試験だ。
あの時、アルトは全力を出したのだ。
唯一セドリックに本気を出させたのはリックスではない。アルトである。
よもや事前情報に無い暗殺者のような一撃を放たれるとは、当のセドリックも予想だにしていなかった。
アレを観たときはリヴィアも思わず笑みをこぼしそうになっていた。
セドリックの危機感知のギフトを発動させてしまったからこそ、あの容赦のない蹴りを受けてあっと言う間に敗北したのである。
確かにリックスはセドリックから武技を引き出させたが、終始全く危機感を持たれてはいなかった。
この差は歴然だ。
あの化け物じみた膂力と身体機能を持つリックスよりも、たった十歳の少女の放った一撃の方が5度の聖戦を生き抜いた英雄に一瞬でも危機感を持たせたのだから。
そして最終的には、実力でリヴィアとの面談をする機会を引き寄せた。
これを単純に幸運という言葉で片付けるのは違う。
紛れもなくアルトの実力だろう。
よもや同期にこの様な逸材が居ようとは。
それを手に入れたリヴィアの方こそ本当に運が良い。
[175]
学術改革前。
先立って、私はプロシアにいくつか今まで造り続けてきた作品を見せることになった。
「リヴィア。これから貴女に何を提示されるのか、私はそれが恐ろしいと感じています。
ベルンの瞳と魔法の鞄だけでなく他にもあれば全て見せるように言ったのは私ですが、今でも全てが夢であれば良かったと思わずにはいられません」
かなり疲れた表情をしていたが、更に心労をかけることとなる。
「ふふ。そんなお顔をしてはいけないわ。
私とお祖母さまはこれから魔術学院に通う生徒の皆さまにもっと楽しく充実した学院生活を送ってもらうためにお話して、必要な物を確認するのですから」
そう言って微笑みかける。
嘘偽無しの本音である。
「貴女の考えることは今の世代より前には無かった発想ばかりでとても参考にはなりますが、今の時代にはどれも急すぎるのです。
それに、誰しもがリヴィアの様に聡明ではないのですよ。
新しい試みを浸透させるのには相応の手続きと時間というものが必要となるのです」
プロシアの言いたい事は解る。
当然こちらは全て解った上でやって貰うつもりなのだが。
「ええ、だから不思議です。
どうして私より先に誰も良い案を出さなかったのかしら。
すぐに考えが及ばないならもっと時間が掛けられるだけ前から考えていれば、誰にでも考えつくようなものばかりなのに。
それともどなたかが意図的に変えないようにしていたのかしら」
これも正真正銘の本音である。
頭の良さとは、必要な思考時間の差に過ぎない。
つまり2倍頭の良い者と張り合うには2倍の時間を使えば良いのだ。
500時間掛けて勉強した頭の良い者と渡り合うなら1000時間掛けて勉強すれば良い。
それで渡り合えないなら、ただ単に3倍劣っていただけなのだ。
1500時間勉強すれば良い。
勿論、漫然と学んでいても効果は無い。
2倍の時間勉強するには2倍の期間や2倍の気力体力向上心が必要なのは当然である。
大抵の者はそれを知って挫折してしまうが、やり切れれば無理も通せるのだ。
少なくとも今生の私はそうやってリヴィアを磨いてきた。
当然だが、この勉強時間はそれまでの積み重ねも含めての計算である。
累計1万時間勉強してきた者が新たな単元に500時間かけるのに対して、無学の者が1000時間で張り合ってもこの公式は成り立たない。
才能に倍の差があるのなら、累計2万+1000時間勉強すれば良いと言っているのだ。そこは勘違いしてはならない。
「貴女の誰にでも出来るは、誰にでも出来るものではありません」
「ええ、そのようでしたので今こうして私が提案を出さざるを得ないのです」
出来れば私は動きたくなど無かった。
この世界にとっては本来ならば部外者の私ではなく、他の現地人の誰かがどうにかするのが筋である。
「出来なかった者の一人として大変不甲斐なく思いますが、恥を忍んでその知恵を貸していただきましょう。
貴女の考える新たな魔術学院と、それを実現させる方法を」
言質は取れた。
私はあくまでも可能性を提示するだけである。
実際にどうするかを決めるのはこの世界の人々でなければならないのだ。そこだけはギリギリまで譲れない。
「では、お話ししますね」
私は語った。世界に投じる一石を。そしてその必要性も。今 からでは本当に間に合うか間に合わないかの瀬戸際だろう。
私如きでは計画的に干渉していかなければ流れを変える事はできない。
ならばまずは土壌から育もう。
魔術師全体の質の向上と新しい才能の発掘とその育成のために、今までの常識では選択肢に無かった方法で。
[176]
私のプレゼンは二時間ほど続いた。
誘導も脚色もしない。事実と効果と必要性と蓋然性と合理性の説明だけで十分である。
希望的観測ではなく、純然たる事実とそれを可能とする手段を併せて提示した。
これをするために予め必要な物は全て調べ上げ準備済みである。
「それとこちらがサンプルです。借りていた学院の校章はお返しします」
校章と共に渡したのは、新たなる徽章である。
「よく出来ていますが、微かに魔力を感じます。これは魔導具ですね」
「ふふ。素敵なデザインでしょ。
これは生徒全員の身元を示す身分証であると同時に、生徒の情報を視覚化できる端末でもあります」
私の造った徽章型魔導具は鑑定のギフトによる格差を埋めるための物でもある。
鑑定は他の一般的なギフトと違い、修練によって得られる技術とは全く異質なものだ。
いくら人を見る目のある人物であっても、それはその人の持つ雰囲気、表情、言葉、仕草、対応といった様々な要素から推察する情報から得られるものだが。
鑑定は違う。
視れば知れるのだ。まるでシステムが介入したかの様に情報を獲得する。
これが剣術のギフトならば、剣術を修練して身に着けた者との差は、あくまでもギフトというサポートで増強されたり習熟が早まったりするだけで同じレールの上を歩いて進むか走って進むかの違いでしかない。
だが鑑定はそもそも同じレール上に互いが存在していない。
全く異質な効果で鑑定の結果だけを一足飛びに明け渡す、そんな反則技なのである。
これほど不公平なギフトはそう無い。
これにより持つ者と持たざる者との明確な差となりギフトの有無は決して埋められないのである。
【人物鑑定】を持つ者と持たない者の対決では、開始時点の互いのギフトの有無の見分けから始まる。
持たない者が一方的に手の内を晒されて得手不得手を見抜かれながら戦うのでは、圧倒的に不利になるのは考えるまでもない。
しかもこの鑑定、なんと聖戦では何の役にも立たないのだ。
聖戦では視覚では敵性体を正しく認識することが出来ないため鑑定が不発してしまう。
この意味がお解りだろうか。
つまり、鑑定の有無がこの世界限定で明確な差を生むのにも関わらず、間接的に或いは直接的にそれを込みの優劣を付けられたというのに聖戦では鑑定が無効だとしたら。
そもそもの根本的な評価の見直しをしなければ、不正確な査定により偽物の実力で扱いや役職を選別されたままの状態で挑まなければならない。
より正確な実力の査定を要求される場面やその判定をする機会では、鑑定能力を徹頭徹尾全面的に禁止しなければ真に聖戦で活躍できる優秀な者の選定は不可能である。
だがどの修練場でも学舎でも、一部試験中を除いて鑑定を禁止するというルールが無いのだ。
これは理不尽などという簡単な言葉で済ませられる問題ではない。
神の与えたギフトというのは犯罪者や犯罪に利用するのでも無ければ封印されないこの世界では、正当な評価が行われず鑑定という明らかな不正行為がいとも容易く行われているのだ。
私としても鑑定の有無による格差は聖戦への参加者を決める上で明らかに不要と判断した。
だが、禁止することは法律上出来ない。
いくら頼み込んでもこればかりは受け入れて貰えないだろう。
それが解っているからこそ、やり方を変えることにした。
「つまり、この徽章を身に着ける事を義務化することで、生徒全員が個人情報を開示することになります」
さすがにこれにはプロシアも驚きを隠せない。
「リヴィア。貴女は自分が何をしようとしているのか解っていますか」
「はい、もちろんです」
「確かに鑑定の格差には同意する部分もありますが、これは許可出来ません。
この小さな魔導具にそれだけの機能を付加すれば、それはもはや魔法具、いえ旧遺物級です。
それを生徒全員に配るというのですか」
「ふふふ。まさか、そんな事あるわけないではないですか。
これは耐久上昇と受信機能があるだけのただの玩具です」
そう言ってもう一つ、別の魔導具を取り出す。
「こちらの宝珠が全生徒のデータを保管します。
この徽章は中継点を通して開示データの送受信をするだけの端末です」
「言いたいことは有りますが。
つまり、この徽章そのものには大きな価値は無いのですね」
そう、徽章はあくまでも個別の表示端末。
本体が別なので技術の流出は起こらない。
昔、というより前世のある事件を解決する際に通信機器について詳細を識る機会があったのが役立った。
「ええ、私以外には造れませんが。徽章そのものは例え誰の手に渡ったところで、調べても何も出てきません。
中継点も学区内の地下にでも設置しておけば外で悪用されることは無いでしょう。
気軽に持ち運べないサイズにすれば盗難の危険もありませんから。
仮に解析を試みても材質そのものは普通の結晶物、神さまでもなければ破壊は不可能ですが例え解体しても何もわからないでしょう」
「全て対策済だと言うのですね」
「はい。この宝珠へのアクセス権限を持つ者さえ守れば悪用される心配は決してありません」
プロシアは少しの間考えを纏めているようだった。
少々情報量が多かっただろうか。
「機能も発想も対策も問題なく素晴らしいものではありますが。いったいどのようにしてこの様な発想に至ったのですか」
はて、これくらいは普通だと思うのだが。
もちろん現地人が、この発想へ至らなかった理由については把握済みである。
「必要なことと条件が決まっているのです。
あとはその中から消去法でもすれば誰にでも時間を掛ければ似たような事を考え付くと思います」
「貴女の言う誰でもは…、いえもう結構です。
他にも何かあるのなら聞きます」
「では、進級についてお話しますね」
こうして私の開発した魔導具と改革案についての論議は続いた。
新しいシステムや成績の基準については生徒よりも教員達に浸透させることの難しさを気にしていた様だが、そこは問題ない。
教員が新たにやらなくてはならないことは試験の手順くらいなもので、授業内容そのものに変化はない。
多少形式は変わるが、労力が変わらないなら説明さえ出来れば大きく困ることにはならないだろう。
教員からの反発があることは想定済である。
なので敢えて教員には新しい事をほぼ要求せず、生徒側にだけ新しいやり方を教育するのみの案となっている。
平の教員など、自分の仕事が増えないことさえ分かれば文句などすぐに消える。
前世の記憶でもそうだったが、あれ等はそういう手合いだ。
反発さえ出なければ大抵の案なら通すのは難しくないものである。
面倒な手合いももちろん居ないとも限らないが、あまりしつこい様なら解雇すれば良い。
正直に言えば私の提案は今の教員に対して甘過ぎて手緩い。
そんな案を理解せずに拒絶する程度の知性しか持たない教員に習うのは生徒にとっても害でしかない。
つまり解雇によって生じる多少のデメリットより、害にしかならない無能を雇い続けるという大きなデメリットを消す事に繋がるので躊躇う必要性は皆無なのだ。
本来改革の際には大きな反発が起こるものだ。
そこで反対派を切ることは必要な事だが、敢えて私は誰も切らずに済む方法を提示している。
これが温情である事にすら気付かない愚か者への配慮を想定すること自体が時間の無駄なのである。
「貴女の提案のほとんどは、可能な技術があるという前提であれば今までのやり方より遥かに魔術学院の本来の理念を叶えるのに最適でしょう。
ですが、一つだけどうしても理解出来ない案があります」
ふむ、確かに私もアレだけはすんなり通るとは思っていないが必要になる。
少し時間を掛ければ利口な者ならそれを理解するだろう。
「ふふ。それについては理事会にお持ち帰り下さい。
きっとお祖母さまの心配は杞憂に終わりますもの」
大きく溜息をつくプロシア。
私は傲慢だろうか。答えは是だ。
だが案そのものは公平である。
傲慢な者の考えた案が傲慢な案になる訳では無い。
どんな性格破綻者でも創る作品や芸術に罪は無いのと同じである。
私の案は画期的で合理的で効果的なのだ。
その為に切るべきは切るし採用すべき物なら取り入れる。
必要な淘汰は推奨するが不必要な淘汰まではしない。
私はそこまで過激ではないし多少なら許容できるだけの余裕がある。
だが、果たしてこの世界の人々にそこまでの余裕はあるのだろうか。
取捨選択の自由は余裕のある者の特権である。
余裕の無い者にその権利は当然ながら無い。
私の案に反対する者が居るならこう告げたい。
贅沢をしたいならまずは余裕を作れ、と。
私の甘さはそれを許容出来るだけの余裕から発生したものだ。
つまり責任を取れる。
責任も取れないのに甘さや贅沢を享受しようとする者は、文句を言う権利も無く淘汰されて然るべきだろう。
甘さや贅沢は努力と実力で勝ち得る物だ。
私は努力と実力で得た余裕を尊ぶ。
[177]
「リヴィア。貴女には学院に居る間に当主となることを考えるように言いましたね」
「はい。それについては私も聞きたい事があります」
「継承権について、ですね」
「ええ。私、当主になるのはこの家のことだとばかり思っていたのだけど。もしかして国の当主になればいいのかしら」
「それも良いかも知れませんね。考えておきましょう」
事もなげに肯定されると少し不安になる。
確かにリヴィアなら可能かも知れないが。
「ふふふ。本気ではないですよね」
「いいえ、貴女ならこの国一つを任せても何とか出来るでしょう。
本当に思っていた以上の飲み込みの早さで貴族教育だけでなく王妃教育の分野まで施してしまいましたが、それで確信しました。
リヴィアはとても賢く優しい子だと思います。そして外見からは想像できないくらい驚くほどシビアな面も有りますが、それもまた君主としての才覚なのでしょう。
私から教えるまでもなく上に立つ者としての視点を最初から持ち合わせていました。
本来ならそうした子が身分ある家に生まれたことを幸運に思うべきなのでしょうが、よりによって貴女だなんて…」
どうやらプロシアにも言いたい事が溜まっているらしい。
まあ、概ね私も同意見だ。
「いえ、話が逸れました。
継承権についてでしたね。
これについては水面下でのやり取りにどうしても社会的な肩書きを持たせる必要があったため已む無くです」
「もしかして、婚約者のことでしょうか」
プロシアの目が驚きに見開く。
「どこでそれを知ったのですか。いえ、誰から聞いたのですか」
「あら、これも消去法ですよ。
お姉さまやお兄さまにはいくつも縁談の話があるのに、私にだけ無いのはおかしいもの」
その言葉に目頭を抑えるプロシア。
まあ、セシリアとミルミアナは前に大きなやらかしをしてしまい、それ以降の縁談話が難航している様だが。
「なら、もう婚約者がいると考えるのが自然でしょう。
ふふふ。お相手は神子さまかしら」
「貴女という子は、その年でそこまで察しますか。
ええ、貴女の言う通り相手は神子、それも王族です。
貴女が誕生してすぐ神子ではないという判別結果が出た直後に隣国の神子との婚約者候補に挙がったのです」
「ですが誤算が起きてしまったのですね」
当時はまだ神子が世界中に30名以上居た。今とはだいぶ条件も違っていたのだろう。
「ええ、そうです。
神子の落日。
貴女の母ティアーナも被害者となったあの日を境に世界情勢は大きく変わらざるを得なかったのです。
あくまで婚約者候補だっただけのこの縁談にも、血統の統合より分化するべきという声が挙がり賛否分かれました。
あの事件さえ起こらなければ反対意見は少なかったでしょう」
「神子の娘なら、別の神子さまとの間に次の神子が産まれる可能性が高いからですね」
「そうです。
当時は生後間もない神子以外のほとんどの神子が亡くなり、世界ではどの様な手段を用いても次の神子が必要となりました。
六神連盟内でも可能性の高い神子の血統同士の縁談を推奨する声と、不確実な方法より各国の勢力バランスを考えて分化するべきとの声に意見が二分してしまったのです」
「けれど王国も神子を産む可能性のある私を手放す訳には行かなかったのね。
だからお嫁に出さないことをアピールしたのでしょう。
当初の予定では婚姻を成立させるにあたって、どちらの国に所属させるかの条件次第で産まれた子供を交互に引き取ってそれぞれの国で育てる算段でもしていたのではありませんか」
「とても容認し難い内容ですが満点です。
リヴィア、貴女は自分の事なのに何故そこまで他人事の様に冷静でいられるのですか。
ここは怒りをあらわにしても当然でしょう」
いつも冷静沈着なプロシアも子供の人権を無視した神子の血統を物として扱う考え方に感情を溢れさせている。
「ふふ。それが茶番だと理解しているもの」
不意を突かれてその言葉に怪訝そうな顔をする。
「それはどういうことですか」
「簡単なことです。
本来ならそれは起こることはありません。
だってその仮定ではお母さまが生きているということでしょう。
ならもっと不公平で有利な条件で縁談も進められたはずです。
お母さまより強い神子さまはいなかったと聞いているわ。
ふふふ。聖戦でお母さまにへそを曲げられては困るから、きっとどんな不平等契約でも結べたのでしょうね。
そうでなければお祖父さまも黙っていないもの」
「貴女の冷静な計算力が時折恐ろしくなります。
ですが、ええ。ティアーナなら自分が有利と判断すればどんな理不尽な要求でも通したでしょう」
少し苦笑して気持ちの昂ぶりは収まったようだ。
「ですがそれはあくまでも仮定です。
今の条件では、魔法具どころか旧遺物や神遺物すら造れる私を特定の国へと嫁がせるなんて、それこそ世界の均衡を壊してしまうわ。
国外からの干渉を最小限にするには、私は国内でお婿さんを取るしか選択肢なんて無いでしょう。
この場合の候補は王子さま、それともお兄さまかしら。ふふふふ」
「リヴィア…、本当に貴女という子は…」
「継承権については理解しました」
神遺物を造れる。
この事実を王家と共有するなら王子と。
ファナリア家で独占するなら身内、この場合なら兄ジェイムートとの婚姻。それが妥当。
仮にリヴィアが男なら全ての眷属王家から嫁を貰うという選択肢もあったが、女である以上はそれは難しい。
ならば現状の選択肢としてはこの二つに絞られるだろう。
まあ、あくまでも常識に縛られた一般論での想定だが。
「解っていて、ベルンの瞳を創ったのですか…」
「神遺物かどうかまでは識りませんでした。けれど私の価値を上げるつもりで造りましたよ。
少なくとも、お母さまと同等の価値を得るまでは手を打つつもりでしたもの」
プロシアの表情がこわばる。
せっかく私達が良い話をしているのにそう警戒しないで貰いたい。
「貴女の潜在的な価値は、すでにティアーナを超えています。
私の手でも、どう扱えば良いのか判断に苦しむほどに…」
「今はまだ神子の娘という以上の付加価値は不要でしょう。
私が成人するまではお祖母さまの判断に任せるわ。
だから、成人するまでは私の価値をなるべくお祖母さまと認識を共有しておきたいの」
「まだ、何かするつもりなのですか。
貴女の目的だったティアーナ以上の価値はもう示しているのに」
「ええ、気が変わりました。どうせなら天王国を黙らせるくらいの価値を築いてしまいましょう。
もしそれが適えば、ふふふ。
お祖父さまもお祖母さまもきっともっと幸せになれるわ。
世界が私の顔色を窺って、世界が私の言葉に従うの。
世界は私によって発展して、世界が私を守るの。
罪だって私が好きに決められる。
私が裁いて、私が赦すの。
ねえ、とっても安心できるでしょう」
言いながら宙空の魔力を集め始める。
「リヴィア…!その魔力は…!?」
「私は世界をより良くしないといけないけど、家族のこともとっても大事なの。
家族の幸せは私の幸せ、私の幸せは世界の幸せ、だから世界の幸せは私が創るの。
ねえ、お祖母さま。私のための世界を創る協力をして。
それが実現可能かどうか、私とは違った目線で確認してほしいの。お願い」
プロシアの目の前でベルンの瞳を空中から生み出す様子を見せた。
それは世界の法則を無視して、まるで無から有が誕生するかのように映ったはずである。
魔力を触媒にして神力を素材として創造魔法で編み上げた物だが、プロシアに神力は視えない。
従ってこの一連のパフォーマンスは無から有は生まれないという常識を壊して見せる一種の奇跡となるのだ。
「納得しました。
リヴィア、貴女は本物の魔女なのですね…」
「ええ、私は魔法を使えるの」
その後二人で話し合った末、徽章を始めとした各種魔導具の特許申請の為に魔術協会へと登録する運びとなった。
賢者プロシアの内弟子としての架空名義『七光』の誕生である。
《あとがき》
第三章 【セブンルクスの魔女】 はここまでになります。
祖母プロシアに自分の手綱を握らせた主人公は、これを期に内側だけの活動から、徐々に世界の水面下への活動にシフトしていきます。
次は再び間章を挟んでから第四章となる予定です。




