七光の魔女 3
[162]
プロシアの話をまとめるとこうだ。
通常の魔術の行使のプロセスは、必要な魔力を体内で練り、術式を画くための安定領域の確保、術式の構築(詠唱)、練り上げた魔力の属性変換、術式に魔力を通して魔術へと昇華、魔術を実行発動する。という流れになる。
術式の構築時の詠唱破棄までなら一人前の魔術師なら可能である。
何千年も大昔には詠唱文は暗記は当然として、正確な発音や魔力の込め方に関しても正解は一通りしかない画一的なものだったという。
現在では詠唱文とは初心者用の手引の様な物で、決まった性能、威力、射程、効果時間の魔術を発動させるための塗り絵みたいな扱いである。
現代の魔術は研究が進んだことにより詠唱文より術式構築に重きを置いており、より複雑かつ多彩な魔術の行使が可能となった。が、当然ながら習得難易度も高くなり、魔力操作技術も緻密さを要求され、簡単に使えるものではなくなった。
魔力を素早く正解に練る技術こそが高度になった魔術を行使する上で最も重要な能力とされ、必ずしも魔力が高い=強力な魔術師という訳では無い。
むしろ魔力がずば抜けて高いと制御技術を体得するのに不向きとされ、魔術が使える程度まで制御技術を磨くにはより長い修練期間を要するので、魔力量はほどほどに高いくらいが最も魔術師に向いているとされている。
魔術は習得するまでは若い魔術師にも可能だが、使いこなせるようになるまでには一生を費やす。
稀に複数のギフトやレアギフトの効果により高位の魔術すら若い内から感覚で習得する天才も居るらしいが、もちろん基礎を疎かにすれば燃費の悪さや術式強度に問題が生じたりと欠点も多い。
発動までの速度を重視した結果、魔力の練り上げが甘かったり精度が低ければ射程や威力も落ちる上に燃費は悪くなるため、緊急時以外ではしっかりと時間を掛けて行使するのが常識である。
また、魔術は正確な術式をイメージ出来ないと素早く展開出来ないため、簡単な術式でも陣を固定化させるための下地から魔力で描く必要がある。
高位の魔術になるほど陣は巨大かつ複雑になり、展開に必要な魔力も時間も相応に必要になる。
これに失敗すると思わぬ大事故にも繋がるため、特に丁寧に集中力を切らさないように気を使わなければならない。
また、普通なら自然界の魔力を扱うには精霊の助力が必要になる。
契約した精霊を媒介することで自然界にある魔力を調整して自身の魔力と同調させてから行使する。
純粋な魔力は精霊が取り込んで呼吸するように属性を変化させて吐き出す。
この魔力を用いるのが精霊術であり、通常の魔術と比べて大きな力を扱える反面、魔力を経由させる数が多いため発動まで時間が掛かるのと細かな術式によるオーダーには対応しきれないのが欠点である。
以上を踏まえて、私の魔術の使い方に関しては、詠唱も術式展開も練る時間も自分の魔力も使わないで正確無比な魔術を行使するのは全て非常識で、どこから正せば良いのか分からないそうだ。
そんな事を言われても反応に困る。
詠唱など無い方が良い、魔力ならその辺にあるのを使ったほうが身体にも優しい、術式を正確になぞるのは基礎で教えられている項目である。
その上で正確無比がおかしいと言われても理屈に合わず困惑する。
そして今回造ったエメラルドコマンドオーブ(仮)に関しても、必要な魔力さえ捻出すれば即座に大魔術を発動出来るのは、魔術業界の歴史を覆す程の偉業をいくつも達成させており、それこそ神の創り給うた神遺物を使う以外では実現不可能なのだそうだ。
その神遺物ですら国宝として奉られている既存の物では中級魔術が限度。
私の造り上げたこの魔導具は、神遺物を容易く凌駕していたのだ。
「リヴィア、解りましたね。
この様な物を気安く創ってはなりません」
それは困る。
私は間違いなく気安く造ったのだ。
これは何か対策を考えなければならないか。
「それと、魔術に対する正しい認識。
いえ、貴女の使い方が誤っている訳では無いですね。
魔術に対する常識を学ぶ必要があります」
確かにそれはギルバートからは学べなかった。
ギルバートは感覚派の天才。
一般的な魔術師の在り方からはかけ離れており、それこそ同類の天才相手でもないと教師としては使い物にならない。
「本来は選択させるつもりでしたが。事は私の想像を完全に超えていました」
そのリアクションは私の想像も超えていました。
「リヴィア。貴女は魔術学院へ入学しなさい。
今すぐは無理ですので、入学における最低条件である12歳になったらすぐにです。
手続きや待遇に関してはこちらに任せなさい」
やはりこの流れ。
ならばここはこちらからもひと押ししておくべきか。
「イヤよ」
「い、嫌って。何故ですかリヴィア」
「だって私、聖堂院に行くつもりだったもの」
意外に思われるかも知れないが半分本気である。
パッと見、聖堂院に魅力はない。
だが長期休暇に申請すれば巡礼の名目で安全に他の大陸間への渡航が許可される素晴らしいシステムがあるのだ。
世界中の神々との邂逅をするにも大変都合が良い。
そもそも魔術学院で学ぶレベルの要素が無いなら学舎のレベルなどどうでも良いのだ。
それでもいずれかの学舎へ入学しなければならないというのならば、合理的に考えてオプションで選ぶのは当然である。
「聖堂院では魔術について貴女が学ぶべきレベルのものは有りませんよ。魔術学院でなら」
「魔術学院でも私より魔術が使える先生は居ないのでしょ。
それに魔術の常識を学ぶのなら特別な魔術学院より普通の聖堂院を選ぶべきだもの」
「そ、それは駄目です。貴女が聖堂院だなんて許しません!」
聖堂院は教会の管理下にあり、如何にファナリア家といえど下手に手出しができなくなる。
祖父母はリヴィアを何処にもやるつもりは無いのだ。
自分達の権力下にある魔術学院で飼い殺しにしたいのはよく解る。
しかし私には海外の大教会へと行かなければならない理由があるのだ。
だがまあ、この取り乱し方なら別の計画でも何とかなるか。
「お祖母さまは私にどうしても魔術学院に行って欲しいの?」
「ええ、貴女を守れるのは魔術学院だけです。
他の学舎ではそれが出来ません」
「どうしても魔術学院へ行って欲しいなら、学院を私に合わせて欲しいの」
先程のプロシアの魔術に対する説明が正しいのならば、事実として学院で学ぶべきものはほぼ無い。
それが私の表向きの魔術学院を選ばない理由なのだ。
ならばその点を改善していただき、私の学ぶべきものを用意して貰おうではないか。
「合わせるとはどういうことですか」
「お祖母さま。何でもいくつでもいいので学院のテストに出るような問題を出してください」
「…分かりました。言う通りにしましょう」
こうして学院で出題される問題を次々に出して貰った。
魔術だけでなく言語学に算術や歴史、植物学から神学まで。その全てをノンタイムで答えていく。
徐々にレベルアップしていく問題にも難なく対応して終始ノンタイムでの回答を崩さない。
その様子に流石のプロシアも状況を理解し始めたようだ。
「お祖母さま。これでは学院へ行く理由は、常識を学ぶだけになってしまいます」
そして常識を学ぶだけならエリート校である魔術学院より聖堂院の方が生徒の層も広く、学べる機会も分野も多いだろう。
「本当に貴女には驚かされました。
では、どうしたら学院へ通う気になるというのですか」
「今のテストは100点満点ですか」
「ええ、間違いなく。
一回生どころか卒業試験レベルの問題も答えてしまいましたから…」
ふむ、これが卒業レベルだとしたら予想とそう違いはない。
「なら150点満点や200点満点にしてみましょう」
「リヴィア。それはどういうことですか」
「簡単ではないかも知れませんが。
100点満点では測れない生徒は私以外にも居るはずです」
そこで私はプロシアに学院のテストや授業に関する提案をいくつかした。
通常のテストでは測ることの難しい、特殊な才能や能力を持つ子供達を発掘しやすくすることが出来る方法を。
特定の分野においては他の追随を許さぬ程の稀有な才能の持ち主が、苦手分野を複数抱えているが故に埋もれさせるのは以ての外である。
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仮に試験の総合得点が300点で合格ラインだとして、
[100+40+20+50+10]という配点なら220点で不合格だが、
[200+40+20+50+10]なら合計点は320点で合格ラインを満たすだろう。
元々[80+70+50+80+40]ならば新しい方式でも点数が変わることはほとんど無い。
【洗礼の儀】や【恩寵の儀】で特別優秀な子供達を判別して優先的に魔術学院へ推薦枠で受験させるという手段を取るのならば、特別な才能の持ち主を掬った手から溢してはならない。他の誰にも真似できない特殊な才能を発掘して伸ばしてこそ魔術学院が優遇される理由足り得る。
ならば試験のやり方そのものを見直し、より特殊な性質や稀有な能力を持つ者が見落とされない環境を整えて然るべきなのだ。
でなければ筋が通らない。
これは一例ではあるが、それ以外にも私は思い付く限りの学校改革案を提示した。
聖堂院が持つ堂々と海外旅行できるオプションを上回るだけの魅力や見どころが魔術学院に無いのならばわざわざ選ぶ理由など当然無い。
どうせ通うのなら自分にとってもより多くの実りある環境が望ましい。
改革案を全て実現させるのは無茶でもいくつか呑ませられれば、私にとっても魔術学院でなければ得られない価値のある学院生活が送れるというものである。
「正直驚いています。リヴィア、貴女の提案は一度持ち帰ってから検討します」
「お祖母さまやお祖父さまの掲げる魔術学院の理念は知っているの。
それが素晴らしいことも。でも私にはどうしても足りないと感じるのよ」
「それでこの提案なのですね」
「私は本気で常識を学ぶだけなら聖堂院の方が良いと思ってるの」
「分かりました。
ですが聖堂院は駄目です。
貴女の改革案は検討の価値のある内容でした。
全てをすぐにとは行きませんが、貴女の入学までには必ず実現することを約束します」
ここまで言わせたら成功したようなものである。
だが、私はここで更にもう一つ付け加える。
「お祖母さま。帰りの荷物を持って帰るの大変でしょ」
「今度は何ですか」
「これも、お祖母さまにあげるわ」
取り出したのは鞄。もちろん効果は。
「リヴィア、貴女という子は…。
これは解っていて創りましたね」
「図鑑を観て作れそうか試したの」
「魔法の鞄。紛うことなき旧遺物ですね」
そう、魔法の鞄。
図鑑にも載っているほど有名なアーティファクト。
伝説上の遺物で旧暦には大小あれどそれなりの数が存在していたが、現在は壊れたり失われたりで公に無事な物と言えば天神領域の王家が管理する数点しか確認されていない。
「これはどうやって創ったのですか」
「うんと、術式を錬成したの」
「まさか、魔術そのものを錬成したのですか!」
そう、これは術式の即時展開解析解体の一連のプロセスそのものを魔術とした際に思い付いたものだ。
この魔術を行使すると展開と解析と解体の魔力消費はされるが、結果として何も起きずに終わる。
矛盾した現象を同時に起こすと、何も起こらない結果だけが残るのだ。
もしこれを相反する反応をどちらが先か分からなくなるほどの速度で引き起こせば何が起こるのか。
答えはどちらも起こる。だ。
通常の方法では当然ながら不可能だが、複数の術式を全く同時に全く同じ座標で全く同速で行使できれば理論上は可能となる。
これを応用して物質の錬成と、相反する複数の術式同士を同時に完成させるとどうなるか。
その答えがこの鞄である。
内側に膨張、外側に縮小の術式、全体に結合の術式を鞄の錬成と合成を術式と混ぜて創造魔法で同時に完成させた所。
外は縮んで内は拡がった鞄が出来上がったのである。
最後に保存の術式を付与したら魔法の鞄の実現である。
創造魔法は炉による過程を省略して完成に至れる。
つまり製造の途中経過を無視して飛ばせる性質がある。
故に順番通りに時間を経過させては矛盾して成り立たない術式でも、定義と理論が法則上全く問題無いのであれば仕上がりの時間差が生じる余地なく成立するのである。
「たぶん異境も似たような原理なの。
異界から吸い出す力と、この世界から吸い出される力が均衡してるのよ。
どちらの世界でも在ろうとするから中間層に異境が生まれて、中に入って均衡を崩すと力が片方の世界に流れるのね」
「…っ!リヴィアいけません。
その話は絶対に誰にも話してはいけませんよ。
約束しなさい」
慌てた様子で静止を呼びかけられた。
なるほどトップシークレットという訳か。
魔法の鞄があったくらいだ、その理論は旧暦では知られていてもおかしくはない。
プロシアの両親は長寿種族なのだから。
「ふふ。お祖母さまが約束を守ってくれるなら私も守るわ」
「では約束ですよ。
必ず改革させますから学院へ入学するつもりでいなさい」
こうして、プロシアの提案という形を取って学院改革は推し進められることになる。
私という爆弾を抱えている祖母は味方にならざるを得ないだろう。
少々驚く部分もあったが、概ね当初の予定通り事が運んだようだ。
「それともう一つ。
本来はこちらを先に話すべきでしたが、あまりにも想定を超えた話でしたので遠回りになりました。
リヴィア、よく聞きなさい」
まだ話は終わっていなかった。
やはりプロシアを選んだのは正解のようだ。
とても慎重である。
「貴女は今後、公に本来の力を振るうことは決してあってはなりません。
少なくとも常識の範疇にある分だけに留めなさい」
「使ってはいけないの?」
「あくまでも公の場の話です。
条件付きであれば一部の者に対してだけは許可を出しましょう」
なるほど、監督とセットであれば局地的に使うことは有りだということか。
まあ、元より人前では使うつもりは無かったので特に問題はない。
「リヴィア、貴女は賢い子です。それは私にも分かります。
けれど力との付き合い方と、世界の価値観を知るまでは自重なさい。
まずは学院でそのことを学ぶこと、これは絶対条件です。
そしてもし今後もその力を使いながら生きていくのでしたら。
リヴィア、貴女はファナリア家の当主になりなさい」
当然であろう。
過ぎた力を持つ者は管理されなければならない。
個人の力なら尚更である。
であれば管理されながらもその中で自由に振る舞う為には、相応の身分や立場で守られる必要がある。
つまり一番偉くなれば良いのだ。
それが唯一にして明快な、自分より上の立場の者に利用されない方法である。
この国では国王以外で最高権力を持つのはファナリア大公その人だけである。
個人の動かせる力としては現王より大きいかもしれない。
「お兄さまはどうなるのですか」
「その場合はジェイムートには王家か公爵家へ婿に入って貰います。
外側から貴女を守るためです」
なるほど、これも当然のことである。
国王と並ぶ権力と言っても個人の力には限度はある。
権力者の味方が多く居ればそれだけ盤石となるのだ。
「当主にならないのであればジェイムートが継ぐことになり、貴女はその力を生涯隠し通す必要があります。
例え使える機会が訪れようとも、それは今までの様に自由意思で行えるものではありません。
但し、それ以外のことで不自由させることも有りません。
力とは無縁の暮らしをさせることを約束しましょう」
「すぐに決めないとダメなの?」
「いいえ、将来を左右する大事なことです。
まずは学院へ入学し、同年代の者をよく観てよく学んで卒業するまでの間に決めなさい」
そう言って話は具体的な入学までの流れや、注意するべきこと。
やっておかなければならない事を確認し合った。
制約が多いように観えるが、実際はそうでもない。
元々ほとんどの能力を隠して学舎での生活を送るつもりだったのだ。
ボロを出さないために徹底的に隠し、少し特殊な事情のある娘としての振る舞いだけに留める。
それが今更監視付きになった所で私に不利益はないのだ。もし隠すのが下手だったなら、すぐにでもテコ入れやアドバイスをしてくれる環境になるだけのことで、自己確認しか出来なかった私としてはむしろ好都合ではないか。
魔導具製造に関してもそうだ。
私は最初から公に出すような物を生産する気など無かったのだから。
自分からやらないことを他者からやるなと言われても全く痛む箇所が無い。
プロシアから提示された条件は私にとって条件ですらない。
多少の利はあっても損らしい箇所が無いのだから。
それに退屈な学舎生活を想像していたが、どさくさ紛れに条件を呑ませることにも成功した。
プロシアが上手いこと働きかければ少しは学院での生活にも興味を持てそうである。
特異な者の本来埋もれるはずだった真の実力が評価される学舎は、前世の私の記憶の中でもごく限られた狭い世界にしか存在していなかった。
それがこの世界の最高位の学院で実装されたら。片端で世の中では変人扱いしかされない者達がどれだけ芽を出すのだろうか。
きっとそこから生まれる発想や新技術は世界を正しい営みで進ませるだろう。
それは必要な手順だ。
私としても秀才や並の天才などいくら観ても何の興味も唆られない。
やはり特殊な、いや奇異な者や異端な者の持つ発想や価値観を観察することの方が断然面白い。
どうか私が入学するまでにそういった生徒達を集めて貰いたい。
プロシアの手腕なら早ければ来年。
遅くとも再来年辺りから徐々に増えることだろう。
存外、学院生活も悪く無さそうではないか。
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私は今、試験官をしている。
ディルムン伯爵領の郊外にある民家のまばらな土地で、かつての河川工事の際に開墾用の資材置き場として使われていた集積場跡地に来ているのには当然ながら理由がある。
従者をもう一人付けるためである。
魔術学院へ入学する前の準備の一環として、私には二人の従者を連れて行くようにプロシアから通達されていた。
本来、規則では学院へ連れて行ける従者は一人までとなっているが、私は身体が強くないことや最低年齢での入学ということも有り、特例として二人付けることが許可される予定なのだ。
試験を受ける前から、時が来たら最低年齢での入学を果たすことや特例措置採用予定が既に決定事項なのは、魔術学院の理事が祖父ジェラルドだったり、来年度からの新学院長が祖母プロシアに内定しているからだったりする。
インサイダーも真っ青な職権乱用どころか職権乱舞も甚だしい。これが権力というものである。
ちなみにハバートートの領都にある魔導大学の理事長もジェラルドが兼任している。
こちらは魔術学院の卒業生らがより専門的な技術を研究するための機関を組織形態として取られており、学校というより組合の様式が近い。
人神領域の魔術協会の元締めであり、魔術師の権利関係とその擁護や、新術式の開発や承認から保全といった活動やら各種手続きも請け負っている。
そんな忖度まみれの進路ではあるが。
連れて行く従者選びはとても重要だ。
まず護衛としての任務を果たせる者であること。
次に入学条件である年齢的な都合がある。そして魔力を持ち、難関とされる入学試験を通過するだけの知性も必要なのだ。
はっきり言って、これらをクリア出来る者はやみくもに探しても簡単には見付からないだろう。
目立つ良物件は既に何処かの貴族家に囲われている。残り物では眼鏡に叶う者も居ないだろう。
となれば裏口しかない。
我がファナリア家の特権の出番である。
【洗礼の儀】や【恩寵の儀】を受けた者から、優れたギフトを判別式で掘り出された者達。
魔術学院への入学を見据えて、息のかかった卒業生へと弟子入りさせて推薦入学組に選ばれた子供達を横合いから引き抜くのだ。
どちらにせよ、平民の生まれで魔術学院へと入学するのはそれだけで大出世。
卒業することで得られる特典や優遇を受けるために必死な者たちである。
既にある程度の魔術の手解きはされているだろうし何より意欲の高い者が多い。
そうした裏名簿から秘密裏に書類審査した結果、選ばれた目ぼしい子供達へと招集をかけたようだ。
偶然の出逢いによる縁ではない。
選んで掴む力業。
他の転生者にはない私だけの力とは、こういう権力も含めてのものだろう。
但し、秘匿性を重視しているため招集した候補者達に詳細は伝えられていない。
表向きは。
推薦入試組の候補生から無作為に選んだ者達を対象に、成長具合を確かめる試験をする。
各人は己の実力を発揮し、入試の前段階の模擬試験の一環として臨むように。
試験の内容次第では今後、推薦の効力が更に増す可能性がある。
結果が悪くても、これを理由にして推薦を取り消すことはない。
公平を期すため、この模擬試験の事を口外することを固く禁ずるものとする。
といったことにしてある。
内容に嘘はない。
選ばれれば推薦の効力がほぼ確定的な程の効力を持つようになるが、それは本人も望むところだろう。
こうしてお隣のディルムン伯爵であるアルバートにも事情を説明して協力を取り付けて、試験会場となるディルムン領特設スタジオへと集められた候補生達に模擬試験をする運びとなった。
流通の要所であり人の行き交うディルムン伯爵領なら、場所選びも交通の便が良いからという分かり易い理由付けが出来るので裏の意図に勘付かれるリスクは幾分か少ない。
まあ、地元リンデノートでやるのは流石に露骨であるというのと、出来るだけ近い場所から選んだというだけなのだが。
ディルムン領を会場に使いたい旨を伝えたらアルバートが歓喜に咽び泣いていた。
「おおおオオォォ。我が永遠の姫殿下のご要望とあらば、このアルバート身命を賭してでも叶える所存で御座います!」
どうしてこう、一々リアクションが大袈裟なのだろうか。
「姫様。わたくしも試験官として参加させて戴けるのでしたら幸いですわ」
当然、フィアナ先生には作法と芸術の試験官として就いて貰うつもりでいる。
はてさて、どんな候補生が現れるのだろうか。
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武術の試験にはセドリック。
リンデノートの西側に位置するケミスベルト子爵領の領主ルドルフの懐刀。
ご近所付き合いでの知り合いである。
ジェラルドより年配の初老の執事だが、漂わせている静かな氣圧が尋常ではない。半狼人族。
二つ名は[ホワイトファング]
魔術の試験にはプロシア。
天神領域の王族の出で魔術学院の現役の精霊術講師。
来年度からは学院長も勤める、女性魔術師の憧れをルビリアと二分する人気がある。
希少な高位6属性魔術の使い手で現役の賢者。
称号は[六花の賢女]
学術の試験にはフランシスカ。
元王室付直属部隊、シーカーの一員。
王弟ジェラルドの直属護衛騎士として聖戦を戦い抜いた騎士であると同時に実務補佐として仕える。
魔術学院学術科の卒業生。
二つ名は[フローズンピアッサー]
礼儀作法と芸術の試験にはフィアナ。
見捨てられたディルムン領を一代で今の水の都へと発展させたアルバート・ディルムン伯爵の娘。
あらゆる芸事に秀でた才媛。
過剰過ぎる豊満な身体を持つスーパー健康優良令嬢。
試験補佐にはギルバート。
ギルバートは良い意味でも悪い意味でも有名な魔術学院の異端児。
初めて魔術を使ったのは2歳の頃だったという神童。
平民出身でありながら首席で入学し、卒業後はファナリア大公家へ養子として迎い入れられたサクセスロードをひた走る。
現在はファナリア家の聖戦枠を引き継いで参戦する実力派エリート。
二つ名は[暴食の魔術師]
集められた候補生は7名。
それぞれ既に学院卒業生に弟子入りしており魔術の勉強の段階にある。
判別でギフトが多数か魔術に関するものを持つ者から選ばれている。
これから試験を始めるわけだが、私はというと来賓という肩書きでやや離れた場所から観戦している。
プロシアの遠見の術式のおかげで暖かな屋内からでもよく見える。
季節は冬明け、聖堂院なら既に試験が済んでいる頃でまさに受験シーズンなのだ。
本番に近い条件ということでこの時期に行うことにした。
年齢は12歳から14歳。
今から二年後に受験する時に一般的な適齢に収まる範囲である。
試験は、筆記、魔術、芸術、武術、面接の順番。力を最大限発揮させる為に身体の温まる順となっている。
◇◆◇
筆記試験は屋内で一斉に開始。
問題は通常の100点満点の物が一枚、一枚目が終わった者用に50点満点の物が二枚ある。
採点基準となるのは通常通り100点満点の物をクリアすればいいのだが。200/100点中であり時間の余った者ならオーバーして得点を稼いでもいい。
二枚目は難易度が上がり、一問辺りの採点も低い。
三枚目は超難問で設問数は少ないが答えるのは困難を極める。
筆記試験を監督するのはフランシスカ。
七人はかなり苦戦しているようだ。
当然だが彼等はまだ受験準備中の身である。
模擬試験とはいえ勉強の済んでない段階で答えるのは難しくて当然なのである。
ちなみに問題は教科書を参考にして私が作った。
プロシアに確認してもらい、簡単な問題を足したり難易度を下げたりと調整をして完成させたものだ。
必要な勉強の1/3程度の進行度でも十分解ける内容にしたつもりだったが、これだけ手直しされるのはおそらく候補者に気持ち良く解かせた方が良いという判断なのだろう。
プロシアは厳しいと有名らしいが存外サービス精神が旺盛ではないか。
語学、算術、史学、魔術の4科目。
学舎では更に神学、自然学、古代語、魔術史といった授業も受けることになる。
上級生になれば更に専門的な選択教科まである。
選択教科はいくつまで選択して良いのだろうか、気になる。
さて、動きの少ない筆記試験の中で一人、語学の二枚目まで解いている候補生がいる。
「これはなかなか。彼はなんと言ったかな」
来賓席で様子を観るルドルフ子爵が候補生の一人に目を付けた。
「彼は確かクライドという候補生でしたな。遊牧民の出ですが幼少の頃より学問に興味を持っていたとか」
すかさずアルバート伯が名前と簡単な情報を付け加える。
さすがは大商人。顔と名前とプロフィールは頭に入れているようだ。
「ほう、それは素晴らしい。
彼のような意欲ある若者を見出し機会を与えられるとは。これもジェラルド大公の慧眼ですかな」
ルドルフはジェラルドのファンを公言している。
同じ聖戦を3度経験しており、その活躍を目に焼き付けているのだとか。
ルドルフも5度の聖戦に参戦しており、陞爵して子爵位を得た振興貴族である。
「姫様はどなたか気になる候補生はおられますか」
「ふふ。まだ始まったばかりですよ」
「はははっ、これは失敬。少々急すぎましたね」
試験官は現地に行っているので、ここはさながらVIPルームである。
「もう暫くの間は筆記試験ですし、何か簡単な物を用意させましょう。
昨晩、星神領域から来た商船から珍しい果物を仕入れておりましてね」
「ほぉう、異国の果物をいただけるとは。これだけでも来た甲斐がありますな」
必死にカリカリ問題を解く候補生の様子を時折見ながら歓談してまったりとした時間を過ごす。
果物は見たことのない品種だった。
彼等にとっては異国の果物なのだろうが、私にとっては異界の果物である。
食べたら身体が変異したり、知られていない変な効果とか無いだろうか。
内部の様子や分子構造と組成を調べながら、視線を筆記試験に向けたまま他の二人が美味しそうに食べているのを注意深く観察する。
4科目全てが終わった。
結局二枚目に手を出したのはクライドが算術以外の3科目。ハンナが魔術の二枚目を書ききり、ピリッコが歴史をほんの少し触ったくらいで他には現れなかった。
フランシスカが採点をしている間に次の試験会場へと移動する候補生達。
◇◆◇
ここで少し候補生達のプロフィールを簡単におさらいしておこう。
調書は二ヶ月前の物だ。
今回はお試しという事もあり、近場から候補を集めているので人間族ばかりである。
従者選定に関しては私に一任されている。
模擬試験自体は何度か開催しても良いので焦って一回目から従者を決める必要は無いが、わざわざ貴重な時間を割かせて開催しているのだ。
一回一回を無駄にしないためにも見落とさないようにしっかりと把握しておきたい。
さて、この世界でのリヴィアと同年代の子供達の実力とデータ収集。
ヒルデの今後の育成や受験対策に大いに活用させていただこうではないか。
◇《候補者紹介》◇
【クライド】
年齢: 14歳 性別: ♂ 種族: 人間族
[スキル: 動物鑑定/水魔術/苦痛耐性/魔力強化]
備考: 候補者中では最年長。遊牧民の出で初等学校には通っていなかったが勉学に興味がある。
洗礼の儀も恩寵の儀も神殿ではなく部族内の儀式で済ませていて判別を受けておらず、同じ部族出身の旅の行商人が興味本位で判別を勧めたところ発見されるに至った。
弟子入りが遅かった関係で師の下で十分に時間を掛けてから受験に臨む予定。
素直で控え目な性格で半引退気味だった師からとても大事にされている。
素の視力が非常に高いらしく警戒心の強い動物への鑑定との相性も良い。
(私見)・汎用性の高い水魔術の適性と威力を上昇させる魔力強化を持ち、動物鑑定まで揃っているとなると対獣魔術師としての高い資質がある。
性格も良さそうで優良物件だがリヴィアの従者とするには難しいかも知れない。
【ハンナ】
年齢: 13歳 性別: ♀ 種族: 人間族
[スキル: 闇魔術/魔力感知/暗視/精神力上昇/異常耐性/魔力上昇]
備考: 闇魔術の適性が高く、各種スキルもそれを更に引き出すのに適した理想的な組み合わせ。
性格に難があり、人付き合いが苦手。私生活も疎かで生活能力が欠如している。
その才能の高さから貴族家にスカウトされたがご令嬢と上手く行かずに破談となった。
(私見)・専属契約が性格の不一致で破談になるケースは珍しくはないが、ここまで素晴らしいギフトの持ち主を手放すのは大変珍しい。
おそらく苦手を克服する気が薄いのだろう。従者には不向きそうだが、組み合わせの良いギフト6つ持ちは大変希少価値が高い。
【ソラ】
年齢: 11歳 性別: ♂ 種族: 人間族3+魔族1
[スキル: 精密/精神力上昇/平衡感覚/音感]
備考: 魔族クォーターの少年。候補者中で最年少ながら小器用に何でもそつなくこなせる。
精密のスキル効果からか、初めての物でもコツを掴むのが上手で呑み込みも早い。
精神的にも落ち着いていて性格にも欠点が見当たらず、これという特技こそ無いものの将来性は有り。
(私見)・貴族家の使用人として使うなら年齢の低さもプラスである。
一人だけ若い彼を参加させたのも従者候補としての合格ラインから意図的に選ばれたのだと思われる。
仮に私が候補者をピックアップするとしても入れるだろう人材。キープ枠である。
【ピリッコ】
年齢: 13歳 性別: ♀ 種族: 小人族
[スキル: 道具鑑定/土魔術/料理/風魔術]
備考: エストバース王国生まれの小人族。小人族の国の生まれではないので出身地や村落を家名としては持っていない。
度胸があって明るく前向き。スキルを授かってからは料理の腕も磨いている。
魔力の低い小人族には珍しく複数の属性魔術の適性を持つ。力も魔力も劣るが意欲は高い。
(私見)・小人族には職業魔術師が少なく適性があっても魔術を他の職種に活かす程度の者がほとんどである。
ピリッコは他の小人族と違い、生まれも育ちも王国だからなのか魔術師になりたい気持ちが強いようだ。
【ランディ】
年齢: 13歳 性別: ♂ 種族: 人間族
[スキル: 望遠/剣術/免疫力/魔力上昇/敏捷上昇]
備考: 地元では有名な剣と魔力の両方に秀でた才能の持ち主。どちらも専門に学ぶ貴族家の子女には及ばないが、両立型は弱点が少ないので何かと有利に働く。
平民だが性格はやや傲慢で、いずれは実力で爵位を得るのだと豪語している。
(私見)・公表されたギフトのラインナップとしては冒険者向きなので学院より王立学園の方が良さそうだ。
平民で傲慢だと学院では多くの敵を作りそうなので余程の才能が無い限りは教育が必要。
事前情報より小柄に見える。
【リックス】
年齢: 13歳 性別: ♂ 種族: 人間族
[スキル: 筋力上昇/体力上昇/体術/生命力上昇/熱血]
備考: 身長178cmと、年齢の割に身体が大人並に大きく力も強い。勉学もかなり優秀で算術は既に在学生と同等。
幼い頃より変わり者で物怖じせず、人の話を半分しか聞かずに何でもパワーで解決する傾向にある。
自信家で年齢に似合わない精悍な顔付き。
(私見)・体内から湧き立つ生命エネルギーが尋常ではない。
現状ではおそらく今回の候補者中で頭一つ抜けた身体能力。
魔力は年齢相応程度だが、これでまだ成長するなら逸材である。
事前情報より更に大柄に見える。とても13歳の体格ではない。
【ヴァーノン】
年齢: 13歳 性別: ♂ 種族: 人間族
[スキル: 短剣術/命中上昇/射撃術/直感/探索]
備考: 候補者の中では平民ながら比較的裕福な家の出で初等学校も上位で卒業済み。初級魔術も学業も同年代の貴族の子女と遜色ないレベル。
リックスに次いで体格が良く身体能力も運動能力も優秀。やや短気で言葉遣いや態度が悪い。
本人は王立学園志望だが両親は魔術学院入学を熱望しており渋々弟子入りさせられた。
(私見)・素の能力は申し分ないが言葉遣いや態度で大きく減点されそうである。
偵察に向いたギフトの組み合わせなのは個人的には良評価。
ヒルデではカバーしきれない部分を補える人材は欲しい所なのだ。
《余録》
遂に始まった模擬試験!
候補生達は例年と毛色の違う新しい試験のスタイルにどう挑むのか。
交錯する主催者側の思惑と、候補生達の抱く心情、そして試験の行方は?
と書くとまるで主人公も候補生に混じって難関に挑戦するかのように見えますが、実際は主人公が主催者となって暖かなVIPルームで大人達に混じって歓談しながら悠々と観戦するという黒幕ムーブでした。
金と権力とコネを使って、ご近所の有力者を巻き込んでエンターテイメントとして娯楽を共有しています。
協賛なので、主人公の従者選びと同様に、気に入った候補生が居れば引き抜きOKです。
ほぼ人材オークションですね。




