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1000通りの計画  作者: Terran
間章 海神領域
11/99

Since.1339 [海神領域]


【異境: 海神領域】


[135]

 私がそれに気付いたのは本当にたまたまだった。

 新しいテーマとして幽体離脱した意識と本体の意識の両立した状態を維持する訓練をしている中で閃いたのだ。

 幽体で神眼(アイリス)が使える可能性に。


 初めは興味本位だったが、そもそも霊視なら王紋やアイリスの判別が付く以上、いずれ関連付けて考えるのは時間の問題だったのかも知れない。

 それでもタイミングが被ったのは偶然によるものだろう。

 ともかく、私は幽体でのアイリスの使用実験の途中でたまたま異境出現を報せる神託を認識したのだ。

 驚いたことに、それはあろうことか失われし海神領域の異境宣告だった。

 さすがに海神領域については伝承やお伽噺でしか聞き及んでいない。

 どうやら海王国の文化的な理由で書物にもほとんど載っていなかったのだ。


 口伝でのみ伝わる海神領域、原初の海に浮かぶオルドイジル諸島。

 かつて存在した大海原を支配した海洋国家、幻の大都市モーラクライア海王国に最古の国家オケアストラ竜王国。

 不幸が重なり聖戦での三度に及ぶ敗北により人の住めなくなった呪われた海の伝説。

 かつて全ての海を統べた大国家が滅亡に至るまでを綴った有名な伝承にはこうある。


 一度目の災厄で古の海淵の門が解き放たれる。

 二度目の災厄で海魔の王が産まれ落ち。

 三度目の災厄で全てが海の底へと消えた。


 この伝説によれば聖戦で連続して三度の敗北は領域の終わりを指すということを示している。

 そしてそれ以降、滅亡した海神領域の異境発生の神託は降りていないのだという。

 しかし現に私はその神託を目の当たりにした。

 ここから推察される真実としては、神託が降りなくなったのではなく、それを受け取れる者が居なくなったからなのでは無かろうか。

 滅亡の日、海神を信仰する神殿の従事者は陸に逃げる事を拒み海中に沈む神殿と運命を共にしたという話もある。

 海神の加護を受ける王家は大王国と共に滅んだ。

 当時の崩壊する海都から脱出して難を逃れた民は各地に散って、現在ではその子孫が各大陸の海岸沿いの自治区で細々と暮らしている。

 そして彼等は決して他の六大神の領域で大神殿を建てることがなかったという。

 海神は海の神、彼等の信じる教義において陸の上に大神殿を建てることはご法度だったのだ。

 表向きは六大神を奉る大神殿は各大陸にはあるが、実際に神託を下されるのはその領域の神に限られている。

 そして海神の神託を受け取れる新たな大神殿が海神領域に建てられることもなく、以降は誰にも神託が受け取れなくなった。

 唯一、対応する海神眼(アイリス)を持つ者だけが神殿を経由せずとも、こうして発動中に丁度発生した神託を眼にすることが出来たという訳か。

 つまりこの異境については私しか知らない。


 この世界エリュダイトには大きく別けて6つの領域がある。

 そしてそれぞれに人類の生存圏があり、領域間の航行には必ず航路が定められている。

 航路を外れれば強大な海の魔物達に襲われて、あっという間に沈められてしまうからだ。

 現代の航路はそれぞれの領域から外れないように定められている。

 つまり海神領域に踏み入れないルートだけに限定されている。

 前回の魔神領域の大敗により、魔神領域間への航路も安全ではなくなったという。

 魔神の加護の力が弱まり、海魔達が侵入してきたのだ。


 この海神領域の異境については、出来れば各国へ伝えるべき内容なのだろうが。

 その情報元を知られる訳にはいかない。

 この件を広めることが私にとってリスクしかないのであれば、黙っているより他あるまい。

 ともすれば無責任に当たるだろうが仕方がない。

 こちらにもやむを得ない事情があるのだ。

 それに一度は異境を体験したいと思っていたのだ。

 良い機会だし今回は研究のために私一人で出現した門を叩くとしよう。

 幸いなことにリヴィアには生まれつき生涯フリーパスが備わっている。



[136]

 訓練の成果。

 分霊化によって本体とは意識を共有しつつ、互いを別々に操作可能となった。

 霊魂とは霊体と魂魄を指すものだ。

 魂を核として、無防備な魂を霊体で覆うことで急所を護っている。

 心臓を肉や骨で覆うのと似たようなものだ。

 ならば霊体を新たに構築してそれを分離できれば、理論上は複数の霊体を同時に持つことが可能である。

 だから創ってみた。

 神力を使えば特定の熱量やリソースという要素を回復することが可能なのだから、霊力を回復するやり方を応用すれば霊体の延長を構成することも可能なはずなのだ。


 複数の霊体を持つコツを掴むのは大変だったが、そこはマルチタスクと覚醒を組み合わせて、ついでに慣れない内は導入部にアイリスを使って無理やり実現させた。

 異境の門の発生までの限られた期間をやりくりして修得しなければならなかったのだ。

 これは緊急事態に含まれる案件として多少の無茶には目を瞑る。

 こうして実現した幽体からの派生技術、仮に分霊としておこう。

 分霊単体は幽体離脱ほどの万能性は無いものの、今後の研究次第では更なる汎用性の拡張も見込めそうである。

 しかしそのままではただの力の塊であり、短時間で拡散してしまうので、幽体系の魔物から採集した非実体の魔核をベースに、魔力やら神力を注いで造った擬似的な燃料電池を搭載した分霊を構築した。


 こうして改良した分霊は初期型より長時間キープできるようになったわけだが。

 実用試験として夜中にこっそりと飛ばして遠方で魔物退治して帰還する、のを毎日距離を伸ばしながら繰り返し重ねていく。

 副産物として、戻った分霊の魔核には倒した魔物から力の一部が吸収蓄積されており、ある程度成長し大きくなった魔核を分離する事で、新たな分霊の素材とする事が出来たのだ。

 これは素晴らしい成果である。


 魔力を注入した魔核を使っているので、魔力感知に優れた者には気付かれるリスクはあるが、そこは工夫次第である。

 魔術の自主訓練の一環と称して、魔力を込めた媒体を入れた風船を飛ばして操作するというのを最近の表向きの日課として他者の観ている前で繰り返している。

 地味な基礎訓練だが効果あるとして公認してもらっている。

 つまりカモフラージュである。

 暇さえあれば普段からやるようにしているし、コストもほとんど掛からないためヒルデにも勧めて試させている。

 なので朝食前や就寝前に風船を飛ばしても特に不審がられることもない。

 そもそも海神領域のことを知っている者が居ないのだから、見た目にも分かり易い行動の理由さえ添えてしまえば目的を察せられる心配など皆無なのだ。


 こうして日課として毎日風船を飛ばして、ダミーの半数が帰ってこなくても消耗品なので問題ない。

 風船の色は三色をランダムに選んで飛ばしているが。帰ってくる風船が今日の物なのか、三日前の物なのかなど、傍目からは見分けが付かないのだから人目を気にする必要もない。

 私の魔力の込められた激安簡易魔術具である風船が出入りしていても不思議ではない環境にしたかっただけなのだから。

 そうして、日々訓練を重ねた私は同時に複数の分霊を長時間遠隔操作する技術を手に入れた。

 元々遠隔操作は幼少時から延々と繰り返しているので、操作自体には不安は無かった。

 分霊に慣れるのが今回の課題の全てである。


 半魔術具化した風船は実に良い発想だった。

 何しろ力が外に漏れない。分霊は存在が不安定なため維持するだけで力が漏れ出て、無茶をすれば立ちどころに霧散してしまうのだ。

 風船に簡易的な魔力の開閉孔を取り付け、そこへ分霊を収容すれば、風船で移動して現地で中から分霊を排出。

 事が終われば再び収容して帰還できる。

 もっとも、物理的な魔物の素材は持ち帰れないので本当にただの技術の訓練感覚でしかないのだが。

 どうせ近くで狩ろうと遠くで狩ろうと、得られるものは経験だけならと、素材が元々回収困難な海上での戦闘を重点にした。

 距離的な問題こそあるが、これなら本番での予行練習にもなる。



[137]

 もちろんこの技術には欠点も多い。


 まず燃費問題。

 電池方式である以上、込めた分しか動けないのだから当然である。

 ペース配分を間違えれば帰還に必要な魔力量が足らず回収は望めない。が、この燃費の問題は融合で補うことにした。

 要するに同一規格で造ったのだから、現地で残量の減った物同士を合体させて一体にして補充すればいいのだ。

 帰りの分くらいはこれで保たせられる。

 片方の風船の残骸が現地で棄てられるが何ら問題はない。


 次に移動速度。

 残念ながら風船では速度は出せないので上空まで上げてから気流に乗せることにした。

 気流や風の通り道を把握するのには、ダミーの通常の風船を使って対応した。

 あれらなら何処へなりと拐われても問題ない。

 ある程度コツが掴めれば気流に惑わされる心配も減っていく。

 後は自分の学習能力の高さ頼りである。


 そして戦闘力。

 分霊は非常に弱かった。

 肉体を持たないというのは実に脆く、儚く、不安定で、弱々しかった。

 ゴースト類が何故あんなに強いのか、繰り返す試行錯誤の末に辿り着いた答えは。特殊な戦闘スタイルのせいだったのだ。

 分霊は言わばゴースト。

 ゴーストは相手に取り憑き生命力を吸い上げるために呪いで弱らせる。

 つまり抵抗力を減らすなどの弱体化の工程を踏まないと与えられる影響力も弱いのである。

 肉体というエネルギーの塊相手に、実体を持たないゴーストが真正面から太刀打ち出来る訳がない。

 前世での知識から、ゴーストは理不尽な強さで生身の人間を呪い殺していたが、あれは所詮はフィクション。

 断言しよう、正攻法ではそんなに強くない。

 相手を弱らせて弱らせて、心を折って精神的に屈服させるから実体へ干渉して影響を及ぼせる。


 この場合の干渉とは一種の呪いであり、すなわち魔術なのだ。

 魔術であれば実体でなくても行使できる。むしろ燃料の魔力を純粋に魔力として扱える分、生身より素早く行使できるだろう。

 しかしゴーストである以上はその身を削らなければ呪いは行使できない。

 フィクションの理不尽な幽霊の様に無尽蔵の呪いとは行かないのである。

 従って本物のゴーストが狙うのは撃破コスパの良い相手に限られる。

 せっかく餌にしても、撃破に掛かったコストより得られるコストが少なければ、いずれは自身が消滅してしまう。

 だから狙うのは精神的に弱った者や、心の不安定な者、抵抗力の低い者であり、そうした相手ならば安いコストで屈服させて餌にできるからだ。

 つまり今まで私のやっていたことはゴーストの基本原則の狩りスタイルに反する。

 わざわざ弱っていない元気な魔獣や魔物相手に真正面から魔術合戦など世のゴーストから見たら溜息ものだっただろう。

 これだから素人は、と文字通り白い目で見られるに違いない。


 失敗は誰にでもある。私とて例外ではない。

 何とか熟練のゴースト先輩方のような効率の良い理不尽な呪いを、とも考えたが。

 年を経ていない新参ゴーストには少々荷が勝ちすぎる。

 前世の知識から、本当に危なそうな心霊ものを参考にとも思ったが。今から心霊スポット巡りをして研究しても期間内に実用レベルのものにはならないだろう。


 となれば発想を変えるべきだ。

 要するに相手を餌に出来れば良いのだから。

 多少コスパは悪かろうが、強い吸引力で生命力や魔力を吸い取る術式を媒体に刻んで、エナジードレインだけを連打する迷惑なゴーストを量産してしまおう。

 複雑化すればそれだけ労力も維持も難しくなるのだから、ひたすらに吸収効率だけに特化させて延命や継戦能力を追求してみようと思う。

 しばらくの間、各地で魚類型の魔獣の群れが謎の集団不審死している現場が航行中の船舶に目撃されるかもしれないが、ちょっと怖い怪現象として賑わっておいて貰おう。



[138]

 吸収魔術はオリジナルである。

 どうも死霊術に分類されるらしく、基本的にどこの学校でも教わらないので特定の魔術師の家系の秘術という区分になるようだ。

 今日まで入手可能な魔術書を読み漁ってきたが、どうもそれらしいものが無いので秘術であるだろうという結論に至ったが、案の定だったわけである。

 仕方がないので自作しては試して、改良しては試して、トライアンドエラーの繰り返しの末、何とか実用に足るものが組み上がった。


 術式を刻む媒体は消耗品としてはややお高くなったが、開閉部分には周囲の微粒魔力の吸収を助ける簡易魔導具としての機能を。

 本体には魔力の行使に反応しての生命力吸収、対象に触れての魔力吸収、の二つの術式を組み込んだ。

 とはいえ、術式は高度化すればするほど必要魔力も大きくなる傾向にある。

 かといって燃費を無闇に下げようとすれば同時に出力も下がりかねない。

 なので術式自体はとてもシンプルに。魔術部分は最後の吸引力にのみに絞っておく。


 では他の機能部分はどうするのか、答えは簡単だ。

 私が手動で周辺の魔力を操作する。

 式を編まずに純粋な魔力のまま行使するのだ。

 これは労力こそとてつもないが、自動でやるにはどうしても無駄な出費が出てしまう。

 私が赤子の頃の全能の脳で訓練した操作技術からすれば、オートとマニュアルの消費効率差は優に十倍以上の違いになる。

 最初から手動ならばコスト問題はさほど苦労しなかったろうが、それでは意味がないのだ。

 手動無しで究められる所まで技術向上させてから、仕上げとして手動を導入することで、最終的な技術レベルの総合到達点を上げるのが望ましかったからだ。


 だいぶ時間は掛かったが、異境の門出現までに何とか実践レベルの完成は間に合いそうである。

 さあ、お待ちかねの聖戦を始めようか。



[139]

 海神領域のど真ん中。

 幾重にも張り巡らされた巨大海洋魔獣達の縄張りの先に異境の門は出現していた。

 当然だが、こんな場所に来る者などここ百年の間は皆無だろう。

 予め視察に何度か訪れていたが、門は離れた場所に合計3つ。

 その周囲の空間には巨大なモニターの様に実体の無い球体が浮かび、異境の内部の様子が映し出されるらしい。


 今日は離れの工房に籠もる旨を予め伝えてある。本体は私のために造らせたアトリエの地下で結界を張って疑似睡眠中。

 トランス状態へ導く香を焚いて常時覚醒状態を維持する。


 幽体離脱の本幽体で異境に入ることは、残念ながら戻れる保証がないので止めておく。

 この日のために溜めに溜めた分霊達をリハーサル通り一時的に結合させる。

 これが上手く行かないと折角の異境でも大した情報も得られずに終わってしまうだろう。

 何しろ生涯フリーパスで連れていける頭数にも限りがあるのだ。


◇◇◆◇◇◇◇


 時は満ちた。

 波を掻き分ける音を立てながら私達は異境へと侵入を試みる。

『アイリスを全て開放』

 入れたのは35体。

 やはり門の識別する私の本体は、あくまでも睡眠中の肉体の方だという認識か。

 概ね計算通りである。よもや分霊全てを私として認識してもらえるという都合の良いことにはならない様だ。

 35体が門にその巨体を潜らせててから、追従して侵入しようとした予備の分霊達は門の入り口に弾かれて中へは通されなかった。

 仕方がない。これらは異境の氾濫に備えて後方で待機させるとしよう。

 門への侵入を果たした私達は濃霧を越えて、大小様々な島々のある海域へと辿り着いた。

 長い首を持った私が海面から頭をもたげて遠くを見渡す。


 これが異境。

 聖戦の舞台となる地。


 そこは異境と呼ばれるに相応しい異なる法則の交わる世界。

 極彩色の空に縮尺の図りにくい巨大な岩や植物。

 不思議な色の砂浜に入り乱れた海流。

 私の前世の知識を以てしても、これは異様な光景としか言い表せない。

 まるで幻想画のような世界が拡がっているのだ。


 この光景に魅入っていたい気持ちもあるが、まずは陣地の作成と結合した分霊の解除。

 周囲と味方の様子も確認する。

 異境には原生生物らしきモノがいる。

 これらは発生した異境毎に異なる特徴的な外見をしているが基本的には中立で、対応する門を支配している領域に棲息する原生生物は味方となる。

 逆に敵の支配している門の領域に棲む個体は敵となる。要するに聖戦とは陣地取りなのだ。

 決められた期間内で如何にして相手の門に辿り着き、支配下に置くかを争う場である。

 門は支配下に置かれるとその者の陣営の色に変わる。今回の場合、私達の陣営の色はマリンブルー。

 敵方の支配門はここからでは確認できないが、おそらく別の色なのだろう。

 門自体の形はそう違いは無いだろうから視れば自ずと理解できるはずだ。


 聖戦の期間が終了すると異境消滅までの間は門が開放されて、支配下にある原生生物は相手の門へと侵入を繰り返す。こ れが異境の氾濫と呼ばれる現象で、門を潜った原生生物は辿り着いた世界で凶悪な魔物へと変貌する。

 問題はこの原生生物は味方の門を潜らせても魔物化してしまうことにある。

 従って聖戦が決着したら間引くなり敵の門へと向かわせないとならない。

 エリュダイト側は基本的に原生生物を幻獣部隊として指揮官を付けずに尖兵代わりに突撃させるらしい。

 私もそうしても良いのだが、個人的にも色々と調べたいので運用は統一しない。

 まず手始めにこの怪魚型の原生生物について調べるとしようか。



[140]

 大変なことが起こった。

 これは大きな失態である。非常に宜しくない。

 私の眼が、眼が虹色のままなのだ。

 神眼(アイリス)が閉じられない。


 異境へ突入して聖戦開始の為に初日は意気揚々と陣地形成と原生生物調査に乗り出し、本番は翌日からのつもりで早朝に本体は目を覚ました。

 工房内で身支度を整えて今日も何事もなくルーチンを開始しようとしたのだが。鏡に映る私の眼が、アイリス全開で調子は絶好調の全力フルパワーだったのである。


 わあ、お目々がレインボー。


 いや、自分でも妙なテンションなのは解っているが、一晩中焚いていたお香のせいで常にトランストランスしているのだから仕方がない。

 もちろん現在も大絶賛聖戦中である。

 私達は六隊に別けてそれぞれ支配下に無かった2つの門を支配して合計3つの門を守護。

 残りの隊は片っ端から敵性原生生物を排除している。

 まだ本隊は双方睨み合いと威力偵察の真っ最中なので本格的な戦いには到っていない。

 まあこちらは端から勝てるとも思っていないので必要手順を確認しながら小手調べだ。

 そんなことより今はこの眼をどうするかなのだが。


◇◆◇


・[脳内シミュレーション]


「寝不足で眼が腫れちゃって」

「わぁ、お嬢様のお目々が虹色ですよぉ。とってもお綺麗ですぅ!」


◇◆◇


 とはならない。

 いやヒルデなら言わないとは限らないが、その後で大事になるのは間違いない。

 眼科に行ったとしても説明のしようがない。

 何しろ私自身こうなった原因に確証は無いのだ。


 憶測だが、原因其の一。

 連続使用による副作用で歯止めが利かなくなった。

 私はアイリスがどういう力があってどう使えば良いのかを本能的に理解しているが、使い慣れてはいないのだ。

 何せ今日までなるべくアイリスに頼らない道を選んだのだから。

 なので使い過ぎるとどうなるかについては全く知らない。

 アイリスに対する不思議な理解力から、これが害ある状態ではないことだけは確信しているのだが。

 この場合だと時間が経てば直る可能性はある。


 こちらは推測だが、原因其の二。

 聖戦による影響。

 王紋とセットであるアイリスは異境への入場パスにもなっている。

 なので王紋発動状態とアイリス発動状態が完全にリンクしている、という因果関係が成り立つ。

 この場合は異境へ入場している状態が終わらないことには元には戻らないだろう。


 原因其の参。

 私がちゃんと参戦していないのが原因。

 現状の参戦の仕方が完全にイレギュラーであり、私は入場中の読み込み状態をずっと維持しているという可能性だ。

 つまり入場の仕方が間違ってるおかげで条件付けがバグってて処理が進まないのである。

 この場合、私の本体が門を通るか門そのものが消えれば収まる可能性がある。


 いや拙いぞ。

 つまりどの想定であってもすぐに直らないではないか。

 何とか、何とかしなくては。


◇◆◇


「あらヒルデ、おはよう」

「お嬢様。おはようございますぅ。ってどうしたんですかソレ」


 私は少々大袈裟な魔導ゴーグルを掛けている。


「新しく造ったの。しばらくはこのままデータを取るから気にしなくていいわ」

「ええぇ。お嬢様のお美しいお顔を見せないなんて世界の損失ですよぉ!」

「ヒルデは大袈裟ね。ふふ。

ずっとではないけれど、しばらく苦労をかけるわね」


 そう言って堂々といつも通り過ごす。

 多少無理があるのは分かっているが、咄嗟に何とか出来る方法が思い付かなかったのだ。

 私は学習と訓練と実益と目眩ましのために魔導具造りに精を出している。

 魔導具は魔術式の構築やその作用を研究するのに最適だからである。

 このゴーグルも試作段階の魔力測定器を改良したもので、ゆくゆくは魔導解析ゴーグルとして完成させる予定だったのだが。

 食事時にまで着けたままの姿は見せられないので、暫くの間は食事を工房に運んでもらうことにした。


「あっ何ですかそれ。僕も欲しいなあ」


 魔術の授業でギルバートに訝しがられるどころか、逆にキラキラした目で見られたが気にしない。

 よし、ギルバートの眼が虹色になったら特別に作ってあげてもいい。


 とはいえ、これは鑑定系のギフト未所持者である人用のものである。

 鑑定系は特殊型に属するギフトで、未所持者がいくら鍛錬しようが所持者のような効果を自然修得するのは不可能である。

 こういった有無で明らかに機能そのものに差異の発生するギフトを、私は特殊型として区別して考えている。

 もし魔導解析ゴーグルが完成すれば、今度は鑑定機能をどうにか再現出来ないか探る予定だ。

 鑑定という力が有る世界ならば、それを再現することも理屈の上でも不可能ではないはずだ。

 特殊型のギフトを持たない身としては、これを払拭する対策を講じるのも当然の選択である。

 もちろん不可能と判断すれば別のやり方に換えるが。

 私にとってこの手段そのものが多様な利をもたらすから行使しているに過ぎない。

 結果が伴わないならどれだけ積み上げて来たものだろうと切り捨てることに躊躇う理由など無いのだ。



[141]

 聖戦三日目にして初めての敵性部隊との交戦となった。

 初日は陣地作成と周辺の調査。

 二日目は敵性魔獣とのエンカウントとその配置の探り合い。

 偵察に来ていた先遣部隊とも接触したが、結合分霊の一体をバラしたゴースト部隊で簡単に倒すことが出来た。

 吸った手応えとしては、保有魔力量は少ないが抵抗力も低くてあしらいやすい。


 そして現在、群島の要所となりそうな箇所に当たりを付けていたのでその制圧に赴いた所、敵性部隊を発見したのだった。

 カリュブディス(勝手に命名)の放つブレスが小島ごと敵部隊を蹴散らす。

 先手必勝である。

 こちらの思考リソースは分散しているので、予め反射的行動をある程度定めている。

 つまりセミオートに近い。

 なので先に見つけたら多少過剰火力気味でも撃破優先。


 このカリュブディス(仮)は海神領域内で縄張りを持っていた大海獣。

 憑依状態なら一体にカウントされると踏んで、私を取り憑かせてから参戦させて今こうして活用している。

 そんなことが出来たら簡単な話。かと思いきや、憑依させた私がある程度誘導できるだけでほぼ自動運転であることや、憑依分霊の魔力が切れればただの制御できない魔獣に戻るため、今のように味方の一人も居ない状況でないと実用の目処は立たない。

 憑依対象には六大神の加護を受けていることも前提なので意外と選択の幅も少なかったりする。

 つまり運用するには、負けてもいい前提で敵味方問わず大暴れさせて場を荒らす、という目的でもないとただの迷惑なだけの巨獣なのだ。


 よくあるファンタジー物の敵役が、最後の手段として制御出来ない格上の魔物を放って自分が真っ先に殺害されるパターンで観られる例のアレだ。

 雑過ぎて作戦とすら呼べまい。

 違いがあるとすれば。一応は制限時間付きで誘導出来ることや、アイリスの効果が大きいこと。

 私自身には何の痛手も無いことが挙げられるだろう。

 試験的に運用してみたが、公平さからは程遠い。


 しかし、こんな巨獣が海神の仮面を着けているのは何ともシュールな光景である。

 そして次々に蹴散らされる敵性部隊の面々も異神の仮面を着けている。

 この仮面は異境へ入った時に自動的に装着されるもので、物理的な影響はないが勢力を色分けで看破する能力が付加される。

 つまり仮面越しに視れば敵味方の識別マーカーが常に表示されるのだ。

 仮面のデザインは異境の発生した領域の神によって決まる。

 私には仮面越しの視覚はもちろん共有出来ているが。結合を解除して分裂した分霊の視覚も得ている。

 仮面越しではない視覚には敵の姿がフィルター無しで見える。

 仮面を着けていないとその姿は朧げで存在を認識するのが困難な揺らぎに見えるのだ。

 更にアイリスで視覚を凝らすと、ようやく全貌が映る。


 人化した蛸や烏賊のような容貌に仮面を着けている。

 あれが異界の知的人類なのだとしたら、この聖戦を戦う理由はこちらの世界と同じなのだろうか。

 対して仮面越しに映る姿は仮面を着けた黒い靄のような姿だ。

 揺らぎより多少解像度は上だが、アイリス程の鮮明さは期待できない模様。

 彼等の霊魂の様子が気になり探ってみると、かなり必死な感情が見て取れた。


 要するに聖戦とは互いの世界のリソースの奪い合い。

 勝てばその世界には富める恩恵を、負ければその世界は荒廃する。

 ただそれだけの単純なルール。

 大半の異神からすれば勝率の高いエリュダイトは簒奪者に見えるし、自分達の世界を被害者だと思うのだろう。

 事実その通りだが、それはお互いに納得尽くであるべきだ。

 そのルールを創った者が別に居るのなら話は別だが。

 今はまだ私にはその真偽が判らない。


 だからこそ探る。

 だからこそ知ろうとする。

 だからこそ私は今これを観ている。

 どちらが正しく、どちらが悪く、どういった罪があるのか。気になる者も居るだろうが、そんな次元の問題ではないと私は思っている。

 そういったことは正義感の強い転生者や、悪を許せない転生者や、感情的な転生者に任せておけばいい。

 私がするのは原因の究明だ。

 情に流されず、倫理観に苛まれず、反論されるほど不平等に、シビアなほど公平に。


 結局のところ落とし所など後からいくらでも辻褄は合わせられよう。

 故に、相手に家族が居たり、世界を守ろうと必死になり、命懸けで、この一戦に全てを賭していようとも。

 今はただ、その尽くを蹴散らし、蹂躙しよう。

 私が原因を究明するまでは世界を延命させなければならないのだ。

 だから罪の意識も責任も取るつもりはない。

 そんなものは無理やり戦わせている神にでも取ってもらえばいい。

 大変申し訳ないが、君達にはこの戦争が終わるまで茶番に付き合って欲しい。

 私達の敗北が確定したこの聖戦で、勝利の確定している君達にはなるべく多くの命を散らして貰い、その様子をつぶさに観察対象とさせて戴きたい。

 だが安心して欲しい。

 私は得られた情報を無駄にはしない。

 いずれ必ずや我々が戦わなければならない原因を特定し、然るべき処置をすると約束しよう。

 そのためにも残りの期間、私も出来得る限りこの一戦で情報を集めきれる様に戦争を激化させて、様々な要素を調べ上げるのに尽力すると誓おう。



[142]

 結果から言えば惨敗だった。

 残念ながら、私は聖戦の期間を全う出来なかったのだ。

 実に無念である。


・聖戦四日目。

 敵本陣から出撃したと思われる者達に手勢の半数近くを撃破された。その時に確認された強力な個体は全部で八騎。

 その内六騎が三部隊に別れて攻勢に転じてから一気に潮目が変わった。

 カリュブディス(仮)は下手に操作するより本能に任せて暴れさせ、大型のハンマーを三本持った一騎を撃破したが、その隙に渦巻く槍を持ったもう一騎に討たれた。

 やられた物は仕方がないので残骸はそのままに、10km程離れた海中から同時に攻めてきた別働隊への対処にあたる。

 海神領域の門近海の覇者であるカリュブディスほどの実力を持つ個体は中々得られなかったため、残りの部隊は散々であった。

 騙し討ちと執拗な搦手を使い、剛弓と短弓を切り替える神出鬼没で厄介な一騎は葬ったが、代わりにこちらは手勢の魔獣を半数近く失った。


・聖戦五日目。

 夜間であろうと疲労することの無い私達は、緩急をつけながら低コストでリスクの低い嫌がらせの戦術を用いての消耗戦に打って出た。

 安心して寝る間など与えない。

 敢えて意図的で統率された動きをチラつかせて、魔獣を操っているであろうと臭わせて黒幕を探させた。

 勿論、私はそこには居ないので捜索など完全に無意味だ。

 よもやここで札を切ることになるとは思わなかったが、度重なる攻防で休む暇を与えなかった敵部隊へと背後から海中に沈んでいたカリュブディス(仮)の残骸を用いて再度憑依。奇襲を掛けた。

 つまりアンデッド化に似たようなモノだ。

 残骸に遺された魔力を吸い上げての憑依は、正直に言ってしまえば自滅戦法である。

 自分より強大な存在の残留魔力と融合するということは、完全に精神を持って行かれる。

 つまり制御不能の狂化兵器と化すのだ。

 さすがの私でもこの手応えと呑み込まれるような感覚には抵抗感を覚えるというもの。

 出来れば何度も使いたくない手である。

 遠慮したいのは何も不快だったからではない。

 いやまあ、手応えは不快ではあるのだが。

 あまりにも強い反発する意識により全体へと負荷が掛かり、他の私達の操作に影響が出たからだ。

 ともかく、カリュブDEATH(仮)のおかげで更に後方の敵将(詳細不明)は不意討ちで一騎討てたが、私達の攻勢もそこまでだった。


・聖戦六日目。

 バラバラになったカリュブDEATH(仮)を更に再利用する。触媒にして一帯の海を腐らせたのだ。

 正確にはバクテリアやら土壌菌類と微生物を爆発的に増殖させた。

 不衛生で臭いがキツイだけで死ぬようなものではないのだが、敵軍はそうは考えなかった。

 その後、腐海の周囲の敵兵の遺体にだけ憑依させた私達で動かして敵兵を脅かした。

 すると何という事でしょう。

 ただの不衛生なだけの腐海とは何の因果関係も無い憑依戦術のおかげで、あっと言う間に不死者の増殖する不浄なる海に観えるではありませんか。

 現れたのは魔力切れ寸前の分化した弱小な私達を使用した完全なる使い捨てゾンビ兵士である。

 当然ながら、いとも容易く撃破され中身の私達ごと念入りに浄化させられた。

 この戦術の効果は抜群で、異形である彼等の表情からは判りにくいが、動作から憔悴し切った精神状態を容易に想像できた。

 彼等にはおそらく、誰と戦っているのかその正体がさっぱり分からないのだろう。

 何しろ魔獣は出てくるのに知的生命体に該当する敵が一向に現れない。

 にも関わらず、意図的で恣意的で心理的な戦術のオンパレードに昼夜問わず連日苛まれ続けるのだ。

 精神状態がおかしくならないはずがない。

 行進中に突然奇声を上げたり、夜中に飛び起きて居もしない敵に怯え始めたら概ね成功である。

 何も殺すだけが敵軍を減らす方法ではない。怪我人は勿論だが、精神を病んだ兵士は更に厄介な足枷になる。

 怪我は伝播しないが、恐怖なら連鎖していくのだ。

 敵性部隊は重たい足取りで死んだ仲間の死体を前線から後方へと運んで行く。

 項垂れながら念入りに浄化をして憑依(アンデッド)化の対策をする。

 私達の狙いはもちろん最前線の敵兵ではなく、伝達に時間差のある未浄化の敵将の遺体である。

 浄化させられる前に奪取した敵将の遺体を使い、再度後方から敵軍を追い詰める。

 ここで大事なのは敵将の警戒を強めさせることと、戦える敵兵を如何にして減らすか。

 それだけである。


・聖戦七日目。

 遂に私達の数は一桁にまで減っていた。

 打てる悪戯の限りを尽くしたが、さすがにネタ切れとなる。

 警戒させて進軍の足を止めさせるのも限界で、敵大将も私達の目的が勝利することではなく嫌がらせであることに薄々気付いたようだ。

 軍の半数を率いて中央突破を計ってきた。

 数で圧倒する戦術で最初から来られていたら、私達もとっくに敗北していただろう。

 ここまで貯めに貯めていた原生生物の群れを使っての全面対決。

 そして大規模自爆術式の発動。

 私達は敵軍の内、後方へ下がらず未だ精強さを維持する前線部隊を道連れにして最後の仕掛けを使い切った。

 最前線で指揮を執っていた豪奢な鎧の敵将の一騎も巻き込むことに成功していたようだが、これで入ってきた門の守り以外の全ての戦力を使い潰してしまった。



[143]

 そして迎える私にとっての聖戦最終日。

 本来の聖戦ならばここまで早い展開にならず半月は合戦も続く物だが、如何せんたった一人の手ではこれが精一杯だったようだ。

 アイリスを使える本幽体を投入していなかったり、開発したばかりの分霊の扱いも修練が不十分であったりと準備不足は否めない。

 いや、言い訳はよそう。

 出し惜しみは本人の責任に他ならない。

 それに聖戦は参戦者の都合など待ってはくれない以上、事前準備も含めてこれが今の私の限界だったのだ。


・聖戦八日目。

 中央門が敵の支配下となる。

 そこからは掃討戦となり、他の門も陥落していった。

 敵も疲弊し切っていたが、休めば次にどんな嫌がらせを受けるか分からないので必死に決着をつけに来ていた。


◇◆◇


 さて、と。

 今日は予め最終日になる事を想定しており、終わりを飾るに相応しい装いをしている。

 工房の地下でドレス姿に着替えていた私は愛用のバイオリンをつがえて、決戦に備えている。


 最後の戦いは私の訓練のために利用させてもらおうと思う。

 最後に残ったこの私にはありったけの魔力が溜め込まれている。

 残った三体を融合させた特別製。

 操作のために分散していた意識は数が減るほど精度が増すもの。

 憑依した鯱型の魔獣の身体は飾り、本命は武器である。

 敵兵の武器を回収していたものを操作して浮かせ、陣を敷いて狙いを定める。

イメージするのは氣の流れを読み取って再現した力の流れ、動きの作用、それを更に研ぎ澄ませて、極限まで削ぎ落とした最短の技。

 魔力操作で完全に再現した武人の技。

すなわち【魔技】を操作した全ての武器から放つ為に意識を引き絞る。

 対峙する敵性部隊もまた、これが最終戦である事を肌で感じているのだろう。

 緊迫した時の中で始まりの瞬間に息を呑む。

 安心したまえ、この一戦にだけ限れば卑怯も小細工も策略も一切無しだとも。


―『開演』―


 完全防音の工房の地下に響き渡るバイオリンソロ。

 刹那、加速した思考の中で30本の軌跡が最適解を導き出して正確になぞる。

 完全防音なので自重せずに前世の有名なクラシックをオペラの演目の如くドラマチックに演奏する。

 弦が音を奏でる度に、操る武器がそれぞれの【武技】を【魔技】として発動する。

 旋律に乗せる様に、あとはひたすらそれを繰り返す。

 繰り返しながら、より洗練して、より効率良く、より的確に敵を仕留める動きへと最適化していく。


◇◆◇


 見極められて強者の技を受けて叩き折られる斧。

 直後から弾かれ始める鍵盤。


 重装部隊に面の陣形で受けられて砕かれる大槌。

 入れ替わりに響き始める打楽器。


 敵性術師達に海流を操作され軌道を曲げられ両断される槍。

 鳴らされる金管楽器。


 犠牲を厭わず集団で組み敷かれて破壊される弓。

 奏でられる弦楽器。


 操作する武器が減るだけ、浮いた思考のリソースを工房内に設置していた楽器へと割り当て、徐々に完成されていくオーケストラ。

 複雑な武器の操作から一本ずつ、操作権を楽器へと移す度に、余剰の思考リソースは残りの武器へと還元される。


 より華麗に、より力強く、より艶やかに、より鮮烈に。


 千切れた腕が舞い、武器がぶつかり合う音が響き、穿たれた心臓が海を染め上げる。

 重厚さを増していく曲に合わせて、操る魔技を進化させて完成へと近付かせる。


 次第に断末魔ばかりが場を支配し始めて、武器の数が減るだけ手強くなる事に気付いた敵軍は畏れ慄き、狭まる包囲が死への行列なのだと悟る。

 既に鯱の魔獣は討ち取られ魔力供給も望めない。

 残ったのは五本の剣。手数が減り、自由になる空間が限られ、切れ味が落ちているにも関わらず、戦いの中で洗練されたその殺人技量は最早この異境で最も完成された極致へと届いていた。


 耐久度の限界を迎えた一本を棄て手に持っていたバイオリンの操作権へと移し替え、残りの四本へと残った力を合流させる。

 僅かに残った内の手強い一本を減らしたというのに、敵の将が見せたのは更なる恐怖の色

 間違っていないとも、残った私はさっきよりも更に力強く美しく舞える。

 指揮棒を構えて私本体の持つ操作リソースをバイオリンから残る四本の剣へと切り替える。

 さあここからが真の本番だとも。


 それからは時間にしてみれば約一時間。

 相対した者からしてみれば永遠とも思えるほど長く濃密な時間に思えたことだろう。


 もう誰にも私を捉えられない。

 限界を迎えた一本が海底へ沈む。


 もう誰にも私を防ぎきれない。

 限界を迎えた一本が自らの魔技で破裂する。


 もう誰にも私の演舞から目を離せない。

 限界を迎えた一本が喉をかき斬れずに刃を止める。


 最後の一本(フィナーレ)は敵将が己の身体ごと盾として使い、命を賭して受け止められた。

 それしかない様に仕向けたが、それをしたこの敵将の胆力に敬意を表そう。

 最期まで折れなかったその心意気や良し。

 そのまま貫こうと思ったが、魔力の尽きた最後の一本は沈黙し、副官と思しき隻眼の武人の渾身の一撃で断ち切られ。

 私の意識は異境から放り出された。


―『演目終了』―


◇◇◆◇◇◇◇


敵残存兵: 約5万/13万

敵将生存: 3/8

自軍残数: 0/35



――――――――――



[144]

 海神領域での聖戦を終えて。

 私の眼は正常に戻っていた。

 本当に良かった。


 敵軍の損耗率は6割、こちらは10割なのだから予定通りの完全敗北である。

 とはいえ海神領域なのだ。

 敵側としては本来なら反撃してこない筈の聖戦なのだから、向かわせたのも全力の部隊では無かった可能性がある。

 もちろん兵力が万全でないだけで士気が本物だったのは間違いないのだが。

 更に魔術師の数が極端に少なく、ゴーストへ有効な攻撃手段を持つ者があまりにも少なかった。

 浄化と思しき術を使う者は居たが、戦闘で使用する類ではなく儀式的なものの様に見受けられた。

 彼の世界では魔術師が貴重な存在であったという可能性はもちろんある。

 それでも、仮にエリュダイト側が通常の戦力を投入していれば、この聖戦なら余裕を持って勝利していただろうと予想できる。


 確かに敵将は強かった。

 おそらくは彼等の世界ではネームドに相当するのだろう。

 【戦技】はもちろん、【武技】や【奥義】をいくつも使っていた。

 それでもエリュダイトのネームドならば一対一ならまず負けることはないだろう。


 例えばギルバートなら、敵将を避けて取り巻きや兵のみの場所ばかり攻撃しそうなので却下。

 我が師ながら狡い手や撃破効率ばかりを優先するので比較が難しい。

 まあ、私も大概人の事は言えないが。


 例えばエスクラッドなら、敵将と取り巻き数名程度なら武技や奥義の応酬の末に傷付きながらも撃破ないし撃退することだろう。

 その上、エスクラッドは治療術も少し使えるのだ。

 同等以上に闘えて継戦能力にも長けている。

 そのエスクラッドがエリュダイトの二つ名持ちとしての実力である。

 此度の彼の世界の軍勢相手なら敵将一体を含めても、十日あれば一人で百人斬りも可能だろう。


 もちろん平地での想定戦力なので、海上や海中であればその限りでは無いだろうが。

 とはいえ単純な実力の比較であればエリュダイトの敵ではないのだ。

 だが、事実として地神領域では辛勝、魔神領域では大敗している。

 やはり意図的に負けさせようとする働きがあると考えるのが妥当だろう。

 私はそれが敵側や異境に原因があるのか、エリュダイト側にあるのかを確かめたかった。

 しかし、今回はそのような意図的なものは感じなかったし、不自然な流れも見受けられなかった。

 であれば少なくとも敵側の働きかけは原因ではないということ。

 異境からの干渉も特に無かったので、今回のホストである海神や異神の介入でも無さそうである。


 つまり、原因はエリュダイト側に負けさせようとする働きがある可能性が高いということ。

 もちろん私には察しがついている。

 だが疑わしいというだけで断定は出来ない。

 だからこそ確証が欲しかったのだ。

 その確証を得るのは私の計画のためには必要不可欠だった。

 その為に8万もの敵兵の命を犠牲にしたわけだ。

 必要な犠牲とはいえ、これは一般的には悪の所業と断じられる類のものか。

 私はいい。物事を数字で考えられる。

 トリアージにも抵抗が無いタイプだ。

 だがしかし、最後の戦いの最中のリヴィアはとても愉しそうだった。

 子供の教育としては不適切だったかも知れないが、人目を気にせず目一杯に力を尽くせる場を得られたのは幸運だったと言えよう。


 世界救済における犠牲とは、どの程度まで許容されるべきなのだろうか。

 それに世界とは果たして大地の事なのか、それとも人の事なのか。

 今暫く、答えは出せそうにない。







《あとがき》


大変貴重な戦闘回(?)です。


当人としては戦闘というより実験で、それも間接的なものなので戦闘回と言い切るには微妙な所ですね。


次回からは主人公も遂に10歳を迎えます。


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