第一話
初投稿です。今まで様々なジャンルの作品を拝見してきましたが、最も感動できるジャンルはヒューマンドラマだと思いました。時間をかけて丁寧に作ったので、気に入っていただけたら幸いです。続編も作る予定ですが、神経質で遅筆なので、いつになることやらです。
1 地上調整機関アースガルズ
地上調整機関アースガルズ––––この場所は神々が住んでいる天上に存在し、人間達が生活している地上を管理している。ここでは、地上における生物や資源のバランスを調整することが、最重要課題である。しかし、複雑な精神構造をしている人間に対しては、心の面で幸せに導く役目も果たす必要があった。
そして、アースガルズに所属する神様には階級があるが、ほとんどは一般の神様である。その一般の神様をまとめる役目を持つ神様は、上級神と呼ばれる。そして、上級神をまとめる最高権力者を、最高神と呼ぶ。彼らは、階級に応じて、地上へ及ぼすことができる影響力に差がある。そのため、上位に位置する神様は、それを行うに見合う徳を兼ね備えている者しか選出されない決まりがあった。
神様は、どのように地上を調整しているのか––––それは、地上で人間が使用しているパソコンやスマートフォンのようなものを操作しているのである。魔法のような演出を期待した読者は、落胆せずに読み進めていただけると助かる。
この話では、心の面で人間を幸せにしようとする神様達に焦点を当てる。
2 ライジング フォーチュン
黄味がかった茶色いショートヘアの、可愛らしい少女が扉を開ける。少女は、白いシャツに藍色のリボンとプリーツスカートを着用して、女子高生のように見える。
「みんな、おはよう!」
サクラは明るく朝の挨拶をした。
「おはよう––––サクラ。」
ミナモが落ち着いた様子で返す。サクラと同じ制服を身に付けた、黒いロングヘアの綺麗な少女である。
「あれ?他のみんなは、まだ来てないの?」
「キラボシとハヤテは、隣の部屋で先生に怒られてるよ。」
「どうしたの?」
「またいつもの過剰演出よ。」
ミナモは隣室の扉に目をやると、クスッと笑った。
サクラが扉に据え付けられている窓から隣室を覗くと、ハヤテとキラボシが見えた。
「あんなに強い強風起こしたら、被害が出るの当たり前でしょ!」
タソガレは呆れたように、ハヤテを叱りつける。彼女は、スタイリッシュなデザインの制服を着用していて、茶色いミディアムヘアをした美人である。
「いや––––あのカップルがもっとくっついた方がいいと思って‥」
ハヤテは申し訳なさそうに答える。彼は、オレンジがかった茶色いショートヘアの美少年である。白いシャツに藍色のネクタイとパンツを着用して、男子校生のように見える。
「それとキラボシ––––地上のニュースで、また『観測史上初めての––––』って言われてるわよ!」
「そうした方が、素敵な景色を地上の皆さんに届けられると思いました!」
ハヤテとは対照的に、キラボシは「自分は良いことをしたのである。」と言わんばかりに答えた。ハヤテと同じ格好をした、暗い茶色のミディアムヘアを持つ美少年だ。
扉の窓から目を離し、納得したようにサクラは頷いた。そんなサクラを見て、ミナモは再度クスッと笑った。
ライジングフォーチュン––––タソガレをリーダーとして、サクラ・ハヤテ・キラボシ・ミナモで構成されるチームである。この班では、地上における生物や資源のバランス調整は管理しておらず、人間の心を幸せに導くことが仕事である。サクラは地上の植物、ハヤテは天候、キラボシは光源、ミナモは水資源を管理している。タソガレは彼らを管理・助言する立場である。チームが創設されてから一年程しか経過していないため失敗も多いが、タソガレのアフターケアで何とか体裁を整えている。尚、タソガレは人間で言うところの大人に当たるが、他メンバーは職業訓練中の高校生みたいな立ち位置である。
タソガレと違う色の制服を着た男性が、廊下を颯爽と歩いている。彼は、人間で言うと三十代半ば位に見える。背が高く、落ち着いた茶色いショートヘアをして、整った顔立ちをしている。彼がライジングフォーチュンの作業場を通り過ぎるときに、扉の窓越しでサクラとミナモが目に入った。
「ここはタソガレ君が担当している部署だったな––––でも、トラブル続きで地上が混乱しているとか––––そういえば最近、事後処理で彼女疲れてるよなあ。」
アースガルズ最高神であるシキは、タソガレに同情した。上級神でも手に負えない問題や、彼らの作業が多すぎる場合は、シキが手助けすることもある。実際、最近でもタソガレのフォローはしているのだが、それにしても彼女はてんてこ舞いなのである。
「でも、彼女言ってたなあ––––『手のかかる子達ですが、みんな良い子で––––全力で人間を幸せにする方法考えてます』って。」
シキは考える––––人間の心を幸せに導くという難解さを。人間には、衣食住や三大欲求を満たしても幸せになれない者がいるからだ。実際、それを満たせば幸せだと思う人間の方が、神様目線だと楽である。しかし、人間が他の生物と比べて複雑に考える存在である以上、神様も人間に寄り添った考え方を理解する必要がある。
「人間の心か––––彼らより遥かに長く生きている私達でも、そのすべてを共感することはできないだろう。」
シキがそう思ったのは、全知全能なんてものが存在しないことを知っているからだ。人の心も時代や文化が変われば、幸せの価値観は変わってしまうからである。また、生活環境の違いでも変化してしまう。
「タソガレ君の言葉から察すると––––このチームのメンバーは一人一人の心を理解する努力ができるってことか––––それだけで、大変なことだと思うよ。」
そう考えると、シキは再び廊下を歩き出した。
「人間を幸せにするための––––––––最高のストーリーが生まれるといいね。」
3 坂本春樹
俺は坂本春樹、高校二年生になったばかりだ。進級したこと自体は嫌なわけじゃないが、それに伴う残念なことがあった。それは、桜庭香織と別のクラスになったことである。
桜庭香織––––彼女は一年生のときのクラスメートで、俺は彼女に恋をしているのである。彼女は暗い茶色のロングヘアをしていて、割と美人である。容姿を気にしていないと言ったら嘘になるが、当然それだけで彼女を好きになったわけではなく、きっかけは遠足の実行委員だった。
一年生の六月に遠足が催されたのだが、そのための計画を立てるときに、俺は彼女と一緒に実行委員へ選出された。実行委員の仕事は、他のクラスで選ばれた委員と予算に応じた場所を決定すること、自分達のクラスメートと議論するときに進行役を務めることだった。俺は事務的な作業があまり得意ではないので、丁寧に決定事項や重要なことをまとめてくれる香織がパートナーだったことは、とても助かった。彼女ばかりが、いつも文書をまとめてくれているのが申し訳なくて、自分が手伝うことを促したときも、
「私、写真部だから画像加工とかでパソコンよく使うの––––だから、坂本君は気にしなくていいよ。」
と、笑顔で答えてくれた。
こんなことを思い出しながら登校していると、校門が見えてきた。校内に沿って桜の木が植えられていて、どれも蕾を膨らませている。
「うちの学校の桜––––まだ蕾なんだ。」
俺はそう呟いた。今は四月上旬だが、近隣の桜はほとんど開花しているからである。去年の入学式では咲いていた覚えがあるが、気のせいだろうか。
教室に入り、仲の良いクラスメートと挨拶を交わす。一年生から続けて同じクラスになった友達、中高と同じ学校に通う友達––––彼らと会話をしていると、
「香織も同じクラスだったらなあ。」
ふと、そう思ってしまうのだ。
放課後になり、俺は所属している料理部の部室に向かう。ここでは、部員同士で作るメニューを決めたり、実際に作ってみる。昨年は、正直お粗末な出来が多かったが、一年間続けたことで随分上達している。本日はオムライスを作ってみたが、結構うまくいったと思う。そんなとき、
「香織は––––どんな料理が好きなのかな?」
なんて思っている。
本日は、朝から香織のことばかり思ってしまう。心の中で想像しているだけなのに、誰かに見られているような恥ずかしさを覚えた。
4 告白の決意(坂本春樹の視点)
昨日は、朝から香織のことをずっと考えていた。昼休みがそろそろ終わるというときに、廊下の窓からグラウンドを眺めていると、ジャージを着た香織に視線が止まった。彼女のことばかり考えていたせいだろうか。そして、
「クラスが同じだったらなあ––––」
と、また思ってしまうのだ。
本日は日直だったため、学級日誌を職員室に届けてから部室へ向かった。いつもと反対方向から部室に行くことになったが、途中の掲示板に、たくさんの写真が貼り出されていることに気づいた。
花の写真––––風景の写真––––様々に掲げられている。その中で、ある写真に目が止まった。桜の木を撮影したものだった。夜桜を撮ったものだが、俺はその写真に何故か興味を惹かれるのである。
「それ、私が撮ったんだよ。」
声の主に顔を向けると、香織がいた。彼女のことばかり考えていたこともあり、俺は驚いてしまった。
「そうなんだ––––綺麗な写真がたくさん並んでるけど––––これが一番いいと思って。」
「この間、近くで撮影したんだよ––––桜の花って白とかピンク色してるから、明るい時間よりも暗くなってからの方が目立つんだよね。」
彼女の言葉を受けて、再度写真に目を向ける。
「ああ––––桜庭の言う通り、花が目立ってる––––俺、鈍感だから言われるまで気が付かなかったよ。」
俺の言葉を受けて、香織は笑みを浮かべた。桜の話をしていたら、校内に沿った桜の木が思い出され、
「そういえば、校門横に並んでる桜の木って、去年は既に咲いてなかったっけ?」
「そうだよね。私もそうだった気がする––––坂本君、そんなことに気付くなんて全然鈍感じゃないよ。」
「えっ?そうかな。」
「そうだよ––––そこの桜も咲いたら写真撮ろうと思ってるから––––撮ったら見せてあげるね。」
「うん。ありがとう。」
俺は、香織と会うきっかけができたので、とても嬉しかった。でも、顔が赤くなっているようで恥ずかしかったので、
「じゃあ、俺も部活に行くから––––またな。」
と、慌ててその場を去った。もう少し話したかったが、なかなか素直な行動はできないものだ。
夜になり、自室でその日あったことを思い出していた。
「今日は––––香織と久しぶりに話ができて良かったな。」
クラスが別々になり、お互いの接点がなくなっていたので、話しをするきっかけができたことは本当に良かった。––––彼女に気持ちを伝えるべきか?
一年生のときは遠足の実行委員を一緒に務め、そのときにお互いの趣味趣向なんかも話している。しかし、実行委員が終わった後は、ときおり話しをする程度だった。一緒に作業をしていたときに、既に好意を抱いていたが、自分の気持ちを伝えようということは考えなかった。クラスが別々になり会話する機会を失って、初めて後悔したのだ。
「どうやって切り出すか––––思い浮かばないな。」
俺は途方に暮れ、天井を見上げた。
5 二つの気持ち
ライジングフォーチュンの作業場で、各メンバーが大型モニターを見ている。ある者は難しい顔をしながら––––ある者はノートパソコンで作業しながら––––大型モニターには「坂本春樹」の自室が映っている。天上の地上調整機関では、このように地上の様子を確認することができるのだ。
「思い詰めてるな。」
ハヤテは難しそうな表情で話す。
「彼の純粋な気持ちに応えたいところだけど––––どうしようか?」
キラボシは落ち着いた様子で言う。
「因みにね、通学路の桜を蕾にしたのは私です––––これから恋が芽生えるのであれば、今満開だとおかしいからね!」
サクラは自信を持って話すが、ハヤテは呆れた顔をしている。
「お前な!あの春樹って奴も、香織ってのも、違和感に気づいてんじゃねえかよ!『校門横に並んでる桜の木って、去年は既に咲いてなかったっけ?』なんて言ってんぞ!」
ハヤテは怒鳴るように言うが、そう言うのも理由がある。
アースガルズの神様は地上の環境を操作することができるが、なるべく人間が違和感を感じないようにしなければならないのだ。サクラ・ハヤテ・キラボシ・ミナモのような一般の神様が適用できることは、この場合、二パターンに分けて考える必要がある。
一つ目は、人間にとって自然に見えるやり方である。例えば、季節ごとに咲く草花は変化するが、どこに配置するかなどは神様が決めている。しかし、人間が栽培という方法をとった場合は、それに沿った場所で成長させる必要がある。植えた覚えのない場所から生えてきたら、おかしいからである。
二つ目は、止むを得ず不自然な状況を作り出す場合である。例えば、昨日まで存在しなかった植物が存在するなどである。非推奨なので行っても良いが、神様は避けるようにする必要がある。基本的に、「それをすることに意味があるかどうか」が焦点となる。
「だめだった?素敵だと思うのに‥」
サクラがしょんぼりする。
「まあ––––お前が『綺麗なものを見せたい』って考えてるのは、いいと思うけど。」
ハヤテは語気を弱め、気恥ずかしい様子で話す。サクラが純粋な性格をしているので、怒鳴ったことに少し反省しているのだ。
「とにかく、彼の恋路を手助けするかどうか考えなきゃいけないね––––双方が相手に好意を持ってないといけないからね。」
キラボシが論点を述べた。
「気持ちが一方通行だと、手伝えないからね––––あれ?」
ミナモがノートパソコンを見ながら、
「女の子の方も、もしかしたら‥」
6 桜庭香織
「今日は、あんまり良い写真撮れなかったなあ。」
私は、自室でつぶやく。こんなことを言ってしまうのも、本日の天気が曇りだったからである。写真を撮影するときは、晴れているほうが綺麗に撮りやすい。画像の加工で調整することはできるが、なるべく手を加えないほうが自然な仕上がりになるからだ。
「でも、坂本君が私の写真褒めてくれたのは、嬉しかったかも。」
掲示板に貼っていた夜桜の写真は、私にとって会心の出来だったので、彼の視線を奪えたことは嬉しかった。一年前に入部したときは素人だったので、最近撮ったばかりの写真を褒めてもらえたことで、自分の成長を感じることもできたからだ。
そういえば、坂本君と話しをするのは久しぶりだった。一年生のときに遠足の実行委員を、一緒に務めたことを思い出す。彼から、
「桜庭にばかり文書作らせてごめん。使い方教えてくれたら俺もやるから––––」
と言われたときに、気を遣ってくれているのだと感じたけど、私は別の点で彼に申し訳なく思っていた。それは、私が大勢の前で発言することを苦手としているため、坂本君が話し合いの進行をほとんど行なってくれていたことだ。そんな状態だったから、私はパソコンで決議をまとめたり資料を作ったりしていないと、落ち着かなかった。
こう振り返ってみると、彼は結構頼りになる部分があって、思いやりがあるんだなあと思った。
「別々のクラスになっちゃったのよね。」
ふと、口にした言葉だった。––––次第に恥ずかしい気持ちになってくる。
「なんで坂本君のこと––––」
自分の顔が、赤くなっている気がした。
7 作戦会議
「女の子も意識してるんじゃない?」
そう話す、ミナモのパソコン周辺に他のメンバーも集まっている。
「それなら、私達も手助けして大丈夫だよね。」
サクラは笑顔で言った。先程キラボシが話したように、男女の恋路を手助けする場合は、双方が好意を持っていないといけない。片方の気持ちだけを優先したら、もう一方に迷惑だからだ。
「なんとかして、春樹ってのが香織に写真を撮ってもらう方向に持っていけないかな?」
ハヤテが考えながら話す。
「どうして?」
サクラが、ハヤテに尋ねる。
「お互いの印象が良い状態だから––––次は、双方が相手に助けてもらう状況を作った方がいいと思うんだよ––––そのほうが、どうして好きになったのかはっきりするだろ。」
「ああ、確かに。実行委員のときに受けた良い印象って、思い込みの部分もあるからね。」
「そうだな。だから今度は、もっとはっきりさせるんだ。」
ハヤテがそう答えると、
「でも、ハヤテ––––それだと、彼の方だけが彼女に負い目を感じるだけだよ––––彼がカッコいいところを見せる必要もあるんじゃないの?」
キラボシが意見すると、
「大丈夫だ––––その先は考えてる。」
「そうか––––じゃあ、この後に彼がどうしたら写真を必要とするか考えよう。」
キラボシの言葉を受けて、
「なるべく、現実離れしない展開にしましょうね––––あなた達に言ってるのよ––––ハヤテ、キラボシ。」
と、苦笑しながら、タソガレは答えた。ハヤテとキラボシは、タソガレから目を逸らす。
「それじゃあ、みんなで具体的な作戦を考えましょう。」
タソガレの言葉を受けて、ライジングフォーチュンの作戦会議が始まった。
8 料理写真(坂本春樹の視点)
写真部前で香織と久しぶりに話しをしてから、数日が経過した。特にいつもと違うこともなく、放課後は料理部の活動に参加して、今は帰宅中だ。そのため、すっかり空も暗くなり、道路脇の街灯にも灯りが点いている。
そんなときに、輝くように明るい建物が目に入った。例えば、コンビニやスーパーマーケットのような店でも、一般的な家屋と比べたら明るいものである。しかし、その建物は、それらよりも明らかに目立っている。俺は気になったので近づいてみると、一軒の洋食屋だった。
その料理屋は、外壁が白い漆喰で、店名は深みのある色合いをしたテント看板に刻まれており、おしゃれな感じだった。、そして、サンプルケースに料理サンプルが展示されているのではなく、料理の写真にスポットライトが当てられていた。
「近くに、こんな店できてたんだ––––美味そうだな。」
今日は料理部で何かを作ることもなかったので、店頭の写真を見て素直な感想が漏れた。もう少し進めば自宅なので、ここで食べていくことはないが、興味を惹いた料理は今度作ってみようかと思った。
俺は洋食屋を後にするが、少し歩いてから立ち止まり、振り返って料理屋を再び見つめた。
「それにしても––––店内の照明、明るすぎないか?」
俺がそう呟いたのは、スポットライトなどはともかく、店内から放出されている光が凄まじいからである。もう少し抑えた方が良いと、照明計画に疎い俺でも思ってしまった。
翌日の放課後、俺は料理部の部員達と話し合いをしていた。議論の目的は、新入生を獲得するための宣伝についてである。
「とりあえず、放課後来てくれた新入生のために、しばらくは毎日何らかの料理を振る舞えるようにしよう––––その方が新入生も喜んでくれるだろう。」
部長が提案する。特に反対する部員もいないようだ。
「しかし、放課後来てくれた新入生以外にも宣伝する必要があるな!」
部長の意見に、
「掲示物でも貼り出したらどうですか?」
他の部員が提案する。
「とりあえず、校門近くや下駄箱近くの掲示板には、部員募集のチラシを張り出す予定だ––––しかし、それだけだとインパクトが弱いな。」
部長が、そう話した後に、部員全員が考え込んだ。何か目立つ方法––––あっ!
「部長、作った料理を写真で見せた方が、イメージが湧くんじゃないですか?」
俺は、昨日の帰り道で見つけた洋食屋を思い出し、その展示方法を真似るように提案した。
「ああ、いいかもな––––とりあえず、やってみようか!」
俺の提案は通った。
それから二時間程経過し、部員ごとに各の料理を作った。それぞれの料理は、言い出しっぺである俺のスマートフォンで撮影し、プリンタで写真印刷する流れになっていた。しかし、スマートフォンで撮影したときに、あまり美味しそうに撮れていなかった。昨日見かけた料理屋の写真とは明らかに違う。
「どうした?坂本––––料理の写真、取り終えたんだろ?」
部長に聞かれたので、
「ああ、いや––––あんまり美味そうに見えなくて‥」
自分では良い提案だと思っていたことだが、実際にやってみると上手くいかないものだった。考えてみれば、洋食屋の写真はプロが撮ったものだろうから、当たり前である。俺達はどうするか困り出した。
それから、しばらく考えていると、俺は料理部の扉に設置されている窓から、廊下を歩いていく香織を見かけた。それを見て、俺は扉まで駆けていき、部室のドアを開けた。
「桜庭!ちょっと相談があるんだけど––––いいか?」
俺が忙しない動きをしていたからだろうか、振り返った香織は少し驚いた表情をした。
「びっくりしたよ––––どうしたの?坂本君。」
「ああ、驚かせて悪い––––実は、部で料理の写真を撮ることになったんだけど、上手く撮れなくてさ––––だから、助けてくれないか?」
「助けるって––––写真を撮ればいいの?」
「そうだな––––でも、写真部も新入生獲得の準備で忙しいかな––––撮りたい写真は新入生に見せるための宣伝で使う予定なんだけど。」
香織は俺の言葉を聞き、少し考え込んでから、
「そうなんだ––––少し待っててもらっていい?写真部の部長と相談してくるから。」
「ああ、頼む。」
香織は踵を返し、写真部の方へ歩いて行った。
しばらくすると、料理部に香織が入ってきた。
「失礼します。」
「どうだった?––––手伝ってくれるか?」
俺がそう尋ねると、
「うん、部長の許可が降りたから大丈夫だけど––––条件があるの。」
香織の言葉に、
「こちらが助けてもらう立場にあるのだから、何なりと言ってくれ。」
うちの部長が嬉しそうな表情で答えた。
「具体的には、撮った写真の出所が写真部であることを明示することと、一部の写真を写真部でも利用させてもらうことです。」
「分かった––––では、お願いするよ。」
料理部にとって手間となることがなかったので、部長は即答したのだろう。
その後、先程作った料理を一眼レフカメラで香織が撮影し、
「撮影は終わったけど、写真の加工をした方がもっと美味しそうに見えるから、後日渡すね。」
と言って、香織は部室から出て行った。詳しくは解らないが、色味やら明るさやらを調整した方が、こういった写真はよく見えるらしい。引き受けた以上、自分にできる最大限の出来で渡したいらしく、そこに彼女の真剣さを感じた。仕上がりが楽しみである。
三日後、料理部内で作業をしていると、扉を開ける音がした。
「失礼します––––写真部の者です。」
振り向くと、香織だった。
「この間撮った画像の加工が完了したので、どれを印刷するか決めて下さい。」
「おお、すまないね。それでは画像を見せてくれ。」
部長は、嬉しそうに答える。
その後、料理部は香織と一緒にどれを印刷するか決めた。結局、ほとんど何から何まで香織に対応してもらい、料理部は質の高い写真を手に入れたのだった。俺が撮影したものとは段違いに美味しそうに見えたため、彼女の一年間写真と向き合ってきた姿が心に浮かんできた。部長は、今度お礼に菓子でも作って写真部へ持っていくと言っているが、確かに料理部側も謝意を伝えないと気が済まない感じがした。
9 大切な写真(桜庭香織の視点)
私は目を覚ました。目覚まし時計を見てみると、まだ午前五時に差し掛かったところだった。いつもはもう少し眠っているのだが、何故だか頭がスッキリしているので、そのまま起きることにした。心なしか、花のような匂いがしているけれど、特にそういった香りのするものは置いていない。
カーテンの隙間から光が差し込んでいるので、開いて外を見ると、日が登り始めていた。その光景がとても美しく見えたので、
「綺麗––––撮らなきゃ。」
その言葉が自然に出てきた。
急いで外出する準備を済ませ、カメラを持って近くの丘へ向かう。そこを目指した理由は、桜の木が自生していた覚えを持っていたからだ。そこに辿り着くと、自分の期待を超える景色が広がっていた。
空は、太陽の黄金色から桃色へ、桃色から紫色へ、紫色から群青色へ繋がるグラデーションを作り出していた。また、丘の上に生い茂る桜は、逞ましい幹からそれぞれの枝先に進むと繊細さを増し、そのたおやかな枝先の一つ一つに白から桃色へと変わっていく花が咲いていた。それらが同じ視界に存在することで、桃色が溶け合うように馴染んでゆく。その光景を見ていると、私の心までが同じ色に染まっていくように感じた。
「‥‥あっ––––撮るんだった。」
私は見惚れてしまい、目的を忘れてしまうところだった。今見ているものが、いつまでも残っているわけではないのだ。
私は、その景色が失われてしまう時間まで、何度もシャッターを切った。撮影なんてしょっちゅうしていることなのに、なんだか少し緊張していた。上手く撮ろうと、慎重になっていた。でも、すごく良い写真が撮れた!
「早起きして良かった。」
よく、「早起きは三文の徳」と言うが、私には三文どころではなかった。
私は最高の写真が撮れたので、上機嫌で家路に向かった。しかし、その途中で小雨がポツポツと降り出してきた。
「そういえば、今日は朝から昼にかけて雨だった––––傘、忘れないようにしないとね––––でも、桜って満開の後に雨が降ると見栄え悪くなるから、さっきの桜に間に合って良かった。」
先程の桜はちょうど満開だったので、これから雨が降ったら、今撮ったもの以上の写真を撮影することはできないだろう。それに間に合ったので、私はホッとしたのだ。
そういえば、画像データを保存しているメモリカードが一杯になっていたので、帰宅したら交換して、保存したカードは写真部に持っていこうと思った。
10 メモリカード(坂本春樹の視点)
部活動を終えて、俺は学校の正面玄関を出た。香織に撮ってもらった写真を、料理部の外側にある掲示板に貼ってみた効果があったのだろうか。今日は、新入生の見学者が多くなっていた。このぶんなら、十分な数の一年生が入部してくれるだろう。
そんなことを考えていると、手助けしてくれた香織の姿を思い出して、自然と優しい表情をしてしまう。今度会ったら、感謝の言葉をかけようと思った。
すると、校門を出てまもなくして、誰かがきょろきょろとしている姿を見つけた。制服から同じ学校の女生徒だと分かったが、探し物だろうか?俺は近づいたときに、それが香織だと気づいた。
「桜庭、どうかしたのか?無くし物か?」
俺がそう言うと、俺に視線を向けた香織は悲しそうな顔で、
「坂本君––––私、メモリカード無くしちゃったの––––大事な画像が入ってるのに。」
と、泣きそうな声で答えた。その姿を見ていると、自分の事のように胸が苦しくなった。そう思ったのは、彼女が真剣に写真と向き合っていることを知ったから¬¬¬––––この程、そんな彼女に助けてもらったからだった。
「俺も探すから––––大丈夫だ。絶対見つかるよ。」
「ありがとう。」
「悲しそうな顔するなよ––––絶対見つかるから。」
「うん––––なんだか坂本君、『絶対』が多いね。」
彼女が俺のかけた言葉を指摘するのを聞いて、香織の心に少し余裕ができたように感じた。
「ん、ああ––––絶対だ––––絶対見つかる。」
俺が敢えて『絶対』を交えて、笑みを浮かべながら話すと、香織が軽く笑った。それを見て、俺は少し安心した気持ちになった。
「メモリカードってどんな形のだ?」
俺がそう聞くと、香織は一眼レフカメラを取り出し、何やら弄り出した。
「これと同じ形の––––でも透明なケースに入ってる。」
「分かった。じゃあ、探そうぜ。」
香織の話によると、通学時に突然の強風を受けて、そこで所持していたトートバッグを落としたらしい。教材とは別に、部活で使用するものはそちらに入れていたようで、彼女は路上へぶちまけたときに無くしたと推測したのだ。しかし、最初にその辺りを探索したが、見つからなかった。
俺と香織は、それからバッグを落とした場所以外の通学路や校舎内は勿論、香織の部屋も探してみた。余談だが、家族以外で女性の部屋に入った経験が無かったので、俺は少しドキドキした。話しを戻すが、彼女が朝から通ったと思われるルートを一通り探しても、メモリカードは結局見つからなかった。
「坂本君––––もう遅いから帰って。」
俺と香織は、再び彼女がバッグを落とした場所を探索していたけれど、メモリカードは見つからなかった。探し始めて、三時間が経過していた。
「大丈夫。まだ探すの手伝うよ––––桜庭の方こそ帰ったらどうだ?俺は男だからいいけど、女の子だと親御さんも心配するだろ?」
「でも、私のことなのに––––」
「桜庭だって、料理部のために力貸してくれただろ。それに、さっき俺言ったじゃないか––––絶対見つかるって––––そうじゃなきゃ嘘つきになっちまう。」
香織は、どうしていいか困っているように見えた。彼女の気持ちになってみれば、これ以上続けるのも精神的な負担になるかもしれない。香織は、相手のことを考えない人間ではないからだ。今日はこのあたりで中断した方が良いだろうか?
そんなことを考えていると、俺の視界に入っている街灯の一つが、突然明るくなった。他の街灯と同じくらいで光っていたのに、そこだけがである。俺は、何事かと思い、そちらに顔を向けた。––––何か落ちている。俺は気になったので、そこまで歩こうとすると、香織は不思議そうに俺を見つめた。
不自然に明るくなった街灯の下へ辿り着くと、透明のケースに入ったメモリカードが落ちていた。
「桜庭––––これか?」
俺はメモリカードを拾い上げて彼女に渡すと、香織は笑みを浮かべて、
「うん––––ありがとう。」
と、答えた。もし俺が彼女と同様にカメラを趣味としていたら、シャッターを切りたくなってしまうような––––そんな笑顔だった。
11 満開の桜(桜庭香織の視点)
昨日は、夜遅くまで失くしたメモリカードを探した。そのため、眠りにつく時間が遅くなり、今日は寝不足だ。ベッドから降りて、カーテンを開ける。暖かい光が私に射し込む。そうしていると、遅くまで付き合ってくれた坂本君のことを思い出した。––––射し込んできた光の暖かさが、私の胸深くから生まれてくる温かさと重なるように思えた。
「ん––––」
私は少しだけ恥ずかしい気持ちになった。
学校に登校し、いつものように時間が過ぎていく。私は、寝不足のせいで、朝からぼんやりしていた。しかし、昨日の朝に撮影した画像を部室へ持っていくことは、楽しみだった。この映像であれば、部員達の心を揺さぶることができると思っているからだ。放課後が待ち遠しかった。
放課後になり、写真部で例の画像を部員達に見せると、みんなが称賛してくれた。部員達は、私が運よく手に入れたシャッターチャンスを羨んでいたので、
「来年は一緒に撮りに行こうね。」
と、私は話した。みんなが笑顔になった。
撮影した映像は、状況によっては加工をする場合もあるが、これは手を加えない方が良いと思えるものだった。そのため、そのまま印刷して、部室の外部にある掲示板へ貼り出すことにした。写真を掲示しているときに、ふと昨日のことを思い出す。
「本当に手伝ってくれて、ありがとう。」
「いいんだよ––––俺も力になれてよかったよ。」
「うん。」
私は坂本君に返事をしてから、カメラにメモリカードを差し込んだ。
「今日の朝、本当に綺麗な写真が撮れたの––––まだ誰にも見せてないんだけど––––見てくれる?」
「いいのか?俺が最初で。」
「うん––––これだよ。」
坂本君に、カメラのディスプレイに映した、朝焼けと溶け合うような満開の桜を見てもらうと、彼はしばらくの間それを見つめていた。私が心奪われた光景を大切にしてくれているようで、嬉しい気持ちになった。
「この間の夜桜は桜が主役として際立っていたけど––––今回のは周りと調和していて綺麗だな。」
「太陽光の色がフィルターみたいな役割をして、全体を馴染ませてるの––––ピンク色が溶け合うようでしょ。」
そう言うと、私は恥ずかしい気持ちになった。その溶け合うような情景のように––––––––私の心が彼に染まっていく気がしたからだ。私のために、彼は真剣に探してくれたから––––。
目の前に桜の写真がある。昨日の回想から醒めた私は、上気していたかもしれない。さっさと写真を貼り終わらせて、部室に戻った。部室に戻ると、部長から帰宅するように促された。私が料理部の件を一人で進めたこと、遅くまでメモリカードを探していたことを受けて、体を気にしてくれたらしい。実際に私は寝不足だったので、お言葉に甘えることにした。
12 帰り道
香織が下駄箱で靴を履き替えていると、廊下から春樹が歩いてきた。香織は春樹の姿に気が付いたので、
「坂本君、昨日はありがとう。」
と言って、笑みを浮かべた。前日の件があり、少し照れている。春樹も香織に気づく。
「ああ、気にするなよ––––今帰りか?」
「うん、『今日は早く帰っていい』って部長に言われたの。」
「そうか、俺も同じだ––––最近、俺が遅くなること多かったからって。」
「そうなんだ––––じゃあ、一緒に帰ろう––––途中まで一緒だったよね?」
「ああ。」
春樹も靴を履き替えると、二人は正面玄関––––校門へと進んだ。どちらも、あまり話さなかった。それは、二人とも相手を意識していて、緊張していたからだ。そのまま通学路を進むが、林立した桜の木が七部咲きであることにも、二人は気が付かなかった。
川に沿った長い道が続いている––––この先を越えると、春樹と香織の帰路は別々になる。部活動を早くあがったため、川の向こう側に夕日が輝いていた。オレンジ色の感傷的な空が広がっている。
「桜庭––––料理部のために撮影協力してくれて、ありがとうな––––そういえば、ちゃんとお礼してなかった。」
「いいよ––––坂本君も昨日は遅くまでありがとうね。」
「ああ––––でも、最高の写真を一番に見れたのは、俺にとってはついてたかもな。」
春樹がそう言うと、香織はクスクスと笑った。春樹はそんな香織をしばらく見ていた。
「桜庭––––聞いて欲しいことがあるんだ。」
春樹は道の途中で立ち止まる。香織は春樹が佇んだことに気付いて、振り返った。
「去年、遠足の実行委員を一緒にしたとき––––俺は桜庭にばかり細かい作業させて悪かったなって、思った––––にもかかわらず、嫌な顔一つしないで続けてくれた。」
春樹は、心臓の鼓動が強くなってくるのを感じた。
「そして、今度はどの部活も忙しい状況なのに、俺達のこと助けてくれた。」
より鼓動が強くなりながら、春樹がそう伝えると、
「坂本君、そんな風に思ってくれてたんだ––––私は実行委員のときに『坂本君が進行役のほとんどやってくれて助かる』って思ってたんだよ––––部活の方は、仕方なく思う部分はあったけど––––昨日、坂本君が助けてくれたから、お互い様だね。」
香織はそう返答した。香織は、この夕焼けのような優しい表情をしている。
「桜庭は––––そう思ってたんだ。」
春樹と香織は、相手が自分のことを思い遣っていたことを知り、嬉しかった。
「あの––––桜庭?」
「––––何?」
春樹と香織の隣で、川が夕日の暖かい色に染まっていき、その水面は星のようにキラキラと輝いている。
「今度、俺とデートして欲しいんだ––––異性として、意識してるから。」
春樹は恥ずかしそうな表情をしていたが、その言葉をはっきり伝えた。香織は春樹の気持ちを知り、少し恥じらう。春樹は続ける。
「最初から付き合ってくれってことじゃなくて––––えっと、これから少しずつでも俺のことわかってくれて、それで桜庭が良かったらってことで‥」
春樹は自分に自信が持てているわけではなかったので、香織がこれから検討しやすい表現を慌てて選んだ。
「うん––––じゃあ、とりあえず撮影にでも付き合ってよ––––最初は––––学校の桜の木とか。」
香織の返答に、春樹は嬉しい気持ちと安心した気持ちが同時に押し寄せてきた。
「それって、デートに入るのか?」
「入るよ!」
香織は元気に答えた。春樹は、
「こういうところから始まる恋が––––丁度良いのかな?」
と、心の中で思った。
夕日が、楽しそうな二人を見つめていた。
13 作戦を終えて
ライジングフォーチュンの作業場では、各メンバーがやり遂げた表情を見せていた。大型モニターには、夕日を背にして春樹と香織が映っている。
「上手くいって良かったね。」
サクラが笑顔で話す。
「僕の誘導作戦は良かっただろ?しっかり彼は動いてくれた。」
キラボシが自信を持って発言するが、
「男の子は怪しんでいたけどね。店内照明が明るすぎるって––––まあ、問題にはならないから、いいけどね。」
タソガレが指摘した点だが、キラボシは洋食屋の照明を一時的に強めたのである。それにより、春樹を店へ誘導した。さらに、春樹がメモリカードを見つけたときに、街灯の一つも明るくしている。
「でも、ハヤテのやり方も少々強引だったわね––––女の子には優しくしなきゃだめじゃない。」
タソガレがハヤテに指摘したのは、香織を襲った強風のことである。それにより香織はメモリカードを落としたが、落としたことを香織が気づく前に、カードだけを更なる風で隠したのである。隠したメモリカードは、後で街灯の下に配置したのだ。
今回の作戦は、春樹に関しては、ハヤテとキラボシの二人が扇動を受け持っていたのである。
「私はどうでしたか?先生。」
サクラの質問に、
「サクラは良かったわね。でも、あんまり桜の開花時期をずらし過ぎるのはダメよ。」
「はーい。」
サクラは、香織に対して誘導を行った。香織が朝焼けと桜の写真を撮影する朝に早起きしたのは、サクラが花の香りを使って起こしたのである。尚、ラベンダーの匂いを使ったため、香織は頭が冴えていた。ラベンダーの香りには、頭をスッキリさせる効果がある。また、満開の桜を彼女が撮影した後に、都合良く雨が降ったのは、ハヤテが事前に予定していたのだ。
「私は今回、裏方だったわね。」
そう言ったのは、ミナモである。彼女は扇動には力を貸していなかったが、春樹が香織に告白する場所で、川に夕日が反射するのを調整し、水面の「キラキラ」を増加させていたのだ。
「私も、ミナモちゃんと同様に演出をしたんだけど––––みんな気づいてくれた?」
サクラが話すと、
「え?私は気付かなかったけど––––どこで?」
ミナモは勘がいい方だが、それでも気付かなかったらしい。
「二人が一緒に帰るときに、学校の桜の木を七部咲きに調整したんだよ––––これから満開になる未来が待ってるって期待を込めて––––だから、この後もきっと上手くいくよ!」
サクラの発言を聞いた他のメンバーも、調整した桜に気付いていなかったが、その意図を知って納得した。
「悪くないな。」
ハヤテは落ち着いた口調で言った。
「それじゃあ、そろそろ片付けて解散よ。」
タソガレが、その日の業務終了を告げる。
「はーい。」
他のメンバーが返事をする。数日に渡る作業だったが、良い結果に終わったので、みんな満足していた。
アースガルズ内の別室で、一人でモニターを見ている人物がいる。最高神シキである。どうやら、春樹と香織の映像を彼も見ていたようだ。そこへ、扉をノックして、タソガレが入ってきた。
「失礼します––––あ、最高神も、ご覧になられてたのですか?」
「ああ––––少し不自然さはあったけど、良かったと思うよ。」
シキはタソガレに視線を移して答えた。タソガレは少し難しい顔をしている。本件に気がかりなことでもあったのだろうか?
「人の心を幸せに導くという業務は、毎回とても考えさせられます。」
「どのあたりが?」
タソガレの言葉を受けて、シキは真剣な表情をして返答した。
「どういう展開で幸せにするか考えることは大事ですが––––それ以上に、それを進めてもいいのか判断することの方が、もっと重要で––––今回の場合は、どちらも相手を想っているのかどうかが焦点でした。」
「うん、そうだね。」
「相思相愛になると考えたので、事を進めましたが––––正しいことをしたとは思っています。」
「良い判断だったと思うよ––––私もそうしたと思う。」
シキの意見を聞いて、タソガレは少し安心した。しかし、すぐに、タソガレは思い悩む表情をした。
「メンバーの一人が、満開になる未来を示唆して、七部咲きの桜を用意したのですが––––私は臆病なので、満開の後が怖くなりました。」
「それは、あの二人が上手くいかなくなったときのことを心配してるのかい?」
「はい。」
シキは少し考えてから、
「予兆や現象なんてものが、すべての事に適用されることなんて、ありえないさ––––春になったら恋が始まり、秋になったら別れることが続いたら、恋愛する気も無くなるだろ。」
「そうですね。」
シキは再度、少し考えてから、
「自分の都合の良い方向に考えるといい––––今の桜が散ってしまっても、また何度でも綺麗な花を見せてくれる––––そういう期待に溢れた考えの方が、私は好きだよ。」
シキの言葉に、タソガレは笑みを浮かべた。
「素敵だと思います。」
シキも微笑を浮かべている。内心、人間の未来に心を傷めるタソガレが、可愛いのだ。しかし、自分で作った和やかな空気を取り去るように、
「ところで、タソガレ君––––この後、食事でもどうだい?今日は私が奢るから。」
と、明るくシキは言った。
「はい––––でも、いいんですか?」
「当然さ。君に残業ばかりさせて何の施しもしない冷たい上司には、私はなりたくないからねえ––––で、何が食べたい?」
シキは楽しそうに話した。タソガレが先程まで見せていた懸念の表情は、すっかり消えていた。
(完)




