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卒業

作者: 白川明

「ジョン先生!!」


 卒業式の前日、アオは半泣きで職員室に飛び込んだ。名を呼ばれた担任のジョンも他の教師も顔を上げて、アオを見た。しかし、皆すぐに自分たちの仕事に戻った。

 アオがジョンに泣きつくのはいつものことだった。ジョンだけが困ったように微笑んだ。


「今日はどうしたの、アオ」

「部屋壊しちゃった」

「また?」

「ごめんなさい……」


 アオが自分の『能力』で寮の自室を壊したのは今月二度目だった。

 ジョンは自分の席で座ったまま、こちらに来たアオを見上げた。

 

「部屋の他に被害は? 怪我した子はいる?」

「いないし、隣も上も下もなんともなかった」

「ちゃんと『抑えた』んだね」


 そうジョンが言うと、アオは頷く。

 アオは、そしてこの学校の生徒は皆『能力者』だ。

 『能力者』は手を触れずに物を壊す、長距離を一瞬で移動できる、など普通の人が持ち得ない特殊な能力を生まれつき持った者たちのことである。


「今回はなんで?」

「……荷物全然まとまらなくて」


 アオは明日卒業を迎える。卒業した生徒はそのままこの街を出て、赴任先へ行く決まりだ。


「間に合わない、もう駄目だって思ったら……」


 アオは身を竦めて、申し訳なさそうにした。


「全くきみは最後までやらかしてくれるね」


 その後、アオとジョンは破壊された彼の部屋へ向かった。

 部屋は嵐でもやって来たように滅茶苦茶だった。窓ガラスは全て割れており、ベッドは真っ二つ、クローゼットは中身ごとぐちゃぐちゃだった。部屋の中心にあるスーツケースはべこべこになっていた。しかし、部屋自体は原型を留めていた。


「派手にやったね。これは使い物にならないな。今晩だけとはいえ、空いている部屋はないんだよなあ」

「ごめんなさい……」

「誰かの部屋に泊めて貰いな」


 そう、ジョンが言うと、アオは押し黙った。その様子にジョンは察したようだった。


「断られた?」

「うん……」


 気が弱くて大人しいアオだが、暴走すると学年一危険な存在だった。アオは結局卒業に至るまで、皆から遠巻きにされていた。


「仕方ない」


 

 その夜、職員寮のジョンの自室に来ていた。今夜の宿がないアオはジョンの部屋に厄介になることになった。その後、部屋に残った使えるものをジョンの指導の下、アオはスーツケースに詰め込んだ。最低限の衣服と足りないものはジョンが学校の余っている備品で補った。

 職員の自室は、学生のものよりはやや広いが、ベッドの横の床に布団を敷けば足の踏み場はあまりなかった。それが、なんだか修学旅行のようで、アオは少し楽しくなった。


「電気消すぞ」

「ねえ、先生、なんだか昔みたいだね」


 アオのその言葉にジョンは怪訝な顔をするが、しばらくして、合点がいったようでああと呟いた。


「『せんせー、ひとりでねむれません』って泣いてたもんな」

「泣いてない」

「いや、泣いてた」


 アオは昔を思い出す。

 アオたち『能力者』である子供たちは幼い内に親元を離れ、この学校で力の使い方を学ぶ。アオがここに来たのは五歳の頃だ。それからこの十年一度もこの街を出ていない。両親もここを訪れることはなかった。関係者以外、ここは立ち入り禁止だった。

 あのとき、突然両親から離されて、一人この学校に放り込まれて、寂しくてつらかった。

 ずっと担任だったジョンはほとんど親のような存在だった。彼以外縋れる存在はいなかった。


「ほら、明日は早いんだからさっさと寝なさい」

「はーい」


 翌日は良く晴れていた。数日前に咲き出した桜が花びらを降らすなか、アオたち卒業生は講堂に集まって、用意された席に学籍番号順に座った。そこで卒業式が行われる。

 教頭が卒業式の開催を告げ、朝礼のように校長の長い話が始まった。アオはもちろん他の生徒たちもほとんど話を聞いていなかった。君たちの活躍が人類の未来を切り開く、誇りと自制心を持って、といったいつもと変わらない内容のようだった。ジョンを含め教師陣も退屈そうに見えた。

 校長の話が終わったあとは、卒業生全員に卒業証書の授与と『認証』がなされる。一人一人壇上に上がって、紙の卒業証書を受け取り、校長が生徒の頭に手をかざし、『認証』を行う。

 アオはぼんやりとそれらを眺める。卒業生は百名ほどいるため、時間がかかった。


 そうするうちにアオの番になった。学籍番号が前の者が呼ばれたタイミングで、席を立ち、壇上の隅で待機する。


「01020063」

「はい」


 学籍番号を呼ばれ、アオは返事をし、前に進んで、校長の前に立った。


「卒業おめでとう」

「ありがとうございます」


 差し出された卒業証書をアオは受け取り、一歩下がって頭を下げた。アオには見えないが、校長が彼の頭に手をかざす。


「ID:01020063を『認証』する」


 かちり、と何かが外れる音がした。


 卒業式が終わると、食堂で立食形式の懇親会が開かれた。

 アオは一人だったが、周りの卒業生たちはみな和やかに談笑している。在校生や教師たちもいた。ジョンの姿を探すと、彼は数人の卒業生に囲まれていた。

 アオは食堂の隅で一人サンドイッチを頬張って、ジョンのところから人がいなくなるタイミングを待った。

 話していた生徒たちが食事を取りに行ったのを見て、アオはジョンの元へ行った。


「先生」

「ああ、アオ。卒業おめでとう」

「ありがとう」


 アオはそう言ってから、ジョンに対して、これまでのことを感謝する言葉を言っていなかったことに気付いた。

 明日からはもう、今までのような日々は来ないことも。

 わかっているはずだったのに、わかっていなかった。


 目元が熱くなり、視界が滲んだ。

 涙が止まらなかった。


「よしよし。泣いとけ泣いとけ」


 ジョンが優しく背中をさすった。そのことにアオは嗚咽を零した。


「これからのきみの人生が少しでも良いものでありますように。きみの幸運を祈っている」


 アオが泣き止むまで、ジョンは傍にいた。落ち着く頃には懇親会は終わり、卒業生は自分の荷物を持って、港へ向かった。教師たちと一部の在校生も見送りのため、同行した。


 港に船はない。

 あるのは巨大な円柱状の装置だけだった。それは『能力者』だけが使える地上と宇宙間を行き来するための装置だった。それも、『認証』がなければ使えない。

 卒業生たちは一人ずつ装置に手を触れる。すると次の瞬間荷物ごと姿が消える。転移が行われたのである。

 アオは装置に触れる前、人混みの中でジョンの姿を探した。すぐに見つかり、同じく気付いた彼は手を振った。それだけ見て、アオは円柱の側面に手を触れた。


『ID:01020063の認証を確認。現時刻をもって移動制限を解除する。幸運を』


 自動音声が聞こえた次の瞬間、アオはもう宇宙にいた。

 今まで自分たちがいた惑星を見下ろすことができた。星の表面の大半は荒野だった。『能力者』の生徒たちが訓練で破壊し尽くしてきたからだ。


 ここからアオたちは各地の戦場に送られる。アオたち『能力者』はそのためにこの星で育てられた人間兵器だった。


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