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ジェンダー社会を生き抜く  作者: 瀬南 葵
1/1

自分たちだけの世界で

ジェンダーという言葉が認知された。生きやすくなった人もいれば困惑している人もいるだろう。当然だ。これまでの考えからあまりにかけ離れている。それでも除外しようとしたり気持ち悪いだとか障害者だとか罵ったりするのはどうだろうか。理解してくれとも受け入れてくれとも言わないから、せめて少しでも理解しようと心がけて欲しい。



私じゃない人の前で泣いてるの見たり、しかも泣いてる理由が自分じゃ分からないことだったりすると、失恋した気持ちになる。



日愛にちか


呼ばれる度、毛が逆立つ。『日々愛されるようになりますように』という意味でつけられたこの名前が、私は嫌いだ。それよりももっと、この名前をつけた張本人_母親が冷たい声で呼ぶのが嫌いだ。

愛されるという感覚が、私にはよく分からない。帰る家も、温かいお風呂もご飯も眠る布団もある。充分に愛されてはいるのだと思う。それでも私には、分からない。


「なあに、お母さん」

机に向かっていた体を、声の方向へ回転させる。脇腹が捻れて少し痛い。台所ではお母さんが氷のような顔つきで野菜を切っている。そっちが呼んだくせしてこちらを見ることはない。わかりきってはいるけれど、それが少し悲しい。

背を向けられたような孤独感を打ち消すように、頬を上げる。最近、なんだかツリそうになる。家でも学校でも、頬を引っ張りあげているからだろうか。けれどそうでもしなければ私は愛されている感覚を味わえない。家では、名前を呼んでもらえるように常にリビングにいる。学校では、周りから浮かないように笑顔を保つ。そうしていれば、自然と人が集まってくる。


「鍋かき混ぜて」

お母さんがこちらを見なくなったのはいつからだろう。会話が減ったのはいつからだろう。

ああ、あの日からだ。あづまとの関係が知られた日。



1


「気持ち悪い」

母親からの第一声はそれだった。蔑むような目でこちらを見る。痛かった。母親は、冷たい人だけれど私を理解しようとしてくれる人だったから、今回のことも解ろうとしてくれると思っていたのに。

突き放されたと思った。否定されたんだと。

何がいけないんだろう。何が「気持ち悪い」のだろう。やっぱり、性別のことだろうか。遥か昔から常識とされてきた性別は「男か女」。それは確かにそうなのだろうけれど、性自認としてはどうなのだろう。性自認としては、「男か女」だけではないはずだ。現に世界では「ジェンダー」という言葉が使われるようになった。母親がその言葉を日々ニュースで聞いて、知っていたから話したのに。言葉は『使われる』だけで『理解』はされないらしい。

「気の迷いでしょう。そんなもの。もっとしっかり考えてみなさい」

16年。人によっては長いといえば短いと言う人もいるけれど、私にとってはとてつもなく長く苦しいものだった。沢山考えて悩んだ末に、出した答えを私の2倍生きている人にとっては、そんなものらしい。気の迷いという一言で済ませてしまえるらしい。

「お母さんにとっては、そんなものなの?気の迷いなんて一言で済ませてしまえるものなの?…ねえ私、ちゃんと考えたよ。沢山考えて悩んだよ。ずっとずっと苦しんだんだよ、16年。16年だよ。……解らなくていい、だけど解ろうとだけはしてよ……。わたしの、私の16年を否定しないで、」

最後は、声にするのも苦しかった。1番信頼していた人に理解もされないまま否定だけされることが苦しかった。


「お願いよ、日愛。普通でいて」


母親からはそれだけで。それだけのことで私は殺された気分だった。



自分の性自認に違和感を覚えたのは、中学生の頃。中学に上がって2年目の春だった。朝、目が覚めた瞬間『今日、男の子だ』と思った。意味が分からなかった。けれど、スカートをはくのが嫌だしスースーして落ち着かない。鏡に映った自分と目が合って吐いた。自分なのに他人のようで気持ち悪かった。その日は、スカートが汚れたと嘘を吐いてスラックスをはいて学校に向かった。突然スラックスをはいて登校した自分を、クラスメイトは気味悪がった。


「にちか、どーしたの!?」

ただ、スラックスをはいて行っただけ。それだけなのに凄く驚かれたし気味悪がられた。スラックスで登校してもいいと言われていたから、そうしただけなのに。スカートを何らかの理由ではきたくない子の為にスラックスを許可したんじゃないのか。なんのためのスラックスなんだ。世間体を良くするためだけなのだろうか。


「ねぇ、にちかぁ。なんでそんなカッコしてんの?あんたも『あいつ』みたいになっちゃったの?」

対して話したこともないクラスメイトに耳打ちされた。『あいつ』と言うのは、隣のクラスの若瀬わかせ 朝摘あづまのことだろう。自分の学年で、もしかしたらこの学校で知らない人はいないかもしれない。

若瀬 朝摘はこの間の学年集会で突然発表した。『自分は中性だ』と。男でもなく女でもない。だから履きたいものを履くし好きな髪型にするし呼び方も変えるから、これからは呼び捨てで呼ぶようにして欲しい。と。みんな混乱していたし面白がったし気味悪がった。私も、最初はそうだった。けれど今、若瀬の気持ちがなんとなくだけれど分かるようになった。だからこそ、そのクラスメイトの言葉に腹が立ってしまったんだ。どうして馬鹿にするみたいな目で見てくるのだろう。どうして気味悪そうな視線を送られなければならないのだろう。面白がっているのが目に見えて伝わってくる。気持ちが悪いと感じるのは自分も同じだ。視線たちが気持ち悪い。


自分はおかしいのか。どこか悪くなってしまったのか。悶々と考え続けていたら廊下の向こうから若瀬が歩いてくるのが見えた。いつもは気にもしない光景。皆が若瀬を避けているのが見えた。自分は何となく真正面から向き合ってみたいと思った。だんだん距離が近づいて、目が合って、若瀬が一瞬驚いた顔をして、それから目を細めて口を開いた。


「おはよう。ズボン似合ってるね」

たったそれだけ。挨拶をされて褒められただけ。いつもいつもクラスの人から髪型似合うねと言われるのと同じことなのに、なんだか妙に嬉しかったし落ち着いた。安心できた。自分はおかしくないんだ。どこも悪くなんかなっていないんだと自信を持って自分に言い聞かせることが出来た。




瀬南 葵です。初めまして。

この作品は、自分のためでもありました。自分も主人公と同じで不定性でパンセクシャルなので、少しでも理解しようと心がけてくださる方々が増えてくれればと思い、この度書くことに決めました。題名から手に取ることを躊躇ったり読むことを躊躇ったりする方もいるかもしれません。それでも手に取り読んでくださったこと心から感謝いたします。

ジェンダーという言葉が認知されてからまだそんなには経っておらず、やはり昔ながらの考えが染み付いた状態がまだ続いているなと感じています。変な目で見られたり罵られたりすることもあるかと思います。実際自分もあったことです。何も悪くない。おかしくはないです。大丈夫です。一緒に生き抜いていきましょう。

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