車と虫の一騎討ち
そういえば今回の危機を救った回転斬りは果たしてMPを使うんだろうか。
見た感じ剣技だから魔法では無い気がするが、その辺の仕様はどうなんだろう。
確かめようにもレベルが上がってMPはもう全回復している。いくら消費したのかは不明だ。
ちなみにレベル5になったので現在のMPのMAXは25である。
結構ある。
試しにちょっと使ってみるか、回転斬り。
もしMPを消費しない技なら、これからはたくさん使いまくれるし。
消費MPの有無は、今後の運命を左右するほど重要な要素だと思う。
俺は誰もいない原っぱでボタンを押して、回転斬りを発動させてみる。
軽自動車はコマのような高速スピードでグルグル回り、剣を振り回す。
ヒュンヒュンヒュンヒュン。
風を切る冷たい音。
俺はその間ずっと車と一緒にグルグル回っていた。
おえ。目まいがする。
まったく慣れる気がしないな、これ。
回転斬りが強いからと言っても、そう何度も使いたい技じゃ無いなこりゃ。
そう思ってると、回転マシンは停止した。
どれ。MPの残量を確認してみるか。回転斬りが魔法扱いなら減っているはずだ。
ステータス画面を開くと、使用前と同じ残り25だった。
消費MPゼロ!
やった! これは嬉しい結果だ。
やっぱりこれは剣技であり、魔法ではないという認識らしい。
この検証の結果、回転斬りは何回でも使えることが判明した。つまり、これからは魔力燃料を意識せず好き勝手にこの技を使えるわけだ。
何か回転斬りを覚えたことでこの世界での生存率が少し上がった気がする。
それもこれも、剣を作製したあの錬金術のお陰だ。いやあ、素晴らしいな錬金術って。
よし! これからはジャンジャン使いまくるぞ! 回転斬り!
……あれ。てことは、俺はその度に何回も目を回さなくちゃいけないわけか。
何かヤダなそれ……。
1回使っただけで胃が圧迫されて気持ち悪くなるんだよな、あれって。
俺は急に憂鬱になる。
早く回転斬りに代わる他の剣技とか覚えたりしないかな。それにはレベルを上げるしかないんだろうか。
そうだレベル上げだ。敵を倒そう。それしか方法は無い。
俺はアクセルを踏み、再び車を走らせる。
相変わらず空はいい天気。
とてもあんな危険な魔物がいるとは思えない晴れやかな青空だ。
運転席の窓から外を見た限り、草原にはもう他のバロンウルフの姿が無い。
確かオオカミって群れで行動する生き物だから、どこかに固まって徘徊してるのかもしれないな。またはその辺の茂みとかに隠れてるのかも。
俺は念のためカーナビで敵の存在を確認する。赤い点はやっぱりどこにも無かった。
俺は安心して運転を続ける。
しかしこの世界は何なんだろう。
異世界モノにありそうな町とか村とかがまったくない。人が歩く街道すらない。
誰かその辺に歩いてたら話を聞いてみたいんだが、誰一人として姿を見ない。
ここはそんな辺境の地にあるんだろうか。
にしても、目的の魔力の泉は思ったより遠いな。まだ見えて来ない。
一応カーナビのルート案内に従って走ってるが、距離はあと20キロと出てる。
ちょっと遠い感じがするが、現在地からはこの泉が1番近いスポットだったりする。
他の場所はずっと草原が続いている。そっちには何も表示されてないので、行ってもムダに燃料を消費してしまうだけな気がする。
まあ草原には信号が無いから、20キロぐらいの距離ならすぐに到着するだろう。
気楽に草原を走ってると、カーナビに突如、魔物の位置表示である赤い点が表示され始めた。
それもあちこちに。少なくとも10匹以上は何かがいる。
このすぐ先の草原だが、そっちの方向には魔力の泉がある。
何だか俺が魔力の泉へ向かうのを妨害してるようにも見える。
魔物は何だろう。またバロンウルフか?
だとしたら結構な数だな。
まあ襲って来たら、また回転斬りで返り討ちにしてやるだけだが。
俺は指で赤い点を押し、立ち塞がっている敵の正体を調べる。
ポイズンインセクト レベル5
スキル/毒吐き、ローリング、羽化
インセクト。虫か。
何か拍子抜けした。
車と虫がぶつかったら、大きい車が勝つに決まってる。まったく相手にならなそうな魔物だ。
気になるとしたらそうだな。所有スキルの『毒吐き』ぐらいだろうか。
このスキルはおそらく毒を吐き出して、相手に状態異常を引き起こさせるんだろう。
放っておくと死に至る。
それが毒攻撃だ。
普通はそれで死ぬんだろうが、どっこい俺は車に乗っている。
毒なんて食らっても車の外側に当たるだけだ。別に俺に当たるわけでは無い。
当たらなければ、俺が状態異常を引き起こすのはまず考えにくい。となると、この毒吐きは何てことは無さそうな攻撃だ。
毒を吐いてる間に車で特攻して、さっきみたいに剣で突いてしまえば問題ないだろう。
次に『ローリング』だが、これは名前からして転がって来る攻撃じゃないだろうか。
これも来たら回転斬りのカウンターをお見舞いしてやれば対応できる。
まったく問題ない。
ただ最後の『羽化』がよく分からない。攻撃とは思えない名称のスキルだ。
単純に、虫が成虫に進化するって事だろうか。
時間の掛かりそうなスキルだな。
これも無視していいだろう。
問題ない。まったく問題ない。
分析の結果、ポイズンインセクトは大した敵じゃ無いことが判明した。
このカーナビの敵感知は便利だ。戦う前から敵に勝ってることを教えてくれるんだからな。
俺はアクセルを踏み込み、カーナビが表示したポイズンインセクトやらに接近してみる。
遠くに物体が見えて来る。
車はポイズンインセクトのすぐ目の前までやって来た。俺は目の前にある物体を車内から観察する。
そこには想像以上にバカでかい、超巨大な芋虫がいた。
芋虫は街に走ってる路線バスぐらいの大きさがあった。
規格外の大きさ。
現実離れしたありえないサイズ。
俺は言葉を失い、ゴクリと生唾を飲み込む。
ポイズンインセクトは、緑色の胴体に黄色やピンク色の水玉模様がたくさん入っていた。
植物の葉っぱとかにくっついていそうな、気持ち悪い芋虫にそっくりだった。
そういえば小学生の頃、教室で飼ってたアゲハチョウの幼虫を思い出した。あれにそっくりだ。
そんな大昔の事を思い出していると、ポイズンインセクトはダンゴ虫みたいに体を丸め、こっちにゴロゴロと転がって先制攻撃を仕掛けて来る。
ちょっと待て!
もう攻撃してくるのかッ!?
どんだけ好戦的なんだ! この草原にいる敵どもはッ!
芋虫の巨体が前転しながらこっちに転がって来る。
あれがローリングって奴か。
あんな何トンもありそうな重機みたいな体で轢かれたら、普通なら俺の軽自動車はペチャンコになるはずだ。
だがこっちは物理防御力が高い。おそらく持ちこたえてくれるはず。
それにこのローリング攻撃は事前に想定していたものだ。この攻撃に対して、俺はすでに対応すべき行動を決めている。
ここは作戦通り、回転斬り1択ッ!
何せ消費MPゼロだし!
俺はボタンを押して車を高速回転させる。
ヒュンヒュンヒュンと目にも止まらぬ速さで回る回転マシン。
その回転マシンに前転しながら突撃してくる巨大芋虫。
果たしてローリングが回転斬りを止めるのかッ!?
はたまた回転斬りがローリングを止めるのかッ!?
今ここに、車と虫のスキルをかけた戦いが、切って落とされたッ!
軽自動車と巨大芋虫が原っぱで激突する!
ブシャアアアァァァァッ!
緑色の汁が、ポイズンインセクトの体から噴水のように勢いよく外に飛び出す。
正面のフロントガラスに緑色の液体が降りかかる。
巨大芋虫は液体を大量に噴き出したあと、ズサァッ! と力無く地面に倒れ込んだ。
よっしゃ! 勝ったッ!
回転斬りであの巨大な化け物も倒せたッ!
見たか! これが回転斬りの力だッ!
この勝負、軽自動車の勝ちいッ!
俺は車の中でガッツポーズをする。
が、すぐに車酔いをして気持ち悪くなる。
うっぷ。また酔った。
やっぱり慣れないなこの技……。
《レベルアップしました!》
よしよし。いい流れだ。
どんどん強くなってるな。
俺ではなく、車が。
《軽自動車のレベルが6になりました! 軽自動車が『ジャンプ斬り』を覚えました!》
ジャンプ斬り!
つまりそれは、この車が飛び上がって斬りに行くってことか。
しかし車がどうやって?
魔力で浮き上がるんだろうか。どう飛び上がるにしろ、この世界はもう常識が通用しないのかもしれない。
それより着地は大丈夫なんだろうか。衝撃で車が壊れたりしないのかな。
《軽自動車が『バランス補正』を覚えました!》
バランス補正……? 何だろそれ。
言葉通りに解釈するなら、車のバランスを補うスキル、そんなとこだろうか。
しかし見たところ車はちゃんとバランスを保っている。あまり必要ない能力な気がするが……。
告知は以上だった。
特にバランス補正に対する説明は無い。
このレベルアップの告知、わりと適当だよな……。
ジャンプ斬りは危険な匂いがするし、バランス補正はよく分からんし、何かビミョーなレベルアップだったな。
まあ内容はどうあれ、レベルが上がるごとに何らかのスキルをもらえるのは嬉しいものだ。
次に何をもらえるか楽しみにしてる自分がいたりするし。
俺は目の前で傷だらけになって倒れている巨大芋虫の死体を見る。
それにしても、よくこんな巨大生物に勝てたな。路線バスと軽自動車がぶつかって、軽自動車がバスを破壊したようなもんだからな。普通ならありえない現象だ。
回転斬りを使ったのもあるが、やはり敵の情報を見ていた事が大きいかもしれない。
事前に敵の攻撃に対してどう対応するか決めてたから、初めて見るはずの攻撃に対しても慌てず冷静に対処する事ができたわけだ。
これからも敵とぶつかり合う前には必ず情報を調べて、いくつか作戦を立てて置くのが賢明かもしれない。
そのとき遠くから何かがゴロゴロと迫ってくる音が聞こえてくる。
音の正体は、別の芋虫がローリングで移動して来たものだった。
転がる芋虫は俺の十数メートル前で停止したあと、丸まった体を伸ばして地面にへばりつく。
援軍の登場か。
確かにカーナビには複数の赤い点があったがどれも遠くに点在してたし、動きが遅いから特に気にしてなかった。
それがローリングを使って一気にこっちに近づいて来たわけか。相当なスピードが出るからな、あの動きは。
応援に来たポイズンインセクトは体を立ち上がらせる。俺は芋虫を見上げる。
高さは2階建ての家ぐらいはありそうだった。
芋虫は高い位置に頭があり、俺を上から見下ろしている。
ペッ。
立ち上がったポイズンインセクトは、口から何かを吐き出した。
ベチャ。
車のボンネットに紫色の粘液が付着する。
粘液の付着した部分を見ると、車の本来の色であるシルバー色が徐々に紫に変色していく。
これってもしかして……毒ッ!?