回転斬りの破壊力
回転斬り、範囲攻撃か。
剣技だよな回転斬りって。そんなことまで出来るんだ、この車って。てっきり使えるのは魔法だけかと思った。
剣技だからMPは使わないと思うけど、その辺はどうなんだろうか。
しかしさっきの戦闘は危なかった。危うく車が破壊されるところだった。
よくあの獰猛な狼の猛攻を耐え切ったよな。
俺は運転席から窓を見る。
窓ガラスには傷が1つも付いていない。
防弾ガラスで出来てるのかと思うほど頑丈だった。
俺は運転席から降り、今度はオオカミが体当たりした外側のドアを確認してみる。
やっぱりどこにも傷が付いて無い。
もしかしてオオカミの攻撃力って、思ったより弱かったんだろうか。
いや、そんなはずは無い。
あの茂みから出てからの体当たりの衝撃はまるでボーリングの玉がぶつかってきたような重さだった。
それに加えて、爪で引っかいたりもしているはずだ。少しぐらい車に傷があっても何ら不思議ではない。
まして俺が乗ってるのは装甲が薄い軽自動車だ。無事で済むはずがない。
じゃあ何で車は無傷だったんだろう。
俺はしばし考える。
そうか。もしかしてこれがスキルの恩恵という事なのか。
確かこの車は『車体硬化』ってスキルを獲得していて、少しばかり物理防御が上乗せされている。それでダメージが軽減されたのかもしれない。
なるほど。それなら納得がいく。
そうだ。さっき敵感知って言うのを獲得した。あれを使えば、この襲ってきた魔物が何だったのか調べられるんじゃないかな。
さっそくカーナビで検索してみるか。
俺は運転席に乗り込み、カーナビで今いる場所を見てみる。
画面には小さな《《赤い点》》が表示されてあった。赤い点は、車のすぐ目の前に表示している。
おそらくこの点は、目の前で死んでいるオオカミのことを指してるんだろう。
俺はもっと詳細なデータが見れないか、試しにこの赤い点を指で押してみる。
バロンウルフ レベル3
スキル/噛みつき、体当たり、大ジャンプ
仲間を呼ぶ
カーナビはオオカミの情報を表示してくれた。
情報と言っても浅い内容ではあるが、まあ何も無いよりはましだろう。
しかしそうか、このオオカミの正式名称はバロンウルフって言うのか。
レベルは3で俺と同じだし、別にそこまで警戒するような相手じゃなかったのかもしれないな。
スキルは4つ持ってたのか。見た感じ魔法は使えないらしい。
『噛みつき』と『体当たり』は経験した。この『大ジャンプ』っていうのは車を回避したときのやつか。凄いジャンプだったが、あれってスキルだったんだな。確かに飛び上がる高さが冬季五輪の小林みたいだったもんな。
最後の『仲間を呼ぶ』というスキルは何だろう。これは街の不良しか使えないスキルだと思っていたが……。
だが死んでしまった以上、もうこいつは仲間を呼べない。別に気にする必要は無さそうなスキルだ。
いや待てよ。そういえばバロンウルフは、丘の上にいたときに遠吠えをしてたよな。確か。
あれは何だったんだろう。オオカミが遠吠えするのって、何のためだっけ。
もしかしてあれって……。
そう思ったとき、カーナビに赤い点が一斉に現れた。俺はそれを見て動揺する。
赤い点は、俺がいま乗ってる車の周辺を囲んでいる。その数は4。
前後左右、すべての方向から包囲して赤い点がこっちに近づいてきている。
俺は慌てて窓ガラスの外を見る。
外には4匹のバロンウルフが俺の車を取り囲んでいた。
どっから湧いて来たんだコイツら。
でもこれで確信した。やっぱりあの遠吠えは、仲間を呼ぶためのものだったんだ。あの遠吠えによってこいつらは集まって来たんだろう。
1対4か。
かなり不利な状況じゃないか、これ。
だが慌てるな俺。この車は物理防御が高い。数が増えたところで、犬如きにこの硬い窓ガラスを破ることはできまい。
すると、近くまで来ていたバロンウルフたちは一斉に俺の車に飛びかかる。
前後左右からガリガリと窓ガラスに噛み付くオオカミたち。
フロントガラスに噛み付いているバロンウルフと目があった。
血走った眼光。
ガウッ! ガウッ! と喚いている。
中へ入ろうと狂ったように窓ガラスを噛んでいる。
コイツらが中に入ってきたら、間違いなく俺は噛み殺されるな。
だが車が硬いので、俺は安心しながら落ち着いてその様子を観察していた。
さて、どうしたもんか。
もったいないが、ここらで魔法を1発使うか。しかし敵は四方に分散している。全員に当てるなら距離を取って……、ん?
よく見ると、車のフロントガラスに亀裂が入り始めている。
「え! 何で窓に亀裂がッ!? どうして車の耐久力が落ちてるんだッ? そうだ、こんな時こそステータス確認だ!」
俺はボタンを押して車のステータスを確認する。
最大200あるHPが残り18しかない。そんなにダメージを受けてたんかい!
もしかしてさっき傷が付かなかったのは、HPに余裕があったから?
車体硬化って、単に防御値を上げるだけで、別にバロンウルフの攻撃がまったく効いてないわけでは無いのか。
まさかの非常事態に焦る俺。
見れば両サイド、それに前後すべての窓ガラスに亀裂がどんどん入り出し、ピシピシと音を立てている。
マズい!
このままだと窓ガラスを食い破られる!
そうだ! さっき覚えたあれを使えッ!
「これでも食ってろクソ犬ッ! 回転斬りだああああああッ!」
ボタンを押した直後、車はその車体をコマのように高速で回転させる。
ヒュンヒュンヒュンヒュン。
細長い剣の刃が周囲のバロンウルフたちを無慈悲に切り刻む。
刃がついた回転する車は、さながら肉をミンチにするミキサー機のようだ。
冷酷な回転マシンと化した車は、周囲のバロンウルフたちの頭や手足をバラバラにした。
高速の回転マシンは、狼たちに悲鳴を上げる暇すら与えなかった。
車はその回転を停止させる。
おびただしい鮮血が車の周囲に飛び散っていた。
もうそこに勇ましいオオカミの姿は無かった。
あるのは、千切れた肉片のみ。
自分はというと、あまりグルグル回ったので目が回っていた。
遊園地のコーヒーカップに乗ったのを思い出した。
うっぷ。しかも少し酔ったみたいだ。
おえ。気持ちワル……。
《レベルアップしました!》
ふう、早いな。もうレベルアップか。
一気に4体も倒したんだ。当然と言えば当然か。
《軽自動車のレベルが5になりました! 軽自動車は『ヒール』を覚えました!》
ヒール。回復魔法か。
そういえば今回の件で思い出したが、この車にはHPがあるんだよな。魔力にばかり目が行ってて、ずっと関心が無かったけど。
ゲームの世界だとHPが0になったらゲームオーバーだけど、この世界だとどうなるんだろう。
さっきの感じからすると、車がダメージを受け過ぎて壊れてしまう気がするけど。
車が破壊されたら、戦えない俺にしたらそれは死を意味する。確かにそれだとゲームオーバーかもしれない。
運転席から正面のボンネットを見ると、爪でズタズタにされた痕が付いている。この車が使い物にならなくなるのは、時間の問題だったようだ。
そうなると、やはりHPは常に気を配る必要がある。魔力燃料も大事だが、それは車があってこその話だし。
そのとき突然、窓ガラスに入っていたひび割れがどんどん塞がっていく。
ボンネットの深い傷も、時間を巻き戻しているかのように塞がっていった。
俺は謎の現象にキョトンとする。
まだ俺、ヒールの魔法は使ってないんだけど……。
そうか。
レベルが上がったから全回復したのか。そんなシステムだったのを忘れてた。
前回は車が無傷だったから分からなかったけど、回復すると言うのは傷が塞がったりするわけだ。それを同じように車がやっているのだ。何か奇妙な感じではあるが。
まあ手段はどうあれ、車が直ったからひとまずよしとしよう。
俺は今、知りたい事がたくさんある。
この世界が何なのか。
なぜ俺は崖から転落したにも関わらず死んでいないのか。
そして俺が聞いたラストフォリアというのは一体何なのか。
俺だけではなく、なぜ車までこの世界にあるのか。
俺はすべて解き明かしたい。
そこにはきっと何か理由があるはずだ。
それも、《《自分が》》選ばれた理由が。
そのためにも、俺はこんなワケの分からない状況で死ぬわけにはいかない。
魔物だらけの異世界に1人ぼっち。
普通なら不安と恐怖で押し潰されてしまうだろう。
だが俺は知っている。
自分を押し潰そうとしているのは、本当は自分自身なのだと。
俺の敵は外にいる魔物なんかじゃない。
自分だ。
内なる、弱い自分だ。
俺は自分に打ち勝ちたい。
自分の中にいる魔物を倒したい。
倒して、前に進んで行きたい。
この世界で生き抜くために。