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軽自動車の錬金術師

 運転席に座りながら、俺は手に入れた本をめくってみる。


 最初のページに錬金術の基本説明が書かれている。

 それによると、錬金術は冒険に役立つ道具を作成することができるらしく、作製には2種類以上の素材アイテムを組み合わせる必要があるらしい。

 なるほど。1種類だけだとダメなのか。


 さらにページを捲ると、本には合成に必要な素材の名前がたくさん記述してあった。

 しかも名前だけでなく、その素材がどこの地域で採取できるのか、素材の組み合わせによって何を作れるのか、それはどんな使い道があるのかまで丁寧に書いてあった。

 ただ、すべて文章で書かれているので、それがどんな形をしてるのかまではよく分からない。


 その数多くある素材の中で目に止まったのは、今いるグリンフォール草原の素材が書かれているページだ。

 そこには『スライムの牙』と『木材』を組み合わせると『牙の剣』が作れると書いてあった。

 車が剣を持てるはずがない。さすがにこれは俺の道具だろう。

 剣か。

 リーチがあるし、敵との戦いが有利になるな。経験値稼ぎにも使えそうだし。ビニール傘なんかより段違いに武器として使えそうだ。

 ただ俺が経験値を手に入れたところで、ぜんぶ車の養分として持っていかれるのは納得いかないところだが。


 さて、まず素材となるスライムの牙は、さっき倒したスライムたちが目の前で何本も落としている。水溜りにプカプカ浮いてるのがここからでもよく見える。

 もう1つの素材である木材は、その辺に生えてる木を使えば簡単に手に入るだろう。

 何だ、簡単に作れそうだな。これならすぐに集まりそうだ。

 よし。手始めにこの牙の剣とやらを作ってみるか。


 俺は運転席の窓から辺りを見回し、近くにスライムがいないか警戒する。よし、いないな。

 周囲の安全を確認してから俺は車から降り、地面に水溜りのように溶けている死んだスライム5匹に近づく。

 ゼリー状の水溜りの中に、白く鋭い牙が浮いている。俺はしゃがんでそれを適当に3つぐらい取る。

 1本がバナナ以上の太さはある牙だ。かなり大きい。こんなので噛まれたら一溜りも無かったな。

 さて、スライムの牙は手に入った。あとは木材か。


 俺は草原にポツンと生えている1本の木に近づく。5メートルぐらいの高さだろうか。葉っぱが生えてるだけのシンプルな木だ。

 俺は上の方に手を伸ばし、太そうな枝を掴んでグッと力を入れる。

 ボキッ。

 よし。折れた。

 これで木材は手に入った。合成に必要な素材はすべて揃った。楽勝だな。

 でもどうやって合成するんだろう? 錬金釜とかは持ってないんだけどな。

 ひとまず俺は車に戻り、再び本の説明を読むことにする。


 運転席に座りながら錬金術マニュアルをペラペラ捲り、合成の仕方が書いてないか探してみる。

 すると、『合成の手順』と書かれたページを見つけた。

 なになに。手順1。まずボンネットを開けてください、か。

 ボンネット? それって車のボンネットだよな。何でそんなものを開ける必要があるんだろう。ボンネットの中は車に関係した機械しか入って無いのに。 

 まあしょうがない。マニュアルにそう書いてあるんだ。従うか。ボンネットの開け方は車の教習所で習ったことがある。やってみよう。

 確かこの辺に……、お、これだな。

 俺は記憶を頼りに、運転席の下にある解除用レバーを引く。これでボンネットの蓋のロックが外れたはずだ。


 次は車の外に出てフロントの正面に行く。そして大きなボンネットの蓋を手で上げて開く。


 俺は中を見て目を疑う。


 ボンネットの中は、《《青色の液体》》で満たされていた。

 本来そこには車を動かすのに必要な機械がびっしり入ってるはずなのだが、入っていたのは謎の液体のみ。こんな液体で、どうやってこの車は動くんだろう。

 いや、今さら理屈を考えても仕方ないか。魔物や魔法が存在して、なおかつ転移までしてるんだ。俺の住んでいた世界の理屈は、この世界では通用しないのだろう。


 俺は指で液体に触れてみる。ドロッとしている。ヘドロのような液体だった。

 液体が付着した指を鼻に近づけて、今度はニオイを嗅いでみる。漂白剤みたいなツンとする香り。飲み水には使えそうもない気がする。飲んだらお腹を壊しそうだ。


 俺はボンネットを開けたまま、右サイドにある横に寝ている棒を立て、蓋にある穴に引っ掛けて棒が動かないよう固定する。

 これでボンネットは開いた状態をキープできる。

 俺はマニュアル本の続きを読む。


 手順2。次に、素材を液体の中に入れてください、とある。

 素材をこのヌメついた液体の中に入れるのか。そんなことで本当に道具の作成はできるのだろうか? 

 まあ本にそう書いてあるから信じるしかないが……。


 俺は車の上に置いておいたスライムの牙と木の枝を手に取る。

 そしてまず最初にスライムの牙を青い液体の中に投入した。数は3つ。ポン、ポン、ポンと放り込む。

 スライムの牙は液体に浸かると、ゆっくりと液体の中に沈んでいく。

 よし。牙はこれでOK。

 次は木の枝だ。

 枝は長くて入れにくいので、もう1回折って2等分にして入れた。これもゆっくり時間を掛けて沈んでいった。

 まるで底無し沼に飲み込まれていくかのように、深く深く沈んでいった。


 これで素材を投入する工程は終わった。

 俺は本の続きを見る。


 手順3。素材が液体の中に沈んだら、ボンネットを閉めてください。素材の合成がすぐに開始されます。

 何か家の電子レンジみたいなやり方で拍子抜けするな。まあ簡単に出来るからいいか。

 俺は蓋を閉めるためボンネットに手をかける。


 待てよ。

 最後の文章に小さく注意書きがある。思わずスルーしそうになった。

 俺は注意書きに目を通す。


(※アイテムの作製中は車の正面に立つのは大変危険です。その場から離れてください)


 何で危険なんだろう。というか、そういう大事なことは小さく書かないでくれ。分かりづらい。

 まあ危険なら仕方がない。離れるとしよう。

 俺はボンネットを閉めて、車の横に立つことにした。


 離れて見ていると、車はブルブルと小刻みに振動し始める。

 数秒後、今度は2本のヘッドライトが光り出した。

 その2つの光はレーザーのように細くなりり、車の正面でクロスして、互いの光がぶつかった場所で高熱の光が発生する。

 まるで何かを溶接しているような強烈な光だ。

 眩しい光を放ちながら、光は空中で細長い物体を精製している。

 あの形はたぶん剣に違いない。


 作ってる……。

 本当に剣を作ってるよ……。


 俺は感動する。

 初めて自分で作るアイテムだ。それも自分が装備する武器だ。ワクワク感と嬉しさが同時に込み上げてくる。

 精製されている物体は徐々にその姿がはっきり見えるようになる。

 見えてきたのは長く真っ直ぐな剣。白い鋭利な刃で出来ている。

 あの白い刃は、たぶんスライムの牙だ。刃はナイフのように切れ味が鋭そうな仕上がりになっている。

 これが牙の剣……!

 凄いな。注文通りだ……!


 錬金術か。これさえあれば、俺はこの世界で強くなれる気がしてきた。


 なあケーよ。

 経験値はお前にくれてやる。

 だがな、俺はこの錬金術でいつか最強装備を身につけ、いつか絶対にお前を追い抜いてみせる! 

 絶対にな。


 精製された剣は、地面にポトリと落ちる。

 お、できたようだな。

 しかしよく見ると形が少しおかしかった。

 確かに剣は剣なのだが、Tの形になっている。

 T←これの下の部分は刃だが、上の横になっている部分が謎である。ちなみにここは木で出来ている。おそらく手で握るとこだと思う。

 こんな形の剣は見たことない。というか持ちづらい。

 もしかして合成に失敗したのだろうか?

 しかもこの横の部分、やたらと長い。

 幅はちょうど車と同じくらいの長さがある。というかピッタシである。

 

 待てよ。


 俺は錬金術マニュアルの、牙の剣が書かれているページをもう一度よく確認してみる。

 その備考欄の隅っこに小さく、


 (※これは軽自動車の専用の剣です)


 と書いてあった。


 剣も車のだったんかいッ!

 大事なことを小っちゃく書くんじゃねえ!

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