名も無き街
目の前に大きな街が広がっている。
地底の街だ。
古代ギリシャとか、そんな時代の感じの石造りの街だ。
多くの人が街を歩いていて、並んでいる屋台で買い物をしているようだった。
街の遠くの方に目を向けると、街の奥に階段がある小高い丘があり、上に神殿のような建物が見えた。立派な装飾が施された立派な建造物だ。
とても地中にあるとは思えないような高度な文明都市である。
あまりにも大きな街なので俺は自分が洞窟の外に出たのかと勘違いし、上を見る。
かなり高い位置に土色の天井が見えた。
やっぱりここは地面の中か……。つい疑ってしまうほど、それぐらいによく出来た街だ。
おそらくガーディアンはここに隠れているはずだ。奴を倒せば俺はこの世界を出られる。絶対に見つけてやる。
とはいえ一体どこから探したらいいんだろうか?
とりあえず街を歩いてる人に聞いてみるか。この街の人なら何か知ってるかもしれない。
俺はゆっくりと車を走らせる。
屋台が立ち並ぶ古代建築の建物の中を車で徐行していく。
布製の服を着た人々があちらこちらを歩いてる。
動く鉄の塊が街に入って来たので驚いたのだろうか、みんな立ち止まって俺の方をジロジロ見始めた。
みんなの顔は驚くというよりも「何でここに来た」、そう言わんばかりの表情をしている。
俺は少し窓を開け、街を歩いてる若い男に声をかけてみる。
「あの、すいません、ちょっと聞きたいことがあるんですが」
声をかけられた男は俺をジッと見てから答えた。
「∵∈∇!」
「え?」
「∵∈∇!」
男は同じようなセリフを言ってるみたいだが、何を話してるのかさっぱり分からない。
どうやらこの街の人は知らない言葉を使ってるらしい。
仕方ないので屋台を出してる店の主人に話しかけてみたが、こっちも同じセリフで返してきた。ダメだこりゃ。
ちなみに屋台で売られてるものを見ると、大量のゲジゲジが並んでいた。洞窟に這ってた、わりとジャンボサイズの奴だ。
ぐえ。この街の人はこんなの食ってんのか? よくこれを好んで食べるな。
まあその国の食文化を否定するのはよくないか。でもゲジはちょっとな……。
胃がモタれた俺はすぐにその店をあとにする。
そのあと片っ端から街の人に声をかけてみたが、みんな言葉が通じなかった。
奇妙だったのは、みんな同じセリフを言ってることだった。
彼らは俺に何を言ってるんだろうか。
うーん、考えてもさっぱり分からない。
らちが開かないし、もう街の人に尋ねるのはやめることにしよう。
次はそうだな。
あの奥にある神殿に行ってみるか。
あそこだけこの街で違う建物だし、何かありそうな気がする。
俺は車を走らせ、街を通り抜けていく。
バックミラーを見ると、抜き去った人たちが後ろから付いて来ていた。
何だ? みんな俺の行動が気になって追いかけてるのか?
俺は構わず車を走らせる。
大きな広場に出た。
その先に上へと続く長い階段がある。
俺は車で階段を上がっていく。
後ろを見ると、ゾロゾロと大勢の人たちが広場に集まって来ており、みんな階段を上がる俺を見上げている。
みんなこっちを見ている。
もしかしてこの先に何かあるんだろうか?
車で階段をガタガタと駆け上がる。
階段が終わると、そこにはまた広場があり、その先に巨大な神殿があった。
神殿は装飾がたくさん施されていて、外壁をよく見ると鎌を持った黒いフードをかぶるガイコツの像がたくさん彫られていた。
それはまるで死神のようだった。
何だか邪悪そうな彫り物だ。
この街の人たちが崇拝してる神様だろうか。
俺は車を走らせ、大きな神殿の入口を通り抜ける。扉はないので、簡単に中に入ることができた。
神殿の中は広々しており、中には何も無くガランとしていた。
奥を見ると祭壇があり、そこに何かが宙に浮いていた。
それは、高さ3メートル、幅1メートルほどの、ひし形の輝くクリスタルだった。
クリスタルからは、黒いオーラのような光が放出されている。
何か怪しいクリスタルだな。
まさかウォーク石みたいに、あれも魔物だったりしないだろうな。
念のため俺はカーナビで調べてみる。
ダンジョンコア レベル14
スキル/魔法吸収
やっぱり魔物かい!
しかもダンジョンコアって聞いたことあるけど、あれって魔物だったっけ?
しかも魔法吸収て。
つまり魔法ダメージが一切入らないって事か。
どれ。
俺は試しにサンダーを撃ってみる。
ズドオオオオォォッ!
ヘッドライトから太い稲妻が放出された。やはり魔力が上がってるようだ。威力があり過ぎて発射した反動で車が少し後ろに下がった。
その威力最大級の稲妻がコアに向かっていくが、透明なシールドが目の前に展開され稲妻を吸い込んだ。
あー。そういうことか。魔法は無効にしちゃうわけね……。
それなら剣があるから物理攻撃を入れてみるか。久々に回転斬りでも使ってみよう。
いや待てよ。
そういえば『噛みつき』っていうのを覚えていたな。たぶんあれも物理攻撃だよな。せっかく覚えたんだし、どんなものかちょっと使ってみるか。
俺はハンドルに書いてある『噛みつき』のボタンを押す。
直後、車のフロント部分が口のようにパカァッと開き、鋭い大きな牙を見せる。
そのまま車は勝手に走り出し、まるで獲物を襲うライオンのようにコアに飛びかかってガブリとかぶりついた。
クリスタルにガリガリ噛みつく軽自動車。
剣は上唇にあるため、噛んでいても邪魔にはなっていないみたいだ。
しかもどうやら車のアゴは強いらしく、硬そうな分厚いクリスタルは簡単に砕けていった。
《軽自動車のレベルが15になりました! 軽自動車が『奥の手』を覚えました! 軽自動車は緊急時に信じられないようなチカラを発揮します!》
奥の手……? 何だそれ?
今まで獲得した中で1番分かりにくい能力だな。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
突然、地面がグラグラと揺れ始める。
何だこの揺れは……。かなり大きいぞ。
ダンジョンコアを破壊したからか? 何かのパワーバランスが崩れたのかもしれない。
神殿の天井が崩れ始め、石で出来た瓦礫が上から次々に落ちる。
マズい! 脱出しよう!
俺はハンドルを回して車を入口方面に向けたあと、アクセルを強く踏み込んで神殿から猛スピードで脱出する。
落ちる瓦礫の間を縫いながら入口を通り抜け、何とかうまく外に出ることができた。
直後、ガラガラガラガラ! と神殿が崩壊していく。
後ろを見ると、あの立派な神殿は瓦礫の山と化していた。
ふう、間一髪だった。危うく瓦礫の中に埋もれるとこだった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
まだ揺れは続いている。
何が起きようとしてるんだろうか。
階段から下の方を見ると、石造りの街がどんどん崩れていっている。
下の広場からは、何と大勢の人が階段を上がってこちらに来ている。
彼らは怒った顔をしてさっきと同じ意味不明な言葉を発していた。
「∵∈ね! ∵∈∇! ∵∈ね!」
「∵∈∇! し∈∇! ∵ー∇!」
ん……? 待てよ。
意味不明だった言葉が徐々に聞き取れるようになっている。
コアが破壊されたから、彼らにかけられていた呪縛でも解けたんだろうか。
「∵∈ね! し∈∇! し∈ね!」
もう少しではっきり分かりそうだ。
何て言ってるんだ? 街の人たちは。
「ね……死……ね! 死ーね! 死ーね!」
え……? 何だって?
「死ーね! 死ーね! 死ーね!」
「死ーね! 死ーね! 死ーね!」
「死ーね! 死ーね! 死ーね!」
全員が俺に向かって死ねと言っている。
何だこいつらは……。ずっと俺にそんな事を言ってたのか?
なるほど。これではっきりした。
この街の人間たちは魔物だったんだ。
もしかしたら、あのコアはこの魔物たちの正体を隠すための装置だったのかもしれない。
目の前にいる何百、何千人もの住民たちが一斉にグニョグニョと形を柔らかくしていき、姿を歪ませていく。
そして手、足、頭などがくっつき、住民たちは互いの体を融合させていく。
やがて人々は1つの白い団子になった。
10メートル以上ある、巨大な球体だ。
球体はグルリと回転する。
それは『目玉』だった。
街の住人たちは合体し、巨大な目玉になったのだ。
その巨大な目玉はフワリと宙に浮き、高く舞い上がる。
かなり高いとこまで上がっていった。
俺はその隙に目玉の正体を調べる。
ガーディアンの目 レベル15
魔法/死の宣告、プチメテオ
ガーディアンの目……?
てことは、あいつはガーディアンの体の一部なのか。目ということは、本体は別にいるということか?
空中に浮かんでいる目玉は、ビカァッ! と強烈な光を放つ。
直後、車の正面に『10』と数字が現れた。
何やらカウントが始まったみたいだ。
これが『死の宣告』か?
まさか0になったら死ぬとか言うんじゃないだろうな。だとしたらかなりヤバいんじゃないか。
すると今度は、目玉は黒いオーラを纏いブルブルと震えだす。
その震える目玉の上に大小様々な黒い石みたいなものがたくさん現れた。
隕石みたいな黒い石だ。
しかも黒い石は炎に包まれて燃えている。
その燃える石は空中に次々に作られていく。
そうか、あれが『プチメテオ』か。
あれを全部こっちに降らすつもりか。
どうするか。
そうだ、こっちは『ストーンミサイル』が使えるんだ。あの燃える石に対抗するためにこっちも複数の石を使って撃ち落とそう。
俺は対抗するため、すぐにストーンミサイルを発動させる。
すると崩れた街の瓦礫や神殿の瓦礫がすべて浮かび上がり、一斉に空中へ飛んでいった。
街に落ちてる瓦礫を大量に飛ばせるのは、それだけ魔力が上がってるからだろう。
だが敵も負けじと、すぐに宙に浮いてるたくさんの隕石を降らして来た。
大量の隕石と大量の瓦礫が空中でドカンドカンとぶつかり合う。
まるで戦艦同士の撃ち合いを見ているようだ。
隕石に瓦礫が衝突すると、隕石の石は割れたりスピードを落としたりしてどんどん勢いを失っていく。
どうやら威力は互角らしい。あとは数の勝負になりそうだ。
だが数はこちらが勝っていたようだ。こっちには敵の隕石は1発も当たらず、すべて空中で撃ち落としている。
さらに余った瓦礫の1つが、宙に浮いている目玉に命中した。
目玉は傷を負ったらしく血を流し、グラリとヨロめく。
目玉が負傷したため隕石の攻撃が止まり、残りの瓦礫は一斉に目玉に向かって飛んでいった。
バアアアアアアンッ!
目玉は空中で破裂した。
《軽自動車のレベルが16になりました! 軽自動車は『飛翔』を覚えました! 軽自動車は空中を飛べるようになりました!》
飛べる!?
え! そんなことまでできんの!?
待て。落ち着け俺。
それより状況はよくなってはいない。
レベルアップしたから死の宣告が回復したかと思ったが、車の前を見ると『8』と表示されている。
まだカウントは消えていない。どうやらレベルが上がっただけで死の宣告は解除できるものではないらしい。
にしても、カウントの進行がやけにゆっくりな気がする。もしかしたらこれは剣の特殊効果である『魔法耐性アップ』によるものかもしれない。
マジックラットの剣を装備してなければ、今頃すでにカウントが終わってる可能性がある。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
また音がする。
さっきから何が起きようとしてるんだ?
上を見ると、その正体が分かった。
洞窟の天井から、何メートルもある大きな顔のようなものが浮かび出し、首をググッと伸ばしているのだ。




