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異世界へ

「うわッ!ぶつかるッ!!」


 正面から車線をはみ出したダンプがこっちに迫って来たので、軽自動車を運転している俺は慌ててハンドルを切る。

 反応が速かったので、ダンプカーとの正面衝突を寸前のところで回避した。


 だがここは狭い山の道路。

 俺の車は勢い余って車道の脇に猛スピードで突っ込んでしまう。


 下は崖だった。


「わあああああああああッ!」



◆ ◆ ◆



 気を失ってどれぐらい経っただろうか。

 俺は徐々に意識が戻り始める。

 すると耳元に機械音声のような不思議な声が聞こえてくる。


《ようこそ、ラストフォリアの世界へ》


 ???


 え……何……? 今の声。

 ラストフォリア? 何それ。

 いや、そんな事より。


 俺は自分の体を弄ってみる。

 どこも怪我をしていない……。

 それどころか、かすり傷すら負ってなかった。

 しかも俺は、自分の軽自動車の運転席に座っていた。その車も、どこも壊れた様子は無い。


 んなアホな。 

 確か崖から転落したんだよな、俺。

 あの高さから落ちてよく無事で済んだな……。

 

 車内から窓の外を見ると、そこはだだっ広い草原だった。

 その草原のあちこちにカラフルで美しい、見たことない花がたくさん咲いている。

 飛んでる蝶々や虫も、殺虫スプレーがあまり効かなそうな見たことが無い種類ばかりだ。

 辺り一面、見たことない草と花だらけ。

 ………どこなの、ここ。


 もしかして天国? 

 でも死んだ世界に車があるのはおかしいよな。自動車に魂があるはずがない。


 車内を見ると、助手席の下に自分の運転免許証が落ちているのに気づく。車がひっくり返ったときサンバイザーに挿んでたのが落ちてきたんだろう。

 俺は落ちてる運転免許証を拾い上げる。



氏名 来間くるま すすむ

住所 貧忙市上野山四丁目2番地7

交付 令和04年 02月 07日


免許の  中型車は中型(8t)に限る

条件等  中型車と普通車はATに限る



 これは自分の免許証だ。

 ゲ●でゲームソフトを売るときはいつもこれを提示してる。

 あれ? 

 何かこの免許証、違和感があるな。

 何だろうこの違和感。

 そういや俺の住所ってこの番号だったっけ? 事故の影響だろうか、はっきり思い出せない。

 何だか気持ち悪いので、免許証を助手席の前にある四角いボックスの中にしまった。


 俺はもう一度辺りを見渡す。


 原っぱがずっと遠くまで続く広大な草原。

 遠くには地平線が見える。

 俺の街にこんな場所なんかあったかな。

 俺が住んでるとこは交通量が多くて、夜中になると暴走族が爆音でバイクで走るような騒がしい街だ。こんなのんびりした風景は無かったはず。

 それとも俺が自分の住んでる街をよく知らないだけなのか?


 そうだ。こんな時こそカーナビだ。ここがどこか現在地を調べてみよう。

 俺はダッシュボードの上に取り付けてある7インチの小さなカーナビの液晶画面を触ってみる。タッチパネル式なので指でつんつん押して検索画面を開く。

 カーナビは現在地を表示した。地図には、『グリンフォール草原』と書かれていた。


 え? ちょっと待て。何だこの地名。

 俺の落下したあの崖下の辺りはまだ俺の住んでる街の中だ。こんな外国みたいな地名は聞いたことないぞ。


 そのとき遠くの原っぱで青色の丸い物体が動いているのが目に入る。

 よく見たらそれはスライムだった。

 1匹のスライムが、元気一杯に原っぱをぴょんぴょん跳ねている。

 マジか。

 まさか本物のスライムに会えるとは思わなかった。

 何かあのスライム、俺の腰ぐらいの高さまでありそうだな。横幅もたっぷりあるし。

 ちょっとデカくないか? あのスライム。

 そのジャンボサイズのスライムは、ブヨブヨした柔らかそうな体でジャンプしながらこっちに近付いて来ている。


 何だ? 俺を狙っているのか?

 待て。落ち着け。

 まず冷静に考えて、スライムが現実にいるのはおかしいよな。

 もしこれが夢の中で無いなら、この世界は何なんだろうか。

 まさかとは思うが、最近の漫画や小説によく見かける異世界転生ってのを自分もやったのだろうか? 死んではいないから転生ではなく正確には転移だろうか。まあそんなのはどっちでもいい。


 あのスライムは見た目は弱そうにみえるが、一応、魔物の類だ。

 目の前にこちらに向かって来る危険生物がいる以上、何か対処する必要がある。

 このままだと奴は俺だけでなく、俺の買ったばかりのマイカー(中古・5年ローン)にも体当たりしてくるかもしれない。それだけは命に替えても防がねばならない。

 まずあのスライムの対処が最優先事項だ。


 さてどうするか。

 エンジンをかけて車で逃げるか。軽自動車とはいえ車のスピードならスライムは絶対に追いつけまい。ケーの加速力をナメるなよ。

 いや待てよ。

 もしかするとこのスライムを倒せば経験値が手に入るんじゃないか。

 異世界モノの定番ならその可能性は充分ある。もしそうなら自分のレベルを上げることで、俺は今より強くなれるはずだ。


 今のところこの世界から抜け出す方法は分からない。つまり俺は、モンスターがいるこの未知の世界にしばらく滞在しなくてはならない。

 なら絶対にレベル上げは必要だろ。だって殺されたくないし。

 いや死ななくとも、一方的にボコられて痛い思いをするだけでも嫌だ。

 となれば、今のうちに弱いモンスターでレベル上げしといた方が得策だと思う。

 あまり弱い者を狙うのは気が進まないが、生きるためには仕方ない。あのスライムを倒しに行こう。そして経験値をいただこう。

 俺は運転席のドアを開け、車の外に出る。


 いや待て。

 俺は長時間の残業による過労と寝不足で衰弱した、ただの工場作業員だぞ。どうやってあの野性味溢れる、新鮮でプリップリのモンスターと戦うつもりだ?

 いや案ずるな俺。

 相手は一番底辺のザコじゃないか。こんなヒョロい俺でも勝てなくは無いんじゃないか。

 ただ問題は、俺自身もその底辺にいるザコという事なんだが。

 あ、いいこと考えた。

 笑顔で挨拶しながら近づいて、敵が油断したところをフェイントで蹴っ飛ばしてみるってのはどうだろうか。

 (ニコニコ)どうもこんにちわ、蹴り! 

 みたいな流れで。

 いい作戦だな。冴えてるな俺。

 これは1発KOの可能性もあるな。


 俺は原っぱを歩いてスライムに近づく。


「どうもこんにちグホァッ!」


 俺はスライムに体当たりを食らい、遠くへ吹き飛ばされる。俺が1発KOだった。

 原っぱで倒れた俺は、体当たりされた顔面を押さえながら立ち上がる。

 痛てて……。

 この人でなし! あ、人じゃないのか。


 「フーッ!」


 スライムは興奮してるらしく、大きく口を開けて俺に牙を見せ威嚇する。

 おいおい何だよあの鋭い大きな牙は。

 スライムってあんな凶暴そうな感じだったっけ? 何か俺の知ってるゲームのイメージと違うな……。

 どうする。あの様子だとスライムは噛みついて来そうだぞ。

 うーん。

 やっぱり何か武器になるもので叩くか。噛まれたら痛そうだし。


 ファンタジー世界らしく、何か鎧でも装備してれば問題無い相手なんだろうけど、あいにく俺はパーカーにジーパンという、極めてラフな格好をしている。靴はワ●クマンで買った普通の防水シューズだし。


 それともいっそ、この車で轢くか? 

 でもスライムにぶつかって車がヘコんだりしたら、乗ってる俺もヘコむしな……。

 そうだ。後部座席の後ろの収納スペースに、何か武器になるものが入ってないか調べてみるか。確か何か置いてた気がすんだよな。

 俺は車の後ろに行き、左側にある取っ手を掴んでドアを開け、手前にある荷物が置ける収納スペースを見る。


 そこには雨が降ったときに使おうと思って置いていた、安物のビニール傘が1本あった。

 傘か。

 これならリーチがあるし良さそうだな。

 よし、使ってみるか。

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