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オーダー8

 

 京都府京都市のとある喫茶店。

 一見古ぼけた外見の何処にでもある個人経営の小さな喫茶店だが、そこには今年の異常気象による炎天下の影響を撥ね飛ばす程の行列が出来ていた。


「いらっしゃいませー」


 カランと鈍い音を鳴らした木製のドアが開くと同時に8人の男性が入ってくる。


「ご注文はオムライスですかー?」

「おいクソビッチ」


 それは前にも止めろと言っただろうがとギャル店員を睨み付けるマスター。しかしギャル店員は『どうせオムライス何だからいいじゃん』と接客をしていく。


「マスター、オムライス8つ注文入りましたー」

「チクショウ!!」


 また今日もオムライス地獄かと憤怒しながらもオムライス製造マシーンへと急転するマスター。


 冷蔵庫から取り出したるは16個の卵。それをボウルで割って混ぜ混ぜフライパンでジュージューと焼き上げトントンして出来上がり。


 ここまで僅か1分。


「おら、オムライス8つ」

「やっぱりマスターはキチガイだねー」


 マスターのオムライス作りの過程を何度も間近で目にしているであろうギャル店員がやはりと苦笑を浮かべた。


 マスターは心外だとギャル店員を凝縮した。お前には負けると。この人外め!!


「──ふんっ!!」

「──おごっ!?」


 ば、馬鹿なと崩れ落ちるマスター。

 決して口には出していない筈なのに何故だと地面に這いつくばる。


「何となく……?」


 疑問系で拳を振るうなと声を大にして叫びたいマスター。だが己の口からは断末魔しか出てこない。がはっ……違った、血反吐だった。


『やっべースゲー見たかよ今の』

『見た見た、スゲーな大の男が宙に浮いたぜ』


 この喫茶店では毎度の日常のように繰り返されるマスターとギャル店員のささやかなじゃれあい。


 2人のやり取りに反応するのは新規のお客様と言う事なのだろう。


 先程入店してきた8人の男性グループがこの喫茶店の()()()()()()()スマホ向けて撮影していた。


「あー、お客様? 当店は店内での携帯電話のご使用持ち込みは固く禁じていますのはご存知ですかー?」


 仙人顔負けの縮地を使いこなし、突如お客様の目の前に現れたのはオムライス8つを手にしたギャル店員である。


 突然現れこの喫茶店のルールを忠告するギャル店員に驚くも、ヒャッハーよろしく色々とごたくを並べ終いにはギャル店員を口説き出すお客様は今流行りのDQN、ドキャンとか言う横文字の非常識で知識や知能が乏しい困ったちゃんなのであろう。


 マスターと他の常連客のお客様は静かにギャル店員を見守った。


「──おごっ!?」


 やはりこうなったかと推測したのはマスターと全お客様。


 不幸にもギャル店員の肩に手を回したお客様は宙に浮いた。哀れなり。


「知ってるか? あれで手加減してるんだぜ」

「あんたこの店のマスターなんだから止めて来なよ」


 上からマスターと常連客のお客様の会話である。

 ギャル店員が困ったちゃんのお客様に絡まれてから嬉々として常連客と一緒に眺めるはマスターだった。


「──おごっ!?」

「──おごっ!?」


 更に2人の困ったちゃんが宙に浮いた。


「あの子は俺が育てた」

「何を馬鹿な事を言って……もないか」


 普段からギャル店員の拳を受け続けているマスターを見ていただけに、常連客のお客様は言葉に詰まった。

 見た目はギャルだけどもどうしてあんな華奢な可愛い子がこうなってしまったのかと。まぁ最終的には全てはオムライスなのだろうと納得したが。


「ちゃんと責任は取りなよ、マスター」


 最早オムライスを堪能するツマミと化したギャル店員と困ったちゃんの騒動に常連客のお客様が口にした。


「あの子って、確かあの御方の娘さんだったよね?」


 しからばと去ろうとすマスターを引き留める常連客のお客様。


「ちゃんと知ってるんだよね、あの子の事を御方、母親は」


 こ、肯定だと頷き返すマスター。

 それについては近々話し合いがあると語るマスターに『なら良かった』と呟く常連客のお客様。


「──むむっ」


 そんな時だった。

 マスターの体から軽い静電気がバシバシっと走り出したのだ。


「ちょっとちょっと勘弁してよマスター。今日はあの日か? お代はここに置いとくからね……!」


 常連客の1人が颯爽とオムライスを食し去っていく。そしてその光景を目にした他の常連客も顔を真っ青に染めて連れだって去っていく。


「──むむむっ!」


 バシバシっと蒼白い静電気を身に纏うのはマスターだ。


「──は? 冗談だしっ!!」


 それを見てか、困ったちゃんをシバいていたギャル店員も顔を真っ青に染めてポケットから携帯電話を取り出し店外に投げつけた。


 今現在、この喫茶店に残っているのはマスターとギャル店員、困ったちゃんの新規のお客様と古参の常連客のお客様だけである。


 古参の常連客のお客様、いわば携帯を元々お持ちでないお爺ちゃんお婆ちゃん連中は『お爺さん、今日はしーじーの日じゃないですか?』『そうだな婆さん。今日は月に1度のしーじーの日じゃな』と、呑気にオムライスを堪能していた。


 ここで某あらすじ、プロローグにも書かれているこの喫茶店の3つのルールを改めて説明していく。


 1つ、店内に携帯電話を持ち込み使用する事は固くご遠慮願います。


 2つ、店内で見たことは深く追及せず忘れること。


 3つ、上の2つを破ったお客様に当店はあらゆる事に責任は負いません。


 以上がこの喫茶店にある3つのルール。

 常連客からはオムライス3ヶ条と親しみ込めて呼ばれ、オムライスを食したいのならば最低でも絶対に守る事として知られるルール。

 これを守って初めて安心安全にオムライスを堪能することが出来るのだ。


 そしてそれを破ったお客様は、


「──むむむむっ!!!」


 刹那、喫茶店の店内を蒼白い光が覆い尽くした。

 それは溜まるに溜まった静電気が爆発したかのような光景だ。

 だがそれは決して危険なモノではなく、優しい光が己を覆い尽くす癒しの波動であった。


『お爺さん、何だかわたしゃ腰が軽くなりましたよ』

『婆さんもか。わしも今ならお天道様に背を伸ばして立てそうじゃ』


 古参の常連客のお客様、爺婆からやんわりとした歓声が上がる。


「は? 何だ今の光──って何だこれ!? 俺のスマホがめっちゃ光って──あ、落ちた」

「うぎぁあああああああ!!! お、俺のスマホが燃えるぅううううううううう!!!」

「終わった、データが全部終わった。今までのバイト代、課金データが全部ぱぁだ!! あははははははは!!」


 そして一方の新規のお客様からは酷い悲鳴が上がった。


「──ふんっ!!」

「──おごっ!?」


 上からギャル店員とマスターである。言わずもながらギャル店員の拳がマスターの鳩尾にめり込み宙に浮いた。


「やるならやるって言え」

「い、いえす、まむ……」


 り、理不尽だ。

 そう思っても口に出せないマスターは倒れ付した。地面に横たわりながら震える手で書いた『犯人はギャル……』というダイニングメッセージはギャル店員に消されて。


「お、お前らどうしてくれんだ俺のスマホ!!」


 ギャル店員が未だ微かに蒼白い光を帯電するマスターを足蹴にしていると、何やら焦げ臭い匂いがする方向から叫び声が聞こえてきた。困ったちゃんのドキャンのお客様である。


「お前らのせいなんだろ!! 弁償しろよな!! どうするんだよこれ、俺のスマホが完全に落ちてるじょねえか!!」

「俺のスマホなんか燃えてるんですけどぉおおおおお!!! 誰か火を消してくれぇえええええ!!」

「で、データが……俺の血と汗と涙の結晶が……だからあの時に引き継ぎコード発行しとけと…………」


 若干1人ぶっ壊れている課金中廃人は置いておき、他の困ったちゃんのお客様達がギャル店員に詰め寄っていく。弁償しろよなと。だがギャル店員は相手にしない。あーしはちゃんと忠告はしたと。守らなかったお客様が悪いと。


「てめえマジぶっ殺すぞこら!!」

「――あ?」

「あ、いえ、その……う、訴えてやるぞ!!」


 最早、暴力では到底ギャル店員に敵わないと身をもって知った困ったちゃんのお客様は方向を変えた。

 普通のお客様ならばギャル店員の睨みに腰を抜かし逃げ帰る所ではあるが、中々に根性が据わっているのか、それともただのプライドが高いだけのお馬鹿なのかどっちかのお客様は怯みながらもギャル店員に立ち向かった。いいぞ、もっとやれと応援するのはマスターだ、サッカーボールキックを頂戴して意識を絶った。


「せ、責任者だせ!! お前……じゃなくて、貴女様以外の!!」


 ギャル店員では自分が相手にならないと悟った困ったちゃんのお客様。

 しかし、責任者と言われてもその人物はギャル店員に足蹴にされているマスターなのである。


「えぇぇ………」


 本当に『えぇぇ』である。

 これにはギャル店員も申し訳なく思っしまう。


「こ、こんなふざけた店ぶっ潰してやる!! 俺の父さんは地方議員なんだぞ!!」


 そう言い放ったのは困ったちゃんなお客様グループのリーダー的存在なのだろう。困った時の伝家の宝刀宜しく、リーダー的存在の発言に取り巻きの困ったちゃん達がドヤ顔を晒している。


 だがそんな困ったちゃんの親の七光り宣言に『ほぅ』と言葉を漏らしたのはギャル店員と常連客のお客様一同だ。


 今まではただのはた迷惑のお客様と見て静かに観戦していた常連客のお客様も『こんな店ぶっ潰してやる』という言葉には無視はできない。


「な、なんだ、お前らには関係ないだろうが……!!」


 月に1度のしーじーの日に残った古参の常連客のお客様、老人勢が困ったちゃんを射抜くかのような眼光で睨み付ける。


 困ったちゃんのお客様は知らない。

 この喫茶店に訪れる常連客のお客様の客層がどれほどブッ飛んでしまっているのかを。

 下手をしたら大国の大統領や首相の首さえも簡単に飛ばしてしまう連中だという事を。


「あー………」


 そして困ったちゃんのお客様は知らない。

 今現在、目の前で『あーしの前でそれを言うかぁ……』と呟くギャル店員の正体を。というか誰の娘なのかを知らない。


 ギャル店員は本来、自分の力ではなく親や他人の力、権力を身勝手に振りかざすのは嫌いだ。

 だが、親の権力を傘に権力を振りかざす奴に権力で返すのは割と大好物なのである。


「──ちょっと耳貸すし」


 見惚れるような笑みを浮かべ困ったちゃんのお客様に小さく囁くギャル店員。

 吐息が掛かるほどにまで近付いたギャル店員の口元に若干、いやかなり顔を真っ赤にした困ったちゃんのお客様は『スーパーハイスペックキャプテンマザー』と言う囁きに顔を真っ青に染め上げた。


「──っ!?!?」


 声に鳴らない叫びとはこういう事なのかと口をパクパクと開く困ったちゃんのお客様。

 それを見てか、得意気にしていた取り巻きの困ったちゃん達のドヤ顔が崩れ落ちる。


 最早、青白い顔を通り越して土気色に染まったリーダー的存在は悲鳴を上げて逃げ出した。続くようにして取り巻きの困ったちゃんのお客様も察して逃げ出した。


 しかし魔王からは逃げられない。


「オムライスの代金がまだ何ですけどー」


 縮地の如く回り込んだのはギャル店員だ。


 この喫茶店で食い逃げは絶対に許さないと微笑むギャル店員は容赦がない。迷惑料金込みの有り金全部ですと差し出す困ったちゃん一同は許して下さい見逃して下さいと頭を垂れ、それをウキウキと受け取ろうとしたマスターはギャル店員に地面に沈められた。


「うちはボッタクリじゃないからねー」


 とはギャル店員のお言葉だ。

 地面に沈められたマスターを足蹴にしギャル店員は困ったちゃん一同からオムライス8つの適正料金を頂いて『ありあとしたー』と帰した。


「なに寝ての? はやく起きてオムライス作るし」


 ピクピクと横たわるマスターを優しく往復ビンタで起こし上げたギャル店員はマスターを引き摺り厨房へと向かう。


 今日は月に1度のしーじーの日。

 この日だけはしーじーを求めて喫茶店内は未だ多くの爺婆が残りしーじー光線を浴び食欲が増し増しでオムライスを求めてお代わりを要求してくる。


「マスター、オムライスお代わり8つ入りましたー」

「ぐぎぎぎぎ!!」


 爺婆からのオムライス旨しとするお代わりにマスターは歯軋りをしながらも答え、今日この日もオムライスを黙々と作り続けたのであった。


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