オーダー7
(´・ω・`)つ オムライス
京都府京都市のとある喫茶店。
一見古ぼけた外見の何処にでもある個人経営の小さな喫茶店だが、そこには今日も今年の異常気象による炎天下の影響を撥ね飛ばす程の行列が出来ていた。
「マスター、マスター、オーダーオムライス5つ入りましたー」
「ぐぎぎぎ!!」
相も変わらずやはりとても飲食店の店員とは相応しいと言えない外見と軽い言葉使いのギャルが大声で注文を通す。
それをマスターは血の涙を流さんとしながらも歯を食いしばって返事を返していた。
本日もマスターの意と反して喫茶店は長蛇の列を作る程に繁盛している。お世辞にも広いとは言えないマスターの喫茶店は明らかに来客するお客様の収容数、キャパシティを越えていた。
カランと木製の扉が音を鳴らして開く。
「いらっしゃいませー」
開くと同時に入って来た1組の年老いた男女、顔立ちから日本人ではないが、今では別段珍しくも何ともなく訪れるようになった外国人のお客様、老夫婦にギャル店員は詰め寄っていく。
「Welcome. How many are in your party?」
外国人と分かり直ぐ様に英語で訪ね直すギャル店員はやはり優秀なのだろう。伊達に超有名進学高に主席で通ってる訳ではないのだ。
英語で『いらっしゃいませー、お客様何名様ですかー』と聞き直すギャル店員。
だが老夫婦は元々日本語が堪能らしく、喫茶店に訪れると頭を下げて開口一番にマスターに向かってこう言った。
『私達は貴方のオムライスに救われた。どうか恩返しをさせて欲しい』と。
突然の事にマスターは一体何のこっちゃとオムライスを製造するオムライスマシーンとなっていたが、ギャル店員を含むお客様一同は皆が『うむうむ』と感極まって頷いていた。
マスターからすれば意味不明なシンパシー漂うこの奇妙な空間を払拭しょうと老夫婦に『お礼はいらない』と伝えたのだが、奇人変人と名高いマスターに何を勘違いしたのか、『何と慈悲深い方なのだ』と杖を付いた老夫婦は感動しマスターにこう聞き返した。
『何故、貴方はこんな所でオムライスを作っているのですか?』と。
そんな事はマスター自身が1番知りたい。何故自分は喫茶店のメニューにないオムライスを作り続けているのか。最早、裏メニューとかそんな話ではなく、最近流行りのグルメ雑誌で『オムライス専門店』として取り上げられていることに強い疑問と疑心を持っている。
返答待つ老夫婦と野次馬化していたお客様一同とギャル店員にマスターはうんざりしながらもこう答えた。
『分からない』と。
そしてマスターはこうも言った。
『答えはオムライスを食べたお客様が知っているだろう』と。
老夫婦は涙した。
お客様一同も涙した。
ギャル店員は『あー、マスターまぁた適当言ってるしー』と欠伸して涙した。
そして涙を流す老夫婦はマスターにこう進言した。
『どうか私達にこの喫茶店を改築、増築させて欲しい』と。
『そうすれば今よりも貴方のオムライスを食す事が出来る人が増えまよ』と。
その言葉にマスターは絶句した。
何だこのクソ爺クソ婆。恩どころか災厄を運んで来たぞ。
思わず過去にゴルゴーン3姉妹の妹のメデューサを退治した事で怨まれ戦ったゴルゴーン3姉妹の長女ステンノーを思い出したマスターは直ぐさに悪魔払いの呪文を唱えた。だがギャル店員にビンタを頂戴してキャンセルされた。
今現在もしつこく付きまとわれてはマスターの嫌がる事をちくちくと続けるのはゴルゴーン3姉妹のステンノーだ。ステンノー曰く、
『私、貴方の苦しみ嫌がる顔を見るのがとっても好きなの』
だそうだ。
それからは殺して殺し尽くしても復活して現れるステンノーとの関係が続いている。
あれはヤンデレのヤバい奴なんだぞと語るマスターだが、ギャル店員は『中二乙』と返して老夫婦に向き直り口を開いた。
「是非お願いします」
「おいクソビッチ」
喫茶店でバイトを始めていた頃から抱いていた不満、畳2畳分のスペースしかない更衣室が狭いという現状が改善されるのであれば良しとギャル店員はマスターを拳で黙らせた。
てめえがステンノーだったのですか? いいえ、魔王です。
そしてこれにはお客様一同も歓喜した。これでこのクソ暑い中、長蛇の列に並ばなくて済むと。なら帰ればいいだろとするマスターにオムライスオムライスと返答したのはお客様一同だ。
そこからは早かった。
お客様一同の中に紛れていたとある建築会社の社長さんしかり、行政の建築課のお偉さんに警察消防のお偉方、はたまた市や区役所の役員までいればあれよあれよという間に話が進んでいく。勿論、オムライスを堪能しながら。ぐぎぎぎぎ!!
突如始まった喫茶店の改築増築計画。テーブルに広げられた1枚の設計図を眺めマスターを羽交い締めにし黙らせていたギャル店員に誰かが質問した。
『貴女からは何かないですか?』
ギャル店員は勿論あると答え、
『更衣室を広くして欲しい』
ずっと不満に思っていたことを口にした。
チョークスリーパーで黙らせていたマスターも諦めたのか、『く、クーラーを……』せめてと苦しくも言葉にした。
トントン拍子で進んいく喫茶店改築増築計画。お偉さんが何処かに電話を掛けると直ぐ様に必要書類を持った審査機関と設計士がやって来た。
──建物の間取りは?
お客様が最低50人は収容出来るようにしたい。
──施工会社さんは?
ここにいる社長さんです。
──資金は大丈夫ですか?
老夫婦が出してくれます。
──道路にはみ出てない?
出てないです。
──非常口は必須ですよ? 荷物で塞いでしまう可能性がある所は駄目ですよ?
分かってます。
──2階建てにするの?
はい。
──用途は? この階段急過ぎじゃない? てか棒しかないんだけど。
2階はマスターのお家兼ギャル店員専用の休憩部屋です。階段はマスターとギャル店員ならば問題ないし必要ない。身体能力でカバー出来るし良い運動になります。
──もうこれって改築とか増築じゃなく解体して新築にした方が良いのでは?
そうですね。それじゃそれでお願いします。
──最後にお2人のご関係は……いや、失礼しました。まさかあの御方の娘さんとは知らず大変失礼しました。許して下さい。ごめんなさい。
そして残りはマスターの判子とサインだけ。
ギャル店員は『ぐぎぎぎぎ!!』と抵抗するマスターを拳で無力化し、用途不明なガラクタや摩訶不思議に光る液体が散乱するマスターの私室を漁り判子をゲットした。残るはマスターのサインだけ──
とそんな時、お客様一同の中に紛れていたとある大手飲食チェーン店のオーナーが提案があると言い出した。
『これだけお客様を収容できる喫茶店ならば従業員を増やさないといけませんよね』と。
そして、こうも続けた。
『良ければうちの従業員を雇いませんか? 丁度今の時期、この辺りの女子大が夏休みに入っているので雇用は余剰にあるんです』
それにそれにとこうも続けた。
『実はこの喫茶店で働きたいと言う人は多いんですよ? 特に女子大の学生からの人気は凄まじいものです。オムライスも勿論そうですが、何でもマスターに危ない所を助けてもらった事がある学生が多数いるとか…………あ、ちなみに私も賄いで毎日オムライスが食べられるならば是非とも働きたいです。お給料はいりません』
ギャル店員は手に握っていた判子を握り潰した。
「あー、やっぱタルいからなしで、中止で」
突然のギャル店員からの中止発言に喫茶店が湧いた。怒声で。
「てか、そもそもここはマスターの喫茶店なんだからウチらが勝手に決める事じゃなくなくない?」
それはそうだ。だがお前がそれを言うのかと見詰めるマスターとお客様一同。折角、後はマスターの判子とサインだけという所まで話は纏まったのだ。今さら『やっぱなしっしょー』と突然言われてもお客様一同は納得がいかないと騒ぎ出す。
マスターも若干だが、女子大のお姉さまと聞いてからは少し乗り気になっているように見えるのは気のせいか。
すると、バキバキとテーブルが音を立てて壊れ……いや粉砕した。勿論ギャル店員である。
「あーしに何か文句でも?」
いえ、ありませんと1つに纏まるお客様一同。マスターも『い、いえす、まむ』と賛同している。
右拳を真下に振り下ろし覇王マシマシの覇気を撒き散らしていたギャル店員はやれやれと口にした。
「じゃあ今日はもう解散──閉店というこでー」
バイバーイと手を振るギャル店員。
喫茶店の時計は余程喫茶店改築増築計画が白熱していたのか、気付けば時刻は閉店時間を刺していた。
ギャル店員の覇気に腰を抜かしていた老夫婦を起こし上げ、お礼は本当に結構ですのでと何故かギャル店員が丁寧にお断りを入れて本日の営業が終了した。
マスターもやれやれと『お前ももう帰れよ』として閉店作業に入ろうとしたのだが、『助けた女子大生ってなんのことー?』『どういう事かきっちり話してもらうかんねー』と素晴らしく見惚れるような笑顔のギャル店員に私室へと引き摺られていってしまうマスターであった。
そしてこの日を境に、喫茶店を改築又は増築するという話は2度と上がる事はなかった。喫茶店で働きたいという話も。
読んでくれてありがとー!