オーダー5
(´・ω・`)つ オムライス
ここは京都府京都市のとある喫茶店。
一見古ぼけた外見の何処にでもある個人経営の小さな喫茶店だが、そこには今日も今年の異常気象による炎天下の影響を撥ね飛ばす程の行列が出来ていた──
──その日の喫茶店の終業時間帯のお話。
「マスター、マスター、雨降ってるから車で送ってー」
本日もオムライスを300以上売り上げ気分は最悪に近いマスターにギャル店員が鞭を打つ。
「オレ車もってねーし」
「え、マジ……? ダサァ……」
マジかよこのおっさんとした目で見詰めるギャル店員にマスターはイラッとしながらも耐え抜いた。
「濡れて帰ればいいだろ」
「え、それってマジセクハラだし」
マスターの視線を遮るように自分で自分の体を抱き締めるギャル店員。だが『ふんっ』と鼻で笑ったマスターは顔に紅葉が咲いた。
「つーか雨でスマホが壊れたらマスターがまた弁償してくれるの?」
「ざけんな」
つい先日、ギャル店員のスマホの弁償に10万もの大金を支払う嵌めになったマスター。
携帯の保証にさえ入っていれば7500円(税抜)で済んだものの、ギャル店員は『タルいから入ってない』と言って新規購入したスマホにも保証は掛けなかった。
「そう言えばなんでマスターはスマホは買わなかったの? ぶっちゃけ、バイトのシフトでマスターに連絡するときちょー不便だし」
携帯ショップへと訪れた際の事、マスターが携帯をお持ちでないとショップ店員のお姉さんに知られた際のあの鋭い眼光はバジリスクの死の魔眼よりも恐ろしかったと語るマスター。あれは昔に苦戦したメデューサとタイマン張れるレベルと話すマスターの体験談に『中二乙』として返したのはギャル店員だ。
「オレは雷属性だからちょー無理だし」
「それ前にも聞いたし!! マジイミフ──てか真似すんなって前にも言ったよね? マジ殺すよ?」
一瞬真後ろの光景が見えたと2つ目の紅葉を咲かせたマスターは『オレは精密機械とは相性が悪いんだよ』と語った。
「てかマスターってマジおかしくない? 本当人間なの?」
「てかお前の方がおかしくない? 男性1人を拳で宙に浮かせるとか本当に人間なの? 男じゃん?」
「──ふんっ!!」
「──おごっ!?」
本日1番の切れのよい拳がマスターの鳩尾に突き刺さり宙を舞う。
「マジ最低だしー……」
地面に踞るマスターを足蹴にゴミを見る目で見詰めるギャル店員はそうだと思いついたとトンでもないことを口にした。
「マスター、マスター、今日あーし泊めてくんない?」
「は?」
泊まる? 馬鹿なの? とした顔のマスターにギャル店員は『いいじゃん』と次の言葉を口にした。
「1回泊めてくれたしいいじゃん」
「お前マジ許すマジ」
過去たった1度の善意の過ちを犯してしまった事でギャル店員をこの店でバイトさせる事に繋がった切っ掛けを思い出し憤怒するマスター。
あの時の『あー、そう言えばあーしって未成年だからマスターは未成年誘拐罪だねー』と脅され屈した屈辱は2度と忘れない。ぐぎぎぎ!!
ニヤニヤと笑うギャル店員にむくりと起き上がったマスターは『面倒くせぇ』と呟き大雨荒れ狂う外へと出ていった。
ギィィっと重い扉が静かに閉まる。
いつも突然の奇怪な行動に走るマスターだが、これには流石に『……少しやりすぎたかなぁ』と、若干弱々しくも動揺を隠せないギャル店員。
強風も吹いてきたのか、雨風が喫茶店の窓ガラスを叩き付ける音にギャル店員はあたふたとマスターの後を追おうと外へ追いかけ出した──その時、
「──っ!!」
はからずも耳を塞ぎたくなるような爆音と衝撃波がギャル店員の体を貫いた。
ビリビリと震え動く窓ガラスや家具。キッチンの向こう側ではパリンと皿や食器などが割れる音が絶え間なく響いていた。
それは常人であれば思わず尻餅を付くほどの衝撃と爆音。しかし女子高生ギャル店員は気合いと根性で後ろ足で踏みとどまり、『マスター!!』と叫び焦りながら外へと駆け抜けた。
もしかしたらとマスターが車に跳ねられたのかもしれない。
もしかするとマスターがガス爆発に巻き込まれたのかもしれない。
もしもあるいはマスターが雷属性だけに雷が落ちたのかもしれない。
そんな馬鹿な考えと不安が次々と頭に雪崩れ込んでくる。
元々立て付けが悪く、先程の衝撃で更に重くなった店内の扉を蹴破ろうかと焦るギャル店員が扉を無理矢理ぶち破ると、
「お前、何してんの?」
そこには全身びしょ濡れなマスターが立っていた。
「ま、マスター……?」
へなへなとその場にへたり込むギャル店員。
マスターに何かあったと思い焦って勢いよく飛び出してみれば、そこには何時もと変わらず無愛想なマスターがいる。心配したと心配させんなと怒るのを通り越して腰が抜けてしまったのはギャル店員だ。
マスターは力なく地面に伏せたギャル店員に理解の範疇を超えていると右手を差し出す。お前ここで寝るのは止めとけと。馬鹿なの?
何やらすんごい馬鹿にされてるとも知らずにマスターの手を取るギャル店員は顔を少し赤くしながらも少し嬉しそうに「べ、別にマスターの事なんか心配してないし」とツンデレを爆発させていた。
こやつは一体何を言っとるんだと突っ込みたいマスターではあったが、言ったら最後、本日今日1番のキレッキレの鳩尾パンチを喰らうのを本能的に察知したのか口を閉じた。
そして口を開けると、
「ほら、雨止めんだぞ。早く帰れ」
「……は?」
なんてない事とばかりに言い出した。
一瞬、ギャル店員はマスターが何を言っているのかが分からなかった。
外は嵐かと思うくらい吹き荒れており、天気予報でもここ2、3日は熱帯低気圧の影響で天気が荒れるとなっていたからだ。
なのにどういう事だろうか。
外はマスターのなんてない言葉の通りに晴れている。先程までの大雨が嘘のようだ。いや、よくみれば空には濃い雨雲が漂ってはいる──が、この地点の上空の雨雲だけぽっかりと巨大な何かで貫かれたような大穴が空いているのが見える。
「長くは持たん。早く帰れ」
「おかしいし! これ絶対に何かおかしいし!」
まるで幻想的な光景のように大穴から光が射し込んでくる風景は実に美しい。マスターも思わずニッコリだ。
それは『ちょう納得いかないし!』と呟くギャル店が帰路に着くまで永遠とロードのように爆発音と共に続いていたとかなんとか。
ちなみに余談ながらその後、うっかりとギャル店員が帰り際に忘れていったスマホをマスターがそれまたうっかりと触ってしまい再び炎上したのは言うまでもなかった。ガッデム!!