オーダー1
(´・ω・`)つ オムライス
京都府京都市のとある喫茶店。
一見古ぼけた外見の何処にでもある個人経営の小さな喫茶店だが、そこには今年の異常気象による炎天下の影響を撥ね飛ばす程の行列が出来ていた。
「いらっしゃいませー」
カランと鈍い音を鳴らした木製のドアが開くと同時に2組の男女が入ってくる。
「何名様ですかー、あー、2名様。じゃあ此方の席にどうぞー」
ドアが開かれたと同時に入ってきた蒸し暑い熱気にあてられダルそうにする金髪のギャル、間違いなくこの喫茶店で雇われているであろう高校生の店員が奥の禁煙席へと2組の男女を通した。
「御注文がお決まりになりましたらお呼び下さ……え、オムライス4つ? かしこまりー。マスター、オーダーオムライス4つ入りましたー」
飲食店の店員とはとても相応しいと言えない外見と軽い言葉使いのギャルが大声で注文を通す。
今時のギャルと言えばその通りなのだが、ここは喫茶店。自宅でも学校でもなくここは飲食店であるのだ。しかも相手は友達ではなくお客さん。間違っても働く者がおこなっていいとは言えない接客である。その店員が未成年やバイトだからだとか関係なく。
「マスター、マスター、オーダーオムライス4つ入りましたー」
再び注文を厨房に通すギャル。
フロアから見える厨房、調理場に立つ後ろ姿の人物はここの喫茶店のマスターであり、兼料理人間である。
「マスター、マスター、マスター、オーダーオムライス4つ入りましたー」
三度注文を繰り返すギャル。
「…………」
しかし、厨房に立つマスターは無言で返す。
「マスター、マスター、マスター、マスター、オーダーオムライス4つ入りましたー」
4度注文を繰り返すギャル。
「…………」
しかし無言で返すマスター。
「マスター、マスター、マスター、マスター、マスター、オーダーオムライス4つ入りましたー」
「…………」
5度注文を繰り返すギャルにやはり無言で返すマスター。
いつまでも注文が通らない、とても飲食店とは思えないこの非常識なやり取りに、お客さんである2組の男女は徐々に怒りをあらわに―――するどころか、何処か申し訳ないとばかりに2人のやり取りを見守っていた。
「シカトすんな!!」
「――おごっ!」
流石にこれ以上は不毛だと悟ったのか、額に井形を大量に生産中のギャルが手にしていた伝票票を投げつけた。
薄い板のプラスチック製の伝票とはいえ、角の部分が見事にマスターの後頭部に直撃し、地味に無視できないくらいの衝撃に苦痛で喘ぐマスターに近付いたギャル店員は、
「マスター、オーダーオムライス4つ入りましたー」
マスターの胸ぐらを掴み、これでもかとくらいに顔を近付けて注文を通した。
「オムライスは作りたくない」
「舐めんなコラ」
ようやく口を開いたと思えばとんでもない事を言い出すマスターに頭突きを返すギャル店員。
そしてそれを毎度の事かのように苦笑いで見詰める周囲のお客さん。
「おい、クソビッチ」
「誰がビッチだコラ!」
「お前、バカ? 見た目だけじゃなく頭もバカ? 本当バカ?」
「誰がバカだ!?」
クソビッチからのバカ呼ばわりに怒るギャル店員。
見た目完全に金髪ギャル姿のおバカそうな店員だが、実は通っている学校は超有名進学校というとんでもないオチを持っている。
「お前はこれが読めないのか」
そう言ってマスターが取り出したのは1枚の冊子。ラミネート加工されたこの喫茶店のメニュー表を差し出す。
「うちの店にオムライスなんてメニューは載ってない」
続けてマスターは、
「なのにお前は、オムライスオムライスとオムライスばっかりオーダーを通すとか」
本気でバカなのかと疑うわと口にするマスター。
「えー、いいじゃん、別にー」
「よくねぇよ」
「だってさー、みんなマスターのオムライスが食べたいからわざわざこんなクソ暑い日に来てまで並んで待ってたんだよ?」
マスターのオムライスと言う言葉に周囲のお客さんがみな頷く。
今日の気温は過去最高気温を記録する程の猛暑。しかも京都府と言うこともあり、盆地特有の内陸性気温で体感温度はさらに物凄いことになっている筈なのにもかかわらず、お客さんは連日オムライスを求めてやって来る。そう、オムライスだけを求めて。
「ならオムライス以外を頼め」
お昼前に開店してはオムライスオムライス。
オムライス専門店でもないのに注文は全てメニュー外のオムライス。
今日の日替わり定食はハンバーグ定食ですと看板を出してもオムライス。
今日のおすすめはと聞かれカツサンドですと答えてもオムライス。
電話が鳴ればオムライスオムライス。
もうあれだ、ご注文はお決まりですかではなく、ご注文はオムライスですか? だ。
「てかさー、マスターはなにが不満なわけ。これだけお店が繁盛してるなら別にいいじゃん」
「よくねぇよ」
料理人冥利につきるっしょとしたギャル店員の言葉に心底不愉快だと露にするマスター。
そのあまりの否定っぷりに、ギャル店員だけでなく、オムライスを注文したお客様全員が不思議に思った。
一体何故マスターはここまでオムライスを作るのを嫌がるのかと。
それとも何か酷いトラウマを抱えているのだろうかと。
そう思うなら皆オムライスを頼むんじゃねぇよと言いたい所なのだが、それはそれ、オムライスはオムライスと注文をするのを止める気は一切なかった。
だってマスターのオムライスだものと。
「てかマスターは何でオムライスをそんなに作りたくないわけ? トラウマでもあったりすんの?」
飲食店でお客様の前でやってはいけない行為、ベスト10に入る髪の毛クルクルを平然とやってのけながらギャル店員がマスターに問い掛けて来ると、その行為にマスターは視線で『飲食店舐めてんのか?』と投げ掛けたが、『お前が言うなし!』とギャル店員に睨み返されるとマスターは目を反らしてしまった。
黙り混むマスターに早く言えとギャル店員の視線が段々と厳しくなっていくと、マスターは漸く口を開いた。
「オムライスは作ってても楽しくない」
「飲食店舐めんなし!」
「──おごっ!?」
若干、強制的にマスターからオムライスを作りたくない理由を無理矢理聞き出そうとしている事に罪悪感を抱いていたギャル店員はあまりの馬鹿らしい返答に怒りの拳を喰らわせた。
実際、マジで重たいトラウマがあったらどうしょうと今の今まで聞けなかっただけに一瞬、マスターの体が宙に浮いたのはどんなトリックなのかとこの場にいたお客様全員が思う程に今日のギャル店員の拳は一段と切れ味があった。
腹を抑え踞るマスターを足蹴にギャル店員が中指を立てていると、カランと鈍い音がしてドアが開いた。
「いらっしゃいませー」
蒸し暑い空気と一緒に入ってきたのは2名の男女のお客様。
店に入るなり地面に踞るマスターに一瞬何だと動揺した2名の男女のお客様だったが、側にギャル店員がいるのを確認して何時もの事かと平常心に戻った。
取り敢えず馬鹿なマスターは放っておいてとお客様に駆け寄ったギャル店員は、伝票を片手に開口一番に口を開いた。
「ご注文はオムライスですかー?」
「おいこらクソビッチ」
最早ご注文はお決まりですねーと訪ねるギャル店員に勿論ですと答える2人の男女のお客様。
「ぐぎぎぎ」
「そんな顔すんなし、キモいよ?」
血の涙を流さんとするマスターを片手で引き摺りながら厨房に放り投げるギャル店員。
「マジ許すマジ」
「うっさい、さっさとオムライス4つ作るし!」
お前マジ卍と最近ギャル店員から教わった言葉を口にしながらも黙々と調理を始めたマスターだった。
めいどらごんを見てたら書きたくなって書いてしまった。後から2話更新予定です。
100%ノリで書いてるので更新は不定期です。