凄い勢いで惹かれあう二人のお話
「あなたに興味があるの」
昼休みが残り5分ほどになったとき、右斜め前の席に座る女子が、やけにちらちらとこちらを見てくるので、「何か用?」と聞いたら、少し悩んだような素振りをした後に返ってきた言葉だ。
興味?……興味。……、うん?はあ?
「え?」
「だから、あなたに興味があるの」
「いや、聞こえなかったわけじゃないんだけど……」
「え、じゃあなんの「え?」だったの?」
「俺に興味があるとかいう意味わからん発言に困惑しての「え?」かな」
意味わからん。
本当に意味わからん。
「彼の名前は、田辺基樹。○○高校に通う2年生」
俺の紹介をしてと言われてこれ以上の説明をできる人はほぼいないであろう、影の薄い俺に興味?
逆にミステリアスだとか思っているのだろうか。
残念ながら俺の場合は、本当にこれといった特徴がないだけだ。
部活動は入っていなくて、委員会は帰宅部だからという理由で、やる人がいなかった図書委員をやっている。
俺が付け加えるとしても俺の特徴はこれだけ。
それに対して、話しかけてきた彼女の紹介をすると、
「彼女の名前は、花山悠里。○○高校の2年生で、学年で知らない人のほうが少ないであろう美少女。部活動は所属していないが、運動神経がよく、多くの部から勧誘されている。勉強面も秀でており、学年で4位という好成績をとっている。しかし、普段は物静かで周りには冷たい態度をとることが多く、一人でいることが多い人物」
という具合だ。
意味わからんな。
彼女のスペックも意味わからんし、そんな彼女が俺なんかに話しかけてきている状況も意味わからん。
「やたらと唸っているけれど、そんなに困惑すること?」
「いや、だって今まで話したことなかったのに興味があると言われても……」
「えっ」
「え?」
彼女が驚きの声を上げたことで、俺は首をかしげる。
「……どこかで話したっけ?」
「覚えてないならいい。……尚更興味が出てきた」
彼女は少しうれしそうな表情を浮かべて、続けた。
「私と友達になってくれない?」
+++ 花山悠里
田辺君は私の言葉に更に困惑の表情を浮かべて、「俺なんかでよければ」と返してくれた。
それと同時に、昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴ったのでそれ以上の会話はできなかったが。
驚いた。
まさか、覚えてすらいないとは思わなかった。
私と田辺君が話したのは私の家の近くにあるスーパーの惣菜コーナーだ。
親に頼まれ買い物をしていた時に、同じように買い物をしている田辺君に会ったのだ。
***
(あれは……同じクラスの田辺君?)
彼のことはほとんど知らないけれど、彼は制服を着ていたし、同じクラスの人の顔は覚えるようにしているのですぐに分かった。
確か、今は席も近かった気がする。
とはいえ、わざわざ挨拶をするような間柄でもないのであまり気にしないで親に頼まれているものを買い物かごに入れていく。
(あとは、総菜コーナーのコロッケね)
そう思って、コロッケを探すとあと一つしかない。
(よかった。このコロッケはお母さんの好物だもんね)
コロッケが入った容器に手を伸ばそうとすると、先に誰かの手がそれをとってしまった。
(あっ……)
口には出していないはずなのだが、コロッケを手にした人物と目があう。
田辺君だ。
とっさに警戒してしまう。
私は容姿や体型が良いからなのか、男子にはこういったときに親切にされることが多い。
しかし、いつもそのあとに何かしらの要求をされる。
それは、「この後、一緒に遊ばない?」とか「連絡先交換しようよ」といった下心にまみれたようなものばかり。
しかも、そういった要求をしてくるとき、みんな私のことを上から下まで嘗め回すような視線を向けてくる。
そんな経験をしてきた私は、男子に冷たく接するようになった。
「これ、譲るよ」なんて言われたら、「結構です」とでも言ってやろうなんて思いながら、その場を後にしようとする。
すると、驚いたことに田辺君は持っていたコロッケをもとの位置に戻して横にあったメンチカツをもって歩き出してしまった。
(え?)
びっくりしてしまった。
声をかけることなく、見返りを求めることもなくその場を去ろうすることに。
思い返せば、目が合った時の田辺君は私の表情しか見ていないような感じがした気がする。
私は、コロッケをとり、田辺君を追いかける。
流石に、コロッケを譲ってくれてそのまま去ろうとしている人に何も言わないというのはよろしくない。
そう思って田辺君を探すと、彼は少し先のおはぎが置いてあるところで立ち止まって、うんうんとうなっていた。
「あの、これありがとう」
声をかけると田辺君は驚いた表情をしていたが、すぐに笑顔を浮かべて答える。
「いえいえ、メンチカツとコロッケどっちにするか迷っていたので」
私には、彼の浮かべる笑顔がとても輝いて見えた。
***
(あの時に敬語だったのはそういう事かあ~)
クラスメイトなのにやけによそよそしいと思ったら、まさか認識すらされていなかったなんて。
更に彼に興味がわく。
どんな人なんだろう。
さっき会話した時も私の言葉に驚いていたけれど、そのあとに体を見てくるということもなかったし、むしろ唸りながら目線を下に向けていた。
それなのに、私が話しているときや彼が話すときには、しっかりと目を見ていた。
私を普通の人として話してくれる人が家族以外にいるなんて……。
最近ではもう諦めていた。
男子は下心を含んだ目で、女子は嫉妬を帯びた目で見てくるのが普通のことになっていた。
あんなまっすぐな目で私を見てくれる人は彼以外いないんじゃないか。
せっかく友達になれたのだから、もっと彼のことを知りたい。
彼は、多分帰宅部だったと思うので、一緒に帰らないか誘ってみよう。
+++ 田辺基樹
昼休みの最後の5分間で、俺に何が起きたんだろう。
いきなり、話したことのない女子からあなたに興味があります宣言をされたかと思えば、友達になってくれと言われた。
いや、彼女の言いぶりだと、どこかで話したことがあるのだろうか。
そうだとしても、人に冷たい態度をとることが多いと言われる彼女に友達になってと言われるなんて、本当にどういうことだろう。
そうなる理由が全く思い浮かばない。
まあ、俺なんかがおこがましいような気がするが、友達になってと言われて了承したからには、そういう態度で接することにしよう。
となれば会話する機会も増えるだろうし、その時にいつ話したのか聞けばいいだろう。
そう思って、ちらりと花山さんに目を向けると、やけに上機嫌のように見えた。
###
「田辺君、一緒に帰らない?」
……いやそれはおかしい。
あまり友達が多くないし、女子の友達なんていないけどおかしいことはわかる。
異性の友達とは、二人きりで帰ったりしない。
集団で男子と女子が混ざっているのと、二人きりなのは訳が違う。
絶対噂になる。
それが、学年の有名人たる花山さんならなおさらだ。
周りが「なんであいつと」というような内容の言葉でざわめいている。
俺も「なんで俺なんかと」と思う。
……とはいえ、断る理由もない。
いきなり理由もなく断るのは友達としてダメな気がする。
「あーうん、いいよ。電車?」
「うん、一緒に行けるところまで一緒に行きましょうか」
そうして俺たちは、少しざわめいた教室から二人で出ていった。
「どっち方面?」
「□□方面。田辺君は?」
「俺も同じだな」
教室を出てすぐ、俺たちはどこまで一緒に帰れるのかの確認をしている。
正直、友達になったとはいえ、今まで女子と話す機会が少なかったため、できるだけ早く別れたい感はある。
流石に最寄り駅を知られるのは嫌だろうと思い、どっち方面なのかを聞いているのだが、次の彼女の言葉でそんな考えは吹き飛ばされた。
「私は△△駅まで」
△△駅は俺の住んでる家の最寄り駅。
そして小さな駅で乗り換えのできる路線はない。
つまり……最寄り駅同じ!?
「えっと……俺も同じなんだけど……」
「へえ、そうなの」
ええ!?それだけ!?
普通今まで知らなかった人と同じ最寄り駅だったら驚くんじゃないだろうか。
というか今まで駅で花山さんを見かけたことないな……
「でも、駅で花山さんを見かけたことないんだけど……」
「ああ、それは私が同じ学校の生徒とは被らないようにしているから」
花山さん曰く、同じ学校の生徒と同じ電車に乗っていると声をかけられたりすることが多く、時間をずらしているそうだ。
俺は、いつも始業の5分前に教室につくようにしているし、学校が終わったらすぐに帰るようにしている。
だから、見たことがなかったのか。
色々と話をしながら、二人で歩いていると、駅に着いた。
ようやく、駅に着いた。
周りの視線が途轍もなかった。
花山さんの横を歩いているだけで、とんでもない量の視線が飛んでくる。
そのせいでやけに疲れたし、駅までがとても長く感じた。
それを察してか花山さんが声をかけてくる。
「ごめんね、田辺君。私のせいで……」
自分が視線を集める要因となっていることはわかっているようで謝罪の言葉を述べてきた。
本当に申し訳なさそうにしているのを見ると、彼女が悪いわけではないのになんて顔をさせているんだと自分が情けなくなってくる。
「いや、花山さんが悪いわけじゃないし、気にする必要ないよ。」
「そうだけど……私と歩くの嫌じゃない?」
「花山さんと話すの楽しいし、それに比べたら視線なんて気にならないよ」
そういうと花山さんは少し顔を赤くして嬉しそうに、「よかった」と言った。
駅まで二人で話してきて、花山さんは思っていたよりも表情豊かだということが分かった。
今までは、無表情で人に冷たい態度をとっている印象で、俺はよくわからない人というイメージを持っていたのだが、表情をコロコロと変える彼女は、とても魅力的だった。
というか、表情を変える花山さんが珍しくて視線が集まってたというのもあるんじゃないか?
そんな話をしていたら、目当ての電車がやってきた。
学生は何人かいるが、すいていたため二人で座席に座る。
落ち着いて話ができそうなので、昼休みからずっと気になっていた話をしよう。
「花山さん、気になってたことがあるんだけど……」
「何?」
「俺たちどこかで話したことがあるんだっけ?」
「……うん、少しだけだけど」
少しだけ話しただけなのに、興味をもって話しかけてきたの?
ますますわからない。
それならば、俺はその少しの間にかなりインパクトのあることを言ったのだろうが、全く覚えがない。
「うーん……人違いだったりしない?」
「それはないとおもう。今日少し話しただけだけど、絶対に人違いじゃない」
「ええ……」
何をもって彼女は人違いではないと思ったんだろう。
そんなに変な行動をとったりはしていないはずなんだけれど……
それにしても花山さんと話した記憶が全くない。
何とか思い出そうと考えているが、思い出せる気配すらない。
「全然思い出せないや。どこで話したか教えてくれない?」
「……」
あまり気にせず聞いてみたのだが、花山さんはなんだか微妙な顔をして黙ってしまった。
「え、ダメなの?もしかして思い出さないほうがいい?」
「いや、そんなことはないけど……いざ言うとなると少し恥ずかしいというか……」
「そうかあ。まあ無理に聴きはしないけど……。なら、自分でもう少し考えてみるかな……」
「そうしてもらえるとありがたいかな」
教えてくれないのは予想外だったが、そうしてくれたらありがたいということは思い出してはいけないわけではないんだろう。
なら、友達との初会話くらい思い出さないと申し訳ない。
そう思って少し考えていると、花山さんがじっとこちらを見ていた。
それに気づいて視線を向けると、花山さんは少し顔を赤くして目をそらしてしまった。
「?……どうかしたの?」
「なんでもない、なんでも」
「?」
何でもないようには見えないけれど……
もしかして何かついているのかと思って自分の顔や髪を触って確認していると、それがおかしかったのか花山さんは笑って「何かついていたら普通に教えてあげるよ」と言っていた。
笑顔の花山さんはとてもかわいかった。
俺たちの最寄り駅は学校の最寄り駅から2駅なので、そんな話をしていたらすぐについてしまった。
俺が駅を出てからの方向を確認すると、これまた同じ方向だった。
だというのに、花山さんは全く驚いていなかった。
3分ほど歩いて、ここでようやく進む道が分かれることがわかった。
花山さんは、少し残念そうにしたあとに何か考えるようなそぶりをしている。
何か結論を出したようで、俺の目を見てくる。
そして、少し恥ずかしそうにしながら、とんでもないことを言い出した。
「明日から、ここで待ち合わせしない?」
いやいやいやいや!おかしい!それは本当におかしい!
一緒に下校しているだけでもなかなかにおかしいけど、一緒に登校するのはもっとおかしいと思う!
まず間違いなく、異性の友達同士でやることではない!
「いや、それは「私、友達と一緒に登校とか憧れてたんだよね。そんな友達、今までいなかったから」……。」
「それは流石にちょっと……」と言おうとしたところを遮られてしまった。
そんなことを言われると、断れない。
というか、ここで断ると仲のいい友達になる気はないと言っているみたいな感じがする。
いや、しかしこれで一緒に登校したら学校で変な噂が立ってしまうのではないか。
そうしたら、彼女も迷惑だろう。
「っでも、一緒に登校なんてしたら、学校で変な噂が立ったりしちゃうと思うんだけど……」
「……そうだよね。迷惑かけちゃうよね」
「いや、俺はいいんだけど花山さんに迷惑じゃないかなって」
「私も気にしないけど……」
少しの沈黙の後、彼女は続けて言ってくる。
「そういうことなら、一緒に登校しても問題ないね」
問題なかった。
うん、問題ない。
俺はいいと言ってしまった手前、これ以上は何も言えない。
俺が「そうだね」というと、「じゃあ、何かあったときに困るから」と言われて、連絡先を交換した。
花山さんは時間はあとで決めることを伝えてくると、「それじゃあ後でね」と言い歩いて行った。
花山さんと別れて一人で歩きながら、今日の出来事を思い返す。
花山さんのイメージがガラッと変わった。
よくわからない、少し怖い人というイメージだったのだが、今日の表情がコロコロと変わる花山さんは本当にかわいかった。
そんなことを思いながら、家が近いことに全く驚いていなかったことを思い出す。
もしかして話したのが、このあたりだったのだろうか。
……。
あっ……もしかして、昨日のコロッケの子?
あ―なるほど。
「ありがとう」といった時の、少し恥ずかしそうな表情が今までの花山さんのイメージと全く合っていなかったから思い出せなかったが、今日の花山さんを思い出すとコロッケの子と花山さんのイメージがぴったりと合った。
あの時の子が花山さんだったのだろう。
でも、そうだとしても、あの程度のことで俺に興味を持ったりするものだろうか。
今は興味をもって友達として接してきてくれているけど、俺が特徴のない人間だとわかったら彼女は俺から興味をなくし、友達でなくなってしまわないだろうか。
さっきまでは花山さんと楽しく話をしていたからあまり考えていなかったが、普通に考えたら影の薄い俺なんかが優秀な花山さんと友達なんてありえないことだ。
本当に、どうして俺なんかと……
+++ 花山悠里
……どうしよう。
随分と大胆なことをしてしまった。
一緒に下校するのは同じ教室から一緒に出るだけだからあまり気にしなかったが、一緒に登校は待ち合わせという行為が必要になってくる。
そう思うと、なんだか恥ずかしい気がする。
どさくさに紛れて連絡先も交換してしまったし。
男子と連絡先の交換をするなんていつぶりだろう。
中1の時に何気なくクラスの男子と連絡先を交換したら、毎日毎日連絡が来るようになり、それが嫌で、以来男子とは連絡先の交換はしなくなった。
同性の友達も少ないので、連絡先交換すら結構久しぶりだ。
すごく緊張した。
めちゃくちゃ恥ずかしかった。
顔が赤くなっていたりしなかっただろうか。
そう思いながら先ほどまでのことを思い出す。
田辺君はすごく優しい人なのだろう。
彼の行動のすべてに優しさを感じた。
道を歩くときは常に車道側を歩いていたし、私が申し訳ないと思っていたら気にしないでとフォローしてくれた。
私と初めて話した時のことを思い出そうしていたのも、私と登校することを渋っていたのも、私のことを気遣っていたのだと思う。
彼の行動からは、私がかわいいからだとか、スタイルがいいからだとかそういう理由でなく、純粋に他者を思いやる心を感じた。
家族以外からの、純粋な優しさというものを久しぶりに感じた気がする。
……彼のことを考えるとなんだか顔が熱くなってくる。
胸がじんわりと温かくなるようなそんな感覚になる。
彼のことをもっと知りたい。
彼ともっと仲良くなりたい。
彼が、私と会話した時のことを思い出そうと考えこんでいた時の顔を見て気づいてしまった。
私は、彼のことが異性として気になっているのかもしれないことに。
今はそこまでではないけれど、このまま一緒に過ごしていたら絶対に彼のことを好きになる。
そんな予感がする。
いや、こんなことを考えてしまう時点で、もう好きなのかもしれない。
昨日今日のたった二日でそんなことを思ってしまうなんて我ながらチョロいと思うが、それだけ純粋な優しさというものに飢えていたのかもしれない。
明日一緒に登校するのが楽しみだ。
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「おはよう。田辺君」
「おはよう。花山さん」
「ごめんね。待った?」
「いや、今来たとこ」
あっなんか今の恋人みたい。
思わず顔が熱くなる。
田辺君は私のことをどう思っているのだろう。
私を特別扱いしないところに興味を持ったのに、そんなことを考えてしまう。
昨日一晩色々考えていたら、彼のことが気になって仕方がない。
あまりに自分がチョロすぎて笑えてくる。
そのあと、話しながら登校してきたのだが、彼と話していると普段のように警戒することがないためとても自然体で話すことができる。
彼の隣はとても居心地がいい。
……やばい。
なんだか思っていた以上にすごい勢いで好きになっていってる気がする。
あと、スーパーでのことも思い出してくれたようで、前までの花山さんのイメージと違って気づかなかったと言っていた。
前のイメージと今のイメージどっちがいいか聞いてみたら、「今のほうが好きかな」と言っていた。
いや、前と比べてってことなのはわかるけど、好きって……。
好きって言った。
はあ。今から一緒に帰るのが楽しみだ。
そんなことを思って1時間目が始まるのを待っていると、田辺君に同じクラスの家城亮君が話しかけていた。
昨日は一度も話していなかったのだが友達だったのだろうか。
チャラいイメージの家城君は、田辺君と友達だと言われると違和感を覚えるのだが。
そう思って田辺君を見ると微妙な顔をしている。
そして聞こえてきた会話は私にとって許容できないものだった。
「なあなあ、お前どうやって花山と仲良くなったんだよ」
「は?いや、別に普通にしてただけだけど」
「そんなわけねえだろ?お前なんかが花山と仲良くなってるなんてよ。もしかして弱みでも握ってんのか?」
……あまりに失礼だ。
許せない。
そう思った時にはもう体が動いていた。
+++ 田辺基樹
家城の言葉を聞いて、俺なんかがあんなに優秀な花山さんと仲良くしているなんて信じられないことだよなあなんて思っていたら、バンッと誰かが机をたたく音がした。
音の発生源は俺の席の右斜め前。
花山さんだ。
教室は静まり返って、家城は驚いたような表情で固まっている。
俺が怒ることは想定していただろうが、花山さんが怒るのは想定してなかったのだろう。
俺も花山さんがこんな怒り方をするとは思わなかった。
「家城君、家城君は田辺君のことを「お前なんか」って言ったけど、……きみは彼の何を知っているの?私が知ってる彼は「お前なんか」なんて言われるような人じゃない。」
少しの沈黙の後、教室がざわめきだす。
そして、花山さんが続ける。
「田辺君と友達になりたいといったのは私だし、弱みを握られてるとか、そんな不愉快なこと二度と言わないで」
そういわれた家城は「じゃ、じゃあ俺とも友達に」と言って、花山さんに「絶対無理」と言われていた。
いや、こいつメンタル強いな……
俺が言われたわけでもないのに俺は悶々としているというのに……
「お前なんか」
俺が言うなら「俺なんか」だろうか。
花山さんはああいってくれたが、俺は「お前なんか」と言われてもしょうがないのではないかと思っている
花山さんには、俺がどう見えているのだろうか……
###
「お昼一緒にいい?」
「うん」
昼になり、普段通りに弁当を食べようとすると花山さんが声をかけてきた。
了承したものの周りの視線が痛いので別の場所で食べることにする。
そして、5時間目の授業で使う物理教室に行くことになった。
ここなら昼休みは人はほとんど来ないし、周りを気にする必要がない。
「朝は本当にありがとね」
「お礼を言われるようなことじゃないよ」
「でも、家城が言ってたことじゃないけどなんで俺なんかと友達になりたいって思ったの?スーパーでのことだってそんな大したことしたわけじゃないし」
「……」
「?どうしたの?」
「俺なんかって言わないで。」
「え……」
「朝も言ったけど私が知ってる田辺君は「なんか」なんて言われるような人じゃない」
「いやでも、実際俺って何のとりえもないし……」
「そんなことない!」
実際ないと思うのだが、そこまで強く否定されると言葉に詰まってしまう。
「田辺君が何のとりえもないなんてこと絶対にないし、私は田辺君のことを特別な人だと思ってる。だから自分を卑下するようなこと言わないで」
……特別。
自分のことをそんな風に言ってくれる人がいるなんて思わなかった。
花山さんが知っている俺、それは俺の知らない俺ということなのだろうか。
俺の知らないところで、俺は特別だと言ってくれるようなことをしたのだろうか。
スーパーでのことが関係しているのはわかるが、あれくらいの譲り合いはよくあることだろう。
彼女は俺の何を特別だと言っているのだろう。
それは全然わからない。
でも、俺のことを特別だと言って、俺が酷いことを言われたら怒ってくれる、そんな彼女にありがたいという気持ちと同時に思うことがあった。
「俺なんか」なんて言わないでいいような人間になりたい。
「お前なんか」なんて言われないような人間になりたい。
彼女の隣で胸を張れるような人間になりたい。
彼女とずっと仲良くありたい。
そんな気持ちが胸にあふれてくる。
「ありがとう、花山さん。これからは言わないようにする。俺にこんなことを言ってくれる人がいるなんて思ってもみなかったよ」
自分を特別だと言ってくれたことと、俺が悪く言われたことに対して怒ってくれたことに感謝の言葉を言い、俺は彼女に宣言するようにこう続けた。
「これからもずっと花山さんと一緒にいたいな」
それを聞いて花山さんは驚くほど顔を赤くして、「私も……」と呟いていた。