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海色コンプレクサー  作者: 静夢
8/11

傷つく心に女子集う

 寝苦しさを覚えてミノムシのように包まった布団を蹴り飛ばすようにもがきながら這い出る。


「ふわぁ……朝ぁ」


 寝起き特有の頭の奥に残るふわふわとした感覚に、ベッドの上で座ったまま目を閉じる。そのまま昨夜のことを思い出そうとしても、記憶があやふやで自分が寝る前に何をしていたのか思い出せない。


 私は髪の毛が爆発して3倍の大きさに膨れ上がった頭を手櫛で治めながら、手探りで伸ばした手でカーテンを開く。


 眩しい日差しが瞼の向こうから私の眼を焼いて、反射的に顔を背ける。太陽の光とは不思議なもので、だんだんと眠気の残滓が頭の中から吹き飛ばされて行って、意識がはっきりとしてくる。


「あー……」


 毛布を完全に引っぺがしてみると、スマホが転がり出てきて私はすべてを悟ったような情けない声を出す。

 そもそも昨夜のことを思い出そうとしているのは、何かをした覚えがないからだった。答えは明らか単純に何もせずに寝たのだ。通話を終えて、ふてくされて寝たのだ。


 見計らったかのように目覚まし時計が鳴り始めて、私は思い切り腕を振りかぶって叩くようにしてベルを止める。八つ当たりだった。


 目じりにじわりと滲むものを感じて、布団の中に潜り込む。寒さに耐えるように丸まって、髪の毛を握りしめて。


今日が初めてだった。

高校デビューのために覚えた化粧を、私は初めてサボった。


「あんた、寝ぐせくらい直し」

「うっさい」


 化粧用品だとかを買い込んで来て、練習し始めたときもお母さんはこんな呆れた顔をしながらも、ニヤニヤと面白そうに見てきた。始業式の日なんて、普段の時間の2時間前から起きて化粧する私の後ろに立って観察してた。いったい何が面白いんだ。


「朝ごはん、お弁当と一緒に入れとくから食べるんだよ」

「朝ごはん要らないって言ってんじゃん!」

「はいはい。入れとくねー」


 強引に渡されてしまえば私とて受け取るしかない。ただでさえ、弁当が手が込んでいて少し恥ずかしいのに、朝ごはん分まで包まれてしまっては食いしん坊に見えるではないか。


 嫌な顔をしながらも弁当を鞄に入れて、靴を履く私を、お母さんはニヤニヤと観察していた。


「失恋?」

「なっ!? は?? 違うし!!」

「へ~♪ 我が娘もお年頃かぁ」


 思わず殴り掛かりたくなったけど、お母さんは私のあしらい方など慣れたものでさっと距離を取って家の奥に逃げて行ってしまう。


 私はスマホの時計をちらりと見やって、ぐっと怒りを抑え込み。口をめいっぱい開く。


「違うからーー!!!!」


 遅刻にならない最後の電車に間に合うために、私は全力で走り出した。


 高校の最寄り駅に着くと流石に同じ制服、見知った顔がチラホラと見え始める。

 きっと気のせいだとは思うが、身だしなみが悪いと周りから注視されているような気がしてくる。特に私は寝ぐせが酷いタイプで、髪の毛が派手に膨れ上がる。部分的に直すくらいならシャワーを浴びた方が早いくらいに酷いのだ。


「変な意地張らずに寝ぐせくらい直せばよかった……」


 化粧は二度寝してしまったから仕方ないとして、寝ぐせ直しくらいなら目立たなくするくらいならできただろうに。とにかく反抗したくなるお母さんのあのニマニマが悪い。


「私、なにしてるんだろうなぁ……」


 歩く足がなんだか重たくなってきた。周りの視線を気にしないように俯いていくにつれて、機械的なテンポで足を前に動かす自分が酷く空虚な存在に感じた。

 学校に行きたくない。こんな私を見られたくない。こんな私で会いたくない。


 なぜだかどうでも良くなって化粧をしなかった。でも、今になって後悔して、自分が馬鹿馬鹿しくてたまらなかった。


 道行く生徒の中に見知った顔があった。同じクラスの遊びまわって今に生きていますって感じの、行ってしまえば不真面目で言動が軽い生徒。

 現実は本当に融通が利かないもので、私が会いたくない人間をピンポイントに呼び込んでしまう。


 視線を避けたいと思うほど、視線が集まる。そんなことは地味で周りに怯えていた私は痛いほど知っているはずなのに、露骨に目を逸らしてしまって、不自然な動きで死角に入ろうとして。


「えっ……うえぇ!? 御子柴じゃん」


 見つかった。認識された。

その瞬間に、何もかもがどうでもいい投げやりな気分から、今ここで大声で泣き出したい気持ちが上回る。左の頬の眉間寄りの場所が緊張して引きつって、無意識に右手が左手を掴んで少しでも小さくなろうと肩が跳ね上がる。


「ちょ、ちゃんりこー! 見てみ! これ、あの御子柴やって!」

「えー、何それうけるー。すっぴんじゃん。まじうけんだけど!」


 その女子生徒は仲間を呼ぶ。反応を示すだけで、普段からつるんでいる友達が連鎖的に興味を示し始める。


「いやー、すっぴんえっっぐ!! プリクラかよ。やっぱ御子柴の顔面工事って詐欺レベルだわー」

「それなー。あはっ、目ちっさーい。だっさ~」


 私が男子からちやほやされると、毎回ちょっかいをかけてきて「それ化粧だからー」とわざわざ言いに来る2人組。


 濃い化粧で、教師に何度注意されてもギリギリのラインを軽く超えてくる。制服もちゃんと着ているところを見たことがないし、絶対に何かしら小物が加えられてる。最近はカラフルな髪留めをいくつか選んでタイに付けることにハマってるみたいで、これは教師にも見逃してもらえるみたいで結構長い。


なんの恨みがあるのか。良くも悪くも態度があからさまで分かりやすいタイプなので、心当たりがあった男子とは喋らないようにした。けなされてもぐっとこらえて、むしろ褒めてあげるようにした。

もう私にいちゃもん付ける理由なんてないだろうに、いつまでも突っかかってくる2人組。


「あぅ……えっと……」


 悪い癖だった。

 ずっと消えない癖。化粧で自分を隠して、自信で誤魔化してきた悪い癖。

 言葉が出なくて、周りの人々が倍速のように感じて、自分一人だけが取り残されてついていけない。


「なにそれ。ちょ、地味キャラに変えたん? 今更すぎんだろ。さすわろだわ」

「ねー。もう有名すぎておしゃれ分かりません~きゃぴきゃぴ! ってしても、いくら男子が馬鹿でもひっかかんないって」

「いやいや、待て待て。あれだろ、最先端ってやつだ!」

「まー!? いやいや、流石にそれはないっしょ。まじだとしたら御子柴馬鹿すぎるでしょー」


 なんで大して親しくもない人たちが、当たり前のように自分をあざ笑うことで会話を進めているのか。隠れて悪口をいうのは分かる。女子なら誰だってやってる。でも、目の前で言う? 本人を目の前にして、なんでそんなことが言えるのか。


 いつもなら、お前らも努力すればいいだろって、強気で言い返せるのに。

 いつもなら、知らないふりして何も聞こえないって顔でスルー出来るのに。


「ねー、どうなん御子柴。最先端?」

「てか、面白いからそのまま教室行こうよー。きっと大うけ……え? 御子柴?」


 楽し気に会話をしていた2人の顔が曇る。

 驚いて目を見開いたかと思えば、どうしていいか分からずオロオロと周りを見渡す動揺するのが分かる。


「御子柴? え、だいじょぶ?」

「そ、あ……ちょ、私? い、言いすぎちゃった……? おーい?」


 2人は一瞬視線を交わすと、心配そうに私の背中を摩る。

 上手く息が吸えなくて、跳ね上がる肩。顔を隠すように俯いた頬を、生ぬるい雫が滑り落ちて唇に触れて、もう一筋は首筋まで流れていく。


「あー、えっと……失恋? 的な?」

「うえっ、御子柴が振られるとかある!? いやでも、御子柴、首振ってるし違うって!!」


 私は思いっきり首を振った。

 胸の奥がズキンと痛んで、活力みたいな、全然元気ではないけど、そんな感じの何かが湧き上がってくる。


「失恋じゃないっ!!」


 私は差し伸べられた心配の手を振り払って、今までにないくらい鋭い睨みを2人に向ける。悲鳴のように大声で、否定する。


「違うし! 失恋じゃない!! 振られてない! だって……だって……」


 力強く握りしめた拳。力を籠めすぎて爪が手のひらに刺さって痛かった。


 胸の奥の暗い自分を吐き出すように、力強く地面に向かって叫んだ。そんな私に、目の前の女の子は、驚いたり怖がったりせず、むしろ生暖かい悟りの眼を向けていた。


「あー……完全に理解した。むしろ御子柴も荒れるんだなって安心したわ」

「うん。むっちゃ気持ちわかる。りこで良ければ話聞くよ……?」


 暴言を吐いて、2人を突き飛ばしてやろうとすら思っていたのに。目の前の2人の妙に優しい態度に毒が抜けて、なんだか力が抜けていく。


「うぅ……告白してないっ……だから、振られてないもん……」


 絞り出せた言葉は、どこまでも弱々しくて。それを聞いた目の前の2人の表情は、気持ちが悪いほどに笑顔だった。



 ☆メイクタイム☆



 私たちは走る。ただし、汗は掻かないように控えめにお淑やかに。汗を掻いていいのは、男子と別々の体育と部活中だけだから。あと単純に学校の廊下を走ると怒られるから。


「って、みなみ!? 足、はっっっや!!!!」


 順奈が息を切らして、今にも倒れこんでしまいそうな死に顔で私の後を追いかけてくる。普段なら汗ばんだ手で目元を拭おうものなら悲惨なことになるような厚塗り化粧も、今日はナチュラルメイクで少し控えめ。

 服装は相変わらず着崩しているけど、それだけでいつものギャルっぽさが明るい誰でもとっつきやすそうな感じに様変わりしていた。


「ふふん♪ 私、これでも陸上部なので! 最近は行ってないんだけどねー」


なんだか私が上機嫌なのは、今まで陸上を頑張ってきた成果がこんな形で褒められたから。でも、それだけじゃなくて、いつも苗字ばかり呼ばれているから名前呼びをしてくれる友達ができて嬉しかった……なんてのも、あったりなかったり。


「あっ、名前呼びずるーい! じゃあ、私はみなみんって呼ぼっと♪」

「あだ名……!」


 理子にあだ名で呼ばれた私は、ぱぁっと華やかな笑顔を浮かべる。


「嫌だった?」

「ううん。全然いいよ!」


 理子は普段はゴリゴリの小物推しで、リボンや髪留めを多用するタイプ。だけど今日はそれらを最小限に抑えて制服の着こなしをちょっぴり正している。それに加えて、清楚系のメイクを取り入れて、ぐっと女子力を上げてみました!


「……? りこ、やっぱり変かな……?」

「違うよー! 無茶苦茶良い感じ!」

「そ、そう? えへへ♪ やっぱりみなみんの化粧は最強だねぇ」


 理子は自分が小柄で可愛いタイプだと自覚していて、自覚しているのはとても良かったのだけど彼女の好きな男子の好みが私のような清楚系だった。いや、私はガンガンおしゃれとかしてるし、好きな相手にはがつがつ行くタイプだと最近知った……知ってしまったし、清楚系ではないと思うけど、何も知らない男子どもにとっては清楚系。

 だから、私のいつもしているようなメイクが理子にとっての最適解。自分の良いところを磨くのは正しいんだけど、誰によく見られたいかがもっと重要なのだ。


 そう、何を隠そうこの2人の今日のメイク担当は私! 意気投合して、友達になっちゃたのでメイク道具お借りしちゃいました!


 新校舎の綺麗なトイレでメイクをしていたせいで、時間がギリギリ……どころか、もう既に遅刻の時間なので走って教室に向かっている。


「すみません。遅刻しちゃいました……」


 教室の扉をそろそろ開けて、中の様子を伺うように顔だけを覗かせる。


 一度振り向いて顔を見ると何事もなかったように前を向くクラスメイトもいれば、なんとなく見続けているクラスメイトもいて、こちらを見ることもなく他ごとに現を抜かしていたり、三者三様の反応だった。


 担任の水野がいつも通り「いないやついるかー」と気だるげに出席を取っていたところだったのだろう。出席簿を片手に、私の顔を見ると煩わしそうに時計を見る。


「御子柴、か。何かあったか?」

「少し寝坊してしまって……」

「そうか。まあ面倒だしギリギリってことで許してやるか。次はねえぞー」


 水野先生はどこか適当な感じがして苦手なタイプだったが、今だけはこの先生が担任で良かったと思う。


「お、まじー。さんきゅー水野」

「わーい、ラッキー♪」


 私の後ろに付いてきた順奈と理子が揚々とした顔で教室に入ってくる。


「何言ってんだ、お前らは遅刻だ遅刻。この不良ども」

「えー、ひいきっすよー」

「そうだそうだー」


 水野先生は困り顔を浮かべて、ちらりと私の方を向いた。なんだかバツが悪くなったので、私は知らぬふりをして視線を逸らす。


「しゃーねえなぁ。次はねいぞー」

「はーい♪」


 してやったりと順奈と理子は悪い笑顔を浮かべて小走りで私のとこに来ると、いえーいと小さく声を出して私にハイタッチした。

 不真面目な2人と共謀したと、教師からの印象が悪くなるかなと一瞬躊躇したけど、目の前の2人が酷く良い顔をしているから、なんだか私も乗せられて、「いえーい」と声を出してしまった。


「なあ、みなみ。帰りも一緒にどう? 折角教えてもらうなら買い物も一緒にしときたいなーって思うんだけど」

「あー……帰りは、その……」


 あの芯の通った目でまっすぐ見つめてくる瞳を思い出して、私は口をもごもごとさせて言いよどむ。

 仲の良い人は沢山いるけど、本当に友達かと言われるとちょっと首を傾げなきゃいけないかもしれない。そんな私が気を許せる友達を見つけることが出来た。きっかけは気に食わないけど、これからも仲良くしていきたいから嫌われたくない。でも、帰りは、いつも。


「約束が……あって」


 頬が赤くなるような熱を感じる反面、目じりが熱くなるような熱も同様に感じた。


 そんな私を見て、順奈はポンっと肩を叩いて、優しく笑った。


「分かった。がんば」

「ありがと……」


 私はこくりと頷く。きっと、そう。私は頑張らないといけないのだ。


「しっかり振られたら笑ってあげるから安心してね、みなみん♡」

「しーっ! ちょっと、理子声が大きいよぉ!」

「えへへ、ごめんごめん♪」


 水野先生のさっさと席に着けと言わんばかりの冷たい視線に気づいて、慌てて私たちは自分の席に小走りで向かって座る。


「友達かぁ……」


 一瞬、ほんの一瞬。胸が高鳴った気がしたのは、きっと間違いではないのだと思う。

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