幼馴染の距離感
幼馴染っていいよね。
幼少期からずっと一緒に過ごしてきた関係。
2人だけの記憶と愛情。
なのに、なんで皆、後出しのポッと出ヒロインに心を奪われるんだろう。
僕は不思議に思った。ので、そのまま口に出していた。
「なにそれ、ゲームかアニメの話?良く分からんけど、そりゃあ、女と畳は新しいほうが良い、って奴なんじゃないの?知らんけど」
僕の背中のほうから返答が返ってくる。
そういうものかなあ。
僕は尋ねてみる。
「じゃあ、女の子のほうはどうなんだろう」
「はん?」
呆れたように返される僕。
「そんなもん、女のほうだって、より甲斐性のある男のほうが良いでしょうよ」
そういうものかぁ。
そこで僕はさらに尋ねた。割と真剣味を込めて。
くるり、と向き直って。
「じゃあ、ちさとはさ、僕の事どう思ってる?幼馴染としてじゃなくて、男として」
僕の幼馴染のちさと。
今、僕の後ろで気だるげに相槌を打っていた彼女が、ポカンとなって、やおら口を開く。
「んー。フツーに好きだけど、恋人にはしたくないなー。頼りないし」
……ものっそい自然な感じでフラれた。
今の、結構、一世一代の告白のつもりだったんだけど。
「そっかぁ……」
めちゃくちゃ動揺するというより、シュンとしてしまう僕。
あ、やばい。ちょっと涙出てきた。
「何。マジでショック受けてる?ガチめに私の事好きだったりしたの?」
「……うん……」
「泣くな泣くな~。あたしなんかよりもっと相応しい子がいるって、多分。知らんけど」
からからと笑いながらちさとは僕の背中をバンバンと叩き、慰めてくれる。
慰めてるつもりなんだ、うん、これでも。
幼馴染だから分かる距離感、っていうか。デリカシーない感じも許容できるっていうか。
「そっかー。ゆーじ、あたしの事好きだったかー。でも何でなん?幼馴染ってだけで、そんなにあたしに女としての魅力ってあったか?」
ごく自然な感じでそんなことを訊いてくる。
「うーん……なんだろ」
「すぐ出てこないんじゃん」
苦笑しつつ、ちさとはベッドの上で腰掛けつつ、足をぶらぶらさせながらアイスを頬張る。
僕はプレイしていたゲームを中断させ、思案する。
あ、言い忘れてたけどここ、僕の部屋。
しゃくっ。
アイスを噛み千切り、ちさとは言う。
「あたし自身はさぁ」
僕からちさとに対する女としての魅力についての言及がないからか、ちさとは別の話を切り出すような話し方になる。
「何ていうか、女としての魅力、って訊いてみたけどさ、それがどーゆーもんなのかも良く分かんないのよね。容姿以外の部分も含めて色々、あるとは思うんだけど」
「うん?」
なんだか要領を得ない話し方だ。あと、それさっきの話の続きなんだね。引っ張るんだ。
「いや、つーか、だからゆーじに訊きたくて。あたしの魅力」
僕は返答に窮して、思いついたことをただ口にする。
「……気兼ねなく一緒に居られるところかな?」
「それは幼馴染だからでしょー?あたし個人の魅力じゃないよね」
言われてみればそうかも。
長く一緒にいて、こんな風にフラれたのに普通に話せるところを見ても分かるように、なんか僕たちの関係って気軽で気安いんだ。
「それを踏まえて考えるとさ。あたしに魅力ってあんのかなぁ」
「……」
必要以上に自分を貶めるような事を言って、僕の気を和らげたいのか、逆に引きたいのか、どっちなんだろう。
前者かな。
「ま、そんな感じでさぁ」
ちさとは締めくくるように続けた。
「あたしの個人的な魅力ひとつ出てこないなら、今のままがいいでしょ。お互い」
「うん」
そうだね。そうかも。
そう思えるように、ちさとなりのフォローをくれた、ってことにしよう。
まだちょっと、ショックはあるけど。
「あ、ゆーじ、喉乾くでしょ。ジュース取ってきてあげる」
「あのね、ここ僕の家なんだけど」
「勝手知ったる幼馴染の冷蔵庫、ってね」
そう言うとちさとは階下のリビングへ向かい、冷蔵庫からジュースを取り出して、上がってきた。
「ほい。相変わらず好きだね、このメーカーのレモンティー」
「ここのレモンティーが一番おいしいんだよ」
「はいはい」
言いながらグラスによく冷えたレモンティーを注ぎ、僕に渡してくれるちさと。
ごくごくと一気に飲み干す僕。
「ぷはー……それにしてもあっついねー…」
「うん……」
部屋のクーラーもそこそこ温度は下げてるけど、猛暑がじりじりと部屋越しに伝わってくる。
その温度は、僕たちの身体を容赦なく苛む。
僕に関して言えば、或いは、ちさとが今、そこにいる事実のせいなのかも知れないけれど……。
「……ねー、ゆーじ」
「なに?」
「もしホントにあたし個人になんか魅力が見つかったとしてさ」
「……まだ話続いてたんだね」
「続けてますとも」
「で、見つかったとして、何?」
「……その時、ゆーじがあたし以外に好きな子いなかったとしてさー」
「うん」
「あたしもゆーじ以外に気になる男の子いなかったとしてさー」
「……うん」
「そん時、改めて告白してくんない?さっきみたいな、なんか自然な会話の流れじゃなくてさ、しかるべきシチュエーションでさ」
「わかった」
ちさとが何気なく言うから、さらりと答えてしまったけれど。
それは、告白の答えの、保留に他ならなかった。
◇
「おはよー、ゆーじ」
「おはよ、ちさと」
翌日の僕たちも、いつも通りに変わらなかった。
ちさとは全然昨日の事なんてなかったかのように振る舞ってる。
「僕だけなのかな」
昨日よりもずっと、ちさとの事が好きになっている自分に気付いて、話しかけられただけでいつもよりドキッとしている。
「変に意識しないほうが良いのかなぁ……」
でも、彼女の魅力っていうのを見つけないと、告白してもまた流されるだけだろうし、意識して彼女の『良さ』を知ろうとするのは、多分大事な事だ。
なあなあにして、幼馴染だから、って、適当に済ませちゃ駄目なんだよ、って事だと思う。
ちさとは大雑把で言葉足らずだから、そういう事は言わないけれど。
まず、分かりやすい所で見ていこう。
容姿。
ちさとの顔。卵型、やや丸っこいかも。目は一重まぶた。二重にしたいらしいけど、マスカラとかそういうのはつけたくないとのこと。まあ、うちの高校は化粧禁止だしね。
ちさとの髪型。ボブショート。ほっぺとかをなるべく目立たせたくないんだとか。
ちさとの体型。普通。ダイエットしなきゃ~、とか言ってるけど、陸上部してるし、結構絞ってるず。足にはそこそこ筋肉ついてるかも?
ちさとの声。ちょいとハスキーで姉御っぽい感じ。
ふーむ。
可愛いかどうかで言うと……客観的に見て、どうだろう。普通?
いや、僕基準で言うと、凄く可愛い。と思う。
じゃあ次、性格を見ていこう。
ちさとの性格。前述した通り、大雑把で竹を割ったように正直。言葉足らずでちょっとデリカシーに欠ける所もあるけど、気安い態度が周りには好印象。のはず。僕以外には、あれほどじゃないはずだけど。
うーん。
なんていうか、幼馴染としての贔屓目とか、逆に身内に対する評価のマイナスを諸々考えても、悪くないと思う。でもそれが魅力、って言うと……なんだろうなあ。どうなんだろ。
……ここら辺が一番、幼馴染だから、って部分とごちゃごちゃしちゃう所かなあ。
ちさとの気安さって、幼馴染に対してだけじゃないから、そこが魅力だよ、って言っても間違いじゃない気はするんだけどなあ。
でもこれじゃあ、多分ちさとは納得しないだろうな。
容姿と性格以外を考え出したところで、思う。
「えーと……あとは、小学校の時に僕が上級生と喧嘩して、その仲裁に……っていうより、ちさとが上級生をブン殴って喧嘩両成敗!とか言い出したんだっけ……うん、あの頃からそういうやつだったな」
変なエピソードを思い出しつつ、僕は苦笑する。
そりゃあ、僕が頼りないと思われて当然だ。
いつの間にか放課後になっていて、部活を頑張るちさとを遠目に見ながら僕は『ちさとの魅力』について延々考えて、しまいには口に出してしまっていた。
それに気付いたのはどうやら僕が一心不乱になって考えているところを、ちさとに聞きとがめられてしまった時だった。
「なーに、ぶつぶつ言ってるの?」
部活終わり、汗をタオルで拭きつつこちらに向かってくるちさとが、眉根を寄せつつ僕に言った。
「どしたん。今日ってあんたは部活ないの」
「あ、うん。今日は特に」
僕の部活って、文化部だからね。運動部ほど、そこまで熱心にやらない。
「待っててくれたの?ごめんね」
「いいよ。ちさとの部活してるとこ、観たかっただけだし」
「えー。たいして面白くもないでしょー、陸上部の部活なんて。野球とかと違って、試合展開じゃないし」
「別に良いんだよ、ちさとを見たいだけだから」
「あっそ」
ちさとはスポーツドリンクを飲みつつ、相槌を打つ。
「ぷはー。いやあ、このあっついのに外での部活はこたえるわー。屋内でクーラー効かせて自主練にして欲しいよね」
「とか言いながら、真面目に頑張ってるよね。ちさと」
「まぁ、ダイエットにはなりますからな。がはは」
ぽーん、と腹を叩くが、それなりに引き締まっている彼女のおなかはタヌキみたいないい音は出ない。せいぜい、ぺちーん、だ。
僕はその様子に思わず笑ってしまった。
「ははは」
「なーによ。乙女の腹の音がそんなに面白いか。この」
ぐりぐりと拳をほっぺに押し付けてくるちさと。
「やーめーろー」
僕は逃げようとする。
「おら、逃がさんぞ」
だが、僕はちさとに腕を掴まれ、引き寄せられる。
ドキリとする。
「ほれほれー。ゆーじも腹の音を鳴らせー。ぺちぺち」
そんな事を言いながら僕のお腹をぺしぺしと叩いてくるちさと。
「や、やめろよ」
僕は気恥ずかしくなって手をどけさせる。
「なーに照れてんだ。ゆーじらしくないなー」
「い、いや。昨日の今日で普通に接してくるちさとのほうが、ヘン」
「あたしは気にしないように努めてるのだー」
努めてる、か。
言い方は軽いけど、努力してそう振る舞ってくれているんだな。
「……でもそれはそれとして、スキンシップが多すぎです、ちさとさん!ゆーじくんは、気恥ずかしいので、もうちょっと控えめにお願いします!」
僕は照れてそんな言い方でちさとを引きはがす。
「はいはい。ゆーじくんは照れ屋さんだなあ」
どっちもどっちだと思うけどね。
ひとしきりふざけたあと、僕たちは帰路につく。
「ひゃーあっちー。ねぇゆーじ、今日のノート、後で見せてよ」
「ちゃんと自分でも頑張ろうよ」
「ゆーじのノートが見やすくていいのだー」
ぐでーんと部活帰りの脱力テンションで僕にもたれかかってくるちさと。
「わかったよう」
なんか、ほんと、いつも通りだなあ……。
◇
帰宅後、隣の家のちさとが僕の家に上がってきて、いつものようにノートを見せてあげることにした。
僕の部屋でノートの書き写しに没頭するちさとだったが、しばらくして動きが止まる。
「……ねー、ゆーじ。ここのメモの意味良く分かんない」
僕のノートを見ながら、ちさとが尋ねてくる。
「うん?あ」
それは僕が授業中に落書きしていた部分だ。
「……それ、ただの落書きだから無視して」
「あっそ」
ちさとはその落書きの意味を理解できなかったようなので、僕は胸を撫で下ろす。
……それは、そこそこ他人に分からない程度に暗号化して書いた、ちさとの『魅力』についてのメモだった。
ややあって、ちさとはノートを写し終える。
「あーりがとー!いつも助かる!」
「ちさとは僕よりずっと部活で忙しいからしょうがないとは思うけど、もうちょっと真面目にノートは取ろうね」
「はーい、感謝してまーす」
そう言うとちさとは帰ろうとする。
「じゃ、また明日ね」
そこで僕は思わず、引き留めそうになる。
なんで?
まだ、何も答えは出ていないのに。
でも、ただもうしばらく一緒に居たい、って気持ちは、胸の奥から湧いてきて、喉の奥まで出かかった。
でも、すんでのところで、僕は止める。
「……うん、また明日ね」
また明日。
この言葉を言えるのは、あと何回だろう。
◇
「おはよー、ゆーじ」
「おはよ、ちさと」
翌日。いつもの通学路。
僕たちは他愛もない話をしながら、学校へ向かう。
僕たちの距離は、変わらない。
◇◇◇
幼馴染からの発展は、あるようでなくて。
恋人になれればいいな、なれたらいいな、って気持ちは、いつの間にかその関係の中に埋もれて。
―――気付けば、僕たちは卒業していた。
「もう卒業なんて早いねえ……」
「光陰矢の如しってやつだね」
卒アルにしょーもないこと書いちゃって恥ずかしくなるとかいう定番のやり取りを済ませたり、そこかしこでカップルができあがったり、なんだかんだみんなが青春してる中で……僕たちの関係は停滞していた。
「変わらないままだったなぁ、ゆーじ」
ちさとはちょっと寂しそうに僕に語りかける。
「うん……」
結局、僕は卒業までずっと、ちさとの『魅力』が何なのかを答えられないままだった。
家は隣同士だからいつでも会えるけど、明日からはもう別々の道を歩むのだ。
大学は違うから、今まで通り毎日のように一緒に登校なんてしない。
多分、お互いがお互いに大学で友達を作ったりして、距離が離れていってしまうのだろう。
「……ねぇ、多分これ、最後のチャンスだよ?」
ちさとは、僕を急かすように言った。
「幼馴染のちさとちゃんを!恋人に昇格する!最後の!チャンスだぞー!」
ことさらおどけて、ちさとは僕に言い募る。
「……そうだね」
でも僕は、言えなかった。
「やっぱり、僕にとってちさとは、幼馴染だよ。魅力については…高校3年間、正確には2年間と半年くらい?ずうっと考えてて、色々言えるけど、でも、それを全部言っても足りない気がして」
「言えよー!言っちゃえよ!!全部言って!!!後悔したくないでしょ!!!!」
ちさとは、泣きそうになっていた。
―――待っててくれたんだ。
……僕はバカだった。素直にただ、言えば良かったんだろう。
ちさとにここまで言わせるなんて、不甲斐ないな。
ずっと僕を待っててくれたちさとの気持ちに報いなきゃ。
そう、思った。
―――だから、僕は言う。
「分かった、言うよ。言葉が足りないかも知れない。でも言うよ。ちさとの魅力。全部言うから、聞き逃さないでね。
ちさとの顔が好き。卵型、やや丸っこいところが好き。
結局、卒業まで変わらなかった一重まぶたが好き。化粧っけのないところが好き。
ちさとの髪型が好き。ボブショート。顔の形を隠したいから、って言ってたけど、その髪型、ほんと好きだよ。
ちさとの体型が好き。程々に引き締まってて、陸上部らしく足がちょっと筋肉質なところが好き。
ちさとの声が好き。少しハスキーで、お姉さんっていうか姉御って感じの頼もしさが好き。
ちさとの性格が好き。竹を割ったようなまっすぐで正直なところが好き。
嘘をつかない、誤魔化さない、流されない、照れない、びしっと言ってくれる、そして。
―――こんな僕を、ずうっと、待っててくれた、辛抱強いところが、好き」
言い終えて、でも、やっぱりなんか全然足りない気がして、僕は気まずくて俯きそうになるのを、ちさとは。
ガッ、と頭を横から掴んで。
目の前のちさとの顔に、向き直させる。
「―――よく言えました」
ぼろぼろに泣き崩れたちさとの顔がそこにあった。
「……ちさと」
「でも、まだもう一声足りない」
ちさとは、さらなる要求をする。
「好き、だから?だから、何?ほら、言ってよ」
―――そう、肝心な一言を、言っていない。言え。
「―――ちさと、僕の恋人に、なってください」
……やっと言えた。
3年間かけて。
ちさとの魅力を探し続けて。
迷走して、立ち止まって、停滞して。
ちさとは、ゆっくりと口を開く。
早鐘を打つ僕の心臓と対照的に、開花する花の蕾のように。
「―――いいよ。なったげる」
満面の笑みでそう応えてくれたちさとの顔は、嬉し涙でぐしゃぐしゃになっていた。
気付けば、僕の顔も嬉し涙でぐしゃぐしゃに泣き濡れていて、どちらからともなく一緒に抱き合って、周りの目もはばからずに、わんわん泣いていたのだった。
◇
「今思い返すとすんげえ恥ずかしい思い出すぎる」
……あれから2年。
ちさとは今、僕の部屋で一緒にゲームをしながらそんな事を言う。
「やめてよ。僕だって恥ずかしいよ。でもちさとが煽ってくるから」
「おー?あたしのせいにするかー?そもそも、火ィつけたのそっちだぞー?そもそも、あの夏の日にあんたが私に気ィあるみたいなそぶり見せなかったら、あたしずーっとこのままかなぁ、まぁそれもいっかー、って思ってたんだぞー?」
「あ……そうなんだ」
「そうだよ」
大学2年生になっても、割と相変わらずのノリで家に上がり込んでくるちさと。
恋人同士になったから、って言ったって、別に大して関係が変わる訳でもないのだった。
デートは……まあそれなりにするけど、圧倒的におうちデートっていうか、これまんま高校生の時と同じだよね。
「あー、アイスうまー」
「ムード台無し。話の途中でアイス食べないでよ、ちさと」
「あたしとあんたってそういう距離感がやっぱ一番合ってるかなーって思う」
「なんだかなぁ」
苦笑する僕。
でもそうだ。
幼馴染の関係性って、結局こういう、友達みたいな、恋人みたいな、良く分かんないし、言葉にしづらいし、定義できない、あやふやで、あいまいで、気付けばそこにいる、みたいなのが。
僕は、やっぱり一番好きだな、って思う。
(おわり)
何の衒いもなく、純粋な「ジュブナイル小説」的なものを書きたくなって綴りました。