ルート:ザカリー
あなたは、ザカリーと一緒に竜の鱗洗いに行くことに決めた。
ここで住まなければいけないなら、竜に慣れることは必要だろう。
あなたは買ったばかりの動きやすい服に着替えると、ザカリーと共に〝竜の寝床〟と呼ばれる場所に向かった。
大きな敷地に、わらのような草のようなものが敷いてあるだけの、日除けも何もない場所だ。
そこには白い竜と黒い竜が寝そべっている。
「わわ、大きい……っ」
「何にもしなけりゃ噛みつきゃしねーよ。怖がるな」
顔だけであなたの背丈以上にある動物だ。怖がるなという方が無理である。
「おい、起きろランプ」
そう言いながら、ザカリーは黒い竜の顔をガンっと殴っている。
「ひっ! そんな事して大丈夫なの?!」
「虫にすがられたくらいにしか感じてねーよ」
「ランプって……その竜の名前?」
「ああ、ランプブラックってんだ。基本的に竜には鱗と同じ色の名前がつけられるんでな」
そう言いながら、ザカリーはランプブラックの顔をガンガンと殴っている。
名前の通り、ランプについた煤のような色をした竜が、瞑っていた目を少し開けた。
「ランプ、鱗洗いに行くぞ。起きろ」
ザカリーの言葉に、ランプが大あくびをするように大きな口を上げてゴガガガガーーと息を吐いた。
そのランプの吐く息で、あなたは後ろに吹っ飛ばされる。
「きゃあっ?!」
ドスンと尻餅をついてしまったあなたを、ザカリーは呆れ顔で見ていた。
「どんくせーな、お前……」
「う、うるさいなぁ! だって、竜の息がこんなにすごいなんて思ってなかったんだから、仕方ないじゃない!」
呆れながらも差し出してくれる手。そのザカリーの手を握ると、グイッとあなたを引っ張り起こしてくれた。
ランプブラックの普通に息をする風でさえも、髪はバサバサと後ろに流れるほど強い。
「とにかく乗れ。移動するぞ」
「乗るって……え、この竜に?」
「当たり前だろ」
当然のように言われて、あなたは尻込んでしまった。近づくのでさえ怖いというのに、乗らなければいけないらしい。
「タラタラすんな」
勇気を出そうと思っていたというのに、短気なザカリーにヒョイと担がれてしまう。
ふわりと体が浮いてザカリーの肩に乗せられると、ランプブラックのまぶたの上にドンっと下ろされた。
「ひゃーー、お顔にごめんね、ランプくん!」
「こいつは雌だ」
「ランプちゃん! ごめん、今降りて……」
「そこのツノまで移動しろ。」
ふと見上げると、まぶたの上の方に大きなツノが生えている。
あなたは恐々と立ち上がり、言われた通りにそのツノのところまで移動した。
ザカリーはヒョイとジャンプしてツノを掴むと、簡単に竜の頭に登ってあなたの隣にやってきた。
「飛ぶぞ」
「は? 飛ぶ?!」
ザカリーは縄を取り出して、竜のツノに縛り付けている。
それとは別に、持ち手用の縄が二つつけられ、そのうちのひとつをあなたはザカリーに握らされた。
「ちょっとまって……これだけ?! 命綱は?!」
「これが命綱だろ」
「手を離したら死ぬよね?!」
「ああ、死ぬな」
ゾゾゾっとあなたの背中に悪寒が走った。
こんな命綱とも言えない縄ひとつ。頼れるのは、自分の片手の握力だけ。
「こんなの、飛ばされちゃう!」
「風圧相殺の魔法をかけてやるから、手さえ離さなきゃ死なねぇよ」
「魔法……それ、信用できるものなの?」
「魔力さえ切れなきゃ大丈夫だ。飛べ、ランプ!」
ザカリーの言葉に、ランプブラックはむくりと起き上がる。
あなたの足元が不自然に揺れて、慌てて右手を紐に巻きつける。もう片方の手は、ちょうどそこにあったザカリーの左腕を引っ掴んだ。
ザカリーは飛ばされないようにとの配慮からか、あなたの後ろに立っている。
「足を肩幅に開いて踏ん張れ。前傾姿勢にはなるなよ。風を受け流すように、上半身を反らせ」
「風は魔法で感じないんじゃなかったの?!」
「完璧な相殺は無理だ。俺は魔法が苦手だからな」
「やだ、何それ! 怖いんだけど?!」
「ほら、飛び立つぞ!」
バサリ、と音がしてランプブラックが宙に浮いた。
上下するエレベーターに乗っているようで、体が奇妙な浮遊と重力を繰り返す。
ザカリーの左手は縄に巻きつけられ、右手はあなたのお腹を抱えるようにして支えてくれている。
地上はどんどんと遠ざかり、気の遠くなるような高さと風圧があなたを襲った。
「風、風すごいんだけど?! 魔法は?!」
「もう使ってんだよ、これでも」
見ると、あなたの体の表面には、いつのまにか薄い緑色の膜が張られてある。
時速何百キロも出ているのだろうのに、車で八十キロ飛ばした程度の風圧で済んでいるのは、魔法のおかげなのだろう。それでも慣れていないあなたは、今にも吹っ飛ばされてしまいそうだ。
しかしザカリーが後ろから抱きしめてくれているおかげで、なんとか耐える事が出来た。
竜の巣村はあっという間に後方に消え去り、一山越え、二山越えた。
風圧と重力はすごいが、それもなんとか慣れてくると、周りの景色を楽しむ余裕ができる。
どこまでも青い空の中を、まばゆい陽の光に照らされ、風を感じながら駆け巡る。なんという贅沢だろうか。
「ここだ、降下するぞ。足が浮くから角にしがみつけ」
「ど、どうやって?!」
ザカリーはあなたの体を押し出すようにして、あなたとランプブラックのツノを密着させた。その後ろから、ザカリーがあなたごと包むようにツノを抱えている。
あなたの体はツノとザカリーにサンドイッチされ、ぎゅうっと圧迫された。
ザカリーの足が三回、ドンドンドンと踏み鳴らされたかと思うと、ランプブラックは急降下を始める。
重力はゼロどころかマイナスとなり、体が外に投げ出されそうになるのを、ザカリーがぎゅっと後ろから支えてくれる。
地上に降り立つ直前、ランプブラックがバサリと数度羽ばたいた。一瞬ググンと重力が掛かったかと思うと、ズズンと重そうな音を立てて着陸する。
ザカリーが飛び降りてトタッと着地した。
「降りろ」
降りろと言われても、あなたの身長以上の高さがある場所だ。
あなたはお尻をつけると、滑り台の要領でスルっと降り立った。大地というものは、安心するものだなとあなたは息を吐く。
「行ってこい、ランプ」
ザカリーがそう言うと、ランプブラックはグアアアアアアアンと雄叫びを上げて飛び上がった。
改めて景色を見ると、ここは滝のある場所で。
ランプブラックは、その滝壺へと戸惑うことなく突っ込んでいく。
バシャーーーーンと豪快な音が立ったかと思うと、キラキラした水滴がいくつもあなたに掛かった。
「冷たっ」
「気持ち良いだろ?俺らも足くらい浸かろうぜ」
そう言って川に近づくと、ものすごい滝飛沫に覆われた。
足を浸けるだけのつもりが、全身びしょ濡れだ。
ランプブラックは気持ちよさそうに滝に打たれていて、あなたにも分かるほど幸せそうな顔をしている。
「これが、竜の鱗洗い?」
「ああ。そうだが?」
「私、てっきりブラシかなんかでごしごしやるのかと思ってた」
「汚れが落ちない時はそうする時もあるけどな」
ランプブラックの鱗洗いはまだ時間がかかるようで、あなたとザカリーはそこから一度離れた。
ずぶ濡れになった服が体にへばりついて気持ち悪い。
後ろを向いてるから絞れと言われて、あなたは急いで服を脱いで絞った。
「もう良いか?」
「うん、大丈夫」
「悪かったな、考えなしで」
「本当だよ、もう……」
服が透けて下着が見えてやしないかと、あなたは少しドキドキしてしまう。
「どうだ、バキアは」
手懐けられる竜の中で一番獰猛と言われる種類の、バキア。
でも、思ったより怖くはなかった。こうして鱗洗いしている姿を見ていると、愛らしくさえあなたは感じた。
「うん、思ったより可愛いかも」
「巫女姫は、やっていけそうか?」
「巫女姫の仕事って、こんな感じなの?」
「まぁ、そうだな。基本的に危険な仕事は俺らに来るから、巫女姫はバキアと戯れてりゃそれでいい」
「へぇ」
巫女姫というからには、何か危険な事をさせられるのかと思いきや、そうではないらしい。
ザカリーは嘘のつけない男だとジェフも言っていたし、そこは安心しても良さそうだ。
「空を飛ぶのも、慣れればなんとかなりそうだし、多分大丈夫かな」
「じゃあお前は、誰かと結婚しなきゃならねぇが」
じろりと睨むようなきつい目で見られると、あなたの体はびくりと震えた。
「結婚……しなきゃいけないの?」
「習わしだ。したくねぇのか?」
「したくないわけじゃないけど、いきなりよく知りもしない人と結婚って言われても、誰が良いのか分からなくて……」
「まぁそうだろうな。ゆっくり考えればいいさ。ジェフも団長も優しいしな。ジョッシュもあれでなんだかんだと頼れる奴だ」
「あなたは? ザカリー」
あなたがザカリーを見上げると、彼は少し寂しそうに笑った。
「俺はやめとけ」
フイとザカリーはあなたから目を逸らし、ランプブラックを呼んでいる。
そして来た時と同じようにして、あなたはザカリーと竜の巣村に帰った。
***
ザカリーには、好きな人がいた……と、あなたは団長のシルヴェスターから話を聞いた。
その人の名前はナタシア。ジェフの母親である。
ナタシアとその夫のエルマー、そしてザカリーは幼馴染みだったそうだ。
しかしナタシアはエルマーを選び結婚した。ザカリーはその後何人かの女性と付き合っていたようだったが、全て上手くいかなかったという。
ある任務でナタシアとエルマーは命を落とし、ザカリーは二人の子どもであるジェフを引き取った。
シルヴェスターの話では、ジェフを一人前の竜騎士にするまで、自分の事は二の次で良いと思っていそうだ。
あれから何日も日が経って、あなたのザカリーへの気持ちは、日増しに膨らんでいる。
最初の印象こそ悪かったが、遠慮のない……そして嘘のない言葉があなたは好きだった。
言い争いをする事もしょっちゅうだが、それすら楽しい。
この世界で結婚するなら、ザカリーしかいない。そう思えるくらいなのに、ザカリーの反応は芳しくない。
ある夜、あなたは思い切ってザカリーの部屋を訪ねた。
話なら台所ですると言う彼を制して、強引に部屋の中へと入る。
「どうしたってんだ、いきなり」
「ねぇ、巫女姫は誰を伴侶に選んでも良いんでしょ?」
「ああ。この世界に来て最初に言葉を交わした四人なら、な」
「私……ザカリーが、良いんだけど……っ」
あなたは心臓が口から飛び出るんじゃないかと思うほど、鼓動を打ち鳴らして緊張する。
巫女姫の立場を、こんな風には使いたくなかった。けれど、それも仕方ないと思うくらい、ザカリーの事を好きになってしまっている。
「俺? いや、それは……」
「どうして? 一番最初は、まんざらでもなさそうだったじゃない! この家に来いって言ってくれたのだって、ザカリーで……」
「あー、まぁな」
ボリボリと頭を掻いたザカリーは、ふっと息を吐いてあなたを見た。
あなたは何を言われるのかと身構え、体は自然と硬くなる。
「正直、お前と結婚したい気持ちは俺にもある」
「へ?」
想像してた言葉と違って、あなたは拍子抜けた。
「え、じゃあ……」
「けど、自信がねぇよ。……お前は、俺以外のやつと結婚した方が、幸せになれる気がしてな」
「それは……今まで好きになった人と、上手く行ったことがないから?」
「かもな」
素直に認めるザカリーに、あなたは手を伸ばす。
そっと彼の頬に触れ、そのままゆっくりと唇を寄せた。
ザカリーは逃げも避けもせず、あなたの口づけを受け取ってくれる。
ちゅっと音がして離れると、ザカリーは複雑そうに眉間にシワを寄せていた。
「バカヤロウ。好きな女にこんな事されたら、止まらなくなんだろうが」
「私の事、好き、なの?」
「ああ、好きだ」
「だったら、良いよ?」
「煽んな。どうなっても、知らねーぞ」
あなたはザカリーにグイッっと抱きしめられ。
そのまま、ベッドへと深く沈んだ。
どうぞ末長くお幸せに♡
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『40歳なのに召喚されて巫女姫になりました 〜夫を一人選べと言われたあなたの物語〜』
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