扁平な日常
「……であるからにして、この世界の現状は……」
壮年の男性が教壇に立っている。
興奮からか、その顔は少し紅潮していた。
彼はこのクラスの担任であり、社会科の教科担当でもある古河千鄙呂先生だ。
歴史の中でも、とりわけ古代史に関心のある彼は、度々授業から脱線し、古代史について自分の考察を混じえ、まるで雑談でもするかのように生徒に向けて語るのだ。
しかもその喋り方が一々仰々しいので、ついつい意識が向いてしまう。
「つまるところ、我々がこうして生きていられるのは、錬金術によって享受できる恩恵が深く関係していると考えられているが…」
少しだけ千鄙呂先生の目が見開いた様に感じたそのとき、授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り響いた。
「おや、もう終わりですか。えー次回は…」
千鄙呂先生はそう言って、少しの名残惜しさを見せながらも、端的に連絡事項の共有と挨拶を済ませ、教室から出ていった。
大きく深呼吸をして、身体を伸ばしながら、先生の言葉を反芻し内容をノートにまとめる。
徐々に教室内や廊下、隣のクラス等から聞こえる喧騒が大きくなりはじめた。
誰が言ったのだろう、「卒業」「未来」という言葉が聴こえたせいだろうか。
いつもは深く考えずノートにメモを取る程度なのだが、何故だか今日は先程の千鄙呂先生の話について、ぼんやりと考え込んでしまっていた。
季節は2月も終わりに近付き、もうすぐ春休みを控えているものの、まだまだ寒さを残しているため、ストーブが教室の隅にポツンと佇んでいる。
換気をするために開かれている窓から入ってきた、まだ冷たさを残した風がカーテンを揺らしている。
バサバサと音を立て膨らんだかと思えば、今度は静かに縮んだりを繰り返している。
その複雑で頼りない波に似た動きに、どこか時間の流れのようなものを感じ、ぼーっと眺めながら遠い昔の世界はどんな風だったのだろうか、と思い馳せる。
歴史の教科書には、今よりもずっと昔、この星には竜や妖精といった今では幻想の存在や、獣人やエルフなどの人型の異種族、更には人でありながら魔法を行使する者も存在していたらしいのだ。
現在は滅びたとされる彼らは古き民と呼ばれており、世界中で様々な伝承や教養として語り継がれている。
そして、長大な寿命や強大な力を持つそんな彼らが滅びた原因は、種族間の争いによるものではないかと言われている。
大きな力を持つもの同士による争いは、この星にとって毒でしかなかった。
やがて海は枯れ、大地は死に、風まで腐敗して。
その影響は今でも色濃く残っており、現在進行形でこの世界は少しずつ滅びに向かっているとされている。実際に、人が住める土地はここ日本を除いて数ヶ国しか残っていない。
そうした話譚に思いを巡らせてみると、大戦中どのようにして非力な人類が生き延びていたのか、誰もが疑問に思うであろう。
そこで人類史をよく調べてみると、大戦が始まる少し前から世界各地で不自然な事象が観測されるようになり始めているのだ。
曰く、岩から金が生成された。
曰く、生命を持たない人間が出現した。
曰く、力を持たざる者が魔法を行使した。
これら不自然な事象と、人類が生き延びたのは、恐らく錬金術が深く関係していると考えられており、また今日でも日本などで人が暮らせる土地があるのは、こうした錬金術の恩恵を受けているからだと言われている。
では、何故世界は今も衰退しているのか?
それは偏に、過去の錬金術の技術や知識が歴史に埋もれていったからであろう。
現に、今や義務教育となっている錬金術ではあるが、行使できる者は稀であり、またそうした者は皆都心の最先端の施設で日々研究に明け暮れている。
世界や人々の暮らしを見る限りその成果は芳しくはなさそうであるが……。
そんな風に思考の海に沈んでいると、暫くして目に映る人影が少しずつ疎らになっていく。
鳴り響くチャイムの音でまるで現実に引き戻されたように錯覚しながら、次の授業の準備を始めた。
続きます