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朝の激闘シリーズ

朝の激闘 2 決戦は喫茶店

作者: 光が丘 新

 おかしい…。さすがにこれはおかしい。


 私がこの喫茶店に入ったのがAM8:15。メニューをじっくり吟味し、その中から、コーヒー・バタートースト・ハムエッグがセットになった「モーニングセットB」を注文したのがAM8:20。そして今、時計の針はAM8:50。


 注文してからもうすでに30分が経過した。私の持ち合わせている常識では、オーダーから30分を超えて料理を提供していいのは、釜飯の名店か老舗の鰻屋、もしくは打ち立てを提供する頑固な蕎麦屋だけだ。


 これはひょっとして注文が通っていない? いやいや、僕のオーダーを取ったあの店員さんはおそらくこの店の「ベテラン店員さん」だ。年の頃はおそらく40代中盤、服装は制服ではなく自前の仕事着。髪もきちんとまとめてピンでしっかり止めている。会話もスムースで、僕が人気メニューを訪ねたときも、躊躇なく「モーニングセットBです」と答えてくれた。厨房で忙しく鍋を振るうマスターにしっかりオーダーを通してくれているはずだ。


 さて、どうしたものか。今、オーダーが通っているかどうかを確認して、その直後にモーニングセットBが運ばれて来たら、これはかなり気まずい。あのベテラン店員さんも自分の仕事が疑われたと感じ、意気消沈してしまうかもしれないし、ベテランのプライドを傷つけてしまう可能性だってある。


 少し冷静になろう。そもそもこの喫茶店は割と混んでいて、空席もほぼない。この状況で客から多種多様なオーダーが入ってしまえば、ひとつの調理にかなりの時間を要するのも仕方がないかもしれない。周りのお客さんもよく見ればみんなおっとりしているようだ。料理の提供が遅いのもこの店の気風なのかもしれない。


 この店の気風は理解したが、だからと言って安穏と待っていられない事情が私にはある。私がクライアントと待ち合わせしているのはAM9:30。ここからの移動を考えれば少なくてもこの店を9時に出なければ待ち合わせ時間に間に合わない。


 すでに時計の針はAM8:55を指している。これはもうあのベテラン店員さんを呼んで確認しなければならないぎりぎりの時間だ。私は意を決して、すっと右手を挙げた。そして、あまり大声にならないように「すみません…」と、ベテラン店員さんに声をかけた。「はい!」と元気よく笑顔で近づいてくるベテラン店員さん。その笑顔を見た僕は少し心が痛んだが、仕方がない。


 ベテラン店員さんに料理の進捗を訪ねようとしたそのとき、僕の目に驚くべきものが飛び込んできた。ベテラン店員さんの右胸につけられた縦3センチ、横5センチくらいのプレート。そこに書かれていたのは手書きで「研修中」だった。


 おそらく何かの間違いだろう。私は気を取り直して、「おそらくベテランの店員さん」に聞いてみた。「あの、私のモーニングセットBがまだ来ていないのですが…」 すると、みるみるうちにおそらくベテランの店員さんの顔色が変わった。


 「すっ、すぐに確認してきます!(小声で)またやっちゃった…」


 え? なんですか、その小声で「またやっちゃった」ていうのは?


 私は、おそらくベテランの店員さんの姿を目で追った。おそらくベテランの店員さんは、慌てた様子で厨房内のマスターに駆け寄り、何かを話している。直後、おそらくベテランの店員さんはペコペコと頭を下げ始めた。


 その姿を見た私は、すべてを理解した。テーブルの水を飲み干し、席を立とうとした私に、「間違いなく素人の店員さん」が小走りで駆け寄ってきた。「お客様あぁぁ! すぐに、すぐにお作りいたしますのでえぇぇ!」


 私は、間違いなく素人の店員さんに軽く会釈をし、その店を後にした。私はモーニングセットBに負けたのだろうか。いや、私はあの店員さんに負けたのだろう。


 時計の針は9時を指していた。私のおなかはグーグー鳴っていたが、とりあえず待ち合わせの時間にだけは間に合いそうだ。 


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