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041 嘘は、暴かれる

 「事が全て終わったら、エリーゼ嬢には褒美を与えないといけないな」

 「全くです。私からも何か贈らせて欲しい」


 満足そうな顔でアラン殿下とザレイン伯爵が話す。二人の声を聞きながら、私の口元はニマニマと上がっていた。

 誰かに褒められることは、とても気持ちがいい。

 応接室のソファーに腰掛ける二人の顔を眺めてしまう。両脚をパタパタと動かしていた。


 「本当に、よく頑張ったね」


 隣に座るハンナ様が頭を撫でてくれる。件の騎士の尋問に立ち会ったときに手を繋いだが、その手は今も離されてはいない。何となくキュッと握りしめていた。


 庭から応接室へ移動したのは二時間前のことだった。すでに太陽は沈み始め、夕闇が広がっている。

 建前としてはアラン殿下とザレイン伯爵の会談。しかし、その実態は件の騎士への尋問だった。参加したのは、アラン殿下とザレイン伯爵に、ハンナ様と私、ザレイン伯爵直下の騎士の五人。残りのアラン殿下の騎士たちが、応接室の前でドアを固めていた。


 ザレイン伯爵の騎士に呼び出された時点で、件の騎士も覚悟は出来ていたのだろう。何があっても話さない、そんな強い意志が感じられた。

 事実、ザレイン伯爵は……騎士を殴りつけていた。国家への反逆、その可能性を考えれば手荒な対応となるのも仕方がないのかもしれない。私としては、刑が確定する前に制裁を下すのには反対だけれども。


 一方で、アラン殿下は流石に情報を多く持っていた。件の騎士が聞かれたくない質問ばかりを積み重ねていく。

 件の騎士は表情も口調も良く隠していたと想う。でも、私の瞳を誤魔化すことはできていなかった。どうして尋問の場に私の同席が許されているのか、その理由がわからないのだから当然の結果とも言える。


 私が騎士の嘘を暴き、アラン殿下が更に責め立てる。そうして、少しずつ核心に近づき、今や明らかになっていた。

 ――ザレイン伯爵家内の裏切り者は誰か? 裏切りの目的は何か?

 その当事者を呼び出しに、ザレイン伯爵家の騎士たちが向かっていった。もう数分も経てば、この場で再び尋問が始まることになるのだろう。


 私も、もうひと頑張りしなくてはならない。それはわかっているのだが、尋問の途中から本当に良いのか少しだけ悩んでしまっていた。

 正直に言えば、尋問を遮って、何度もアラン殿下に訊ねたくなったのだ。

 私がこの場で話を聞いていても本当にいいのですか、と。尋問内容から王国の動きがどうしてもわかってしまう。例えば、王国への収支報告を偽ったゼブラ子爵家への強制調査を検討している、などだ。


 カルラ様が捕まらないならば、別の切口からセブラ子爵家を責める。それは正しいことだと、私も想う。

 きっと証拠を完全に消し去ることは難しいはず。収支報告を正す目的とは別に、サティプラを悪用した証拠を掴む。陛下たちの決断は上手くいくのではないだろうか。


 後手にまわっている現状、問題を解決するために使える手は全て使うべきだ。

 私の知る限りでも、クラウディア様とベルント様が既に被害者となっている。一人は次期王太子妃、もう一人は辺境伯家の嫡男。どちらも将来の王国を支える要で、誰かの操り人形になられては困るのだ。

 それに、二人だけに使われているとは限らない。他の誰かにも使われていると見るのが正しいのだろう。


 誰に使われたのか、王国としては早々に把握したいはず。操られたとは言え、王国への裏切りを働けば裁かないわけにはいかないのだから。

 ……もっとも、クラウディア様の豹変さえ治まればいい。そんな考えの私は政治には向いていないのかもしれない。




 コンコン、唐突にドアを叩く音が響く。室内の雰囲気は一気にピリピリしたものへと変わる。全員の表情が険しくなった。


 『領主補佐官殿をお連れ致しました』


 ドア越しに騎士の声が響き渡った。その瞬間、ハンナ様に手を引かれ、私は無理やりに立たされる。引き摺られるように、アラン殿下とザレイン伯爵の後ろに連れて来られていた。

 繋いだ手をハンナ様が強く握りしめる。それが、とても痛かった。


 「エリーゼ嬢、お願いできるか?」

 「……少し待ってください。…………もう、大丈夫です」


 アラン殿下に求められるままに、私は瞳に魔力を注ぎ込んでいく。心配そうな顔のハンナ様に、ニコリと笑って見せた。

 私が握り返すと、ハンナ様の手から力が抜けていく。それでも、私を心配する気持ちは変わっていなかった。


 ザレイン伯爵が私たちの顔を見つめる。そして、大きくひとつうなずいた。


 「入室して構いませんよ」

 「……失礼いたします」


 一拍置き、カチャリとドアが開かれる。その瞬間、私は顔を顰めてしまった。

 現れた長身の男性が向けるのは、嘲笑に満ちた視線。不愉快な感情は、温厚な笑顔で見事に隠されていた。

 スタスタと歩き、アラン殿下とザレイン伯爵の真向かいのソファーに腰を落とす。その姿に緊張した様子は見られない。どちらが尋問する側なのか、わからなくなるほどだった。


 重苦しい沈黙が数十秒ほど続いた後、ザレイン伯爵が低い声で問う。


 「エルムント、貴方は何を隠しているのですか? 正直に答えなさい」

 「……領主様、何を言っているのですか?」


 不思議そうな声で男性は訊ねる。実に、白々しい。件の騎士、その次に呼び出されたのだ。何かあると考えてもおかしくはないだろうに。

 私の瞳の前では、男性の嘘なんて意味はない。私はつま先で、トンと一度だけ床を叩いた。


 「魔の森を封じる門が壊れればどうなるか……それがわからないほど、貴方は愚かではないでしょう?」

 「……私に、反乱の意志があるとでも言いたいのですか?」

 「違うのですか? 貴方が、セブラ子爵家の騎士を雇ったと聞いていますよ。王国を裏切った、反逆者たちの手下を、ね」


 私は再びつま先で音を鳴らす。件の騎士から聞き出した内容に間違いはなかった。エルムントは――王国の敵だ。


 「私が本当に、そのようなことをすると考えているのですか?」

 「ええ、考えていますよ。……残念です、本当に」


 ザレイン伯爵が大きなため息を吐き出す。


 「わ、私は、反乱などと……」


 小さな声でつぶやきながら、助けを求めるような視線をエルムントは投げつける。その心が憎しみと怒りで染まっていなければ、同情の余地も少しはあったのかもしれない。

 トントン、私は連続で床を叩く。

 反乱を企んでいる、そうエルムントの言葉を否定した。その瞬間、部屋の中の空気が重苦しく、殺気立ったものに変わっていった。


 繋いだままの手をハンナ様が強く握りしめる。そして、私を背中に隠すようにそっと前へ踏み出していた。

 室内の誰一人として味方にならないと察したのか、エルムントは苛立たしげに頭をがりがりと掻き始める。感情を覗き見なくとも、殺気立っていることは明らかだった。


 「――認めますか」


 ザレイン伯爵の警戒に満ちた声が室内の沈黙を破る。ハッと顔を上げたエルムントは、一瞬だけ泣き出しそうに顔を歪めた。……いや、私の気のせいだろうか。

 怒り顔のエルムントがパクパクと口を動かす。

 今まで気づく予兆すらなかったことが、突然に暴かれたのだ。動揺もあるのだろう。謝罪の声はもちろん、罵倒の声も聞こえては来なかった。


 パクパク、モニュモニユ、パクモニュ……。

 どこかで見たことのある動きだと呆けていたのは数秒間。急にハンナ様の手から力が抜けていった。


 不思議に想ってひょっこりとハンナ様の背中から顔を出す。その瞬間、私の顔はクシャリと歪んでいた。

 真っ黒に染まりつつある感情に、醸し出されるどこか人形めいた雰囲気。

 嫌な予感が頭を巡る。衝動のままにエルムントの顔を見つめてしまう。歪んだ顔は変わらないが、一心にハンナ様を見つめる瞳が歓喜の色を宿していた。


 ゾクリ、嫌な予感に背筋が凍りつく。


 「――ハンナ様!」


 考えるよりも先に、ハンナ様の腰を目掛けて飛び掛かっていた。

 声に反応したのか、一瞬だけ私とハンナ様の視線が交わる。いつもの笑顔はどこにもない。敵意が向けられたと私が気づいたときには、ハンナ様の手は振り下ろされていた。


 「――っ」


 左頬を叩かれ、甲高い音が響く。繋いだ手は振り解かれ、追撃と言わんばかりにお腹を殴りつけられていた。

 両脚で身体を支えられずに、私は床に崩れ落ちる。お腹を押さえて小さく身体を丸めていた。勝手に零れる涙で視界はぼやけていく。ゴホゴホ、と何度も咳き込んでしまう。


 痛みを堪えて、私は顔を上げる。人形のようなハンナ様の指先が動き、魔法陣が描かれ始めていた。


 「止めろ、ハンナ!」


 アラン殿下は鋭く叫ぶと同時に、ソファーの背もたれに手を置き、その手を軸に回転蹴りを繰り出していた。

 風に吹かれるように、ふわりとハンナ様は後退していく。応接室の窓際に立ち、無表情に見つめていた。魔法陣を描く指先は動き続けている。


 「裏切り者が見つかりましたね。領主様は、あの女に騙されていたのです!」

 「――この愚か者が!」


 ザレイン伯爵が一喝する。その後、エルムントと口論を始めたようだが、私にはどうでもよかった。


 私は震える両脚で立ち上がる。睨み合うハンナ様とアラン殿下の間には、一触即発の空気が漂っていた。いつの間にか、二人とも魔法陣を描き終えている。

 攻撃のタイミングを見計らっている、それは戦闘下手な私でもわかった。

 弱い私は、大人しく守られていればいい。邪魔になると頭ではわかっていた。それでも、踏み出す脚は止まらなかった。


 「ハンナ様、止めてよ。アラン殿下は、敵じゃない。違うんだよ」


 留めようとアラン殿下が片手を横に伸ばして道を塞ぐ。しかし、私はその優しさを無視する。呼び止める声も、聞こえない振りで歩き続けた。

 距離は三メートルも離れていない。この距離で魔法を使われれば、私には回避も防御も不可能だろう。怪我だけでは済まないかもしれない。


 一秒……二秒……三秒……。

 時間の流れが、やけにゆっくりと感じられる。ハンナ様との距離は、手を伸ばせば届くほどに近くなっていた。

 それでも、感情の消え失せたハンナ様の瞳に、私の姿は確かに映っていた。


 「助けろ、小娘!」


 ふいに誰かが大きく叫ぶ。誰に向けた言葉なのか、それは瞬時に理解できた。だから、私は命じることに躊躇しなかった。


 「――私に、従いなさい!」


 暴力的な勢いでハンナ様の感情は黒く染め上げられていく。結果的には、エルムントと同じことを私はしている。

 どちらがハンナ様を支配できるか、そんな競い合いをするつもりはない。でも、負けるつもりはなかった。


 「早く助けろ! 何をしている! 助けろと、言っているだろ!」


 何度も何度もエルムントが叫んでいるが、ハンナ様に動く様子はなかった。


 「魔法を消して。闘う必要は、どこにもないから。……私と一緒にいて」


 私が命じれば、ハンナ様は従う。描かれた魔法陣は霧散していった。

 うるさいエルムントをザレイン伯爵が黙らせたのか、数秒も経たない内に室内は静かになる。重苦しい雰囲気だけが残されていた。


 「エリーゼ嬢、話を聞かせてもらえるか?」


 アラン殿下は警戒心に満ちた眼差しを送っている。自然とハンナ様が視線を遮るように、私の前へ動いていた。

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