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021 怯えと安堵……嘘つき二人

 ディルクは悪態をつきながら身体を暴れさせる。しかし、地面から無数に咲いた土人形の腕に押さえつけられ、逃げることは叶わない。

 そんな喧騒をよそに、クラウディア様とハンナ様は黙り込んだまま互いに見つめ合っていた。


 一人は、相手の気持ちがわからず困惑を貼りつけた表情。

 一人は、長年の迷いが晴れたようなスッキリとした表情。

 二人の様子はあまりにも対照的だった。


 「クラウディア様、少しだけ待っていてくださいね」


 ハンナ様が満面の笑みで告げる。困惑顔のクラウディア様は「……わかったわ」とかろうじて答えるだけだった。


 何をするのだろう? ズキズキと痛む身体に鞭を打って、必死に覗き込む。

 拘束されたディルクのそばでハンナ様は座り込み、顔を覗き込んでいる。その様子を見て、私は想わず顔をしかめていた。


 ディルクと敵対したハンナ様が裏切るとは想わないが、意図が読めないことに不安を覚えてしまう。

 私も噂に毒されているのかもしれない。ハンナ様の人柄を知っていても、信じきれない懐疑的な私がいた。




 寝そべった私からはハンナ様の背中しか見えていなかった。

 もう三分は経っただろうが、ハンナ様とディルクが何をしているのかは見当もつかない。


 クラウディア様の迷いも晴れていないのか、そわそわと落ち着かない様子だった。背中にまわした両手を組んだり崩したりを繰り返している。

 だから、急に立ち上がったハンナ様に、私とクラウディア様は仲良く肩を跳ね上げていた。


 「わかりました、クラウディア様! これで、もう大丈夫です!」


 ハンナ様は何かをやり切った爽やかな表情で言う。その軽快な足どりは、飼い主に褒められたがる子犬を彷彿させる。笑顔のハンナ様に反して、クラウディア様は戸惑いに満ちた声で訊ねた。


 「……何が大丈夫なのかしら?」

 「クラウディア様を苦しめている豹変についてです!」

 「――えっ」


 クラウディア様の口からは驚きの声が漏れる。私もハンナ様を凝視していた。


 「……貴方は、何を言っているの?」

 「やっと、わかったんです。クラウディア様を狂わせている理由が」


 力一杯に答えるハンナ様の声に、私の心で燻ぶっていた疑念は強くなっていた。

 少し冷静になって考えてみると、ハンナ様の根拠はディルクから聞き出したものに違いない。でも、犯人が簡単に真実を口にするだろうか? それもたった数分間の尋問で、だ。


 王太子殿下の婚約者を害したのだ。企みが暴かれれば、重罪に処されることは確定したようなものだ。

 私が犯人だったら絶対に自白なんてしない。ディルクについて私は何も知らないが、素直に罪を認める性格だとは想えなかった。


 クラウディア様も納得できないのだろう。ハンナ様の言葉を受け入れて、喜んでいるようには見えない。


 期待と異なる低調な雰囲気に、ハンナ様の笑顔は少しずつ曇り始めていた。


 「信じられませんか?」

 「……ハンナ様、貴方がどうして私の悩みを知っているのか、それを今は聞かない。でも、私がいくつもの検査を受けて、それでも原因がわからなかったことは、貴方もわかっているのでしょう?」


 アラン殿下はクラウディア様を溺愛しているのだ。王国でも最高の魔法士や医者に、クラウディア様を診察させたに違いない。

 学生と専門家、どちらの言葉を信じるかは明らかだ。それも心を操作されている、そんな重大事ならば尚更だろう。慎重に慎重を重ねて判断するのは当然で、とてもではないがハンナ様の言葉を鵜呑みにすることはできない。


 ハンナ様も疑惑は当然と受け入れているのか、驚いた様子は見られなかった。しかし、考え込むように黙り込んでしまう。


 数秒後、ハンナ様は私をジッと見つめて微笑む。それから、クラウディア様に顔を向け、堂々と言い放った。


 「私が、クラウディア様を豹変させてみせたら、信じてくれますか?」

 「……貴方にできる、と?」

 「残念ですが……誰でもできると想われます。エリーゼに証人となっていただきますが、構いませんか?」

 「エリーゼならば公言しないから……試してもいいわ」


 クラウディア様は躊躇いがちに答える。その声はどこか震えて聞こえた。




 そうして私のそばに座ったクラウディア様とハンナ様は、申し訳なさそうに顔を歪める。二人は満足に傷の手当てができないことを謝り、もう少しで救援が来ることを教えてくれたのだ。そのうえで、私に証人となることを求めてきた。

 ズキズキと痛む首で小さくうなずくと、二人揃って泣き出しそうな顔でお礼を言ってくれた。


 性格も容姿も似通ったところはないのに、二人の行動は似通っている気がする。これは、私の気のせいだろうか。

 姉妹と考えるならば、妹役はハンナ様かもしれない。いや、クラウディア様が妹役でも違和感はない……?


 緊張感が漂う中、気を紛わせるように私はボンヤリと考えていた。

 目を閉じてハンナ様は再び黙り込んでいる。恐らくディルクの証言を、心の中で確認しているのだろう。


 「クラウディア様、始めますね」


 小さく息を吐き出した後、ハンナ様がキッパリと告げる。クラウディア様は無言でうなずき、私は二人の姿を注視する。瞳には魔力を集中させていた。


 気丈なクラウディア様の心は不安一色だった。ハンナ様は、悲しみと後悔……?

 疑念が脳裏をよぎるが、思考の外に無理やり押し出す。そして、ハンナ様の顔をジッと見つめる。しかし、いつぞや医務室で使っていた魔法――クラウディア様の感情を飲み込む食虫植物は現れなかった。


 ――パクモニュ、パクパク、モニュモニュ……。


 声もなくハンナ様の口が蠢いている。これは、一体何をしているのだろう? ふざけているのだろうか?


 呆れた気持ちでいたのは、ほんのわずかな時間だった。

 視界に映るクラウディア様の感情が大きく変わっていく。変な行動をするハンナ様に向けられた感情には、不安も不信もない。どうしてか信頼一色となっていた。


 「クラウディア様は……私の命令を聞いてくれますか?」

 「はい、私はハンナ様に従います。何なりとお申し付けくださいませ」


 満面の笑みで答えるクラウディア様。ハンナ様は、それ以上は何も言わずに目を伏せていた。


 目の前の光景を冗談だと想いたかった。しかし、ハンナ様の不興を買ったと勘違いしたのか、縋りつくように謝罪するクラウディア様を見てしまうと……信じるしかなかった。


 アデリナ様の予想通りならば、クラウディア様はサティプラに毒されている。そして、豹変のトリガーとなるのは唇の動きなのだろう。アデリナ様の土人形が手拍子で動きを変えたのと、現象としては同じに違いない。


 いや、こんな考察は現実逃避にしかならない。大切なことはたった一つ、もし洗脳できると知られればクラウディア様は王太子妃になれない。王国の害となるならば、クラウディア様はアラン殿下の婚約者の資格を失う――。


 「クラウディア様、少し離れていてください」


 弱々しくハンナ様がつぶやくと、慌てた様子でクラウディア様が立ち去った。


 わかってはいたが、ハンナ様の命令に従うクラウディア様なんて見たくはなかった。セレナが憧れる凛々しいお姉様は、どこか遠くへ消え去っていた。


 「エリーゼ、私はどうしたらいいと想う?」


 ハンナ様は涙を流しながら私を見つめていた。


 「私は、クラウディア様を助けたい……守りたいの。だから、命の危険があるならば、王太子妃から降りてもいいと想っている。傀儡の王太子妃なんて、幸せになれないって、私は知っているから!」


 絞り出すような声で話していたハンナ様が大きな声で叫び、地面にこぶしを叩きつける。悔しそうな怒り顔でこぶしを睨みつけていた。


 「……ハッ…………ン、ナ……サ……マ」


 私のしわがれた声に、ハンナ様はハッと表情を変える。そして、涙を堪えるように目を閉じてしまう。

 数秒後、涙で押し上げられたのか、ハンナ様のまぶたが開く。涙が止めどなく零れ落ちていた。


 「でも、クラウディア様が、アラン殿下を愛していることを……私は、知っているんだ。真実を告白したら、クラウディア様は幸せになれない」


 アラン殿下が望んでも、周囲は決して認めないだろう。

 クラウディア様を操れるならば、悪用する者は必ず出てくるはずだ。機密情報を聞き出すかもしれないし、自分たちが権力を掌握するように便宜を図らせるかもしれない。気にいらない相手に冤罪を被せて処罰させるかもしれない。


 少し考えただけでも、未来に不安を感じる。このままのクラウディア様がアラン殿下の婚約者であることは……国益に反する。それは、二人を引き離すには十分すぎる理由に想えた。


 「泣かないで、エリーゼ」


 涙目のハンナ様が優しく言う。そっと私の頭を撫でた。


 「責任は……私が負うわ。だから、エリーゼは何も考えなくていい。ただ、私の言う通りにして欲しいんだ」


 私の涙を拭って微笑むハンナ様。でも、口調からは否定を許さない、そんな強い意志を感じた。


 「クラウディア様の豹変は、私とエリーゼの二人だけの秘密にして欲しいの」


 真実を話しても不幸、隠しても不幸。

 どちらを選んでもクラウディア様は不幸になる。だから、ハンナ様は隠す方を選んだ。でも、それでいいのだろうか?


 正直、政治のことなどほとんど私にはわからない。クラウディア様が傀儡化したら問題になるのだろうな、その程度の認識でしかない。

 だからかもしれない、私は話すべきだと想ってしまう。全員にとは言わないけれど、少なくともアラン殿下には話すべきではないか――。


 しかし、満足に声が出せない私の想いはハンナ様に伝わらなかった。


 クラウディア様の暗示を解き、ハンナ様は間違いだったと深く頭を下げていた。

 安堵感に浸るクラウディア様の笑顔を見て、私の心はズキリと痛む。その笑顔を壊したくなくて、ハンナ様の決断を否定することができなくなっていた。


 「――クラウディア、ハンナ、どこにいる!?」


 唐突に響く男性の声。恐怖心が込み上げたのは一瞬で、すぐに誰が来たのか予想がついた。

 学園で嫌われているクラウディア様を助ける人物は限られている。私の知る限りでは、アラン殿下とセレナの二択だ。声の主が男性であるならば、アラン殿下しか考えられない。二人の話していた救援の到着だった。

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