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部屋の壁には大きな地図が貼られていた。たくさんの書き込みがされていて、所々にイラストも描かれている。
しかしこの地図はフィオレンツァ王国のものではないようだ。
「これは魔王領の地図ですよ。端的に言うと私達は魔物誅伐なんてしません。わざわざしょぼいながらもお見送りパレードまでしたのは、国民に勇者の旅を信じさせて安心させるためです。」
「じゃあ聖剣の封印が緩んでたってのは何だったんですか」
「あれは嘘です。聖剣だって初代国王が振り回していただけのただの剣ですよ。そんなものに力はありません。ですが刃物を持っているのは危ないので今この場で私が壊しましょう。こちらに出してください。」
レオーネがニコニコと微笑みながらすっと手を差し出す。思わず聖剣を差し出しそうになったところで思いとどまる。
「刃物の扱いは心配ありません。あとただの剣でも一応持っておきます。帰ったら弟にも見せたいので。」
「…そうですか。まあいいでしょう。
先程言ったとおり魔物に敵対の意思はなく、封印が緩んで魔物が暴れるということもありません。私達はここで王国の人たちが安心できるまで暮らします。国内では他の人に狙われてしまいますから。」
しばらく話を続け、日が高くなった頃に解放された。部屋に戻り急いで荷物を纏める。幸い荷解きはそこまでしていなかったため直ぐに終えられた。レオーネの言う"迎え"が来るまでにはまだ時間がある。俺は近くを散策してみることにした。
宿を出て目の前の橋を渡る。途中橋の下で流れる川を覗きこんだが自分の姿が写っておらず肝が冷えた。渡り終えたところには大きな道があり、道沿いに様々な店が並んでいた。
(王都に似ているな。まあここにいるのは人ではなく魔物たちだかな…)
しかしいるのは人に近い見た目の者たちばかりである。体の一部が違ったり、肌が青かったりしているが概ね人間と変わらない。
目深にフードをかぶりながら歩いていると、後ろから誰かに強く裾を引っ張られ思わず立ち止まる。
「お兄ちゃんなんか変だね!」
大きな声に何事かと後ろを見れば目を輝かせながらこちらを見つめている小さな子供に気づいた。
突然の出来事に面喰いつつしゃがんで子供に向き直る。
「ぼくの名前はね、フィルっていうんだよ!美味しい料理はもちもち鶏の香草焼き!とっても美味しいんだよ!お兄ちゃんは誰なの!」
「俺はルイだ。えーと・・・フィルはどうしてここに独りでいるんだ?」
周りに保護者らしき人物は見当たらない。大方人ごみに紛れてはぐれてしまったのだろう。
「おねえちゃんがここで待っていてねって言っていたから、待っていたんだけど、お兄ちゃんがいたからついてきたの!お兄ちゃんは何でここに来たの?」
幸いこの子供_____フィルがその姉と待ち合わせたという場所はここからあまり離れておらず、俺はとりあえず一緒に戻ることにした。
結局俺は服の裾をしっかり握って放さないフィルの話を聞き続けることになった。もちもち鶏の香草焼きの素晴らしさをほどほどに聞きながら待っていると女の子がすっ飛んできた。レイラと名乗ったその子がフィルの姉らしく、彼女は俺にお礼といって立派な何かの苗をくれた。
野菜を片手に宿の前に着くころには高かった日は傾いていた。
「ルイ様!遅かったですね。どこをほっつき歩いていたんですか?もう迎えは来ていますよぉ。さっさと荷物を持って降りてきてください。」
急いで荷物を取って戻り、レオーネとともに迎えの馬車に乗り込んだ。