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フィオレンツァ王国
古の恐ろしい魔物が"勇者"によって封印されたとされる土地だ。
王都の広場に刺さっていたこの剣の下に魔物の魂が眠っているのを見た人がいるとかいないとか。魂って目に見えるものなのだろうか。
安全なら弟にも見せてやりたい。そんな機会はもう無いだろうけど。
姿勢を崩さずに目の前で起きていることとはあまり関係ないことを考える。
幸い肉体労働には慣れているため姿勢の維持はそこまで苦しくない。
そっと目線を下げ、きらびやかな剣を見る。柄にはめられているのは立派な赤色の宝石だ。
(本当に"勇者"というものになるんだな…)
王都から遠く離れた故郷の農村は、広大な自然に囲まれている。数日前に広場の剣を引き抜いた自分がその景色をもう一度見ることは無いだろう。これから勇者として危険な場所へ放り出されるからだ。
(いやいやいや、本当に無理。俺ただの農民!抜けたのもなんかの間違いなんだろ!)
魔物は燃える爪で敵を燃やし、鋭い吐息で敵を刻み、凍った鱗で敵を凍らせるという。そんなやつらが一匹ではなくわんさかいて、それを全て倒すのが勇者の役目だ。
剣の力で大抵の魔物は倒せるらしいが剣を抜く前に襲われたらどうしたらいいのだろうか。やはりとっとと逃げ出したい。
ようやく式が終わり、部屋に戻って一息つく。必要なものはほとんど揃っており、儀式も終えた。俺は明日旅に出る。
「つまり今夜がまさしく最後の晩餐ってやつですね!」
天井からにゅっと生えた女がにこにこと笑顔を浮かべながら喋る。
「縁起でもないことをおっしゃらないでくださいレオーネ。」
「えー、でも実際即死してしまいそうなんでしょう?それなら今日が最後になるじゃないですかぁ。」
よっと言いながら女―――レオーネが床に着地する。
「というか、そんなことしてみっともないでしょう。それでも気高い女性ですか。」
「ええ、立派な王女様ですよぉ。ほら」
青い耳飾りをこちらに見せつけてくる。
「そういうことじゃなくて振る舞いが……はあ。それで何しに俺の部屋に来たんですか?」
「ああ、暇なので遊びに来ました。」
「帰りやがれ」
血筋だけは立派な王女様をどうにか追い出し、ベッドに腰掛けながら剣を灯りにかざす。
抜いた直後は自分にはその力があると思い込んで舞い上がっていたが、実際は封印が緩んで抜けやすくなっていたらしい。
しかも神官達もそれに気付いていて本当はもっと別の人に抜かせるつもりだったという。それをちょっとした事故で抜いてしまい色んな計画が崩れた今、俺は多くの恨みを買っている。勇者候補だった王子様の視線が痛い。
それでも抜けたことは事実。そして魔物の封印も緩んでいるのも事実。神官たちは俺を名目上は勇者、実際は捨て石として旅に出して現状を把握し、丁度いいところで魔物打破の利益をかっさらうつもりらしい。
この話を教えてくれたのはレオーネ。最初こそ疑ったものの実際、神官にも王妃にも王子にも物凄い目線を向けられている。
レオーネは俺の旅に共にくる予定の王女様。本人曰く"最も邪魔な存在"。王家のお家事情とやらで立場は弱いものの、魔力がそれなりにあるので、俺が変なところで死なないようサポートする。
(ワケあり王女様に名前だけの勇者ねぇ…何にせよ俺は、弟に被害がなければいい。)
剣をしまい灯りを消して俺は瞼を閉じた。