1-8
翌朝、冒険者ギルド。
「昨日は結局一日中読書していたんですね…」
「はい、情報は命ですから。疎かにして怪我したくありませんからね」
「それにしても普通は、初めての仕事だ!とか意気込むものです…本日も読書ですか?」
「いえ、本日は依頼を見に来ました」
読書ばかりしてては、軍資金があっという間に尽きてしまう。魔物狩りをしてビッグボアなどの肉を売ればある程度安定して稼げるので、焦ってはいないが。
「すみませんが、本日は初心者1人の方向けの依頼はありません。常時出ている討伐依頼や、採集依頼をこなすと良いですね」
日曜大工や家事手伝いなど、日雇い派遣みたいなら依頼はあるが、 これらは主に孤児の子どもの小遣い稼ぎ用。
健人が受けたい初心者向けの依頼は、そんな都合良く出てくるものではないらしい。誰でもこなせることをいちいち依頼なんてしない、ということだ。
「では、行って来ます」
「はい、ご武運を」
◇
昨日読んだ本の通り、街のそばの林に30分ほどかけてやって来た。気配遮断を使用しているためか、声をかけられることもなかった。
道中、ちらほらと駆け出しの冒険者らしき人たちがいたが、1人で行動している人は、自分以外は見かけなかった。
そのまま林の中に入る。木の間隔は狭くなく、足元も安定している。ハーゲンと狩りをしていた森の方が鬱蒼としていままめ、移動しやすそうだと感じたが、同時に隠れる場所もないので、気を引き締める。
生命探知と魔力探知を起動する。
ゴブリンかどうかは分からないが、3つの反応が100メートルほどの距離にあったため、少ない木を使って慎重に隠れながらその方角に移動する。
50メートルほど距離を詰めたところで、3人のゴブリンを視認した。小柄で武装もほぼしていないことも確認。
(下っ端だな。3人。不意打ち出来れば2人まで削れる。やる。やれる。やれる)
自己暗示のように、やれる、と心の中で繰り返す。
魔物狩りの経験はあるが、人型の、魔人の討伐経験はない。
動物の姿をしているのか、身長1メートルほどの醜いゴブリンとはいえ人型の姿をしているのか。実際にゴブリンを目の前にすると、この違いは思った以上に大きいかった。
そして、背後に回り込み5メートルほどまで接近。茂みに隠れてタイミングを計る。まだ、気付かれてない。
(やらなきゃ、やられる。ゴブリンは人と同じく左胸に心臓がある。そこを、狙う)
青藍を抜き、覚悟を決める。気配遮断は、維持したまま。
隠密行動を心がけつつ、飛び出す!そして、背後から心臓を一突き!そして茂みに向かってバックステップ。
「グエェッ…」「「ギェッ!?」」
ドサッ…
ゴブリンのうち1人は、即死。
他の2人は不意打ちで仲間が死んだことに動揺しているようだ。
(うん。やれる。そして僥倖、まだ気付かれていない)
そう、ゴブリンたちは辺りを警戒しているのだが、健人を見つけられていないのだ。
気配遮断、隠密行動スキルの威力を改めて実感する。
そして少し様子を見て再度飛び出す。
(よし、今だ!)
ゴブリンを背後から再び一突き。こちらも即死のようで、崩れ落ちる。
しかし、最後の1人に気付かれる。
「ギェェェッッ!!」
仲間の仇だと言わんばかりに持っていた棍棒を振り回すが、流石にそれに当たるような馬鹿な真似はしない。一旦数メートル離れて、様子を見る。
(さて、最後はタイマンだね)
もう一度隠れてから不意打ちする方が確実とは思うが、対魔人戦の経験を積まないとと思う健人は、真向勝負を選択。
ひとしきり棍棒を振り回し、落ち着きを取り戻したゴブリンと、姿勢を低く構える健人。
先に動いたのはゴブリン。特に捻りもなく真っ直ぐ走って来て、真上から棍棒を振り落とす。
しかし健人が思った以上にスピードが速かった為、慌てて横に、柔道の受け身のようなイメージで回避。ローリングみたいな回避行動は初めてだが、ゲームで良く見ていたためか意外と上手くいく。
振り下ろした棍棒を掲げ直す前に、しゃがみ込んだ状態から一気に踏み込み、青藍で横腹を切り裂きにかかる!
「ギェェ!!!」
気付いたゴブリンは棍棒を捨てて回避しようとするが間に合わず、傷を付けられる。が、数センチしか入らず、かえって激昂してしまったようだ。
棍棒は足元にある。ゴブリンと反対方向に蹴り、遠ざけた。
(怒ってる、怒ってる。でも武器は持ってない…ッッ!?)
武器はもう手元にない、大丈夫、と一瞬油断した隙に、ゴブリンは足元の石をいくつか拾い、顔目掛けて投げつけて来た!
小石ではあるが目に当たれば最悪失明する。ヤバイと思い両腕で顔面をガードする。
(いってぇ…これが、魔人、これが、冒険者…、大変だな。なりふり構わない捨て身の魔人は、ゴブリンでも危険だ、早めにケリを付けたい)
そう考えていると、近くの野球ボールくらいの大きさの石を拾おうとしているのを確認。
ここだと直感し、素早く近付いて、思いっきり斬りつける!
怯んだところを、こちらもなりふり構わず滅多斬り。なんとかゴブリン3人を倒すことが出来た。
(…生きてる。良かった。不意打ちで2人やれた時はチョロいなと思ったけど、危なかったな…)
まだまだ修行が、経験が足りないと実感した。
探知を起動し、辺りにゴブリンが駆け付けていないか確認する。何もヒットしなかったので、討伐証明のため、耳を3匹分削ぎ落とし露店で買った巾着袋に収納する(ビッグボアなどの肉用の収納袋はハーゲンから貰っているので別にある)。
(なんか疲れたし、帰ろうか…。街の近く、人目のないところで魔法の確認もしたいしね)
今日の目的はゴブリン狩り、魔術の確認。前者は達成した。
後は帰り道にビッグボアがいれば財布の足しに、ゴブリンは2人までなら倒して、3人以上ならスルーと決め、街に向かって歩き出した。
(…そうだ、レベル。どうなった?…って、15になってる!?たった3匹で4も上がった…タイマンだと中々苦労したし魔人はまだ早かったのかな、ゴブリンと魔物の間には大きな差があるんだな)
途中でステータスを確認し、衝撃を受ける。
そして、スキルを確認すると…
長嶺 健人
レベル:15
[SP:6]
【DEX】
短剣 1
隠密行動 3
生命探知 1
魔力探知 1
障害物探知 2
気配遮断 3
【INT】
魔力 2
魔術 1
(短剣スキルが1になってる!やった!ついに、はじめて、スキル振り無しで成長した!
…そして気になるのが、0と1の違いだ。恐らく3人倒して1に上がったのだろうけど、その前後で明確な違いがあるのか?それとも、ある一定の技術と経験をしたから1になったのか。1になってなくても、0.9的な隠しパラメータになっていたのか、1になった瞬間に能力が増すのか。気になる。テストできる敵を探そう)
歩きながら探知をすると、ゴブリン2人と思われる存在を発見したので、向かうことにした。
先程と同様に隠密行動しながら近くまで接近。
武器は棍棒、先程と同じ下っ端なので、予定通り倒すことにした。
まず後ろを取り、青藍を抜く。
背後から刺突。即死。
すぐに青藍を抜き、そのまま流れるように近くにいるもう1人のゴブリンを斬りつけ、心臓を一突き。
青藍を抜いてから2人を仕留めるまで、僅かに5秒程度。
明らかに成長している。
(凄い、不思議な感覚だ。戦いにおいてどう短剣を振るうべきか、直感的に理解している。身体が覚えている。そんな感じがする。1になっただけでこれか…)
実際のところは、戦闘における短剣の扱いが、素人から初級者になったくらいなのだが…。
今までは気配遮断し、魔物を背後から一突きして即死させることが大半だったので、戦闘技術は全く育っていなかったというのも大きい。
ともかく、短剣スキルが1になったことで、戦闘力が上がったのは間違いなさそうだ。
「さて、ゴブリンは5匹。レベルも上がった。まだ昼時で周りに人もいないようだし、魔術について試してみよう。火…は危ないから、水あたりかな」
発動しないだろうとは思いつつ、流石に森の中で火属性魔術を試す気にはならなかった。
入門書に書いてあったことを思い出しつつ、意識を集中する。
身体の中に、確かに魔力が通っているのを感じる。
それを、水球をイメージしつつ、てのひらから出力させる…!!
「…やっぱ無理か」
上手く水属性の魔術に変換できなかったのか、身体の中の魔力が霧散されたような感じがした。
その後、土属性、風属性も試してみるが、結果は同じ。
そして感じる若干の倦怠感が、魔力を消費したということなのだろう。
入門書には才能があっても、これを繰り返して覚えるのだと書いてあったので、この世界の人々にとっては、これが普通なのだろう。
(特に落胆する必要もない、練習していけばそのうち使えるようになるだろうし、出来なければスキルを振ってみればいいや)
本来、魔法は天性のモノなので、こんな気楽にはいかないが、あるものは利用しよう。