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無神の探求者  作者: 怪盗K
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02話

第二話となります、よろしくお願いします

「ここか。凄いな」


 ギルドから行政府へと向かったクラウスは、その荘厳な神殿と一体となったその建物に感嘆を零した。ギリシアにおける中心的な神々たち、オリンポス十二神の一柱、智の女神の名を冠する都市であるアテナ。

 アテナではほとんどの市民が女神アテナを信仰しており、流れてきた移民というのは存在していないため、その信仰心は篤い。

 女神が託宣を直接託す都市として、神殿と女神の権威は最も高いと言える。

 そんなアテナの中心部に存在する行政府を兼ねた神殿は巨大な門で閉ざされ、その前には二人の門衛が立ち塞がっていた。


「すいません。冒険者ギルドから依頼を受けてきたのですが、取次をお願いできますか?」

「ギルド証と依頼書の提示を頼もう」


 クラウスは門衛に声をかけたが、門衛は眼光鋭く短く答えた。その高純度の魔力銀で作られた鎧と陽光に反射する手槍を持った門衛に、クラウスはギルド証と依頼書を見せる。門衛は素早くそれらに目を通すと、もう一人の門衛に短く頷く。


「確認が取れた。開門せよ」

「了解した。冒険者クラウスよ、しばし待たれよ」

「ええ。分かりました」


 門衛の一人が門の一部に指を走らせる。それは魔力を宿した光を帯び、クラウスの知らない文字で刻まれた。それを起点として、門全体に幾何学模様が広がる。両開きの門が奥へと開かれ、さらに奥へと続く回廊が現れた。


「冒険者クラウス。この回廊の奥に居る神官に訪ねるがよい」

「くれぐれも、女神アテナの不興を買う無作法をすることのないよう、注意されよ」

「どうも、ありがとうございます」


 門衛は通信用の魔道具に一、二言連絡を入れると、門の前から退き、クラウスに道を譲った。

 クラウスは門衛に礼を言い、静謐な神殿へと足を踏み入れた。清浄な空気に満たされているということを、肌で直接感じるほどであった。

 クラウスは回廊がやけに長く感じた。背後で門が再び閉ざされるのを耳で察しながら、堂々とした姿勢で足を進める。


「クラウス殿。ようこそおいでくださいました」


 回廊の先に居たのは白い、ゆったりとしたギリシア神官の服を身に纏った女性であった。嫋やかな微笑みを浮かべ、クラウスを待っていた。その隣には厳めしい表情をした男が侍っており、その手には魔道具と思われる水晶が持たれていた。


「ええ、神官様に出迎えていただけるとは光栄です。今回はよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします。クラウス殿。部屋に案内しますので、こちらへ」


 クラウスは、笑みを絶やさぬ女神官に神殿の一室に案内された。高価な調度品に囲まれた部屋で、女神官はクラウスに席をすすめ、クラウスが座ったのを確認してから自身も向かいにある皮張りの椅子に腰を下ろした。

 魔術師風の男は女神官の後ろに立ち、クラウスを見定めるような目を向けていた。

 女神官がテーブルに置かれていた呼び鈴を二度鳴らすと、待っていたかのように、部屋の扉がノックされる。


「どうぞ」

「失礼します。アエロア様」


 扉が開かれ給仕服を着た女性がティーセットと皿に盛られた焼き菓子を持って現れた。流れる様な手つきで、それらをテーブルの上に並べていく。


「クラウス殿もよろしかったら是非、ご賞味してみてください。インドからのものでして、私のおすすめなのですよ」

「……ほぉ、インドですか」


 紅茶という文化にあまり馴染みのないクラウスだったが、それでも目の前にある紅茶が、茶器やお茶請けも含めて贅を凝らしたものであることは察せられた。

 女神官が一口飲むのに合わせて、クラウスも一口だけ口に含もうとする。そして、その鼻に触れたさわやかな香りに一瞬手が止まってしまう。

 口に運び込まれた紅茶はやや渋いが、コクがある。そして、果実のような瑞々しさを思わせる香りが口から鼻へと抜けていく。


「いかがですか?」


 クラウスが一度カップを置くと、女神官が悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「ここまで美味しい紅茶が飲めるとは思っていませんでしたよ。ああいえ、別に他意は無くて、純粋にギリシアでは紅茶のイメージがあまりなくて」

「そうですね。確かに私たちギリシア人には嗜好品としてのお茶はあまり馴染みがないですから」


 焼き菓子には手を付けず、今度は香りを楽しむようにしてカップを口元へと運ぶ。香りを味わうだけに止め、女神官はカップを戻した。


「この香りが好きなのですよね。賓客を迎える時だけにしか味わえないのは残念ですが」

「なるほど。確かに、これだけ香りが良ければ、味よりも香りを楽しむ紅茶なのは違いない」


 クラウスも女神官の真似をして、カップを置く。


「このままお茶会と言うのも悪くはないですが、お仕事のお話をさせていただいても? クラウス殿」

「おっと、そうでしたね。つい夢中になってしまいそうでした」

「いえいえ」


 女神官はこほん、とひとつ拍を開け、自身の胸元へ手を当てる。


「では、改めて自己紹介を。私、女神アテナに仕える神官、名をアエロアと申します。後ろに控えているのは、同じく女神アテナに奉じる魔術師、ファニスと言います」

「……」


 女神官、アエロアに促され、ファニスはクラウスに頭を下げる。


「顔が険しく、不愛想な者ですが、アテナでは随一の魔術師ですので。ご容赦ください、クラウス殿」

「ええ、構いません。こちらこそ、冒険者という無作法者ですので」

「そんなことはありませんのに」


 クラウスの知る魔術師と言うのは気難しい理屈屋であり、その性格に難のある者程、魔術師として大成するというものであった。そして、それは世間一般の持つ魔術師像としてさほど間違っていなかった。

 むしろ、不愛想程度で腕のいい魔術師であるなら、ファニスと言う魔術師は良物件であるとさえ言える。


「では、早速以来のお話なのですが、依頼書に目は通されておられますか?」

「ええ、一通りは。予言というのが気にかかりまして」

「なるほど、慧眼でございます。依頼書に書かれている通り、先月、女神アテナへと祈りを捧げていた神官に、神託がなされたのです」


 今までのにこやかな表情から一転、厳かな立場ある神官としての顔を浮かべたアエロアが言葉を繋げる。


「女神アテナのお言葉は『黒き災厄が森よりこの地に訪れる。異邦の民が火を恐れ現れる。南より来る流浪の者を招け』と……」

「……」


 クラウスは神託の内容を頭で巡らせる。その言葉の意味を噛みしめ、そして女神アテナに対しての警戒心が生まれてしまう。

 そんなクラウスを見透かすように、今まで一言も言葉を発さなかったファニスが口を開く。


「不敬である。その思考、罪深い。女神アテナは多くのことを識っておられる」

「ああ、すいません。智の女神とは聞いていましたが、自身のことも予言されていたとは思ってなかったので」

「それだけ、女神アテナの智が届いているということです。驚かすつもりはありませんでしたが、恐れる必要はありませんよ。女神アテナは強き英雄を好まれますから、クラウス殿はきっとお目に叶うでしょう」

「あはは……ありがとうございます」


 アエロアからすれば最大級の賛辞に近いのだろうが、クラウスにとって女神に見入られるなど恐ろしくて素直に喜べなかった。古今東西、神に見入られた者は碌に合わないだろうからだ。


「こほん、では、神託の『南より来る流浪の者』。私たちはこれを冒険者であると考え、ギルドに依頼を出させていただきました」

「確かに、エジプトから来ましたけれどね……」

「それは何より、そして災厄が来るという『森』というのはここより東にあるアピュテュステアの森であると判断しております」

「つまり、そこの調査と言う訳ですね。……ただ、災厄ですか。アテナの討伐隊の戦力はどの程度をよていされるのですか?」

「そうですね。討伐隊は歩兵を二百、魔術師を十、詠唱持ちを一人備えております。後詰には神官戦士を五十となっています」

「な……、詠唱持ちを?」

「ええ、女神アテナより加護を受けた英雄ペルセフィネ。ポリスアテナが誇る、最強の怪物殺しですわ」


 静か聞き返したクラウスに、アエロアは微笑み返した。








 英雄、勇者。彼らを称える言葉は数知れない。人々に語られる英雄譚の主人公たる存在、それが詠唱持ち。神々から加護を与えられた者、神々がその血を分け与えて生まれ出でた者たちである彼らは総じてレベルと言う楔、生存競争のピラミッドに反した力を持ち得る。

 レベル五十の熟練の戦士が、レベルも年齢も十に満たない幼子に負け、地上において最強の種である竜種がその心臓を喰らわれる。

 そんな、法則から逸脱しうる存在が詠唱持ちという者たちである。冒険者たちの最上位の者たちも詠唱持ちがほとんどである。


「……いや、居るだろうとは思ってましたよ……なんたって」

「女神アテナの名を冠し、女神アテナが直々に神託を授ける、ポリスアテナだから、ですか?」


 紅茶の際よりもさらに、悪戯っぽい表情をしたアエロア。しかし、クラウスはそれだけこの神託に対して、深刻に捉えているということだと察した。


「少しびっくりしましたが、詠唱持ちが居れば私は必要なさそうですね」

「そんなことはありません。神託にはペルセフィネにことは何も触れられておりません。この神託の中心となるのは、クラウス殿と、『異邦の民』です」

「……」


 神殿にとって神託というのは絶対であり、必ず訪れる預言である。だからこそ神殿は、クラウスに災厄の原因を調査させる。黒き災厄と巡り合わせるために。


「……分かりました。アピュテュステアの森に関する資料を見せてください。出てくる魔獣や大まかな地形を把握しておきたいので」

「ええ、もちろん、ご用意してあります」


 女神アテナがそうであるように、その神官であるアエロアもまた、全てを見透かしているようだ。アエロアの笑みを見て、クラウスはそう感じたのだった。









 クラウスが資料を把握し終えた頃には、既に日の光は落ちてしまっていた。神殿の書庫に差し込む月明かりだけではこれ以上、森に関する資料や神託の歴史書を読み漁ることは無理であると判断した。

 神殿を後にし、夜のアテナの街を歩きながら、クラウスは森の探索計画を立てる。

 アピュテュステアの森は幸いにしてそこまで巨大なものではなかった。生息する魔獣も強力な個体はおらず、イレギュラーな要素を除けば探索自体に難はないだろうとクラウスは目処をつける。

 しかし、災厄の姿が見えない。強力な魔獣や魔族の影は、神殿にある周辺地域の治安の記録からはうかがえない。


「流石に、『災厄』ってだけだと用意のしようがないな」


 クラウスを含む冒険者は、最上位の者たち以外、依頼の準備を最重要視する。

 敵はどんな姿であるか、どんな武器、攻撃が有効であるか。数は、住処は、習性は。冒険者たちはそれらの知識の量こそを、冒険者としての実力としている。

 詠唱という例外的な力がない者にとって、知識、小細工、小手先の技術こそが生きるために必須となるのだから。


「とりあえず、万全を期すか」


 クラウスはポーチの中にある魔道具を脳内で数えながら、用意するアイテムをリストアップする。時間はそこまで残されていない、神殿からは一週間以内にはアピュテュステアの森に向かうように依頼された。

 クラウスは依頼の内容に少しの不安を抱きながらも、己にできる備えをする。



 最善を尽くし、それでもなお人類には打倒困難な敵である魔獣、魔族。

 それらを打倒し、乗り越え、人々に安寧をもたらすからこそ、冒険者は人類の守護者と呼ばれるのである。












 臭い。東雲縁が初めに抱いたのはそんな言葉であった。

 眼を開けば、暗い光の無い世界だった。さあさあと風に揺れる木々の囁きだけが、縁にとってここが森の中であると告げていた。


『おはようっす。随分と寝坊助っすね、そんなんじゃ死んじゃうっすよ?』


 虚空から声が響く。そして思い出す。

 あの白い空間でのことを、自分たちを嘲り笑うこの声を。


『あー、用件だけ言っておくっすね。貴女の懐にある薪、それがあんたの本体っす。砕けたり燃えたり、はたまた濡れたりしたら。貴女自身が死んじゃうってことでひとつよろしくっすね。あ、でも、その代わり貴女のその肉袋が幾ら傷ついても死なないっすから、ラッキーっすね』


 なんだそれは。喉から出かかった言葉は、まともな声に成らず、擦れた音であった。


『だから言ったじゃないっすか。寝坊助って。一カ月寝てたんすからね、貴女。死ななくても飢えはあるんすから、喉潤してから喋った方がいいっすよ』

「……ぇ……ぁ」


 ふざけるな。そう言いたかった。乾いた喉が痛む。身体に力が入らない。

 縁は倒れたまま地を掻きむしる。これが飢えと言う感覚なのかと、そんな他人事のように思った。


『運がいいっすよね。その辺りは土が喰えるんすから』

「……」

『日本生まれ日本育ちの貴女には辛いかもしれないっすけど。きちんと食べることっすよ』


 冷たい土が振れた手を、目の前まで持ってくる。土を食す文化と言うのは知っている。知っているが、抵抗がなくなるわけではなかった。


『アフターケアはここまでってことで! 頑張ってくださいっすよー』


 声はそう言ったのを最後に聞こえてこなくなり、森の中には木々のざわめきすらなくなった。

 縁は自身の手を見る。細くなり、骨と皮ばかりになったその腕を。当然餓死してるであろうその身体が動かせることが、声の言っていた薪のことに真実味を持たせた。


「……」


 掻きむしり、土を呷る。ただただ、この飢餓感を無くしたかった。耐えがたい飢えを満たしたかった。

 森はそんな縁をそっと見守るように、ただ静寂を保っていた。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

これからもよろしくお願いします

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